忍者ブログ

倉庫

『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

黒猫と魔法のキス 2

 突然目の前に現れた、少なくとも上半身裸のイケメンに胴に跨られるという、人生でもっとも理解に苦しむ光景がいま眼前に展開されている。完全なるマウントポジションで、俺の体の両脇に伸びてくる大腿部は日本人として標準的な肌色。すなわち布がない。ジャージのジャケットがグッジョブな皺をつくっており、仰向けで首だけ起こしている俺の目線では彼の股間は直接確認できない。しかし、けっして薄くはない服の布越しにじわーっと染みてくる生温かさはいったい。……いや、気のせいだ。気のせいに違いない。そう自分に言い聞かせながら、肘を畳について上半身に浅い角度をつける。天井を映していた視界が必然的に下がっていく。先走って目線をより下へ向けようとし――ある一定のラインまで到達したところでさっと目を逸らす。ひぐ、と息を呑みながら。
 なんで服着てないのこのイケメン!?
 ああぁぁぁぁ、やっぱりマッパだった! 余すことなく確認したわけではないが、マイクロビキニでも穿いていない限り、全裸確定だよこのひと!
 戸惑い混乱する俺の上で、赤司は黒猫の姿と通ずるところのある気品のある顔のまま、真面目な声音で答えた。
「猫の状態では服を着ていなかったからだ」
 いやまあ、そりゃそういうことなんだろうけど。
 なんでそんな堂々としていられるというのか。慌てふためいているのは俺だけで、赤司のほうはまったく動じず、羞恥の欠片も見せはしない。むしろ優雅な印象さえ受けるいずまいだ。全裸なのに。
 もしかして魔界では服を着ないのがスタンダードだったりするのか? いままで会った魔法使いは現代日本のどこにでもいそうな服装のひとたちばかりだったが、あれは人間社会に同化するための擬態であり、向こうの世界では全裸で生活するスタイルのほうが普通なのか?
 赤司が猫の姿から人間に戻ったという事実よりも彼が全裸で俺の上に乗っかっているという現状のほうが驚愕度が高かったかもしれない。俺はとっさに言葉が出ず、助けを求めるように口をぱくつかせながら黒子に目線をやった。
「これは失礼。変身が解けたことにばかり気を取られていました」
 反応が返ってくるまでに少々タイムラグがあったことから、黒子もまた地味にびっくりしているようだった。表情の起伏は相変わらず少なかったけれど。
 ちょっとお待ちを。そう言ってから黒子が右手に人差し指を赤司に向けた。と、その直後、赤司の体を渋い茶色の布が覆った。温泉旅館に置いてあるような浴衣だ。黒子が魔法で出現させたらしい。もし映像作品だったら、指先から光みたいなものが発射されて赤司の体を包むといった効果で表現されそうだ。ビジュアル系みたいな派手な髪色と顔立ちのくせに、赤司はやけに浴衣姿がサマになっていた。しかし当の本人は、数秒の間不思議そうに自分を包んだ和服を見下ろし、続いて腕を持ち上げ袂を左右交互に眺めたあと、
「五百年間ほとんど全裸で生活していたせいか、着衣が窮屈に感じられてならない」
 不満そうに眉根を寄せてそんあぼやきを発した。五百年間全裸ってすげぇな。いや、猫の姿をしていたのだから当たり前なんだけれど。
「でも人間だと毛皮ないから寒いでしょう」
「まあそれはそうだが」
 もうちょっと緩く着付けてくれればよかったのに。赤司はため息をつきながら背中に腕を回した。帯を緩めたいようだ。俺の腹の上でもぞもぞと衣擦れの音を立てながら赤司が呟く。
「下着も現代風のものか? なんだかきつい……」
「ボクサーブリーフです。褌のがよかったですか?」
「そうだな。替えてほしいところだ。越中が無難か?」
「勝手に替えちゃっていいですよ」
「それがだな、どうやら解けたのは変身だけで、魔力は封印されたままのようだ」
「あ、そういえば魔力を感じませんね」
 下敷きにされている俺の存在など忘れてしまったかのように、ふたりの会話が進行していく。あまりに平常運転なので、混乱を極めていた俺の頭にもわずかながら冷静さが戻ってきたような気がした。が、それは逆に現状の認識を鮮明にさせ、次なる混乱へのトリガーに指を引っ掛ける予感をもたらした。
「あのー……もういっこ聞いていいっすか?」
 なぜか体育会系の敬語になる。すでにこの時点で背中に嫌な汗が浮かんでいた。
「なんだ」
「ええと、あの……」
「早く言え」
 じわじわと脂汗の出る俺の心境などお構いなしに赤司が急かす。俺は視線を泳がせながら唇を何度かもごもご動かしたあと、ためらいがちに口を開いた。
「あ、あたってるんですけど」
「あたっている?」
 漠然とした回答ではピンと来ないのか、赤司は首を傾げた。黒猫のときも同じ仕草をしていたなあ、と猫のイメージが重なって見えたところで、この少年はやっぱりあの黒猫の赤司なんだと実感する。あの愛くるしいアカシの姿が脳裏に浮かび上がったことで、俺はわけもなく猛烈な罪悪感に襲われた。
「えっと……このへんが」
 俺は目線を畳の縁に放ったまま、指で自分の腹部を指した。そこはちょうど、俺に跨る彼の脚の間が接しているところだ。黒子が浴衣を出してくれたから直接見えることはないのだが、しかしこの存在感……。こいつは大物だぜ、とどこかで聞いた覚えのある台詞が脳内で再生される。
 俺が顔をほとんど九十度逸らしたまま沈黙に陥っていると、赤司がまたしてもごそごそと動き衣擦れを立てる。浴衣の合わせを開いているようだ。彼はたっぷり十秒ほど押し黙ったあと、
「……きついと思ったらこれが原因だったか。ふむ……少々由々しき事態のようだ。……降旗くん」
「は、はい?」
 やはり真面目くさった声音で俺を呼んだ。確かに由々しき事態だろう。俺も男だからわかるよ? だからさっさとどいてくれませんかね、ものすごく落ち着きませんこの状況。
 下を見ないよう意識しながら彼のほうをちらりと見やる。と、彼は神妙な小声でぼそりと言った。
「股を貸してくれないか」
「は……?」
 またをかす? どういうこと?
 即座には彼の発言の意味を理解できず疑問符を浮かべる俺に、彼は腰を少々浮かせずりずりと俺の脚のほうへ体を移動させた。そして俺のズボンのウエストに左手を掛けると、少々早口になりながら言葉を続けた。
「そんな長時間でなくていいから。ちょっとだけ。とりあえず一旦脚開いて。……いや、ズボンを下ろすのが先か。……ん? これならテツヤに服を出してもらう意味はなかったか。はあ……ご無沙汰すぎて手順を忘れかけていていかんな」
 半分以上独り言のように呟きながら、こちらの意思も確認せず、なんの躊躇もなく俺のズボンを引き下ろそうとしてくる。しかもパンツごと。
「ちょ、ちょ、ちょ……!?」
 股を貸すって……。え、なに、そういう意味!?
「いやあ、五百年も猫の姿で、人間としての性欲を抑圧され続けた反動か、いまものすごくセックスしたい気分でね。もうムラムラ。そんなわけで少々股を貸してほしい。ボランティアだと思って頼むよ」
「な、何言ってんの!?」
 彼の股間が荒ぶっていらっしゃるのはすでに感じとっていたし、結構キツイ状態だという推測もつく。俺も同じ男だから。しかし、だからといっていきなり目の前の相手に股を貸せとか言うか!?
「そう慌てることはない。きみは性交渉の経験はないだろう?」
「そ、そりゃ……」
 なんで素直に答えちゃってんの俺。いや、嘘をついたところで即座に看破されるんだろうけど。この年齢なら童貞のが普通だと思うし……見栄張ってありますと答えたところで生温かい目で見られるだけだろう。
「オナニーはペニスへの刺激だけ? アナルは使わない?」
 なんかハイレベルな質問で銃撃してきたんですけど! そりゃそのとおりだけど、なんであんたにオナニーの方法を告白しなきゃなんないのさ!
 あっけに取られた俺は口をあんぐりさせるだけで返事なんてできなかったのだが、それこそが回答だと言わんばかりに彼はひとり納得したようにうんうんとうなずいた。そして、俺の肩を両手でがしっと掴むと、真摯なまなざしでまっすぐ俺をとらえた。
「未経験者に無理はさせない。案ずるな、僕はうまい」
「心配な点しかないんですけど!?」
 彼の脳みそがどんな錬金術的化学反応を起こしているのかはさっぱりわからないが、自分の身が危機的状況にあるらしいことは理解する。慣れ親しんだ名著を読むかのような落ち着き払った表情だが、心なしか瞳がらんらんぎらついているように見える。ええと……これも気のせいだよな? 気のせいだと言ってください!
 と、ズボンのゴムを引っ張っていた彼の手が突然ぱっと離れたかと思うと、ポリエステルの表面を掠るように撫でながら中央へと移動し――
「ひっ……!?」
「ちょっと萎縮している……? 大丈夫だ、怖がることはない。リラックスして」
 俺の股間を手の平でやんわりと押してきた。そんなことされてリラックスできるわけないだろ!? 弱い力とはいえ、大事なとこを他人に圧迫されたりしたら!
 心の声は盛大に叫びを上げているが、肝心の肉体は現実への理解が追いつかないこともあり、すくみ上がってすっかり涙目だ。びびるあまり相手を押しのけることもできず、いまにも泣きだしたい気持ちでいっぱいになっていると、
「はいそこまでです、赤司くん」
 体に掛かっていた重みがふいに消失した。目の前から赤司の姿は消えていない。しかしその目線は先ほどより少々高くなっていた。両の上腕は肩の高さで水平に伸ばされ、肘から先がぷらんと宙に落ちている。まるで見えない壁に磔にされているかのようだ。
「落ち着いてください、何を興奮してるんですか」
 黒子が眉間に皺を寄せながら低い声で言う。どうやら黒子が魔法を使って赤司の体を俺の上から浮かせたらしい。ちょっと前に魔法の説明で言っていた、サイコキネシス的な力の使い方だろうか。
「何をするテツヤ、水を差すとは無粋な」
「きみの罪状が増えるのを未然に防いだんです、感謝してほしいところですよ」
 黒子が学校の先生のように両手を腰に当てて半眼で赤司を睨む。
「く、黒子……」
 もともとの影の薄さもあってか、助けに入ってくれるまで俺はすっかり黒子の存在を失念していた。そうだ、黒子がいたじゃないか。俺は安堵とともに縋るような気持ちで黒子の顔を見た。
「すみません降旗くん、驚かせてしまって。……赤司くん、なんですかいきなり。発情するにしたって突然過ぎますよ」
 黒子の魔法が継続しているのか、赤司は文字通り宙ぶらりんの体勢のままだ。
「オスの性だ。致し方あるまい」
「きみは下半身にだらしないタイプでもなかったと思いますが」
 呆れ顔の黒子が再び赤司に人差し指を向ける。赤司の体はそのまま俺の横にスライドされ、すとんと畳に落とされた。浴衣の裾を引っ張りながら赤司が胡座をかく。
「そのつもりだが、五百年の禁欲は長すぎた。いや、猫の姿では発情しないから禁欲と呼ぶのは語弊があるのだが。しかし本来と異なる生物の姿において発情しないからといって大元の性欲自体がなくなったわけではなく、あくまで抑制されていただけだ。だから変身が解けたいま、五百年分の性欲がこう迸るがごとくだな」
 性欲五百年分とは果たしていかなるものなのか。気の遠くなるような年月で漠然とすら想像がつかない。ただ、人間が空想しうるどんなモンスターよりも下手をすれば恐ろしいのではないかと感じる。俺も若い身空だからさ、溜め込んだらきついというのはわからないではない。あのムラムラ悶々の煩わしさと言ったらない。この点に関しては女子が羨ましくなったりする。や、生理をはじめいろいろ煩わしいんだと反撃を食らうに決まっているけどさ。
「いいか、五百年だぞ? いまこうしておとなしく座っているだけでも褒めてほしいくらいだ、この類まれなる自制心。本当ならルパンダイブをしたいくらいの衝動に駆られているんだぞこっちは」
 性欲なにそれおいしいの、レベルの硬質な印象を受ける美形の口から飛び出す言葉は、その外見をことごとく裏切っている。表情も取り澄ましているだけにどこまで本気なのかさっぱりだ。しかし双眸の燃えるようなギラギラが彼の発言を裏付けているように感じられてならない。
「だからって弟子に欲情するひとがありますか」
「ただでさえ身体的にムラムラ来ているところに、目の前に年下の若い男がいたらそういう気分になるのは当然だろう。嗅ぐまでもなく感じるだろう、若く青い性のにおいを。……うむ、このにおい、実に下半身を直撃する」
 うわっ、なんか鼻くんくんさせてる。俺のほうに顔向けないでお願い! 直接嗅がれているわけじゃないけどなんかすごい不快です。そして怖いです。
 ……ていうか、もしかしなくてもこのひとゲイなのか? ムラムラしているところに若い女の子が、とかいう状況なら理性が瀬戸際に追い込まれるのも想像に難くないが、目の前にいるの、俺だぞ? 男だぞ? そういう気分になるのが当然とか言っちゃってるけど、俺の感覚から言わせてもらうと、まったくもって当然とは思えないのだが……。
 話にはいくらでも聞くが周囲では見たことのない――少なくとも俺は認知していない――指向の人間を前にし、ざわざわと胸中が落ち着かなくなってきた。だってしょうがないじゃん……男は自分が性欲の対象にされることに慣れていないんだ。太古から野郎のいやらしい視線をあしらい続けている女性のみなさんには頭の下がる思いです、はい。
 俺は思わず畳の上で尻をずりながら十センチほど後退した。と、黒子が額を押さえながらため息をつく。
「五百年前の感覚は捨ててください。いまは西暦で二十一世紀です。現在のこの国では、十六歳はまだ子供なんですよ? 手を出したらアウトです」
 ん? 五百年前の感覚……?
 あ、そうか、赤司が人間だった時代はそのへんの常識が現代とは違うのか。でも、コールドスリープしていて現在の社会常識を把握していませんというならともかく、猫の姿であっても人間の知的能力をもって生きてきたなら、時代ごとの規範や常識の変化にも対応しておいてほしいのだが……。
「だから少々股を借りるだけだと。正確には太腿の間を」
「素股ならいいってもんでもないです。ここは大人らしく、これで我慢してください」
 眉間の皺を伸ばさないまま、黒子が音もなく右手から縦に長い直方体の箱を出現させた。本来の意味のマジックなのだろうか、規模が小さいためか手品のように感じられる。黒子が出した箱を受け取った赤司は、耳元でそれを振って音を確かめている。
「なんだこれは」
「TENGAです。名前は聞いたことあるでしょう。これなら日本国内の法律にも魔界の法律にも触れません。どうぞこれで猛りをお治めください。存分に。ただし僕たちに見えない場所で」
 おおう……TENGAか。ネットの画像では見たことあるけど、こんな箱に入ってんのか。実物はどんななのだろう。ちょっとだけ興味がある。まあここで口走るような真似はしないが。
 赤司はしばしTENGAの箱を見つめていたが、やがてぽいっと畳に投げ捨てると、
「……降旗くん、難しい要求は何もしない、ただちょっとだけ太腿を貸してほしいのだが」
「えっ」
 再び俺の脚に乗り上げてきた。ひえぇぇぇ……なんか覚えのある弾力があたってるぅ!?
「なんでそうなるんですか。おとなしくカップ使えば済む話でしょうが。肉体的なムラムラの解消なんて物理刺激があれば十分というものです」
 黒子が回収した箱から本体を取り出し、赤司の前に突き出す。ウェブの写真で見た通り、赤基調の派手なカラーリングだ。色に対して形状はシンプルなので、あまりインパクトはない。知らなければ何の物体なのかそうそう推測できないかもしれない。
「相変わらず変なところで合理主義だな、テツヤ」
「それがマナーです。いきなり他人に股貸せとかいうほうがどうかしています」
「そういう紳士的発言が可能なのはおまえが現状を畢竟他人事としてしかとらえていないからだ。いいか、五百年だぞ? 五百年間性欲を抑圧され続け、それがいま一気に身のうちに湧き上がって来ようとしているんだぞ? 目の前には若くてぴちぴちの男子高生。これでムラムラ来ないほうがどうかしている。……うむ、この太腿の張り、まさに十代だな」
「ひぃっ……!?」
 赤司が俺の右大腿部に手の平を当て、なでなでと上下に動かす。ジャージ越しにも関わらず、ねっとりとした錯覚が生まれ、背筋に悪寒が駆け上がる。
「スケベ親父みたいな言動は謹んでください、それは完全にセクハラです。見た目と行動のギャップがひどいですよもう……」
 うん、ひどい、ひどすぎる。こんな涼やかな風貌のイケメンが、あろうことか昭和のセクハラを働いているなんて。
「彼からしたら十分すぎるおっさん具合だろう、僕もおまえも」
「問題はおっさんかどうかではなく、セクハラ野郎かどうかです」
「おまえだってあの男にムラムラ来てたじゃないか」
「それは認めますが、僕は強引に迫るような良識に欠けた行為には出ません」
「罠を張り外堀を埋めて陥落に追い込むのを良識の範疇と認めてよいものだろうか」
「何を失礼な」
「とにかく、僕はいま切羽詰まっている。いまにも性欲が爆発しそうだ。こんなことは思春期以来だ……久しぶりにオスの悲しみを猛烈に痛感しているところだ。やはり男とは馬鹿でしか――あ、あんっ!?」
 黒子と言い合っていた赤司だが、突如として短く高い悲鳴を上げた。それはやけに艶を帯びた響きで……男の声にも関わらず、俺の頭にははっきりと嬌声の二文字が横切った。黒子も驚いたのか、瞬きを忘れている。
「ちょ……降旗くん、あまり刺激しないでくれ。うっかりエロい声を出してしまったではないか。はあ……危ないところだった」
「え……お、俺!? な、何もしてないけど?」
 ふー、と意味深長な細長いため息を吐き出す赤司。脈絡もなく責められた俺は混乱する。刺激なんてした覚えないんだけど。
「ちょっと太腿を持ち上げただろう」
「へ? え、ええと……?」
 指摘され自分の太腿を見下ろす。確かに赤司が跨っているから、太腿の一部が彼の股間と接しているけど(うわー、考えたくない!)、でも、持ち上げた記憶なんてないんだが……。不可解に思っていると意図せず身じろいでしまい、その動きが脚にも伝わる。
「……あんっ! また……。降旗くん、だからそれは駄目だと……」
 俺にはまったくそんなつもりはないのだが、赤司は俺の体のわずかな動きに反応しているらしい。彼はきゅっときつく目を瞑って刺激に耐えている。わ、色っぽい――ってなんでそんなふうに感じるんだよ俺! 見目麗しいって得だよな、気持ち悪くならないんだもん。
 刺激をやり過ごすと彼は再び澄まし顔に戻った。
「ふむ……久しぶり過ぎていささか敏感になっているのだろうな。ちょっとの刺激さえ僕にとっては過大なもののようだ。……よし、降旗くん」
「な、なんですか?」
 改まった声で呼ばれぎくりとする。い、嫌な予感しかしない……。
 赤司は真正面から俺をとらえると、真剣なトーンで言った。
「このまま太腿を貸してくれ。ほんと、このままでいいから。んっ、あ、ああっ……」
 後半、いきなりはじまる喘ぎ声。なんだこれなんだこれ!?
「ちょ、え、え、ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 オナニー!? オナニーしてらっしゃる!? 俺の太腿を使って!?
「く、黒子っ……これ……」
 完全に俺の常識キャパシティは飽和状態だ。助けを求めて黒子に視線を向ける。声には泣きが入っていた。
「まったく仕方のないひとですね……」
 黒子はがっくりとうなだれながら大きくため息をついたあと、
「降旗くん、すみませんが赤司くんを元に戻してください」
 俺のほうへ首をひねりそう言ってきた。
「え? 戻す?」
「魔法議会の刑罰魔法は強力ですからあの程度の暴発で完全解除はあり得ません。だから放置してもそのうちまた猫に逆戻りすると思いますが……その間赤司くんの一人遊びにつき合うのは嫌でしょう?」
「いますぐにでもなんとかしてほしいです」
 この状況から逃れられるというならなんでもする。少なくともできる限りの努力と善処はする。が、心意気とは裏腹に、何をすべきなのかさっぱりわからない。
「じゃ、ちゃちゃっと赤司くんを猫にしちゃってください」
 そうは言われても……俺の魔法の暴発が原因とのことだが、魔法に関しては新生児並みに無知で無力な俺がどうこうできるとは思えない。しかしそんなことを考えている間にも、赤司の呼吸は早くなり、艶めいた声が断続的に耳に届く。しかも間近から。いつの間にか肩に腕回されてるし! なんだこれ、まるで対面座位じゃないか。冗談じゃないぞ。
「ど、どうすればいいんだ?」
「言葉そのまま、彼をネコにするんです」
「へ?」
 いや、だから、赤司を猫に戻す方法なんて俺にはわからないから、どうすればいいのかって聞いてるのに。
 困り顔の俺に、黒子もまた困ったように眉を下げた。
「……すみません、高校生にはちょっと早かったですかね。失礼しました、いまのは場を和ませるための僕なりのジョークです。……慣れないことを試みるもんじゃないですねまったく」
 よくわからないが、この状況でジョークはやめてくれよ。こっちは必死なんだ。
「んっ……はあ……。ああ、久しぶりだこの感覚……すばらしい」
 赤司が感極まったように耳元でささやいてくる。それも俺の頭をぎゅうっと抱きながら。
「ひぇぇ……」
 なんかもうこれセックスじゃね!? 太腿にあたってるブツの硬度が怖すぎるんだけど!
「……降旗くん」
「は、はい!?」
「やっぱり若い男の子の太腿はいいな。礼を言う。よかったら手も貸してくれないか。そろそろ押し付けるだけじゃ物足りないんだ」
 赤司が俺の右手を掴み、自分の股間へ導こうとする。
「く、くろこぉ……」
 涙で目をうるませながら黒子に救いを請う。赤司に抗議するべきなのかもしれないが、この状況に陥ってみろ――怖くて下手に声掛けなんてできないから。
「ほんと、しょーのないおっさんですね……」
 黒子は心底呆れ果てた声音でそう呟くと、
「降旗くん……ごめんなさい。ちょっとだけ我慢してくださいね」
「え? 何」
 今度は俺のほうへ人差し指を向けた。
 なんで俺が魔法の対象にされるんだ? そう疑問に感じたのも束の間、くいっと首が後ろに傾けられ、一瞬だけ赤司から顔が離れたかと思うと、
「むぐっ!?」
 急激に視界に陰りが生じ、次の瞬間には唇に生ぬるいぬめり。
 ……おい。まさか……まさかこれ……。
「はい、これで何もかも元通り」
 呆然とする俺をよそに、黒子がいつもどおりの平坦さで事態の収束を宣言した。
 元通りとの言葉通り、いましがた俺の上に存在した成人男子一人分の体重は消えてなくなり、代わりに腿の上にこのところ親しんでいる重みが加わる。視界の下方には、見慣れた黒い毛玉。
「テツヤ、いきなり何をする。せっかくいいところだったのに……」
 ぶーたれた声を出す赤司の首根っこを黒子が引っ掴み、一瞬だけぷらんと宙に持ち上げる。
「きみを性犯罪者にしないためです。罪状と刑期を上乗せする気ですか?」
 俺の膝から赤司を回収した黒子が、自分の胸にその黒い毛玉を抱きながらジト目で見つめている。
「あと五百年も服役かと思うとため息が出てしまうんだよ。多少上乗せされたところで誤差の範囲としか思えなくなる」
「駄目です、みんなできちんと社会復帰しようって誓い合ったでしょうが。忘れたとは言わせませんよ?」
「最近はそういうのもどうでもよくなる勢いだな。未来が遠すぎる」
 すでに一件落着ムードが漂い、黒子と赤司は普段と変わらない調子で掛け合いをしている。ついさっき俺の身に起きた一大事は、彼らにとっては些末事にもあたらない空気事らしい。しかし俺にとっては看過できない出来事だ。
 なんでよりにもよって、よりにもよって……。
「なんでこんなことするんだよぉぉぉぉぉぉ!?」
 セクハラ親父とキスとか! 最悪だ! 見た目がきれいなイケメンだからって慰められると思うなよ!?
「降旗くん? どうした?」
「降旗くん? どうしました?」
「うわぁぁぁぁぁぁん! 馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!」
 野郎とのキスなんてノーカンだと思いつつも、なんだか自分の中の純情が汚されてしまったかのような感傷に襲われ、俺は泣き声みたいな叫びを上げながら自室へと駆け出した。
 その夜、俺が赤司を部屋に入れなかったのは言うまでもない。見た目がかわいい黒猫だから完全に騙されていた。そうだ、赤司は普段の姿が愛くるしいというだけで、正体はセクハラじじいの精神を持つ男なのだ。俺がアカシといちゃついている姿を黒子が微妙な目で見ていた理由をいまならよーく理解できる。そりゃドン引きだよな、黒子は赤司の元の姿と中身を知っていたのだから……。この部屋の布団の中で黒猫と過ごした微笑ましい思い出がガラガラと音を立てて崩れていくのを俺ははっきりと感じた。












PR

× CLOSE

× CLOSE

Copyright © 倉庫 : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]