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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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ファンタジーの足りない魔法使いたち 1

海外ドラマ「サブリナ」のパロディです。
降旗、赤司、黒子が魔法使いという設定です。キセキの世代は軒並み魔法使いかも?
赤司が黒猫の姿をしていますが、本来の姿は人間です。
配役はサブリナ=降旗、セーレム=赤司、ヒルダ+ゼルダ=黒子です。

 

 

 茶化さず笑わず俺の話を聞いてほしい。
 俺は魔法使いらしい。あ、いや、童貞をこじらせた的な意味じゃないぞ? 俺まだ十六だし。ここでいう魔法使いとは、言葉そのまんま、いわゆる魔法が使える生き物だということだ。なぜ伝聞調なのかというと、最近知ったばかりだからだ。自分のことなのになんで知らなかったかと言えば、単純なことで、魔法を使えるようになったのがつい最近のことだからだ。
 はじまりは十六歳の誕生日を迎える少し前のこと。高校から帰ったら、家の中が静まり返っていた。父は海外に単身赴任中で、母は非正規だが勤めに出ているので、帰宅時に誰もいないというのは別に珍しくもなんともない。だが、この日の奇妙な静寂は、いつものそれとは違うように感じられた。何がどう、と具体的に説明するのは難しい。しかし、理性を通り抜けた直感のレベルで俺の脳は異常を訴えていた。今日は何かがおかしい、と。不気味な静けさの中、俺は自宅に上がることにためらいを覚え、玄関の内側でしばし突っ立っていた。と、ふいに背後から電子音が鳴った。インターホン。聞き慣れていたはずだが、予期せぬ呼び鈴に俺はびくりと全身を震わせた。施錠をしていないしまさに玄関先に立っている状態で居留守を使うのはバレバレにもほどがある嘘になる。体の内側に太鼓でも取り憑いたみたいにバクバクうるさい心臓を無視しながら、はい、いま出ます、と掠れる声でかろうじて応じ、ドアを開けると――
「こんばんは。降旗光樹さんですね。我々は魔界行政庁東アジア地区の児童福祉委員会から派遣された者です」
 いかにもお役所的なスーツと髪型をした痩せた中年のおじさんふたりが我が家の玄関の前に立ち、意味不明な説明を繰り出してきた。
 いわく、俺は人間と魔法使いの混血児で、十六歳の誕生日に魔法の力に目覚めることが高率で予測されるらしい(どうやら父が魔法使いで母が人間のようだ)。しかし、これまで人間として暮らしてきた俺は魔法の扱い方を知らず、暴発すれば周囲の人間に被害を及ぼす恐れがある。また、魔法使いと人間の親子に生じる奇妙な現象として、魔法制御が未熟な状態で人間の親と接触すると、魔法使いである俺は平気だが、親のほうが蝋の塊になってしまうということだ。なんじゃそれ。
 虚数よりも現実感のない説明を、行政の人間に特有のマニュアルめいた手順でしていく見知らぬおじさんふたり。そのへんの市役所で仕事をしていそうなおふたりは、しかし魔法使いであるらしい。いや、魔法使いのコミュニティにおける行政庁の職員ということだから、市役所で仕事していそうな雰囲気を醸しているのは別におかしな話ではないのかもしれない。彼らが言うには、魔法使いの世界も現代の人間社会と同じような法整備がされており、行政機構にも共通点が多いらしい。で、彼らは魔界の公務員ということである。なんとも夢のない話ですね。ちんぷんかんぷんな頭のまま俺が乾いた笑いを浮かべながらそうコメントすると、福祉委員のおじさんふたりは、まあ世の中そんなもんですよ、と笑いながら世知辛さを教えてくれた。
 彼らは、数日のうちに魔法に目覚めるであろう俺の《保護》が目的で、いきなりで申し訳ないが急を要する、まずは移動を、と言ったかと思うと、俺の家の玄関の壁にドアノブをぶっ刺した。すると、まるで最初からそこに扉が存在したかのようにドアノブの周囲が長方形に切り取られて開かれた。その先にはなんだか市役所の小会議室みたいな空間。さしずめどこでもドアである。繋がった先の空間がやけに現実感あふれる場所というのがファンタジーを台無しにしていたけれど。俺は混乱しながらも抗弁したと思うが、なし崩しにそのドアを通り、魔界行政庁とやらの建物の一室へ連行されることになった。そこで福祉委員の専門家や家庭裁判所のケースワーカーの面談と説明を受けたものの、やっぱり理解不能のオンパレードだった。だってそうだろ? ある日突然、おまえは魔法使いです、って言われて信じられるか? ケースワーカーのおばさん(スミマセン)も、ほんと、現代日本で普通に働いていそうな雰囲気のひとでさ、どこに魔法の要素があるの? って感じだった。彼女らの説明によれば、俺は今後目覚めると予想される魔法の力を扱う術を身につけるため、修行を要するということだった。福祉委員会はそのための場所やインストラクターを手配するために動いており、すでに俺の預け先候補も決まっていると聞かされた。本人の意志のないところでガンガン話が進んでいる。ちょっとやめてくれよもう……と思うのだが、未成年者の意思能力は不完全とされるので致し方ないらしい。周囲に魔法使いがいない状態で魔法に目覚めるのもリスキーという話だし。なんでお父さんやお母さんは事前に何も教えてくれなかったんだろう? 当然の質問に、ケースワーカーの後藤さん(これまた現実的な名前である)が答えてくれた。なんでも、人間に魔法のことを教えるのは禁止事項であるため、俺が人間であるうち――つまり、魔法の力が開花する兆しのない間――は告げることができなかったそうな。なんかそれ、法律の穴じゃね? 混血児はいずれ魔法使いになるのが普通だという話なのに。俺の指摘に後藤さんは、法治国家の皮肉ですね、と苦笑した。行政職員の彼女らは、現行法に従って粛々と仕事をしているだけなので、この処遇について後藤さんに文句を言っても仕方ないということは理解できた。魔法の世界が法に縛られた夢のないものであるということも。
 福祉委員会は何も保護対象者を強引に収容することを目的としているわけではないので、俺は可能な限り早く解放されることとなった。しかし、それは自宅に戻れることを意味しない。俺の行き先は、福祉委員会の調査と議論によって決められた修行場所候補の家だった。有償ボランティアなのか行政機関の下部組織なのかはわからないが、俺には魔法の教師として専属のインストラクターが付き、そのひとの家に居候するかたちになるということだった。移動手段は今度も即席どこでもドアかと思いきや、なぜか役所のトイレに連れて行かれた。一番奥の個室が空間移動装置を兼ねており(トイレとしても使用可能だとか……)、エレベーターみたいな感覚で利用できるらしい。まさかトイレでテレポートとか……ひどい、ファンタジーがなさすぎる。俺がなかば呆然と最奥の個室を見つめていると、その中がふいにぴかっと光った。続いてドアの上下の隙間からもくもくと煙が這い出てくる。え、落雷? 火事? 思わず後ずさりかけるが、横に立つ後藤さんが、先方が見えたようですね、とだけ説明した。ギギ、と錆びた蝶番の軋む音が鈍く響く。外に向けて個室の扉が開かれる。煙の中から仰々しく登場したのは――
「こんばんは。魔界福祉委員会の要請により、魔法使い候補生のお迎えに参りました、認証番号NF5093135の黒子テツヤです」
「へっ!? く、黒子!?」
 高校の部活仲間だった。え、なにこれ、どゆこと?
「降旗くん、こんばんは。突然のことでびっくりしておいででしょうが、まあそんなに固くならないで。もうお役所も閉まる時間帯ですから、まずは寛げる場所へ移動しましょう」
 呆気にとられる俺の前で、黒子は落ち着いた声音でそう話すと、俺の手を取りトイレの個室へと連れ込んだ。トイレはごく普通の洋式便器で、広さも一人分。すなわち狭い。
「ちょ、え……なに、どうなってんの? なんで黒子が?」
「しっ! 移動中はお静かに。少々Gが掛かりますので」
 黒子は手の平で軽く俺の口を塞いだ。と、いきなり個室を襲う雷鳴と閃光。続いて体にいくらかの衝撃が加わる。エレベーターで一階から十階に移動する程度の時間ののち、黒子が扉を開く。出た先は木製の床。民家の廊下みたいな。
「着きました。どうぞ、出てください。あ、ここ日本の家ですので、靴は脱いでください。よかったらスリッパ使ってください」
 まるで自宅に友人を招くかのような気安さで黒子がスリッパを勧めてくる。学校帰りの服装のまま、俺はスニーカーを脱いで廊下に出た。自分が出てきた場所を見ると、どうも納戸のような場所だった。あれが役所のトイレとつながっているのか……?

*****

 玄関を通過することなく通された家はどうやら日本家屋のようで、襖や障子によって部屋が仕切られ、客室と思しき部屋とその奥の部屋の間の天井近くには複雑なデザインの欄間が設置されていた。まるで旅館みたいに物が少なく整然とした和室で、俺は中央の卓袱台の上座を譲られ、上等そうな座布団に腰掛けた。最初は正座をしたが、胡座で構いませんよ、僕もそうしますから、という黒子の言葉に甘え、早々に脚を崩した。それから、緑茶とお茶請けの甘くてかわいらしい和菓子をよばれながら、黒子から現状の説明を受けた。黒子は人間界を生活拠点とする魔法使いで、このたび魔界福祉委員会からの要請により、魔法使い見習い(?)の俺の受け入れを引き受けたという話だった。魔法だの魔法使いだの、当たり前のように使われる用語からしてどういう定義のものなのか理解に苦しむところだが、お役所のひとたちの説明よりは幾分わかりやすかった。友人目線が存在するため、こちらとしても途中で質問を挟みやすかったというのもあるだろう。
「いきなり魔法とか言われても困っちゃうでしょう? きみがここに来させられた目的は魔法の使い方を学ぶためですが、まずは新しい環境に慣れることを優先してください。精神的に落ち着かない状況では、学習も進みませんので」
 ず、と緑茶を一口すすったあとそう微笑んだ黒子は、柔らかい物腰ながらもなんとも頼もしく感じられた。とても同級生とは思えない……って実際に同級生ではなかったんだった。魔法使いの黒子は人間の視点からするとずいぶんな長生きで、明治維新だって生で見てきた身ですよ、なんて語っていた。発言の真偽は定かではないが、この妙に老成された態度からすると、見た目通りの年齢でないことは確かなように感じられる。なお、いい年して高校生をやっているのは趣味みたいなものらしい。
「あ、ありがとう……ございます?」
 年上相手なら相応の態度をとったほうがいいのか? 礼を言いつつ惑う俺に黒子が気恥ずかしそうに笑う。
「タメ口でいいですよ。実年齢がはるかに上なのは事実ですが、半年以上同級生として接してきたんですから、いまさら敬語もやりにくいでしょう、お互い」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 これまでどおりのタメ口でいかせてもらうことにした。確かにいまさら言葉遣いを変えるのはなんか恥ずかしいし、それに俺たちは今後も普通に高校に通うので、ある日を堺に俺が黒子に敬語で接しはじめるというのは不自然だ。話の最初の頃は、黒子が俺の魔法の先生なのかなと思っていたが、どうやら違うようで、インストラクターは別にいて、黒子は主に学校内で俺を監視する役目を任じられているらしい。監視というと聞こえが悪いが、要するに魔法によるトラブルを起こさせないためのお目付け役だ。まだぎりぎり十五歳で魔法を使えるに至っていない俺には、魔力がいかなるものなのか感じることはできず、そんなに暴発しやすいものなんだろうか、と特に危機感もなく他人ごとみたいに思うだけだった。
 長い話を終え、黒子が急須の茶葉を替え淹れなおしてくれていると、
「ミャア」
 唐突に響く猫の声。音源のほうへ顔を向けると、うっすら開けられた障子張りの戸の隙間から、黒猫が体の半分ほどをこちらにのぞかせていた。奥の部屋にいたのだろうか。
「あ、猫……」
「おや、赤司くん、さっそくお出ましですか」
 こちらへどうぞ、と黒子が手招きする。猫は自分で開けたらしい戸を前脚を使ってきちんと閉じると、足音を立てない優雅な歩みでこちらに向かってきた。全身真っ黒な細身の猫で、尾が長く、四肢はしなやかだ。猫という生き物はもともと目が大きいが、この猫はその中でも特に大きいように感じられた。必然的に幼く見える顔だが、体つきは対照的にすらりとして大人っぽい。猫は俺の右横までやって来ると、畳の上にちょこんと座り、見るものを吸い込みそうな大きな瞳をこちらに向けた。気品のある居ずまいをしている。
「この子、黒子の猫?」
「僕が飼っているのとは違うんですが……まあ、このうちで僕と暮らす同居人みたいなものだと思ってください」
 ちょっと歯にものが挟まったような言い回しだったが、このときの俺は、ペットじゃなくて家族同様の存在ということなのかなと思っただけで、特に気にすることはなかった。
 きれいな猫だなー、なんてちょっぴり見とれていると、黒猫は立ち上がり、尻尾を立てながらさらに俺との距離を縮めた。畳にぞんざいに置かれた俺の右手に顔を寄せ、すんすんにおいを嗅いでいる。
「ん? どした? 俺に興味ある?」
 仕草のかわいらしさに思わず撫でようと手が動きかける。が、猫にはあまり馴染みがないので、いきなり触っていいものかと躊躇する。
「なあなあ、触っても大丈夫か?」
「大丈夫だと思います。機嫌がいいみたいなので」
 黒子からOKをもらったところで、俺は姿勢を変えて猫に向きあうと両腕を伸ばして軽く広げ、
「おいでー」
 意図せず甘い声でそう言った。ほら、小動物に接するときって声のトーン高くなりがちじゃん?
 黒猫はそろそろと俺のほうへ近寄ると、俺の膝のにおいを嗅いだり、前脚で膝頭に触れたりした。小さな顔の側面に指の背を当て撫でてみると、猫のほうからも顔を擦り付けるような動きをした。飼い猫なのだから当然といえば当然だが、とても人馴れしている。
「えと……名前、なんだっけ?」
「赤司と言います。僕は赤司くんと呼んでいますが」
 この時点ではアカシという音しか知らなかった俺は、よもやそれが人名の苗字であるなどとはつゆ知らず、
「アカシ? へー、変わった名前なんだな。おまえアカシっていうのか。よろしくな、アカシ。……くん付けしてたことはオス?」
 呑気に会話をするだけだった。
「ええ、男の子です」
「そっかー、おまえも男かあ。なんかこの家、野郎ばっかりだな」
 まあでも、そんなむさ苦しくもないか。俺も黒子もむっさいタイプじゃないし、アカシは美猫だし。俺の指の動きよりもアカシのじゃれつく動きのほうが大きく、あまり猫慣れしていない俺でも、その懐っこさにはめろめろになりそうだった。
「お? お? なんかすげー懐こいじゃん? かわいい……」
 やべ、猫かわいい。犬のほうが好きで猫にはそんなに興味なかったけど、猫もかわいいじゃん。や、懐いてくる動物というのはどれもかわいいものなんだろうけど。俺はアカシの愛らしさにすっかり心を奪われデレデレになってしまった。
「珍しいですね。プライド高くて、いつもはこんなに愛想よくないのに」
 卓袱台の対面に座る黒子が、口元に曲げた人差し指をあてながら怪訝そうに眉根を寄せる。
「そうなんだ? めっちゃ懐いてくるんだけど……」
「赤司くん、もしかして降旗くんのことが気に入ったんですか?」
 黒子に声を掛けられたのがわかるのか、アカシは首を持ち上げると、卓袱台越しに黒子のほうへ顔を向け、みゃあぅ、と鳴いた。そのときアカシがどんな表情をしていたのか、俺には見えなかった。
 その後、アカシは胡座をかいた俺の脚の間に乗ってきて、すっかりくつろぎモードな姿勢で寝そべった。耳の間を撫でてやると、気持ちよさげに喉を逸らし、時折体をひねっては俺の指をぺろんと舐めてきた。か、かわいい……。
「なんかめっちゃ美形じゃね? 童顔だけど、サイズ的には成猫?」
「ええ、大人です。顔はまあ……そういうつくりだということで」
「そういや目の色、左右で違うんだな。猫なら珍しくないらしいけど……聴力は大丈夫?」
 ぱっと見ではよくわからなかったが、アカシは虹彩異色症のようで、左右の瞳の色合いが微妙に違った。猫ではそれほど珍しくない症状だと聞くが、どちらも青目ではなく、暖色系の色味だ。
「問題ありませんよ。とても健康な猫くんです」
「そうなんだ。へへっ、ほんと美人だなー」
 つん、とごく弱い力でアカシの鼻をつつく。彼はきゅっと目を閉じたあと、愛想よく俺の指に前脚を絡めると、控えめに舌を出して舐めた。
 しばらく猫といちゃつかせてもらったあと、黒子が俺用に割り当てられた部屋に案内してくれた。その後トイレや洗面所、浴室、キッチンといった生活に必要な設備を中心に家の中を回り、その日はそれで終わった。俺はひと通りの家具が揃えられた部屋で、福祉委員会のひとが取り急ぎ持ってきてくれた衣類や学用品を適当に仕舞うと、風呂をもらってさっさと寝ることにした。予習をする気にはなれなかった。慣れない和室の敷き布団だったけれど、精神的な疲れが勝ったのか、その日は程なくして眠りに落ちた。
 それから数日、俺は黒子の住む家から一緒に高校へ通った。特に何事もなく過ぎ、また黒子が魔法の話をしたり魔法を使ったりすることもなく、数日前に福祉委員会のひとや黒子が語った内容はすべてが嘘、あるいは俺の夢か幻だったのではないかと思えるくらいだった。そうだとしたら、黒子と同じ家で暮らしている現状もまた夢だということになるのだけれど。
 両親との連絡は電話やメールでつけることができた。すでに委員会の職員から聞かされていたが、父の言っていた『海外単身赴任』の実態は、海外=魔界ということだった。大学の非常勤講師だった母は、海外研究チームの一員に抜擢され、近々南米に渡る予定だということだ。おそらく魔界の福祉委員会だか家庭裁判所だかが裏で糸を引いているんだろうな……俺と母が接触すると母が蝋の塊になってしまうらしいから。俺が十六歳になることの意味を知っていた両親は、いろいろと釈然としないものを抱える俺とは対照的に、狼狽した様子はなかった。直接は会えないけど、通信機器を通してなら連絡OKだから。何かあったらすぐ連絡してね。姿の見えない母の言葉に、俺は生まれてはじめて嬉しさと切なさが混じった涙がこぼれそうになった。直後に聞こえてきた母親のリップ音で現実に引き戻されたけど。お母さん、俺日本人だからそういうのはちょっと……。
 魔法使いというファンタジーな設定を信じられないまま、しかし親まで噛んでいるということは完全なる嘘というわけでもないんだろうなと思いながら、悶々と数日を過ごした。黒子は福祉委員会への報告の必要性もあるのだろうが、いろいろと気を遣ってくれて、家事は任せきりでいいということにしてくれた。あとで聞いたところによると、概ね魔法で済ませているとのことだったが。
 いまいち現実感のない日常は、しかし生活拠点が変わったという以外には特に代わり映えがなかった。なんで俺こんな生活してんだろ? 疑問に思いつつも、凡庸な一般人の脆弱な意志と図太い生命力に導かれるがまま、俺は流されるようにして日々を送った。そうしていつの間にか日付は十一月七日、すなわち十五歳最後の日になっていた。
 明日が誕生日だと気づいたのは、十五歳も残すところあと一時間となった頃のことだった。時間割を確認し、必要な教材を鞄に放り込むと、そろそろ寝るかと照明のスイッチに手を伸ばしかけた。と、ふいに猫の鳴き声が夜の静寂な空間に響いた。戸を開くと、廊下に黒猫がちょこんとかわいらしく座っていた。
「アカシじゃん、どうした?」
 この家にお邪魔になって以来仲良くしてくれている先住者のアカシ。しなやかで美しい黒猫は、忍びの者のように素早い動作で軽々と俺の布団の上まで跳んだ。そして枕の横に座ると、俺を呼ぶようにみゃあと鳴いた。
「……一緒に寝てくれるの?」
 証明を落とし、布団に潜る。アカシは枕元に座ったまま、じっと俺を見つめていた。俺は枕の上で頭を横向きにしてアカシと向きあうと、独り言のようにぼそぼそとしゃべりはじめた。
「へへっ……別に俺、外泊とかできないタイプじゃないんだけどさ、いまはちょっと心細いんだ。なんか魔法だの魔界だのわけのわかんないことばっか言われるし、環境変わればストレスになるし……」
 いつもどおり過ごしていたつもりだが、やっぱりわけのわからないことの連続で、そしていまをもって現状が掴めなくて、それらがストレスとして蓄積していたことは確かだ。でも、不満をぶつけるほど具体的に困っていることがあるわけでもなく、発散の方向がわからない。ただ、思うのは……
「お母さんやお父さんに会えないの、寂しいし」
 自分が親から引き離された小さな子供みたいだということだ。実際に親と離れてはいるのだけれど、年齢的に特別不自然でもない。数は多くないが、寮生活を送る高校生だって普通にいる。自分の意志かそうでないかという違いはあるが、何も生死不明で別れたわけではないし、母親との接触が危険な期間というのも永続的なものではないということだ。一時的によそに居候させてもらっているだけだ。それだけのことだ。
 でも……それでも。
「寂しいよ……」
 年頃の男子としては恥ずかしい本音を、物言わぬ猫の前で呟く。目尻にはちょっぴり涙がにじんでいる。寂しさだけでなく、諸々のストレスの発露なのだとは思うけれど。
「みゃあ」
 アカシは小さく鳴くと、慰めるかのように、涙の筋を優しく舐めてくれた。
「ありがとな、アカシ。おまえ、あったかいや」
 俺のほうが猫に甘えるようにして、アカシの背を撫でた。彼はしばらく俺の顔を舐めたあと、掛け布団の中に潜り込んできた。一緒に寝てくれた黒猫のぬくもりの優しさが胸に染み渡るのを感じた。
 ……その微笑ましい感動がぶち壊しにされたのは、それからまもなくのことである。

 

 

 

 

 

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