眼前の出来事に困惑を極めている自分を他人事のように感じながら、俺は自分がいま見た光景について脳内でまとめた。
降旗の携帯に赤司から電話があったようだ。
赤司側に何かあったらしく、降旗が慌て出した。
緊急事態なのか何なのかは俺には把握しようがないが、降旗がうろたえた声で、電話の相手に『せいくん』と呼びかけていた。しかも三回くらい繰り返していた。
………………。
えー。ええと……。
いまの電話、赤司からだよな。最初に赤司って呼んでたもんな。赤司の名前って、征十郎……でよかったよな。つまり降旗が言っていた『せいくん』は……。
このあたりで俺のあまりよろしくない脳みそは活動を放棄したいと訴えていた。なんつーか……いっぱいいっぱいだ。……です。
俺がアホみたいに半開きにした口から魂を三分の一ほど飛び出させている一方で、降旗は携帯を片手に握り締めて心配そうに眉を下げそわそわしていた。
「どうした降旗」
「赤司から電話だったんだけど、すぐに切れちゃって……なんか電話の向こうで揉めてるような雰囲気だった。強制的に切られちゃったみたいな。大丈夫かな……」
通話は十数秒で向こうから切断されたらしい。それは確かに不安を煽る状況だが、
「まあ、赤司なら大丈夫なんじゃね?」
電話口にいたのが赤司であるというなら、これといって緊迫感を覚えなかった。あいつなら自力でどうとでもするんじゃね? という妙な信頼感がある。しかし降旗はちょっと青ざめながら、折り返し電話すべきか否かおろおろしていた。大丈夫だって、あの赤司だぞ?
「あいつのことだから、場合によっては相手を殺しちゃうんじゃ……!」
「そっちの心配かよ。まあ妥当な心配だと思うが」
うん、心配すべきは赤司の身の安全ではなく、相手方の生命だな。俺はそんなふうに呑気に考えていたのだが、あとになってみれば、このときの相手方は黒子だったとわかった。本人が目の前で報告していたから大丈夫だったのはわかるのだが、それでも黒子の友のための武勇伝を聞かされたときは内心冷や冷やした。あんま無謀なことしてくれるなよ。
「さすがに年取ってあの病気みたいな言動はいくらか落ち着いてきたみたいなんだけど、本質は変わってないからなあ。ダイレクトに『殺す』は言わなくなったけど、無言で何かよからぬことを考えているっぽいんだよな……。それとなく聞いてみたら、合法的に苦痛や社会的死を与える効率的な方法の研究に余念がないんだとさ。ハッタリ臭が減って現実味が増した分、余計に性質が悪いよ……! 民法とか判例集に没頭するあいつの姿ほど怖いものはない。本人的には『生活の知恵を身に着けているにすぎない』ってことだけど、絶対その範囲を逸脱したところまで勉強してるよあれは」
それは怖い。生きながらにして、生まれてきたことを後悔させる手段を複数心得ていそうだ。そういうことしているから降旗がいつまで経っても怖がるんじゃないか?
そのあたりは深く追及すると俺の背筋が凍りそうなので、ほどほどのところで切り上げるのが無難だと感じた。降旗がメールを打ち終わるタイミングを見計らい(赤司に安否確認のメールを送っていたらしい)、もうちょっと世俗的な話題へ移ることにした。これも、俺の本能が聞くべきではないと遠くから訴えていたが、スルーするのもまたあとから悶々としそうなので、思い切って尋ねた。
「降旗さあ……『征くん』ってなんだよ」
「え」
降旗の表情が固まる。どうやら意識せずそう呼んでしまったらしい。
「さっき、赤司からの電話のとき、そう呼んでただろ。あいつのこと、そんなふうに呼んでんのか」
「あ、ああ……うん。ふたりのときは。さっきは慌ててたから……つい」
つまり周囲の目がないもしくは周りに注意が向かない状況では、自然にその呼び方が飛び出すらしい。これって、普段はもっぱら『征くん』を使っているということだよな……。降旗が赤司と会うときは自宅でふたりだけというシチュエーションが多いようなので、おかしくはないのだろうが。
「もしかして、赤司もおまえのこと、名前で呼んでたりすんの?」
「う、うん……光樹って、下の名前で呼ばれてる」
一瞬、光樹が降旗の名前だと認識できなかった。慣れないとこうなるよな。……そんな疑わんでも、おまえの名前はちゃんとわかってるって、黒子。あ、いや、テ、テツヤ。……おい、そのジト目はやめてくれ。いま言いよどんだのは、記憶があやふやだったからじゃねえよ。単純に、その……て、照れちまっただけだっての。
「普段からそう呼ばれてんのか?」
赤司が降旗のことを話題に出しているのを聞いたことはないし、そもそも会う機会自体少ないので、どんな呼び方をしているにせよ、まるでイメージが湧かない。
「俺に呼び掛けるときはそうかな。ほかの人に俺の名前を出すときは普通に苗字呼びにしてると思う」
「ふーん……。おまえら、なんでわざわざそんな使い分けを?」
ふたりの間で成立している呼び分けがあるというのが、なんというか、いかにもそれを楽しんでいますという空気を感じさせるんだよな。
「それは俺が……
赤司とのセックスにも慣れてきて、終わったあとに会話する程度の余裕ができてきた頃、俺はふいに思い立って聞いたんだ。
『赤司って、親しい人は名前で呼ぶんだよな』
『そうだ。それが何か』
真顔で質問の理由について尋ねられたけど、深い意味があったわけじゃないから、返事に困った。ごまかすのも怖いから、素直にただの思いつきだと認めた。
『いや……だから何ってわけじゃないんだけど。ごめん、意味のないこと指摘した』
『……いや、それについてはこちらの配慮が足りなかった』
『へ?』
『きみは最初に言った。親しくない相手にセックスを求められても困ると。つまり僕はきみを困らせていたわけか』
確かにそんなことを言った気はするけど、あれは赤司に突然迫られて困惑しながらつい言っちゃっただけで、親しければオールオッケーって意味でもないんだけど。
『え、あ、いや、そういうつもりで言ったわけじゃ……』
それについては現在進行で困らされているのだが、抗議するような勇気は俺にはなかった。どう答えるべきか俺があたふたしていると、
『これからはきみを名前で呼ぶことにする。光樹』
『え、えっ?』
その場で即決されました。さすが赤司だ。まあいつものことなんだけど。
『きみはどうする』
『ええと……俺は別に……親しくなっても普通に苗字呼びの友達いるから、そういうこだわりはあんまり』
『そうか』
なぜか俺は、赤司の声にちょっとしょんぼりした印象を受けた。なんでだろうな。
『あー……よかったら、赤司のことなんか別の呼び方しても……いい?』
そんなわけで、思いつきで変な提案をしてしまったわけだ。
『別の呼び方とは?』
『え、な、なんだろ……。名前のほうで、とか? その、赤司が嫌じゃなければだけど』
『試しに呼んでみろ』
いきなり言われてものすごいキョドっちゃったよ俺。だって本当に、何も考えていなかったから。十秒くらい沈黙したんだけど、うち八秒くらいは、赤司の下の名前ってなんだっけ!? っていう焦りだった。いや、ちゃんとフルネームで覚えてるんだけどさ、普段呼ばないから、いざ思い出そうとすると出てこないんだよ。緊急時に119番押せなくなる現象みたいな。
『せ、征十郎……くん』
『光樹』
『は、はい!? ご、ごめんなさい!』
『無意味に謝るな。困惑する』
『ご、ごめ……あ、いや……はい』
『なぜ<くん>付けなんだ』
『な、なんとなく?』
畏れ多くて名前呼び捨てとか無理です。……とは言えない俺だった。なんか変な迫力あるんだもん、口応え的なことなんて言えないよ……。
『赤司と呼び捨てているのに?』
『あー、そうだけど……な、なんか、名前そのまま呼び捨てって、落ち着かなくて。そんなことしていいのかなー、と』
『構わない。だいたい僕の名前は長い。音節なら三つだが、モーラ数でいうと六だ。<くん>付けはうっとうしい』
『え、で、でも……』
このあと話し合ったというか赤司に気圧されながら呼び方の妥協点を探して、『征くん』に決まったんだ。本人的にはセイジが気に入ったみたいだけど、これも呼び捨てっぽいからなんか落ち着かなくて、結局征くんにさせてもらった。でもやっぱり恥ずかしいから、人前でこの呼び方は無理だと思って。びくつきつつそう言ったら、人前でない状況ならいいんだろうって感じで、案外あっさり理解を示してくれたんだよ。で、ふたりのときには征くんて呼ぶようになったわけ。赤司のほうは人前か否か問わず、光樹って呼んでくるけど。あいつの使い分けの基準はよくわかんないや。単に俺のフルネーム知ってる人が少ないからだと思うけど」
降旗は、最初に名前で呼び合うようになったきっかけについて、結構丁寧に説明してくれた。
……なんだこの甘酸っぱいやりとり。中学生の恋愛か。いや、どうやらピロートーク的な状況だったみたいだが。詳しい情景描写はもらっていないが、多分これ、ベットで裸かそれに近い格好で行われた会話だよな。か、かゆい。なんか異様に体があちこちかゆくなってきたような気がする。とろろをつくったときよりもかゆい。
知らず二の腕をぼりぼり掻いていた俺の横で、降旗が話を続ける。
「でも、決めたはいいものの、俺のほうがなかなか定着しなくて、よくセックスのときにあいつを不機嫌にさせちゃってたよ。飯つくってるときとかなら多少びびりつつも意識的に呼べるんだけど、セックスのときだと慣れてきたにしてもやっぱどうしてもテンパっちゃって。それなら呼び方変えないほうがよかったんじゃないかって、後悔したくらい。
なんか、いつもよりやけにあいつが、その……唇に粘着してきたことがあってさ……。
『あ、赤司、その……きょ、今日、なんかキス多くね? も、もういいよ。あ、や、嫌だってわけじゃないぞ? ただ……』
『光樹』
『は、はい!?』
『本日十一回目の指摘になるが――』
指摘、という単語に、俺は赤司が何を言わんとしているのか理解した。
『あ、ご、ごめん! え、ええと……せ、征、くん』
『なんだ』
あいつ、呼ぶと真顔でなんだって聞いてくること結構あってさ……そういうときすげえ対応に困る。
『え、いや……な、なんだろ。呼んだだけ、みたいな』
『そうか』
『ご、ごごご、ごめん! 用がないってわけじゃないんだ。ただ、赤司が――うわ!?』
言いかけたところで強制中断させられた。唇で塞ぐなんて、洋画みたいなことしてきやがって。
『光樹。十二回目だが?』
『え、あ……ま、まじでごめん。俺、ほんと学習能力ないな……。あ、あのさ、もしかして俺が呼び間違えるたびにキスしてんの?』
『十二回目にしてようやくか。驚くべき観察力のなさだな』
『う……だって、そんな余裕、あるわけないだろ……』
っていうか普通にわかりにくいですそれ。……とはもちろん言えない。言えるわけない。
『あまりに繰り返すから、逆にわざとなのかと勘繰ったくらいだ。きみは口づけを好むのかと』
『え!? あ、いや……』
なに、ねだってると解釈されちゃうのこれ!? と俺は焦った。しかし即座に向こうがフォローしてくれた。
『きみがそんな遠回りなことを考えているわけではないことは、わかっていたが』
『わ、わかってるならそんなこと言うなよ。いじわるだよ赤司……あ! せ、征くん。……んん!』
『いまので十三回目だぞ。疑いたくもなるというものだ』
『い、いまのはちゃんと自分で気づいて言い直しただろ! ノーカンでいいじゃん、ノーカンで!』
『その前にはっきり赤司と言っていただろう』
『う~……』
『誤った学習を繰り返すとそれが定着してしまう可能性がある。直すなら早期のほうがいいと考える。この調子では、夜が明けてしまいそうだが』
『うえ!? 朝まで続けるのこれ!?』
『きみの学習能力次第だろう』
も~、あいつ細かすぎ! いちいちいちいちその都度その都度訂正してきてさ。俺がどれだけ恥ずかしかったと思ってんだよ。しかも反動で、そのあとしばらく、うっかり人前で征くんって言いそうになってたし。ほんと勘弁してほしいよ、俺、あいつみたいに優秀じゃないんだからさ……」
うわぁぁぁぁぁ……またエッライ話を聞いてしまった!
俺は家の中の砂糖という砂糖をすべて捨てたくなった。上白糖も三温糖もグラニュー糖も黒砂糖も氷砂糖もすべて。……ん? 三温糖って何ですかって? 黒子、やっぱおまえ、もうちょっと料理しよう? な?
なんかもう……俺が降旗に言えるのはただひとつ、ずいぶん充実した生活を送ってんだな? ということくらいだった。なんか最初のほうにグダグダこっちを心配させるようなことぬかしてたけど、こいつらつき合ってるだろ。どう控えめに見てもカップルやってるだろ。おまえもそう思うだろ、黒子?
「降旗さあ……赤司のことどう思ってんの?」
ここまで来たらずばっと聞いてしまったほうがすっきりするだろうと、俺は降旗に尋ねた。
「どうって、火神とだいたい同じじゃねえの?」
「っていうと?」
「怖い。ひたすら怖い」
きっぱり答える降旗。ここまで来ると頑固にさえ感じる。いや、怖いのはわかるんだけど。
「あ、ああ……そう。……でも、そんなんでよく料理なんか一緒にできるな」
「へ? なんで?」
「いや……包丁とかキッチン鋏とか、刃物使うだろ。火や油もあるし。台所って見方によっては武器庫だと思うんだ。俺、ぜってーあいつに刃物持たせたくねえんだけど」
あー、ヤな思い出が蘇る……。
俺の指摘に、降旗ははっとしたようだった。
「あ、そういえば……。も~、変なこと言うなよ火神、次から一緒に料理できなくなったらどうすんだよ」
ほうほう、つまり今後も赤司と一緒に料理したいと思っている、と。
「でもまあ、包丁持ったあいつの姿は見慣れてるから、大丈夫かな。包丁捌き華麗だから、変な危険を感じる暇なんてないのかも?」
見とれてるのか? 見とれてるんだな?
降旗め……さらっと惚気てくれるな。
「そうか、包丁持った赤司は別に怖くない、と」
「普通に使ってる分には。いや、普通じゃない使い方なんてされたことないんだけどさあ。赤司と料理するときは刃物よりアルコールに気をつけてるかな」
「アルコール? 弱いのか? においも駄目とか」
一瞬、酒癖が悪いのかとも思ったが、キッチンドランカーでもない限り、料理中に大量の飲酒はしないだろう。だとすると、料理酒の酒気にも反応するくらい弱いということだろうか。
「弱いわけじゃないんだけど、あの刺激? が嫌みたいで。前、合わせ調味料つくって味見してもらったとき、ちょっと口に入れただけで赤司のやつ、びくってして、そのあと口押さえて固まってたんだよ。どうしたんだって聞いたら、アルコールで舌が痛くなってびっくりしたんだと。日本酒とみりんの割合が結構あったからなー」
確かに、日本酒もみりんもビールや酎ハイに比べるとずっとアルコール度数が高い。苦手な人間にはきつく感じるだろう。
「アルコール飛ばさなかったのか?」
「んー、確かそのレシピでは手順的に先に合わせておく必要があったんだと思う。口をゆすいだらどうだって、俺がコップに水入れて渡すまで、赤司ずっと固まってたよ。そのあと材料と一緒に鍋に入れて火にかけてから改めて味見させたんだけど、そのときもなんか妙に警戒しながら恐る恐る口に運んでた。そのあとも妙にテンション低かったよ、その日は。あのときの赤司はちょっとかわいかったな、意外な感じがして」
それもうときめいたってやつじゃねえのか?
「あー……降旗さあ、それでも、赤司の印象はやっぱり『怖い』なのか」
「そりゃそうだって。なんつーか、人知を超えた怖さがあってさ、どうにもこうにも落ち着かないんだよ。火神、あいつと一緒にいて安らげると思う?」
「それは絶対無理」
リラックスとは真逆の要素だと思う。
「だろ? だろ? おまえもそう思うよな。俺が緊張するのもわかるだろ?」
「まあそのへんの感覚は同意できるんだが……なんかおまえの話聞いてると、それだけじゃなさそうな」
「そう?」
降旗はきょとんとして俺を見つめてきた。俺の質問の意図をまったく解していない様子で。
「おう。なんつーか……俺、遠回しな聞き方できねえからそのまま聞いちまうけど……おまえ、赤司のこと好きなのか?」
俺がそのものズバリな質問を投げかけると、降旗はしばしの沈黙の後、
「……は?」
思い切り首を傾げた。なんでまたそんな突拍子のないこと聞いてくるんだ? と心底不思議がるように。もしかしてガチで自覚ないのかこいつ。
「いや、赤司にびびってるのはそのとおりなんだろうけど……こう、妙に好意的というか、あいつのこと話すの楽しそうな雰囲気がひしひしと……だな」
降旗はなおも十秒ほどきょとん顔を維持したあと、
「も~、何言ってんだよ火神。からかってもおもしろい反応は返せないぞ、俺は」
あははと笑いながら俺の二の腕をぺちんと叩いた。完全にジョークの空気になっている。
「いや、からかってるわけじゃないんだが」
「まあ確かにセックスはしてるけどさ、俺が赤司を好きなんて、そんなこと絶対ないって」
緑間のツンデレとは明らかに異なる、本気の、それでいて軽薄なトーンでの否定。降旗のやつ、完全にそう信じて発言してるぞこれ。
「そ、そうか?」
「そりゃ、あいつといるとドキドキするけど……それは好きだからじゃなくて、あいつのことが怖いからだよ。吊り橋理論ってあるじゃん? 吊り橋の上で女の人に声を掛けられると、普通の状況で声を掛けられた時よりも好意を抱きやすいってアレ。もしまかり間違ってあいつのこと好きかも?……なんて思ったとしても、それは吊り橋理論的な感情の誤認でしかないって。とにかく徹頭徹尾、びびりまくってんだから。あいつと一緒にいる間中、俺の心臓働き過ぎになってんだから。俺の寿命が縮んだら、絶対あいつのせいだと思う」
けらけら笑いながら、降旗は恋の吊り橋理論について説明してくれた。有名な説なので俺もさすがに知っていたが。
しかし……降旗はそう主張したが、俺はむしろ吊り橋理論の逆なのではないかと思った。すなわち、赤司に対して恋愛感情めいたものを抱いたとしても、それによってどきどきする現象を、降旗はすべて恐怖による心拍数の上昇と解釈しているのではないかと。
なんだこれ、めんどくさい。すげーめんどくさい。
仮に俺がそう指摘したとしても、降旗が自分の説を訂正するとは考えにくい。降旗は、自分が赤司をそういう意味で好きになるなんてあり得ないと思い込んでいる。というより、赤司に惚れるという概念自体を持ち合わせていない気がする。
赤司のほうは降旗のことをどう思っているんだろうな。少なくとも険悪な雰囲気はなさそうだ。いや、むしろ普段のあいつからは想像もつかないくらい好意的ではないだろうか。名前を呼び合うイチャイチャ話なんて、砂吐きながら鳥肌が立ったくらいだ。
結局降旗は何に困ってるんだ?
俺はようやく、今日降旗と話をしているのは、相談に乗るためだったと思い出した。途中から、惚気話の生贄にされたのかと思ったぜ。
「えー……降旗、あのさ、相談があるってことだったけど、結局何だったんだ? なんかすげえ話が脱線したような……」
「あ、ごめん。そうだよな、俺、なにベラベラしゃべってんだろうな。で、でも、無関係ってわけじゃないんだ。赤司絡みには違いないから」
降旗はばつが悪そうに頭を掻いたあと、居ずまいを正し、真剣なまなざしを俺に向けた。
「今日おまえに相談持ち掛けたのはさ、その……赤司とあんまうまくセックスできてないからなんだ」
「ええと、嫌なわけじゃないんだよな? いままでの話からすると」
降旗自身、セックス自体が怖いわけではないと何度も主張していたし、赤司との仲も脅す脅されたの関係ではないようだから、この時点になると、俺も信じる気になった。
「それは大丈夫。嫌じゃないんだけど……ほら、やっぱ俺、赤司にびびってるじゃん? それが体に出ちゃって、その、セックスのとき……」
「ガチガチに緊張してる、とか?」
「う、うん。そんな感じ。なんだろう、最初は男とセックスすんのが怖いと思ってたんだけど、慣れてきたら、これセックスっていうか赤司が怖いんじゃね? って気づいて……」
たいそういちゃついているようにしか思えない話を聞かされたわけだが、降旗の中では赤司はなお恐怖の対象であり続けているようだ。
「最中になんかヤなことされるのか? 物理的な暴力はないみてえだけど」
「ううん。それはない。気遣われ過ぎて恥ずかしいことはあるけど……」
「そ、そうか」
降旗が照れた様子でもじもじと両手の親指を擦り合わせた。うおぉ……恥ずかしいのは俺のほうだ。
「行為自体に全然不満はないんだ、本当に。ただ俺自身困ってて赤司も困らせてることがあってさ……俺、あいつとするとき、あんまたたないんだ。あ、でも、不能なわけじゃないぞ? ひとりならちゃんとたつ! そ、それに……絶対無理ってわけじゃないし……」
「えーと、それってやっぱ、びびりすぎが原因っぽいのか?」
「た、多分……。あ、いや、ほんと、あいつとのセックスそのものは怖くないんだよ!? ただ……いまだちょっと現実感がないっていうか、あの赤司が俺と?……みたいな気持ちがあって、一緒にいるとどうしてもびびって緊張しちゃうんだ。あの赤司が俺に触ってきて、それだけじゃなく俺のほうからも触るの許してもらえて……もう心臓バックバクでさ、頭の中真っ白なわけ。多分そっちにエネルギーが行き過ぎてて、下のほうがいまいち活発にならないんじゃないかと……」
「へ、へえ……」
段々話を聞くのがつらくなってきた。
「俺がそんなだから、結局なかなか先に進めなくて、ええと……狭い意味でのセックスっていまだにしたことないんだ」
「ま、まあ……別に無理にしなくてもいいんじゃねえか? しないカップルもいると思うしよ」
「でも、赤司……最初にはっきり『セックスしたい』って言ってたから、やっぱ最後まで、その、し、したいんだろうなって、思うんだ」
頬を紅潮させ声を上擦らせながら、降旗はぎゅっと両の拳を握った。俺は相槌のあと、
「ああ、そうか。赤司のやつ、なんでおまえにム……ムラムラするのか知りたくて、おまえに迫ったんだよな。その理由を突き止めてもらわなきゃ、おまえは赤司から解放されないわけだ。現状のままだと、降旗はずっと赤司とセフレみたいな関係続けなきゃならないってことになるもんな。現状を打破するには――」
「え!? あ、いや、そういう意味で言ったわけじゃ……。あ、でも、そうか……それがわかれば、赤司は俺としなくなるんだよな……」
赤司との関係を解消するにはセックスが必要だからしたいってことか、と心にもないことをあえて尋ねてやろうと思ったのだが、全部言う前に降旗に妨害された。反射的に否定の言葉を挟んだあと、降旗は俺の発言の意味を理解して、しょんぼりと露骨にうなだれた。あー……この反応、もう決まりだろ。降旗、これ赤司に惚れてるだろ絶対。はじまりは確かにとんでもないシチュエーションだったようだが、本人たちの解釈の上ではセフレであれ、一年もつき合っていれば情くらい湧くだろう。まあ、E.T.との間に育まれた友情だか愛情に近い気がするが。
へこんでしまった降旗に、俺は気まずい思いで適当に濁した。
「あ、あー……どうだろな」
「でも、嫌じゃないけど確かにグダグダな関係ではあるからなあ、いまみたいな停滞が続くのもどうかと思うんだよな。まあ、概ね俺のせいなんですけどね」
降旗は若干気落ちした様子を見せながらも、軽い調子で笑った。おいおい健気だな。どう考えても赤司が悪いだろ。あいつが無茶苦茶な理由で迫ったせいで、降旗が混乱して自分の気持ちがわからなくなっているんだろが。さらに言うと、高校時代の物騒な行動も原因のひとつだ。あの第一印象、消えることなんてあるのか?
「俺としては、いまのままでも、その……セックスしてもらっていいんだけど、赤司はそれじゃ納得しないんだよな。あいつあんな性格なのに、一方的な快感を得るのは不平等だとか言ってくれちゃってさ。た、確かに反応悪いけど、全然気持ちよくないわけじゃないし。ほんと、気を遣わなくていいのに」
「あのさ、その言い方だと、おまえは赤司に抱かれる気があるんだよな」
「そりゃ……俺、あんまたたないから、タチは難しいよ」
「いや、そういう意味で聞いたんじゃないんだが……」
「赤司はそのへん平等主義で、両方したいみたいだけど」
「あ、そうなのか……」
「俺がちゃんとできるようになるまで待つつもりなのかなあ……。委縮しちゃってわかりやすい反応が少ないのは確かなんだけど……その……あっちのほう触られるとちゃんと気持ちいいから、だ、大丈夫なんじゃないかなって、思うんだけど。少なくとも、俺が受けるほうなら」
どう思う? とでも問いたげに、降旗が俺をちらりと見た。経験者というか先輩の意見を聞かせてください的な目で。
「そこで俺を見るのはやめてくれ。なんかすげーいたたまれねえ」
そりゃ俺は黒子とセックスしているし、どちらも経験あるわけだが(といっても黒子がネコを好むので、俺はタチのほうが多い)、他人のセックス事情に口を挟むのは嫌だ。俺は仏像のように手の平を降旗のほうへ向けて制止すると、露骨に宙を仰ぎ見て視線を逸らした。
それにしても。
今日降旗に相談された当初は、赤司との妙な関係がぐだぐだ続いているのをなんとか解消したいというような内容かと予想していたのだが、蓋を開けてみれば見当外れもいいところだった。降旗のやつ、赤司と別れたい(別れるという言葉がふさわしい関係なのかどうかはこの際置いておく)なんて全然思っていなくて、単に赤司とセックスしたいけどなかなかできないことを悩んでるってことじゃねえか。なんだこのつき合いはじめ三か月のカップルの片割れみたいな悩みは。そろそろ次の段階に進みたいんだけどなかなか進めないんです、っていうのと同じパターンの悩みだろ。
「頼ってくれたのに悪いけどよ、降旗、おまえのとこと俺のとこじゃ事情が違いすぎて、アドバイスは無理だわ」
お手上げ、というように俺が肩をすくめると、降旗が首を緩く横に振った。
「んー……実を言うと、今日相談に乗ってもらったのは、アドバイスがほしいっていうよりは、その……おまえに、いや、おまえと黒子に頼みがあってさ。……いい?」
「なんだ?」
「おまえらのセックス、俺に見せてくれないか?」
「はあ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。これは当然だろう。なんだよ、セックスを見せてくれって。見開いた目から目玉が落ちるかと思ったぜ。
いったいどうしてしまったんだ降旗。視線で問う俺に、降旗が切実そうに言う。
「赤司がそろそろ、その、そういう行為もしたいみたいなんだけど、俺、よくわかんなくて。ネットとかで動画みたけど、なんかピンと来ないっていうか……。ああいうのって、演出入ってると思うし。だから、実際に見せてもらえたらなって、自然体のセックスを。なんか俺、もしかしたらイメージ先行でびびりが入ってるのかもしれないし、現実的なの見たら、いけそうかも? って気になる可能性、あると思うんだ」
「ちょ、お、おま、何言ってんだ……!?」
「なあ、お願いだよ。俺、ほかにこんなこと頼めるような友達いないし。おまえと黒子が頼りなんだ」
そりゃいないだろうよ。身の回りにポンポン同性カップルはいないだろうよ。いたとしても堂々と公にしてるカップルは少ないだろうよ。
「ちょ、ちょっと冷静になろう、降旗、な? おまえ、そろそろ多少は断ることも身につけたほうがいいぞ? そりゃ勇気はいるだろうが、このまま利用され続けるのはいいことじゃねえって。赤司にそういうことしたいって言われたからってホイホイ従うのはどうかと思う。その、結構負担のある行為だし、な?」
降旗は赤司とのセックスを希望しているので、この説得は何の意味もないわけだが、混乱する俺に効果的な言葉は思いつかなかった。仕方ないだろ、もともと馬鹿なんだから。
「いや、実は……俺も興味があって」
「え」
「この一年で散々いろんなことしたからさ。もうここまで来たら毒を食らわば皿まで、みたいな? せっかくだから、体験してみたいんだよ」
「ちょ、降旗、おまえ……!」
おまえそういうキャラだっけ!? なんか赤司に乗り移られてねえか!?
恐ろしいことを迫ってくる降旗に戦慄を覚え、俺はだらだらと汗を掻いた。
早く帰ってきてくれ黒子! 俺の頭じゃこの状況に対処しきれん!
目をキラキラさせながら迫ってくる降旗を前に、どうやったら引き下がってくれるのかと俺は困り切ってしまった。
結局、降旗の安否確認メールに対して結構な時間差で掛かってきた赤司からの電話によって(黒子との話が終わってから掛けてきたのだろう)、その場はお開きになった。降旗はここでもやっぱり征くん呼びをしながら心底心配そうに電話口で話をしていた。で、赤司のやつ、心配はいらないってことで無事な姿を見せようと、今日も降旗のアパートに行くんだとよ。
本気で砂糖全部捨てたくなった。
*****
「ああぁぁぁぁぁ! 降旗くんが侵された! 赤司くんに侵された!」
火神から降旗の話を聞かされた黒子は、言葉そのままの意味で頭を抱え、膝立ちになってぶるぶると震えながら叫んだ。放っておくとそのまま床の上を転がりながら身悶えそうな勢いだったので、火神は黒子の胴に腕を巻きつけた。
「落ち着け黒子、その単語はまずい。別の意味に聞こえる。あいつらは合意だし、まだそこまで行ってねえ。俺らよりよっぽど清いぞ」
しかし、侵されているのは事実だろう。主に精神を。あの常識人降旗が、友人のセックスを見せてくれなんて非常識極まりないことを頼むなんて、いったい何をどうしてこうなってしまったというのか。
ショックにひと通り悶絶したあと、黒子はマットレスの上に四つん這いになってはあはあと荒い息を繰り返した。火神がタオルを投げてやると、黒子は起き上がってその場に正座し、頬の汗を拭った。
「降旗くん……完全に赤司くんに毒されちゃってますね」
「ああ。確実に汚染されてるな」
「そんなこと言う子じゃなかったのに、すっかり赤司くんの奇天烈ぶりに蝕まれちゃったんですね……。僕は悲しいです。あんなのとつき合うから……」
「それは降旗が悪いわけじゃないけどな」
親のような心境で降旗の変貌を悲しむ黒子。火神もまた、胡坐を掻いて黒子と向き合うと、腕組とともに難しい顔をした。まるで変な男に引っかかった娘を嘆く父母である。
「ああ……赤司くん、なんて罪深いことを……」
はらはらと涙をこぼしそうな勢いで打ち震える黒子の頬を火神がやんわりと撫でる。
「赤司の性格って感染するんだな……」
しみじみと呟く火神。もはや伝染病扱いの赤司。
「あの……火神くん経由だから大なり小なり火神くんの主観フィルターが入ってるとは思うんですけど、それでも……降旗くんって赤司くんのこと……」
「好意的に思ってるな、どう控えめに見積もっても」
「ですよねえ……。っていうか普通に付き合ってるじゃないですか。僕と火神くんですらなかなかできないお手々つなぎをやってのけるとか……正直妬ましいです」
黒子はわざとらしくぎりっとタオルを噛んで見せた。しかし火神には無視された。
「おまえの見解だと、赤司も赤司で降旗に惚れてるっぽい?……んだよな?」
「ええ、そんな印象です。そもそも、あの赤司くんが他人に性欲を感じること自体、異常なことだと思います。本人はひたすら性欲性欲言っていましたけど……もうちょっと高次の感情も含まれてるんじゃないですかね。自覚できないだけで」
「降旗は降旗で、赤司と一緒にいて緊張するのは全部恐怖感のせいだと思い込んでんだよな……」
「赤司くんの馬鹿……傷害未遂なんて起こすからですよ」
やっぱりあの第一印象が強すぎて忘れられないのが大きな原因だろう。それさえなければ、と考えたところで黒子がはたと止まった。
「……え、なんですかこれ、両思い?」
お互い、片方の状況については又聞きの情報しかないわけだが、赤司の降旗に対する態度と、降旗の赤司に対する語り口をまとめると、その結論に行きついてしまう。信じられないというように見開いた目を向けてくる黒子。火神は困ったように頬を掻いた。
「多分……。今日のおまえの話、途中から、あー、なんだ赤司もそれっぽいんだなー、って思いながら聞いてたわ」
「それで破れ鍋に綴じ蓋って言ったんですね」
「……用法、間違ってる?」
「いえ、合っているかと……。火神くん、賢くなりましたね」
「おう」
うかがうように聞いてくる火神の頭を黒子はよしよしと撫でた。
降旗への感情を性欲と言い切る赤司。
赤司に対して覚える緊張の原因をひたすら恐怖だと考えている降旗。
確かに似た者同士である。しかも赤司のせいで降旗まで壊れ気味ときている。破れ鍋に綴じ蓋という火神の評も、そう的外れではあるまい。
「しかし、両思いで事実上交際しているとなると、結局何が問題なんだ? って気になるな。普通にうまくいってるじゃねえか、降旗と赤司。信じられねえ組み合わせだけど」
首を傾げる火神に、甘いですよとばかりに黒子が人差し指を横に振る。
「問題はありますよ。ふたりとも、相手の感情はおろか自分の気持ちにさえまったく気づいていないんですよ? だからふたり揃ってセフレとか言い合ってるんです。完全に出来上がっているのに」
「でも、自覚させるの無理じゃね? あいつら、外野がどうこう言っても聞かないし信じないだろ」
「降旗くんはまだしも、赤司くんが難関すぎですね。無理ですよ、あのひとに恋愛感情を理解させるのは。絶対、生体内の化学反応について語ってきますよ。結論はきっと、『恋愛とはヒトの脳の勘違い』でしょう」
はあぁ、とふたり同時にため息をつく。特に揉めているわけでも障害があるわけでもないのに、セフレの認識から脱しない赤司と降旗。そして自分たちは無関係なのになぜ巻き込まれつつあるのか。黒子と火神は頭が痛くなってきた。
と、火神が不意に顔を上げた。
「ん? なんかびっくり情報が多すぎて忘れかけてたけど、あいつらのそもそもの悩みってなんだっけ?」
「赤司くんは、降旗くんとのセックスがうまくいかないことで悩んでいました」
「降旗は、ぶっちゃければ赤司とセックスしたいけど、うまくいかないってことだったな」
確認し合ったところで、そのアホさ具合と、そしてそんな悩みを聞かされる羽目になった自分たちの徒労感を思って脱力する。
「バ、バカップルめ……。なんですかそれ。ふたりとも馬鹿の極みです」
「ほんとにな。つける薬がないぞこれ」
「犬も食べないでしょうね。黄瀬くんに食べさせてみたいところですが、状況の意味不明さに混乱してわけもわからず泣きだしそうです」
「おまえほんと黄瀬にきついよな……」
「何を言うんです。僕は黄瀬くんのまともさに敬意を表しただけです」
フォローなのかトドメなのかわからない一言のあと、黒子は頬に手を添えもう一度ため息をついた。
「しかし、火神くんも僕も、それぞれ降旗くんと赤司くんから相談を受け、お手伝いせざるを得ない状況になってしまいました。特に僕のほうは赤司くん依頼ですからね、断わったりフェードアウトしたりは不可能です。死にます」
「どうしような……」
頭痛と悩みに耐えかねるように、火神が額を押さえる。ふたりして一分ほど沈黙のまま考え込む。と、黒子が崩れた正座を正して火神に向き直る。
「火神くん、こうなっては仕方ありません。我らが友のため、僕たちがひと肌脱ぎましょう」
「え、どうするんだ? なんかいい案があるのか?」
あのふたりの打開策、及び自分たちの被害を避ける妙案があるのかと、火神が期待に顔を輝かせる。黒子はいざって前方に進み距離を詰めると、腕を伸ばし火神の首の後ろで手を組んだ。腕の中に火神を囲うようにして、ふふふふー、と意味ありげに笑って見せる。
「赤司くんの依頼は、降旗くんがどのようなセックスを希望しているか探ってほしいということでした。で、降旗くんからの頼みは、僕と火神くんのセックスを参考にした上で、どういう方向性がいいのか考えたいということですよね。僕は赤司くんからの依頼を断れませんし(断ったら火神くんと永久にお別れですよ!)、火神くんも困っている降旗くんの力添えをしたいと思っていることでしょう。全員の利害を一致させる方法はただひとつ」
「おい」
結論が述べられる前に嫌な予感を感じた火神が制止を試みる。が、黒子の唇の動きは止まらない。その口は、とんでもない言葉を紡ぎ出した。
「降旗くんに僕らのセックスをお手本としてお見せしてレクチャーを施し、赤司くんとのセックスの参考にしてもらいましょう。それしかありません」
上機嫌に、どこかうっとりした表情で恐ろしい提案をする黒子。火神はサァーッと顔から血の気を引かせた。
「く、黒子まで侵された!」
そうだ、こいつ今日赤司のお悩み相談をしていたんだった。あの野郎のぶっ飛んだ発言を聞かされ続けたんだった。毒されていてもおかしくはない。なんてことだと狼狽する火神をよそに、黒子は周囲にハートや音符を飛ばしながら楽しげに具体案を披露した。
「いきなりアブノーマルなプレイを見せると降旗くんが怖がっちゃうかもしれませんから、ノーマルでオーソドックス、いかにもふたりが愛し合っていることがわかる、ゲロ甘路線でいきましょう。彼らはつき合っていないし好きだとも思っていないようですが、降旗くんの話をきみから又聞きした限りでは、相当ゲロ甘ないちゃいちゃを繰り広げているようですから、僕たちの甘々いちゃいちゃはおおいに参考になるでしょう」
「お、落ち着け、黒子」
「ではさっそく予行演習をしましょう。さあ火神くん、あの扇風機を降旗くんだと思って、見られているつもりで僕を抱いてください。もちろん優しく、ですよ? 僕としては、火神くんに激しくがっつかれたらそれはそれで嬉しいんですけど、まずは降旗くんにお見せする用のセックスからいきましょう」
すっかり気分が乗ったらしい黒子の耳に、もはや火神の抗弁など届いてはいなかった。ひたすら自分の欲望に忠実だ。
「ああぁぁぁぁ! そうだった! こいつ結局赤司と同じ穴のナントカだった!」
思い返せば自分だって、性欲を抑制しかねた黒子に襲われたのが体の関係をもつ最初のきっかけだったじゃないか。なんで忘れていたんだ。黒子はもともとこういうやつだった。赤司と降旗の関係がおかしいとか言えないじゃないか。
胸中で黒子との割と爛れた思い出が蘇っては消えていく中、火神は飛びかかってくる黒子を受け止めると、そのままベッドに仰向けに転がった。