忍者ブログ

倉庫

『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

後日談 キス、キス、スキ

 ダイニングのテーブルでスポーツ雑誌のバックナンバーを読んでいるとと、キッチンに立つ火神くんに呼ばれた。記事に没頭していたので、数秒、なんだろうと首を傾げたが、空間に漂うおいしそうなにおいと火神くんのエプロン姿に、食事の支度の最中か、終わってご飯に呼ばれたのだとわかった。うさぎ柄のエプロンをつけた火神くんが、僕に一枚、服のようなものを渡してきた。オレンジ色のそれを広げると、割烹着だとわかった。柄はないがお腹のところにワンポイントで猫のキャラクターがついている。なんでエプロンじゃないんだろう?
「おまえ、うっかり袖汚しそうだからな。普通のエプロンよりそっちのが被害少ないだろ」
 僕の疑問なんてお見通しのように説明を加えてきた。割烹着はお母さんというよりおばあちゃんのイメージだけど、火神くんはアメリカ育ちだから特にそうは思っていないのだろう。単に僕にとって便利そうだから用意してくれたに違いない。この長袖エプロンの名前が割烹着であることを知っているかも怪しい。別段嫌でもなかったので、素直に袖を通した。後ろでリボン結びができなくて苦労していると、火神くんが代わりに結んでくれた。近くに姿見がないので自分の格好を確認できないが、多分給食当番みたいなことになっているだろう。色が白じゃないのが救いか。
「ええと、お手伝いするってことでよかったですか?」
 しっかり着ておいてから火神くんに尋ねる。多分そういうことだろうし、僕から手伝いたいと言ったのかもしれないが、一応確認する。僕の頭はいろいろあてにならないから。
「おう。なるべく一緒につくるって約束だからな」
 一緒に、とは言っても実質彼が主役で、僕は手伝いというかむしろ妨害役だろう。コンロを見ればすでにスープ鍋から湯気が出ているし、台にはサラダのボウルや何かのソースみたいなものが出来上がっている。僕でもできる程度のことを残し、あとは全部彼がやってくれたのだ。
「すみません火神くん、僕料理できないくせに、やりたがってるんですよね? 火神くんひとりでやったほうがよっぽど効率的なのに」
 卑屈な発言は控えたいが、やっぱり言ってしまった。火神くん、困った顔するかな……と思ったけれど、平然としている。もしかして慣れちゃってます?
「効率から言ったらそうだけどよ、おまえが意欲を示してくれるのは嬉しいぜ?」
「手が掛かっても?」
「おー。おまえとキッチンに立つのは楽しいぞ。まあ気を遣うのは確かだが、なかなかお目にかかれないようなハプニングもあるしな」
 とらえようによっては皮肉な言い回しだけれど、毒のないユーモアであることはわかる。だって火神くんだから。なんか、僕の扱い慣れている感じがする。かなり面倒くさい相手だろうに。でも、ハプニングって何だろう。きっと、普通の人だったら絶対やらないような行動を取っているんだと思う。やかんにミニトマト突っ込むみたいな。これはただの思いつきのたとえだけれど。
「ふふ……それは得意分野ですから。お任せ下さい。天然のエンターテイメントを提供しましょう」
 僕もがんばって頭をひねって、しゃれたことを言ってみた。全然うまくない。でも火神くんは笑ってくれた。嬉しい。
 これからメインディッシュをつくるから一緒にやるぞ、と火神くんがコンロの横に並んだ材料を示した。薄っぺらく下ろされた白身魚が何枚もお皿に並べられている。表面の細かな白い粒子は小麦粉だろう。少し大きめの黒い粒は黒胡椒だろうか。手前にはとき卵。何かが混ぜられている。シンクに落ちている薄黄色の粒からすると、粉チーズっぽい。準備は万端のようだ。火神くんは僕に、そこの魚をとき卵に浸すように指示した。それだけやれば、あとは火神くんがソテーにしていってくれるとのこと。とても簡単でわかりやすい作業だ。これならさすがの僕も混乱しないだろう。
 白身魚を手に取ったところで、僕は単純な疑問を口にした。
「火神くん、これ、なんて魚ですか? もう下ろされてるので、原形が……」
「ああ、これ? キスだよ。三枚下ろしにしといた。失敗したのもあるから、三の倍数にはなってねえかも」
「ぺらぺらです」
 両手で魚を摘まみ、ちょっと上のほうに持ち上げて透かして見る。向こうがうっすら見えそうだ。
「ああ、ピカタだからな。薄くしとかねえと、火が通らないんだよ。厚いやつに火を通そうとすると、今度は卵が焦げる」
 ピカタ。作り方はいまのいままで知らなかったけれど、どういう料理かはわかる。薄切り肉なんかにパルメザンチーズと卵をつけて焼いたものだ。
「ピカタって、豚肉のイメージです」
「ああ、まあそうかもな。俺も豚ロースでつくることが一番多いと思う。薄い食材なら割と何でも応用が効くけどな」
 そうなんだ。今日キスを使うのは、白身であっさりしているほうが僕にとって食べやすいだろうと判断してくれたからだろうか。自惚れかな。でも、勝手に想像してちょっとにやけそうになる。メインディッシュの選定について火神くんは何も説明しなかったけれど、きっと何気なく気を遣ってくれているんだろうなと思う。
「ええと、この卵に浸ければいいんですか?」
「おう。もう塩胡椒と小麦粉はまぶしといたから、あとは卵つけて焼くだけ。一回に三枚焼くから、卵つけるのも三枚ずつにしてくれ」
「はい」
 ぺらぺらのキスをチーズ入りとき卵に浸け、裏返す。お皿が大きいので三枚全部入れることができた。と、火神くんがそのうちの一枚を手に取り、余分な卵を落としてから持ち上げた。
「焼くのは俺がやる。よっぽど油飛ばないと思うけど、一応どいてろ」
「はい」
 すでにフライパンの準備もできていた。油も十分温められているようで、火神くんがキスを落とすと、途端にじゅうじゅうとおいしそうに焼ける音が鳴った。三枚敷くと、蓋を閉じた。卵が焼け過ぎないうちにキスにも火が通るよう、蒸し焼き状態にするらしい。熱した油が顔なんかに飛んでくると、僕はありえないくらい驚いてしまう可能性があるので、火には近づけない。意気地なしみたいだけど、本当に大迷惑を掛けかねないので、賢明な判断だということにしておきたい。
 焼いている間に次のキスを卵につけたが、それ以外はすることがない。待っているだけだ。
「キス、全部で何枚ありますか?」
 数えればわかるけれど、なんとなく会話がしたくて火神くんに尋ねた。
「んー、三十枚くらいか?」
「相変わらずたくさん食べますよね、火神くん」
「高校のときよりは減ったぜ?」
「そうなんですか」
 火神くんいま何歳なんだろう? 三十はいってないと思うけれど……。完全に大人の顔だと感じる。記憶の中の彼とは少しずれがある。でもそこまで違わない。火神くんだ。僕はどんな顔になっているんだろう。毎日鏡で見ているはずだけれど、高校生のイメージしか湧かない。
 自分の認識と実際の年齢が合わないことにいまさらショックはないけれど、意識するとやっぱり変な感じはする。逆に言うと、普段はそこまで違和感がないということだ。覚えないなりに慣れはしてくるんだろう。
「おまえは何枚食べる?」
 片面が焼けたらしく、蓋を開けてキスをひっくり返しながら火神くんが聞いてくる。
「三枚で」
 卵のついた指を三本立てて見せると、火神くんが眉をしかめた。何を言われるかわかった。
「もっと食えよ。キスの三枚下ろしなんてまじでぺらいんだからよ」
「いえ、僕は三枚くらいで結構です。チーズ入ってるからカロリーは十分でしょうし、火神くん、ほかのメニューも用意してくれてるみたいですから。そっちも食べられるよう、余力を残しておかないと」
「そうか」
 あっさり引き下がってくれた。無理させる気はないらしい。火神くんの言うとおり、キスはぺらぺらだから、もう一枚くらいはいけるかもしれない。食べはじめた後、キスもう一枚ってねだれば喜んでくれるだろうか。……駄目だ、想像するとやっぱりにやける。
 と、僕はちょっぴり馬鹿なことを考えついた。すごくありがちなことを。
「あの、火神くん」
「ん?」
「キスって、名前がかわいいですよね」
「あ、ああ……?」
 いきなり何の話だと、火神くんが戸惑った顔をしている。脈絡がなさすぎるとは僕も思う。でも構わず続ける。
「言ってみてください」
「は? キスって言えばいいのか?」
「もう一回」
「キス?」
 やっぱり火神くんは素直だった。疑問符を浮かべつつ、言ってくれた。調子に乗ってまた要求する。
「ちょっと小さめの声でお願いします」
「……キス?」
「したいです」
 すかさず僕が言葉を付け足す。火神くんは目をしばたたかせた。まだ意味がわかっていないらしい。
「は?」
「キスキス言ってたら、火神くんとキスしたくなっちゃいました」
 これから卵に浸けようとしているキスを掲げ、僕は幼稚極まりないことを言った。小学生みたいな言葉遊びだ。でも、キスしたくなったのは本当。
 当たり前だが、火神くんは呆れている。
「おまえなあ……」
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃねえよ?」
「じゃ、ちょっと屈んでください」
「はいよ」
 火神くんは軽く膝を曲げて背を丸め、顔を僕の位置まで下げてくれた。きっちり目まで閉じてくれる。すごく嬉しい。僕は少しだけ背伸びをすると、大喜びで、でもあっさりとした触れるだけのキスをした。すると、火神くんは再び体を伸ばし、離れていってしまった。
「一回だけでいいですか?」
 もうちょっと先まで期待してしまったので、物足りなく感じる。火神くんはフライパンの蓋を開けると、菜箸を持った。
「火が点いてるんだよ」
「あ、そうでした」
 そうだ、料理をしているんだった。さすがにこの時間で忘れることはないのだけれど、ひとつのことに気を取られていると、ほかのことに注意が行かなくなる。危険だ。
 下がってろ、と火神くん。熱されたフライパンを片手にテーブルまで移動し、出来上がったピカタをお皿に移す。またコンロに戻ると、フライパンにほんの少し油を足し、次の調理に取り掛かった。慣れた動作だ。彼にとってはどうということのない日常の動きなのだろうけど、僕は自分にはできっこないというのもあり、それだけで見とれてしまった。ちょっとぼけっとしていたのか、火神くんに、次の準備しろと言われた。忘れていた。また三枚卵に浸けなければ。どうということはない手順なので、二十秒くらいで終わった。
 蓋をされたフライパンから、くぐもった音が聞こえる。焼き加減を見下ろすを払う火神くんの横顔を見ながら、彼の腕に手が伸びそうになる。注意を引こうとしたのだが、手が卵でべっとりなので思いとどまった。生卵で汚れるのは気持ち悪いだろう。代わりに肘でつんつんと脇をつつく。ん? と火神くんが視線だけこちらにくれた。
「この身長差だと、不意打ちで火神くんにキスできないのがもどかしいです」
「そいつは結構。火の近くで不意打ちされたら怖いからな。……そろそろ焼けたな。どいてろ、皿に移す」
 火を切って蓋を開ける。まだ余熱で小さな焼き音が続いている。だが僕は彼の指示に従わず、
「火神くん」
 そばにぴったりよって呼び止めた。火神くんが困った顔をする。
「なんだよ、いまは料理に集中しようぜ。まだ何枚も焼かなきゃならねえんだし」
「ここではキス一回でいいし、魚のキスは三枚でいいですが……あとでもっといっぱいキスしたいです」
 無遠慮に要求する僕に、火神くんがたじろぐ。かわいい。でも、断わらないという確信がある。根拠はよくわからない。火神くん、優しいから……かな。
「お、おう……」
 やっぱり。照れながらもうなずいてくれた。僕はフライパンの中の卵につつまれた白身魚を見た。
「おいしそうですね、キス。さすが火神くん」
「え、あ、ああ……そうだな」
「キスを逆にすると、スキになりますね」
 またくだらない言葉遊び。
「あ?……俺の感覚だと、スィク(ssik)なんだが」
 火神くんの返答の意味が一瞬わからなかった。目をぱちくりさせた後、ああそういうことかと僕はため息をついた。英語と日本語じゃ音節の感覚が違うんでした。
「これだから帰国子女は……」
「なんだよ。いまさらだろ」
 そうですね。
「火神くん」
「なに――」
「好きです」
 あっさり告げる。多分はじめてじゃない。僕は火神くんが好きだ。すごく。
「それが言いたかったのか」
 火神くんは肩をすくめると、フライパンを持ってテーブルのほうへ歩き、さっきと同じようにお皿にピカタを盛った。目下一番大事な作業を忘れていないだけなのだろうが、照れているようにも感じられた。僕の言葉に対しては、特に返信はない。好きだと返してほしいわけじゃないので構わない。ただ僕が言いたかっただけだ。でも、こんなくだらないことで言わせたくないと思う一方で、ノリで軽く言ってくれたら嬉しいなと思ってしまう。期待しちゃ駄目だと自分に言い聞かせているし、言ってくれても自分自身、真には受けないとわかっているのだけれど。
 コンロの前に立った火神くんが、フライパンを下ろしたあと僕を見た。まだ火は点けていない。
「黒子」
「はい」
 返事のために口を開いたら、生温かさと柔らかい感触が突然降って来た。ちゅ、と音が立てられたかと思うと、少しだけ舌をくすぐられた。反射的に応えようとしたにはもう、いなくなってしまった。
 まばたきを忘れて見上げる。火神くんがぺろっと自分の唇を舌先でなめていた。
「kiss」
 そして何食わぬ顔でフライパンに油を敷く。僕はちょっとだけぼうっとした後、
「か、火神くん……!」
 たまらなくなって彼の胴に腕を回した。エプロンを汚してしまうのも忘れて。
「こら、抱きつくな。まだ料理中だって」
 注意しつつ、引き剥がそうとはしない。火神くんの指も卵がついてしまっているからだろう。僕は体は離したものの、手で彼のエプロンの端をクンと引いて上目遣いで見た。
「だって……お預けされたら、僕忘れちゃうので」
 ご飯を食べて洗い物を終える頃には、ここでのやりとりはきれいさっぱり頭から消えている。仕方ないけれど、すごくもったいない。ちょっとあざとい態度かなと思ったけれど、名残惜しさがそうさせる。
 火神くんは呆れたようにはいはいと相槌を打つと、
「大丈夫、俺が覚えとくからよ」
 あっさりと、けれどもしっかりした声でそう言った。
「本当に?」
「おー。だからさっきのは、その……予約代わり。……な?」
「はい!」
 照れて目線を逸らしながらそういう火神くんを僕はまっすぐ見つめた。
 幸せでたまらない。
 多分――自意識過剰かもしれないけど――こんなやりとりは飽きるくらい繰り返していることだろう。火神くんの手慣れた様子にそう感じる。何度もつき合わせて悪いなと思うし、ずっとこういうふうにいられるわけじゃないんだろうとも思う。でも、それでもやっぱりこの瞬間は幸せだ。毎回こうやって新鮮な幸せを感じられるのは嬉しいかもしれない。でも、安心して好きだと言えたりキスをしてほしいと要求できるのは、いつも火神くんが優しく受け止めてくれているからだろう。覚えていないけど、そうに違いない。そう考えると、ますます彼のことがいとしくてたまらなくなる。大好きです、火神くん。




 

PR

× CLOSE

× CLOSE

Copyright © 倉庫 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]