火+黒+降旗で、服を着たままセックスの真似事をするアホな話です。3Pというか乱交。黒子の語りの中でキセキの彼らも着衣乱交しています。
日曜日の午後練習が終了した。体育館の整理当番に当たっていた降旗は、膝が軽く笑う脚でよろよろと部室へ戻った。片付けの途中、うっかり転んでボール籠に突っ込み、ぶちまけたボールを拾うというろくでもないタイムロスをしたので、もうみんな帰ってしまっただろうと予想しつつ、お疲れっしたー、と声をかけてから部室に入る。と、火神が床に座り込んでスポーツドリンクを飲んでいた。いまは平気そうな顔をしているが、火神は他のメンバーよりきついメニューをこなしていたので、帰る前に休息を取っているのだろう。持参したらしいカロリーメイトの箱がすでに十個ほど転がっている。
「あ、火神、お疲れ」
「おう。片付けお疲れ。遅かったな」
「ちょっとドジっちゃって」
軽く会話を交わしながら、ロッカーに向かう。と、火神がメープル味のカロリーメイトを一袋差し出してきた。
「食うか?」
「いいの? おまえ大食いなのに」
「いいぜ、別に。当面の補給は済んだし」
「やった。ありがと」
「ん」
着替えの前にさっそく栄養補給をしようと、部室への帰り道に水筒に補充した水を飲みながら、火神からもらったカロリーメイトの袋を開ける。水気がなく口の中が渇くのが欠点だが、菓子の甘さが疲労した体に心地よかった。食べかすを落とさないよう左手を口元に当てながらもそもそと咀嚼する。と、自分のものではないロッカーの扉が開いていることに気づく。なんとはなしに近づくと、本が一冊飛び出ていた。
「お。エロ本……?」
特に刺激的ではないが、それらしいポーズのイラストが見えた。しかし、一般的なグラビアとは装丁が異なる。図書館などにある大型本に近い印象だ。ここって確か黒子のロッカーじゃ? と考えると同時に、
「あ、すみません、変なもの見せました」
ロッカーの真下から声が掛かる。疑うまでもなく、黒子である。
「うわぁ!?」
わかっていても驚く降旗。火神が呆れたように言う。
「黒子、だからそれやめろって。降旗びびってるじゃん」
「そう言われましても……最初からいたわけですし」
黒子も火神と同じように床に座ると、微妙に元気のない表情でちまちまSOYJOYをかじっていた。彼もまた疲労回復のために休んでいるのだろう。
「え!? これ、黒子の!?」
降旗は、ロッカーからのぞく本を指さし、黒子と交互に見る。ほかの部員ならともかく、まさか黒子がこんなものを持ってくるとは。黒子は特に焦った様子もなく、覇気のない声で淡々と説明する。
「はい。エロ本といいますか……ジャンル的には学芸書です。日本文化史の一種ですね、性風俗関連の。市の図書館で借りてきたんです、おもしろそうだったので。さすがに学校の図書室にはこういうのないですからね。今日の帰りに返そうかと思って、持ってきちゃったんです」
降旗は、見てもいい? と許可を取った後、ロッカーからその本を手に取った。表紙には、日本史の資料集に乗っていそうな絵と、二十一世紀のサブカルチャー的なイラストが同居していた。なんというか、カオスである。
「あー、なるほど、浮世絵がいっぱい載ってらあ」
中を見ると、主に江戸時代のものと思しき絵が多数掲載されている。いわゆる春画だろう。一定の様式でデフォルメされて描かれているので、エロティックな印象は受けないが、局部まで堂々と描写されている。
「表紙の方向性が迷走気味なので、一見するとぎょっとしますよね。中身は真面目なエロ考察です。ほんと、真面目です」
ある意味とても黒子らしいチョイスだと感心しつつ、降旗が好奇心に満ちたまなざしを向ける。
「やっぱアレあんの? 四十八手」
「もちろん。メインディッシュですよ」
と、黒子がちょいちょいと手招きする。導かれるがまま降旗は黒子の隣に腰を下ろした。ふたりでちょこんと並ぶと、膝の上に大型の本を開く。黒子の手がぺらぺらとページをめくる。
「このへんですね」
「お~、すげえ。さすが俺らのご先祖様たち! でもさすがにこの絵じゃムラムラ来ないなー」
日本伝統の体位の一覧ページを前に、降旗が感嘆の声を上げる。それぞれ番号とページが振られており、指定ページへ飛ぶと詳しい解説が見られる仕様らしい。
「そこはイマジネーションを最大活用させるんですよ。上級者になればそんなもの必要とせず、ありのままの絵でおいしくいただけますが」
「え、なんだよ、おまえすでに上級者の域なわけ?」
「それは秘密です。降旗くんも極めてみますか?」
「俺『も』って……なんだよ黒子、やっぱ極めてんじゃないか」
「ふふふ……」
ふたりできゃっきゃと馬鹿馬鹿しい会話を交わしていると、後ろから影が差す。火神が這って背後まで寄ってきたようだ。
「へえ、昔のエロ本?」
これまた特に揶揄するでも恥ずかしがるでもなく、好奇心が全面に出た声音で聞いてくる。黒子が少し降旗と距離を取り、火神が上半身を挟めるスペースをつくってやる。
「火神くん。ご興味あります?」
「この本に興味っつーか、おまえもこういうの見るのかと思うと、なんか気になる」
なんかそういうのと縁遠そうな顔してっからよ、と火神が黒子の頬をつつく。黒子は火神の人差し指を握って顔を離した。
「えー、それどういう意味ですか」
「黒子だってエロ本くらい見るだろ。まさか浮世絵とは思わなかったけど」
降旗がフォローしてくれたが、黒子はちょっとばかり異議を唱える。
「いえ、別にエロ目的で借りたわけではないですよ、主に学術的興味です、八割方」
「二割程度はよこしまさがあったってことだろ」
「それは否定しません。借り物の本を汚すような真似はしませんけど」
ふたりの間で、火神がしげしげと四十八手のページを眺めている。
「ふーん、これが日本の伝統的な体位……って、なんかすげえアグレッシブなの含まれてんだけど、こんなの大昔からやってたのか」
ぎょっとした声を上げる火神。確かに無理のある体勢も散見される。冷静な顔で、このへんとか難しいかもしれませんね、といくつかの絵を指さす黒子。
「昔はいまより娯楽が少なかったですから、現代人より創造性に富んでいたんじゃないですかね」
「これ、実現可能なのか?」
「一応可能ですよ。体格差とか身体能力の条件は付きますが、やってできないことはありません」
やけに自信満々に答える黒子に、降旗と火神は数秒顔を見合わせると、にやりとしながら黒子を見た。
「なんだよ黒子、実践経験ありかよ」
すると、黒子は相変わらずの無表情のまま答えた。
「模擬ならあります」
「模擬?」
「はい。さすがに本番は無理ですが、服を着たままそれっぽいポーズをするんです、二人組で。組み体操みたいなものですよ」
さも当然のようになされる無茶苦茶な説明。降旗が思わず吹き出した。
「ちょっ、組み体操って!」
「実際そんなノリになりますよ、男同士でやったら」
「男同士でやったのかよ!」
「女子を誘ったほうが問題でしょう。思春期の悪ノリってやつです。懐かしいですね」
「まさか帝光のときに?」
と聞くのは降旗。
「はい」
「キセキの世代と?」
と聞くのは火神。
「はい」
立て続けの肯定に、火神と降旗は「おおー!」と驚嘆の声を上げざるを得なかった。まさかあのメンツがそんなことを? と疑わしく感じると同時に、彼らの身体能力なら可能な気もする。ついでに、何かと天才は紙一重という言葉も浮かぶ。
「バスケでは輝ける彼らも、それ以外ではまあなんというか、一般的な男子の面もちゃんとあるので、そういうお馬鹿は結構やりましたね。普通におもしろかったので、別に黒歴史って感じでもないです。馬鹿すぎて楽しかったですよ」
「うへえ、まじかよ」
信じられないとばかりに降旗が言う。
「青峰とか黄瀬あたりはわかるけど、赤司とか緑間なんかも?」
火神が尋ねると、黒子はためらいもなくこくんとうなずいた。
「緑間くんはいい餌食でした。恥ずかしがるから、おもしろがられて集中攻撃されてましたね。赤司くんは真顔でノリノリです。さすがに部室でやると殺されますが、部活関係ないところだったらむしろハッスルしてましたよ、涼しい顔で」
「さすがキャプテン……器が違うのかな」
「どんな絵面だよ」
げんなりしつつ、新たな好奇心の窺える顔を見せる火神。黒子は、当時を懐かしむようにちょっと虚空を仰ぎながら、思い出を語り出した。
「別にそんないかがわしい行為でもないですよ。休日の部活帰りなんかに割り勘でカラオケボックス行って、ムード音楽みたいなのかけて、歌は放棄してみんなでセックスの真似事をするんです。もちろん事前にカメラのない店をリサーチして。あ、言うまでもないでしょうが、服はそのままですよ。いくらなんでも脱ぐのはやばいです。見つかったら通報されかねません」
「そりゃそうだ。危険すぎる」
「ってか、十分いかがわしいだろ。セックスの真似て」
常識的な突っ込みをする火神に、黒子はそうかもしれませんねと同意を示した。特に羞恥も反省もない顔で。
「まあ、事情を知らない人が見たら乱交かもしれません。全員着衣ですけど。服装乱すと赤司くんの制裁が飛んでくるので、みんなかっちり着込んでいました」
「それはそれでシュールだな」
と、そこで黒子が立ち上がる。部活終了時にはバンビ状態だった脚も幾分回復したようで、自力でちゃんと体重を支えている。おもむろにロッカーから携帯を取り出すと、元の位置に戻って座り、ぽちぽちとボタンを操作した。
「秘蔵フォルダ見ます?」
ふたりにディスプレイを提示する。
「え、写真あんの!?」
降旗が歓喜とも驚愕ともつかない調子で聞き返す。
「はい、携帯に収めてあります。いくつかありますが……絵的に美しいのはこのへんですね。バストアップは黄瀬くん無双です」
黒子が呼び出した最初の画像ファイルは、黄瀬と緑間のアップだった。緑間が嫌そうに顔を背け、黄瀬がフォトショップ加工を疑いたくなるようなきらきらオーラを出して彼に迫っている。大変麗しい一枚である。
「うは! なんだこれ超耽美!」
「黄瀬、さすがだなおい。モデルの無駄遣い」
「黄瀬くん、赤司くん、緑間くんあたりはやはりどの角度からでも美しいですね。青峰くんはいるだけで途端にホンモノ臭さが出ますね。色黒はお得です」
ボタンで写真を送っていくと、出るわ出るわ、あと一歩で過ちを犯しそうなポーズの数々。というか、きっちり着衣を保っていなかったら確実に危険ゾーンである。しかも節操無く、あらゆる組み合わせが出現する。いわゆる3P状態の写真も散見される。まさに乱交と言っていいだろう。
「あはははは、なんだこれ、黄瀬が赤司押し倒してる! 勇者! 勇者がいる!」
降旗が涙が出そうな勢いで笑ったのは、黄瀬が真剣な目で赤司を見つめながら、圧し掛かっている画像だ。赤司のほうも黄瀬だけを見つめているといった目線だ。
「ああ、これですか。確か見えないところで赤司くんが刃物持って黄瀬くんを脅して無理やり撮影したんですよ」
物騒な単語が飛び出すが、火神も降旗もあえてスルーした。そのあたりは掘り下げて聞きたくない。
「その割には黄瀬ノリノリの表情してっけど」
火神が笑いを堪えながら指摘すると、
「直前まで『赤司っちに乗るなんて無理っスー! まだ乗られたほうが気楽っス!』とか嫌がって泣いてたんですけど、カメラ回した瞬間顔が整いました。さすがプロは違いますね」
「モデル、さすがモデル! レベルが違う! プロ意識の無駄遣い!」
よっぽど受けたらしく、降旗がばんばんと床を叩く。火神は笑いを押し殺しつつ、
「黒子、おまえはなんか写真ねえの?」
さらにディスプレイをのぞき込んだ。
「ありますよ。写真映えしないので微妙なのしかありませんけど」
と、黒子が画像一覧のページに戻り、検索をはじめる。
「あ、このへんですね」
「どれどれ」
「これがお勧めの一品でしょうか。青峰くんとの絡みです。全員一致で、犯罪! 犯罪!……って囃し立てられました」
表示された写真の中で、黒子はうつ伏せで床に倒れているようで、上から青峰が覆いかぶさっている。黒子は片目を瞑って必死な表情、青峰はとても似合う悪そうな顔をしている。
「うわ、これは確かに犯罪すぎる」
「おまえが嫌そうな表情してるのがまた犯罪臭を引き立てるな」
そりゃ犯罪犯罪言われるわー、とここでも両者一致の感想が漏れる。
「実際は僕も超絶ノッてましたけどね。このあと青峰くんとふたりで、床でのたうち回るように、文字通り笑い転げました。黄瀬くんとのツーショットもありますが……これはいまいちですね」
と、また別のファイルを開く。今度は黄瀬が壁際の黒子に迫っているショットだ。黒子を腕の中に囲う黄瀬は、犬と狼の中間のような、何とも言えない顔つきをしている。
「なんか黄瀬の表情が……」
「うわ、なんか本気っぽい」
黄瀬の表情があまりに迫真というか、むしろこれ演技抜きだろうといった雰囲気だったので、ふたり揃って若干引き気味になった。黒子は眉を下げ、当時を思い出してか大きなため息をついた。
「本気というか、余裕がなかったんだと思います。一番引っ張りだこでしたからね、黄瀬くん。みんなにいじり倒されて疲れちゃったみたいで……このあと僕に顔を近づけたかと思うと、思いっきり鼻血出してくれちゃったんですよ」
「ちょ、黄瀬! それやばい! 黄瀬やばい!」
「黄瀬……なんかもうコメントに窮するな……」
降旗は笑い転げているが、火神はなんとなくぞっとした様子だった。
黒子が次ページのボタンを押し、その直後撮影したと思しき写真を見せた。鼻血を垂らしながら黒子に謝り倒す黄瀬の姿。黒子の制服の肩口に血液が付着しており、緑間がそれを落とすために濡れ布巾か何かで黒子の肩を叩いている。カメラの方向から誰かの手が伸び(肌の色から青峰以外と思われる)、黄瀬にポケットティッシュを差し出している。
「鼻血出してもなお美形なのがむかつきました」
今度は鼻血中の黄瀬のアップ横顔が出てきた。絵に描いたような美麗な横顔のラインである。
「美形の鼻血はじめて見た」
「黄瀬ほんとすげえな」
まったく嬉しくない褒め方をされる黄瀬。黒子は別フォルダを呼び出すと、さらに写真を探した。かなりの枚数が収められているようだ。
「確かに黄瀬くんは麗しいんですけど、ナチュラルさで言ったら緑間くんが最高ですね。黄瀬くんの表情は計算された美しさなんですが、緑間くんの嫌がってる表情はすべて本物ですから。なので彼の場合、全体的に押し倒されている画像が多いです。示し合わせて押し倒したり倒されたりというのはみんなやったんですが、緑間くんは演技抜きで全員に押し倒されたことがあります。何しろ、示し合わせに応じてくれませんので。僕が襲いかかる場合は、ほかの人が画面外でヘルプに入ってくれていました」
言いながら、黒子は緑間がその他五人に入れ替わり立ち替わり迫られている写真を次々に開放した。その中には黒子が眼鏡なしの緑間の上半身に馬乗りになり、青峰らしい色黒の手が緑間の両手を押さえている、大変危険なシーンをとらえた一枚があった。
「ちょっ、黒子、めっちゃやる気満々の顔してる! はじめて見たよ黒子のこんな顔!」
おまえこんな顔できたのか、とおかしなポイントに関心を示す降旗。
「緑間くんの嫌がりっぷりがおもしろかったので、つい」
「なんか見てるだけで、『やめるのだよ!』って声が脳内に再生されるな」
実際に頭の中に聞こえてきたのか、火神が自分こめかみを人差し指で押さえた。
「しかし緑間、眼鏡ないとまじイケメンだなー」
降旗が意外そうに呟く。
「ええ、本当に。よく外されてましたよ。まあこんな初心な彼でしたが、この遊びに慣れるには慣れてくれたんですよね。ずっと嫌がってましたけど」
「慣れるって言うか、諦めたんじゃねえのかそれ?」
火神がやや同情のうかがえる声で言った。
「いえ、どちらかというと刷り込み完了と言いますか、親しい男友達同士はこういうアホをやらかすのが常識だと思い込むようになっちゃったんです。なのでまあ……高尾くんが襲ってくれないことにそのうち不安になってくるんじゃないでしょうか。かわいそうに」
「ぷっ、ははは! 襲われ待ちって! ってか、それ、かわいそうなのは高尾だよ!」
「おまえら罪深いことしてんなー」
他人ごとなので、降旗は容赦なく笑い、火神はぼそっと突っ込みを入れるだけだった。被害者が外部に出るのは気の毒だが、まあ緑間と高尾ならたいして問題にはならないだろう。
「あのでっかい人は?」
と尋ねたのは降旗。六人中四人は明らかにでかい部類だが、その中でも群を抜いてでっかいといったら彼しかいない。
「紫原くんは面倒くさがりなので、嫌がりはしないんですが、見ているだけであんまり参加してくれないんですよ。貴重な駅弁要員なのに……。赤司くんが要請するとやってくれましたけど。……あ、ありました、駅弁です」
黒子が探し出した画像には、胴に赤司が巻きついた状態で、支えなしで立っている紫原が写っている。バランスを崩すのを懸念してか、ふたりのサイドに青峰と黄瀬が構えていた。遠近法が狂っているとしか思えない写真だ。
「おおー……体格差すげえ。赤司がすごいちっちゃい人みたいだ」
「このあと紫原くんが、俺も赤ちんの役やりたいー、とか無茶ぶりしてきましてね、青峰くんと緑間くんが互いに役を押し付け合っていましたよ。いつの間にか黄瀬くんも巻き込まれていました。体格的にこのへんが似たり寄ったりなので」
「紫原持ち上げられるやつはいねえだろ。格が違いすぎる」
いまの俺が中学の紫原持ち上げるのも多分無理だ、と火神が言う。黒子はうんうんとうなずいた。
「こればっかりは仕方ないんですが、紫原くんがちょっとがっかり気味でかわいそうだったので、赤司くんが名乗りを上げました」
「おおー、キャプテン男前!」
「でも、それは無茶にも程があるんじゃね? 赤司って、おまえに毛が生えたくらいの体重だろ」
「はい、いくらなんでも無茶です。こんな馬鹿なことで腰痛められたら弁明の余地がありませんので、全員で止めました。仕方ないので、アミダで負けた青峰くんががんばっていました」
そう言って、がんばっている青峰の写真を見せる黒子。その後も数々の、キセキの世代総出の着衣乱交ショットが披露された。そのあまりの馬鹿馬鹿しさと妙な真剣さに、降旗は転がり回って大笑いし、火神もばんばん床を叩いて涙を滲ませていた。黒子は平然としていたものの、平生より上機嫌な雰囲気を漂わせていた。
ひいひいと堪え切れない笑いの合間に、火神がなんとか言葉を紡いだ。
「おまえら爛れてたんだなー」
「箸が転がってもおかしい年頃ってやつですよ」
「箸を転がして遊んだのか?」
「火神くん……そう言われると思いました」
黒子が呆れつつも微笑ましげに呟く。
「いやしかし、キセキの世代に親近感湧いたな。あのひとらもこういう馬鹿やってたんだな……」
意外だとばかりに降旗。
「はい。なんていうか、彼らは天才的な馬鹿なんです。まあ、参加していた僕も、凡才なりに馬鹿でしょうね。なんかこういう馬鹿繰り返しているうちに、いつの間にか四十八手は極めていました。この本借りる気になったのは、知的好奇心が大きいのは事実なんですが、当時が懐かしくなったからというのもあったりします。見つけたのは偶然なんですけどね」
「極めちゃったの?」
「極めましたとも。場所替え品替えいろいろ試しましたので。なんなら実践しましょうか? 僕は結構上手ですよ?」
「おー、なんかエロい台詞来た!」
盛り上がる降旗に、黒子がふふっと得意げに笑う。
「じゃ、さっそくやってみましょうか。降旗くん、ちょっとそこに仰向けになってください」
「え、俺!?」
「火神くんだと重いので。それに、まずは日本文化の具体例をこの帰国子女にお見せするのがいいのではないかと」
火神くんはちょっと待っててくださいね、と言って黒子が本を拾い上げる。火神はよく意味がわかっていないらしく「おう……?」と疑問符を浮かべつつとりあえず首を縦に振った。
「何がいいですかね……」
「あ、俺あれやりたい! 松葉崩し!」
リクエストした降旗だが、実は有名ゆえにその単語を知っているというだけで、具体的にどんな体勢なのかは知らなかった。
「松葉崩しですか、いいですよ。でもその前に、まずは前座で正常位からスタートしましょう。ついでに吊り橋もやっちゃいますか」
清潔じゃなくて申し訳ないですが、と断りを入れてから黒子が使用済みのタオルを床に敷くと、降旗がその上にごろんと仰向けになった。
「ん? この場合俺が女役?」
「最初はそれで行きましょう。コツがわかったら交代するということで」
「OK。そんじゃ頼むわ」
「お任せください」
自信ありげに答えると、黒子は降旗の脚を開かせ、その間に膝立ちになった。
「おお……結構恥ずかしいなこれ」
「恥ずかしがったら負けですよ、降旗くん。羞恥心が強いと、緑間くんのように全敗を喫することになります」
会話をしつつ、ちょっと失礼、と降旗の脚を抱え上げる黒子。
「なるほど。……あ、なら赤司はこういうのでも全勝ってわけ?」
「むしろ負ける要素が見つかりませんね。最強でしたから」
「おー……なんか揺すられてる……」
見る角度によっては完全にアウトな動きをするふたり。斜め後ろから見学していた火神が、やべーなこれ、と呟く。しかし止めようとはしない。
「ちょっと腰浮かせますね。こんなふうにお願いします。……これが吊り橋です」
あっという間にひとつめの体位を完成させた黒子に、降旗が目をぱちくりさせた。
「へ、へえ……こんなんなんだ」
「黒子、手慣れすぎじゃね?」
呆れ気味の火神に、黒子が不敵なまなざしを向ける。
「心配しなくても、あとで火神くんにも参加していただきます」
「俺もやんのかよー」
「せっかくこれだけ体格差があるんです。参加してください」
「まあいいけど」
「あ、で、松葉崩しですけど……こう、横向きになってから片足を持ち上げて、ですね……」
と、黒子は降旗に体を横向けるよう指示し、上になったほうの脚を宙へと伸ばさせた。
「うわ、これ腰に悪いんじゃね?」
「長時間やらなければ大丈夫ですよ。このアレンジに立ち松葉というのがありまして……あ、火神くん、すみません、ちょっと僕を立たせてもらえますか?」
「うん? 持ち上げればいいのか?」
黒子の頼みに従い、火神は彼の脇の下に手を差し込み、軽々と持ち上げてたたせた。練習の疲れが抜けきらない黒子の足元はふらついており、危険だと感じた火神はそのまま支え続けた。この体勢の変化に驚いたのは降旗だ。
「うわ!?」
「これが立ち松葉。別に松葉崩しから変形させなくてもいいんですけど、まあせっかくなので」
上半身どころか肩甲骨から上で体重を支える羽目になった降旗が喚く。
「ちょ、首痛いよ、首! まじでこれ組み体操のノリだな」
「はい、まあ体操ですよね。これを火神くんでやろうとすると、重くてしんどいと思います」
と、黒子は背後の火神を肩越しに見上げた。言外に、やりたいですか? と尋ねて。
「俺が黒子のやってるほうに回ればいいんじゃね?」
「まあそれが無難ですね。なら今度は僕が女性役をやりますので、火神くん、やってください」
「おう」
あっさり役割を決めると、火神と黒子は同じように松葉崩しと立ち松葉を実践した。もちろん模擬である。体重の差が大きく筋力もあるので、火神は支えなしで立ち上がれた。
「お、いい体格差」
見学中の降旗が楽しげに言う。
「降旗くんと火神くんでも同じようなものかと」
「あえてノミの夫婦バージョンもいいかもな」
「ではあとでやりましょうか」
「ノミ……?」
日本育ちふたりのやりとりに首を傾げる火神。誘われるがまま、今度は降旗と火神でノミの夫婦を組むことになった。
「そうそう、上手ですよ、火神くん」
「これが、ええと……まつばくずし、だっけか? 降旗大丈夫か? 重いだろ?」
「まあ脚くらいならなんとか」
脚を抱える降旗を心配する火神。降旗は彼の長い脚にしがみついていた。ノミっぽく。
「さっきは立ち松葉やりましたけど、今度は燕返しにしますか」
「つばめ?」
目をしばたたかせる火神の脚元で降旗が顔を輝かせる。
「あ、俺それならわかる! こんなような姿勢から、体反らすやつだろ?」
「そのとおり。じゃ、火神くん、ちょっと背中を反らしてみてください」
「え、え……こ、こんな感じか?」
黒子に肩を掴まれ背中を押されながら、火神が体を反らす。
「ちょっと苦しいと思いますが、まあこんな感じですかね、燕返し」
「お~……なんかかっこいいな」
脚を支える降旗が、火神の反らした背のラインにちょっとばかり感嘆する。
「思い切り体を逸らすともっとかっこいいんですが、背筋に悪いのでこの程度にしておきましょう。火神くん体あんまり柔らかくないから、このへんにしておきますか。じゃあ、次はどれがいいですか?」
そんなこんなでいくつかのポーズを仲良く代わりばんこで模擬実践する三人。せっかく練習が終わって休憩していたというのに、またいくらか汗が浮かぶ始末だった。
そろそろ切り上げましょうか、と黒子が携帯の時計を確認するが、
「あ、そうだ、火神くん、僕アレやりたいです」
最後にもうひとつ、と火神にねだった。
「アレ?」
「櫓立ち」
「やぐら?」
「俗称では駅弁とも言います」
黒子が言い換えると、火神は不思議そうに首を傾けるだけだったが、降旗は興奮気味に拳を握り締めた。
「おおぉぉぉぉ! あれか!」
「なんだよ?」
やはり事態が掴めずきょとんとする火神を置いて、黒子と降旗ががっちり手を握り合う。
「やっぱりこの体格差があったらやりたくなりますよね」
「超見たい! 火神くらいの筋力があればできそうだし!」
「とはいえぎっくり腰怖いですから、降旗くん、補助をお願いします」
「そうだな。壁際でやるか」
勝手にそう取り決めると、黒子と降旗は壁のほうへ移動した。
「火神くん、こっちへ」
「何すりゃいいんだよ」
「さっきの、紫原くんが赤司くんを抱えて立っていたアレです。ええとですね……このイラストみたいな感じでやってください。もちろん火神くんが男性役です。逆は無理です。死にます」
本の該当ページを火神に示す。火神は顎に手を当てると、
「これかー、きつそうだな」
できるかどうか心配しつつ、黒子に手を引かれて壁際に寄った。
「だから僕が壁に背をつけてやります。そうすれば体重が分散されるので。あと降旗くんに横から支えてもらいましょう」
「よし、やってみるか」
好奇心の赴くままに、黒子の提案に乗る火神。黒子の体重が比較的軽いことと、火神が身長と筋力に優れることが重なり、思ったより楽に実現できた。
「こんな感じですね、駅弁」
火神の腰に脚を巻き付け、降旗の助けを借りながら黒子は楽しげに言った。
「バランス取るの難しいな」
「おおー、いい絵面いい絵面」
火神は黒子を落とさないようかなり気を遣っている様子だった。降旗は、はじめて本物を見たと感激していた。
実践中の行為にそぐわぬきゃっきゃうふふな雰囲気を醸す三人だったが、突然の乾いた音にはっとする。全員同時に音源のほうを振り向くと、顔色を青くさせたり赤くさせたり忙しい日向と目が合った。忘れ物でも取りに来たのだろうか。
「おまえら……何やってんだ……」
わなわな震えながら、怒りを抑えた不穏な静けさに満ちた声音でそう問う。あ、やばい。三人は背筋を一気に冷やしながら顔を見合わせる。が、火神はなおも黒子を落とさなかった。
数秒ののち、三人同時に答える。
「駅弁です」
「駅弁です」
「えきべん……です?」
もちろん怒鳴られた。三人仲良く正座させられ、ものすごい剣幕で説教された。今後一切部室でいかがわしいことをしないと誓約書を書かされた。……が、黒子も火神も降旗も、自分たちがいかがわしいことをしていたという感覚は持っていないので、意味はなかったという……。