すっかり乱れた呼吸音が部屋の空気を小さく揺らす。
ベッドの壁際に追い詰められたように背をつけ座る火神の腰には、思い切り開いた黒子の脚が巻きついている。ふたりとも一糸纏わぬ姿で。しっかりとした筋肉の張る火神の胸に、黒子はぺったりと頬を押し付け、満ち足りた顔で目を閉じていた。火神はもぞ、と身じろぎしてみたが、黒子自身の体重が加わる結合部はびくともしない。黒子の喉から甘い声が上がるだけだ。
「くっそぅ……結局流された……」
弱いにも程があるぜ。すでに黒子の中に収まっている自分のものに対し火神はぼやいた。黒子にタップパスの要領で弾かれたコンドームの箱は、開けられた形跡もなく部屋の片隅の床で寂しく佇んでいた。コンドームを巡ってはふたりの間でどんな試合よりも緊迫した攻防が繰り広げられたのだが、最終的に勝利を手にしたのは黒子だった。
身体の感じる本能的な興奮はさておき、火神の内心はどんよりしていた――結局避妊せずに致してしまった!
胸中で頭を抱える火神とは対照的に、黒子は勝者の余裕で火神の頬に口づけた。
「やっぱり逆らえなかったですねえ、火神くん、生物としての本能には。見た目のワイルドさに反しベッドでは基本紳士的な火神くんも、やっぱり男の子だなあと実感し、僕はとっても嬉しいです。いえ、もちろん優しい火神くんが一番好きですよ?」
黒子は、幸せいっぱいといった調子で火神の首筋にちゅっちゅっと唇を押し付ける。
「ちくしょう、なんだこの敗北感!」
悔しげに叫びながらも、黒子の後頭部や背中を撫でるのは忘れない。本能というより、彼女と重ねたセックスの中で学習された行動だ。口ではなんと言ったとしても、結局のところ黒子は優しく丁寧に扱われるのを一番喜ぶ。なので、火神はどうしてもそれを叶えるような行動を取ってしまう。たとえ自分にとって不本意な現状であっても。
黒子に強引に押し切られるかたちでこのような状況に陥ったわけだが、火神は自分の意志薄弱さを呪った。よっぽどのからめ手を使わない限り、黒子が火神を無理やりどうこうなどできるはずもない。その気になれば火神の意志で黒子を退けることは十分できたのだ。それをしなかったということは、つまるところ火神も同意したという意味になる。たとえ流されたにしても。
自己嫌悪に呑まれる火神の心中などお構いなしに、黒子ははじめて味わう快感をおおいに楽しんでいた。自分の中で相手の熱を直接粘膜で受け止めているという想像も、興奮を高める要素となった。
「んっ……人工の薄皮一枚ないだけで結構違いますね。ナシでするのはじめてですけど、これは気持ちいいです。そう思いません?」
うっとりとそう尋ねる黒子。しかし火神から漏れるのは嘆きにも似た声だ。
「ああぁぁぁぁぁ……や、やっちまった……!」
「気持ちよくないですか? 僕はすごく気持ちいいです。はあ……火神くん……」
黒子は心地よさに任せて少しだけ腰を揺すった。ダイレクトに胎内に響く震動に、当然のように甘い声が出る。それは火神も同じだった。
「んっ……くっ……そりゃ、いいけどよ! すっげー気持ちいいけどよ! なんかそこはかとなく負けた気分なんだよ! ぜってー避妊するって心に誓ったのに! あとおまえなんか今日やけにギラギラしてて怖いし!」
確かに身体は怖いほど気持ちがいいのだが、精神的にはとてもではないが安らげない。もう遅いかもしれないが、早く脱出したい。このままではさらに恐ろしい事態に進展しかねない。
「盛り時ですからギラギラは仕方ありません。大好きな火神くんの裸を見たら、そうなっちゃうんです。それから、コンドームは細工済みですから、意味がありませんよ」
「怖ぇぇぇぇ!」
新品の箱は未開封だったはずなのに……いつの間に、そしてどうやって。
「委縮しないでくださいね? 僕まだこの感覚を楽しみたいんです」
そう言うと、黒子は火神の腰を固定していた足を解き、膝をマットについて上下に体を動かした。うっかり抜けかけた拍子に逃げられないよう、火神の頭を腕に抱え込んで。
「んっ、あっ、あっ……か、かがみ、くん……」
「ふっ、ぁ……あ、あんだよ?」
嬌声の合間に黒子が呼ぶ。快楽の波に押し流されそうになる中、火神が顔を上げる。
「僕、自力だとナカうまく探せなくて、もどかしいんです。探し当てて突いてくれませんか、いつものように」
火神は一瞬の逡巡ののち、駄目元の交渉を試みた。
「おまえがどいたら、あとでしてやるよ。……おまえひょっとして、家中のコンドームに細工してねえだろな?」
「さて? まあどのみち今日は確かめさせる気はないですけど。本懐を遂げるまではどきません」
仕方ありませんね、と黒子は引き続き自分で動いた。一分ほど続けたが、火神が動く気配はない。自らが主導で楽しむのもそれはそれでいいものだが、決定的な快感が得られないことに焦れる。
「かーがーみぃくん……いいです、きみがしてくれないなら自分でします」
恨めしげに告げると、黒子は片手をつながった部分へと下げ、自ら陰核に触れた。
「きみとのスカイプセックスでは、いつもこっちのほうは触ってたんですから、いまさら自分で触ることに抵抗感はありません。どうぞ、僕がきみのものより自分の指であんあん言うところをご覧になってください」
快感の種類は違うが、ここに刺激を加えるのが一番手っ取り早い。黒子の挑発的な台詞に、しかし火神は今度こそ流されるかとばかりに歯を食いしばった。
「それはそれで興味深いが……いまは遠慮したいので抜けてくれ……ださい!」
ぐぬぬぬ、と黒子の腰を持ち上げようとするが、さすがにそう簡単にはいかない。黒子は火神の首にしがみつき、耳元でささやく。
「こっちはこっちで気持ちいいからいいんですけど……でも、やっぱりナカは火神くんじゃないと無理です。パソコン越しにきみの声を聞きながらするとき、きみのを想像しては、きみのがどんな感じだったかなって、がんばって試すんですけど……うまくできなくて、毎回不完全燃焼感がすごいんです。ねえ、火神くん……いまは本物がここにいるのに、スカイプのおさらいしないといけないんですか? 僕、きみのものでもっと気持ちよくなりたいんです」
魅惑的な言葉に引きずられそうになる。火神は煩悩を追い出すようにぶんぶんと激しく頭を左右に振った。
「く……だ、駄目だ! 惑わされるな!」
「むー……なんでそんなに渋るんですか」
頬を膨らませながらも、黒子は動きを続けた。手は自分のいいところに触れつつ、結合部から時折姿を見せる火神のものにも触れ、圧による刺激を加えた。積極的な黒子とは逆に、火神は奥歯を噛み締め快感に耐えていたのだが――
「く、黒子、タンマ、タンマ!」
しばらくすると、火神から切羽詰まった声が上がった。少し泣きが入っているようにも聞こえるその声に、好き勝手動いていた黒子も止まった。
「なんですか、いまいいところなのに」
「そ、そろそろ……やばい」
頼むからどいてくれ、と黒子を離そうとする火神。ああ、そういうことですか、と黒子は理解した。
「そろそろ出そうですか? どうぞどうぞ。大歓迎です」
射精の欲求を抑え込んでいるのであろう余裕のない火神に、黒子は能天気な答えを返した。
「いやいやいや、今日ゴムしてないから! ほんとやばいって!」
「なしで挿入している時点でもう遅いですよ」
「遅くない! 確率は変わるかもしれないだろ!」
「ここまで来たら同じですって。さあ覚悟を決めて、僕の中に出してください」
黒子がぐっと力を込めると、火神から短い悲鳴が上がる。
「ぎゃあっ! だ、駄目だって、締めるな! まじでいっちまうってこれ!」
「いいですよ、いってください。ていうかそろそろ一回くらいいってくれないと、僕が悲しいじゃないですか」
「あぐっ……ちょ、おま……まじで……やめて……」
「強情ですね。彼女がいいって言ってるんだから、素直になればいいんです」
「それこの世でもっとも信じちゃいけない言葉じゃねえか!」
「はい、がんばって」
さらに内部を締めつけると、目をきつく閉じて射精感と必死に闘う火神から苦しげな吐息が漏れた。
「くっ……う、うぅ……や、やめ……」
「ああ……耐えてる火神くんってすっごいそそられます……色気がすごいです……」
ぞくり、と黒子の背筋に一層の興奮が走る。
「あっ、あっ……! ちょ、待て、待て、ほんとやばい……っ! 頼む、どいてくれ……! まじで出るって……」
「いっていいですよ。……火神くんて、こんなに遅かったでしょうか?」
またしても挑発するような発言をする黒子。火神は片目をなんとか開いてにらんだ。生理的な涙と快楽に蕩けかけた目にはまるで迫力がないわけだが。
「て、てめ……」
「あ、もしかして寄る年波というやつですか? やっぱり男性にもリミットというかタイマーはあるんですね。そんなわけで火神くん、なるべく若いうちに仕込みのほうをお願いします」
語尾と同時にきゅ、と脚を閉じて締め付けをきつくする。
「ああぁぁぁぁぁっ! だ、駄目……頼む、し、締める、な……」
「もうちょっとですか」
「うあっ……!」
快感をやり過ごそうとばたついていた火神の動きがふいに緩慢になる。
「ん……?」
黒子は目をしばたたかせて、火神とつながっているところを見た。もちろん外観に変化はない。しかし、自分の内部を満たしていたものの質量が変化するのを感じる。
「火神くん、いま出しました?」
ストレートに尋ねるが、火神は少し乱れた呼吸を繰り返すだけで答えない。黒子は首を傾げつつ、
「まあ、この様子からするとそのようで。うーん……感覚としては案外わからないものなんですね」
思ったよりもそれらしい感覚がなかったことに拍子抜けした。本当に出されたのだろうかと疑問に思い、いまだつながっている部分に指を這わせるが、塞がれているためか液体が漏れてくることはなかった。こんなものなのかと訝っている黒子に、火神が慌てた調子で言う。
「おま、は、早くシャワーに……」
「僕もうちょっとこのままでいたいです。少し待てば、あと一回はいけますよね。お願いしたいです」
「いや、駄目だって。早く流さないと……」
「だから、ここまで来たら一緒ですって。せっかくだからもっと楽しみましょう。火神くんの、はじめて直接ココで感じて、すごく気持ちよかったんですから。……ね、火神くん、僕もう一回したいです。してください」
触れるほどに顔を近づけ、熱っぽくねだる黒子の声に、火神は自分の中でぶつんと何かが切れる音を聞いた気がした。
「ああああああ! もう!」
火神は膝をついて体を起こすと、腿に乗っていた黒子を後方に倒した。
「わっ……!?」
突然揺らいだ体と急変する視界に黒子が頓狂な声を上げる。驚いて反射的に目を閉じている間に、体はマットの上に倒れていた。まぶたを持ち上げると、真上に火神のちょっと怒ったような顔があった。下半身はいまだつながったままだ。
火神は黒子の顔の両脇に手を置き腕を突っ張った状態で、
「わかった! やってやるよ!」
やや切れた感のある声音でそう宣言した。黒子は胸の前で手を合わせると、嬉しそうに言った。
「ありがとうございます」
「てめえな……余裕かましてるとあんま優しくしてやらねえぞ?」
「はい。火神くん、さっきのでフラストレーション溜まったでしょう? 怪我しない範囲だったら、多少手荒に扱っていただいて構いません。もうガンガンやってください。たまにはそんな火神くんも見たいです。さあどうぞ、好きにしてください」
こんなことが言えるのは、畢竟、火神が自分にひどいことはしないという信頼と自信があるからだ。
「……覚悟しとけよ?」
「期待しちゃいます」
剣呑な物言いの火神に怖じることなく、黒子は四肢を火神に巻き付け、さあ来て下さいとばかりに誘った。
深く、ときに軽く、口づけを交わす。乳房を握りくにゃりと変形させ、胸の先を摘まんで遊ぶ。つながっている部分以外にも、体のあちこちに触れ合う。つまるところ、いつもと同じ――黒子の好むセックスだ。それはもちろん、火神が好むものでもある。
「あっ、ん……も、かがみくん……結局優しいじゃないですか」
「そうか?」
緩やかに腰を揺すると、黒子が鼻にかかる声で鳴く。少し退けば、行くなとばかりに足を巻き付けてくる。
「あ、あ……ん。だめ、もうちょっとそのまま……」
「こう?」
と、火神は動きを止める。半分ほど埋まった状態で。
「……違います、なんで退くんですか。あとちょっとなのに」
いい感じに絶頂に向けての道のりにいたのに中断されて、黒子はむすっとした。火神はそのまま浅いところでの動きを繰り返した。
「ちょ、火神くん、そうじゃないです。もうちょっと奥……」
もどかしさに焦れて、直接的に要求する。と、黒子は合点がいったように息を吐いた。
「……ああ、焦らし方向で優しくしないって意味だったんですか」
「ざまあみろ」
「う~……」
先刻の黒子の横暴に対する火神の意趣返しは、遠回しな、けれども黒子にとってはある意味でつらい方法で行われた。あと一歩の快楽が、ぎりぎりのところで与えられない。なまじその先を知っているだけに、じれったさが募ってならない。
その後しばらく、火神は黒子を甘やかに優しくいじめた。
特に抑える努力もせず、小さな声で喘いでいた黒子だったが、段々と湿っぽさが混じるようになってきた。
「かがみくん……そろそろいきたいです……も、つらい……」
中途半端な快感がつらくて、いつしか涙が滲んできた。すんすんと鼻を鳴らしてねだる黒子に、火神はなおも皮肉っぽい笑みを返す。
「なんなら自分でやっても構わねえぜ?」
黒子は上目遣いのじと目で火神をにらんだ。
「……火神くんのいじわる」
「先に無茶振りしてきたのはおまえだろ」
「どうしても駄目なら自分でしますけど……」
涙目で物ほしそうに見つめてくる黒子に、火神はやれやれと肩をすくめた。呆れのため息は、結局彼女には勝てない自分に対してだ。
「わかったわかった」
ぐ、と腰を押し付けるように深く入ると、
「あっ、んっ、あ、あぁっ……」
枕の上で黒子の小さな頭が左右に揺れ、髪の毛がぱさぱさと布の表面を叩いた。
「そこ、気持ちいいです。ああ、やっぱり火神くんじゃないと駄目ですね。はぅ……」
絶頂感に身を委ね、浅く呼吸をする黒子の顔に唇を寄せ、火神が言う。
「いいか、デキてたらちゃんと結婚するんだぞ。いや、デキてなくてもいずれはしてほしいけど」
一度や二度で成せるほど人間の妊娠確率が高くないのは知っているが、可能性としてはあり得るので、結婚の意志があることを伝える。きちんと言っておかないと、黒子の性格では本当に未婚のまま産んでしまいそうだ。
黒子は何度か目をぱちくりさせた後、火神の言葉が頭に染み渡ると、
「何という理想のプロポーズ……!」
感激しながら赤い頭をぎゅっと抱いた。
「おまえの価値観がまじでわからん……」
これをプロポーズの範疇に入れてしまっていいのだろうか。
指輪も花もなく、生活感しかない自宅の寝室で、セックスをしながらの求婚。しかも子供ができたらとかなんとか、即物的かつ現実的な話まで入っている。まさかこんなかたちでプロポーズじみた台詞を吐く羽目になるなんて、夢にも思わなかった。というより、いまのいままで想像もしていなかった。こんなめちゃくちゃなシチュエーションに歓喜を示す女もそうはいまい。黒子のぶっ飛んだ感性に呆れるも、こんなのに惚れた自分の価値観も相当狂っていると火神は思った。
喜びを表した黒子だったが、しばらくすると少々考え込み、眉を寄せながら困ったように言った。
「でもこれだと結局無理やり火神くんに結婚迫ったみたいになっちゃうので、やっぱりいいです」
まあこいつならそう来るか、と思いつつ、火神はがっくりと肩を落とした。
「おまえなー……ここは首を縦に振るところだろ。ってか、帰る前に指輪買いに行くぞ」
「え? 指輪ならもう持ってるじゃないですか」
といって左手をふたりの顔の間に差し入れる。薬指には銀色の細いリングが鈍く光っている。
火神が職を得て間もない頃、贈ってくれた指輪だ。黒子はアクセサリーをあまり好まないのでそうそう着けないのだが、年に何日もない火神との逢瀬のときはなるべく嵌めるようにしている。
黒子の手を見下ろしながら、火神もまた左手を出す。同じく薬指には指輪がある。
「これはペアリング。こんなんじゃなくて、もっとまともなの――婚約指輪、買いに行くっつってんだよ」
「だから、結婚を要請してるわけじゃないんですってば」
「いいから行く。そんなに嫌なのかよ」
「いえ、嬉しいですけど……」
「じゃあいいだろ」
「でも僕、そんなにお金持ってないです。カードありますけど、上限が低めです」
もともとムードなんてあったものではなかったが、ここに来てまた現実的な発言が飛び出す。火神は盛大な溜息をついた。
「あのなぁ……俺が買うに決まってるだろーが」
「そんな、悪いです。こういうのはお互いに出し合わないと」
「悪くない。こういうのは男に花持たせるもんだ」
「う~ん……」
小難しい顔で考え出しそうな黒子の耳元に、火神が唇を近づけ、ささやくような声で尋ねる。
「なあ、このままもう一回、その……中で、いいか?」
黒子は思わず首を横に傾け、目をぱちくりさせながら火神を見た。
「え……いいんですか。あんなに嫌がってたのに」
「おまえの言ったとおり、いまさらだし……なんかもう吹っ切れたわ。おまえに子供ほしがってもらえるのは嬉しいし。それに、さっき、その……すげー気持ちよかったから……も、もっかいしたいな、って。おまえが嫌じゃなければだけど……」
たどたどしく尋ねる火神。距離が近すぎて黒子からは表情も顔色も確認できないが、きっと真っ赤になっているに違いない。
「はい! してください。火神くん大好きです」
黒子は火神の背を抱き締め、もちろん望むところですと了解した。
改めてきっちり合意した上で行った行為は、いままでのどのセックスよりも気持ちのよいものだった。
*****
目を覚ますと、部屋は薄暗かった。黒子はのろのろと起きあがると、枕元のデジタル時計を確認した。朝のニュースが流れる時間帯だが、火神は本日オフだと言っていたので、このままゆっくりしても差し支えないだろう。見下ろすと、マットの際ぎりぎりのところで火神が横向きになって寝ていた。手足は黒子にやんわりと絡んでおり、甘えているようでも守っているようでもあった。眠りは深いようで、黒子が頭を撫でてもまったく反応がない。
「ちょっと疲れさせすぎてしまいましたか」
男性のほうが体力的な負担が大きい上、量的には多くはないがアルコールが入っていることを考えれば、酒にあまり強くない火神が眠り込んでしまうのは致し方ない。お疲れ様です、と火神の目元に唇を落とすと、黒子はシャワールームに向かおうとベッドから抜け出た。
「う……久々すぎて、変な、感じが……」
なんだかまだ脚の間に何か刺さっているような違和感がある。経験の浅かった頃の嫌な懐かしさが蘇る。半日くらいは変な歩き方になるかもしれないとため息をつきつつ、のろのろと何歩か進む。と。
「んっ……」
太腿に熱さを感じ、立ち止まる。実際にはたいした温度ではないのだろうが、妙に熱く感じる。もしかして、と脚を開いて内側を確認すると、多少とろりとしていそうな液体が漏れているのがわかった。指ですくい感触を確かめる。おそらく精液と自分の体液が混ざったものだろう。
「あ、やっぱりちゃんと出してくれてたんですね。よかった」
火神は気持ちよいと言っていたが、黒子は身体の感覚としてはいまいちわからなかったので、こうして体内から流れ出てきたものを見て、ようやく実感する。
「とりあえず二週間後を楽しみにしておきますか。できてるといいんですが」
下腹部を両手で大事そうに押さえ、黒子はわくわくした気持ちで浴室へと足を運んだ。
その後、約束した指輪を買うためにふたりでモールに出かけたとき、黒子がびくりと立ち止まり、怪訝そうな顔をする火神に向かって「あ、なんか漏れてきました。ゆうべのが残っていたみたいです。ナプキンあててくるので待っててください」と言ってトイレに消え、残された火神が時間差で真っ赤になって硬直し(黒子の言葉の意味を理解するのに一分ほど掛かったのだ)、倒れかけるという実に傍迷惑な事件が発生したという……。