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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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嘘つきのイマジナリーフレンド

 南中をわずかに通り過ぎた太陽が浅い光を室内にもたらす。談話室の片隅、廊下からの入り口にもっとも近い席に陽光は届かない。とはいえ二段構成の窓からの採光は学習を目的としないのであれば十分な上、天井に並ぶ蛍光灯も廊下側は点けられているため、暗さといったらせいぜいひとや物によってつくられる影くらいなものだった。一番端の席で向かい合わせで座るふたりの間にはそれぞれの辺に弁当箱が置かれている。片方が際立って長身であることを除けば、学生たちの昼食としてありふれた光景だろう。
「イマジナリーフレンド?」
 ほうれん草のおひたしに伸びかけた箸を持つ左手をぴたりと止め、緑間が聞きなれない単語をオウム返しにする。正確に音を踏めたのは、単語を構成するふたつの語は比較的耳にしやすいものだったことと、もうひとつにはその単語自体を過去に聞いた覚えがあったこと。
「ああ、聞いたことないか? 直訳そのままの意味で、空想上の友達のことだ。サブカルチャーではエア友達とも言うらしい。なんだか寂しい表現だが」
 紙パックの緑茶に刺さるストローから一口だけ吸い上げたあと、赤司がいましがた自身の出した単語について簡単な説明をする。イマジナリーフレンド。その英語が示す通り空想上に存在する肉体を持たない友人。病的な現象とはされず、幼児の発達段階においてはしばしば観察され、欧米ではよく知られている。
「聞いた覚えはあるが、確か幼い子供が創りだす想像上の人格のことではなかったか? たいてい成長とともに消失し、本人も忘れてしまうケースが多いようだが……」
 イマジナリーフレンドは主に幼児期の子供に見られる現象で、子供はあたかも見えない友達が実在するかのように振る舞うが、多くの場合年齢を重ねるにつれ消えてしまう。イマジナリーフレンドが消えたあとも自分がそのような想像をもっていたことを覚えている者もあれば、それ自体忘れてしまう者もいる。まれに大人になっても存続しているケースや、ある程度成長してから出現するケース、幼児期に一度消失ししばらく時を経てから再度出現するケースなどもある。
「まさかおまえ、いまだにいるのか? イマジナリーフレンドが」
 小さな子供ならともかく、中学生にもなって?
 幼稚だと侮辱する意図はなく、純粋な驚きをもって緑間が眼鏡の向こうにある目を見開く。赤司は音もなく緑茶のパックを机に置いた。
「いまだにいるというか、最近できた」
「は?」
「なんかよくわからんが、出てきたんだ。友達が。ここに」
 言いながら、右のこめかみを右手の人差し指で指し示すようにして押さえる赤司。ここ、とはつまり、頭の中を意味するだろう。
 思春期におけるイマジナリーフレンドの出現。ありえないことではないが、幼児期のそれに比べればかなり少数派と言えるだろう。
「……何かきっかけが?」
 イマジナリーフレンドの出現機序は明らかにされていない。身体の成長に伴う精神の発達に起因するという見方もあれば、何らかのストレス要因に対する防衛機制と解されることもある。
「いや特に。これといって思い当たる節はないのだが……なんでだろうな」
 赤司は不思議そうに首を傾げているものの、別段焦っているふうでも恐れているふうでもない。ただ自分に起こった現象の不可解さに納得がいかないといった印象だ。
「ストレスが溜まっているのでは? 主将業は多忙だろう」
「それはおまえも大差ないと思うが。だから相談してみたのだが」
「俺にはそんな友達はいないぞ」
「やっぱりいないか。リアルではぼっち慣れしていそうだから、もしかしてと期待したのだが」
「さらっとひとをけなすのはやめるのだよ」
 緑間がむっと眉根を寄せてみせると、赤司は悪い悪いと言いながら笑った。それはもう軽い調子で。どこにも深刻そうな色はない。しかし緑間は、どこか不気味なものを感じて落ち着かない気分になった。イマジナリーフレンド。別に病的な現象ではないし、ましてオカルト現象でもない。ただ、緑間にはそのような友人をもった経験がない。少なくとも記憶には残っていない。だから向かいに座る赤司の頭の中に体のない友達がいると言われても、ピンと来るものがない。友達ごっことは違うだろう。意図的に割り振った役を脳内で演じさせるだけならば誰にでもできる。イマジナリーフレンドと呼ぶからには、赤司にとってはその友人が一見して(もちろん現実の姿はないわけだが)独立した人格をもって振舞っているように感じられるということだろう。
「普通この年になって出現するケースは少ないのでは?」
「そのようだが……できてしまったんだ、俺には」
 はあ、と赤司がわざとらしいため息をつく。その割にまるで深刻さがうかがえないが。
「いると何か困るのか?」
「いや、むしろ楽しい。これまでより人生の充実を感じる。話し相手に困らないというのはなかなかよい環境だ。俺が創りだしたのだから当然といえば当然だが、話が非常に合って楽しい」
「なら問題なさそうに思えるが。病気ではないんだろう」
「そうだな、彼は別に俺を脅かすような真似はしない。基本的に穏やかで物静かだ」
「まあ、おまえがふたりもいたら互いに殺しあうしかなさそうだからな……。実在しない相手を殺すのは無理だが」
 イマジナリーフレンドは多くの場合、創造主に脅威を与える存在ではない。たいていは主に優しく接するものらしい。赤司の緩い態度からして、彼のイマジナリーフレンドもまた彼にとってネガティブな存在ではないのだろう。穏やかで物静かな性格ということは、赤司がそのような友人を欲したということか。確かに彼の周囲には何気にいないタイプかもしれない。口数が少なかったり態度がおとなしい生徒はそれなりにいるが、それらの性質は性格の穏やかさとはまた別物だ。
「しかしまったくの別人という感じはしない。性格は違うが思考は似通っているようで、ボードゲームの類が不可能なんだ。お互い相手の手がさくさく読めてしまうから、勝負というよりシミュレーションになってしまう。彼もなかなかの実力の持ち主だから、いい勉強にはなるが」
 彼、ということは友人は男子であるらしい。イマジナリーフレンドがいると話す赤司だが、名前にしろ年齢にしろ容姿にしろ、他人に人を紹介するにあたっての基本情報をまるで寄越さない。もしかすると赤司にとってはあまりに自明だからなのか、あるいは彼の感覚ではリアルに姿が見えているとでも言うのだろうか。
 客観性に欠ける説明をする赤司にどことなく違和感を感じつつ、緑間が無難な相槌を打つ。
「そういうものなのか。俺には想像もつかないが」
「楽しいぞ? おまえも試しにつくってみろ」
「意識してつくれるものではないだろう。あと俺は別に空想の友達なぞ必要としていない。現実の交友関係だけで十分だ」
 無茶を言うなと首を振る緑間の顔を、赤司がじぃっとのぞき込む。
「ありがとう緑間。いまのはいいデレだった。ごちそうさま」
「学校生活を送る上での交友関係に困っていないというだけであって、個々の友人がいいとか悪いとかは何も言及していないのだよ」
「はいはいそうだな」
 特に慌てることなく説明を付け足す緑間だったが、赤司は適当にあしらうだけだった。
 そこで一旦話は途切れ、ふたりは昼食の残りを胃に収めることに専念した。
 空の弁当箱をポリエステル製の袋に収納したところで、赤司が持参の手提げ袋を膝の上に置いた。
「緑間、おまえにひとつ頼みがあるんだが、いいか」
「なんだ」
「彼の将棋の相手をしてやってくれないか」
 と、バッグから卓上の将棋盤と小ぶりな駒の詰まった木箱を取り出す。彼の将棋の相手。すなわち赤司のイマジナリーフレンドと一局対戦しろということだ。返事を返さない緑間に赤司が尋ねる。
「会ったことのない相手と指すのは嫌か?」
「別に嫌ではないが……どうすればいいんだ? まさかおまえ、その友達と交代? できるのか?」
 イマジナリーフレンドには実体がない。それが行動するためには、肉体が必要だ。悪霊みたいに誰彼かまわず取り憑けるなんてことあるはずがないので、体を使うとしたら赤司のものしかあり得ない。もしそれが可能だとしたら、一種の人格交代ということにはならないだろうか。だとすると、もう一歩踏み込んだ領域に行ってしまっているような……。自分には理解できない感覚だけに余計に空恐ろしさを感じないではない。一方赤司は相変わらずあっけらかんとしている。
「いや、無理だ。彼は自分に肉体がないことを当たり前だと思っているから」
「ではどうするのだよ」
「彼が指示を出し、俺が駒を忠実に配す。それだけのことだ」
「そちらがそれで大丈夫なら構わないが」
 俺のほうはいつもどおりのやり方でいいわけだし。緑間が対局を了承すると、赤司が嬉しそうに笑った。どこか純粋さの残るその表情は、間違いなくはじめて目にするものだった。
「ではさっそくやるか」
「この時間でか?」
 ちら、と談話室の壁時計をみやる。昼休みは残り三十分ほど。移動時間を差し引けばもっと少ない。
「終わらなかったら別日に持ち越せばいいだけのことだ」
「友達のほうはそれでOKなのか?」
「おまえがいいならぜひ別の日にも対局したいとのことだ」
 すでに話し合っておいたのか、赤司からの回答は早い。
「微妙におまえより謙虚な気がするな……」
「そうか? 同じようなものだと思うが」
「だから微妙に、なのだよ」
 赤司が告げた言葉がイマジナリーフレンドの発言を忠実になぞったものなのか、赤司なりに伝言のかたちを整えたものなのかは定かではないので、緑間は曖昧に濁しておいた。
 早指しと定めたわけでもないのに、駒を配置する赤司の手は非常に早かった。その割に荒れていない。そしていつもの赤司とは指し方やパターンの癖が異なる。全然別物というわけではないが、普段ならとらないような手をためらいもなくとることがしばしば見られた。それでいて彼の腕の動きはいつもより機械的で、事前に宣言した通り、ただ淡々と指示された場所に間違いなく駒を置くことに専念しているかのようだった。その様子を観察するのに気を取られたというのは言い訳でしかないが、結果はいつもどおりのものだった。
「やはり強いな」
 素直に評する緑間に、赤司がまるで他人ごとのように呟く。
「そうだな、驚いた」
「というと?」
「俺より強い」
 あっさりとした一言。何も知らない人間がこの場だけを見たら、赤司が嫌味を言っているようにしか聞こえないだろう。イマジナリーフレンドの棋力に感心を示す赤司は、薄い表情の中に喜悦と興奮の色が浮かんでいるようだった。
「……俺もそう感じた。本当におまえ自身ではなくおまえの友達が指したのか?」
「そうだ。証明する手立てはないが、俺はあくまで彼の指示した場所に駒を置いたに過ぎない」
 強いとは思っていたが、ここまでとは。赤司がしきりに感心と称賛のうなずきを繰り返す。もちろん頭の中にいる友達に対してだ。
「赤司おまえ、普段手を抜いているのか?」
 不機嫌さはなく、ただ事実を確認するためといった事務的な口調で緑間が問う。赤司はふるりと首を横に振った。
「いや、普通にやっている。手を抜ける相手でもないだろう、おまえは」
「そのつもりでいるが……おまえの友人とおまえは器質的にはまったく同じ脳を持っているのだから、潜在的にはおまえも彼と同等の棋力があるということになるのではないか? 脳の働きがそう単純なものではないというのは承知の上だが……」
「ふむ……では能力の引き出し方に違いがあるということか。興味深い現象だ」
「いままで友人の技量に気づいていなかったのか?」
「対局相手に迷っていたのでな。慣れた相手だと、普段とは明らかに違う指し方をしたら不審に思われる可能性があった。だから事情を話せそうなおまえを選んだというわけだ」
「インターネットでオンライン対戦をすればよかったのでは? 素性なんていくらでも隠せるだろう」
「saiみたいに? かっこいいかもしれないが、ちょっと中二っぽくないか?」
「中学生なのだから恥じることなどないだろう」
 どうせいまさらなのだよ、との言葉は喉の奥に引っ込める緑間だった。
「お……」
「どうした?」
「彼がおまえに礼を伝えてほしいと言ってきた。ありがとう。とても楽しかったそうだ」
 赤司はまた含みのない笑みを浮かべた。その表情は、頭の中の友人が喜んでくれたのが嬉しいと雄弁に語っている。演技にしては自然すぎるそれに、これまで懐疑的だった緑間も、先ほどの対局での様子を含め、イマジナリーフレンドの話は事実ではないかと感じはじめた。
「ところでおまえの友達、名前はなんというのだ?」
 駒と盤を片付けてしまったところで、聞き忘れていた基本情報の件を思い出した緑間が尋ねる。赤司は膝に手提げ鞄を乗せたまま右手を顎に当てると、思い切り眉間に皺を寄せた。
「……なんだっけ? そういえば聞いたことがなかったような?」
 どうやら赤司自身も知らなかったらしい。
「友達の名前くらい尋ねてやるのだよ」
「よし、ちょっと聞いてみる」
「まだいるのか?」
 つい数分前まで対局していたのだから残っていたとしてもおかしくはないが、いかんせん存在の確認手段がない緑間には、赤司の友人がどこにいるのかなどわかるはずもない。
「たいてい一緒だ。どこでも一緒、仲良しだ。俺が何かに集中しているときは出てこないが。まあ俺の想像上の産物である以上、俺の想像力が働かない状況では出現しようがないわけだが」
 そう説明したあと、赤司は少しの間口をつぐんだ。さすがに何もない空間に語りかけるような行動はとらない。おそらく頭の中で会話しているのだろう。
 三十秒ほどの沈黙ののち、赤司がぼそりと口を開いた。
「……赤司征十郎」
「は?」
 聞き取れなかったわけではないが、思わずぽかんとして目線で尋ね返す緑間。目の前の男はいま、なんと言った?
「名前、同じらしい」
「……それ、大丈夫なのか?」
「何がだ?」
 神妙な面持ちの緑間の前で、赤司は危機感の欠片もなく首を傾けている。
「おまえの友達、自分のことを赤司征十郎本人だと思っているとしたら、危険じゃないか?」
「ああ……体を乗っ取られるとか? それはちょっと想像力が豊かすぎるだろう、緑間」
「そうは思うが……なんだか不気味なのだよ。お友達には悪いが。俺の想像力の欠如を罵ってもらって構わない。しかし俺にはやはり、おまえの言うイマジナリーフレンドは受け入れがたいんだ。脳が理解を拒絶する。すまない。おまえの一人芝居だと言われたほうが納得できると思ってしまう」
「まあそういうものだろうな。謝ることはない。傷ついたりはしないから。俺も彼も」
 赤司は微苦笑を浮かべたあと、
「しかし、僕は彼を友達だと思っているが、同時に自分の一部という認識もあるわけだから、彼が僕と同じ名前を名乗るのは別段不思議でもあるまい。僕が自分の一部と思っている以上、彼もまたその認識に従っているのだろうから」
 イマジナリーフレンドの名乗りに対してフォローを入れた。赤司にとって、架空の友人が自分と同じ名前を持つことに違和感も抵抗感もないようだ。イマジナリーフレンドの名前の傾向など知らない緑間だが、どことなくぞわりとした感覚を覚えずにはいられなかった。
「心理学的にいくつも報告例があるとは聞いているが……こうして実例を耳にするとものすごく奇妙な感じがするな」
 居心地が悪いのか、緑間が体に対して小さすぎる椅子の上で身じろいだ。キィ、と金具の軋む不快な音が立つ。と、赤司が突然顔をくしゃっとゆがませたかと思うと、
「もしかしておまえ、いまの話信じたのか? 純粋だな。見た目を裏切らず。おまえのそういうとこ、好きだぞ?」
 軽薄な調子でひどい種明かしをしてきた。
「……おい、からかったのか?」
 マジックの仕掛けを自ら暴露するマジシャンがあるか。そんな心境で緑間は半眼になった。しかし赤司は彼の睥睨を意にも介さず、右手をぱたぱた振りながら面倒くさそうに解説をはじめた。
「悪かった悪かった。実はな、ゆうべ寝る前にいいネタが降ってきたから、ちょっと頭の中でこねくり回しているうち、適度におかしくて適度にありえそうな話に仕上がったんだ。せっかくの創作物だから誰かに披露したくてな、一番いいリアクションをくれそうなおまえを選んでしまったというのが真相だ。青峰あたりじゃイマジナリーフレンドの概念を理解できないだろうし、黒子は冷めた目で話半分にしか聞かないだろうし――」
 親しい友人たちの名前とともに否定要素を挙げていく赤司。こうして最終的に残った候補者が緑間だったらしい。しかしだとしても、腑に落ちない点がある。
「ということは、やっぱりおまえ、いままで対局で手を抜いていたということではないか」
 本日の対局の内容。あれは緑間が持つ赤司の将棋のイメージとはどうにも重ならないものだった。質的にも、強さの面でも。
「俺にだって好不調の波くらいあるさ」
「しかし、今日の対局は異質な印象を受けたのだよ。普段のおまえとは明らかに違うような」
「なんだ、心配してくれているのか」
 ややもすると追及のしつこい緑間に、赤司がにやりと口の端をつり上げる。その挑発的な表情に、しかし緑間は生来の生真面目な表情を崩さない。
「……ああ。心配なのだよ」
 らしくもなくストレートに述べる緑間に、さすがに罪悪感を覚えたのか、赤司が苦笑しながらため息をついた。
「おまえはいざというときは素直で本当にいいやつだと思う。そんなおまえを騙すような真似はしたくないな。悪かった。イマジナリーフレンドの話、あれやっぱり、本当なんだ。俺には想像の中の友達がいる。……いや、これもある意味嘘になるか。少なくとも正解ではない」
「何をもったいぶっている」
 いい加減疲れたのか、苛立ちを隠さない緑間の声にははっきりと険がうかがえる。が、赤司はやはり一片もたじろがない。彼は机に前腕を置くと、上体を丸めて前かがみになった。自然、相手との距離が縮まる。頭一つ分のスペースを空けてぴたりと止まると、上目遣いで緑間に視線を注ぐ。そして、ささやくように告げる。
「あのな――実は俺がそのイマジナリーフレンドなんだ」
 一瞬――どころではなく数秒の間、緑間には赤司の放った言葉の意味が理解できなかった。しかしその間も、非日常的な何かが確実に自身の周りを覆いつつあることを感じ、背中に嫌な汗が滲むのを感じていた。
「なに、を……」
「俺は物理的には実在しない。赤司征十郎が想像の中で創りだしたもうひとりの彼というわけだ。彼の架空のお友達なのさ。心配しなくても悪さはしない。記憶も完璧に共有している。念入りなごっこ遊びであって病気じゃないから案ずることはない。しかし気づかなかっただろう? まあ当たり前か。普段はもっぱら俺が体を使わせてもらっているから、本体を知らなければ俺が本物であるとしか解釈しようがない」
 いま目の前にいる赤司がイマジナリーフレンド? 想像上の、架空の人物?
 ということは、彼をつくった本来の人間が別に、この体の、頭の中に存在しているということになるのか? 架空の存在であるイマジナリーフレンドが肉体を操っている? そんなことがありうるのか? ありうるとして――それはただのイマジナリーフレンドで済ませてしまったよいものなのか?
 知識の不足が混乱に拍車を掛ける。鈍器で横殴りにされたかのように、緑間は頭の中で鈍く低い鐘の音が鳴り響いているかのような錯覚に襲われた。
 硬直してしまった緑間に、赤司がいたずらっぽく笑いかける。
「なんてな。真面目すぎるのも考えものだぞ?」
「赤司……いい加減にするのだよ」
 ちょっぴりドスの利いた声。これはいよいよ本気で怒らせてしまったようだ。しかし赤司はやはり悪びれる表情など見せず、静かに目を閉じて両肩を軽く持ち上げた。
「ふふ、これは失礼。いまのは悪い冗談だ。彼が最初に語った通り、イマジナリーフレンドは僕のほうだよ。今日は驚かせてばかりですまなかったね、真太郎」
 同じ声、同じ顔。しかしそのトーンも表情も先ほどよりわずかながら柔和なものに変わっている。それはほんの少しの差異でしかないかもしれない。しかし普段の彼を知るものなら少なくとも確実に違和感を覚えるであろう変化だった。
 これがもうひとりの赤司征十郎?
 信じられない。けれども芝居ではない。
 証拠はないものの、緑間は確信せずにはいられなかった――自分はふたりの赤司と対面したのだと。

 

 

 

 

 

 

 

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