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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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赤司くんの秘密の趣味

ご注意
赤司が女装趣味の持ち主で、実渕と降旗を巻き込んで微エロDVDを作成し、黒子に見せるという、非常に特殊でぶっ飛んだ話です。
赤司の性格は、大学生赤降シリーズの赤司とまったく同じです。ストーリーも、セックスを女装に置き換えただけのような二番煎じぶりです。
女装萌えとは無縁の、マイペース赤司と周辺被害者の話です。

よろしかったらスクロールどうぞ↓










 ダイニングから続くリビングの壁のひとつをででんと陣取る大きなディスプレイ。テレビ台の下ではDVDプレイヤーの光が灯り、かすかな機械音を立てながら作動している。画面の中では、すらりと背の高い少女がふたり、どこかで見覚えがあるようなそうでないような制服を着て、向かい合いでベッドに座っている。ひとりは茶髪のボブで、ブレザータイプの制服のジャケットを脱いだような、丸襟のシンプルなブラウスと箱ひだの紺色のスカート、ほぼ同じ色のハイソックスを身に着けている。もうひとりはアニメの世界にいそうな鮮やかな赤のストレートヘアで、数十年の伝統を受け継いでいそうな黒スカーフの黒いセーラー服を着ている。脚はいまどき珍しい三つ折の白のソックス。そのレトロ感が逆に新鮮だ。控えめな、しかしながら丹念に施された化粧を纏うふたりの顔は大層美しい。美少女ふたりが向かい合う光景はなかなかに目の保養になる――その声が女性にはあり得ないほどの低さでなかったなら。
『な、なあ……まだ続けるの?』
 茶髪が、色の薄いアイラインに囲まれた両の目を不安げに揺らす。対照的に、赤毛のほうは落ち着き払った調子で答える。
『まだはじまったばかりだが』
『そうだけど……やっぱこんなのおかしいよ』
『何がおかしい』
 唐突に画面が暗くなったかと思うと、二秒後には安っぽいピンクの照明が部屋を照らしだした。続いて鳴り響く謎のムーディーさを漂わす楽曲。あっは~ん、とか、うっふ~ん、とかいうSEが入ったらある意味完璧だ。
『何がって言われても……い、いろいろ?』
 照明の変化に落ち着かない様子の茶髪。
『漠然としすぎている。意見は他者にわかりやすく述べるべきだ』
『そうは言われてもなあ……』
『十秒以内に明確な意見が出ない場合、こちらの意向を続行する。……三、二、一。はい終了』
『十秒って言ったじゃん!? なんでいきなり残り三秒!?』
 赤毛の強引なカウントダウンに茶髪がにわかに声を荒げる。
『十秒でも三秒でも結果は同じだろう。きみはとっさにはっきりとした物言いができないのだから』
『う……それわかっててそういう追い詰め方するかなあ……』
 茶髪が弱り切った声を絞り出すと、赤毛が堂々と胸を張る。一瞬美しい山を描くものの、次の瞬間には制服に不自然な皺が寄る。しかし、気にしていないのか気づかないのか、赤毛の声は相変わらず自身に満ちている。
『案ずることはない。シナリオはすべて覚えている。きみの分まで。だからきみは安心して僕に身を任せるといい』
『えー……』
『返事は?』
『は、はい……』
 渋々ながらもうなずく茶髪の態度に満足したのか、赤毛は不意に優しげに目を細めると、
『……いい子だ、光樹』
『ふぁっ……?』
 茶髪の前髪を手の平でよけ、リップ音を立てながらその額にキスを落とした。
 そこで一旦画面が切り替わる。
 ベッドの上でブラジャーを外そうとしているらしいロングヘアが逆光に浮かぶ影のように映しだされた瞬間、ディスプレイは真っ黒になった――。

*****

 扱いなれない他人の家のリモコンをガラスのテーブルに置いた黒子は、疲れきったかのようなため息を吐いたあと、家主に向かって半眼を投げつけた。
「あの……赤司くん」
「なんだテツヤ」
 部屋の主たる赤司は、惜しげもなく部屋着へと格下げした高校時代のジャージの襟を直しながら、いましがたまで見つめていたテレビ画面から黒子へと視線を移す。
「もはや質問する気力さえないというか、聞こうにも耳を塞ぎたくなる勢いなんですが、聞かない限り先に進めない、ひいてはここから解放されそうにないので渋々ながらお聞きしますが――このビデオはなんですか」
 このビデオとはつまり、つい三十秒前まで画面いっぱいに映し出されていた、直接的ではないがそこはかとなくいかがわしい空気満点のDVDのことである。ちょっと頼みたいことがある、との言葉とともに休日赤司宅に呼ばれた黒子は、部屋に招かれて早々、赤毛と茶髪のいかにも素人くさい寸劇を見せられていた。詳しい説明は受けなかったが、映像の中に出てくる赤毛ロングが、いま横に座っている単発赤毛の高校ジャージ男であることは明白だ。そして、茶髪ボブのほうはおそらく――
「ホームビデオだが」
 黒子の問いに赤司はなんでもないことのようにあっさりと答えた。
「ホームビデオ!? これをホームビデオと言いますか!? 世のお父さんたちに謝ってください!」
 らしくもなく声を荒げる黒子。まあそうだろう。これをホームビデオと言い張ってゴールデンタイムのお茶の間バラエティに投稿したところで、絶対に採用されることはないだろう。深夜枠ならあり得なくはないが。
「どう見てもAVですよねこれ!?」
「セックスなどしていないが」
「そりゃ本番はなかったですけど! でも雰囲気はまるっきりセックスのときのそれだったじゃないですか。ていうかなんですかあの下品きわまりないおピンクなBGMは。照明もピンクでしたし」
 予算のもらえない演劇部だってもうちょっとマシな演出しますよ。あまりの低俗さに頭痛を覚える黒子だったが、赤司のほうはいつもどおり真面目なようで、
「僕は芸術的センスに欠ける。音楽面は真太郎に依頼するべきだっただろうか」
 顎に手をあてながらううむとうなっている。
「やめてあげてください、かわいそうです」
 そして現在進行形で僕がかわいそうです。せっかくの休日をこのようなわけのわからないビデオによって潰される嘆きに揉まれながら、黒子が力ない声を出す。
「で、話は戻しますけれど、いったい何なんですかこのビデオは。市販のハンディカムを使った素人の自家撮影という意味ではホームビデオに違いないんでしょうけど、どちらかというとハメ撮りに近いですよね。いえ、定点で固定されたシーンのほうが多かったのはわかっていますけど」
 赤司に見せられたDVDは、誰が見たってそのへんに売っているハンディカムで素人が撮ったものだった。BGMは音質からして現場ではなくあとから編集で付け足されたもののようだが、それにしたって素人全開、あまりにセンスがない。一昔前のコントだってもう少し高度な演出を手掛けるというものだ。いったい何のためにこんなしょうもないものを撮影し、あまつさえ編集の手間まで掛けたというのか。赤司が黒子にとって理解に苦しむような行動をとるのは珍しくないが、今日はこれまでで一番意味がわからない。何がしたいんですかこのひとは。思い切り眉をしかめる黒子に、赤司が通常運転の平静な声音で説明する。
「うむ、それがだな、知っての通り僕には女装趣味があり――」
「ちょっと待ってください。何ですか知っての通りって。さも当然のようにのたまってくれましたけど、知ってなんかいませんよ、初耳ですよ。な、何ですか、女装趣味って」
 しれっと話す赤司だが、黒子はびっくり仰天だ。女装趣味。なんじゃそりゃ。確かにビデオの中では、古めかしいセーラー服を着ていたけれど……。
「別にひねりも含みもない。言葉そのままの意味だ。女装が趣味ということだ」
「言葉の意味そのものを聞いてるんじゃありません。僕が言いたいのは、きみに女装趣味があるなんて聞いたことがないということです」
「言ってなかったか? てっきりおまえには話したとばかり思っていたのだが」
 赤司はきょとんとしながら目をしばたたかせる。演技ではなく、本当にボケていましたと言わんばかりだ。
「完全なる初耳です。そしていますぐ夢オチにしたい気分です。どうやったらこの悪夢は覚めますか? 早く起きて僕の体!」
 両手でべしべしと自分の頬をはたきはじめる黒子。赤司は制止するように右手首を掴んだ。
「落ち着けテツヤ。はじめて耳にするとあっては驚くのも致し方ないことだ。しかし、今回の件ではどのみちおまえに相談するつもりだったから、おまえに知られることに何ら不都合はない。おまえは偏見だけで他人の趣味を一方的になじるような真似はすまい。その点について僕はおまえを固く信頼している」
「なんか……褒めていただけてるんだと思いますが、全然嬉しくないです」
「誤解なきよう言っておくが、僕が異性装を好むのはあくまで趣味でしかない。性自認は男であり、また普段から女性の姿で生活したいと思っているわけではない。僕が女性のように外見を整え女性的に振る舞うのは趣味の一環であり、それ以上でもそれ以下でもない。また自身のこのような趣味を恥じてもいない。社会的なドレスコードは守るべきだが、プライベートにおける服装は個人の自由。他者の安全や自由を脅かさない限り、その自由は保証されてしかるべきだ。もっとも、堂々と公言すべきだとも思わないが」
 よどみなく語る赤司の顔には、確かに一片の迷いもなければ羞恥もうかがえない。そのあまりに堂々とした様子に黒子のほうが意味もなく引け目を感じそうな気分だった。
「は、はあ……。まあそのへんはいいですけど。別に犯罪的な行為でもないですし」
「僕の女装はただの趣味であり性同一性障害のような個人のアイデンティティの根幹に根ざすものではない。また幼少時、知能には恵まれてはいたが奇抜で柔軟な発想をするタイプではなかったので、男である自分が女児の衣装をすることなどおよそ考えもしなかった。つまり何が言いたいかというと、幼少時にはまるでこのような趣味はなかったということだ。僕は将棋のようなステレオタイプな子供らしい趣味しか持っていなかった」
「いや……いまどきの子供にとって将棋はさほどメジャーな遊びではないと思いますが。あと赤司くんがステレオタイプとかあり得ないかと」
 黒子が軽く突っ込むが、赤司は注意を払うことなく説明を続けた。
「僕が女装に興味を持ったのは中学生のときのことだ。バスケ部のキャプテンに就任してから数ヶ月経った頃だろうか……主将業なんて要するに地位の高い雑用係だからな、練習以外でも何かと多忙だった。もちろんそれは事前に了解していたし、そのような仕事もまた僕の性にあっており、楽しいものだった。実に充実した日々だった。しかし、いかに充実した楽しい時間といえど、人間の肉体である以上キャパというものがある。当時のことを愚痴るつもりはないが、まあ詰まるところ、忙しさから少々ストレスが溜まっていたんだ。それで、あるある休日のことだ、部活から帰ると居間のソファに母親のよそ行きのバッグが無造作に投げ出されていた。確か法事のあった日だと思う、黒のシックなデザインの小ぶりなバッグだった。法事から帰ったあと買い物に出掛けたのか、母本人はそのとき不在だった。財布を移動させたということなのか、バッグの口は開いていた。斜めに倒れたバッグの口からは、小さな花柄のベージュ基調のポーチがこぼれかけていた。別にそのまま放っておいても外に出ることはなかっただろうが、まあ気づいたのだから直しておいてもいいかと、僕はポーチを手に取り、鞄の中に戻そうとした。しかし何かが引っかかってしまい、そのまま押し戻そうとしてもうまくいかなかった。方向を変える必要がありそうだったので、僕は一旦ポーチを引き抜くことにした。と、少し力を加えて引っ張ったとき、何かが破けるような音がしたあと、コン、と軽いものが床を叩く音がした。何かと思って音源のほうへ視線を向けると、小さな黒い円筒状の物体がフローリングの床に転がっていた。拾ってみると、何かのキャップのようだった。あまり見慣れてはいないが、口紅の蓋だろうと思った。どうもポーチの底の縫い合わせが破れかけ、その隙間に口紅のスティックが挟まり、引っかかっていたようだ。破綻したポーチの縫い目からは、やや明るいベージュ色をした口紅の頭がちょこんとのぞいていた。キャップを付け直すため、本体のほうを一度ポーチから引き出そうとしたのだが、その拍子に左手の人差し指に口紅が付いてしまった。肌の色とさほど変わらない色味だったが、人工的なてかりを帯びたベージュの軌跡に、僕はなぜか目を引きつけられた。どくん、と心臓が鳴る音がはっきりと聞こえた。僕は息をゆっくりと吸って吐いてから、のろのろと口紅のキャップをはめポーチごと鞄に戻すと、立ち上がって自室へと向かった――左手に付着した口紅をそのままにして。自分の部屋に入ると、僕は洋服箪笥に設置された小型の姿見の前に立った。普段はあまり活用しない鏡の前に、しかしそのときはやけに長い時間棒立ちになっていた気がする。いや、感覚的に長かったというだけで、実際の時間はそれほどでもないかもしれない。照明さえつけていない夕刻の部屋の中、僕はおもむろに左手を持ち上げると、ゆっくりと自分の唇へ近づけた。そのとき人差し指はわずかに震えていたかもしれない。鏡をじぃっと見つめながら、僕は指の側面を自分の唇へ押し付け、そこについていたベージュを薄い皮膚へと移した。口紅は地味な色で、また量も少なかったため、パッと見にはほとんど変化がなかった。しかし確かに口紅という人工の塗料が付着した自分の唇は、僕の目にやけに鮮やかに、そして蠱惑的に映じた。長年に渡り静かだった泉の表面に一滴の雫が落ちるようなイメージが脳裏をよぎった。それは些細な出来事にすぎなかった。しかしそれこそが、僕が女性の姿に憧れ目指すようになったきっかけだった」
 説明が無駄に長く詳細なところにまで及ぶのは赤司の悪癖だ。それでいて、聞くものに口を挟む隙を与えないテクニック。もし訪問販売員として働くことがあったなら、彼は間違いなく圧倒的売り上げナンバーワン及び顧客満足度ナンバーワンを達成することだろう。まあ彼がそんな職業につくことなどあり得ないことだが。
 ぶっ飛んでいるというかネジが十個二十個外れているというか……な話を長々と聞かされた黒子は、呆気にとられるがままに口を開いていたが、語りに一段落ついたらしいと気づいたところでぼそりと言葉を挟んだ。
「はあ……。つまりお母さんの口紅をちょっと自分の唇に引いちゃったら、あれ、なんかこれすてきかも、って思っちゃったってわけですか」
「そうだ。まったく、物事のきっかけとはどこに落ちているのかわかったものではないな」
 赤司が肩を上下させながらため息をつく。
「目覚めたこと、後悔してらっしゃるので?」
「まさか。知らなかった世界が開けたようで興奮した。……とはいえ、最初の頃はさすがに悩んだが。身のうちに燻る、女性の服装や化粧への憧れに、思春期男子の心は大いに揺れ動いた。くだらぬ煩悩に意識を向けないためにハードな練習を自身に課し、心身を疲労させることでそのような考えを忘れた、もとい封じ込めた」
「そういえば一時期やけに基礎練に打ち込んでいたような記憶がありますが、まさかそれが真相だったんですか?」
「うむ。練習に没頭することにより煩悩を意識から捨て去ろうとしていた」
「い、意外にもほどがあります……きみのストイックさに感心していた緑間くんがかわいそうです」
 基礎練習に集中することにより女装への興味を意識から締め出す。まさかそんな煩悩にまみれた意図によってキャプテンが練習に励んでいたなんて。とてもではないが当時の仲間たちには言えない。そんなことを知ったなら彼らは幻滅を通り越して、得体のしれないものに対する恐怖を抱いてしまうに違いない。
「しかし、それほど忘れようと努力を要したということは、すなわちそれだけ衝動が強かったということを意味する。また、いま思えば自分で自分の肉体を追い込み余計に疲労を蓄積させてしまったのも悪かったのだろう。大所帯の強豪チームは、何かと煩雑な出来事も多かったし」
「そのへんの苦労がいかほどだったのかは僕には想像しきれませんが……見た目より疲れていたということですか」
 どれほど大人びて見えていたにせよ、所詮は中学生、未熟な精神への負担は大きかったのかもしれない。当時からなんとなくその可能性は考えないではない黒子だったが、まさか女装に走るほど赤司が追い詰められていたとは思いもしなかった。
「ああ、それはもう。肉体的疲労というよりはストレスが溜まっていたと表現したほうが正しいだろうが。……ええと、どこまで話したんだっけか。まだ口紅の話しかしていなかったか。口紅の件はただの気の迷いだと思い込もうとしていたのだが、その矢先、家のごみ箱にナイロン製の独特のてかりを持つ薄っぺらい布が丸められているのを発見した。何のことはない、つま先の破れたストッキングだった。それを目撃したとき、僕が最初にしたのは家中をくまなく歩き回ることだった。何のためかというと、家人がいないかチェックしていたんだ。自分以外誰もいないことを確認すると、僕はごみ箱から母が捨てたらしいストッキングを拾い上げ、口紅のときと同様、自分の部屋に引きこもった。心臓がばくばくとうるさい中、僕はベッドに腰掛け、一ラウンド終えたボクサーのようにうつむいた。視線は手の中のストッキング。しばしそれを凝視していたが、やがて猫背を直して上体をやや上げると、左脚を軽く持ち上げ、ジャージの裾を膝頭が見えるほどまで捲り上げた。ストッキングの薄っぺらで頼りない布地をくしゃくしゃとしわ寄せながら、破れていないほうのつま先を広げる。僕はそこで再びうつむいて動きを止めた。やめろ、この先は駄目だ。自分の中の理性がそう叫ぶのを自覚した。しかしひとたび動き出した衝動には抗えず、僕はさらに左脚を上げると、ストッキングに向けて自分のつま先を差し入れた」
「は、穿いちゃったんですか?」
 なんとなくどきどきしながら尋ねる黒子に、赤司が生真面目な顔で答える。
「そのときは膝下までだ。完全に穿いてはいない。ナイロンが肌に密着してくる感覚は気持ち悪く、また微妙に締め付けられるような感じがして、ひどく落ち着かなかった。世の女性は大変だと、若輩者ながら同情したものだ。あと、繊維の間から脛毛が飛び出て滑稽だった。まあ、男だから仕方ないな。女性だって処理しなければそうなってしまうだろうが。その日、風呂に入ったとき、思わず脚の毛をすべて剃り落としてしまおうかと思ったよ。部活や体育で詮索されたら面倒だと考え、思いとどまったがね」
「あの……ちなみにいまは?」
「抜かりはない。見ろ」
 と、赤司はジャージのズボンの裾を膝のあたりまで捲り上げた。現れた脛には、本来あるはずのモジャモジャが完全に消失していた。黒子は恐る恐るその皮膚へと指の腹を這わせた。くすぐったいのか、赤司の脚がぴくんと小さく跳ねる。
「うわあ……。とっても……つるつるです」
 足首側から膝に向けて指を這わすが、つんつんとした抵抗感はまるでない。剃るのではなく、除毛クリームでも使っているのだろうか。
「脛毛も無駄なようで完全に無駄というわけではないようで、ないと寒いんだ。あと、直接肌にズボンの生地が擦れるのが、慣れないうちは気になってしかたなかった」
 赤司が自身の女装遍歴について語りはじめた。ストッキングからはじまり、化粧やヘアメイク、女物の洋服に興味をもつようになっていったが、中学生には何かとハードルが高かったため、まずは少女向けの下着からはじめたという話だ。どの店でどんな顔をして買ったのか気にならないではなかったが、とてもではないが突っ込んで聞くことなどできない黒子だった。無論赤司は下着だけとはいえ学校に女装していくような愚行は犯さなかったが、オフの日に仲間同士何人か集まって遊びに行くときなどに、男ものの服の下にこっそり女の子用の下着をつけてどきどきを楽しんだこともあったらしい。もしかしたら自分もその場に集まっていたかもしれない――そう考えたとき黒子は戦慄した。いや、赤司が女装を楽しんでいたからといって何も被害はないのだが、想像するとそら恐ろしいものがあるのである。
 高校に上がり、親元を離れたことでいくらかの解放感を得たものの、寮生活では満足に下着女装すらできず、フラストレーションが溜まっていたらしい。無理に決行しないあたりは赤司らしいが、悶々に耐えかねて一学年上で似たような趣味を持つ実渕に相談し、彼の部屋でこっそり趣味に勤しんでいたということだ。知らない間にとんでもない世界に突き進んでしまったものである。
「――そして晴れて大学生となり一人暮らしをはじめたことで、気兼ねなく女装を楽しむことができるようになったというわけだ」
 中学高校、そして現在の大学生活に至るまでの赤司の華麗なる女装歴を前に、黒子はわけもわからず白旗を揚げたい気分になった。
「そ、そうですか……なんかすごい話を聞いてしまいました。ストレスって怖いんですね」
「ああ、女装しているとほかのどんなことよりもストレスが発散される。最近は外で着替える予定がなければ、女性ものの下着を身につけて日常を送ることも珍しくない。もちろん外は男の服だが」
「あの……もしやいまも?」
 嫌な汗が背中に吹き出すのを感じつつ黒子が尋ねると、赤司は思わせぶりにたっぷりと沈黙をとったあと、
「……ご明察というやつだ。見るか?」
 ジャージのジャケットのファスナーを下ろしながらとんでもない提案をしてきた。
「いえ、結構です……お願いだから見せないでください、僕の精神衛生のために……って何脱ごうとしてるんですかっ! 僕、辞退しましたけど!?」
 黒子が言葉を紡ぐ間にも、赤司はジャケットから腕を抜く動作をやめようとしない。
「口で言ったり映像を見せただけではただの冗談にしか聞こえないかと思ってな。実際に目の当たりにすれば、現実感も湧くだろう」
「それ、僕のためっていうより自分のためですよね!? 自分が見せたいだけですよね!?」
 抗弁むなしく見せられてしまった。詳述はすまい。恐るべき視覚への暴力に、黒子はただただ力なくうなだれた。放っておくと下着姿のままでいそうだったので、頼み込んで服は着てもらった。
「えーと……まあ、赤司くんが女装好きだということは別にどうでもいいんですけど……あの、それで、さっき見せられたビデオは結局どういうことなんです? 女装が好きなこととハメ撮りプレイが好きなことは全然別物だと思うんですが」
 話が飛び飛びというわけではないが、内容そのものが激しくカッ飛んでいるため、もはや何が何だか把握しきれない。黒子は本題を探るように、額を押さえながら自分が消したテレビ画面をちらりと見やった。
「より美しく、女性らしさを……と目指すうち、客観的に自分の姿を見つめようと写真を撮るようになった。それがいつしか動画にまで及び、ひとつの作品を仕上げるような気持ちで撮影をするように発展していったというわけだ。ナルシシズムと言われれば否定はできないな」
「いや、ご自分を被写体にするだけなら別に何も問題はないのですが、さっきの動画、明らかにふたり映っていましたよね? あの……僕の目が節穴でなければ、きみじゃないほうのコって……」
 赤司ではないほう。すなわち茶髪ボブ。化粧とウィッグの効果か、ずいぶんかわいらしい顔になっており、はっきり言って女の子にしか見えなかった。しかし、あの声と口調には確かに聞き覚えがあった。嫌な予感しかしないものの、放置できる疑問でもなかったので、黒子は心臓の嫌な高鳴りを聞きつつ尋ねた。赤司は軽くうなずきながらあっさりと答える。
「降旗光樹だ。おまえの高校時代のチームメイトの。本人の話によれば、いまでもおまえとつき合いはあるとのことだが」
「やっぱりあれ、降旗くんだったんですか!」
「かなり化けていたと思うのだが、一発で見抜くとはさすがだなテツヤ」
 おまえの観察眼には恐れ入る、と明後日な感動を見せる赤司。
「いや、姿だけだったら正直わかんなかったと思うんですが、声と口調がどうにも降旗くんを連想させましたので。あと困惑の仕方とか」
「彼は非常に女装栄えする逸材でな、僕は初見で才能の差に愕然としたよ」
「それって才能なんですかね……」
 女装素材としての降旗のすばらしさを拳を握りながら語る赤司に、黒子は遠い目を向けた。ああ、暴走がはじまった……と諦めの境地で。
 赤司の熱弁が収束に向かいつつある頃合いを見計らい、黒子が質問を挟んだ。
「あのー……ずいぶん褒めてらっしゃいますが、降旗くんに女装趣味があるなんて僕全然知らなかったんですけど。いえ、別にそのような趣味があったからといって彼と縁を切りたいなんて思いませんけども、きみがそれをバラしちゃってよかったんですか? 彼がいままで言わなかったということは、本人的には隠しておきたかったということでは?」
 何が悪いということもないのだが、マジョリティの価値観から判断するとおおっぴらに触れ回るような趣味ではない。カミングアウトならともかくアウティングはまずいのではないかと懸念する黒子だったが、赤司はなんら臆することなく回答を寄越してきた。
「問題ない。この話を僕がおまえにすることについてはすでに彼の了承を取り付けてある。また、むやみに口外することもしない。おまえもするなよテツヤ。信頼できると思っているからこそ僕も彼もおまえに明かしたわけだが」
「言わないのでご安心ください。ていうか、仮に言いふらしたとして、頭がおかしいひと扱いされるのは僕でしょう。誰も信じませんよ、こんな突拍子もないこと」
 さすがに現実感がなさすぎて、噂として流れたとしてもただのネタか、あるいは悪評で相手を貶めようとしての陰謀としか受け取られないだろう。
「しかし、ふたりの間に共通の趣味があるというのは――その特殊性から確率は低そうとはいえ――あり得ない話ではないと思えますけれど、だからといってなんでまたきみと降旗くんが一緒にその趣味を楽しむような間柄になったんです? なんかそういう同好会みたいなものが存在するんですか?」
「その手の有志の会みたいなものは存在するが、僕は特に所属はしていない。あくまで個人で楽しんでいるだけだ。玲央の助言をもらうことはあるが」
「実渕のおねえさん……やっぱりいまでもおつき合いがあるんですね。まあ……それはすっごくありそうな話なので、全然意外ではありませんけれど。でも、実渕さんと赤司くんのつながりはわかりますけど、やっぱり降旗くんは関係なさそうに思えるんですが」
 降旗と赤司の間にも、降旗と実渕の間にも、これといった関係性の糸口は見えてこない。全員大学は異なるし、バイト先がかぶるといったこともなさそうな面々だ。バスケつながりならまだわかるが、女装。いったい何をどうすれば女装というキーワードで降旗と赤司が結びつくというのか。また、降旗にそのような趣味があったことも黒子には初耳だ。思いつく限り、そのような片鱗はまったく感じなかったが。黒子が言い知れぬ胸騒ぎを感じる中、
「ああ、確かにまるで関係のない人物に過ぎなかった。しかし偶然にも知り合うきっかけがあったんだ。実は、玲央と降旗は同じアパートに住んでいるんだ。階が違うし、学生中心のアパートだから近所付き合いもなく、住人たちは互いに干渉せずに暮らしている。だから玲央は彼の存在を知らなかったし、玲央の部屋にちょくちょく遊びに行くことのある僕も、同じ建物の中に彼がいることを知らずにいた。まあ、知っていたとしても、あのような出来事がなければ名前を知っているだけの他人に過ぎなかったと思うが――」
 赤司の説明が続けられる。黒子はじわじわと嫌な汗がにじみ出てくるのをはっきりと感じていた。
「大学一年の秋学期がはじまる少し前のことだ、僕は玲央のアパートへ行き、化粧の手ほどきを受けていた。玲央はファッション雑誌のチェックに余念がなく、最新の流行をしっかりと押さえている。またメイクの基礎も確立されており、ひとに教えるのもうまい。化粧品を購入する際のアドバイスはほとんどすべて玲央からもらっているし、またメイクを本格的にはじめて間もない頃は、玲央から試供品を譲ってもらったりしていた。まだ残暑の厳しい季節だったが、ファッションの世界ではすでに秋物が当たり前になっており、僕は玲央の助言を受けながらメイクにウィッグ、インナー、そして外の衣服と、フルで整えた。僕の背丈は女性でもあり得ないレベルではないが、いかんせん体格がごついので、夏服は厳しいものがあった。秋物なら体の線が隠しやすく、これから春までは存分に女装の腕を磨けると、玲央と一緒に気合を入れていた。もっとも、玲央は身長的な制限もあり、女装した男というよりは男装した女のような格好になることが多かったが。百七十代ならなんとかなるが、百九十前後になると、もうまともに女性の服を選ぶことができなくなるんだ。玲央は細身だが身長自体は高いからな。その分裁縫の腕前は向上したようだが。先にメイクアップを済まさせてもらった僕は、玲央が支度を整えるのば待ちきれず、一足先に表をうろつくことにした。玲央の部屋は三階にあり、アパートにはエレベータなど設置されていないので、外に出るには階段を降りることになる。僕は日傘を持ち、玲央に借りたつけなれない黒のウィッグを気にしつつ、踊り場を経由しながら下へと向かった。暦の上では秋とはいえ日差しはまだ強く、建物の外に出た僕は早速日傘を差した。汗で化粧が落ちてしまうのが気にはなったが、夏を感じさせる陽光の下を女性の姿で歩けることが嬉しくて、弾むこころのままに年甲斐もなく傘を差したままくるりくるりと回転などしてしまった。浮かれるにもほどがあるといまは反省している。そしてこれがまずかった。傘のせいで視界がいつもより狭くなり、注意が払いきれていなかった。傘越しに背中に何かがぶつかり、おろしたてのヒールの高い靴に慣れていないこともあり、あっさりバランスを崩してしまった。もちろん受け身は取ったがな。尻餅はつかなかったが、コンクリートの上に座り込むかたちになった僕の上に影が落ちてきた。そして目の前に差し出された人間の手。ぶつかった相手のようだ。もう言ってしまうが、この人物が降旗だった。もっともこの時点では気づきもしなかったのだが。『すっ、すみません、大丈夫ですか!?』慌てたような声で彼が尋ねてくる。非があるのはあんなところで浮かれた動作を行っていた僕なのだが、彼はしきりにすみませんごめんなさいと謝ってきた。彼からすれば女性を転ばせてしまったという認識だっただろうが、気持ちはわからないでもない。僕はあまりボイストレーニングをしていないため、女性的な声は出ない。しかし沈黙を続けるほどに彼の焦りはひどくなっていった。怒りを買ったと恐れたのだろうか。座り込んだままでは彼の心配を煽るだけだ、僕は大丈夫だと示すように小刻みに何度も首を縦に振りつつ立ち上がった。しかしこれは軽率な行動だった。というのも、ぶつかって倒れた折、ウィッグがずれてしまっていたんだ。首を動かしたとき変に人工の髪が顔にまとわりつくと思っていたのだが、もうこの時点で外れかけていたということだろう。顔を伏せながら立ち上がったと同時に、ずるりとウィッグが落ち、上半身をわずかに伝ったあと、ぼとりと地面に落ちた。何が起きたかわからず、僕は思わず顔を上向けぽかんとしてしまった。そして相手と目が合った。彼はびっくりしながら疑問符を大量に散らせていた。まあそうだろう、目の前で人間の髪の毛がずり落ちるなんて光景、目のあたりにすることはそうそうないだろうからな。彼は僕と視線が絡んだ瞬間、びくんと肩を揺らし、数秒後、ごめんなさいと一際大きな声で叫んだあと、急に踵を返して走り去ろうとした。何がごめんなさいなのか、そして彼の行動の意味も正直よくわからなかったが、僕は反射的に足を前に踏み出すと、彼との距離を一気に縮め、その腕をとらえた。『ひぃっ!?』彼の喉から短い悲鳴が上がる。
『ご、ごめんなさい……お、俺、何も見てませんから……ゆ、ゆゆ、許して……』
 彼はなぜかガタガタ震えながらそんなことを言った。
『何のことだ』
 意味がわからなかったのでそう返すと、彼はこちらに目をくれないまま、
『ご、ごめん……ほんと、何も見てないから……だからお願い見逃してください……誰にも言いませんから……』
 その言葉を聞いた瞬間、僕は彼の体を担ぎ上げ、玲央の部屋へと向かっていた。成人男子ひとりを担いで階段を昇るのは骨が折れるが、火事場の馬鹿力とでも言うべきか、あのときはそんなこと気にもならず、足早に階段を駆け登っていた。彼は僕の肩に担がれたままじたばたと手足を暴れさせていたが、階段が直下に見えることに恐怖を感じたのか、それほど大きな動きはしなかった。なんなの、やめろよ、と僕を制止する声が聞こえた気がするが、僕は構わず足を進めた」
「ちょ……なんですかその唐突な展開は。降旗くんを拉致ったということですか?」
 赤司の口から飛び出したのは、ご都合主義や超展開という言葉を百個並べ立てても足りない無茶苦茶な話だった。あまりの意味不明さに黒子はテーブルに突っ伏しそうになりながらなんとか言葉を差し込んだ。
「人聞きの悪い単語を使うな。話をしやすい場所に移動しただけだ。外は暑いし日差しも強い」
「はあ……しかし何を話そうと思ったんです? 口止め?」
「いや、そのとき僕が考えたのは口止めとは異なる発想だ。彼を玲央の部屋に連れて行った段階でも、僕はまだ彼が誰なのか思い出せていなかった。知っている顔だとも思わなかった。しかし彼の反応を見るに、どうも向こうは僕のことを知っているらしいと推測した。僕はけっして自分の趣味を恥じてはいない。しかし彼の涙混じりの懇願の台詞から判断するに、彼は僕の女装趣味をまるで『いけないこと』だと感じているように思えた。それは大層心外だ。僕はこの趣味をなんら恥ずかしく思っていないことを彼に伝えなければ。ある種の使命感にも似た感情が僕を支配した。なんとしてでも彼に女装のすばらしさを伝えたい。そう思った僕は、玲央の部屋に到着すると、突然第三者を連れ込んだことに驚く玲央に命じた。
『玲央、彼の服を脱がせたい、手伝え』
『はあっ!? ちょ……いったい何なの!?』
『説明はあとだ。まずは彼を脱がせるのが緊急課題だ。いいから従え』
『え、で、でも……』
 玲央がためらっている間に、靴のままベッドの上に放られた降旗が暴れはじめた。
『ちょっ……なんだよっ! やめろよ!』
『おとなしくしろ。別に危害は加えない』
 僕が彼のTシャツの裾に手をかけると、
『いままさに加えられようとしてますけど!?』
 彼が膝蹴りを繰り出してきた。遅い動きだったので難なく制することができたが。僕はそこでとらえた足を抱え上げると、シャツより先にズボンを脱がせることにした。夏物のハーフパンツで、ウエストはゴムだったから、脱がせるのは簡単だった」
「えっ……ちょっ、な、ななななな、なんですかその犯罪現場!?」
 時間設定からすると一年以上前の出来事であり、とっくに終わってしまった過去ではあるのだが、語られる内容から匂い立つ犯罪臭にいてもたってもいられず、黒子は声を高くした。見知らぬ(と赤司は思っていた)相手を部屋に連れ込み、服を脱がせに掛かるとは、だれがどう聞いたって立派な犯罪だ。いや、犯罪に立派も何もないのだが。
「何を慌てる。別に犯罪的なことなどしていないぞ」
「他人の服を脱がせようとしたひとが何を言いますかっ」
「落ち着け、別に悪意的なものは何もなかったんだ」
「じゃあ何を考えて降旗くんにそんな狼藉を働いたのですか」
「彼を女装させるためだ」
 これまた見事な珍回答。黒子ははたと固まったあと、思い切り眉根を寄せた。
「……は?」
「彼に女装をしてもらおうと思ってな」
「な、何のために?」
「女装のすばらしさに目覚めれば、彼も僕がこの趣味をなんら恥じていないことを理解できるのではないかと考えてのことだ」
「なんですかその超理論!? 錬金術もびっくりですよ!?」
 同じ穴の狢、あるいは一種の共犯者とすることで口封じを試みるというのなら、ゲスではあるが発想としてはまだ理解可能だ。しかし、女装のすばらしさに目覚めさせることによって自分の趣味に共感してもらおうなどと、およそ常人が思いつくところではないだろう。
「いま思うと少々突飛だと自分でも思うが、そのときは焦っていたこともあり、それしか浮かばず、またそれこそが至上の名案であるように自負していたんだ。ただ、焦燥のあまり彼に説明らしい説明をすることができないのは悪かったと思っている。彼は突然の事態になかば錯乱状態に陥り暴れに暴れた。このままでは僕はともかく玲央の身及び玲央の部屋が危険に晒される。そう判断した僕は、申し訳なさを押し殺しながら、彼の頸動脈を圧迫し、落とした」
「なんですか、殺人未遂!?」
「違う。ただの締め技だ、手加減もわきまえているから問題ない。目覚めもなるべくすっきりするように配慮した。彼が気絶している間、僕は玲央に事情を話して協力を仰ぎ、ふたりがかりで彼に女性の服を着せ、化粧を施した。もちろんウィッグも。彼は僕よりやや細かったが、背丈は大差ないので、僕の服を貸し出した。ただ、胸筋の差か、ブラジャーはどうしても緩くなってしまった」
「下着まで……!?」
「無論。下着から入ってこその女装だ」
「ええと……パンツも?」
「玲央がお節介にも僕用にと買った、兎のバックプリントを活用できてよかった」
「ひ、ひどい……」
 パンツを替えられたということは、大事なところを全部見られたということにほかならない。本人は犯罪的ではないと主張しているが、猥褻罪にしか聞こえない。
「化粧のために顔を観察しているうち、誠凛の選手だった者ではないかと玲央が気づいた。言われてみれば、とよくよく観察したところ、おそらく僕と同学年のポイントガードだろうと記憶の照合及び推測がついた。きちんと確認できたのは彼の目が覚めてからのことだったが。眠った人間に化粧を施すのははじめてということもあり、さすがの玲央も苦戦していたが、やはり安心と信頼の腕前で、降旗の女装は大変美しく仕上がった。その愛らしさに、早く目を開いたところを見たいと、僕たちは期待にぞくぞくと背筋を震わせた」
「なんか……別の意味で興奮してたんじゃないですかそれ」
「少し季節を先取りしすぎてしまったが、ノルディック柄のワンピースとそこからのぞく黒タイツに包まれた脚はなんとも言えずかわいらしく、早くブーツを履かせたかった。見せ方さえ間違えなければ実は女より男のほうが脚はきれいなんだ、一般に背が高い分、脚も長いから。なかなかきれいな脛をしていたので、脛毛を剃り落として薄手のストッキングを履かせたかったが、途中で目が覚めたり身じろぎしたりすると危険なのでやめておいたんだ。頭には彼の地毛に近い茶色のウィッグをつけ、装飾はアクセント色にシンプルなピンを左右にふたつずつ留めただけだったが、それでも十分見栄えがした。もっともいじり甲斐があったのが顔で、癖や特徴が少ない分、いかようにも変化させることができる逸材で、非常に化粧栄えがよかった。秋らしいベージュ基調の、それでいてどこか春の暖かさを思わせるフェミニンなメイク。玲央の腕もおおいに奮った。その仕上がりたるや、百戦錬磨の玲央をして最高傑作と言わしめたほどだ」
「当人の意志を完全に無視して傑作も何もあったものではないでしょう」
「そこを指摘されるとつらい。順番が逆になってしまったことは認めよう。覆水盆に返らず、起きてしまったこと、やってしまったことはもう元通りにはならない。よって僕たちが次に考えたのは、彼が自分の女装姿に自信をもつことで女装に肯定的になってもらうべく、全力で説得に掛かることだった」
「なんという傍迷惑なポジティブさ」
「意識を取り戻した彼は当然ながら困惑し、少々錯乱気味だった。僕と玲央もまた女装姿のまま、女性の姿のすばらしさ並びに女装の効能を彼に説いた。三日三晩に渡る説得の末、彼は女装に興味を示しはじめた」
「ちょっと待ってください! み、三日三晩!?」
 またすごい単語が豪速球で飛んできた。気色ばむ黒子、平然としたままの赤司。
「ああ。七十二時間、玲央と交代しながらの不屈の説得が功を奏したということだ」
「それもう、拉致監禁洗脳の三拍子ですよね……」
「秋学期の初日、彼はランジェリーを身につけて大学に行くという勇気と行動力を見せ、僕と玲央をおおいに感動させた」
 赤司は右手の拳を固め、軽く顎を上げて虚空を見つめながら感動に浸っている。そこだけ見るとなんだかいい話のような気がしないでもないが、
「ふっ……降旗くんが大変な世界に引きずり込まれてしまった……!」
 黒子は騙されず、友人の身に起きた恐るべき出来事におののいた。高校以来の友人である、あの善良で優しい降旗が、よもや赤司の魔手にかかっていたなんて……。ああ、降旗くんごめんなさい、僕の旧友がとんでもないことをしでかしてしまったのですね。自分が悪いわけではないが、なんだか無性に罪悪感に駆られ、黒子は胸中で降旗に謝罪した。と同時に、つい先日会ったばかりの降旗が、いつもどおりの平凡な服装の下でもしかしたら女性物の下着を身に着けていたかもしれないという可能性に身震いした。別に何も悪くはないのだが、ないのだが……知らないうちに大切な何かを失ってしまった気分ではある。
「ええと……なんかもう突っ込みが追いつかないというか突っ込むのも嫌なんですけど……あの、ひとつだけ確認させてください。先ほどのビデオからすると、現在も降旗くんはきみと一緒に女装を楽しまれて(?)いるようですが」
「ああ。充実した生活を送っていると思う」
「結局あのビデオはなんだったんですか? リア充自慢?」
「いや、そのような意図はない。おまえにあれを見てもらったのは、添削してほしかったからだ」
「てんさく?」
 怪訝に眉をひそめる黒子に赤司が真面目くさった調子で続ける。
「いやな、僕も玲央も降旗も、どうにも文才というものに欠け、ビデオで寸劇を撮ろうにも肝心のシナリオの出来がいまいちなんだ」
「ま、まさか……」
「そこで、テツヤの文学の才と知恵を少々貸してもらえないかと思ったわけだ。降旗とのつき合いの長いおまえなら、彼にとって無理のない役を描けるだろうし」
 嫌な予感ほどあたるものである。赤司直々のご指名に、黒子は切実な悲鳴を上げずにはいられなかった。
「僕にAVライターやれっていうんですか!? 嫌です、そんな文才ありません!」
「もちろんただで働けとは言わない。ちゃんと謝礼はする。おまえが火神とアニバーサリーセックスを行う際は、機材もロケーションもすべて整えてやるから、遠慮なく依頼してこい。無論、DVDのパッケージも凝るつもりだ」
「それ嫌がらせ!」
 なんてひとだ。そして自分はなんてところに来てしまったんだ。
 これ以上精神を汚染される前に引き上げなければ危険だ。脳が鳴らす警鐘に従い、黒子は断る理由も帰る理由も思いつかないまま、とにかく腰を上げた。と、そのとき、
「征ちゃーん、お邪魔しまーす」
 ダイニングの戸が開かれたかと思うと、しばらく見ていなかった、けれどもはっきりと覚えている顔が現れる。やや細身の長身に秋物のコートを纏った、甘く整った顔立ちの青年。
「み、実渕さん……!?」
 赤司の家にインターホンもなくなぜ他人が。もしかして合鍵を渡すような仲なのか?
「あ、黒子くんね、こんにちは、お久しぶり」
「お、お久しぶりです」
 驚きつつも、きちんと挨拶をされると反射的に返してしまう。心の中はありとあらゆる疑問でいっぱいなのだけれど。
「征ちゃん、黒子くんにお話書いてもらえた?」
「いや、これからだ。少々説明が長引いてしまってな」
「DVDは? ちゃんと見せてあげた?」
「僕と降旗の分は見せた。おまえが写っているものはこれからだ。……のつもりだったのだが、本人が来たなら、実物で見てもらったほうがいいか。そのほうがインスピレーションも湧きやすかろう」
 どうやらふたりの間ではすでに話が出来上がっているらしい。当たり前のように会話を交わす両者の間で黒子が悲鳴じみた声を上げる。
「はあ!? 何言ってんですか、冗談じゃないですよ! せっかくのご依頼ですが、僕には無理です、さようなら! お暇します!」
 もはや一分一秒だってこの空間にはいられない。ソファの脇に寄せておいた自分のバッグを引っ掴んで退散しようとダイニングの出入り口に足を向けた黒子だったが、戸の横を通過する直前、目の前の物体によって勢いをそがれた。ぶつかる直前に足を止めると、そこには――
「ふっ、ふ……降旗くん!?」
「あ、黒子……」
 渦中の人である降旗の姿が。トレーナー生地のパーカーを羽織った彼は、黒子ほどには驚いていない様子で、黒子の姿を見とめたあと、申し訳なさそうに片手でごめんのポーズをつくった。
「その、ごめんな? 変なことに巻き込んじゃって」
「い、いえ……きみが謝ることはないですよ。被害者みたいなものなんですから。それより、なぜきみまでここに? 赤司くんに呼びつけられたんですか? 脅されてるんですか?」
 ひそひそ声で尋ねると、降旗のほうもつられてボリュームを下げる。しかし、その答えは黒子の期待したものとは真逆だった。
「いや、そういうわけじゃ……。あの、赤司から話、聞いたんだよな? ええとな……ごめん、理解してもらえないとは思うんだけど……俺、女装っていいなって思うようになっちゃって……」
 降旗らしい控えめな口調でもじもじと告げられた内容は、しかし黒子にとって恐ろしい事実だった。
「いや――っ! 降旗くんがっ……降旗くんがぁぁぁぁぁぁ!」
 思わず鞄を落とし、文字通り頭を抱える黒子。狂ったように悶え苦しむ黒子にびくりと体を震わせつつ、降旗が言葉を続ける。
「り、理解できないのは当然だよ。俺だって最初、わけわかんなかったし……。拒絶されても仕方ないなって思ってる。黒子はそういう偏見あんまなさそうだけど……」
 なおもぎゃーぎゃー喚く黒子に、降旗が意を決したように、彼にしては強いまなざしを向ける。
「あのさ、謝った先からなんだよって話なんだけど……よかったら協力してくれないかな」
「へ?」
 まさか。
 この日一番の悪い予感に黒子は目に見えて肩を揺らした。そうして降旗の口から飛び出した言葉は――
「ビデオ撮影。これから実渕さんと赤司と一緒に撮るんだ。赤司から説明されたと思うけど……」
「ちょっ……降旗くん!? 正気ですか!?」
「い、いきなりこんな世界見せられても、って思うのは当然だよ? でも、俺もそうだったんだけど……知っちゃうとはまるっていうか、新しい世界の扉が開けた感じですげー楽しいから……」
 頬を赤らめつつ、遠慮がちに、それでいてたっぷりと期待を込めた視線を降旗が向ける。黒子はひぃっと喉を鳴らしながら二歩、三歩とあとずさった。と、その両肩を後ろから受け止めるようにして軽く掴まれる。恐る恐る振り返ると、頭一個上に実渕のきれいな顔。
「そうだ、せっかくだから黒子くんも女の子に化けてみない?」
「はい!?」
 これまたとんでもない提案。しかし、驚いているのは黒子だけ。
「ああ、その手があったか。名案だ、さすが玲央」
「そうだな、俺も実際に女装してはじめてそのよさが実感できたんだし……」
「黒子くんなら降旗くんとサイズ同じくらいでしょうし、服には困らないでしょ」
「下着はどうする? さすがに他人が使用したのは嫌だろ? ちゃんと洗濯してあってもさ」
「うちに新しいのが何枚かある。テツヤだと若干サイズ余りになるかもしれないが、きついよりはいいだろう」
「そうね、征ちゃんの下着、チェックとか水玉系のかわいいやつだもんね、きっと黒子くんにも合うわよ~」
 黒子を囲むようにして三人が集まってくる。本人の意向不在で進められていく話に、真ん中の当事者は戦慄するしかなかった。
「ちょ、え……!? 何言ってんですかきみら!?」
 黒子がただの生贄で終わったのか、それとも新しい世界に旅立ったのか、それは彼らだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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