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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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ジェラシー?

 太陽が円の縁の一点をかすかに残し夜へとたすきを渡す頃、降旗は自宅に顔を出しにきた赤司を招き入れた。ワンルームの部屋に入る前に、玄関に入ってすぐの台所で足を止め、まずは手洗いをする。そしてそのまま冷蔵庫を開け、水を入れたペットボトルを放って赤司に渡す。次に野菜室を物色しながら尋ねる。
「どうする? せっかく来てくれたことだし、なんか食べてく?」
「材料はあるのか」
「探ればなんとでも。……あ、そうだ、一昨日、ええと、アラビアータ? つくったんだけど、そのときのトマト缶が中途半端に残っちゃってさ、消費しちゃいたいんだよな。ペンネも微妙に残ってることだし……んー、適当に野菜とか突っ込んでミネストローネでもつくるとすっか。あと豆腐の賞味期限がちょっと切れちゃってたなあ。加熱すれば大丈夫だと思うから、湯豆腐にするよ。好きだろ? 片付けるの手伝ってくれ。俺ひとりで一丁はちょっとヤだから。あとはまあ普通にサラダつくれる程度の野菜は入ってるな。季節外れっていうか、それ以前にメニューめちゃくちゃになって悪いけど。あとは……」
 とりあえず野菜室から人参とセロリとレタスを引っ張り出したあと、プラスチックの容器に入れてあるトマト缶の残りと、賞味期限切れの木綿豆腐を手に取る。一方赤司は玄関横のラックの下段に置かれた段ボール箱の中を、断わりもなく漁っている。
「玉ねぎとじゃがいもあたりを使うか。このあたりは常備されていることだし」
「そうだな。細かく切ってトマトで煮込めばいいかな。それから……うーん、なんかちまちま食材余ってるから、チャーハンの具にでもしちゃおうか。あ~、ほんと節操無いメニューだなあ」
 サラダ、湯豆腐、ミネストローネ、チャーハン。まったく統一性がない適当ぶりであるが、食材の活用という名の冷蔵庫の掃除をするのだから致し方ない。何か月か前はそれなりにきちんとしたメニューを計画してつくっていたのだが、最近はすっかり気が抜けたのか、思いつきで決めてしまうことも多々あった。赤司は赤司で、買い出しに行かず手元の食材を効率的に活用する手段は生活に有益だととらえているらしく、降旗の適当ぶりにこれといって文句はつけない。主婦の賢さとはこういうものなのだろう、と感慨とともに褒められたときには嫌味かと勘繰った降旗だったが、赤司のことだから多分思ったことそのまま言ってるんだろうなとすぐに考え直した。とはいえ喜んでいいのかわからなかったので、何とも言えない微苦笑とともにありがとうとだけ言っておいたのだった。
 降旗がオリーブオイルとニンニクを弱火で炒めはじめると、程なくして食欲をそそる香りがキッチンに立ち込めた。換気扇を入れていないことに気づいた赤司が、電源に腕を伸ばす。ありがと、とだけ降旗が言う。
 ニンニクで炒めた具材にトマト缶の残りとスープを投入し、あとはしばらく煮込むだけになった。チャーハンは具を切り終えたので、直前に炒めればよい。そろそろテーブルと食器の準備をしよう、と降旗が小型の食器棚に手を置いたとき、ふいに赤司が真横に立った。
「え?」
 その近さに降旗はどきりとした。
「せ、征くん?」
 呼ばれるが、赤司は答えず、降旗の胴に片腕を回し左の首筋に鼻を埋めた。いきなりのことに平生より身を固くする降旗に構わず、そのままくんくんとにおいを嗅ぐ。
「ど、どどど、どうした? ニンニクくさい? 心配しなくてもそんなに入れてないから、食べてもそこまでにおわないと思うよ?」
 自分の体が何か変なにおいを発しているのだろうかと降旗は少々慌てた。が、赤司はまったく別のことを言った。
「今日、火神のアパートに行っていたのか」
 質問というよりは確認に近い断定的な調子だ。
「へ? あ、うん、そうだけど。あれ、俺、言ったっけ?」
 火神との会話の内容が内容だけになんとなく言いづらく、今日の出来事について特に赤司には話していなかった。お互い行動を報告し合う義務も習慣もないので、黙っているのは普通のことだ。
「いや。においから推測した」
「に、におい? え、今日は料理してないぞ? 話をしただけなんだけど……」
「そうか。……午後か?」
「うん。午前中は講義があるから」
「テツヤは?」
「あ、今日はいなかった。なんか用事あるってことで」
「だろうな」
「え?」
 会話の合間に、赤司は両腕を降旗の胴体に絡めると、肩口に顔を押し付けた。
「ど、どうしたんだよ、そんなひっついてきて」
「においが気になる」
「え? そんなに? 別に火神のうち、そんな変なにおいしなかったけどなあ。まあ、生活臭はあったけど、あいつ結構清潔にしてるぞ? 黒子も、料理はともかく掃除はできるし。っていうかいまはガーリックのにおいのほうがきついんじゃないかな。料理してたところだし」
「なんだろう、気になる」
 赤司の鼻先が直接首の皮膚に触れ、降旗がびくっと肩を跳ねさせ体を固くした。
「うわ……ちょ、くすぐったい、です」
「相変わらず緊張しやすいな、きみは」
「あ、あー……うん、まあ、そうかも。……あのさ、何かあったのか? なんかいつもよりべたべたしてきてるような……料理中なのに」
 ベッドまたはそれに準じる状況ではそれなりにべたべたしている自覚はあるが、別の作業中に仕掛けてくることはあまりない。どうも、流れで至るのは好まず、きちんと意思確認をしなければ気が済まないらしい。
「あの、ほんとどうしたんだ?」
「さあ……なぜだろう。こうしたいと思った」
 漠然とした応答に降旗も戸惑う。訝りつつ、あり得そうな候補を探す。
「ええと……『性欲を刺激された』?」
「そのようだ。……いや、何か、違うような……?」
 ほとんど降旗を抱き締めるような格好で、しかし赤司はしつこくにおいを嗅ぐ。びくつきながらも降旗は赤司の左の肩甲骨あたりをとんとんと叩き、離れてほしい旨を訴えた。
「あの……いいけど、するなら夕飯食べてからにしない? 冷めちゃうよ……」
 セックスの誘い自体はやぶさかでないことを伝えつつ、いまこの場では無理だと言外に表す。と、赤司はぱっと体を離したかと思うと、
「……いや、せっかくだがこのまま帰る。悪いが、余った食事は朝食に回してくれ」
 荷物を取りに部屋へ入り、すぐに踵を返して玄関へと歩いていった。彼が脈絡もない行動を取るのはいつものことだが、降旗が怖気づいた等の理由で合意が得られない場合を除いて、何もせずに帰るなんてことはなかったので、驚きを隠せない。
「え? よ、用事?」
「違う。しかし、今日はこのまま帰るべきだと感じた」
 淡々と答えながら、赤司は靴に爪先を突っ込んだ。
「そ、そう……。あの、なんか怒ってる?」
「いや。違う。怒りではないと思う。何なんだろう……」
 口調は普段と同じ落ち着いたものだが、なんとなく剣呑な色を感じて降旗が恐る恐る尋ねるが、赤司はやはり曖昧な答えを返すばかりだ。珍しいことだが、彼自身戸惑っているようにも見受けられる。
「で、でも……」
 こわごわと降旗が近づくと、靴を履いた赤司がくるりと振り返ってきた。同じくらいの高さにある降旗の顔に、右手を添える。
「あまりびくつくな。抑えられなくなる」
「え?」
 何のことだと降旗は目をしばたたかせた。赤司はばつが悪そうに一瞬視線を逸らしたあと再び戻すと、
「今日、きみとセックスをするのはまずい。抑制が効かなくなる……気がする」
「あ、赤司? どうしちゃったんだ? ええと……したくない?」
 セックスをしない意志を表す赤司に、降旗がうろたえた声を出す。赤司は即座に首を横に振った。
「いや、気分としてはとてもしたい。これまでにないくらいそう感じる」
「お、俺は別にいいけど?」
「そうか。しかし今日は抑えるべきだと感じた」
「め、珍しいな……そんなこと言うの。っていうかはじめてかも?」
 どういった風の吹き回しだというのか。昨日したばかりだから、二日連続は控えたいというのならわかる。が、したいのにしようとしないなんて。これまでストレートに要求を伝えてくるばかりだった赤司の突然の態度に、降旗は戸惑うばかりだ。思わず、本当にしなくていいのか、と目で訴えてしまった。と。
「光樹」
「は、はい!?」
 鼻先が触れ合う近さで、甘さを含んだささやき声で名を呼ばれ、体を跳ねさせつつ素っ頓狂な声で返事をした。なんだろうと目をぱちくりさせていると、相手の呼吸を口元に感じた。反射的に口を開くと、ぬるりとした感触が唇の粘膜と舌に広がった。時間はものの数秒だろう。すぐに距離をとった赤司は、平然とした顔で告げた。
「今日はこれで十分だ。馳走になった。それではまた」
 ちゃんと戸締りするように、と忠告を残すと、赤司はそのまま玄関を出ていった。とりあえず言われた通り施錠した降旗だったが、釈然としないものを感じ、しばし扉の前で立ち尽くした。
「赤司……いったいどうしちゃったんだよ……」
 セックスを求めずに立ち去ってしまった赤司の態度が不可解で、降旗は言い知れぬ不安を覚えた。俺がずっとできないままだからもういいやってなったのかな、と考えたとき、妙に気分が沈んだ。しかしその後、赤司が「それではまた」と言っていたことを思い出し、そんなことないよな、と思い直す。しかしなんとも言えない不安感が拭えず、結局その日はチャーハンをつくらないまま、スープとおかずだけで夕飯を済ませた。
 一方、帰途についた赤司は、右手で自分の心臓のあたりを抑えながら、訝しげに首を傾げていた。
「なんだったんだ、あの感じ……?」
 降旗から他人の家のにおいを嗅ぎとったときに覚えた、奇妙な胸のもやもや。いまもまだ残っている気がする。その正体が掴めず、赤司は困惑した。困惑する自分を自覚すると、その事実にまた戸惑いを覚えた。その感覚になんと名前をつけていいのかわからない。不愉快……が近いだろうか。しかしそれならなぜセックスへの欲求を感じたというのか。不快感があればそんな気にならないだろうに。わかるのは、あのまましてしまった場合、愚かなことをしでかす予感がなんとなくしたということだ。だからやめるべきだと思った。……なぜそう思ったのかはわからない。そのこともまた、赤司を困惑させた。
 とりあえず思ったのは――降旗光樹という人間は実に興味深い、ということだった。


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