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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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天帝の逆鱗? 3

 火神くんとの会話が途切れること数十分……さまざまなテクノロジーの詰まったこの小さくも優秀な器械は、数キロ離れたところにいる火神くん及びその周辺の情報を、音の波に変換して伝えてきました。もちろん集音機能に特化しているはずもないので、比較的大きな声や物音が断片的に聞こえてくるだけです。僕は最初固唾を飲んで携帯を顔に押し付けているだけでしたが、途中でじっとしていられなくなり、ベッドから抜け出て外出の支度をしました。疲労感のことなどすっかり忘れ、アパートを出ました。火神くんや降旗くんのピンチ(?)を救おうなどと大それたことは考えていません。とにかく現場へ行って状況をこの目で確かめたいと思ってのことです。降旗くんの下宿先へは地下鉄を使うのが手っ取り早いのですが、地下へ潜ってしまうと電波が届かなくなります。なので時間のロスにはなりますが、バスを利用することにしました。通話状態のままというのはマナーに反するかもしれませんが、会話はしていないので即座に迷惑になることはないと胸中で言い訳をし、優先席付近を避けてひっそり奥のほうの席に座りました。幸い誰にもうっとうしそうな視線を向けられることはありませんでした。影の薄い体質に今日ほど感謝したことはないかもしれません。
 手の中に収まる小さな器械だけが唯一の情報源であるいま、僕はひたすら通話が切れないことを祈りました。最初は赤司くんと火神くんの微妙に暗雲を連想させる声音での会話が届けられていたのですが、途中から主役は降旗くんと赤司くんになりました。彼らはふたりの世界をつくってしまっているようで、火神くんは会話に参加していないようでした。僕は控えめな声で何度も「火神くん、聞こえていますか。いま電話に出られますか」と対応を要請したのですが、火神くんが応じることはありませんでした。気づかなかったのか、出られるような状況でなかったのかは判断しようがありません。わかるのは、火神くんが電話を切らないでいてくれていることと、赤司くんと降旗くんが何やらとんでもないことをおっぱじめようとしているらしいことでした。このあたりははっきりと話し声が聞こえなかったので、詳細は把握できていませんが、少なくとも赤司くんが降旗くんを抱いてあげなかったことはわかりました。赤司くん……お預けという名のお仕置きを実行中なのでしょうか。
 時間帯的に、乗客の乗り降りが多く、停留所で長めに停車します。また交通量が多いため、渋滞とまではいきませんが、運転がのろめです。この時間帯であればしかたのないことなので普段はそう苛ついたりはしないのですが、このような状況下では実際よりもかなり時間の流れ及び車の流れが遅く感じられてなりません。降車すべき停留所まであと三つ――混雑する車内の電光掲示板をじっと見つめ、停車ボタンの位置を改めて確認していたそのとき、
『テツヤ? 僕だ、わかるだろう』
 突如として通話中の携帯の持ち主でない男性の声が僕の鼓膜を震わせました。
「あ、あかし、くん」
 火神くんの電話がまだつながっていること、そして通話相手が僕であることについて、赤司くんは少しの疑いも抱いていなかったようで、確定事項を確認するような断定的な口ぶりでした。緊張が僕の全身を襲い、それ以上言葉が続きませんでした。長時間に及ぶ通話状態で少し熱を帯びた携帯ですが、いまはそれがひどく冷たく感じられました。まるで氷のようだと思っていると、
『これからしばらく火神を預かる。このあと指定する場所まで可及的速やかに来い』
 みるみるうちにドライアイスになってしまいました。な、なんという鮮やかかつ軽やかな誘拐宣言……!
 堂々たる脅迫に対して僕ができることといえば、従順にうなずくことだけでした。待機するよう言われたので、僕はその電話の直後の停留所で降り、ベンチに座ってじっと携帯のディスプレイを見つめていました。赤司くんたちはこれから移動するようなので、僕がバスに乗ったままだと、彼らとの距離がいたずらに離れてしまうかもしれません。降旗くんのアパートに行こうかとも考えましたが、下手に彼と接触すれば、いまの赤司くんをますます刺激することになるのではないかと恐れ、実行はしませんでした。降旗くんの身が無事であるらしいことは、遠い声ながらも聞こえてきたふたりの会話から察していましたし。だから降旗くんは現状安全と考えていいでしょう。よって僕が目下心配なのは火神くんです。どうやら赤司くんは火神くんを連れて場所を移動するようなのです。いったいどこへ行くのでしょうか。そして何をするつもりなのでしょうか。僕の耳には周囲の喧騒などまったく聞こえず、自分の激しく速い鼓動だけが絶頂のライブ会場よりもやかましく響いていました。手の平から発せられる熱や水分でディスプレイがうっすらと曇るのを指の腹で拭ったそのとき、火神くんからの着信を知らせる電子音が響きました。しかし、これを掛けてきているのは火神くんではないでしょう。僕はコールが一回鳴る間にごくりと唾を飲み込み、震える親指で通話ボタンを押しました。
「……はい。黒子です」
『テツヤ、場所が決定した。すでに火神と僕は移動済みだ。これから店の名前と住所、およびアクセス方法について説明する。必要ならばメモを用意しろ』
 相変わらず有無を言わせぬ威厳ある口調。かっこいいといえばかっこいいのですが、いまは悪役を通り越してマジモンの脅迫犯か誘拐犯であるようにしか思えません。仮にこれが本当の脅迫や誘拐であるのなら、僕に要求を呑ませるための手段である火神くんの身柄は無事であると考えることができるのですが……相手があの赤司くんとあってはあらゆる希望的観測は捨てるべきでしょう。いえ、彼が悪人というか悪意的な人間でないことは知っているつもりです。彼は反社会的行動を取ることに快感を覚えるようなろくでなしではありません。彼はただ自分の正しさを信じて行動しているだけです。ティーンエイジャーの頃よりは視野が広くなったでしょうが、自分が正しいと思ったことを速やかに実行する性質は健在です。……ええ、より一層たちが悪いですね。
 とはいえ、彼が本気で犯罪行為などという愚行を犯すとは思っていません。思想的な合う合わないは置いておくとして、僕はなんだかんだで彼を信じているのです。やるとしたらグレーゾーンか法の網目を見事に掻い潜った手段を取ることで合法性を確保し、犯罪そのものを成立させないよう慎重に行動するでしょう。
 ……。
 …………。
 ……ああぁぁぁぁぁ、火神くん! 火神くんがやばい! この世でもっとも危険な人物とふたりとか! 爬虫類とマグマランデブーなお姫様よりピンチですよこれぇ!
 不安に胸を掻き乱される中、しかし僕は赤司くんに言われるがまま素直にメモを用意し(スケジュール帳の後方にあるメモ欄を使いました)、彼から告げられる店名や場所、交通手段などを書き殴りました。聞いたことのないお店ですが、看板が目立つので付近に来ればすぐ見つけられるだろうということでした。ほかにもいくつか細かい指示を受けましたが、近くに来るか実際に店の中に入ったらもう一度電話してもよいということだったので、とにかく指定場所の情報を頭に叩き込み、それ以外はうろ覚えという状態で、僕はベンチから立ち上がり、比較的近くにあるはずの地下鉄の駅へと走りました。火神くん、どうか無事で……!

*****

 赤司くんから呼び出しを受けた場所に足を踏み入れた僕は、その雰囲気にたじろいでしましました。あの一種独特な表看板を見たときに気づかなかったのは、それだけ僕が必死だったということでしょう。
 無人のフロント。どこかで見たことのある数字パネル。静まり返った申し訳程度の狭いロビー。もしかしなくてもここは……
「ラ、ラブホテル!?」
 思わず声に出してしまいました。
 え、なんですかここ!? なんでラブホテル!? 僕お店間違えましたか!? 道に迷いましたか!? そうだと言ってください! そうに決まってますよね! 焦燥に駆られすぎた僕のうっかりミスですよね、それ以外あり得ません! だ、だだだだ、だって、呼び出してきたの、赤司くんですよ!? 降旗くんに対してやらかしてしまった手前、彼が僕に話があるというのはわかりますが、わざわざこんなところを場所として選ぶでしょうか。それも同性の火神くんを連れて。……。か、火神くん! そうです、火神くんも一緒なんです! か、かかかか、火神くんが赤司くんと一緒にラブホに入るとか、そんな、そんなことあるはずないですよね……! 降旗くんの話では、赤司くんは衛生上の観点から外部施設の利用は好まないということでしたし。……って、なんでそういう目的での利用の可能性を考えているんですか僕の脳みそ! ラブホといえどただの建物です、お部屋です! そう、赤司くんはただ、外界の騒音を遮断できる空間を求めてこのような施設を選択しただけですよ。ファミレスは部外者がうろうろしますし、カラオケだとうるさいですし、漫喫はあまり話し声を立てられませんし、ビジネスホテルはこの時間帯だと空きが見つかりにくいですし。消去法でここになっちゃっただけですよ、ラブホってお手軽ですもん、そうに決まってます……!
 僕は驚きと混乱のあまり一端外に出て、けばけばしい電飾の看板と自分が書き付けたメモを見比べてしまいました。自分のミスであってくれと祈りましたが、残念ながらここで合っているようです。フロントに戻ると、僕は携帯を取り出し、火神くんに電話を掛けました。どうせ出るのは赤司くんでしょうが……
『黒子か!? 着いたのか!?』
「か、かか、火神くん!?」
 と思っていたら、まさかの持ち主本人が電話に出ました。これは完全に予想外でした。てっきり赤司くんによって外部との連絡手段を奪われているとばかり思っていましたので。
「無事ですか、火神くん!?」
『あ、ああ。それより早く来てくれねえか。これ以上は耐えられん。赤司が、赤司が……』
 なんだか切羽詰まった声音です。何か普通でないことが起きている様子です。そして赤司くんが一緒にいることはほぼ確定です。そんな……。火神くんが赤司くんとラブホ……? しかも何かあったっぽい……?
 絶望が頭の中を駆け回りますが、この状況では僕よりも火神くんのほうが窮状にあるのは明白です。僕はなるべく冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら、僕よりずっと混乱状態にあるであろう火神くんに尋ねました。
「ど、どどどどどど、どうしたんですか、なななななな、何があったんです? あっ、あっ、あっ、あかしっ、くんがっ、何を?」
『落ち着け黒子。おまえまで混乱したらもうどうにもならん。ええと赤司のやつがな……駄目だ、口じゃ説明しにくい。とにかく来てくれ。もう店の中か?』
 言葉にしづらい何かが起きているということでしょうか。多分いま、僕は全身が蒼白だと思います。
「は、はい。多分……。あの、ここで合ってるか確認していいですか? ええと、ラブホ……ですよね?」
『ああ、そうだ。恐ろしいことに』
「そ、そうですか……。あの、お店の名前なんですけど……」
 僕が店名を告げると、火神くんから肯定の返事が来ました。間違っていないようです。
 ……うわぁぁぁぁぁ! 嘘だと! 嘘だと言ってください! なんで、なんで火神くんが赤司くんと一緒にラブホにいるんですか!? 僕とだって滅多に入ってくれないくせに! たまには非日常の空間でハッスルしたいという僕の願いをことごとく却下するくせに! なのになんで赤司くんと!?
 ……いけない、これではまるで僕が火神くんと赤司くんの間によからぬことが生じたと疑っているみたいじゃないですか。だ、大丈夫ですよ、あのふたりで間違いが起きるなんてあり得ません。火神くんはつれない態度を取ることもありますが、なんだかんだで僕にぞっこんですし(僕も火神くんにぞっこんです!)、赤司くんはあのとおり宇宙人で、不思議なことに降旗くんにお熱です。ベクトルが噛み合わないにもほどがあります。赤司くんが火神くんをここに連れてきたのは、単に静かに話し合える場所がほしかっただけですよ。こういうところは防音もしっかりしていますから、僕に罵詈雑言を浴びせたところで無関係の人々に迷惑を掛けることはありません。理性的な彼のことです、きっとそのあたりを考慮してこのような施設をチョイスしたのです。
 そうだとするとこれから僕は赤司くんから激しい制裁を受けることになるのでそれはそれで恐ろしい話です。けれども彼と火神くんの間に何かあったと想像するよりは幾分気が楽でした。ああ、赤司くん、傷めつけるのなら僕だけにしてください! 火神くんには手を出さないで!
 とにかく一刻も早くふたりのもとへ足を運びたい所存ですが、
「あの……ここ、男同士で入れるんですか?」
 基本的なところが気になってしまったので、思わず尋ねました。火神くんと赤司くんが一緒に入室しているということは、可能なのでしょうが、そこにさらに男がひとり加わるとか……お店側もあまり想定していないのではないでしょうか。
『知らねえけど、現に入れたんだからOKなんじゃねえか? チェックが緩いだけかもしれんが。わけもわからんまま赤司に引きずり込まれたから、詳しいことはさっぱりだ』
 また不穏な単語が聞こえてきましたが、いまは無視します。引きずり込まれたと表現したということは、少なくとも火神くんにとってこのような場所に入ることは不本意であったという意味でしょうから。
「あの、どの部屋にいるんですか? こういうとこって、勝手にドア開かないようになってるんじゃないでしょうか」
 恥ずかしながら入室のシステムがよくわかりません。火神くんと利用した数少ない経験においては、いずれも同時に一緒に部屋に入ったので、いまみたいに別々にインするという状況になったことがないのです。
『俺らがいるのは、なんて言うんだろ、プロの出張サービスの女性? みたいなのと落ち合う目的で使われる部屋っぽい。いまからフロントに電話して、相手が来る、みたいなこと伝えれば開けてもらえるんじゃねえかな』
 デリヘル嬢のことを婉曲に表現するのは、火神くんの女性への優しさと敬意でしょうか。ちょっぴり感動してしまいました。
 手順はわかりましたが、問題がひとつ。
「相手といっても僕も男なんですが……大丈夫なんでしょうか」
 この手の施設なので、スタッフが直接やって来て顔を確認することはないと思いますが、カメラはあると思います。すんなり通してもらえるものでしょうか。すでに男性ふたりの入室を許してしまっているような施設なので、そのへんもまた緩いかもしれませんが……。
『わからんが、とりあえず内線入れてみる。とにかく早く来てくれ。これ以上は俺の精神がもたん……!』
「わ、わかりました。では、一旦切りますね」
 確かに長時間赤司くんとふたりきり、それも一種の閉鎖空間とあってはたまったものではないでしょう。唯一つながっていた連絡手段を断つことに不安はありましたが、いま急ぐべきは彼らとの合流です。僕は通話をオフにすると、火神くんに伝えられた番号の部屋まで早足で移動しました。
 部屋の前に立つと携帯を鳴らしました。通話がつながるより前に、扉の向こうからばたばたと慌てた足音が近づいてきます。さすがに勢いよく開かれることはありませんでした。そろり、と警戒感のうかがえる動きでドアが小さく開きます。隙間から、火神くんが窮屈そうに顔をのぞかせました。
「火神くん……! よかった、無事だったんですね!」
 電話に出て話をすることができる程度には無事であることはすでにわかっていましたが、こうして本人を目の前にすることでようやく安堵のため息をつくことができました。火神くんが応対に出てきたということは、身体的に自由を制限されているということもないようです。……ということは、ここは出入口ですから、このまま火神くんを連れて逃避行も可能では? 一瞬そんな案が浮かびましたが、夢想的にもほどがあることは考えるまでもありません。そのようなことをすればのちのち大惨事になることは目に見えているからです。赤司くんがやすやすと僕たちを逃してくれるはずがありません。けじめはつけねばなりません。
 火神くんは数時間ぶりに僕の姿を確認すると、あからさまにほっとした息を大きく吐き出しました。さぞ緊張していたのでしょう。
「黒子ぉ……よかった、来てくれたか……。もう俺やだ……あいつとふたりとかまじ勘弁してくれ……」
 火神くんは扉の角度を大きくすると、中に入ってくれとばかりに一歩退きました。もちろん僕のほうもそのつもりでしたが、扉の内側から現れた火神くんの姿に、僕はしまし呼吸の仕方を忘れました。
 ……なんか肌色面積やけに大きくないですか。半裸っていうか……パンイチ?
 …………。
 な、ななななな、なんですかこれ!? なんで火神くんが下着姿!? いえ、火神くんの下着姿も半裸も全裸も見慣れていますけど、それは僕と一緒のときでしょうが! な、なんでほかの人と……赤司くんと一緒の状況でこんなことに!? いえ、彼もスポーツマンですから、着替えのために人前で下着姿になることは別に珍しくありません。僕だっていちいち妬いたりしません。でもここ……明らかにそういう場所じゃないですよね!? こ、ここで衣類を体から外すということは……。え、え……ええっ!?
「か、火神くん……? あの、その格好は……」
 急激なめまいに襲われながら、僕はいまにも消え入りそうな声でかろうじてそう尋ねました。
「え? ああ、これ? いや、これはだな、赤司のせいで仕方なく……」
「赤司くんが何を!?」
 それって、赤司くんに脱がされたって意味ですか!?
 い、いえ、そうとは限らないですよね。脱がされたのではなく、自分で脱いだ可能性だって……って余計たちが悪くないですか!?
 僕は全身が震えるのを抑えることができませんでした。
「とりあえず入ってくれ。話はそれからだ」
 意外にも火神くんは冷静な様子で僕を招き入れました。火神くんが落ち着いているのなら、僕が慌てふためくことなんてないですよね。そう信じて改めて火神くんを見上げました。
 ……火神くんの肩や胸がいつもより大きく上下していることに気づきました。それだけでなく、体のあちこちに汗が流れていることにも。
 え? なんですかこれ? どういうことなんですか?
「な、なんで汗掻いてるんですか? 呼吸荒いんですか?」
「ああ、まあ……ちょっと運動を?」
「運動!?」
 運動ってなんですか運動って!? ここジムじゃないですよね!? しかもなんでちょっと疑問符つけちゃったりするんですか。それって、運動ではあるけれど、一般的な意味での運動には当たらないとか、なんかそういうような含みがあるんですか!?
 火神くんのたくましい肉体に流れる汗、そしてちょっぴり荒い息遣い。いつもならとんでもなく刺激的で僕の魂を揺さぶる姿なのですが、いまこのときはとてもではないけれど火神くんの裸を堪能する気にはなれませんでした。
 言葉を失った僕は、口をぱくぱくさせながら室内を見回しました。白や黒、紺の布があちこちに散乱しています。明らかにこう……脱ぎ散らかした感を醸しながら。バスルームと思しき扉の前のカーペットには、まだ新しそうな濡れた足跡。極端に大きくないところからすると、火神くんのものではないでしょう。ということは……
「あ、ああああ、赤司くんは……?」
 戦慄く唇で僕が尋ねると、火神くんが立てた親指で示しました。
「ああ、あそこで寝てる」
 指が示す方向と、足跡が続く方向は同じでした。その先にあるのは、大きなベッド。臙脂色のシーツに覆われていて……中央より少し左側が不自然に膨らんでいます。
「ベッド!? え、え? 寝てるって、赤司くんが!?」
 あの布団の下に赤司くんがいるってことですか!?
「おう。なんか変なことしてたせいか、疲れたみたいで寝ちまった。おまえから電話がかかるちょっと前。だから俺が電話に出られたわけなんだが」
「へ、変なことって……! 疲れたって……!」
 これはいよいよ大変な事態ということでしょうか。僕はベッドへ駆け寄るとマットレスの上に乗り上げ、恐る恐るのぞき込みました。山は完全に布だけ――つまり中に人がすっぽり潜っているようです。この内側に赤司くんがいると言うんですか……?
 と、そこでまた恐ろしいものを発見していまいました。カバーの臙脂やシーツの白の色合いが異なるスポットがあったのです。水分を含んで色が濃くなっているときの染みです。
「な、なんでシーツ濡れてるんですか!?」
 なぜか直接触って確かめることができませんでした。な、なぜなんでしょうね!?
 動揺に震える僕に、火神くんが追い打ちをかけます。
「あー、体汚れたみたいで、寝る前に風呂入ってた。髪乾かさずに潜っちまったんだろ」
「体が汚れるようなことを……!?」
 い、いったい何があったというのですか、本当に……。
 僕は火神くんを信じています。それに赤司くんのことだって信じています。うっかりで間違いを起こすような人たちではないと。
 でも、この状況……。ひ、否定材料! 否定材料はどこですか!?
 めまいとも立ちくらみともつかない浮遊感に襲われます。なんだか気持ちいい……。このまま意識を手放してもいいでしょうか。本日二度目ですけど。でも、元々疲れていたんですから、それも仕方ないですよね……。
 僕がベッドの上で硬直しつつぐらぐらしていると、火神くんが布団のこんもりした部分に手を置き、軽く揺さぶりました。
「赤司、起きろ、黒子が来たぞ」
「ん……」
「大丈夫か?」
 大丈夫かって……いったい何を案じての質問なんですかそれ……。なんでそんな心配そうなんですか、壊れ物扱うみたいに優しげなんですか。
 緩慢な動きで布団がもぞもぞと動きます。寝起きをぐずるような。これは本当に眠っていたということでしょうか。赤司くんが寝ているところは部活の休憩時間や合宿で見たことがあるのですが、いつでもフェイクといいますか、目を閉じているだけで意識は覚醒しているような雰囲気でした。どんなときでも。ちょっと声を掛ければ即座にまぶたを持ち上げ、さっと起き上がっていました。なので彼は人前で寝姿をさらしたりしないのだろうと思っていました。
 のろのろと布団が持ち上がります。上体を起こしたようですが、こんな機敏さを欠いた動きをする赤司くんははじめて見ます。疲れているというのは事実なのかもしれません。あれだけの練習量でもピンピンしていた赤司くんが、露骨なのろさを見せるほど疲れる……? どんな種類の疲労がどれだけ掛かればそんなことに?
「起きたか?」
「ぼくは……ねむっていたのか……? ここは……?」
 赤司くんは布団の内側で、ものすごく気だるそうな、そして掠れた小さな声を出しました。ずるりと掛け布団が落ちると同時に、赤司くんの姿が現れます。湿った赤い髪の毛はしんなりしていて、いつもよりボリュームに欠けます。そしてその下は――
 肌色。……一面肌色!?
 い、いやいや、そんな。どうせ上半身だけですよ。男なら上半身裸は普通です。プールだって海だってそれが普通じゃないですか。むしろ胸を隠していたらそっちのほうが気持ち悪いです。
「記憶ねえの?」
「ないわけではないが……ぼうっとする」
 声のするほうに反応して、赤司くんが少しだけ体の向きを変えます。布団から曲げた右脚がのぞきました。……こちらも肌色でした。膝も脛も太腿も。
 ええと……。これは……。
 ああ、理解しました。そういうことですね。ドッキリでしょう。僕が降旗くんにちょっかいを出したこと(これ自体、バカップルのためなんですけど)が気に食わなくて、意趣返しに火神くんを巻き込んでこんなことをしているのでしょう。もしかしたら結託しているのかもしれません。火神くんは僕の計画に難色を示していましたし、口ではああ言っていましたが、僕が降旗くんといちゃつくのにやきもちを妬いた可能性もあります。脅迫の成果なのか利害の一致なのか知りませんが、赤司くんは火神くんの協力を得て、僕に嫌がらせをしているのでしょう。こんなリアルな演技までしてくれて。……ええ、大成功ですよ。多分寿命三年くらい縮みましたからね僕、心臓速く鳴りすぎて。だから……だからもうやめてください! 演技だとわかっていてもこの光景はひどいです! 倒れそうです!
 こういうときはさっさと白旗を上げるに限ります。プライドなどもはやかなぐり捨てるためだけのものです。土下座でも五体投地でもしてみせましょう。
 と、自分に気合を入れながら、僕は赤司くんの視界に映る場所までいざって移動しました。
「あ、あの、赤司くん……? いったい何をして……?」
 僕が震え切った声でそう曖昧に尋ねると、赤司くんがのろりと顔を上げました。
 その顔は、壮絶に色っぽかったです。
 別に顔が上気しているとか涙が滲んでいるとか、そういったわかりやすいシンボルはなかったのですが、瞳がこう……とろんとして揺れていまして。半分閉じられたまぶたがまたアンニュイを表現していました。すごく面倒くさそうにしかめられた眉が、動くのも億劫だと雄弁に語っています。極上の官能を描きつつ下品でないのは、見目麗しさのためだけではないでしょう。それを可能にしているものがなんなのかは僕には理解できませんが、いずれにせよ恐ろしい色気です。宇宙人のくせに、宇宙人のくせに……!
 え、なにこれ、事後?
 ……とか素で思っちゃったじゃないですかぁぁぁ! 演技ですよね、そうですよね! すごくリアリティ溢れていますけど、赤司くんですもんね、そのくらいお茶の子さいさいですよね!
 彼は僕を数秒見つめたあと、ようやく誰なのか理解したといった調子でまばたきをしました。そして、やはり寝起きの掠れた声で言います。
「ああ、テツヤ、来たのか。実は火神とセックスをして――」
 もう駄目です! ドッキリとわかっていても耐えられません! 僕はここまでです!
 むしろ僕の息子が再起不能かもしれません、ショッキングすぎて。
 もういいですよね。僕もうイヤです、これ以上進行役務めるの。なのでこの話はここで終わりにしましょう。そう、これはただの壮大なドッキリだったんです。天帝が暇つぶしに仕組んだちょっとした茶番だったんですよ。ありきたりですがちゃんとオチがつきました。なのでこの話はこれで終了です。はい、おしまい!

 

 

 

 

 

 

 

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