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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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彼は僕の性欲を刺激する

「その感情の名は」の続きです。

 

 僕は思わずソファからずり落ちそうになりました。降旗くんへの感情を性欲だと潔いまでに言いきった赤司くんにいかんともしがたい脱力感を覚えたせいです。性欲は感情とは違うだろうという基本的な突っ込みはさておき、
「あの、赤司くん的な解釈では、性欲とはどんなものなんですか」
 そもそも赤司くんにとっての性欲というものが僕たち一般的なホモ・サピエンスのそれと同系統のものであるのかどうかを確認したいと思いました。前提や定義に齟齬があると、その後の歯車が永遠に噛み合わなくなりますので。我ながらひどい質問だとは思いましたが、彼は臆することなく答えました。一筋の羞恥もためらいも見当たりません。
「そうだな、ヒトについていうと……外部刺激、またはその個体の中で生じるなんらかの内部刺激によって大脳辺縁系と大脳新皮質が連合して働いた結果身体に湧き上がる、堪えがたいムラムラした衝動ではないのか」
 これが赤司くん的性欲の説明でした。実際はもっと冗長かつ難解で、なんか海綿体とかテストステロンとかリビドーとか、実に学術的な単語のオンパレードでしたが、面倒くさいので省略します。正直理解しきれませんでした。僕が理解できないことを火神くんに伝えても、無意味な伝言ゲームにしかなりませんしね。長々しい説明の締めくくりは、ムラムラした衝動ということでした。最後だけ妙にわかりやすかったです。大脳辺縁系とムラムラという単語が一緒に出現するのを聞いたのははじめてかもしれません。
「そ、そうですか……。説明全体と結尾のバランスが悪すぎますが、同意はできます」
 学術的に述べたいのか俗っぽく言いたいのかどっちなんでしょうか。
 ともあれ、最後に出てきたムラムラした衝動というのは理解できますので、僕たちが考える性欲と類似した感覚を彼も持っているのだろうという仮定のもとで話を進めることにしました。
「それで……赤司くんは、降旗くんに性欲を感じるということなんですか」
「そうだ」
「あの、具体的にどんなところに魅力を感じるのか聞いてもいいですか。いえ、降旗くんに魅力がないという意味ではないです。ただ、僕は彼をそのような目で見たことはないし、少なくとも性的な魅力を感じたことはないので、きみが彼のどこに惹かれたのか理解しかねます」
 普通、友達を性的な観点から眺めたりしませんので、この質問は妥当ではないかと。……え? 俺はおまえにそういう目で見られてたって? まあ、火神くんは当時から僕にとって友達以上の存在でしたから、ついそんな視線を送ってしまっていたのでしょう。とはいえ、赤司くんみたいに、火神くんにドキドキする=火神くんへの迸る性欲! なんて潔すぎる思考にはなりませんでしたけど。僕は僕なりに悩んだんですよ? 本当です。そりゃ、性欲に負けたときもありましたけどね?
 ……火神くんについて語り出すと脱線する上に夜が明けてしまいそうなので、話を戻しますね。
 降旗くんに欲情するらしい赤司くんですが、まあそれは僕も通った道といいますか、現在進行形で火神くんにムラムラしている身ですので、それをおかしいと言う気はありません。魅力を感じるポイントは人それぞれですし。あ、火神くん、どこへ行くんですか、ひとの話は最後まで聞きましょうね。
「赤司くんは、降旗くんのどこが好き――いえ、どのへんにセックスアピール的なものを感じるんですか?」
「目の前にいると性欲を刺激される」
 ちょ、え……なんですかこの答えは。断言している割に漠然としすぎているんですけど。
「……また直球かつコメントに困る回答を。それでいて具体性が何もないですね。ええとそれって……降旗くんの顔とか体とか、外見が好みということですか?」
 降旗くんは至って普通の外見です。少なくとも華のある容姿ではなく、自分でモブ顔と自虐していました。それは僕も似たり寄ったりなのですが。でも彼のいい意味での庶民っぽさにはマイナスイオンを感じずにはいられません。赤司くんもひょっとしてそういうところに惹かれたのでしょうか。赤司くんが庶民というか平均的なヒトを理解できるとは思えませんけれど。
「僕は人間の美醜にはあまりピンと来るものがない。動物のほうがわかる。……ああ、しかし、涼太が美形であることは認める。涼太は美しい。いや、かわいい……のか? 大阪の動物園のホームページで見たカピバラのナナエが涼太並の美形だった。ナナエは女の子なので、男の涼太を引き合いに出しては失礼だが」
 赤司くん、動物園好きなんですか? なんかまたひとつ彼の謎が増えてしまいました。まったくもって解明したいという欲求に駆られないのはなぜでしょうね。
 それにしても、なんでこの人はこう明後日の方向に会話のボールを投げちゃうんでしょうね。拾いに行くのが大変です。バスケでは華麗な彼のパスワークも、コミュニケーションではボロカスです。僕はもう疲れました……。このとき僕は、今夜は火神くんにいっぱいかわがってもらって癒されようと決めました。期待してますね、火神くん。
「つまり赤司くんにとって黄瀬くんは動物カテゴリなんですね。まあ、黄瀬くんの話はどうでもいいですけど」
 ええ、黄瀬くんがカピバラに似ていようがアイアイに似ていようが激しくどうでもいいです。
「降旗の外見に強く惹かれているわけではないと思う。ピンとは来ないが、外見に対する嗜好が働いた結果なのかと、僕も推測しないではなかった。だから本人がいなくてもそれに類するものがあれば興奮するのかと考え、写真を送ってもらった」
「写真ですか」
「ああ。バストアップと全身とヌードをそれぞれ三枚ずつ」
 ああぁぁぁぁあああああ、またそんな爆弾発言をしてくれて……。
 聞かなかったことにしたいです。正直何も聞こえなかったことにしたいです!
 しかしそういうわけにもいきません。ことによっては降旗くんが大変な目に遭わされているかもしれないのですから。
「ちょっと待ってください。前ふたつは普通だとして……ヌ、ヌード!? ちょ、ちょちょちょ、ま、まままま、待ってください、降旗くんが自分のヌード写真を撮る趣味があるとは思えないんですけど!?」
「ああ、そのような写真は持っていないということだった。だから自家撮りしてもらい、画像ファイルとして送信してもらった、僕の携帯に。体型が少年っぽいので、国によっては児童ポルノ所持とみなされそうな写真だと思った」
 やっぱり赤司くんの要請だか強要だかで撮らされたようです。恋人のヌード写真を撮ったりもらったりというのはプレイ? というかなんというか、とにかくあり得ることですし、実際僕も火神くんに自分の裸の写真を送りつけたり、火神くんのヌード写真をおねだりしたりしましたけど……それができるようになるまでに、何年掛かったと思ってるんですか。ちょっと飛ばし過ぎじゃないですか、赤司くん。
「降旗くんに何させてるんですか……」
「僕が撮ってもよかったんだが、ぜひとも自分で撮りたいということだった」
「そのほうがましというだけでしょうね……」
 僕はノリノリで火神くんに写真送っちゃいましたけど。ちょうどそのとき火神くんがアメリカ滞在中で、危うく児童ポルノ所持で捕まるところだったとあとで聞いて冷や冷やしました。あの写真の僕はすでに大人だったわけですが、アメリカ人の感覚からすると二十歳そこそこの東アジア人なんて子供に見えるのでしょう。火神くんですら、顔だけだと幼く見られるらしいので。アメリカに行く前に、子供扱いされるのが嫌で髭を伸ばそうかと真剣に悩んでいた火神くんはかわいかったです。火神くんは不精髭もかっこいいです!
 ……失礼。話が逸れました。さて場面は再びマジバです。頭痛に耐えるべく額を押さえている僕の前で、赤司くんは携帯をいじり出しました。
「ああ、これだ。見せ……るのはまずいか。プライバシーの侵害にあたりかねない。昨今は日本も厳しいからな。本人の許可を得てからにしよう。少し待て。降旗にメールで確認を取る。今日はバイトがないから、速やかな返信が期待できるだろう」
 いまも携帯に降旗くんの写真が入っているようで、僕に見せようとしてきました。頼んでもいないのに!
「ま、待ってください! 見せなくていいですから! 降旗くんにメールしなくていいですから! お願いですから彼をこれ以上辱めないであげてください!」
 すると、赤司くんはキー操作をちょっとしたかと思うと、携帯を顔の横につけ、
「光樹、きみにひとつ聞きたいのだが。僕が持っているきみのしゃしん――」
 電話で確認を取ろうとしました。メールしなくていいって、そういう意味じゃないです。
「な、何やってるんですか!」
 最後まで言わせねえよとばかりに僕は赤司くんの携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押して切りました。赤司くん相手になんと勇気ある行動でしょう。友を想う気持ちは偉大です。
「だからやめてあげてと言ってるじゃないですか」
 と、そこでふと気づきました。さっき電話口で赤司くん、降旗くんのことを名前で呼んでいました。赤司くんは他人を個人名で呼ぶことがありますが、それはある意味平等というか、一貫性があります。しかしいま、彼は僕の前では降旗くんを苗字で呼んでいます。明らかに使い分けています。……なんでしょう、このむずむずする感じは。あと、やろうとしていることは無茶苦茶ですが、一応降旗くんに許可を取ろうとした点も、赤司くんの性格を鑑みると異常事態です。思い立ったら即行動、問答無用で見せてきそうなのに。それから電話での言い方も、ひとつ聞きたい、なんて相手の意向を考慮するような表現を使っていて、おかしいです。普通なら、きみに命令する、よくて、きみに要求する、あたりでしょう。これが普通というのもどうかと思いますが。
 赤司くんの中で降旗くんはどういう位置づけなのだろうと訝りつつ、僕は自分の行動にはっとしました。無理やり通話を止めるなんて、反抗的な態度と映ったでしょうか。僕はびくつきながら席に座り直し、そろそろと上目遣いで赤司くんをうかがいました。彼の眉間には少しばかり皺が寄っていました。ああ、やばい。火神くんに永遠のさよならを言わなければならなくなるかもしれないと、僕は悲しくなりました。
 火神くん、お別れかもしれません、なんて考えている僕に赤司くんが、
「見たくないのか」
 と自分の携帯を掲げて見せました。どうやら、通話を強制終了させたことより、僕が降旗くんの写真を見るのを拒絶したのが気に入らないようです。
「み、見せたいんですか?」
「ああ」
「なぜ!?」
 普通、自分のパートナーの裸を他人に見せたいと思いませんよね? いえ、火神くんの芸術的な裸体を他人に自慢したい気持ちはありますけど。……ちょっと、なんですかその疑わしそうな目は。火神くんのセクシーショットは僕だけのものです。ひとに見せたりしませんよ。
「おまえの感覚で、降旗の写真に欲情するか否か、意見を聞きたいからだ」
「僕は火神くん以外の男性に欲情はしません……」
 まさかほかの人にもこんなこと聞いてるんじゃないでしょうね赤司くん。降旗くんがかわいそうだからやめてください、本当に。降旗くんもエライ生き物に懐かれてしまったものです。
 赤司くんはなおも携帯を操作し、ディスプレイを見下ろしていました。降旗くんのヌード写真を眺めているようです。特に表情は変わりません。真顔です。いえ、若干不安そうというか心配そうな印象です。
「それにしても、彼はなぜ写真の中でまでこんな緊張してるのだろうか。写真館での撮影ならともかく、自宅だぞ? 顔が妙に赤いし、全身強張っているように見える。自宅ですらリラックスできないのか。やはりメンタルヘルス的な問題が……?」
 健康面を心配する程度には降旗くんに思いやりを見せている赤司くんなのですが、なんというか、方向性がトンチンカンにも程があります。もっと別の点を気にしてあげてください。あとメンタルが心配なのは赤司くんのほうです間違いなく。どういう神経してるんですか。
「降旗くんから安寧を奪っている張本人が何を言うんですか」
 あとこんなところでそんな写真を開いては駄目ですよ、降旗くんのプライバシーに関わります。恐る恐る注意すると、赤司くんは存外あっさり携帯を仕舞いました。
「彼から写真をもらったのはいいんだが、結局使い道がなかった」
 そうですね、写真は意外とネタにならないですよね。僕は火神くんの写真よりも洗濯前の衣類やタオルに興奮します。……ちょっと火神くん、言ってるそばから服を片付けはじめるとはどういう了見ですか。
「使い道って……。つまり、オカズにはしていないということですか」
「試したのだが、写真そのものに対してはこれといって興奮はしなかった。つまり、彼の容姿に強い思い入れがあるわけではないのだろう」
「でも、本体がいると興奮する、と」
「そのとおりだ。メカニズムは不明だが、彼は僕の性欲を刺激する」
 赤司くんにとって、降旗くん絡みで感じる感覚や感情はあくまで性欲の一言に集約されるようです。ここまで来ると病気だと思います。
「ええと、フェロモン的な……?」
 降旗くんは火神くんと違ってフェロモンむんむんなタイプではありませんが、一応聞いてみました。特定の相手にしか通じないフェロモンもあるかもしれないので。なお、赤司くんは虫よけスプレー的な何かを放つと同時に魔寄せオーラも持っているような気がします。
「さあ。仮にそれが原因だとしても、人間が意識的に感知できるものではなさそうだから、僕にはわかりようがない」
「性格とか内面が好みとか?」
「彼はどういう性格なんだ?」
「わかってないんですか」
 まあ赤司くんですからね、一般人の一般的性質を理解できないとしても不思議ではないかもしれません。でも、少なくとも性的な関係を結んでいる相手のことはもうちょっと把握していてもいいのではないでしょうか。赤司くんの態度からすると、憎からず思ってそうな雰囲気がありますし。
「人見知りが激しく、なかなか他人に慣れず、遠慮深いのはわかる。むしろそれが全面に出すぎていて、それ以外のポイントが把握しにくい。あとは……多少押しに弱いと思う。意志薄弱というほどではないが」
 なんていうか……それは降旗くんの本質ではなく、対赤司くん限定で出現する性質だと思います。降旗くん、きっと赤司くんのことが怖いんでしょうね……。僕だって怖いですが、降旗くんにとって赤司くんの第一印象は強烈過ぎましたから、恐怖もひとしおなのでしょう。赤司くんとの謎の関係も、怖くて逆らえないから、というのが要因なんでしょうね。……このような関係を見過ごしていいものでしょうか。かといって何かアクションを起こすような勇気はないのですが。
「想像なんですけど、赤司くんと一緒にいる間、ずっと緊張してびくびくしてるんじゃないですか、彼。きみがちょっと立ち上がったり手を伸ばしたりすると、降旗くんものすごくびっくりするというかなんというか。あと、基本的にきみの要求だかお願いだかを断らないでしょう」
「見ていたのか?」
「ただの想像です」
 どうやら僕は彼らの普段のやりとりについてずばっと言い当てたらしく、赤司くんは不可解そうに首を傾げていました。いや、見たことなくてもそのくらい容易に想像がつきますから。それにしても赤司くん、自分が降旗くんを怖がらせているという自覚がないのでしょうか。一般人からは感覚が激しくずれているとはいえ頭はいいし何より人の上に立つタイプなので、恐怖による支配という概念自体は持っているはずなのですが。といっても彼は強制的な服従やマインドコントロール的盲目の崇拝より、理性に基づく自発的な服従を重視するタイプですけれど。問題は、彼の性質的に後者より前者のほうが実現されやすいことですね……。赤司くんにその気がなくても、彼のさまざまな常識を逸脱した言動が結果的に降旗くんを恐怖で縛り付けているとしても不思議ではありません。というかこの可能性が濃厚な気がしてなりません。降旗くん、なんて不憫な……。
「理由はまったくもってわかりませんが、きみが降旗くんに性的魅力を感じているということは、まあ一応理解しました。しかし、いまだ他人行儀っぽい降旗くんをどうやってセックスに持ち込んでいるんですか。きみが犯罪的な愚行を犯すとは思いませんが、法に触れない範囲で何か細工していませんか」
「いや、これは個人にとってデリケートな問題だ。合意のないセックスは犯罪だからな。彼の性格を鑑みれば、僕から彼に命令して従わせることは難しくないだろう。が、それは合意とは呼べない。性交渉を求める際は、自由な意思のもと、要求に対する了承をきちんと得ているに決まっているだろう」
 赤司くんは合意だと主張しますが、そこに拒否という選択肢が実質的に存在するのか否か甚だ疑問です。赤司くんが「嫌なら断れ」と言ったとしても、降旗くんは怖くてとてもじゃないけど断れないのではないでしょうか。
「はあ……。ちなみに、どうやって誘うんですか」
「ごく普通に、セックスしたいと告げる。気取って遠回しな表現をした結果誤解が生じ、実は合意に達していなかったということがあとから判明した場合、双方にとって不幸なことになる。わかりやすく簡潔に伝えるのが最良だ」
 セックスしたい、ですか。確かにこの上なくわかりやすいといえばわかりやすいですが、ダイレクトすぎて色気も何もあったものではないですね。いえ、どういう流れの中でこの台詞を告げるかにもよると思いますが。たとえばキスとか触りっこなんかでいちゃいちゃしているときに、「したいです(はぁと)」ならいいと思いますが(火神くんをお誘いするときの定番ですね)、赤司くん、脈絡もなく真顔で「セックスしたい」って言いそうです。ただの被害妄想でしょうか。いえ、実害を受けているのは降旗くんなんですが。降旗くんに拒否権を発動する度胸はないでしょうから。
「ま、まあ、きみにしては普通の範囲に収まっている誘い方かと思います。あの、もしかして最初っからそんな超絶ストレートに……?」
 赤司くんに人類を口説けるセンスがあるとは思えませんが、一応尋ねてみました。ひょっとしたら髪の毛一本程度にはミラクルを起こせたかもしれませんので。
「無論。最初だからこそ、何よりもわかりやすさが重要だろう」
「なんて言ったんですか」
「一字一句間違いなく覚えているわけではないが、要約すると、『きみは僕の性欲を刺激する。よってセックスを要求する』……だっただろうか。こんなような趣旨のことを伝えたと思う」
 ひ、ひどい……!
 想像以上のひどさです。堅苦しい言い回しだからごまかされそうですけど、これってエロ漫画の定番台詞の類型じゃないですか。「おまえがエロいのが悪い」って言いがかりをつけているようなものでしょうが。……え? 僕も火神くんに同じような台詞を言ってるって? 僕たちの場合は問題ありません。プレイの一環みたいなものですから。それに、初回からこんなデリカシーがマリアナ海溝よりも沈んだ台詞を言うことはありませんでしたよ。あと火神くんがエロいのは言いがかりではなく事実です。
「最低ですね」
 思わず素直な感想が口をついて出ました。
「わかりやすいと思うが。誤解の余地がない」
 赤司くんは、自分が正しいと信じて疑わない顔で言い切りました。そうですよね、この人そういう性格ですよね。
「わかりにくいですよ! なんでいきなりそんなこと要求されるのかって、パニックになりますよ普通!」
「なんでって、理由は先に述べているじゃないか。彼が僕の性欲を刺激するからだと」
「それ責任のなすりつけですよね!? きみが勝手に発情してるだけでしょうが!」
「しかし彼が契機となっていることに間違いはない。僕は事実を述べたまでだ」
 彼に自分の非を認めさせることは不可能でしょう。わかってます、わかってますよそのくらい……。
「なんでまたそんなこと言う気になったんですか」
「彼とセックスしたいと思ったからだ」
 馬鹿のひとつ覚えみたいに直球ばかりはやめてください。いえ、変化球で攻めてこられてもそれはそれで対応に困りますけれど。
「そう思うに至るまでの心理過程は?」
「なぜ彼にこんなに関心を惹かれるのか不思議だった。どんなに思考を繰り返してもその理由を特定できない。いままで生きてきた中で最大の謎だと言ってもいい。僕はこの難問に取り組み、ぜひともその謎を解き明かしたいと思った。しかしそれは砂漠から砂金をひと粒探すほど困難なことだった。あるとき、自分の内的活動だけでは解明に限界があると感じた僕は、その原因たる彼に接近することで、手掛かりを得られるのではないかと考えた。これほど好奇心を刺激されたのははじめてだ。僕は探求への欲求を抑えられなかった」
 えーと……なんかかっこいいこと言ってますけど、要するに降旗くんに性欲を感じてひとり悶々とした挙句、我慢できなくなって本人に迫ることにしたって意味ですよね。最低です、最低ですよこの人……!
「そ、それで降旗くんとセックスしようと思い立った結果、『きみは僕の性欲を刺激する。よってセックスを要求する』なんてキチ……いえ、斬新な台詞が出てきたんですか」
「斬新ではないだろう。僕はそういうのに気が利くほうではない。陳腐な表現しか思いつかなかったよ」
 そうですね、まったく気が利かないですね。しかし陳腐ではないと思います。そりゃ、僕たちが有性生殖によって種を維持する生命体である以上、性欲は原初より存在する生理的欲求ではありますが、こんな本能丸出しの台詞、一周回って新しいというよりほかありません。きみの発達した大脳はなんのためにあるのですか。
「……そのときの降旗くんの反応は? まさか、二つ返事で応じたりしなかったでしょう?」
「なぜか混乱していた。声は出しているのだが、日本語が崩壊し、何を言っているのかさっぱりわからなかった。これでは意思確認が取れないと思い、地下の書庫に連れていった。彼の大学は書庫利用者が少なく、遅い時間帯ではほぼ無人だ。そこなら落ち着いて話ができるのではないかと――」
 大学図書館の地下書庫って薄暗くて人気がなくて古い据えた書籍のにおいが充満した、なんとも淫靡な空間ですよね。棚と棚の間隔が狭くて、視界が悪い。いつか火神くんを連れ込みたいものです。そして常ならぬ雰囲気にいつもとは違う興奮を呼び起され、僕を存分に貪ってほしいものです。赤司くんの傍若無人すぎる話に現実逃避するしか精神衛生を保つ方法がなかった僕は、薄暗い書庫で火神くんに襲われる妄想を繰り広げるというナイスアイデアによって、ちょっとだけ回復しました。……火神くん、なんでさっさと寝ようとするんですか。夜はこれからなのに。
 僕たちのような健全な交際関係ならともかく、つき合ってもいない状態で相手にセックスを求めそのような場所に引き込むとは、それはまずいでしょう赤司くん。すでに終わってしまったことなので、注意する意味はありませんけども。
「うわあ……。ひどいシチュエーションを用意したものですね……」
「――思ったのだが、なぜか彼はますます取り乱してしまった。やはり人見知りが激しいのだろう。あんなことでは社会に出られないと思うのだが」
「きみに心配されたくはないでしょう。……まさか、そこで無理やり何かしたわけでは……ないですよね?」
 ないって答えてくださいお願いします。
「そんな即物的なことをするわけないだろう。おまえや火神と一緒にするな。だいたい、それは犯罪だ」
 なんで僕と火神くんが爛れているみたいな発言をされなきゃいけないのですか。理不尽です。
「きみの誘い文句ほど即物的な内容もないと思うのですが」
「とりあえず彼にも考える時間は必要だろうと思い、壁際の学習用のデスクの椅子に座らせ回答を待った。ひどく汗をかいていた。けっして暑くはなかったのだが。対人恐怖症なのだろうか」
 対人っていうか、対赤司くんですよ絶対。
「十分ほどして彼がなんとか言語機能を取り戻したところで、もう一度話をすることにした。

『改めて言う。僕はきみとのセックスを希望する』
『あ、赤司、くん……? あの、いきなり……意味が、わからないんだけど……』
『ではもう一度はっきり言う。僕はきみとのセックスを希望する』
『な……なんで』
『きみは僕の性欲を刺激する。なぜなのか僕にはわからない。よってその理由を知りたいと思った。だからきみとのセックスを希望する』
『ぜ、全然説明になってないよ!? ていうか、なに、性欲を刺激するって!? 俺、何もしてないよ!?』
『きみが何もしていないことは理解している。しかしきみが僕の性欲を刺激していることは事実だ。いまこうしているいまも、きみは僕を刺激してやまない。だからこそ、なぜなのかそのメカニズムを解明したい』
『何それ!? なんかすごい怖いんですけど!』
『とりあえず、要求に対する返答を聞きたい』
『あの、選択の余地は……いただけるのでしょうか』
『無論。自由意思に基づかなければ回答を求める意味がない』
『じゃあ……無理、です。できません』
『わかった。しかし理由を聞きたい。なぜセックスしたくない?』
『な、なぜって。むしろこの状況でしたいと思ったら、そっちのほうが不思議だよ!』
『それでは理由になっていない。僕は真剣に聞いている。きちんと答えてほしい』
『だって……いきなりそんなこと言われたって……困るよ』
『何が困る。具体的に答えてくれ』
『ぐ、具体的にって言われても……よく知らない相手にそんなこと要求されても困るよ』
『よく知っていればいいのか。それではよく知り合うとしよう』
『うえ!? 赤司とよく知り合う!?』
『きみの言い分に従えば親しければ問題ないのだろう?』
『いやいや、その理屈だと、俺が友達に誘われればOKしちゃうようなやつってことになるような……』
『では何が問題だ。きみの話はいささか理解が困難だ。わかりやすい説明を求める』
『な、なんて言えば納得してもらえるのかな……。ええと……あのさ、俺、ノンケなんだ』
『それが何か』
『男にセックス求められても応じられないよ』
『なぜ』
『いや、だって……』
『きみは男とセックスしたことがあるのか? それで何か嫌な経験でもしたのか』
『ないよ! あるわけないじゃん!』
『ならなぜ性別を理由に断る?』
『へ?』
『経験がないのに、先入観だけで嫌だと思っているのではないのか。まずは実体験を経てから、それが嫌なのかどうか決めたらどうだ。わが国においては行為自体は犯罪ではない。試す価値はあると思うが』
『いやいやいや、何その意味不明な理屈』
『きみの説明のほうが意味不明だと思う』
『えー……もうどうすりゃいいのこれ……』
『とりあえず返事はノーのままということか』
『うん。無理です』
『そうか。了解した。……ではもう一度。きみは僕の性欲を刺激する。よってセックスしたい』
『ループ!? ループするのこれ!? もしかして無限ループ!?』
『僕は現状、非常にもやもやしている、きみに性欲を刺激されることについて。不可解で仕方ないので、ぜひ解決したいと思っている。よって、一度断られたくらいで引き下がるわけにはいかない』
『え、ええっ!?』
『仕事は何時に上がる? 睡眠不足にならない程度の時間までは、説得に費やしたい所存だ』

 ……こんな調子で、閉館まで説得を試みたが彼は肯定の返事を返さなかった。その後帰途にある喫茶店で閉店時間まで何度も何度も説得をしたところ、色よい返事をもらうことができた。やはり説得と交渉には誠意と時間を掛けることが必要だと実感した」
 赤司くんによる当時の会話の再現が長々と行われました。
 いやあ……想像を上回るひどさです。断ってもいいと言いつつ、結局降旗くんが首を縦に振るまで解放しないつもりだったわけじゃないですか。事実上の脅迫ですよね。赤司くんの話からして、説得というか脅迫が実を結ぶまでおそらく四、五時間は掛かったでしょうから、その間ずっと、降旗くんは赤司くんとほぼふたりきりの状況下で、常人には理解不能な理由により性交渉を迫られ続けたことになります。もうこれ拷問ですよね。ていうかホラーじゃないですか?
「降旗くん……恐怖のあまり正常な判断力を失ったんでしょうね……」
 僕はかろうじてそうコメントしました。しかし事実上逃げ道がなかったのですから、承諾するよりほかなかったわけですよね。か、かわいそう……。
「それで、その後……やっちゃったんですか? その……セックスを」
「もちろんだ。そのために彼を説得したのだから。彼の部屋が近かったので、上がらせてもらい、まずは茶を飲んだ。喫茶店でも飲んだので必要はないと言ったのだが、彼が出すと言ってきかなかった」
 せめてもの時間稼ぎですね。最後のあがきでしょう。
「ああー……降旗くん……」
 この人家に入れちゃったんですか。見事なOKサインです。もう諦めの境地だったのでしょうか。あるいは、一発やるだけやってさっさとお引き取り願いたいということだったのかもしれません。
 僕が文字通り頭を抱えていると、赤司くんがとんでもない語りをはじめました。
「僕はキッチンでコップを片付けている彼の背後に立つと、彼の体に緩く腕を回した。肩を跳ねさせる彼。僕は腕の力を強くした。そのまま首筋に鼻先を埋めると――」
 なんか下手くそなハーレクイン小説が展開されつつあるんですけど!?
「やめてください! 詳しい描写はいりません!」
「抱き方はいわゆるあすなろ抱きだ。背丈が同じくらいなので微妙だが。おまえと火神ならうまくできるだろう。配役を間違えると子泣きじじいだが」
「大きなお世話です」
 僕が火神くんに後ろから抱きつくときは、存分に甘えっこを演出しています。子泣きじじいとは失礼極まりない。
「彼は震えながらぎこちなくこちらを振り返ろうとした。僕は足の位置を少しずらしてやや斜めに移動すると、彼のおとがいに人差し指の側面を当て――」
「だからやめてくださいってば! 省略! 途中経過の省略を求めます!」
「それではベッドの上まで場面を飛ばそう。彼はマットレスの上に所在なさげに正座すると、せわしなく目線を泳がせ、震える声で僕の名を言おうとしていた。しかし緊張に支配された発声器官はほとんど動かず、薄く開かれた唇から、あ、あ、と母音だけが漏れてきた。僕は彼の頬に手を添えると、顔を近づけ彼の唇に――」
「やめてください! 一番飛んでほしくないところです! そのへんも全部省略願います。い、いいから結果報告だけお願いします」
「では翌朝に飛ぶ」
「翌朝……!? と、泊まっていったんですか!?」
 そりゃ、やることやったらさっさと帰っちゃうというのもどうかと思いますが。
「宿泊まで世話になる気はなかったのだが、彼の体調が悪いようだったので、残ることにした。一人暮らしだから、夜中に何かあっては事だろう」
「体調が悪くなるようなことを……?」
「熱はない様子だったが、震えが止まらなかった。低血糖にしては意識がはっきりしていた。どうやら緊張状態がコントロールできなくなったらしい。精神が興奮状態で、一晩中まんじりともしなかった」
「降旗くん……」
 そりゃこんなのが近くにいたら眠れませんよ。合宿みたいな大勢いる場所ならともかく、ふたりきりとか。しかも自分に対して明確に性欲を示している相手。きつい。きつすぎる。
「しかし体は休めたほうがいいので、なだめつつベッドに寝かせた。だが彼はここでも遠慮深さを遺憾なく発揮し、僕にベッドを譲ろうとしてきた。なので、病人がたわけたことを言うなと叱った上で、僕が隣に寝て彼の体を押さえ、ベッドに固定した。その状態で一晩明かしたので、さすがに疲れた」
 降旗くんはもっと疲れたと思います。主に精神的に。
「翌朝、僕は彼に心療内科への受診を勧め、信頼できる診療所の情報を提供したあと、彼のアパートを出た」
「そうですね、きみにとり憑かれた時点でメンタルケアは必須になりますよね」
 でも降旗くん、この一年で特に精神的にまいっている様子はないんですよね。がっつりケアをしているということなのかもしれませんが。
「ええと……その、飛ばしてもらったところの結果なんですけど……やっちゃったってことでいいんですよね」
 このあたりで、僕はすっかり投げやりになっていました。友人が友人をやっただのやられただのという直接的かつ下世話な話はしたくないのですが、ハーレクイン全開や事後のあれこれについて語られるよりはましというものです。
「おまえの言う『やった』が示す範囲が不明だが……お互いボトムスはそのままだった」
「え?」
「全裸は情緒がないし、いきなりは無理だろう」
「まあ……準備もなくやったら大惨事ですよね」
 赤司くんはさも当然のように言いました。情緒に関してはむしろ着衣のままのほうがレベルが高い気がしますが。ただまあ、いきなり最後までやってしまわなかったのは正しい判断でしょう。下手したら病院送りですよ。僕だって半年くらい掛けて火神くんのを受け入れられるよう努力を……って、火神くん、だからまだ寝ないでくださいってば。勝手にフェラしてたたせますよ?
「なので下半身の衣類は残したまま、とりあえず開脚の角度や重心の取り方など基本事項から予行演習をはじめ、その後、まずは僕が手で――」
「へ、へんたいさんです……」
 予行演習ということは、この一回で終わらせるつもりはなく、今後がっつり本番に持ち込むつもりでいたということですよね。
「しかし彼は極度の緊張状態でずっと震えており、途中で泣き出してしまった。どうもあがり症がひどいらしい。本当に社会に出られるのだろうか、彼は」
 赤司くんの解釈では、降旗くんが怯えて泣いている姿はあくまで緊張の結果ということになるようです。
「あの……ほんとに同意してたんですか、彼」
「した。血判状も取ったから間違いない」
「ほんときみ降旗くんに何させてんですか!?」
 血判状とは何事ですか。歴史関連の授業や番組以外でその単語聞いたのはじめてなんですけど。
「血はインクで代用した。怪我などさせていない」
「いや、そういう問題じゃなくてですね……」
 なんか悪魔との契約書みたいですね。いや、この目の前のエイリアンに比べたら、悪魔のほうがまだしも人間らしい気がします。まったく恐ろしいひとと関係を持つ羽目になってしまったものです、降旗くん……。ん? 最初に赤司くん、この一年、と言っていました。ということは、赤司くんのとんでもない要求以来ずっと、現在進行で赤司くんと降旗くんの間には体の関係があるということですよね。
「あのー……話を聞く限り、きみは彼に性欲を刺激される理由を突き止めることが第一の目標だったんですよね。現在も彼とそういう関係を持っているということは、いまだにわからないということですか?」
「ああ、わからないままだ。わかるのは、彼とセックスをするようになってから、解消されるどころかより一層性欲を刺激されるようになったということだ。不思議で仕方ない」
 あの、それって……。
 思ったんですけど、赤司くんの発言の中に出てくる「性欲」を「恋」とか「好き」に置き換えたら、割とありがちな話になりませんかこれ。いえ、気になっている相手に諸々の手順を飛ばしいきなり性交渉を迫るのは、あまりありがちではないでしょうが……。
 多分赤司くん、頭が人外すぎて人類的な意味での恋愛感情を認識できないのではないかと。だから恋のドキドキを性欲のムラムラと解釈してるんじゃないでしょうか。我ながらひどい説もあったのものです。でも、あり得ない話じゃなさそうですよね……?
「降旗くん、よくつき合ってくれていますね」
 つき合わされているといったほうが正しいのかもしれませんが。
「最初にそのように約束したからな」
 そのように、とはつまり、なぜ赤司くんが降旗くんの存在によって性欲(?)を刺激されるかという謎を解き明かすまで、ということでしょうか。
「それ、とんでもない不平等条約なのでは。実質、降旗くんにメリットゼロですよね。むしろマイナスのような」
 あえて消極的メリットを挙げるとすれば、謎が解明されれば降旗くんは赤司くんから解放されるということだと思います。それを夢見て、降旗くんはがんばっているのでしょうか。でも、僕の推測が正しいとしたら、解明されても結局関係は解消されないのでは……。
 めんどくさい! 赤司くん超めんどくさい!
 疲労と頭痛に耐えきれなくなった僕は、テーブルに突っ伏しました。いっそ額をガンガンテーブルの角にぶつけ、この場から解放されたかったです。
 どうした具合が悪いのか、と聞きながら、赤司くんが謎の漢方薬を差し出して来ました。一応いただきましたが、怖くて飲めませんでした。においきついですし。
「これだけ頭を悩ませ解決への努力も惜しんでいないというのに一年も疑問が晴れないとは……少々自分を情けなく感じている。もっとも、骨のある課題には熱意を揺さぶられるので、楽しくもあるが。しかし解決するあたり、ひとつ難題がある」
「難題?」
 まずは人類学と心理学を学んではいかがでしょうか。異星人向けの。
「おまえへの相談に絡むことだ。どうも降旗は僕に魅力を感じないらしく、反応が悪いんだ。あれでは快感が少ないだろう。彼があんな調子では、僕も気後れする。だからあまり積極的なセックスができないでいる」
「きみにそんな配慮ができたとは」
 方向性や程度は知りませんが、一応気は遣っているようです。やっぱり赤司くんって降旗くんのこと……。
「遠慮深い性格が祟ってか、意見や要求を聞いてもまともに述べることがない。これでは改善のしようがない」
「まあ、赤司くんに意見するような勇気も愚かさも、彼にはないでしょうね……」
「そこでテツヤ、依頼がある。降旗に、どのようなセックスを希望しているのか、それとなく聞いてほしい。友人になら話しやすいだろう。彼はおまえと火神の爛れきった関係も知っているということだから、その手の話をする相手として、抵抗感が少ないと考えられる」
 助けて火神くん! 僕もう嫌です!
 あと火神くんと僕は爛れてなんかいません。ラブラブなだけです。そこは譲れません。
 でも赤司くんからの依頼という名の命令を拒否できるはずもなく、僕は肯定の返事をすると、わけのわからない失意に包まれながら帰途につきました。慰めてください火神くん、僕ほんと疲れたんです……。

*****

 マジバでいとしのバニラシェイクを味わう余裕もない仰天お悩み相談につき合わされた黒子は、ベッドの上で延々と愚痴をこぼしながら、火神にべたべたとまとわりついていた。仰向けに寝かせた火神の上に乗り上げると、剥き出しの胸にぐりぐりと頬を押し付ける。
「そんなわけで、僕は今日大変な目に遭ったわけです。癒してください、火神くん」
 甘えるように、つい、と火神の腹筋のでこぼこを指の腹でなぞる。人体の中心にあるくぼみ、生まれる前の痕跡器官であるへそに指先を沈ませる。鍛えられる部位ではないためか、火神がびくと一瞬体をすくませた。が、特に黒子の動きを止めようとはしない。
「そりゃ大変だったな」
 後頭部の髪を梳きながら火神は黒子を労わった。調子に乗った黒子が、火神のへそに当てた指を緩慢に動かしてくすぐる。
「ほんと大変でしたよ。も~、赤司くん、なんであんなに変人なんですか。手に負えません。十代の頃の患いっぷりとはまた別の方向で狂っちゃってますよ。一見まともになったように見えてアレですからね、性質の悪さはむしろアップしています」
「おまえもあんまひとのこと言えないと思うけどな?」
 黒子の手によってすっかり衣類を剥ぎ取られた火神が、なかば諦めたように苦笑する。赤司の相談内容の報告を受けている間、黒子はストレス解消とばかりに火神の体を容赦なく触っては、服を脱がせてきた。火神が自分から脱ごうとすると頬を膨らませるので、させたいようにさせてやった。もっとも、黒子が剥いだシャツを胸に抱いて火神くん火神くんと連呼しつつ呼吸を乱しながらマットレスの上をごろごろと転がりはじめたときには、黒子の奇行には大概慣れっこの火神もさすがに危険を感じ、衣類を回収して洗濯機に放り込みに行った。しかし、奇怪な行動に走るほどストレスメーターが振りきれたのかと思うと気の毒だったので、寝室に戻ってからは、不貞腐れた黒子を膝に乗せ、存分に甘やかしてやった。
「にしても、降旗くんが赤司くんとセフレ?……的な関係だったとは驚きです。火神くん、知っていました?」
「いや、俺も今日はじめて知った」
「そうですよね、まず思いつくような組み合わせじゃありませんし、降旗くん、そんなことおくびにも出していませんでしたし。でも……一年もあのひとにつき合わされていたなんて。きっと悩み深い一年だったでしょうに。僕、全然気づけませんでした」
 火神の体をマット代わりにして寝そべったまま、黒子がちょっぴり落ち込んだため息をついた。降旗とはちょくちょく一緒に遊ぶ仲だが、彼が赤司という名の深遠な悩みを抱えていたとは、今日この日まで想像だにしなかった。所詮僕の観察眼なんてその程度のものだったようです。黒子は珍しくじめじめしながら、若干の自己嫌悪を紛らわすように火神の胸に顔を擦りつけた。火神は黒子の耳の後ろをくすぐった。
「まあ、本人もあんまひとに言いたくなかったみたいだし、下手に勘付いたら勘付いたで、かえって降旗が気に病むことになったかもしれねえよ。気づけなかったからって、おまえがそんな落ち込むことないって」
 フォローを入れる火神。黒子はその言葉に目をぱちくりさせると、脇に手をついて顔を上げた。。
「……火神くん、気づいてたんですか?」
「いや、全然。おまえが気づかないのに俺が気づくわけないだろ」
「でも、いまの言い方……」
 黒子が話をする以前から降旗と赤司の関係を知っていたような口ぶりだ。火神は、どういうことかと訝る黒子の肩をとんとんと叩き、体の上からどいてくれるよう示した。上体を起こしベッドの上に座った火神は、
「あ~……その、な。実は今日、降旗に会ってたんだよ。相談があるって、呼び出されて」
 どことなくばつが悪い様子でぼりぼりと頭を掻いた。胡坐の火神の横で、黒子がぺたんと崩した正座で座る黒子が目をしばたたかせる。
「え。それって……」
「ああ。赤司とのことで悩んでた」
「時を同じくして、ですか。……降旗くん、どんな感じでした?」
「あ~……それがだな、俺も降旗から相談受けたときは信じられない気持ちだったんだが、いまおまえの話聞いた感じからすると……なんつーか、あいつらって――」
 火神はふいっと遠くに視線をやった。そして数秒沈黙を挟むと、
「ワレナベにトジブタ……じゃね?」
 慣れない日本語の慣用句を使用した。
 かつて火神と黒子の関係を周囲の人間が揶揄したときに使われた言葉だ。
「え……?」
 黒子は驚いた。まず理由のひとつ目は、火神がそんな高度な日本語を覚えていたということ、そしてもうひとつは、意味を取り違えて記憶してしまっているのではないかということ。だって降旗と赤司である。つり合うとは思えない。優劣の次元ではない。植物と動物くらい、別の種類の生き物だ。そのふたりが破れ鍋と綴じ蓋の関係になるとは黒子にはどうしても思えない。能力的には高性能だが性格や言動の破綻ぶりから、赤司は破れ鍋であり綴じ蓋であろう。しかし降旗はごく真っ当な人間だ。とても赤司についていけるタイプではない。
 いったい火神は降旗からどんな話を聞いたというのか。不思議そうに見つめてくる黒子に、火神はどこから話したらいいものかと悩んだ。
 その後、バカガミと呼ばれる火神の頭脳もそこまで馬鹿にできたものではないと黒子はちょっぴり罪悪感を覚えることになるのだが――長くなるのでこの話は省略である。

 

 

 

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