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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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黄瀬くん心配かけてごめんなさい

 黒子との同居生活を再開して二週間。あいつは結局休学を保ったままバーで働いている。勤務距離は遠くなったが、以前と同じ生活環境なので負担は減ったようだ。体はそのままだが、いまやすっかり女の子として日々を過ごしている。ようやく新しい生活を楽しむ余裕ができてきたであろう頃に、話を蒸し返すようなことをするのは気が引けたのだが……
「黄瀬くんに紹介、ですか」
「紹介というか説明というか弁明というか。黄瀬のやつ、おまえのことすげー心配して俺のとこまで情報集めに来たことあってな。おまえのことで何かわかったらできるだけ連絡するってことになってんだ。だから、できればそろそろ本当のことを教えてやりてえんだけど……」
 黄瀬と連絡を取り合う約束をしているものの、黒子が戻ってきたことはいまだ報告できずにいる。黄瀬のことだから、黒子本人の姿を見て無事を確認しなければ気が済まないと思われる。元のアパートに戻っていると言えば来てしまいそうだし、無事は確認したが居所不明だなんて言えば、余計に不安を増大させる。黒子が一時的に男の姿になって黄瀬に会うという手も考えないではなかったが、それならなんで姿を消したのかという説明に困る。黄瀬と再会させるには、どうしてもあの短期間の失踪の理由を告げる必要が出てくる。いつまでも黙っておくのは俺としても罪悪感があるし、何よりあの心境のまま放置するのはかわいそうだと思う。黄瀬が黒子を心底心配しているのは伝わってくる。だから、ある程度落ち着くのを待って、黒子にそろそろ黄瀬に会わないかと提案を持ち掛けたのだ。もちろん、事情を説明するという意味で。
 女物の服が足りず、部屋着では以前と同じ、つまり男物のスウェットを着て、首から上は髪型とメイクで女の子の姿をしたあいつが、ソファに転がりながらううむと唸る。
「そうですね……。ちょくちょくメール来ますけど、僕も適当に濁したままです」
「嫌か? あいつに話すの。保守的な価値観に凝り固まってるほうじゃねえと思う。軽いとこあるから、うっかり発言は出るかもしれねえけど」
「黄瀬くんですかぁ……露骨に差別的な発言をしてくるとは思いませんし、割と耐性あるような気はしますけど……」
 黒子は起き上がると、クッションを抱えて頬を押し付けた。むずがる子供のように。どうも気が進まないようだ。
「なんか別の心配が?」
「はい。黄瀬くん、あんまりお利口じゃないんですよね……。仮に最初から全部、性同一性障害のことを説明したとして、彼の頭がどれくらいそれを呑み込めるか……」
 何気にひどい発言が飛び出した。黄瀬に事情を話したところで理解不能ではないかと懸念しているらしい。
「いや……俺でも理解できたんだから大丈夫だろ」
 告白を受けたその場では理解できなかったが、それは別の要因もあってのことである。身近に症例があるかはともかく、割と有名な障害(?)なので、黄瀬だって知っていると思うのだが。
 黒子は床に座る俺の頭をさわさわと撫でた。
「火神くんは成績悪くて性格が単純というだけで、理解力が悪いわけじゃありませんから」
「褒められたのか、いま?」
「褒めましたよ、素直にとらえてください」
 だったらもうちょっと素直に褒めてはくれまいか。
「でも、他人のプライバシーを大声で触れ回ったりはしないんじゃないか? そのへんの常識はあるだろ。ああいう職業だから、意識は高いと思うが」
「そこは信頼してるんですけど……」
 黒子はなおも難色を示す。大丈夫だと思うんだが……だって黄瀬だぞ? あの頭の残念なモデルがどれだけ黒子に懐いていると思っている。
「少なくとも、おまえを傷つけるような真似はしないだろ。黄瀬だし」
「はい……そこも信じていいかなって思います」
 黒子は渋り気味ではあったが、自分が黄瀬に心配をかけている負い目もあって、最終的に首を縦に振った。
 次の週末、黄瀬に会う手筈を整えた。場所は俺達の住んでいるアパート。外部の施設でうっかり黄瀬が騒ぎ立てるとまずいと考え、第三者が干渉できない空間を選んだ。黄瀬は一般人ではないので、注目を集めやすいという点も考慮して、そのようなセッティングにした。あとは黄瀬のスケジュールを聞くだけ。連絡すると、案の定、いますぐにでもうちに来ると言い出した。あらゆる予定をすっぽかしそうな勢いで。あらかじめ近くでスタンバらせていた黒子に交代し、電話口で、仕事や練習キャンセルしたら二度と顔を見ませんから、と脅迫してもらった。黄瀬はおとなしく従ったようだった。その後、黄瀬から怒涛のメール攻撃が黒子の携帯(一部俺の携帯にも)に押し寄せた。黒子が消息を絶っていた期間、自粛していた反動もあると思われる。普段は九割以上を無視する黒子だが、心配をかけたことへの謝罪の意味もあるのか、半分くらいには返信したらしい。うざいうざいと心底嫌そうな表情で。

*****

 土曜日の午後、いよいよ黄瀬を自宅に招いた。まずは俺が玄関に出て応対する。黒子は寝室に控えていて、黄瀬をリビングに通したあと登場することになっている。もちろん女の子の格好で。髪はエクステンションそのままの長さで、結わずに垂らし、少し内巻きに整えている。衣類は白のカットソーと暗い赤と黒のチェックのワンピース。薄手の黒いカーディガンに、首元には白いスカーフ。これはファッションというより喉仏隠しだ。脚は黒のタイツで包まれている。メイクはばっちりきめていて、けばすぎない程度のアイラインとマスカラがいかにも若い女の子という印象だ。一番気を遣うのはベースメイクらしいが、残念ながら俺にはよくわからない。黒子自身は、まだ髭が脱毛しきれていないんです、と鏡の前で唸っていたが、元々目立たなかったと思うので、俺としてはすっぴんでも気にならないのだが。メイクを施した黒子の顔は、見慣れてしまえばああ黒子だとわかるが、どこからどう見ても立派な女の子(多分世間ではハイレベルなほうになるだろう)なので、ひと目で黒子と理解することはできないだろう。地声を聞けばわかると思うが、言われたところですぐには信じられまい。そんなわけで、手間暇掛かる化粧を完成させた黒子には悪いが、メイク落としの準備も整えておいてもらった。論より証拠というやつだ。黄瀬に事情を明かしたあとのシミュレーションはほとんどドッキリ企画のようで、素顔をさらす件については黒子も笑って了承してくれた。このくらいしないと黄瀬くんの脳みそには伝わりませんよね、とやっぱり容赦のないことを言いながら。
 予定時刻きっかりに訪れた黄瀬は(あんまり早く来られても迷惑ですと黒子に言われていたらしい)、俺が扉を開けると開口一番、
「か、かかかか、火神っち! く、くろ、くろこ、黒子っち! どどどどどど、どこっスか!?」
 どもりにどもりながらそう叫んだ。俺がドアの内側に招くより先に飛び込んできそうな勢いだった。
「落ち着け黄瀬。黒子は逃げたりしないから。まずは靴を脱げ」
「黒子っちー! 黒子っちー!」
 黄瀬は延々黒子の名前を連呼しながらいそいそと靴を脱ぐと、家主の許可を得る前に中に上がり込んでいった。俺は嘆息しつつ施錠すると、黄瀬の分のスリッパを持ってあとを追った。
「黒子っち! どこっスか!?」
 キッチンで立ち止まり、あたりをせわしなく見回す黄瀬の足元にスリッパを放ってやる。
「黄瀬、スリッパ」
「あ、どうもっス」
「いま黒子連れてくるから、リビングで待ってろ」
「嫌っス! 待てない!」
「あのな……。すぐ連れてくるっての。……それから、黒子は今日おまえに会うためにおめかししてるんだよ。こう、シチュエーションを整えた上で会いたいってことだから、ちょっとだけ待ってやれ」
「黒子っちがおめかし!? 俺のために!?」
 俺の言葉に、黄瀬は単純にもリビングへ足を向けた。まあ嘘ではない。黒子が気合を入れてメイクやら服やら整えたのは事実である。黄瀬のために、と言えなくもない。すっかりかわいい女の子になったあいつの姿を思い浮かべ、さてどうなることやら、と肩をすくめつつ、俺はあいつを呼びに寝室へ行った。
 打ち合わせ通り黒子を背後に隠し、リビングに入る。と、黄瀬は座っていられないほど落ち着きを欠いていたようで、入り口のすぐそばで待ち構えていた。
「黒子っちは?」
「いるよ」
 と、俺は首をひねって背後に目配せをした。俺の陰にすっかり隠れていた黒子が、脇からひょっこり顔をのぞかせる。
「黄瀬くん……」
「黒子っち……!」
 俺は横に一歩ずれ、黒子の姿を黄瀬の前に現した。黄瀬はその場で十秒ほど固まった。うん、まあそうなるよな。黒子連れてくるっつって女の子連れてきたら、誰これ!? ってなるよな。きっとこのあと、黒子っちはどこっスか!? と騒ぎ出すに違いない。
 ……と思っていたのだが。
「ごめんなさい黄瀬くん、たくさん心配掛けちゃって」
「う……うわー、黒子っち! ひ、久しぶりっス……!」
「え……?」
 予想に反し、黄瀬は迷いなく黒子をぎゅっと抱き締め、半べそでよかったよかったと繰り返した。
「無事だったんスね! よかった! 本当によかった! うわぁぁぁぁぁぁ……!」
 横からなのでよく見えないが、どうも滂沱の涙を流しているようだ。黒子がひぇぇぇ、と小さく変な声を上げている。あー……お気に入りの服なのに、涙やら鼻水がついちまった。おしゃれ着は洗濯面倒くさいんだよな。
「き、黄瀬くん……そんな泣かなくても」
 寄りかかってくる黄瀬の体重に足元をふらつかせる黒子。俺はその背に腕を回してこっそり支えておいた。
「だって、だって、くろこっちぃぃぃぃぃぃ……」
「そんなに心配してくれたんですか」
「そりゃするに決まってるでしょ! いきなり休学して、家出したとか、火神っちと別れたとか、バイト辞めたとか……も、もうっ、俺っ、黒子っちがすごい大変なことになったんじゃないかと……!」
 失踪中の不安感を思い出したのか、黄瀬の声に嗚咽が混じる。黒子は黄瀬の背中に腕を回し、ぽんぽんと叩いてなんとかなだめようと試みている。
「そ、そうですか、それは申し訳ありませんでした。で、でも、一応メールはしてたと思うんですが……。電話に出たこともありますし」
「あんなの! 余計不安になるって! もしかしたら誰かに連れ去られて監禁されて、無理やり電話口で無事を演じさせられたのかとか、思っちゃうじゃないっスかぁぁぁ……うえぇぇぇぇぇぇん! 黒子っちぃぃぃぃぃ……」
「黄瀬くん、お、落ち着いて……」
「黄瀬、ちょっと落ち着け。おまえテンション上がり過ぎだ」
 黒子の背がしなり、後ろに倒れそうになっている。危ないから離れろと俺は黄瀬の肩を掴んで押した。が、黄瀬は聞こうとしない。
「嫌っス! 火神っちが黒子っちの彼氏なのはわかってる。でも、こんなときくらい、ちょっとはいいじゃないっスか。別にとったりしねえし」
「いや、そういう方向性の心配をしてるんじゃなくてな……」
「黒子っち、黒子っち、黒子っち~~~!!」
 離されようとすると、抵抗してますます黒子にしがみつく。黄瀬の性格からして予測しうる行動なので腹は立たないのだが……
「き、黄瀬く……くっ、苦しい……」
「体格差考えろ。黒子が潰れる」
 黒子の身が物理的に危険なのは明白なので、無理やり腕を割り込ませ、引き剥がした。目線で黒子を示す。腕の中で圧迫されてへろへろになった黒子の姿を確認した黄瀬は、合掌とともに即座に謝り倒した。だから落ち着けと言ったんだよ……。
 ソファに移動し、黄瀬を座らせる。黄瀬はきっちり背筋を伸ばし、まさに反省していますといったしょんぼりした表情を浮かべている。
「ごめんっス。俺、舞い上がっちゃって……」
「いいですよ、もう……。それだけ心配させちゃったってことですから」
 正面に立った黒子が苦笑すると、黄瀬は途端にぱっと顔を輝かせた。まるっきり飼い主とペットの図である。
 と、そこで俺は疑問点を思い出した。
 黄瀬は黒子に再会できたと大喜びしているが、ちゃんと黒子の姿を確認しているのか? いまの黒子は完全に女性の姿である。喉仏や腕はもちろん、胸や腰もパッドを駆使し、まろいラインを描くよう工夫している。背丈は変えられないが、この程度の身長の女性は日本人でもそれなりにいる。男だと判断できる要素は皆無に近いと思うのだが。
「おまえ、こいつが黒子だってわかるのか?」
 俺の問いに、黄瀬は目をぱちくりさせた。なんのこっちゃとばかりに。
「え? 何言ってるんスか?」
「いや、こいつ、黒子に見えるのか?」
「へ? どう見たって黒子っちじゃないっすか」
「どう見ても……?」
「……? 何言ってるんスか?」
 黄瀬は目をしばたたかせるばかりで、俺の質問の意味をまるで把握していない様子だった。やばい、こいつ俺より日本語が不自由なのか? それとも俺の日本語がおかしいのか?
「いや、何か違和感ねえの?」
「違和感? ちょっとやせたかな……? もしかして体調悪い? 具合悪くてご飯食べれてない? 顔色悪くないけど……。あの、何か病気、とか……?」
「いや、それ以前にだな……」
「や、やっぱり黒子っち、どこか悪いんスか!?」
 勝手に心配しはじめた黄瀬は、立ち上がって黒子にずいっと迫った。黒子もさすがにたじろいでいる。
「落ち着け黄瀬、黒子は健康だ。ただ、もうちょっと冷静に、よーく見てみろ。なんか前と違うとこねえか?」
「髪伸びたね、黒子っち。イメチェン?」
 確かにエクステンション効果で長くなっているが、もうちょっと根本的なところで違和感を覚えないのだろうか。黄瀬は黒子の全身をまじまじと観察しているにも関わらず、俺が何を言っているのかやはりわからないようで、首をひねって不思議がっている。俺は腰を屈め、黒子の耳元でこそっと尋ねた。
「黒子、おまえミスディレクションの応用技でも身につけたのか? 自分を別の姿に見せるマジックとか」
「いえ、そんな技術はありませんが……あったとしてもこんなとこで使いませんよ」
「なんで黄瀬のやつ、違和感なくおまえを認識してるんだ?」
「さあ……僕の化けっぷりが未熟ということでしょうか」
「いや、十分だと思う」
 俺たちが黄瀬のリアクションのおかしさについてこそこそ話し合っていると、
「あー、ふたりでひそひそ話して! 妬けるじゃないっスか! どうせ俺が帰ったら溶けるほどいちゃいちゃいちゃいちゃするんでしょーが。客がいる間くらい、客の相手をしてほしいっス」
 黄瀬が文句をあげながら割り込んできた。まさか事情を知っているのだろうかと一瞬疑ったが、その上でこんな行動を取っているとしたら演技ということになる。俺たちを逆ドッキリさせるため? そんなことをするメリットはないと思うし、黄瀬の反応は、内容自体はともかくとして、自然なものに感じられた。
 だとすると、黄瀬の目にはこの黒子がはっきりと黒子であると映っているということなのか。
「あ~……黄瀬? ちょっとこっち来てくれるか? 黒子、おまえも」
 ふと考えついて、俺はふたりを寝室に呼んだ。化粧台代わりの安っぽいパイプ式テーブルのセットの横には、細長い姿見。主に黒子が身なりを整えるために使っているものだ。俺はその横に立つと、ちょいちょいと指で黒子を招いた。姿見に黒子の全身が映るように調整してから、黄瀬を来させる。
「黄瀬、ちょっと鏡見てくれるか」
「え、何スか?」
 黄瀬は首を傾げつつも素直に俺の指示に従い、姿見に映った黒子の姿を見た。と、甘く整った顔に見る見る驚愕が浮かぶ。口をぽかんと開け、黒子の鏡像を震える人差し指で指す。
「へ!? え、え、ええっ!? く、黒子っち!? どうしちゃったんスか、こんな格好をして!? まるっきり女の子じゃないっスか! え、なに、か、火神っちの趣味っスか!?」
 ここでようやく、黄瀬は黒子が女の服装とメイクをしていることに気づいたようで、鏡像と黒子本体、そして俺を代わる代わる見回しながら目を白黒させた。やっと正常な、というか予想に叶う反応が出たことに、なんだかほっとする。いや、なぜいまのいままで気づかなかったんだという疑問は依然として残るのだが。
 黄瀬は黒子の肩を掴み、火神っちの趣味なんスかどうなんスかと問い詰めている。なんか質問のポイントがずれている気がしないでもない。黒子は黄瀬の手首に手を添え、どけようとした。
「いえ、誰の趣味でもないです。あえて言うなら僕好みの服なんですが、趣味でこういう姿をしているわけでもないです」
「へー、黒子っち、こういう服が好きなんスか。なんか意外……」
 黒子の返答にあっさり納得を示すと、黄瀬は顎に手を添え、うんうんと頷いていた。なんだかご満悦の表情だ。……気に入ったのか?
「感想それだけですか?」
「あ、ごめん! すっげぇ似合ってる! めちゃかわいい! ジャケットの色が黒子っちの肌を引き立ててると思うよ! 結構可憐なデザインなのに、全然負けてなくてすごいと思う! 俺黒子っち大好き!」
 さすがイケメン、即座に褒めちぎった。黒子が求めた感想とはまったくベクトルが異なるが。俺は段々頭が痛くなってきた。
「どさくさに紛れて告白しやがったよこの残念モデル……」
「妬いてくれます?」
 黒子が肘でつんつんと俺の脇腹を突いた。
「いや、通常運転の黄瀬だからな……むしろ安心する」
 その後黄瀬は、こういう系統の服だったら知り合いのデザイナーの得意分野っス、こんどカタログもらってこようか? などとファッションの話に移行した。女を口説く手腕は見事であるが……俺も黒子もそれ以外のすごさに呆れと感心を抱かざるを得なかった。前々から黒子絡みで奇抜な言動を取るやつだとは思っていたが、改めてその異常性を見せつけられた気分だった。

*****

「……というわけで、一時的に別れた原因は僕にあるんです。火神くんにはなんら非はないんです。だから、火神くんのことを悪く言ったりしないでくださいね? 結局、僕がひとり相撲取ってたみたいなもので、火神くんはこんな僕を受け入れてくれました。……もっと彼を信じればよかったです」
 再びリビングに戻り、コーヒーを出してやると、仕切りなおしとばかりに黒子から黄瀬に俺と別れてから失踪を経て復縁したことのあらましについて説明した。キャパオーバーだったのか、黄瀬の頭の周囲に途中から疑問符がぽこぽこ浮かんでは消えていったが、とりあえずひと通り話してしまえとばかりに黒子は言葉を止めなかった。
 黒子がしゃべり終えると、黄瀬はまだ不思議そうに首をひねりつつも、
「そっかー……黒子っち、女の子だったんだ。俺、黒子っちのことたくさん注目してきたつもりだったけど、全然気づかなかった……」
 いまの黒子が女の子であるということは普通に受け入れている様子だった。長い話を聞く間、黄瀬はそれほど驚いた反応を示さなかったが、こいつにとっては驚くに値しない事柄だったのだろうか。それとも、黒子が懸念していたとおり、理解力が乏しいだけか。
「気づかなくて当然です。火神くんだって気づかなかったし、僕自身でさえ、はっきり自覚したのは大学に入ってからなんですから」
「あ……火神っち、あのときは言いがかりつけてごめん……」
 俺の大学に乗り込んできたときのことを言っているのだろう、黄瀬が改めて謝罪をしてきた。素直で殊勝な態度なのは、先刻黒子から直々に、俺のことを悪く言うなと言いつけられたからだろう。
「あー、気にすんな。特殊な事情だからな、想像できないのは仕方ねえよ。むしろ可能性としてちょっとでも考えたってんなら、そっちのほうが驚きだ」
 黄瀬はほっと胸を撫で下ろしたあと、また黒子のほうに顔を向けた。それはもう嬉しそうな表情で。
「しかし、黒子っちまじ違和感ゼロっスね。俺まったく気づかなかったよ、女の子になってるなんて」
「ええと……僕、男に見えます?」
 黒子がちょっぴり不安そうに尋ねる。まあそうだろう。気合を入れて女の子の格好をしているというのに、こんなに簡単に見破られては。が、黄瀬はこの質問にもやはり不思議そうにまばたきするだけだった。
「え? 黒子っちは黒子っちにしか見えないっスけど……」
 なんだろう、この答えになっていない答えは。
「黄瀬くん、僕の性別なんだと思ってたんですか?」
「え? つい一時間くらい前までは男だと。でも、戸籍とか体のことは置いておいて、いまは女の子だと思ってるっス。……この認識、間違ってる?」
「いえ、あってます……」
 あっさりと回答する黄瀬に、黒子のほうが呆気にとられていた。俺もまた驚くしかなかった。なんでこの短時間でこうも簡単に受け入れられるんだ? 驚愕の真実だと思うのだが。
「すげえ物わかりのよさだな」
 俺が再びこそっと黒子に声を掛ける。黒子はゆるゆると首を左右に振った。
「いえ……多分、性同一性障害そのものは理解していないかと。黄瀬くん、そんなに頭よくないですし」
「事情わかっていなくても、おまえがおまえであることは、本能で嗅ぎつけてるわけか」
 黒子の見解によれば、黄瀬は事情を深く理解してはいないだろうということだった。それでも、黒子の心が女の子で、いまは女性として生活していることについては、特におかしいとは感じていないようだった。効率的な思考回路をしているのか、単に脳の活動が追いついていないだけなのか、あるいはとんでもなく懐が広いのか。
 その後、心配をかけたお詫びとして黒子が手料理を披露し(といっても半分以上俺が手を加えたが)、黄瀬は感涙しながら食べていった。すっかり上機嫌で帰っていく黄瀬の後ろ姿を見送ったあと、俺と黒子は玄関の前で遠い目をした。
「なあ黒子……あいつの目に、おまえはどんなふうに映ってるんだ?」
「僕に言われてもそんなのわかりませんよ。少なくとも、見たままの姿をとらえているわけではなさそうですね。心の目で見ているんでしょうか」
 ぱっと見の性別が変わっていても、何の疑問も持たず黒子だと見抜いた黄瀬の目が恐ろしい。いや、脳の視覚を司る分野が特殊な働きをしているのか? 何にせよ、普通ではない。黄瀬には黒子の姿がどう見えているのだろうか。もしかしたら、俺とはまったく違う見え方をしているのかもしれない。人類と昆虫くらい、視覚に差があったりするのだろうか。
「あいつの偉大さに寒気がした。愛が重すぎる」
「まあ……火神くんが寛大な常識人だとしたら、黄瀬くんは寛大な変人ということなんでしょう」
「あいつまじ器でけえ。感服したぜ」
 ちょっとだけ敗北感を覚えるとともに、羨ましくも感じる。黄瀬の質的に異次元の寛大さに。……が、別にああなりたいとは思わなかった。人間やめたくない的な意味で。
「はあ……さすが黄瀬くんですね。わけがわかりません。……でも、無事に説明とお詫びができてよかったです」
 黒子は肩の荷がひとつ降りたというように、ふっと息を吐いた。こいつもなんだかんだで黄瀬のことは気にしていたのだろう。いままでの人間関係をどうするかについては今後の課題であり、とりあえず第一歩は踏み出せた。その相手が黄瀬であったのは、多分よかったと思う。




 

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