火黒で黒女体化。「火神くんの子供がほしいのですが」の続きです。
タイトル通り、黒子が妊婦さんなのでご注意ください。
民法の知識はいい加減なので、適当に読み流してくださいませ。
予想外のプロポーズ(と呼んでいいのかは甚だ疑問ではあるが)によって取り急ぎ婚約したふたりは、火神の休暇に合わせ黒子の帰国を前倒しし、黒子の両親へ報告に行った。火神の親はアメリカ在住だが、国内といえど国土面積の広さから簡単に移動できる距離ではなく、黒子の滞在日程が限られていることもあり、まずは帰国ついでに黒子側の家に行くのがスケジュール的に妥当だという話になったのである。火神は先方の両親から気に入られているので挨拶は平和的に済んだ。母親が妙に期待に満ちたまなざしを向けてきたことに、これが孫の顔が見たいオーラなのかと、火神はまざまざと体感した。と同時に、孫ができる前段階の行為を自分たちがしたことを見透かされているのだと感じ、羞恥で顔が赤くなるのを抑えられなかった。一方の父親はというと、黒子が火神との逢瀬で何をやらかしたのかだいたい察しがついているのか、あんなに影が薄いくせにびっくり箱みたいな娘で本当にいいのかと念押しされた。照れてどもりながら、彼女以外考えられませんと伝え、父親を感涙させたのは、男同士の秘密である。もちろん女性陣にはバレバレであるのだが。
あまりに急だったため、結婚については保留のかたちでひと段落つけ、ふたりはまたそれぞれの生活の場に戻っていった。左の薬指に婚約指輪を着けて。
それが、だいたい半年前のこと――
*****
火神と黒子の連絡は、主にスカイプである。普通の電話では料金が恐ろしいことになる。インターネット技術の恩恵をここぞとばかりに享受していると感じるのが、遠く海を隔てた場所にいる相手の声をパソコン越しに聞くときである。時差を考慮する必要はあるが、事前にメールで通話可能な日を伝え合えば、予定を調整するのは難しくなかった。
黒子が日本に帰って約半年、それなりの頻度で連絡を取り合い、都合がつけば何時間も会話をした。直接は知らない状況を互いに伝えるため、どうしても情報量が多くなり、話が長引く。この日も、互いの近況報告だけですでに一時間が経過しようとしていた。
黒子の話を概ね聞き終えた火神が、ほかに何か変わりはないかと尋ねると、海の向こうのフィアンセが、先刻までと変わらない淡々とした口調で、とんでもない発言をかましてきた。
「あ、そうそう火神くん。赤ちゃんできましたよ。もちろんきみの子です」
「ぶっ!」
あまりにも唐突かつ世間話みたいな呑気さだったので、一瞬何を言われたのかわからずきょとんとした後、言葉の意味が脳に伝わってから思い切り吹き出した。なんじゃそりゃ!? な心境である。
「あ、あああ、赤ちゃん!?」
「はい、できました。あのときがんばってくれたおかげです。ありがとうございました」
噛みに噛む火神と、冷静な声音で礼を述べる黒子。両者の心理的隔たりは大きい。
赤ん坊ができたって……おまえ最後に俺に会ってからどんだけ経ってると思ってんだ。火神はむせ返りながら黒子に確認する。
「ちょっと待て。おまえがこっち来たのって大分前だよな?」
黒子が不貞を働いたなどとは考えない。だとしたらこんな報告を火神にするはずがないし、そもそも火神は黒子に対してそんな疑惑は持たない。彼が真っ先に考えたのは、黒子が妊娠をこの半年間ずっと隠していた、ということだ。
「はい、いま二十五週です」
予想通りといえば予想通りの数字が返ってくる。妊娠週の数え方が最終生理を起点とするという知識がはっきりあるわけではないが、週を四で割ると、概ね離れている期間に一致するとわかる。しかしそれでも驚きは隠せない。
「に、にじゅう……!?」
二十五週。正産期が三十七週から四十一週であるので、すでに半分は過ぎていることになる。
「お腹、大分膨らんできました。服装によってはわかりにくいですが、普通の格好をしていれば、誰が見たって妊婦さんです。もう胎動も感じます。あ……いまちょっと動きました。きみの声に反応したんでしょうか。あ、ついでにおっぱいも大きくなってきましたよ。見たらちょっとびっくりするかもしれません」
インカムのヘッドフォンから聞こえてくる、少し聞き取りづらい黒子の声が次々ともたらす新情報に、火神は気が遠くなった。何をいまさらこんな報告をしているんだこいつは。この半年、どれだけ話をしていると思っている。
「おい、いままでネット越しに結構話したしメールもしたと思うんだが……俺の記憶に間違いがなければ、妊娠してるなんて初耳だぞ」
「はい、これが最初の報告ですから」
あっけらかんと答える黒子。火神は信じられない思いでまばたきした。最初の妊娠報告が二十五週。これが微妙な男女関係であればこういうこともあり得るかもしれないが、自分たちは婚約していて、きちんと連絡も取り合っている。それで、何をどうすればこんな事態になると言うのだ。黒子が意図的に報告しなかったのは確定的に明らかだが、その動機は何なのか。火神は訝りつつ、声を低くした。
「なんでいままで黙ってたんだ。……俺がおろしてくれとか言うと思ったのか?」
時期からして、黒子が火神に子供がほしいと迫ったときにできた子供に間違いない。その後も一緒にいる間、避妊せずにセックスをしていたので、どのタイミングかまでは確定できないが、黒子が申告した排卵日が正しいのなら、初日の夜の可能性が高い。結局は合意の行為と言えるのだが、最初火神はかなり拒んでいた。黒子はそれを気にして今日まで言えずにいたのだろうかと、火神は少し暗い気持ちになった。
が、画面の向こうの火神の顔など知らない黒子は、驚いた声を上げた。
「まさか。とんでもない。考えたこともないですよ。ただ単に、初期は流産の可能性がそこそこありますから、あまり騒ぎ立てないほうがいいかと思って、安定期に入るのを待っていたんです」
暗い気分を吹っ飛ばしてくれる発言ではあるが、これはこれでおかしさを感じる。
「だからって報告遅すぎねぇ!?」
「初期から知らせたら、火神くんが海の向こうでやきもきしちゃうんじゃないかと思いましたので、あえて遅くしたんです。つわりもとっくに終わって体調ばっちりなので心配しないでください」
黒子のことなので、おそらく言葉通りの意図でもってこれだけ報告が遅れたのだろう。どこかずれた気遣いだ。というか、ここまで来るともはや気遣いでも何でもなく、ただの怠慢だろうが、という気になってくる。
「おまえな……いきなり妊娠後期って聞かされるほうが驚くに決まってるだろうが」
「聞かれれば答えるつもりでしたけど、火神くん、聞いてこなかったじゃないですか。だから、あんまり興味ないのかなー、と」
確かに聞かなかった。関心がなかったわけではない。むしろかなり気にはしていた。しかし黒子が何も言わないということは、報告するようなことがないという意味だととらえていた。……普通はそう解釈するものではないだろうか?
「いや、だって……なんか聞きづらかったし、おまえがいつもどおりの感じだったから、何もなかったのかと……。それから、もしかしたら、その、できてなくてがっかりされてるかもとか、ちょっと思ったりしてよ……。その、気にしてなかったわけじゃねえ。すまん」
ばつが悪そうに告げる火神に、黒子は気にしたふうもなく答えた。
「いくらなんでも、あの程度でできなかったからといってがっかりしたりしませんよ。仮にタイミングがジャストヒットだったとしても、妊娠確率ってそこまで高くないですから。まあ、なんだかんだできみと一緒にいる間はいっぱいしましたけど。結果的に大当たりで嬉しいです。さすがです、火神くん」
「どう考えてもおまえの努力の賜だけどな?」
火神は単に彼女の要請に――なかば流されるかたちで――応じただけであり、彼自身が特別貢献したわけではない。すべては黒子の計画と実行力の結晶である。
「ええ、がんばった甲斐がありました。でも、きみの協力あってこそでした。ありがとうございます」
改めて感謝されるとくすぐったいものがある。火神は応じたものの、黒子と違い子供を授かることを熱望していたわけではない。半分は快楽の誘惑があったこと、そしてもう半分はやけっぱちというか開き直りであった。結婚して家庭を持つことへの踏ん切りは一応ついていたが、黒子に感謝を述べられたあの行為については、子供がほしいという気持ちでしたわけでは、正直ないのだ。彼女の迫力に少々怖い思いをしたものの、結果的に自分は気持ちがよかっただけで、その後の負担はすべて彼女が受け持っている。そう考えると、申し訳ない気持ちが湧いてくる。彼女はいまも胎内に子供を宿し、守っていてくれるのだから。
「つわり、大丈夫だったか? いまは体調いいって言ってたけど、最初の頃はやっぱ具合悪かったりしたのか?」
妊娠初期と思われる時期もこうして長時間会話することがあったが、無理をさせていたのだろうかと気になる。いまさら心配しても無意味なのはわかっているが。
「食べ物の嗜好が多少変わるくらいで、吐きつわりではなかったので生活に支障はありませんでした。ありがたいことに。でも、驚いたことにバニラシェイクが飲みたくなくなったんですよ。びっくりじゃないですか?」
「なんだって!? おまえがバニラシェイク飲まない!?」
火神は驚きのあまり声を荒げた。あの黒子がバニラシェイクへの欲求を失うとは、つわり恐るべし、である。
「はい、飲めなくはないんですが、あえて飲む気も起きなくて。その間は代わりにバナナシェイクに浮気をしていました。いまはもうバニラに戻りましたけど。カロリー考えると頻繁には飲めないのがつらいところです」
「なんだったらメニューの相談してくれ。トレーナーに栄養士いるからアドバイス聞けるし。まあアメリカ人の感覚じゃ、合わないかもしれないが。直接つくってはやれねえけど、できるだけレシピ考えるようにする」
「ありがとうございます。でも、なるべく簡単なのにしてくださいね? 僕、火神くんほど料理できないので。ナスは得意ですが」
「おう、任せろ。あとナスの話はやめてくれ。せっかく忘れてたのに」
ナスはさておき、役に立てる分野を見つけ、火神はちょっとだけ嬉しくなった。
「あ、そうだ、体重っつーか、腹の大きさ、大丈夫か?」
火神の突然の質問に、黒子が首を傾げる。
「特に問題なく育ってますけど……なぜですか? 別に太りすぎとかもないですよ」
「いや、おまえ割と小柄で、俺でかいだろ? 体格差結構あるからよ、子供がでかかったらおまえが大変なんじゃないかと」
「ああ、そういうことですか。ご心配ありがとうございます。でも、いまのところ大丈夫ですよ? 大きくもなく小さくもなく。同じ人種ですから、そこまで影響しないんじゃないでしょうか。火神くん、生まれたときから標準より大きかったんですか?」
「いや……どうだっけ? 日本人の子供に比べれば、ガキの頃から背は高かったかもしれねえが……人種入り乱れたところで育ったからな。あんまりそういう感覚はねえ。まあ、タッパが白人や黒人と大差なかったから、タテには長いほうだったかもな。どうしてもガタイは細めだったが」
「火神くんでも、ですか」
「人種レベルの骨格の差はどうにもならねえからな。あと、出生体重が特別重かったって話を聞いた覚えもねえ。ってことは、ネタ話にならない程度の大きさだったのかもな。四千とかあれば親が語ってそうだし。……おまえはどうなんだよ? 半分はおまえの遺伝子なんだぞ」
「僕も確か普通でしたね。日本では出生体重が年々低下している傾向があるので、僕の同年代にも三千未満で生まれた子は結構いるんですが、僕はだいたい三千くらいだったと思います。確か黄瀬くんはちょっと小さめに生まれたって言ってましたね。いまではあのとおりですが」
「へえ、そうなのか。まあ黄瀬がちっこかったってのはなんとなくわかる気がする。でも、それなら生まれるときの大きさってあんま関係ないのかもな。なんか不思議……」
「そうですね。程々の大きさで出て来てくれるといいのですが。大きいと産むのが大変ですし、小さすぎるとそれはそれでよくないですし」
「ああ、そうだな。でも、あんまり体重管理しすぎるなよ。日本は増加に厳しいらしいからな。ある程度体重ないと、産後に育児する体力が残らないっていうし」
「大丈夫ですよ、栄養バランスにはなるべく気をつけていますので」
人為的に完全にどうこうできるものではないだろうが、火神は黒子の心身になるべく負担が掛からないことを願った。
と、胎児がある程度育っているという話を聞いて、最初のほうの黒子の報告を思い出す。
「なあ、さっきもう胎動あるって言ってたけど、いまも子供、動いてるのか?」
「はい、動いています。そんなに激しくないですけど。どうも前々から、きみの声に反応してるっぽい節があるんですよね。お父さんだってわかるんでしょうか」
「お、お父さん……」
その呼称に、火神は照れると同時にじんと来た。そうか、俺、お父さんになるのか。不安も感じるが、それ以上に胸が鳴る。大好きな相手が、自分を父親にしてくれるというのだ。嬉しくないはずがない。
「な、なあ、性別もうわかってるのか?」
「はい、わかってます」
「ど……どっちだ?」
火神がどきどきしながら尋ねると、黒子は焦らすように数秒の間を置いてから、
「女の子です」
と明かした。
「娘……か」
「男の子がよかったですか?」
「いや、どっちでもいい。ああ、でも、女の子かぁ……輪を掛けてかわいいんだろうな」
性別についてはまったく希望がなかったので、どちらにせよ同じ感慨を持っただろう。それでも、娘だとわかると、それに応じた感情が湧いてくる。
女の子なんて絶対かわいいに決まっている。ていうかすっげえかわいがる。かわいい服着せて、一緒に手をつないで歩いて……俺に似たらでかくなるか? 日本じゃちょっと浮いちまうかもな。でもアレックスみたいになったら、それはそれでいいんじゃないか。ああ、でも、バスケの実力はともかく、ああいう方向性には育てたくないな。できれば黒子みたいなタイプが……ん? そうすると将来は俺みたいなのと一緒になるのか? それは……複雑だ。
……などなど。数秒の間にものすごい勢いで、まだ生まれてもいないわが子への未来絵図が駆け巡る。
火神が楽しい沈黙に陥っているのを察したのか、黒子がくすりと笑う。
「まあ、父親からするとそうかもしれませんね。僕も、女の子なら将来旅行とかで一緒に遊んで回れそうだなと思っています。でも、火神くん似の男の子もいたら嬉しいですね。見た目だけでなく中身も似てくれるとなお嬉しいです。僕、火神くん大好きですから」
「そ、そうか。俺もおまえが好きだ」
火神は照れてそれだけ答えた。通話気越しに黒子のありがとうございますが聞こえてきた。
「あ、そうそう、お父さんで思い出しました。というか、今日きみに妊娠を報告したのは、これの確認をするためでした」
「なんだ?」
「ええとですね、認知ってしてもらえますか?」
黒子の質問に、火神は目を剝いた。認知という単語には様々な分野で用いられるが、民法上の認知といえば、婚姻関係にない男女の間に生まれた子について、血縁上の親子関係を認めることである。母親は分娩の事実によって当然母子関係が発生するので婚姻に関係なく通常認知は必要なく、もっぱら父親つまり男性側の行為となる。父母が婚姻関係にある場合、母の夫が父であると推定されるため(あくまで『推定』なのである)、認知という行為は必要ない。
黒子が認知について尋ねてくるということは、つまり、出生時に子供の父親である火神と婚姻状態にないことを前提としているということだ。
それに関しても言いたいことは山ほどあるが、ひとつずつこなしていこう。でなければ火神の頭がついていかない。そういうわけでまずは黒子の質問への回答から。
「あ、当たり前だろっ!? しないわけねえだろ! 俺が父親なんだろうが!」
「そりゃきみの子ですよ。きみ以外とセックスしたことないんですから。それより認知って、いいんですか?」
本気で念押ししてきている様子の黒子の態度が、火神には解せない。
「なんで疑うんだ」
「いえ、僕の希望を一方的に押し付けて強引にというか勝手につくってしまいましたので。きみにはきみの人生設計というものがあるでしょう? それをぶち壊すのはいくらきみに対して少々無遠慮なところのある僕であっても、さすがに忍びないと思うわけです」
殊勝な物言いをする黒子に、しかし火神はため息が出るばかりだ。
「何をいまさら。おまえみたいなぶっ飛び娘に惚れた時点で人生とっくに狂っとるわ。あと、俺の人生設計におまえとの結婚は入っている。いずれ子供もほしいとは思っていた。そこは断言しとく」
「それは……ありがとうございます。嬉しいです」
あ、感激している。
黒子のわずかなトーンの変化から、火神はそれを感じ取った。そしてまた、彼女の言葉を受け、自分の胸にも感慨が広がるのがわかった。
つづく