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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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火神くんの子供ができました 2

 ときどきスクリーンセイバーに切り替わるパソコンのディスプレイを戻しつつ、黒子と火神はこれまでの情報および両者の意見を確認し合った。
「……じゃ、認知していただけるということでよろしいんですね?」
「おう。でも手続きとか全然わかんねえんだけど。……なあ、やっぱ先に結婚しとかねえ? すでに婚約はしてるんだしよ」
 火神は左手の薬指に嵌めたリングを見つめながら神妙な声音で提案した。指にまとわりつく金属の感覚が落ち着かなくて、普段は嵌めずにチェーンに通して身に着けているのだが、黒子と通話するときにはなるべく指に戻すようにしている。火神が勝手にそういう習慣にしているだけなので、黒子が指輪をどう扱っているのかは知らない。黒子がアクセサリーの類を好まないのは知っているし、自分も普段は着けないので、ペアリング同様ケースに仕舞いっぱなしにしていたとしても、別段腹は立たない。自分の行動に合わさせる気もない。が、ふと、向こうはどうしているのだろう、と火神は考えた。すると――
「あ、そうだ、婚約の件なんですけど」
「破棄するとか言うなよ?」
 黒子の態度がつれないというか、予想外の行動ばかり取ろうとするので、火神の頭につい被害妄想が湧く。が、杞憂に終わった。
「そんなことしませんよ。火神くんにプロポーズしてもらえてどんなに嬉しかったことか。そりゃあんまり表情には出なかったかもしれませんけど……僕がどれだけ喜んだかは、きみなら読み取れたでしょう? 自分から破棄なんてしませんよ。……僕がここでお話しておきたいのは、指輪の件です」
 黒子のほうから話題に出してきた。火神は指輪の所在について尋ねる前に、まずは、
「指輪? 金なら受け取らねえぞ」
 と釘を刺しておいた。火神が二人分購入したのだが、黒子は何割か負担すると言ってなかなか譲らなかった。いろいろ説得の言葉を尽くしたが、結局「男の夢っつーか俺の夢なんだ、恋人に婚約指輪を買って渡すのは。ほんとはプロポーズと同時に渡したかったんだよ。誰かさんのせいで叶わなくなったけど」と芝居がかった調子でむくれて見せたことで、黒子が折れ、指輪を受け取ったという顛末がある。この件は火神の中ではすでに終わっているので、蒸し返されたくはない。
「そうですか……。まあそれについてはきっとそう言われるに違いないと思っていたのでいいです。ありがたく頂戴しておきます。で、指輪なんですけど、このところ手が少し浮腫んでいて、買ったときのサイズではきつくて嵌めていられないんです。産後、体調が戻れば嵌められるようになると思いますが。せっかくいただいたのですが、最近はケースに仕舞いっぱなしで日の目を見ることがありません。すみません」
「いや、それは仕方ないじゃねえか……っつーか、大丈夫なのか? 浮腫んでるって。妊娠中毒症じゃないのか?」
 体調はいいと言っていたはずだが、浮腫があると聞き、途端に心配になる。イコール高血圧というわけでないのはわかるが、不安要素だ。
「そんな大層なレベルじゃないです。七か月の妊婦なんですから、多少は浮腫みも出るんです。正常範囲ですよ」
 平気な口調で答える黒子だが、火神ははたと止まる。
「待て、七か月って……あと二、三か月で生まれるってことか?」
「はい。あれ、最初に言いましたよね、いま二十五週だって」
「月数で聞いたほうがピンと来るんだよ。早かったらあと二か月って、めちゃくちゃ差し迫ってるじゃねえか。どうするよ、俺、出産のとき帰国できる保証ないんだが」
 もう少し早く教えておいてくれればと思うと同時に、出産日は確定できないから、これだけ距離が離れていてはどのみち無理だとも感じる。黒子もそれは承知のようで、
「お仕事放って帰国したら駄目ですよ。どうせ男性なんて役に立たないんですし」
 ちょっぴり冷たいことを言ってきた。いや、現実的に考えればこう言わざるを得ないのだろうが。
「そのとおりだろうけど、そういうことはっきり言うなよ。悲しくなるだろ」
 確かに出産で男は役立たずだ。痛い思いをするのは黒子だけだ。でも、苦しいときにそばにいたいと思うのはただの自己満足だろうか。
 悔しさを感じつつ、当の黒子から役に立たないと言われてしまえば、はい終了、である。
「実家近いから大丈夫ですって」
「そういや、お義母さんたちは、俺に伝えろって言わなかったのかよ。結婚のこともあるだろ?」
「結婚はもともと焦っていませんし、火神くんに心配掛けたくないって言ったら、それで納得してましたよ。あ、母から伝言を預かってるんでした――『私をおばあちゃんにしていただきまして、まことにありがとうございます。今後もぜひガンガン娘を孕ませてやってください。孫はたくさんほしいです』だそうです。もうおおはしゃぎでした。母ってば、僕が生理遅れていると伝えたら期待に胸を膨らませ、一緒に妊娠検査薬の結果を確認したときには、もう大喜びでしたよ」
「お義母さん……ほんとおまえのお母さんだよな」
「父も、母ほど露骨ではありませんが、喜んでいます。『でかした火神くん!』な感じで、実家は祝福ムード兼きみへの感謝ムードです」
「喜んでもらえるのは嬉しいが、なんかすげえ恥ずかしいな。まあでもおまえの親だしな、そんな感じなんだろうな……」
 火神は遠い眼をした。黒子の親であるのなら、その程度の説明で納得したのだろう。何しろ黒子を産んで育てた人たち、まさに原材料で製造元なのだから。
「火神くんのご両親にはちょっと申し訳ないです。結局直接ご挨拶に伺えていませんし……息子がいきなり子持ちになってたらびっくりですよね。僕罵られちゃうでしょうか」
「いや、それはないと思う。一応紹介済みなんだし、婚約したって話は俺からしといたし、事情も適当に言っといたし。別におまえに悪い印象は持ってねえと思うぞ。印象以前に、なんか親父、俺が想像上の幽霊とつき合っているとかいう妄想を抱いている節はあるが……まさか認知症じゃねえよな」
「ああ、なかなか視認してもらえませんからね、僕。ツーショットの写真ですら存在感ないですし。慣れない人がみたら、印象としてはそりゃ心霊写真の類ですよ」
「息子の彼女を幽霊扱いとか、何考えてんだよ……」
 黒子を生身の人間だと論理的に説明する方法を考えあぐね、火神は頭が痛くなった。これで子供まで影が薄かったら、自分はいよいよ精神異常者だと思われるのではないだろうか。
「まあそれは仕方がないですよ。慣れていただくよりほかありません。それより、ご挨拶、どうしましょうね。このまま体調に異変がなければ臨月の手前まで仕事には行くつもりです。それまで渡米できるだけのまとまったお休みが取れそうにありません。こないだ火神くんのところへ行ったときも、結構みなさんに協力してもらったかたちなので」
「いやいや、臨月にこっち来るとかやめろよ。必要なら俺が親父たち連れてくから」
「それは申し訳ないです」
「臨月の妊婦を来させるほうが申し訳ねえだろうが。途中で産気づいたらどうすんだ。挨拶は後回しでいいから、とにかく無事に過ごしてくれ」
「では、お言葉に甘えて」
 この件に関しては、黒子はおとなしく引き下がった。はじめての妊娠でそこまで無謀なことをするほど愚かではないということだろう。
「しかし、早けりゃあと二か月ちょいなのか。なあ、いまから式はさすがに無謀だが、婚姻届だけでも――」
「生まれてからで大丈夫ですよ?」
 さりげない流れで結婚を誘導しようと試みたものの、即座にぶった切られる。
「なんでそんな頑ななんだ。っつーか、俺あのとき、デキたら結婚するように言っただろ。いや、デキなくても同じ意志はあったが」
 結婚に肯定的な意志を見せておきながらなぜここまで頑固な態度を取るのか。火神にはそれが不思議でならない。しかし黒子からすれば、なぜ火神がそんなに急かすのかわからないようで、不可解そうな口調で聞いてきた。
「なぜ結婚を焦るんです? 役所にさえいけばいつでも可能なことなのに。婚姻届は日時問わず受け付けてくれるらしいですよ」
「いや、日本の法律のことはよくわかんねえけど、子供生まれたときに結婚してれば、書類上も問題なくちゃんと俺の子供って残せるんだろ? 男の俺からすると、いくらおまえを信頼してて、おまえとの関係に自信があったとしても、母親みたいに当然に親子関係が認められるわけじゃないから、不安なんだよ」
「法的にしっかり親子関係とされるものがほしいんですね。でも、法律上のことなら認知で事足りますよ。それに確か、認知された子供は両親が婚姻すれば嫡出子扱いになるということでしたから、きみが心配していた法律上の扱いも不利にはなりません。きみは僕と結婚してくれるということですので。まあ、そのあたりの法的なことについては赤司くんにお任せしてますから、心配いりません」
 と、ここでまた火神が聞きたくない名前ナンバーワンに燦然と輝く人物が登場してしまった。火神はにわかに髪の毛の毛根がざわつくのを感じた。
「最凶の不安要素じゃねえか! 心配しか出てこねえ! ってか結局相談続けてんのかよ! やめろよ!」
 お願いだから赤司と関わるのはやめてくれと訴える火神だが、黒子はとんちんかんな答えを返す。
「妬いてくれてるんですか? 嬉しいです」
「いや、嫉妬とかそういう次元じゃない不安感がだな……」
 照れ隠しでも見栄でもなく、火神は赤司に嫉妬を感じない。これがたとえば黄瀬や青峰あたりだったら、ジェラシーという名の緑のモンスターが心の中に跋扈するだろう。しかし赤司は、なんというか、カテゴリーが違うのだ。黄瀬たちについては自分と同じ種族のオスだと認識しているが、赤司のことは正直人間に擬態した火星人とかUMAに近い存在だと思っている。あまりにも別世界の生き物すぎて、バスケはともかくそれ以外の分野で競う気がしない。敵うか否かの問題ではなく、競争の意義があるか否かという次元だ。人間が足の速さを四足歩行のハンターと争っても詮無いし、投擲能力を草食獣と競う意味もない。極端な例ではあるが、火神は赤司をそんなふうにとらえているので、ひとりの女性を巡るライバル的な意識はまったくない。しかし、自分の婚約者が得体の知れない生命体と親しくしているのは、別の種類の感情が喚起される。黒子に言ったように、不安感だ。妻(予定)が宇宙人とコンタクトを取っていることを素直に喜べるかという話だ。
 もっとも、黒子の少々ぶっ飛んだ感性は異星人と通じるものがあるのか、彼女は赤司を変に信頼していた。とはいえ、彼女もまた赤司を人類の男としては見ていないのがはっきりわかるので、そこも嫉妬が生じない一因と言えた。
「赤司くんは頼りになりますよ? ああでも、火神くんが認知してくれるということで一安心です。危うく赤司くんが書類上の父親になるところでした」
「おい!? どういう話になってるんだ!?」
 いきなりの展開に火神は気色ばむ。黒子を疑っていないのは相変わらずだが、自分のいない間にとんでもない方向に話が転がっているらしいとあっては、看過はできない。
「いえ、僕は全然そんなこと頼んでいないのですが、なんかそういうことにされそうな雰囲気がぷんぷんと。なんか気づいたら母子手帳の父親の名前書く欄に赤司とかうっすら書いた跡があったんですよ。軽くホラーですね」
「ちょっ……」
 なんだそれ。怖すぎるんだけど。
 赤司は黒子を狙ってはいない。少なくともヒトのオスとしては。しかしどういうわけか、火神と黒子の子をほしがっているらしい。もしかしてあの男、本当にエイリアンで、地球人との間に子供がつくれないから、他人の子をもらおうとしているのでは。突拍子もない考えが火神の頭に飛び出してくる。めちゃくちゃだと理解しつつ、火神にはそのラインが濃厚のような気がしてならなかった。もちろんひどい妄想である。自分の父親のことは言えない。
 インカムのマイクを震える指先で掴みながら、火神は気味の悪さにおののいた。沈黙した彼に対し、黒子がおずおずと尋ねる。
「あの、母子手帳に火神くんの名前、書いていいですか? そうしたらさすがに彼も諦めると思うので」
「書け! っていうかいままで書いてなかったのかよ! 書けよ! いますぐ書いてくれ! 頼むから!」
「はい、わかりました」
 と言うと、ヘッドフォンからことりという音した後、黒子の音声がしばらく消えた。
「お待たせしました、『父の名:火神大我』と書きましたよ。これでお父さんお母さんが揃いました。苗字が異なるのはいまどき珍しくないので構わないでしょう。あとで写メ撮って送りますね。証拠というよりは記念として」
 自分の目で確認してはいないが、黒子の報告にとりあえずほっとする。が、自分のいないところでこれ以上妙な事態が起きてはたまらない。火神は半年前までの悩みはどこへやら、すっかり心を決めて黒子に申し出た。
「やっぱ結婚するぞ、結婚! 式とか挨拶とかはとりあえず後だ後! 婚姻届だけでも出す! いますぐ俺宛てに婚姻届送ってくれ、必要事項書いて返送するから!」
 法的に婚姻を成立させておけば、黒子の産む子供は自動的に火神の子という扱いになる。正確にはこのタイミングで結婚しても推定されない嫡出子となるので、通常の手順で誕生した嫡出子よりは身分が弱いのだが、火神に否認の意志がなければ問題にはならない。赤司に外堀を埋められる前に結婚をしておかねばなるまい。あまりポジティブな動機とは言えないが、火神は強く婚姻の決意を固めた。
「きみがそうしなきゃ不安だと言うならそうしますけど……苗字はどうします? 日本だと夫婦同姓でないといけないので」
 黒子に振られた話題に、火神はきょとんとした。結婚すると決めたものの、細かいことは何も考えていなかった。苗字についてもまったく思考が及んでいなかった。これについては、夫側の姓を選択することが多いため、男性はあまり意識しないというのがあるだろうが。逆に変わる可能性の高い黒子はそういう点をより気にするのだろう。苗字が変われば免許証から銀行の登録まで、さまざまに変更を申し出なければならないのだから。
 これに関しては火神のほうが能天気だった。
「苗字……? 考えてなかった……。別にこだわりはねえけど」
 などと投げやりな答えを返すと、
「じゃあ火神にしましょう」
 黒子が即答した。おそらく彼女の中ではすでに決意していたのだろう。寸分の迷いもなかった。
「おまえはそれでいいのか?」
「結婚して苗字変わるの、憧れてたんです」
「……意外だ」
 思わぬところで一般的な――偏見かもしれないが――意見が出てきたことに、火神は素直に驚いた。特に異論はないので、あとは黒子の家が反対しないことを確認してくれと伝えておいた。
「……じゃあ婚姻届が受理されたら、大我くんって呼びますね」
「え」
 突然の宣告に、火神は虚を突かれて声を失った。返答がないことを不審に思ったらしい黒子が、フォローを入れてくる。
「嫌ですか? 別に火神くんのままでもいいですけど、僕も火神姓になるので、対外的には変な感じがするのではないかと」
「そ、そうだな……」
 そうか、結婚するとそういうことになるのか。
 勢いだけで決意したので、本当にそのあたりのことはまったく意識に上って来なかった。黒子が冷静なところを見るに、彼女は前々から将来について火神よりずっと多くのことを考えていたということだろう。結局彼女のいいように操られた気がしないでもなかったが、この機を逃すと永遠に結婚せずに終わるような予感がしたし、彼女に婚姻を結ぶ意志がしっかりあることがわかり、火神は安堵した。
 一緒の苗字になるのか、と火神が感慨深くうっとりしていると、黒子が再び口を開いた。
「それから、僕のことをなんて呼ぶのかは火神くんにお任せします。別に黒子のままでもいいですよ。あ、婚姻が成立するまでは火神くんって呼びますね。もうちょっと恋人気分を味わいたいので。子供生まれたら日本だと必然的にお父さん呼びが多くなっちゃいますしね」
「お、おう……」
 立て続けに家族内での呼称の話をされ、なんだか気恥ずかしくてぽりぽりと頬を掻いた。もっとも、そんな仕草は相手には見えないのだけれど。
 妊娠報告からはじまり盛り沢山な会話だったと火神が振り返っていると、黒子が最後の爆弾を落としにかかって来た。無論、この段階で火神がそれを知る術はないのだが。
「あ、あとすみません、ちょっと代わりたいという人がいるので、そのまま待ってください」
「代わりたい?」
 再びインカムが外される音と、しばしの無音。
 お義母さんか? と火神が気楽に考えていると、
「やあ火神」
 ヘッドフォンから聞き覚えのある若い男の声が伝わってきた。
「おま、赤司!?」
 火神の不安と心配の種であり、不覚にも結婚を決意させた影の功労者と言える人物が、いけしゃあしゃあとネット越しにしゃべってくる。
「いろいろ注文があるだろうが、まあこちらは任せてくれ。悪いようにはしない。無事に結婚させてやろう。テツヤのサポートも抜かりない。ああ胎教も任せてくれ。いい子に育てる。おまえとテツヤの子供だ、最高の組み合わせの子供が生まれるかと思うといまから心が躍って仕方がない」
 すらすらと好き勝手に話す男に、火神は噛みつくように怒鳴る。
「いますぐ離れろ毒電波!」
 ……まあ、人の指図を受けるようなやつではないだろうが。
 特に返答はなかったが、まだ赤司が通話口にいると仮定し、続ける。
「っつーかおまえ、黒子の家で何やってんだよ。一人暮らしの女の部屋に、男がぬけぬけ上がり込むなよ。フリーならいいかもしれないが、あいつは俺と婚約してんだぞ。まあ、おまえに常識求めても無駄っぽいが」
「火神、嫉妬か? テツヤが喜ぶな。おまえは割と放任主義のようだから、テツヤもたまに寂しいようだ」
 嫉妬を疑う程度の常識的な想像力があるのなら、それをもっと建設的な方向に活用してはくれまいか。火神は頭痛を覚えた。
「放任じゃねえよ、あいつが人の言うこと聞かないだけだ。あと別に、おまえに嫉妬なんて感じねえ。する意義もない。ただひたすら不気味なだけだ。黒子に悪さするとは思ってねえが、変なこと吹き込むのはやめろ。遺伝のせいかただでさえ奇天烈なとこあるのに、これ以上エキセントリックになられたらたまらん」
「ますますおまえ好みだろう? なんなら協力するが?」
「い・ら・ん! やめろ、すぐに出てけ。ってか、ほんと何してるんだよおまえ」
「裁縫を少々」
 また突拍子もない回答が返ってきたものだ。火神は露骨に不審そうな顔をする。
「裁縫? おまえが? 縫い物を?」
「ああ。出産祝いに産着をプレゼントしようと思ってな」
「待て、おまえがつくる気か」
「僕は家庭科の実技も優秀だった。ミシン捌きは一見の価値があるぞ。一分のずれも許さず縫い上げられる」
「心の底から想像したくねえ光景だな……。っつーかおまえ家にミシンなんてあんのかよ」
 赤司とて小中高と日本の学校に通ったなら、家庭科実習の経験はあってしかるべきなのだろうが、家庭科室でミシンを前にカタカタとエプロンを縫っている姿などまったく思い浮かばない。想像力の限界をテーマにした難題かと思うくらいだ。
「女の子ということで、デザインのバリエーションが豊富すぎて、悩んでしまった。こういうのは本人に聞くのが一番かと、おまえの娘と交信していた次第だ。最近は大分成長したためか、よく話してくれる」
「なんだよ交信って!? 変なことすんなよ!?」
 黒子に好みを聞くのではなく、胎児に尋ねていると赤司は言うが、いったい何をどうやって可能にしているのか。ただの妄言だろうが、赤司が言うと洒落に聞こえなかった。この男なら不可能であってもやって退けるだろうという、よくわからない信頼がある。この世でもっとも不要な信頼感だろう。
「色は赤が好みだそうだ。色で性別を分けるのはよくないだろうが、女の子らしい、と言うべきか? 水色も好きなようだが。趣味がいいな」
「おまえの存在自体がよくねえよ。ひとの娘に変な影響与えるな」
「父親のおまえにも娘の服を選ぶ権利はある。今度デザインカタログを送信してやろう。画像ファイルでそれなりに重いから圧縮する。解凍の仕方はわかるな?」
 火神の話に聞く耳持たず、赤司は自分の言いたいことだけを一方通行で伝えてくる。会話のドッジボールとはこのことだろうか。火神は防戦一方だが。
「メアド教えねー」
「その手間は必要ない。もう知っている」
「……やっぱりか」
 まあおまえならそのへん抜かりないよな。火神はもう追及する気が起きなかった。
「暇なときに眺めて選ぶといい。テツヤか僕にカタログ番号を書いて返信すれば、可能な限り再現して見せよう」
「なんかノリノリみてえだが、これで生まれてみたら男の子だったとかいうオチだったらどうすんだ。まあそうそうないと思うが。息子に女物の服なんて着せねえぞ。下手すりゃ虐待だ」
 火神の弁に、赤司は自信満々に答えた。
「心配するな、おまえとテツヤの最初の子は女の子だ。僕が言うんだ、間違いない」
「なんだろうな、この説得力……別に娘でも息子でもいいけどよ」
「万一外れたとしても問題ない。先のことを考えて、男児用にも着手している。ぜひ今後も励んでくれ」
「おまえに励まされたくねえ」
 赤司の言う先のことが何を示唆するのか理解できないほど鈍くはないが、もういい加減この男との会話を断ち切りたかったので、火神はぞんざいに答えるだけだった。
 黒子に代われ、と言いかけたところで赤司に先を越される。
「ところで火神、頼みがある」
「断る」
 即答すぐが、やっぱり聞き入れられることはない。
「まあ聞いてくれ。三人目が生まれたら、僕に養子にくれないか。性別は気にしない。僕がこれまで培った人生のノウハウをすべて教えられるよう、全身全霊をもって大切に育てる所存だ」
 どうも、以前黒子が話していたことは冗談ではなかったらしい。
「まだひとりも生まれてねえぞ!? おまえの教育方針とか怖すぎるし!」
 高校時代、はじめて顔を合わせたときのあの嫌な衝撃が蘇る。火神の赤司に対する苦手意識は、第一印象の最悪さから刷り込みのようにスタートし、その後強化されていったと言っていい。ぶる、と背筋が震える。これ、遠回しな殺害宣告じゃないか?
「今後に期待しているということだ。検討を頼む。それでは」
「おい、てめ、赤司、言い逃げすんな」
 絶対お断りだと伝える前に、赤司はインカムを外したようだった。十秒ほどおいて、再び黒子の声が聞こえてきた。
「火神くん? 赤司くんとお話できましたか?」
「なんか一方的にいろいろしゃべられて終わった。あれは会話とは呼べねえよ」
「まあ、赤司くんだから仕方ありません。それよりお聞きしたいんですが、婚姻届はいつ届くようにするのが都合いいですか?」
 黒子に問われ、火神は数秒逡巡した。そして、自分でもびっくりするくらあっさりした声音で答える。
「ああ、やっぱいいや。送らなくて」
「え……」
 黒子の絶句がヘッドフォン越しにありありと感じられる。散々おどかしてくれたお礼だと、火神は十五秒ほど沈黙を続けたが、時折聞こえてくる黒子の、あ、とか、え、とかいう戸惑いきった言葉にならない声がかわいそうで、すぐに根負けした。
「あー、そういう意味じゃねえよ。俺がそっち行って、おまえに名前書かせて、役所まで届ける。他人に任せたくねえ。自分の目で、俺たちが結婚するとこを見届ける」
 インカムのマイクを摘まみ、口元にしっかり固定して、にやりと不敵に笑いながらそう告げる。
「え、あ、あ……そういうことですか。で、でも火神くん、仕事は……」
「ちゃんと合間縫って行くって。だから待ってろよ、黒子、いや、テツヤ。……それから、俺らのbaby」
 最後の最後でようやく主導権を握ることができた火神は、リップ音を立てた後、またな、と挨拶をし通話を切った。そしてさっそくスケジュールを確認し、最速で日本へ行ける日程を考えはじめた。

つづく



 

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