お互い生まれたままの姿になってベッドの上で抱き合う。着衣のまま刺激し合ったり、キッチンのテーブルの上に座って交互にフェラをしあったり、昔の制服や体操服を着てみたり、自慰を見せ合ったり、バスルームで相手の体に巻きついたり、洗面所の床にもつれながら転がったり――まあ試せることはたいてい試した仲ではあるのだが、結局何のひねりもないオーソドックスなかたちで求め合うのが一番落ち着く。黒子は、ベットの縁に座る火神の肩にしなだれかかり、彼の胸元をやわやわと撫でながら、甘えるようにキスをねだった。火神は少しだけ焦らしたあと、まずは軽く唇に触れ、それからうっすら口を開き、黒子の舌を呼び寄せた。いろいろな楽しみ方があるのは知っているが、こうしてじかに体温を触れ合うのが一番心地いい。それが彼らに共通の認識だった。
たいそう仲睦まじい黒子と火神だが、実はまだ未知の世界がある。
「火神くん、きみとは長い付き合いです。セックスも十分楽しんできました。いまでも十分楽しんでいます。けっしてマンネリとは思いません。……が、そろそろ、その……挿入、してみませんか?」
そう、広義のセックスは数え切らないくらい交わしてきた彼らだが、まだ一度も狭義の性交渉をした経験がなかった。互いに知り尽くし、余念なく研究した結果の愛撫や手淫、オーラルセックスは十分な快楽をもたらす。肉体的には満たされている。……が、まだ試したことのない領域には心惹かれるものがあるのもまた事実で。
「いまのままじゃ足んねえか?」
火神がちょっと不安そうなまなざしを向けつつ、黒子の肩に腕を回し、緩くさすった。そういうわけじゃないと、黒子はすぐに首を左右に振る。
「いえ、すごく気持ちいいです。火神くん、僕のいいところを網羅して丁寧にしてくれるので。不満があるわけじゃないんです。ただ、なんというか、好奇心というのがありまして、いままでとは違う快感があるんだろうなと思うと、知りたい気持ちが、こう……。それから、その……できればきみとつながりたいな、って……」
羞恥でわかりやすく顔を染め、黒子は途切れがちにぼそぼそと言った。それが伝染したのか、火神もさっと頬を紅潮させた。
「いまさらセックスの話題で照れるのも変な感じだな」
「だって……」
「やめてくれ、俺まで恥ずかしくなる……」
中高生でももう少し平然としているのではないかというくらい、ふたり揃って自分たちの会話に恥じ入る。珍しいことだとお互い感じた。普段はかなり赤裸々に、それぞれの感想を聞いたり要求を伝えあったりするのに。
関係を持ちはじめた最初の頃に戻ってしまったかのようだったが、いまはその懐かしい新鮮さを堪能する余裕なんてない。黒子は目線を泳がせたまま、ぼそぼそと尋ねる。
「あの、火神くんは僕とそういうの、できそうですか? いままで散々乳繰り合った仲ですけど、ついぞ挿入行為はしたことないですよね。牽制してたのかなんなのか、お互いそういう方向に持っていこうとしませんでしたし」
「牽制ってわけじゃねえよ。いまのままでも十分だし……その、やっぱ負担が大きい行為だから、無理にしなくてもいいんじゃねえかなと」
火神も火神で言いづらそうに話す。やはり考えたことはあったようだ。
黒子はおずおずと顔を上げると、
「あの、なら、負担は僕が引き受けますので、嫌じゃないならしてもらえませんか?……?」
控え目な声音でそう頼んだ。火神は視線をあちこちせわしなく飛ばしながら、少し考えたあと、ぼそっと答えた。
「い、嫌じゃねえ……ってか、嫌悪感は全然ねえけど……でも、おまえが痛いのは俺が嫌だ」
すると、黒子がゆるゆると首を横に振った。そして、白い顔を見事な桜色に染めた。
「大丈夫です。は、恥ずかしいんですけど、自分でその……ある程度慣らしてありますので」
「ええと、それって……」
恥ずかしさに耐えられないのか、火神の二の腕にぎゅっと腕を回し、そこに顔を押し付けた。
「いつかきみとしたいなって思って……じ、自分で開発しちゃいました。指じゃ限界があったので、道具も使いました。きみのを受け入れられるよう、その、サイズも考慮に入れた上で」
「そ、そうか」
「……ひきました?」
恐る恐る黒子が顔を上げる。火神は安心させるように彼の前髪を手で押し上げると、秀でた額にちゅっと唇を落とした。
「いや……そこまでしたいと思ってくれて嬉しい。実は俺も、したい気持ちはあるから」
「本当に?」
「ああ。それで……あの、だな。俺も……してた。おまえがしてたみたいなこと」
「え」
今度は火神が挙動不審になりながら告白した。完全に予想外のないようだったので、黒子は目をまん丸くした。その凝視がいたたまれず、火神は頭を掻きながら、ひどく気まずそうに小声で言った。
「じ、自分で……」
「開発を?」
「お、おう……」
白状すると、火神は口元を大きな手で押さえ、そっぽを向いてしまった。黒子は心底意外に思いつつ、
「火神くん! 嬉しいです。きみが僕としたいと思ってくれて」
自分と同じ欲求を彼も持っていたということに安堵と喜びを抑えらず、思い切り彼の上半身に抱きついた。安定感のある体は、突然の外圧にも揺らがない。
「そりゃまあ……興味は湧くぜ、やっぱり。俺だっておまえとつながりたいと思うし」
「じゃあ、合意に達したということでよろしいですか?」
「ああ、まあ……それでいいんじゃねえか?」
互いの意思確認をする。大丈夫、クリアーした。が、問題は残っている。
「じゃあ、あの……火神くん、僕を抱けますか?」
黒子は窺うような目で火神を見上げた。
「あ~……もちろんそれは考えた」
「そうですか。僕は……ええと、火神くんのことを考えてオナニーするとき、その……火神くんを抱く妄想ももちろんするんですけど、どちらかというと、火神くんに抱かれる妄想のほうが多いんです。後ろいじってるときは特に。火神くんにしてもらってるところを妄想して、いっちゃいます」
「……そうか。実は俺もだ。どっちも妄想するけど、おまえに抱かれるとこ考えるほうが、なんつーか、充実感があるというか」
これまでの情報を整理すると、両者とも、主に抱かれる側を想定している。
「火神くん、ウケをご希望で?」
黒子がストレートに尋ねてみる。火神は顔を真っ赤にさせると、たっぷり一分ほど間を取ったあと、
「……うん」
かろうじてそれだけ答えた。
「えと……僕も最近は自分がネコやることばっか考えてました」
白状しながら、黒子は人差し指でもじもじと火神の太腿に「の」の字を書いた。
「……困ったな」
「困りましたね……」
どうしよう、とばかりにふたりは顔を見合わせた。お互い意志も希望もある。が、指向が一致しているゆえに合致しない。
「おまえ、タチは無理そう?」
「できるとは思いますけど、できれば、その、抱いてほしいなって……思っています」
火神の裸の胸に頬を寄せる黒子。火神は彼の頭を撫でつつ、虚空に視線をさまよわせた。
「その気持ちはわかる。実際にしたことはねえけど、なんか……どちらかを選ぶなら、抱かれるほうがいいなって思っちまうんだよな」
「はい、そう思います。なんか……オナニーとはいえ行動を伴った妄想をしてると、そっちに行きついちゃうんですよね。僕の場合、こうやって火神くんといちゃいちゃしているうちに、がっつりセックスしたいなーと思うようになって……その、する、ということはやっぱりあそこ使うわけじゃないですか。大丈夫かなと思いつつ、気持ちいいって聞くし、やってみたいなって……すみません、このへんは完全に好奇心からの行動でした。いきなりは無理だと知っていたので、慣らそうといろいろ試行錯誤を繰り返し……」
「がんばってくれてたのか」
「はい……。きみを受け入れたくて」
火神が黒子の顔を上げさせる。黒子は恥ずかしげに視線を横に逸らしつつ、口を薄く開けるのを忘れない。舌をつつき合う程度のキスを交わす。
「俺は……その、自分にしようと思った最初のきっかけは、だな……その、おまえのが体小さいから、その分キャパも小さいだろうなっていう、ぶ、物理的? な点から考えた」
「火神くんの、大きいですもんね。……すみません、見てると挿れてほしくなっちゃいます」
黒子は視線を下げると、火神の股間に落とした。物ほしさをアピールするように、自分の人差し指の先をくわえる。
「な、なんか恥ずかしいんだけど……」
どぎまぎする火神をよそに、黒子は彼の下腹部に手を這わせた。
「火神くんは、僕が受け入れるほうが負担が大きいだろうと思って、自分が受け入れようと思ってくれたということですか」
「ま、まあ、きっかけはそういうことになるかな……」
「火神くん……」
「べっ、別に、おまえのを馬鹿にしたわけじゃねえぞ?」
あたふたと弁明する火神。黒子はくすりと笑った。
「わかってます、そんなこと勘繰りませんよ。身長差に比例しているような感じですし、そんな気にしていませんって。火神くんは純粋に、僕の体を心配してくれたんでしょう? そうやって気遣ってくれて嬉しく感じます」
てらいなく喜色を表しながら、黒子がぴとっと火神の腕に抱きつく。火神は面映ゆい様子で頬をぽりぽりと掻いた。
「まあ、動機こそそんなだったわけだが……自分で慣らしてるうちに、だな……」
「目覚めちゃいましたか」
「……おう」
「わかります、わかります。すごく気持ちいいですし、なんとも言えない充足感があるんですよね」
「そうそう。なんつーか、幸せな気分になる」
「やっぱ抱かれたいですよね」
「抱かれたいな」
両者、完全に意見が一致する。見事なシンクロだ。しかし、それこそが問題なのである。
「……どうしましょう、平行線ですね」
「そうだな……」
困り果てるふたり。
黒子は握った右手を唇に押し当てながら考え込む。火神もまた、真剣そうに腕組をしている。
「抱くのは無理そうですか? 僕相手じゃたちませんか?」
「そんなことはない。そっちにも興味はある。ただ、まあ……やっぱおまえが心配だし、俺としても受けるほうがいいしで……」
「僕の体のことは別にいいんですけどね。むしろガンガン攻めてこの体を貪ってほしいと思っています。まあ、そんな魅力的な肉体でもないわけですが。……火神くんはとってもセクシーです。えろいです」
自分の中に燻る欲求を伝えつつ、どさくさにまぎれて褒める黒子。つつ、と火神の腹筋の隆起を指先でたどる。
「アグレッシブだなー」
火神が呑気な感想を述べる。
「ほかの人にそんなことされたいなんて思いませんよ。火神くんにだから、してほしいんです。火神くんに突いてもらうことを考えただけで、うっとりしてしまいます」
と、黒子はもじもじと脚を擦り合わせるように動かした。火神が、ああ、と理解したようにうなずく。
「たちそう?」
「すみません……」
黒子が右手を自分の股間に寄せる。隠しつつ、ちょっと刺激を与えて。
「どうしような。まだ役決まってねえ……」
「話し合いは持ち越しで、今日のところはいつもどおりにしませんか。僕、ちょっと我慢できそうにないです。あ、なんならオナニーして見せましょうか? いままでもお見せしたことはありますけど、後ろ使ってるところは見たことないですよね」
「見せてくれんの?」
「もちろん。きみに抱かれる妄想をしながらあんあん言う僕をご覧ください。なんかもう、こっちが疼いちゃって。うぅ……できればきみのを挿れてほしいです……」
露骨な誘い文句を口にしながら、黒子は自分の人差し指を顔の高さまで上げると、そろりと赤い舌先を突き出し、流し目で火神を見つめつつ舐め上げた。何度か繰り返すと、今度は口に含み、唾液の音を立てる。
「黒子えっろ……」
目の前の光景に火神がごくりと喉を鳴らす。
「はい、誘惑してますから」
ふふ、と得意げな黒子。ぬらりと光沢を放つ濡れた指を、後ろへと回す。
「あっ……んん……かがみ、くん……」
まだ撫でるような動きしかしていないが、黒子は薄く目を閉じ、切なげに相手を呼んだ。火神は口を半開きにしたままその姿を堪能する。思わず黒子の唇を吸いたい衝動に駆られるが、それはマナー違反だ。口寂しさに彼もまた自分の指を含むと、
「なあ……あとで俺のも見てくれる?」
ささやくような声音でそう聞いた。黒子は小さな喘ぎの合間にうなずいた。
「はい。見たいです」
平和なまま同意に至る。
「……俺ら、こういう合意はあっという間に取れるんだよな」
「ですね」
結局いつもどおり、快楽を与え合ったふたりは、満ち足りた表情でベッドに仲良く寝転がった。