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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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恋とはどんなものかしら 1

「彼は僕の性欲を刺激する」の降旗サイドです。

 実は今日の昼、降旗からメールがあった。相談したいことがあるという内容だった。あいつは午前中、大学間での単位交換の対象となっている講義を俺の大学で受けていたので、同じキャンパス内にいるということだった。俺もあいつも昼以降は空いていたので、午後一の講義の時間を利用し、学生客の減った学食で落ち合った。窓際の、ラーメン屋のカウンターみたいになっている席に横並びに座って、俺は醤油をたらした白米をかき込んでいた。すでに昼飯は済んでいたのだが、食堂で食べ物のにおいを嗅いでいたら、食欲が刺激されるのは仕方ないだろう。降旗は昼休憩中にレポートや単位絡みの事務手続きがあったようで、まだ食事を取っていなかった。弁当を持参したとのことで、男子用の二段重ねの弁当箱を台に置き、白飯をがっつく俺の隣でごく普通のペースで箸を進めていた。降旗はこの一年ほどで自炊に目覚めたようで、たびたび俺に料理を教えてほしいと頼んでくることがあった。最初は黒子とどっこいどっこいの微妙な腕前だったが、黒子より学習意欲が高く、一度教えたメニューは数日以内に自力で練習するようで、上達と定着が速かった。俺の自宅で黒子も交え三人で調理実習的なことをしていたのだが、いつしか生徒は黒子ひとりみたいな状態になってしまった。……おい黒子、拗ねるな。おまえは俺に料理を甘えてやる気を出さないだけで、やればできる子なのはわかってるから。だからもうちょっと、やる気を出してくれねえかな。
 ちらっと降旗の弁当箱を窺うと、野菜が多めで手作り感のあるおかずが詰まっていた。確認できた範囲だと、ほうれん草のおひたし、ネギ入りっぽい出し巻き卵、白身の焼き魚(サワラか?)、大きめにカットされた里芋やニンジンは煮しめだろうか。ご飯には梅干しとゆかり。定番メニューだが、いい品揃えだ。どれも冷凍食品ではなさそうだ。これが弁当男子というやつか、とちょっと感心する。俺も弁当くらいつくれるのだが、量が多くて持ち運びが不便なので(クーラーボックスで運ばなければならない)、昼食はたいてい学食で済ませる。講義の空き時間によっては自宅に戻って自炊して、また大学に戻るということもあるが。
 食事を終え、学食のフリーの給水器まで往復した降旗は、水で満たしたプラスチックのコップをふたつカウンターに置いた。特に合図もなく俺はその片方をもらった。
「相談があるってことだったけど……」
 俺が切り出すと、降旗は弁当箱をどこかの店のポイントで得たらしい非売品っぽいロゴの入ったランチバッグに仕舞ってから、椅子を三十度ほどこちらに回転させた。
「あのさ、まずはその、一個質問させてもらいたいんだけど……いい?」
 降旗は上目遣いでおずおずとそう聞いてきた。落ち着かないのか、まばたきがせわしない。
「その言い方だと、答えにくいタイプの質問なのか?」
「多分……」
「まあ、いいから言ってみろ。でないと、何もはじまらねえしよ」
 質問を聞かないことには答えられるかどうかも判断できないので、とりあえずそう促した。降旗は目線を一旦窓の外にやったあと、俺のほうに戻すと、真剣な瞳で俺をまっすぐとらえた。そして、決意を固めるように胸の前で右の拳をぐっと握り締めた。
「なあ、火神。おまえと黒子って、どんな感じのセックスしてるんだ?」
「ぶっ!」
 飲み物を口にしていたわけではないのに、俺は盛大に吹き出した。
「火神、大丈夫か?」
「げほっ、ごほっ……ちょ、降旗、おまえ、いきなり何なんだ」
 自分の唾液でむせ返る俺に、降旗がポケットティッシュを差し出してきた。俺は口元を左手で覆いつつ、右手でティッシュを二枚引き抜いた。降旗が俺の背をさする。
「ごめん、いきなりだったよな。いや、変に前置きすると俺のほうが恥ずかしくて言い出せなくなりそうだから、一番最初にひと思いに聞いちゃおうと」
「そ……そうかよ。確かに見事な思いきりだったな」
 口の周りをティッシュで拭いながら、俺はかろうじてそう答えた。この質問は想定外にもほどがあった。降旗は、俺が黒子と体の関係込みでつき合っていることを知っているが、いままでこんな不躾なことを聞いてきたことはなかった。俺はそのことに不快を感じるよりも、まずはただただ驚くばかりだった。降旗は好奇心でからかってくるようなやつではないし、だとしてもいまさらこんなことを尋ねるものだろうか。正式に明かしたのは高校卒業後だが、在学中から交際関係は駄々漏れで公然の秘密状態だったらしいので、降旗にとって新鮮味のある話題とも思えない。頭の中が疑問符だらけの俺に、降旗が畳みかける。
「それで、どうなんだ? 黒子とのセックス」
「どうって……いったいその質問に対し俺はどう返すべきなんだ」
「ふたりの普段の行動からして、キスとか触り合いはめっちゃたくさんやってるんだろうなっていうのはわかるんだけど……も、もうちょっと深いところだと、その、どんな感じなんだ? 手とかフェラで抜き合うだけ? それとも、その……どっちかがどっちかを、だ、だ、抱いたり、すんの?」
 肘の高さで両の拳を握り、眉を逆ハの字にして食い入るように俺を凝視する降旗。真剣すぎて気圧されそうになる。質問の内容は甚だ下世話だが。
「あ、ああ……うん、まあ……そういうこともある」
「役は固定? それとも入れ替わる?」
 いったい何事かと戸惑いつつ、俺は立て続けに聞いてくる降旗の両肩に手を置き、落ち着くよう示した。
「なあ……その話、ここでしないと駄目か?」
「あ、ご、ごめん。そうだよな……あんま人に聞かせたい話じゃないよな」
 若干テンパり気味ではあったが、冷静さを失っているほどでもないようで、降旗はすぐにはっとすると周囲をきょろきょろ見回し、声を小さくした。幸い、話し声がはっきり通る程度の距離にほかの客はいなかった。
「俺から呼び出しておいてなんだけど、場所、移動できるかな?」
「ああ。なんなら俺のうち来るか? こっからならおまえの部屋より近い」
「いいの? 黒子は?」
「あいつは用事があって夕方まで帰ってこない」
 俺は、黒子の用事が赤司からの呼び出しであることを意図的に伝えなかった。もちろんこの時点では俺は降旗と赤司の関係など知らなかった。しかし高校時代のあれこれから、降旗が赤司に強い苦手意識というか恐怖心を抱いているだろうことは想像に難くなかったので、もし伝えれば降旗が黒子のことを案じて、相談どころではなくなるのでは、と懸念したからだ。
 黒子がいないことについて降旗は特に訝るでもなく、
「そっか。いないのか」
 と納得してくれた。が、若干残念そうにも見えたので、
「黒子もいたほうがいいか?」
 一応尋ねてみた。いたほうがいいというなら、後日セッティングするつもりで。降旗はそのあたりはよく考えていなかったようで、顎に指をあててちょっと宙を仰いで悩んでいた。
「うーん……両者の意見を聞くのが公平なのかもしれないけど、黒子はものすごいバイアス掛かってそうだからなあ。火神がいかにすばらしいのかについて、延々語り尽くされそうだ」
「それは否定できねえな」
 語り出したら最後、マシンガンのごとく止まらない可能性がある。しかも段々興奮が加速し、俺が近くにいようものならあからさまに欲情して飛びかかって来かねない。……おい、黒子、言ってるそばから呼吸乱してんじゃねえよ。まだ話の冒頭ですらねえんだぜ。こら、真顔で乳首吸うな。いや、表情つければいいってもんでもねえけどな?
 ……降旗も黒子の嫌な素直さは心得ているようで、
「だから、まずは火神単独の話を聞かせてもらえたらと思う」
 妥当な案を出した。俺もそれがいいと思った。
「わかった。……まあ、答えられる範囲で、な?」
「頼むよ」
 そんなわけで、降旗を部屋に招くことに決まった。
 降旗なら問題ないだろ黒子? って、なんで不満そうなんだよ。おまえは降旗に妬いたりしねえだろ。……は? 『今度僕にも火神くんとのセックスについて存分に語らせてください、絶対です』だって? あのな……何のために俺単独で降旗の仰天お悩み相談にあたったと思ってんだよ。

*****

 俺の部屋につくと、まずはコーヒーを淹れて一服した。降旗は挙動不審ではなかったが、ずっとそわそわしていた。降旗の突っ込んだ質問は、それ自体を知りたいからというよりは、そこから派生して別の悩みだかなんだかに結びつくんだろうな、と鈍い俺でも察しがついた。
「で、さっきの質問なんだけど……そもそもなんでそんなこと聞いてきたのか、理由を教えてもらえるか? おまえには黒子との関係を明かしてるし、どうしても答えたくないわけじゃないんだが、なんつーか、腑に落ちないんだよ。おまえがいまさらそんなこと聞いてくるの。好奇心や興味本位じゃないんだろ? からかいたいわけでもないだろうし」
 ソファに崩れた姿勢で座る俺とは対照的に、降旗は両手でちょんとマグカップを支え、自分の太腿に肘をつきやや前傾になっていた。マグカップの黒い水面を見つめながら、降旗は考え込んでいる様子だった。
「う~……。なんて言ったらいいのかな……」
 唸りつつ、何度かそんな台詞を繰り返した。話しづらいようだ。まあ、相談事というのは大なり小なりそういうものなんだろうが。
「どうした、込み入った事情があるのか」
「込み入ったというかなんというか……ひとに話すと『なんじゃそりゃ』みたいな状況にはなってるかな……」
「話したくねえか?」
「いや……おまえに相談を持ちかけた時点で、話そうとは思ってた。ただ、どこから話していいものか……」
 降旗はわしわしと自分の髪に指を差し込み頭を掻いた。硬質らしいザンバラ頭はたいして乱れなかった。
 俺は多少迷ったが、相談されている以上、突っ込んだ質問をするのもある種の役目ではないかと感じ、控えめに聞いてみた。
「えーと……ただの想像だから、違ってても気を悪くしないでくれ。おまえ、彼氏いんの?」
 俺と黒子の仲が恋人なわけだから、そのセックス事情について興味を示したというのは、つまりはそういうことなのではないか。短絡的な思考だが、当たらずとも遠からずだと思った。が、降旗は即座に、かつあっさりと、
「いや、いないよ」
 首を横に振った。特に慌てるふうも恥ずかしがるふうもない。これは予想内の反応だ。つき合うに至っていない可能性もあるわけだから。
「じゃあ、気になってる相手がいるとか」
「うーん……気になってるっていうか、気にせざるを得ないというか」
「そいつ、男?」
「うん……」
 ここで降旗がうつむいた。まあ……一般的には言いづらいことだろうからな。俺と黒子がつき合っていると聞いても「へー、そうなのかー、っていうかいまさらそれ言うの?」で済ませた降旗は、そこまでフォビア的ではないと思うのだが、他人の関係と自分が関わる場合ではやはり心構えが違うのだろう。
 マグカップを傾けつつ、どういう方向から話を進めるのがいいのだろうかと俺が考えあぐねていると、降旗が突然勢いよく顔を上げ、声のボリュームを上げて早口に言った。
「あの、遠回しにうだうだ言ってもお互いわけわかんなくなりそうだから、最初に核心を言っておくよ――俺、赤司とセックスしてるんだ」
「ぶふっ!」
 俺は思わずコーヒーを吹き出した。幸いマグカップを口につけているときだったので、テーブルや床への被害は少なかった。しかし、自分で戻したものとはいえ、このコーヒーはもう飲めない。飲みたくない。
 降旗、いまなんつった? セックスしてるって、セックスしてるって……すでにそういう行為にまで進んでんのかよ。降旗が? この目の前にいる、黒子とはまた違う方面で少年っぽさの残ってるこいつが? いや、年齢的には大人だし、黒子だってがっつりセックスしてるんだから、降旗がしてたっておかしくはないのだが。ないのだが……。自分たちのことを棚に上げるのは百も承知で、嘘だろ!? まじかよ!? と思うのは避けられなかった。しかも相手の名前……なんか、すげぇ物騒な名前が聞こえたんだけど。……あかし、って聞こえたんだけど?
「火神、大丈夫? ごめん、びっくりさせたよな」
 口元を押さえて固まる俺に、降旗はソファに乗り上げて横向きになり、背中を何度もさすった。俺は、コーヒーが少しばかり鼻腔に逆流しかけたせいで頭蓋に香ばしい豆のにおいが充満しているような錯覚を感じながら、なんとか呼吸を整えマグカップをテーブルに置いた。
「お、おう……赤司に鋏で切りつけられたときの百万倍くらいびっくりしたわ」
「そんなに?」
「身の危険性はともかく、心理的な仰天度はおまえのいまの発言のほうがはるかに上回る」
 ボックスからティッシュを数枚手に取り口元を拭うと、まだわずかにむせを残しつつ尋ねた。
「えーと、降旗。最初に確認しておきたいんだが……赤司って、あの赤司でいいのか?」
「赤司征十郎だよ。キセキの世代の。俺らと同学年で、洛山のキャプテンだったあの人」
「そうか。あの赤司でよさそうだな……」
 フルネームプラス学年、旧所属という簡単な情報だが、同定するには十分だ。俺が思い浮かべている赤司と、降旗が話題に出した赤司は同一人物でよさそうだ。
 赤司か……微妙に懐かしいような、そうでもないような。直接顔を合わせることは少ないが、黒子の話でちょくちょく出てくるので、なんとなく知り合いのような気はしている。嬉しくない知人だが。しかしたいして接点はない。関わりを持ちたいとも思わない。それは降旗も同じだろうと考えたところで、いましがた聞かされたとんでもない告白に意識が行く。
「って、おまえいまの話まじかよ。赤司とセックスしてるって」
「うん。この一年くらいそういう関係になっちゃってる」
「一年も……!?」
 過去一年間、降旗とはそれなりに交流があり、いい友達として馬鹿やったり料理教えたりレポートの面倒見てもらったりと、割と親しくしていたと思うのだが、覚えている範囲では、赤司の話題が出てきたことはなかった。それを不自然に感じることもなかったので、降旗が赤司の話を意図的に避けていたという印象はない。しかし、この一年、俺や黒子とわいわいやる一方で赤司とセックスをしていたということは……
「ごめん、隠してたんだ。わざわざ言うようなことでもないかなって。っていうか、あんまりひとに言えるような関係でもないから。いや、おまえと黒子の関係を悪く言ってるわけじゃないぞ? おまえたちはちゃんとつき合っててラブラブだから、問題ないと思う」
 隠すというか、おおっぴらにしないように意識していたということだろう。謝る必要はない。明かすか否かは個人の裁量によるのだから。しかし、降旗の言い方に引っ掛かりを覚える。
「っつーことはおまえと赤司は、ちゃんとつき合っていない上に、ラブラブもしていないわけか。赤司にラブラブって単語も気色悪いけど……」
 俺と黒子のような関係ではない、というのは、正式な交際関係を結んでいないという意味だろう。特に告白だの了承だのの手続きを踏まずとも、なんとなくそういう雰囲気になってそういう関係になる……というのは珍しくはない。年を食えばむしろそっちのほうが普通になるのかもしれない。ごく一般的な人間関係においては。しかし、降旗はともかく、赤司はまったく一般的でない。いろんな意味で超越者だ。そんな赤司が、なんでまた絵にかいたような善良市民である降旗とそんなことになるんだ?
「いったいどういう関係なんだ、おまえら」
「なんて言えばいいんだろう。セフレ?……が近いかな」
「セフレだって?」
 俺はちょっと眉をひそめた。セックスフレンド。印象のいい単語ではない。もちろん、当人たちにとってそれが最良の交友形態という場合もあるだろうから、外野が自分の倫理感を押し付けるべきでないことはわかるが。
「なんか……どういう言葉がしっくりくるのかわかんないけど、少なくともおまえと黒子みたいな、恋人関係でないのは確かだ」
「はあ。でもセックスはしている、と。ええと……仲良かったりすんのか?」
 まったく共通点が思いつかないんだが。とはいえ、俺と黒子だってプライベートでの嗜好の一致は少ないものの、最終的にここまで仲を深めるに至ったのだから、共通項の多さが親しさの指標とは言いきれないことは理解できる。が、やっぱり謎すぎる。降旗と赤司。何をどうしたらこいつらが結びつくというのか。
 降旗は降旗で、だいたい俺と似たような感覚を持っているのか、
「いや、特には。仲が悪いわけじゃないけど、基本、別世界の住人同士みたいなもんだからなあ。モンハンと双六くらい違う感じ」
 いともたやすく否定してきた。
「まあ、それはわかる気がするけど。最後の比喩は意味不明だが」
 これまでの情報をまとめる。
 降旗と赤司は体の関係がある。
 ふたりはつき合っていない。
 仲はよくもないが悪くもない。
 降旗の主観による話から抽出できるのはこのくらいか。確かにこれらの情報から判断すると、割り切ったセフレととらえるのが妥当に感じる。しかし、だからといってなぜこの組み合わせで成立するのだろうか。
「好きとかそういう感情はないのか? お互い」
「ああ、それはないない」
 なんとなくしてみた俺の質問を、降旗は全然というように首と手でジェスチャーをつけながら否定した。これといった必死さはなく、本当に、マルバツ問題の誤答を正すかのような淡泊さだ。照れ隠しには見えない。
「ふーん……。まあ、男だからなあ、そういうの抜きでもセックスはできるだろうが……」
 自分から質問を振ったものの、その先のコメントに困りそんなことを呟いた。非難するような響きはなかったと思うが、ちょっと配慮に欠ける発言だったかと反省している。降旗は苦笑したが、自虐的というわけでもなく、平静なトーンで言った。
「軽蔑した? おまえは黒子と相思相愛だもんな。黒子はもちろん、おまえもそのへん真面目そうだし」
「いや、それ自体で軽蔑はしねえよ。あんまフリーダムだったらヒくけど、そういうわけでもないんだろ? その、赤司意外とも関係がある、みたいな」
 ないと答えるのを確信しながらも尋ねたのは、相当奔放でなければ特に気にならないから大丈夫だと伝える意図でのことだったのだが、
「もちろん違うよ! そんなことしてない! べ、別に俺、男が好きなわけじゃないし、だからといってこの状態で女の子とつき合うとか無理だし、ひたすらセックス求めてるわけでもないし! 相手は赤司ひとりだよ!」
 降旗は一瞬で沸点に達したかのごとく、すごい勢いで否定と弁明をまくし立てた。俺は少々気圧された。
「そ、そんな必死にならんでも……おまえが下半身だらしないとは思ってねえって。なんか深いワケありなんだろ?」
「う、ま、まあ……そうだな」
「もういっこ確認したいんだが、合意……なんだよな?」
「え?」
「その……無理やり赤司につき合わされてるとか、そういうわけじゃないよな?」
 いくら赤司が常識外れでもその手の愚行をやらかすようには思えなかったが、基本事項なので確認しておきたいと思った。すると降旗は、
「え、あ、あー……ど、どう表現すればいいんだろ?」
 こちらを不安にさせるような曖昧な答え方をした。俺はにわかに気色ばんだ。
「おい、合意じゃなかったらそれはまずいぞ」
「ち、違うよ! 無理やりってわけでもないから! え、ええと、一応俺もOKしてるし!」
 今度も降旗は激しく否定した。さっきまで結構軽い感じで受け答えていたので、このギャップには勘繰らざるを得ない。しつこいと自覚したが、俺は追及することにした。ことと次第によっては降旗を放ってはおけないだろうと考えて。
「一応ってなんだよ。赤司に強引に迫られて拒否できないってだけじゃねえのか?」
「う……た、確かに、強引に迫られたし拒否もできなかったけど……」
「それは駄目だろ」
「いや、でも! 俺が押し切られちゃっただけなんだよ! ちゃんと断るべきだったと思う」
「断れない状況だったんじゃねえの?」
「ま、まあ……最初はそんな感じだったんだけど……」
「いまは違うのか」
「いまは……自分の意志で、その……してる」
 降旗は段々と頬を赤らめると、最後は消え入るような小さな声でそう言った。羞恥にすっかり委縮している。追い詰めるみたいに質問を畳みかけたことに若干罪悪感を感じないでもなかった。険しくなりかけた目つきを戻すつもりで一度瞠目してから、気持ち声を落ち着けた。
「絆されただけじゃねえのか」
「うーん……その感はあるかも」
「犯罪にあたるようなことはされなかったか?」
「それはない! 流されて押し切られたってことはあるけど、いつも合意の上だから! それに、赤司は俺が嫌がればちゃんと止めてくれるから。まあ、あんまり露骨に嫌だとも言えないんだけど。……やっぱあいつ怖いし」
 ばつが悪そうに降旗が呟く。赤司が怖いというのはもっともな意見だ。あの男は怖い。少年期を通り過ぎたことで一見したところの危険人物度は下がったらしいが、相変わらず得体のしれない怖さがある。あの男を怖いと感じるのは、なんとなくピエロ恐怖症に通じるものがある気がする。
「いまでも怖いのか?」
「そりゃ怖いよ。だってあの赤司だぜ? おまえだって怖いだろ、火神」
「まあ怖いけど……一年もそういうつき合いしてていまだに怖いっつーのは……なあ?」
 恐怖心に付け込まれているんじゃないかと俺が言外に表すと、降旗はまたしてもけたたましく説明をはじめた。
「い、言っとくけど、セックスはすげー紳士的なんだぞあいつ? ほんと、かなり気を遣ってくれるし、俺がびびってれば絶対それ以上はしようとしないし! ほんと優しいんだって! 絶対乱暴なことしないから!」
 なんなんだこの必死さは。赤司の素行を疑う俺のほうが悪いみたいな空気になってきた。
「そ、そうなのか。でも、怖いんだろ?」
「それは、だって……やっぱ第一印象の凄まじさが忘れられないっていうか。あいつに会うと、いまだに緊張して心臓バクバクいうんだよ。しばらく一緒にいれば治まるけど、それでもやっぱり多少の緊張状態は続くし、心拍数も上がり気味かな。交感神経がフル稼働してる感じ」
 あの第一印象は壮絶だったからな……降旗にとってはトラウマなのだろう。それが刷り込みになって、赤司が近くにいるとなかば条件反射みたいに怯えてしまうということなのか。そうだとしても、原因はあの野郎の物騒な行動なので、降旗が悪いわけではないだろう。しかし、そんな恐怖心満点の状態でよく一年も体の関係を続けられるものだ。怖いからこそ、なのか? だが降旗は、赤司とのセックスそのものに文句を言っていない。むしろ俺が投げかける疑問に、ことごとくフォローを入れてくる。
「なあ。なんでそもそも赤司とセフレみたいな関係になったんだ? おまえらの接点ってなくね? バスケのポジションくらい?」
「ああ、それについては――」
 と、降旗が説明をはじめた。赤司とそういう関係になったきっかけについて。
 今日黒子が赤司から聞いたという内容とほぼ同じである。それはそうだ、同一の出来事を共有しているのだから。主視点が赤司か降旗かによって幾分語り口の差異はあるわけだが、要約すると、ある日突然赤司の野郎が脈絡もなく降旗にセックスを迫り、押し切るかたちで事に至ったということだ。そのとき赤司が降旗に言った理由が『きみはぼくの性欲を刺激する』……。どんだけネジが飛んでんだあの奇人。赴くがままにもほどがある。降旗の口から飛び出す赤司の数々の奇行と謎の思考回路に、聞いている俺のほうが自分は幻聴でも起こしているのではないかと心配になったくらいだ。
「いやあ、まじでわけわかんないよな。俺があいつの性欲を刺激してるとか、意味不明だってーの」
 赤司との前代未聞の馴れ初め(?)を語った降旗は呆れ気味に、けれどもどこか愉快そうにけらけら笑っていた。確かに笑い話みたいな展開だが……実際にそんなふうに迫られたとあってはたまったものではないと思う。なので、降旗がこうして軽い調子で話してくれたのが不思議だった。
「ほんとわけわからねえな……そんな理由でいきなりセックスを迫ってくるあいつの神経を含め、意味わからん」
「まあそんな感じで押し切られたというか、もうOKしない限り家に帰れねえなこりゃって感じで、腹を決めちゃったんだ。男のプライド云々より、赤司の意味不明ぶりから解放されたい一心で。結局、土壇場でびびっちゃったわけだけど」
 降旗はほとんどやけくそ気味に赤司の要求を呑んだらしい。それ以外に選択肢がない状況だったので、これは必要なやけくそだったのだろう。かわいそうに……。
「でも、やっぱその一回じゃあいつの変な疑問? みたいなのは晴れなくてさ、その後もセックスしたいって言ってきて。まいっちゃったよ、あれには」
「おまえ、よくその後も応じる気になったな……」
「だって断るの怖いんだもん」
 相変わらず赤司のことを怖いという降旗。そんな恐怖を感じる相手とつき合うなんて、苦痛ではないのだろうか。
「それ、あいつにとってはセフレでも、おまえにとっては違うんじゃ?」
 やっぱり俺には、降旗が体よく赤司に利用されているように思えてならなかった。しかし、降旗の認識は違うようだ。
「そうだなあ……でも、なんだかんだで気持ちいいから、俺も楽しんでる面はある思う。あいつうまいし、セックス自体は優しいしな。まあ、相変わらず俺はびびりまくりなんだけど。あ、でもほんと、あいつが怖いことしてくるわけじゃないんだぜ。俺が勝手にびびっちゃってるだけなんだよ」
 降旗は必死になって赤司を弁護した。その姿に俺はアレを想像した。ほら、アレ……DV夫から離れられない妻。いや、暴力は発生していないっぽいんだが、なんかそんな印象を受けたんだよ。赤司がどんなセックスをするかなんて知りようがないし知りたくもないのだが、普段の行動がおかしい分、セックスでまともなところを見せればそれだけで正のギャップが生じるのではないかと。
 と、そこでひとつ気になった。降旗は赤司との関係をセフレっぽいと表していたが、純粋にそれだけなのだろうかと。つまり、『普段の行動』をお目にかかる機会があるのだろうかと。
「差支えなかったらでいいんだが、おまえらってセックスだけの関係? その、普通の友達っぽいことはしねえの?」
「無理無理! 俺と赤司だぜ? 話が合うわけないって」
 やっぱりあっさりと否定する降旗。
「んじゃ、まさしく体だけのおつき合いなのか」
「そうだな。でもさすがにそれだけじゃ悪いと思ったのか、あいつ菓子とか持ってきてくれるんだよな。すっげー高級そうなやつ。別に金銭とか物々交換で契約してるわけじゃないからそういうのは嫌なんだけど、なかなか納得してくれなくて。飯食いに連れてってくれることもあるけど、俺みたいな一般庶民には息苦しい空間でさー。料理味わうどころじゃないんだよな。だからって、あいつを俺がよく行くファミレスとか牛丼屋に連れて行くのもなんか気が引けるし……。まあ妥協案みたいなかたちで、俺のうちで一緒に飯つくって食って、そのあとやるかー、みたいな流れが最近は多いかな」
 一緒に料理するって、何気にハイレベルじゃないか。黒子は言ってもなかなかやらないぞ。『火神くんのご飯が食べたいんです』とかなんとかわがままぬかして。……むくれるな黒子。おまえをディスったわけじゃねえよ。降旗に感心しただけだ。こら、噛み付くな、俺は食い物じゃない。腹減ったんならあとでなんかつくってやるよ。
「ん……? あのよ、もしかして、この一年くらいおまえが俺に料理教えてくれって言ってきてたのは……」
「ああ、ごめん。利用するみたいなことしちゃって。赤司完璧主義っぽいからさ、俺が変なミスしたら怒りそうじゃん? だから事前に練習しておきたいなって思って。火神料理うまいから、つい頼んじゃってたんだ」
 まさかの理由に俺は顔が引きつるのを抑えられなかった。いや、不愉快なわけではないのだが、なんというかこう、背中の、手の届かないところがむずむずかゆくなるような錯覚がだな……。
「別にそれはいいんだけどよ……まさか動機が赤司絡みだとは思わなかったぜ」
「世話掛けて悪かったよ」
「いや、それは全然。おまえが習いに来ると、黒子も発奮されて真面目に覚えようとするから、逆に助かった」
「ああ、黒子のやつ、食事はおまえにべったり甘えてるんだっけ?」
「そうそう。どうも俺がつくれるせいで、あいつに意欲が起きないらしくてな。そういや赤司は料理できるのか? キッチン立つとこ想像できねえんだけど」
「ああ、できるできる。うまいよ」
「まあ、あいつマルチな才能持ちっぽいからな」
 赤司が料理に勤しむ姿なんて想像を絶するが、逆にそつなくこなすような気もする。しかし、中学の調理実習の授業とか、どんな顔して受けていたんだろう。気になるが、見てはいけないもののようにも感じる。
「ん~、でも、あいつはあいつで練習してから来てるって言ってた」
「え、向こうも練習してんのかよ」
 確かに目標の達成に必要なことに努力を払うのを苦ともしないタイプのようだが、セフレ(?)ひとりのためにそこまでするなんて、すごいを通り越して異様だ。
「あいつプライド高いからなー、人前で派手な失敗作こさえたくないんじゃね? 赤司が練習してるって聞いて、俺、ますます気が抜けなくなっちゃったよ。あいつが何もやってなくてうまいんなら、俺が駄目駄目でも『センスの差です』って主張できるけど、ちゃんと練習した結果だって言われたらさあ、こっちも努力せざるを得ないじゃん? まあ、センス以前の差はあるんだけどな。普通の料理はともかく、お菓子つくるときも目分量でぴったりなんだよなー、あいつ。まじでカップも測りも使わねえの。小麦粉の袋傾けて直接ふるいにかけるなんて荒技やったり。それでいて失敗しないんだぜ。シュークリームですら目分量でいけた。すごいよな。どう考えても才能の無駄遣いだけど」
 降旗は降旗で、赤司がきちんと事前実習を行った上で料理に臨むことに発奮されたようだ。
「あーそれでおまえ、めっちゃ真面目に料理のメモして帰って、あとでわかんないとこあると俺に電話で聞くくらい、必死になってたのか。熱心なもんだと感心したもんだが……」
 なんとも涙ぐましい努力である。健気なことだ。しかし、一緒にキッチンに立つ相手が赤司とあっては、必死になるのはうなずける。カントクの手料理とは別の意味で、失敗=死の恐怖になりかねないわけだから。比喩でなく。
「あはは、真相がこんなんでなんか申し訳ないわ。でも、料理うまくなったのはまじで助かった。弁当も、冷食まみれじゃなくなったし」
「ああ、そういや手作りっぽいかったな。朝からわざわざつくったのか? それとも夕飯の残り?」
 学食で降旗が広げていた弁当の中身を思い出す。シンプルな料理が並んでいたが、品数を揃えるにはそれなりに手間がかかるはずだ。
「いつもは夕飯の残りが多めかな。時期によるけど。朝からそんな気合入れられないから。今日は赤司がつくってくれたから、残りものは少なかったかな」
「ぶほっ!」
 本日三回目の逆流。いや、コーヒーは飲んでいなかったのだが、なかば癖のようにそんな反応をしてしまった。降旗のやつ、さらっとすごい爆弾投下してくるなおい。しかし本人には自覚がないようで、
「か、火神? 大丈夫か? なんか今日はよくむせるな。体調悪い?」
 普通に俺の健康を案じるばかりだった。俺は降旗の頭の中がちょっと心配になりはじめた。
「いや、大丈夫、元気だ。……おまえの弁当、赤司がつくってんの?」
「今日はたまたまだよ。あいつ平日にうちに泊まってくと、弁当つくってくれるんだよ。宿泊代の代わりに」
「へ、へえ……」
 俺は口角を引きつらせながら相槌を打つことしかできなかった。
 降旗が今日赤司の手製弁当を持参していたということは、昨晩から今日に掛けて赤司は降旗の部屋に泊まったということだ。降旗のところで一晩過ごすということは、つまり……。
「え、え、えぇぇぇぇ……」
「火神?」
 無意識に変な声が出た。笑っているわけでもない、さりとて叫ぶわけでもない、よくわからない声だ。
 俺の珍妙なリアクションに困惑気味に首を傾げている、このきわめて一般市民的な降旗が、昨晩は赤司とセックスしていたというのか。なんだそれ、ひたすら現実感がないんだけど。
 一瞬、本当に一瞬だけ、おかしな映像が脳裏によぎった。降旗がそういうことしているシーンが……(赤司は想像不能だったので、幸いにも登場しなかった)。もちろんその一瞬のあとには高波のような罪悪感に見舞われ、俺は文字通り両手で頭を抱えた。そして、よろしくない妄想を振り払うように頭をぶんぶんと横に振った。……ちょ、黒子、なに自分の裸写真に撮ってんだ。しかもそれ俺の携帯じゃねえか。……は? オカズの提供? おまえなあ……妙な嫉妬はよせ。別に降旗で妄想したいなんて思ってねえよ。あとおまえのヌード写真はいろいろやばいから勘弁してくれ。警察にペド扱いされたくねえ。
「火神、頭痛いのか? 具合悪いのにつき合わせちゃった?」
「いや……平気だ。ちょっと疲れてるだけだ。どうってことねえよ」
 『考える人』と『叫び』を足して二で割ったみたいなポーズをとる俺の顔を、降旗が心配げにのぞいてきた。うう、やめてくれ。そんな純粋な瞳を向けないでくれ。ものすごく気まずい。
 俺は視線を泳がせながら、ごまかすように口早に話を続けた。多少強引なつなぎだが、このまま沈黙に陥るよりはましというものだ。
「え、ええと、どこまで話したんだっけ。……あ、そうそう、おまえら一緒に出かけたりはしねえの? その、外食以外で」
「あんまりないかな。あいつ、あんま外の施設でセックスしたくないみたいでさ。衛生面が気になるのかな。で、だいたい俺のアパートになる。うちもあんまきれいじゃないけど、金掛かんないし勝手知ったる場所だから、気楽っちゃ気楽かな。あいつのうちにも誘われたことあるけど、俺、あの高級感と威圧感に耐えられなくて、ますますびびっちゃうんだよな……」
 先刻、どう考えてもお料理デートじゃねえのかと突っ込みたくなるような満喫っぷりを披露してくれた降旗だが、あくまで赤司との関係の中心はセックスという認識のようで、それ方面についての回答が並ぶ。
「あー、いや、そういう意味じゃなくてだな……セックス関連以外で一緒に外出はないのか?」
「料理する関係で、一緒に食料品の買い出しに行くことは普通にあるよ。あ、それでさあ、どっちがどれくらい代金負担するかで揉めたんだよな。俺が光熱費出してるから、食費はあいつが出すって主張してきたけど、それじゃつり合いが取れないじゃん? 光熱費なんてたまにひとり増えたくらいじゃたいしてかさまないんだから。金銭絡みはなあなあにしたくないから、あのときは俺もがんばって主張した。結局食材用の財布を共同でつくってなんとか丸く収まった。俺のが負担少ないけどね。場所とか光熱費とか提供してる分」
「へ、へー……」
 食費だけとはいえ財布一緒にするとか、同棲間近のカップルかよ。何なんだこいつら、実はつき合ってんじゃねえのか。
 このあたりで俺は真剣にそう突っ込みはじめた。いや、だって……降旗の話を聞く限り、めっちゃ充実した交際関係を満喫しているようにしか思えねえんだよ。本人はあくまでセフレじみた体の関係だけだと言っているが、どこが『だけ』なんだ。知ってるか降旗……自室中心とはいえ、それ、世間ではデートって言うんだぞ。
「あとは、たまに行っても図書館でレポートの資料探しとか。勉強面ではすげえ頼りになるし、あいつ。その分スパルタだけど」
 でもおかげでレポートで最高評価が取れたんだと、降旗は喜んでいた。自慢げでもあったが、それは自分の成績が優れていたことに対してではなく、並の学生である自分をそこまで押し上げてくれた赤司のことを誇っているような印象を受ける。降旗には悪いが、出来のいい彼氏を自慢する女子高生みたいだ。
 なんだろうなこれ。自分で言うのは自画自賛みたいで嫌なんだが……俺のことについて惚気まくる黒子の雰囲気が、だいたいこんな感じなんだよな。黒子はもっと暴走気味だが。……おーい、言ってるそばから語り出すなって。あーはいはい、惚気てくれてありがとうな。彼氏冥利に尽きるよ、うん。
 その後も降旗の口からは、壊れたDVDデッキを分解修理してもらっただの、降旗の履修漏れに気づいて指摘してくれたおかげで留年を避けられただの、台風で雨戸が壊れたときの大家との交渉に入れ知恵をしてくれただの、赤司がいかにハイスペックで頼りになる人物であるかについてのエピソードが紡がれていった。しかもなんか上機嫌だ。
 え? これまさしく惚気じゃね? そう感じた俺の心は、多分間違ってはいないだろう。
 そんな感じでちょっぴり楽しげだった降旗だが、ふいに何かを思い出したように顔をしかめた。嫌な思い出のひとつもあるということだろうか。まあ、そりゃあるよな。赤司が相手だもんな。
「あー、でもまいっちゃったのがさ、手ぇつないで渋谷歩かされたときかな。しかもまさかの恋人つなぎでさあ……恥ずかしくて死ぬかと思った」
 おおぉぉぉぉぉぉぉい!? なんじゃそりゃ!?
「ゆ、勇気あるなおい……」
 完全にカミングアウトだろ、それは。少なくともアメリカだったら速攻で認定されるレベルの行為だぞ。俺だってそれは無理だ。そうみなされるのが嫌だというわけではなく、単純に恥ずかしいからだが。……あー、うん、黒子……おまえにこの話をしたら絶対羨ましがると思ったよ。だから拗ねるなって、外では無理だが、部屋の中だったら二人羽織りでも子泣きじじいでもやるからよ。
「言いだしっぺはやっぱ赤司なのか?」
「うん。なんか赤司のやつ、俺があいつといるとき常時びびってるのを、人と接する際の緊張のせいだと思ってるらしくて、あいつの中で俺は対人恐怖症であがり症で極度の神経質な人間ってことになってるみたいなんだよ。笑っちゃうよな」
 俺全然そんなんじゃないのに、むしろ割と図々しいしずぶといほうだし、と言いながら降旗があははと呑気に笑う。確かにずぶとい。あの赤司とここまで楽しげな関係を築けるなんて、相当神経太くないと無理だと思う。赤司のことが怖いのはパブロフの犬みたいなもので、それ以外は普通以上にうまくやれているんじゃないのか、こいつは。
「それ、訂正しねえの?」
「うー……いまさら言いにくいっていうか……俺が赤司の前で震えたりびびったりする本当の理由、とてもじゃないけど本人には言えないだろ?」
「あー、まあ、そりゃそうか」
「びびってる理由は神経症のせいじゃないなんて言ったら、じゃあなんでなんだって、すごい勢いで追及されそうじゃん? だったら、誤解されたままのほうがいいかなと。赤司限定で神経質になるのは事実だしな」
 赤司は鋭いようでいて変なところで鈍いから、とりあえず勘違いさせたままにしておこうと思うんだ――降旗は笑いながらさらっとそんなことを言った。すげえ。あの赤司を手の上で操ってるよ……。無自覚なんだろうけど。
「それで、なんで渋谷で手ぇつないで歩いたかっていうと、俺に対人恐怖症を克服させようっていう、赤司なりの気遣い? だったんだよ。衆人環視の中、もの珍しげな視線に常時突き刺される状況下で過ごせば、ちょっとは慣れるんじゃないかという。誤解から生じたとんでもない荒療法で、あのときは真実を黙秘していることを結構本気で後悔したなあ……」
 歩幅は同じくらいだから歩くのに不自由はしなかったし、転ぶかもっていう心配もなかったけど、やっぱめちゃくちゃ緊張したよ。もう心臓、どっきどきのばっくばくでさあ。でも三十分くらいしたら感覚が麻痺してきて、ちょっとおもしろくなってきたんだ。あいつはともかく俺は人に注目されるのなんか慣れてないから、変に気持ちよくなったのかもな。まあ半分は自棄だったと思うけどね、こうなったら恥ずかしさなんてかなぐり捨てて見せつけてやれー、みたいな。結局何をするでもなくぶらついただけなんだけど、その間ずーっとあいつと手ぇつないでたんだぜ。尋常じゃないくらい手の平に汗掻いちゃって、気持ち悪いだろうからやめようよって言ってんだけど、あいつ「きみが慣れるまでは続ける。そのためにこうしている」の一点張りでさー、ほんとまいっちゃうよ。でもあいつもあいつなりに緊張感はあったのか、多少汗掻いてたな。それ指摘したら、あいつすっげえ不思議そうな顔をして首傾げてたよ。んで一言「確かに心拍数が十五パーセント前後上昇している。血圧も十パーセントほど高い」って大真面目に! なんだよそれ、おまえはパルスメーターかよ! って吹き出しそうになっちゃった。でもそのあと俺の心拍数の上昇具合について指摘されて、なんか恥ずかしかった。ほんとかどうかなんて確かめようがないんだけど、あいつは意味のない嘘ついたりしそうにないから、多分ほんとなんだろうな。あー、ほんと、才能の無駄遣い、才能の無駄遣い。
 ああ、でさあ、それで終わりだったらよかったんだけど、その日は結局終始ドキドキ状態だったから成果が上がらなかったってことで、その後も一緒に出かける用事があると、手をつないでくるんだよな、あいつ。しかも不意打ちで、さりげなーく。スーパーの調味料売場でやられたときは、岩塩の山に突っ込みそうになったよまったく。変な訓練してくれなくていいのに。でも、一応あいつなりの気遣いだからなあ……。まあ、それ以前に、俺のほうからもうやめようなんて、怖くて言えないんだけどさ。
 ……降旗の語りはこんな調子で続いた。
 リ、リア充だ、リア充がここにいる……!
 俺はもう、降旗の相談に乗っていたのか、惚気を聞かされているのかわからなくなっていた。俺、何のためにこいつと話してるんだ? っていうか、こいつの話の中に出てくる『赤司』は、本当に俺の知っている赤司なのか? 最初に確認したことだが、降旗の話を聞いているうちにその疑念が再燃した。
 俺が自分の中の赤司像との激しいずれに苦悩していると、ふいに電子音が聞こえた。携帯の着信音だろう。俺の携帯でないことはすぐにわかった。降旗は携帯を取り出す前から「やべ、赤司からだ」と言って、俺にジェスチャーでごめんの仕種をしてから通話ボタンを押した。
「はい、降旗です。赤司、どうしたんだ?」
 この電話は多分、赤司が降旗のヌード写真を黒子に見せていいかという許可を取るために鳴らしてきたやつだ。もちろん、このときの俺は赤司と黒子の間でそんなとんでもない話が持ち上がっていたことなんて知る由もなかったのだが。
 通話開始から十秒ほどで、降旗が急に狼狽しはじめた。何かあったのかと反射的に身構えた俺の前で、降旗が慌てふためいた声を上げた。
「え……? ちょっ……せ、征くん!? 征くん!? どうしたの、征くんってば! 何が――」
 せ、せいくん!?
 ちょっと待て降旗、いまなんつった!? なんか聞きなれない名前を連呼してたぞ!?
 それともいまのは俺の空耳か幻聴か?……うん、なんか今日、疲れてるもんな、存在しないはずの声が聞こえても、仕方ないのかもしれない。俺はこのとき、黒子が帰ってきたら存分に頭をわしゃわしゃして癒されようと決めた。

 

 

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