忍者ブログ

倉庫

『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

おにぎりが三角にならないのだよ+男子中学生の模範的なおにぎり

おにぎりが三角にならないのだよ

 水曜日という週のど真ん中、特に曜日を決めているわけではないがたまにふらりと集まっては囲む昼食の席、この日は赤司、緑間に加えて紫原が談話室の一角に参加していた。赤司がいつもの二段式弁当箱を広げ、紫原がコンビニではなく個人商店の惣菜パンのラップ包装を解く中で、緑間が取り出した弁当に注目が集まる。
「あれ、緑間、なんかいつもと弁当箱が違わないか。中身も豪華なような……」
 いつもは赤司のものと似通ったデザインの二段式の弁当箱を用いている緑間だが、この日出てきたのは重箱の一番上だけ切り離したような、真四角の一段のプラスチック容器だった。蓋を外せば、日常の弁当にありがちな茶色っぽさは詰まっておらず、エビチリやミニトマトの赤、煮かぼちゃのオレンジ色、ほうれん草おひたしの緑、ひじき入りだし巻き卵の黄色、漬物の桜色などなど、まるで市販品のような色鮮やかさが現れた。緑間が普段持参する弁当もそれなりにかたちや色は調えられているが、今日のは気合の次元が異なるレベルである。何かお母さんにいいことでもあったのか? 不思議そうに首を傾げるふたりに、緑間がこれといった感慨もない声で答える。
「午前中に調理実習があってな」
「ああ、弁当づくりだったのか」
 そういえば一回は弁当をつくるとか聞いたような。赤司が思い出したように呟く。
「そうだ。おまえのクラスはまだやっていなかったか?」
「うちの組は家庭科は二学期後半からだ。いまは技術をやっている」
 技術と家庭科は前期後期で入れ替えが行われ、どちらが先かはクラスによって異なる。緑間は前期が家庭科、赤司は技術が先である。
「紫原のところはどうだっけ?」
「うちもいまは技術。こないだハンダゴテで前髪焼いちゃって臭かった。俺は別にいいけど、女子で焦がしちゃってる子はちょっとかわいそうだったかな」
「事前にくくっておかないから……」
 呆れつつ赤司が紫原の後ろ髪を掴むと、紫原がうっとうしそうに頭を振った。しかし赤司は引かず、結局ひとつ結びのようなかたちで指で摘まれてしまう。
「ヘアゴムは持ち歩いたほうがいいぞ」
 赤司のアドバイスに紫原が唇を尖らせる。
「えー、女子みたいじゃんそれ」
 この場にゴムの類はないので、赤司がぱっと指を離すと、後ろ髪はすぐにばらけて定位置へと戻っていった。左手でいじって髪を落ち着かせた紫原は、卵レタスロールをかじりながら緑間の弁当箱に改めて視線を落とした。
「なんかうまそー。エビチリいっこもらっていい?」
「構わないが、箸や爪楊枝は――」
 余分に持っていないぞ、と緑間が言おうとしたときにはすでに紫原が指でエビを一尾摘みとって口に運んでいた。品がないぞと眉を寄せる緑間と、やれやれと苦笑する赤司。
「ん~、うまいけどちょっと甘い? 豆板醤が足りない」
 紫原が親指と人差し指を舐めながら味の分析をする。赤司は自分の箸をエビチリの軽く差し込み、粗みじんの玉ねぎを一欠片とって味見する。
「確かに、ちょっとケチャップの味が目立つか。出汁やニンニクは利いていると思うが。子供でも食べられるように辛さ控えめのレシピなんじゃないか?」
「なるほど。赤ちん向けか」
「……なんかむかつくな」
 今度は赤司が眉をしかめ、緑間がそっぽを向いて小さく笑った。紫原は特に表情を変えないまま、パンにかぶりついている。
「それにしても、ずいぶん色鮮やかだな。凝っているというか」
 めいめい食事を進める中、赤司が改めて感心の声を上げる。実習でつくられたものなのだから当然だが、冷凍食品は用いられておらず、おそらくは漬物をのぞいてすべて手づくりだろう。色合いだけでなく、配置も見目よくなるよう計算されている。ある種のアーティスティックなこだわりが見え隠れしているようだ。
「同じ班に料理のうまい女子がひとりいてな、彼女が計画から実行まで仕切っているから、毎回うちの班はクオリティの高いものが出来上がる。料理の大会だかコンテストだかに出場しているそうだ」
「なるほど。仕出し屋が出前で出すようなタイプの弁当だと思ったら」
「どう見ても中学生のつくる弁当じゃないよねえ。キャラ弁とかいうレベルじゃねえもん」
「うむ。飾り包丁のテクニックには家庭科教師もヒいていた」
 緑間が摘む箸の先には、模式的に葉脈が再現された葉っぱ型のきゅうり。もはや職人芸の域である。こんなのメンバーにいるとかチートだよねー、とおまえらが言うかと突っ込まれそうな発言で三人は口々に感嘆をこぼした。
「そういえば緑間、おまえはどれを担当したんだ?」
「俺はノータッチだ。うどんをこねるとか芋の裏ごしとか粉ふるいみたいな、難しくはないが力や根気が必要な作業があれば仕事を回されるが、基本的には後日提出するレポートのため、記録係をやっている。今日中にまとめ、明日には班員にテンプレートを渡す予定だ」
「手を怪我したくないから?」
 紫原が箸を支える緑間の左手に視線をやる。
「それもあるが、単純に下手というか手際が悪いのだよ。個人評価ならいいが、グループでの作業だから、俺が不用意なことをしたら班員の評価まで下げかねん。適材適所の結果が記録係というわけだ」
「なるほど、賢い役割分担だ。家庭科の授業としてそれでいいのかは微妙だが」
「理科の第一分野のときは赤ちんかミドチンどっちか班にいると助かりそう」
 赤司と紫原が昼食を終え机の上を片付けはじめるなか、緑間は普段より多い弁当をまだ少し残していた。と、そこで赤司が気づいたように尋ねる。
「ところで、主食にあたるものがないようなんだが、別に箱があるのか?」
「それなんだが……おかずは共有で、主食は各自の好きにつくるということになっていてな……」
 と、一瞬ぎくりとした緑間が、弁当箱を入れてきた手提げ鞄に右手を突っ込む。出てきたとき、右手にはテニスの硬球ほどの大きさの丸く黒い物体がひとつ握られていた。音もなく机の上に置かれたその塊に、赤司と紫原が怪訝な顔をする。
「なんだこれ?」
「ボール……?」
 数秒の沈黙ののち、赤司が指先で黒い物体をつつき、合点がいったとばかりにうなずく。
「あ、おにぎりか。そういえば海苔のにおいがするな」
「海苔巻きすぎじゃね? 真っ黒じゃん」
 米の部分がまったく見えない海苔で完全に覆われたそれに、一応おにぎりであることを納得したふたりだったが、すぐまた小首を傾げる。なんでまたこんな形状に……?
「それ以前にやけに丸いような。まっくろくろすけを表現したキャラ弁の一種……とか?」
 豪華で洗練されたおかずに対し主食が不気味な球体と化したおにぎりとは、なんとも不釣り合いである。
「なんか変な組み合わせだな」
 ぽつりとこぼす赤司に、緑間がおずおずと事情を告げる。
「いや、それが……三角にならないのだよ」
「え?」
「俺も今日はじめてわかったのだが……三角おにぎりがつくれないのだよ」
 指先でボール型のおにぎりをつついてわずかに転がしながら緑間が説明する。三角おにぎりがつくれない。なるほど、その結果がこのまんまるおにぎりか。一応の理由は見えたが、緑間の発言に引っかかるものがある。
「今日はじめてって、いままでつくったことなかったのか?」
「そうだ。おにぎり自体つくるのははじめてだ。普通に握れば自然にあのかたちになると思っていたのだが、どうやら高度な技術が必要なようだ。事前に練習するべきだった。俺としたことが、おにぎりを侮りすぎていたようだ」
 むぅ、と緑間が難しげに眉間に皺を寄せる。おにぎり作成という難題への畏怖か、あるいは人事を尽くすのを怠ったことを恥じているのか。
「いや、高度ではないと思うけどな?」
「ミドチンおにぎり握れないんだ?」
 意外そうに返すふたりに、緑間が目をぱちくりさせる。
「おまえらはできるのか?」
「そりゃおにぎりくらいつくれるが。ラップは使うけど」
「できるよー。別に難しくないじゃん?」
「……できるのが当たり前のものなのか? いつ習った? 小学校の教科書に乗っていたか?」
 前傾になりながら緑間が熱心かつ真剣な口調で矢継ぎ早に質問を畳み掛ける。一方ふたりは、こいつは何をそんな力んでいるんだとばかりに顔を見合わせていた。
「いや、特に習った覚えは……。やってみたら普通にできたという感じだったと思うが」
「俺は最初丸いのつくってて、いつの間にか三角ができるようになってたかな」
「どうやって握るんだ?」
「どうやってと言われてもな……こう、片方の手を山みたいに曲げて角度をつけて……」
 赤司が左の手の平の上に山型に折った右手をかぶせながら説明すると、紫原も同様の手のかたちをつくり同意する。
「そうそう、こんな感じ」
「あれ? 紫原、おまえ左利きだったっけ?」
 唐突な赤司の問いに紫原がきょとんとする。
「え? 右利きだけど……なんで急に?」
「いや、左手が上になってるから」
 赤司が人差し指とともに指摘する。おにぎりづくりを演じる紫原の両手は、赤司とは逆で右手の上に山型の左手を重ねるかっこうになっていた。
「あ、ほんとだ。知らなかった。逆だと違和感あるや……」
 試しに右手を上にして空気を握った紫原が、少々驚いたように呟いた。本人も自覚がなかったらしい。
「軽いクロスドミナンスか」
「クロス……?」
「動作によって右利きか左利きかが異なることだ。程度に個人差はあるが、珍しくはない。道具は右手で使うのに、バナナやみかんの皮は左手で剥くみたいに、地味に逆利きが混じっていることがある。地味すぎて自覚がないことも多いだろうな」
「へー、さすが物知り」
 感心しながら、バナナとかみかんとかどっちの手で剥いてたっけ、と紫原が疑問符を散らしながら首を傾けている。道具を用いない動作はだいたい無意識だし、やろうと思えば左右どちらでもできることが多いため、いざ意識するとよくわからなくなってくるものである。あれ、考えれば考えるほど混乱してきた。紫原の頭が左右に揺れる。
 どうでもいいことでうーんうーんと唸る紫原の横で、緑間が真剣な表情で自分の両手を見下ろしていた。紫原がやっていたのと同様、右手を下にして左手の山をかぶせている。
「こんな感じか?」
 緑間がふたりに組んだ両手を差し出し、チェックを要請する。机の上に黒いボールがないところから、握り直しているらしい。
「なんか力こもってないか? 握りすぎると固くなって食感が悪くなるぞ」
「そうそう。食べたとき口の中でぽろって崩れるくらい、ふんわり握るほうがおいしいんだって」
 指摘され、緑間はぱっと力を抜き左手を外した。右手の上にはなんとも形容しがたく変形した黒い塊。
「なんか……ますます不恰好になってない?」
「まあもともと海苔でくるまれていたというのもあるだろうが……それにしても不細工だな」
「ちょっと貸して。整えてあげる」
 相手の意向を確認する前に紫原がひょいとおにぎりを奪い、自分の手の中で三角形に整える。
「あ……がちがちに握ってあるねこれ。まずそう」
 悪気も忌憚もない感想がぼそっと落とされると、緑間ががっくりうなだれた。落ち込んでいるらしい。
「緑間? まあそう気にするな。はじめてなのだから仕方ない」
「でもおまえたちは普通に握れたのだろう?」
 じぃ、と恨めしげなような、それでいて縋るような視線を向けてくる緑間に、赤司と紫原は困ったようにあーとかうーとか言葉にならないうめきを漏らした。

*****

 緑間が三角おにぎりをつくれないという些細な新発見があった次の週の日曜日、午前中からの練習は夕刻に差し掛かる前に終了し、庶務を終えた赤司と緑間は、校庭で待たせておいた紫原と合流し、帰途についた。しかし三人はそれぞれの方向に途中でばらけることなく、一方向へと固まって歩いた。到着先は緑間の自宅。静まり返った玄関に向けてただいまとお邪魔しますの挨拶を各自口にしたあと、ダイニングキッチンに移動しながら赤司がきょろきょろする。
「親御さんは?」
「外出中だ。夜まで帰ってこないから気楽にしてていい」
 荷物は床か椅子に置いておいてくれ、と緑間が指示を出す。紫原は部屋の隅の床に鞄を寄せると、くんくんと鼻をひくつかせた。閉めきられた部屋の中、食欲を刺激するにおいが充満している。
「ご飯って炊けてる?」
「母に頼んでおいた。大丈夫だ。五合で間に合うか?」
「五……!?」
 何気なく告げられた数字に赤司と紫原がびくっと肩を上げる。
「練習用だから多めにと思って。うちの炊飯器で炊ける最大値は五合だったのでな」
「さすがにそんなにいらないと思うが……」
「まあ……余ったらおうちのひとに食べてもらえばいいんじゃない? 失敗したところで食べられなくなるようなものじゃないんだし」
 緑間が空調や台所回りを整えている間に、ふたりは鞄から普段なら持ち歩かないような衣類を一式取り出し、自分の体にセットした。遅れて緑間もジャージの上に衣装を掛ける。完成した姿で三人が円陣に集うと、緑間の全身を眺めた紫原が首をひねる。
「ミドチン……なんでおばあちゃんみたいな格好してるの? おフネさんリスペクト?」
 緑昔ながらの白の割烹着に白い三角巾という、昭和のドラマでだってそうそう出てこないんじゃないかというようなコテコテのお母さんおばあちゃんスタイルで堂々と立つ緑間が、背中の紐の結び目を直しながら答える。。
「一年の被服の実習でつくったものだ」
「え、それ手づくりなんだ? おにぎりつくれないのに裁縫はレベル高いんだ……」
「袖があったほうが安全だろう?」
 ほら、と両腕を横に広げて見せる緑間だが、腕の長さに対し袖丈が足りず、前腕が半分ほど露出している。肩の縫い目にも不自然な皺が寄っており、製作時からの成長がまざまざとうかがえる。
「ちんちくりんな時点であんまし役に立ってないと思うけど……」
「もう少し大きめに見積もってつくるべきだった。肩も少々きつい」
 ぼやきながら肩の布を引っ張る緑間の対面では、化粧品か食品工場のスタッフのようなシンプルな白衣に身を固め、つばの短い白の帽子をかぶった赤司の姿がある。
「赤ちんは赤ちんで給食当番になってるし……しかも白衣でけえ」
 緑間とは反対に、赤司の白衣は二つ折りしなければならないほど袖が長く、また丈も膝近くまである。実験用の白衣に近い印象だ。
「成長してからも使えるようにと余裕を持たせて型紙をつくったんだ」
 ああ、願いを込めてってことね――とは言葉に出さず、代わりに質問をする。
「それも実習でつくったの? 何その無駄なレベルの高さ。普通は身頃に紐つけただけの簡単なやつっしょー」
「おまえはエプロン持って来なかったのか?」
「サイズ合うのねーの。去年単純なのつくったけど、いま着ると金太郎みたいになっちゃうんだって」
 だから俺はこのままで。紫原がひらひらと大きな手を振った。
 衣装のセッティングを終えたところで、三人はダイニングのテーブルに置かれた湯気の立ち上る釜に向きう。
 部活が終わったあとも続く彼らのタスク――それは緑間に三角おにぎりのつくり方を伝授することであった。
「俺のやってるつくり方でいいか? 素手ではなくラップを使うオーソドックスは方法だ。塩を手の平につけて直接握るほうが食感がいいらしいが、熱いしべたつくし手が汚れるし、弁当として持ち運ぶことを考えると、あまり直接手を触れさせないほうがいいしな」
 サランラップの長細い箱を片手に赤司が確認を取ると、緑間がこくりとうなずいた。
「それで頼む」
「じゃあまず、ラップを適当な長さで切って――」
 と、赤司が薄いラップの縁をもってピーッとロールから引き伸ばして切り取ったところで、
「待て、メモを取りたい」
 緑間が割烹着のポケットからメジャーを取り出した。赤司が切り離したラップの一片をテーブルの上でピンと伸ばし、真剣な顔でメジャーをあてる。
「おい?」
「何やってんの?」
「いや、ラップの長さを記録しておこうと」
「なんでそんなこと?」
「ひとりで練習する際、なるべく状況を再現したほうが模倣の役に立つだろう。そのためには情報として記録を残しておく必要がある」
「え、ええー?」
「さすがにラップの長さはどうでもいい情報のような……」
 いきなり飛び出した緑間の珍行動に閉口する赤司と紫原。しかし本人は至って真面目なようで、あらかじめ用意しておいたらしいクリップボードに挟んだルーズリーフにラップの長さをミリ単位まで記していた。
 気を取り直し、今度はしゃもじからラップの上に白米を移し、塩をふりかけラップ越しに軽く混ぜる。ちょっぴり手抜き作業である。なるべくご飯を潰さないように、と注意事項を述べながら作業する赤司に緑間が制止をかける。
「待て。グラム数はどれだけだ?」
「グラム数て。だいたいご飯一膳分だ」
「そんな主観的な指示では困るのだよ。客観的数値で残しておかなければ情報としての妥当性有益性が劣る」
「理科の実験じゃないんだぞ?」
 結局緑間の偏執的な熱意に負け、ラップに乗った白米はデジタル秤でグラム数を計量され、記録されることとなった。ふむふむと満足そうな緑間をちょっぴり遠巻きに見ながら、赤司と緑間が呟く。
「……あいつが実習でハブ……ノータッチにさせられている理由がよくわかるな」
「ミドチンめんどくせー」
 こりゃキッチンに立たせたくないわ。お母さんもわざとおにぎりの握り方教えなかったんじゃね? 面倒くさいから。おにぎりを握ったことのないという緑間に驚いたふたりではあったが、いまとなってはそれもおおいに納得ができることだと感じ、そしておにぎりくらい握れるようにしてやろうと思ってしまった自分のお節介な心を後悔した。
 ラップの上で平たくしたご飯の上にオーソドックスに梅干しを乗せたあと、赤司が紫原を一瞥した。
「握り方だが……紫原、実演を頼む」
「なんで俺?」
「利き手が同じほうがわかりやすいだろう。同じ側に立って見せてやれ」
「まあいいけど。ええと……真ん中の具を包み込むみたいしてラップごとこうやって巾着っぽいかたちにしてね……」
 紫原の並外れて大きな手の平の上で、まだおにぎりのかたちを成さない白米がまるっこい立体へと変えられる。
「それでは丸くなるのでは?」
「慌てない。このあとかたちを整えるの。俺やミドチンの場合は、右手の上にご飯を乗っけて軽く関節を曲げて、左手をこんなふうにお山のかたちにして、上からかぶせて……」
 説明しながら弱い力をかけて手の中で米を握る。三十秒ほどで紫原の左手が離され、右手には角の丸い三角おにぎりがちょこんと乗っていた。
「ほい、完成。ぎゅってやらずに、ふわっと握るのがコツ」
 緑間は自分用に用意したラップとご飯を見下ろし、右手の平に置いてラップで全体をくるんだあと、
「ふむ……こんな感じか」
 MP関節を曲げた左手をかぶせ、ぎゅぎゅっと思い切り握った。
「見るからに力が入っているぞ緑間……」
「どうだ?」
 ぱっと開かれた右手の上には、いびつな四角錐となった白米の塊が。
「……ピラミッド?」
「……千年パズル?」
 独創的な形状のおにぎりに、赤司と紫原が数秒の逡巡ののちそれぞれ連想したものを答える。
「こっちのが高度じゃね? どうやってやったの?」
 四角錐とか逆にどうやるのかわかんないって。紫原が心底不思議そうに緑間の手の中の物体を見下ろす。
「指をぴっちり閉じて、なるべく幅が出ないようにしたらどうだろう」
「こうか?」
「いや、もうちょっとこう……」
 握り直そうとする緑間の手の甲の上から、赤司が二回りほど小さい手を重ねてかたちを整えてやるが……
「うまくいかないな……」
 開かせてみた緑間の手の上には数千年の風化を表すかのようなピラミッドが鎮座するだけだった。落胆のため息をつく緑間。
「何が悪いのだよ……」
「手が大きすぎるとか?」
「紫原よりは小さいのだが」
 手を広げ、紫原のそれと手の平同士をくっつけて比べてみる。確かに紫原のほうが関節ひとつ分ほど大きい。しかしこの手がつくり出したおにぎりは、コンビニよりちょっと大きい程度のサイズだったのだから、手の大きさがおにぎりを握る上で不利に働いているとは言えまい。
「仕方ない、少々邪道だが、テーブルを利用しよう」
 ため息のあと、赤司は三角錐のおにぎりを手に取ると、くしゃくしゃと適当に丸めた。
「テーブル?」
「こうやって塊にしてからちょっと押しつぶしたあと、テーブルに軽く押し付けて平たい面をつくってだな、それを三面分やるとそれっぽいかたちになる」
 ラップに包まれた白米をぺたぺたとテーブルの表面に押し当て面を形成することで、コンビニ製品のような角張りを生み出す。
「なるほど、発想の転換だな」
 おお、と感心しながら改めてラップの測定と米の計量から準備を整え挑む緑間だったが、その結果は……
「なぜ四角錐になってしまうのだよ……」
 ピラミッドがよりピラミッドに近づいただけだった。これはこれで個性的かつ希少性の高いおにぎりとして、この道を極めればよいのでは……。落ち込む緑間をよそに、赤司たちは呆れるのを通り越していっそ讃えたくなった。もっとも、緑間のほうは当初の目的である三角おにぎりにこだわっているようで、その後も試行錯誤と練習を繰り返した。そうして球と三角錐が一対一くらいの割合で量産されていく。
 いったい何がいけないのだよ。頭を抱える緑間の肩を、いい加減つき合うのも飽きてきた紫原が叩く。
「しょーがない。もう最初から道具使っちゃおうよ」
「道具?」
 と、紫原は自分の鞄のところまで行くと、小さな白いビニール袋を携えて戻ってきた。中から取り出されたのは、
「じゃじゃん。三角おにぎりの型」
 ピンク色をした三角型のプラスチックケース。おにぎり型として百均などで売られている便利グッズのひとつである。緑間だけでなく赤司もその存在を知らなかったのか、興味と好奇心にぱっと目を輝かす。
「そんなものがあったのか」
「これならミドチンでもなんとかなるでしょ。これでどうにもならなかったらもうお手上げ」
「わざわざ買ってきたのか?」
「うん、まあ。なんとなくこんな事態になるような気がしたから。延々教え続けるの面倒臭いじゃん?」
 おろしたての型を洗い、水気を拭きとってパッケージの説明通り米を詰めて取り出すと、見事にきれいな三角おにぎりが出来上がる。おお、と感嘆する赤司と緑間。百円ショップの何気ない商品は、この日救世主として緑間宅の食卓に降り立った。
 結局五合すべておにぎりにしてしまうと、三人はテーブルを囲んで海苔を巻く作業に励んだ。しかし、赤司と緑間がごく普通に海苔をぺたぺた貼り付ける一方で、紫原は持参した道具を使い、何やら工作めいた動きをしていた。周りには竹串やピンセットが散らばっている。
「紫原? 何やってるんだ?」
「ミドチンの失敗作のリサイクル。ぎゅうぎゅうされちゃってるから食感はどうにもなんないけど、まあ見た目だけでも取り繕っておこうかと」
 と、短い円筒状にかたちを直したおにぎりの表面に小さく切り取った海苔のパーツを貼り付け、デフォルメされたひとの顔を完成させる。
「キャラおにぎりか」
「そ。こっちがミドチンで、こっち赤ちんね」
 すでに完成品として皿に並べられたおにぎりのうち、ふたつを示す。ひとつは青菜の葉っぱ部分が前髪部分に貼られ、海苔で黒縁の眼鏡を再現されている。もう一つは解した梅干しの皮を伸ばして貼り付け、両目として赤い梅肉の塊が埋め込まれている。
「なるほど、青菜と梅干しで表現したのか。うまいじゃないか」
 赤司は感心しつつ、皿に置かれたほかのおにぎりも観察した。しかし、目当ての模様のものはない。
「おまえはいないのか?」
「おにぎりに紫キャベツはちょっとなあ……。デコフリがあれば米自体に色出せるけど、用意してないんだ。代わりにこんなのつくってみた。ほい、トトロ。青菜余ったから葉っぱも載っけてみた」
 と、紫原は別の皿を赤司の前に差し出した。そこには、海苔で輪郭を引くようにして、トトロの顔が描かれたおにぎりが三つ。頭には葉っぱ型に切り取られた青菜までついている。ふおぉぉ……と変な声を漏らしながら赤司が目をきらきらさせる。
「おまえ存外器用だな。見ろ緑間、紫原がおまえのおにぎりをかわいらしく生まれ変わらせたぞ」
 真剣に海苔を巻く緑間の注意を引き、赤司がキャラおにぎりの皿を見せる。
「かわいいな……」
「ミドチン作だから食感はアレだけどね」
 品が品ゆえにまずい味になるわけもなく、出来上がった大量のおにぎりは部活後の中学生の腹を十分満たした。余った分は夕飯にどうぞと緑間宅に残し、まだわずかに昼の面影を残す複雑な色の空の下、赤司と紫原は本当の意味で帰途についた。
「ところで紫原、あのおにぎり型、どこで買ったんだ?」
 なんか変に疲れたなー、とぼやきながら進む道すがら、赤司がふいに尋ねてきた。なお、本日紫原が用意したおにぎり型はささやかなプレゼントして緑間の家に置かれることとなった。
「そのへんの百均で普通に売ってると思うけど……なに、ほしいの?」
「ひとつくらいあってもいいかと思ってな」
「たくさんつくるなら便利っちゃ便利だけど、赤ちん普通につくれるじゃん? 別にいらなくね?」
「なんかおもしろかったんだ。型からきれいな三角おにぎりがぽこっと出てくるのは、ちょっとしたロマンを感じたし」
「ごめん、庶民にその感覚はわかんないや」
 両手の拳を固めて瞳をきらめかせる赤司の横で、紫原がううんと小さくうめきながら首をひねる。どうやら帰途が分岐する前に、どこかの百円ショップに寄ることになりそうだ。







おまけ
男子中学生の模範的なおにぎり

※黒子、青峰、黄瀬の下品な話です。ご注意ください。


 よく晴れた平日の屋外、南中を少し過ぎた太陽が照らす中、木陰の芝生の上で黒子と青峰と黄瀬はぞんざいな円をつくって内向きに並んでいた。あぐらを掻いた青峰が、いつもとは違う大きめの手提げから弁当箱を取り出す。
「今日の家庭科、実習だったんだけどよ」
 言いかけたところで、黄瀬がその先を理解したようにうなずいた。
「ああ、弁当つくった? うちのクラスもこないだやった」
「女の子におかず貢がれまくってカオスになってたアレですね」
「あれ、黒子っち見てた?」
「いえ、きみが写メで送ってきたものを見ただけです。なんかえっらいごちゃごちゃしてたので、変に印象に残ってて」
 黒子がポケットから携帯を取り出して少し前に黄瀬から送られてきた写真ファイルを開き、青峰に見せる。画面には、色とりどりではあるが統一性のないおかずが詰まりに詰まった弁当箱が平面として広がっている。ああ、こりゃカオスだな。青峰の口から素直な感想が漏れる。なお黄瀬から送られてきた写真のファイル名もカオスだった。ただしスペルはchaosではなくkaosuだが。
「だって、受け取らないのも角が立つし、ひとりからもらっちゃうとほかのひとのを断りにくくなるしで……結果的にあんなことに。まあひとからもらいまくったもんを評価用にするわけにはいかないんで、先生には班でつくったもんだけ詰めたタッパーを見せたんだけど」
「人気商売も大変ですね。まあ青峰くんは青峰くんでなかなか豪華なことになっていますが……」
 のぞき込んだ弁当箱には、凝り性のお母さんが幼稚園児のために作成するようなかわいらしいキャラ弁当ワールドが展開されている。
「あー、実習やると別の班の女子がよく余りモン寄越してくるんだわ」
 まあありがたいんだけど、とぽりぽり後ろ頭を掻く青峰。
「青峰っち、デリカシーない……」
 黄瀬が残念そうなため息をつく。黒子はしげしげとキャラ弁当の品々に視線を移しながら青峰に尋ねた。
「青峰くんがつくったのってどれですか? なんかどれもかわいくていまいち青峰くんらしくないような」
「いや、おかずは全部女子がつくった。うちの班の男、全員いい加減だから、下手に手を出すと女子が怒るんだよ。今日なんて、野郎はおにぎり握るかご飯詰めるかしとけって扱いでよー。まあ楽だからいいだけど。で、俺は男らしくおにぎり握っといた」
「それ、料理……?」
「まあ見てみろよ。いい出来だから」
 ジト目の黒子と黄瀬を物ともせず、青峰はもう一度手提げに右手を突っ込んだ。
「じゃーん。これが男のおにぎりってやつだ」
 おにぎりといいつつ、取り出されたのはやけに長い円筒状の黒い物体。俵型おにぎりと解釈するにしても長すぎる。二十センチくらいありそうだ。しかも両端のうちの一方は、筒型ではなく不自然に膨らんでおり、先端の丸いいびつな円錐のようになっていた。全体が海苔で覆われたそれを十秒ほど言葉もなく眺めていた黄瀬と黒子だったが、
「ちょっ……なにこれ! ちんこ! ちんこすぎる! ちんこ以外の何物でもねえ!」
「ちょっと青峰くん、何考えてんですか。どう見てもちんこじゃないですかこれ。しかも全面海苔で真っ黒とか」
 固まった空気に一瞬でひびを入れる黄瀬の笑い声と、黒子の押し殺した笑い。
 極めて模式的かつデフォルメが利いているが、何を脳内に描きながら作成したのかは一目瞭然の出来である。しかもラップにくるまれているため、全体が黒光りしている。これはひどい。なんというセクハラ。これを女性教師や女子生徒が混在する調理実習室でしこしこ握っていたというのか。
「ふっ……これで終わりと思うなよ? ほら、丸いのもふたつつくっておいたぜ」
 と、袋から出てきたのは、これまた同じく海苔で全体が包まれたまんまるおにぎり。
「うは! 抜かりねえ! タマっスか!」
「どうよ。芸術品だろ?」
「確かにゲージュツ! ゲージュツすぎる!」
「いやあ……清々しいまでにゲージュツですね。中学生らしくて実にさわやかかと」
 芝生をばんばん叩いて笑い転げる黄瀬の横で、黒子は記念に一枚お願いしますと携帯のカメラを起動させる。
「ちょっと食べるとこ見せてほしいっス」
「見たいのか?」
「そうですね、大変見たいです」
「セクシーに! セクシーにくわえてほしいっス!」
「しょうがねえなあ」
 さながら一昔前の宴会で一気飲みを煽り立てるような調子で、男子中学生特有のくだらないシモネタに大興奮の黄瀬がせがむ。自分のゲージュツ作品に理解を得られたことに青峰もご満悦のようで、ぺり、とラップを剥がすと、ノリノリでその先端を口に近づけた。黒子の携帯はすでにカメラがスタンバイしている。
 思春期の男子とはとかく狂っているものである。

 

 

 

 

 

 


 

PR

× CLOSE

× CLOSE

Copyright © 倉庫 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]