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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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ちびっこ狼の思い出 4

ちびっこ狼、あの子と一緒

 三回目の出会いからは、お互い距離感を測りかねて膠着状態になるなんて事態には陥らなくなった。はじめてあの子の間近までよってにおいを嗅いだり撫でてもらったりした翌日、俺は前の日と同じくらいの時間に変身し首輪を付けてもらってから、軽やかな足取りで庭を抜け斜面を駆け上がっていった。太陽が西の空にきついオレンジの光を放って燃えており、全身毛皮姿になるにはまだ暑い時間だったが、胸のうちで逸る気持ちは気温のことなど忘れさせてくれた。約束はしていないけれど、きっと今日もあの子はあの場所にいる。疑いもせず期待に胸を躍らせて。到着したときには人の気配を感じなかったけれど、すぐに落胆したりはしなかった。しばらく待ってみようと俺は前日にそうしたように樹の根元に体を伏せてあの子が来るのを待った。焦がれが不安に変わる前に彼は姿を表した。やっぱり来てくれたんだ。彼の姿を見ただけで俺は嬉しくなって尻尾を振りながら接近した。彼はもう驚くことなく俺を迎えてくれた。
「こんにちは。来てくれたんだ」
――うん、来たよ、来たよ。きみに会いに。
 喜びの表現と挨拶を兼ねて飛びついて口元を舐めたいところだったが、いきなりだとびっくりさせちゃったり転ばせちゃったりするかな、と思い、その衝動は堪えてその場に行儀よくお座りした。と、鼻腔をくすぐる甘い香りに自然鼻がひくついた。すぐ間近から漂う香りに惹かれ、俺は目を閉じくんくんと小刻みに鼻で息を吸いながらマズルを動かした。お菓子のにおいだ。卵のタンパク質とグラニュー糖のにおいが目立ち、混じりけが少ない。市販品ではなく手づくりかな。そういえば、昨日も彼はほんのり甘い香りを漂わせた。あれと同じだ。今日はもっと強く感じる。分析というほどではないが、嗅覚がもたらす情報からそんなことを感じていると、鼻先が何かにぶつかった。嗅ぐのに集中するあまり、マズルが彼の胴にあたってしまったのだった。あ、いけない、ごめんね。別にたいした衝撃はなかったが、しつこくにおいを嗅がれるのは嫌だったかなと思い顔を上げる。と。
「あ、わかっちゃった? お菓子持ってきたんだ。食べる?」
 彼は嬉しそうに笑うと、着ていたパーカーのポケットから小さな袋を取り出した。むわ、と甘い香りがひときわ強く放たれる。
「へへ。クッキー持ってきたんだ。お母さんが焼いてくれたの」
――クッキー! 手づくり! わー、おいしそう。え? くれるの? それくれるの? 食べていい?
 座敷犬育ちで肉食獣の誇りなどない俺は、人間の子供が喜んで食べるようなお菓子も好んでいた。もちろん食性や体のつくりから、変身時に人間と同じ物を同じだけ食べるのはやめておくべきだが、少量であれば問題はない。玉ねぎやチョコレート類はよろしくないだろうけど。家でも変身中の俺に親が人間用のおやつを与えてくれることはある。ただ、味覚より嗅覚優先なため、おいしい食べ物はできれば人間のときに食べようと考えとっておく傾向があった。もちろん、彼が俺にクッキーをくれるとして、この場で変身を解くことはできなかったが。
 ちょっと待っててね。言いながら、彼は袋の口を縛ってあったモールを外すと、中から一枚クッキーをつまみ出し、半分に割った。俺は姿勢を崩すことなくきちんと座っていたが、目線はクッキーをもつ彼の手に釘付けで、尻尾はぱたぱた勝手に振れていた。焦らされたらそのうちよだれが垂れていたかもしれない。
「はい、どうぞ」
 クッキーが目の前に差し出される。甘い香りで誘うお菓子の欠片にすぐにでも飛びつきたいところだったが、俺はそこでちょっと困ってしまった。男の子の指先に摘まれたクッキーはあまり大きくなかったので、それだけをうまく口で挟み取るのは難しそうだった。クッキーをくわえようとするとき、同時に男の子の指まで前歯で挟んでしまうかもしれない。無論、噛む力は加減できるので怪我をさせるようなことはないと思われたが、もし鋭い牙がうっかりあたってしまったら、体毛のない人間の皮膚は容易に傷ついてしまうだろうし、仮に大丈夫だったとしても、前歯に指が挟まれたことで彼が『噛まれた』と思ってしまわないだろうか。怖がられてしまわないだろうか。でも、せっかくくれるって言ってくれてるし、何よりこのクッキーおいしそうだから食べたい。どうやったら上手にくわえられるかな。うまくクッキーだけを挟み取れそうな角度を探して俺は首を回したり頭を傾けたりした。その間も砂糖と卵のにおいは魅惑的に俺の鼻腔を満たした。
 と、頭をよぎる懸念を払拭できず口を開けないでいる俺を見下ろし、彼が不安そうに呟く。
「どうぞ。……いらない?」
――違うよ、そうじゃないよ。ほしいよ。食べたいよ、すっごく。でも……。
 ためらいは払拭されなかったが、彼の声がちょっとだけ悲しそうな響きを帯びていたので、食べないままでいるのもまたはばかられた。それに、甘さ香るクッキーの誘惑の前で子狼の忍耐は限界に近づいていた。ええい、いいって言ってくれてるんだから食べちゃえ。俺は思い切って、けれども恐る恐る口を開き彼の指先にあるクッキーを前歯でくわえた。自分ではうまくクッキーだけ挟んだつもりだったのだが、男の子の手から腕がびくんと揺れたのを感じ、あ、やっちゃった……と理解した。狼の姿では味わって食べるという習慣もなければ意味もないので、俺は口内に入ったクッキーをほとんど反射的にそして即座に呑み込んだ。でも、自分が男の子の指を軽くだが噛んでしまったことはわかったので、ごめんねの代わりに頭を垂らした。動物が人間の仕草をして伝わるかどうかなんて考えず。もっとも、彼は俺がしょぼんとしてしまったことを察したようで、
「あ……ごめんね。大丈夫だよ。もう半分食べる?」
 慌ててフォローすると、数秒の間を置いたあと、今度は残りのクッキーの欠片を手の平に乗せて俺の口元に差し出した。これなら舌で舐め取ることができる。すぐに別の方法を思いつくあたり、頭がいいというか機転の利くタイプだったんだろうな。俺は安心してクッキーを舌先ですくい取った。人間のときみたいにおいしさを感じることはなかったけれど、バターと砂糖と卵のにおいが気道いっぱいに広がる感覚を楽しむことはできた。人間の舌だったなら、きっとすごくおいしかったんだろうな、彼のお母さんがつくったというクッキーは。
「おいしかった?」
――うん、おいしかったよ。ありがとう!
 味ではなくにおいが、という意味にはなるが、クッキーを堪能できたのは確かなので、俺は返事とお礼を兼ねて尻尾を振った。男の子は満足げに微笑むと、こちょこちょと俺の首周りを撫でてくれた。気持よさに俺がうっとり目を閉じていると、続いて彼は反対側のポケットからテニスボールを取り出した。慣れないものに対する習性として俺はボールに鼻を近づけにおいを嗅いだ。化学繊維特有の刺激臭は少しあったが、人工物に囲まれた生活をしていればその手のにおいには慣れっこなのでどうということはなかった。
「ボール遊び、する?」
――するする! したい!
 ボール遊びそのものより、彼が遊びの相手をしてくれるということが嬉しくて、俺は期待に文字通り足を弾ませその場で小さく跳ね回った。男の子が投げたボールを口でくわえて回収し持ち帰ったり、空中に放られたボールが地面に着く前にキャッチしたりと、普通の家庭犬がやりそうな遊び。人間の五歳児にはいささか単調だが、狼の俺にはその単純な繰り返しでも十分楽しかった。俺がボールを持ち帰って口から彼の手に渡すと、彼は「上手」、「いい子」と褒めながら撫でてくれた。何回か繰り返すと、まだ余っているクッキーを割っては食べさせてくれた。でもそのときは食い気より遊びへの期待感のほうが大きくて、彼がボールを投げる構えをしたときのほうが尻尾がいっぱい振れていたんじゃないかな。上に凸の放物線を描いて投げられたボールを、思い切りジャンプして頂点近くでキャッチすると、彼はほうっと感心したように息を吐いたあと、すごいね、とはしゃぎ気味に褒めてくれた。昔から人間のときの運動能力は可もなく不可もない平凡なもので、保育園の駆けっこや鬼ごっこ、雲梯(うんてい)遊びなどで目立ったためしがなかった。褒められるとしたらその言葉はたいてい、ちゃんと最後までできて偉いね、といった種類のもので、パフォーマンスそのものを感心されることはなかった。だから彼が俺の跳躍をすごいすごいと言ってくれたのは、それが犬のやったことだと認識されているとはわかっていたけれど、それでもすごく嬉しかった。得意になるというよりはただただ褒めてほしくて、俺は一生懸命ボールを追った。しかしいささか張り切りすぎたのか、いつになく体が熱くなってきた。人間のような発汗能力がないため、運動すると体に熱が溜まりやすい。山地の夕刻とはいえ、毛皮に覆われた狼の体には少々きついものがあった。口を開き舌を飛び出させ、はっはっと速い呼吸を繰り返す俺を見て、彼は疲れたでしょ、ちょっと休もうかと提案してきた。体温の上昇で体がだるかった俺は、その場にぺたんと尻をついた。いわゆるお座りではなく、片方の後ろ足を少し浮かすような崩れた座り方。彼の前ではなるべく行儀よくしていようと思っていたのだが、疲労には勝てなかった。彼は労るように俺の背を撫で、がんばったね、と声を掛けてくれた。
――うん、うん、がんばったでしょ。えらい? えらい?
 もっと褒めて、もっと撫でて。いかにも犬っぽい要求を胸に彼に体を擦り付ける。人間より平熱の高い犬に擦り寄られては彼も暑かっただろうが、彼は引っぺがすことなく受け入れ、よしよしと俺の首や背中、胸に手を置き撫でつけた。
「いい子いい子」
 彼はやんわり抱きしめるように正面から俺の背に腕を回し、首周りのふかふかした毛に鼻先をうずめた。父や母といった親しい大人にかわいがってもらうときのような優しさを感じ、俺はもうたまらないとばかりに立ち上がると、体を地面に倒しこてんと仰向けになった。急に身じろいで体勢を換えた俺に、彼は最初きょとんとしたまなざしを向けていた。絡んだ視線のまま俺がじぃっと見つめると、彼はああ、と合点がいったように小さくうなずき、そろそろと俺の腹部に手を伸ばした。
「おなか触っていいの?」
――いいよ。触って触って! 撫でてほしいの。
 俺の胸中の声に応じるように彼はぱっと顔を輝かせると、ゆっくりと慎重な手つきで俺の腹部の白い毛に手の平を沈め、毛並みに沿って撫でていった。
「ふかふか!」
 彼が嬉しそうににっこり。人間ほど表情のない狼の俺もつられてにっこりしたくなるくらい、純真な笑顔だったと思う。彼はときどき毛並みの柔らかさを堪能するように軽く前後に手の平を押したり引いたりしつつ、あくまで優しい手つきで俺の腹を何度も何度もさすった。手の平の皮膚から労りの心が伝わってくるみたいで、すごく気持ちよかったのを覚えている。あの優しい手を俺は忘れられないようで、いまでもときどき夢に見る。あの男の子におなかを撫でてもらう夢を。夢の中では俺も彼も小さな子供のまま。というのも、俺はあの夏に会ったときの彼の姿しか知らないから。

*****

 それから数日の間、毎日欠かさず彼と遊んだ。決まって夕刻、日が落ちる前までのほんの短い時間。けれども彼と過ごした時間は、その夏のほかの思い出、いや、その後何年分もの盛夏の思い出に匹敵するくらい、いっぱいいっぱい詰まったものだった。お互い名前も知らないまま、言葉で約束を交わすこともなく、ただその時間にそこへ行けば会えると信じて、毎日あの雑木林を駆けた。することといったら彼のクッキーやビスケットなどのお菓子をもらうか、ボール遊び、あるいは撫でられたりこちらから体を擦り付けたりと、単調なことの繰り返しだった。でも俺はあの子と一緒の時間を過ごし、彼とスキンシップができるだけでも満足だった。人間のあの子がそれだけで本当に楽しかったかは自信がないけど、でも、俺と会うことを楽しみにしていてくれたのは間違いないと思う。根拠はないけど、狼の俺がはっきりそう感じていたということは、きっとそういうことでいいんじゃないかな。
 たくさんの思い出が詰まっているとはいっても、すべて詳細に覚えているわけではなくて、いくつものシーンの中でもとりわけ印象的だった出来事が俺視点のカメラで写された映像みたいに心に残っている感じだ。時系列は曖昧なところもあるけど、鮮明な記憶は本当にはっきり残っていて、視覚も嗅覚も聴覚も、あの頃感じたままみたいに蘇ってくる。
 ある日、雑木林を抜けていつもの場所へ着いた俺は、習慣のように決まった木の根元であの子を待っていた。と、ふいに尻の上のほうがむずむずするのに気づいた。蚊に刺されたのか、尻尾の付け根がかゆかった。かゆみというのはひとたび意識に上ると簡単には無視できないし我慢もしがたいもので、俺は腰を浮かすと思い切り体を左に曲げて自分の尻尾の付け根を噛んだ。位置的に前脚も後ろ足も届かないから、体を屈曲させて口を使うのが一番現実的だったから。しかしどうがんばってもかゆいところそのものには歯が届かず、もどかしさと体勢のきつさから、俺はちょっぴり自棄気味にガウガウうなりながらその場で回転するように動いた。犬が自分の尻尾を追いかけるみたいに。
――や~、かゆいー。
 でも掻けない届かない。かゆみに気を取られじたばた暴れていると、
「ど、どうしたの……?」
 二メートルほど先で男の子がおっかなびっくりといった様子で佇んでいた。やだ、変なとこ見られちゃった。気まずさに思わず動きが止まる。どうしよう、さっきちょっとうなっちゃった。聞こえてたかな。俺、声怖いよ。犬みたいにかわいくないよ。怖いって思われちゃったかな、せっかく仲良くなれたのに……。そう思ったら途端に悲しくなって、俺はクゥゥと情けない小声を立てながら耳を倒した。しかし俺の想像に反して彼は特に臆したふうもなく、すっかりへこんでいる俺の前までやって来ると、腰を屈めて俺の尻尾の根元に手を触れさせた。
「もしかしてここ、かゆいの?」
――うん、かゆいの。むずむずする。
「蚊がいるからなあ……。待たせてごめんね」
 このへんかな、と呟きながら彼は指を立てて俺の尻尾まわりを探るように掻きはじめた。
「あんまり掻くのはよくないけど……噛んじゃうよりはいいかなと思って」
 掻くというよりは指先で擦るような控えめな動きだったけど、かゆみでむずついていた感覚を紛らわすには十分で、俺は心地よさに甘え声を出した。
「気持ちいい?」
――うん、気持ちいい。ありがとう。
「僕もよく刺されるよ。虫除けスプレーしてるけどさ」
 そういえば彼からはお菓子のにおい紛れていつもツンとした薬品っぽいにおいがしていた。あれは虫除けスプレーだったのだろう。いつも露出の少ない服を着ていたのは、虫刺され対策だったということか。でも人間の子供なんて蚊からしたらかっこうのターゲットだから、それなりに刺されていたと思うのだが、彼が体を掻いたりかゆそうにしている素振りを見せたことはなかった。刺されない秘訣みたいなものがあるんだろうか。
 かゆいところを掻くというのは皮膚の組織にとってはいいことではないのだろうが、掻痒感が散らされるときの感覚はなんとも心地よいものだ。彼に緩やかに掻いてもらっている間、俺はついうっとりしてしまった。……いや、俺が尻尾の付け根弱いのはこのときのことが原因じゃねえよ?……多分。って、おい、福田に河原、なにおまえらにやけてんだよ。黒子、おまえまで……。無表情だけどにやにやしてんのわかるぞ? だーから、ほんとに関係ないんだってば。開発とかいうなよ、なんか思い出が汚されるみたいじゃん。まあいいや、気を取り直して次行こうか。
 このあとのことだったのか、あるいは別の日のことだったのかは定かではないのだが、彼に芸をして見せたことがある。といってもご大層なものではなく、お手とかお座りのコマンドに従って行動するだけのことだ。これだけなら普通の犬でもやるようなことなんだけど、ちょっと心に残ってるのはさ、『握手』をしたことかな。もちろん狼の手は物を掴めるような構造じゃないから人間がイメージするような握手なんてできないんだけど。
 俺はあの子に褒めてほしくて、またあの子に喜んでほしくて、コマンドの前からせっせと右前脚を出す仕草を連発していたんだけど、彼はなかなか「お手」と言わなかった。どうしたのかなと思っていると、彼は持ち上がりかけた俺の右前脚を右手できゅっと握ってきた。疑問符を浮かべる俺に彼がふふっと微笑む。
「握手」
 俺の前脚をにぎにぎしながら、彼は何度か握手握手と繰り返し言った。行動と言葉を結びつけて教えるように。
「お手より握手がいいなって」
 彼は照れくさそうに笑みを漏らした。ただの犬じゃなくて友達だって言われているように感じられ、俺は尻尾をぶんぶん振った。
「あとはねえ……タッチ、しよ。タッチ」
 そう言うと、彼は握っていた俺の右前脚を一旦離し、肉球の少ししたあたりを支えるように掴んだ。そして左の手の平をこちらに向けると、俺の肉球にぺたりとくっつけた。
「タッチだよ、タッチ」
 人間でいうハイタッチみたいな動作だった。高さはせいぜい俺の顔程度だったけれど。
 彼が手を引っ込めると、俺もまた地面に脚を下ろした。が、彼がまたすぐ俺のほうへ手の平を突き出し、タッチ、と言った。俺はすぐに右前脚を持ち上げ彼の手の平に肉球を引っつけた。部位は異なるけど、イメージとしてはE.T.と少年が指先をくっつけるシーンかな。いや、俺地球外生命体じゃないけど。あくまで地球に住む狼人間だけど。
「上手ー。もう覚えたんだ。頭いいね」
 すぐにタッチを実践した俺ににっこり微笑むと、彼は上機嫌に右手で俺の耳の間を撫でた。
 言葉を交わすことのできない俺たちの間で、握手とタッチは挨拶の代わりみたいな感じで機能し、会ったときとさよならをするときにそれぞれ一回ずつ行った。いや、一回ということはなかったかもしれない。特に別れ際は、お互い離れるのが寂しくて、何度も繰り返し握手とタッチを繰り返して時間を引き伸ばしたものだった。あの子のちっちゃな手の平に、体の割に大きな俺の肉球をぴたっと押し付ける。それは言葉のない俺たちの間で言葉よりも雄弁にお互いの気持ちを伝え合うかのような行為だった。

 

 

 

 

 

 

 

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