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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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狼と大型犬

番外編です。変身中の降旗を見た黄瀬の反応。黄瀬が黒子に懐くあまり残念なことになっていますのでご注意ください。
時間軸は冬休み明けなので、赤司に事情を話す前のことです。
一部カレカノのネタを借りています。

 

 

 ウインターカップ開幕と同時に起きた事件の後遺症は年が明けてからも尾を引き、またあの熱戦の日々が終わって気が抜けたことと大会期間中に薬で症状を沈静化させていた反動で、俺の冬休みの後半はまさにグダグダだった。正しく寝正月を過ごしたあとも変身のリズムは一向に戻らず、突然化けたり解けたりで、すっかり引きこもりのコタツムリと化していた。ひとりでの外出中にうっかり変身したら大変だし、逆に変身中に出歩いて何かの表紙に人間に戻ったらさらに大惨事だ。公共の場で全裸に首輪はやばすぎる。それでも三学期が近づくと、学校生活が待っているという意識が正の方向に働いたのか、新学期の初日には日中何もなければ人型を保てる程度には落ち着いた。家にこもっている間はあまりすることもなかったので、こなせるか心配だった冬休みの課題はなんだかんだで終えることができ、休み明けの課題テストは無事通過することができた。じきにはじまった通常授業も平穏に受けることができている。が、問題は部活だ。部活の大会で起きた出来事であるためか、あのときの恐怖や不安感がバスケというスポーツと緩やかだがリンクしてしまっているようで、さあ本格的に練習再開だと意気込んだのも束の間、いざ部活がはじまると体の内側が途端に落ち着かなくなり、基礎練はともかくプレイ中の接触みたいなちょっとした衝撃でドロンと化けてしまう始末だった。狼の姿でバスケなどできるはずもなく、カントクの指示で見学ということになったのだが、二号よりはるかに大きく存在感と威圧感のある外見の狼に今度は火神が落ち着きを欠きはじめた。中身が俺だとわかっていても怖いものは怖いようで、近づくのはもちろん、視界に入る、いや、同じ空間に存在するだけで慄いている様子だった。仕方ないので倉庫に隠れ、二号と毛づくろいに勤しんでいると、今度は休憩中にのぞきに来た部員が「ぐはっ……もふっ……」とか変な声を上げ踵を返して走りだし、戻ってきたかと思うと携帯のカメラ機能で俺と二号を撮りはじめた。俺が部員に動揺を与えているのは明白だったが、それでも追い出されることはなく、冬休み明け早々に訪れる三連休中の練習にも参加した。が、基礎トレのあとのパス練中、思わぬ方向から飛んできたボールを受け損ねたというか胴体でキャッチした衝撃で、またしても狼化してしまった。体育館の床を激しく蹴って遠ざかる火神の足音を聞きながら、俺はしょぼんとうなだれてすごすごと倉庫へと向かった。そのさまが深い憐憫を誘ったのかどうかはわからないが、ランニング後のバテが治まらず動きに精彩を欠いていた黒子が接近し、僕実はまだ走りこみのノルマに達してないんです、よかったらつき合ってください、といって俺に首輪を装着しリードをつけ、外に連れ出してくれた。ノルマみたいな義務的なものはないはずなのに。俺は黒子の気遣いが嬉しくて、申し訳なく感じながらも尻尾をフリフリさせながら、黒子と並んで学校の敷地を出た。二号も尻尾を振りながら俺達の回りをぴょんぴょん跳ね回って期待の色を浮かべていたので、一緒に連れて行くことになった。
 早歩きにも満たない、まさしく散歩といった速度でてくてくと郊外を歩いて行く。
「人間を引っ張らず、前に出ることもなく、ぴったり横についてこちらのペースに合わせて歩く……本当、降旗くんはいい子ですね。おうちのひとの躾が立派です」
 なんか褒めてくれてるっぽいけど、俺中身人間だからな? そりゃ子供の頃は、変身中に人間を引っ張って走らないように親に躾けられたものだけど……。
「二号も、変身中の降旗くんがいるほうが従順というか、指示が入りやすい気がします。二号的にはきみのほうが格上って認識なんでしょうか。おなか見せてますし」
 あー、まあそれはそうかもな。獣年齢でいうとだいたい同じくらいっぽいが、俺のほうが圧倒的にでかくて力が強いし、本体が人間のため当然知能も勝るから、二号は俺を上位個体として認識しているらしい。下位個体として俺に挨拶してきたり、服従のポーズをとったりする。狼やその同種の仲間である犬の世界は上下関係が厳しく、またそうでなければ落ち着かないのだ。
 ストバスコートのある公園に差し掛かったとき、ちょっと休憩しましょう、サボりじゃないですよ、休息もまた練習の一環です、と言い訳めいた言葉とともに黒子が口元に人差し指を一本立てた。サボりの共犯ですよとでも言いたげに。小さな子供の姿がちらほらある遊具エリアは避け、コート周辺やランニングコースの一部を歩く。近くの通行人や対抗してくる人間は、誰も彼も大なり小なり驚いたようなリアクションをとる。昨今の日本では珍しいでかさの大型犬、それも狼みたいな(ていうか狼そのものなんだけど)強面の犬が公園を歩いていたらびっくりするのも致し方ない。見た目のせいで怖がられるのは慣れているのでいまさら傷ついたりしないし、人間の姿ではあり得ない反応が人々から返ってくるのは新鮮だったりする。
「ふふ、自分の存在感の薄さが打ち消されているかのように感じちゃいますね」
 俺も人間のときのモブ臭が消失しているかのように感じるよ。いたずらっぽく笑いかけてくる黒子とアイコンタクトをとる。
「あのへんひと少ないし、ベンチ使っちゃいましょうか」
 黒子がウォーキングコースの外れにあるベンチを指さした。俺は二号に目配せをしたあと、黒子の横について目的地に向かった。黒子はベンチに腰を下ろすと、対面するかたちでお座りをしている俺の横腹を両手でごしごし撫でた。
「冬毛もふもふですね。はあぁ~、この手触り……ふかふか……もふもふ……」
 黒子に呼応してか、二号が俺の尻尾の近くに体を擦り付けてきた。目を閉じてそこはかとなく気持ちよさそうというかご機嫌な表情をしている。二号、おまえは自前のもふもふあるだろうが。去年の夏、みんなに変身体質のことがばれたときも、でっかい毛玉珍しさか火神をのぞくみんなに散々もふもふされたものだが、冬になったらますます攻勢が激しくなった気がする。やっぱり冬毛か? 冬毛のもふもふの魔力なのか?
 黒子と二号にもふもふすりすり好き放題触られながら、気持ちよさの反面、人間の尊厳は摩耗していくような錯覚に襲われていると、
「黒子っちー!」
 俺から見て二時の方向から聞き覚えのある声、そして特徴的な愛称が飛んできた。見やると、公園と公道の歩道を仕切る金属製の柵の向こうに、背の高いイケメンが立っていた。長身であるのみならず、顔が小さく頭身が高い。相変わらず見事なプロポーション。モデルのようだ。……ってモデルだっけ、そういえば。
「あれ……黄瀬くん。どうしたんですか、こんなところで。もう新学期はじまってますよね?」
 ベンチに座っている黒子からすれば、立ち止まった黄瀬はほぼ真後ろに位置することになる。黒子は俺から手を離すと、ベンチの背もたれに腕を引っ掛けながら背後を振り向いた。黒子の視線が向けられると同時に黄瀬はへらっとモデル失格な締りのない笑顔を浮かべた。
「見ての通り、ロードワーク中っス」
 と、黄瀬は自分の着ているジャージの上着を指さした。静止視力には優れないのでロゴなどはわからないが、デザインからして学校指定のものではなさそうだった。部活中というわけではないのだろうか。もっとも、体操服の消耗の激しい運動部は練習着として私服を用いることを禁止されていないだろうから、服装だけでは判断ができないが。
 あれ、脚怪我してたんじゃなかったっけ。もう練習再開しても大丈夫なのかな?
 何か聞いてる? と尋ねるつもりで黒子を見る。一方通行の印象が強いものの一応仲がいいみたいだし、情報が入っているかと思って。と、黒子は露骨に眉をひそめたかと思うと、呆れたような信じられないような声音で短く尋ねた。
「……神奈川から?」
 ……そういえば拠点、神奈川なんだっけ。自宅もそっちにあるのかは知らないけど。
 返答を待つ俺たちの前で、黄瀬は頭のてっぺんにとびきり大きな疑問符を飛び出させながら、左右交互に首を傾げてから、きょろきょろとあたりを見回した。
「……あ、黒子っちいるってことはここ東京? やべ、うろうろしすぎた」
 この言い方からすると、最初は神奈川県内を走っていたということだろうか。
「脚大丈夫なんですか」
「あんまり使わないでいるのもよくないし、別に体調が悪いわけじゃないから、体力持て余しちゃって。別にそんな勢いよく走ってないっスよ? 慣らしで早めに歩く程度」
 脚の具合については直接言及しないまま、黄瀬は柵に手を掛け軽く跨いで公園内に入ると、ベンチの背面数歩のところでぴょんぴょん飛び跳ねてみせた。
「だからっていきなり使いすぎてどうするんですか。慣らしで越境するとか何事です。そうやって漫然と走るから、オーバーユースで怪我するんですよ。学習能力ないんですかきみは」
「心配してくれるんスか?」
「はい、心配です。頭蓋骨の中身が」
 黒子の辛辣な一言。脳みそじゃなくて頭蓋骨の中身ってあたりがひどいな。中身ちゃんと入っているのかというところから疑っている感じがして。しかし黄瀬はめげることなく、あるいは最初から皮肉を解する脳の領域を持っていないということなのか、心配ですの部分にだけ反応し、わーいわーいと素直に喜んでいた。
 と、ひとしきり喜びを表したあと、黄瀬がふいに顔を上げた。
「あれ、犬……?」
 俺はずっとベンチの手間でちょこんと座っていて、黒子の影に隠れていたのか、黄瀬の位置からは見えなかったようだ。単に黄瀬がいまのいままで黒子にしか注目していなかったから、という可能性もありそうだが。黄瀬はベンチを迂回してこちらに近寄ると、一瞬じぃっと黒子を見つめた。なんだろうと俺が思っていると、黒子が自分の隣を軽く手の平で叩いた。それが合図だったのか、黄瀬は黒子に示された場所にとすんと腰を下ろした。身体能力や運動センスはさておき、普段の生活では黒子のほうが格上だということがはっきりわかる両者の行動だ。どうも黄瀬のほうから自発的にというか望んで下に回っている印象を受けるけれど。
 黄瀬は興味津々の光で瞳を輝かせながら、珍しげに俺を眺めた。
「わー、かっこいいっスね。黒子っちが飼ってるんスか?」
「いえ、僕が飼っているわけでは――」
「ま、まさか!」
 黒子が答えかけたところで、黄瀬の一言が遮る。
「黄瀬くん?」
 首を傾げる黒子の横で、黄瀬が目を見開き、わなわなと唇を震わせた。え……な、なんだろ、狼だってばれた? たとえばれても、狼に似た犬ということで押し切るよう事前に口合わせをしてあるし、黒子は口がうまいので、相手が黄瀬なら切り抜けることは難しくないと思うものの、やはりちょっと緊張する。頼むからあんまり騒ぎ立ててくれるなよ、と胸中で願いながら黄瀬を見つめ返していると――
「二号!? テツヤ二号っスか!?」
 予想外の名前が飛び出した。に、二号? 俺が? ちょっと待て、二号はここに……って、二号のやつ、俺の真後ろで尻尾に戯れてるよ。角度によっては完全に俺の体に隠れてしまっているのかもしれない。しかし、二号の姿が見当たらないにしても、俺を二号と取り違えるのはあり得なくないか。どんだけ体格違うと思ってるんだ。子犬が成長したという解釈だったとしても、あの大きさからこのサイズに発展することはまずないぞ。
「黄瀬くん……? あの……?」
「黒子っち、もしかして二号は……神奈川犬だったんスか!?」
「か、かながわけん?」
 きょとんとする黒子に、黄瀬が妙に力の入った調子で興奮しながらまくし立てる。
「サナギが蝶になるように、ある時期に突如として美しく変貌を遂げるという、あの伝説の神奈川犬……!? いや、俺も高校に入るまで知らなかったし、聞いてからも眉唾もんだと思ってたんスけど……実在するなんて。うわー、まさか本物に会えるなんて……俺超感激っス」
 本人にしかわからないであろう謎の説明とともにひとり勝手に感動に浸り出した黄瀬に、黒子が冷めた声で告げる。
「そんな犬種聞いたことないんですが……。あの、黄瀬くん、落ち着いてください、感激を冷ますようなことをして悪いんですが、二号はこっちです」
 と、黒子は俺の背後に腕を伸ばすと二号を抱き上げ膝の上に乗せた。あれ? とばかりに大きく首を傾ける黄瀬。
「あれ? 二号?」
「はい、こっちが二号です。その子は二号じゃありませんよ。……なんでこんな火を見るよりも明らかな説明してるんでしょうね、僕は」
 肩の上下を隠さない盛大なため息のあと、黒子がつくり話をさも真実であるかのようにしれっとナチュラルに語った。諸事情で知人の飼っている犬を預っているという、単純明快でありながら曖昧な設定。一応細かいところも決めてあるのだが、わざわざ一から十まで話す必要はないし、深く詮索してくるとも思えない。黒子もそう判断したようで、特に個人名は出さず簡潔に説明した。
「へえ、じゃあ知り合いのうちの子を預かってるんスか」
「ええ、一時的に」
 黒子の説明にこれといった疑問はもたなかったようで、黄瀬はあっさり納得を示した。そして俺と黒子の膝で寝そべる二号を見比べながら尋ねる。
「犬二匹もいると世話大変じゃないっスか?」
「そんなことないですよ。この子いい子ですからそんなに手は掛かりませんし、二号は部員が交代で世話をしていますから。今日二匹一緒なのは、社会性を保つためには犬同士の交流も重要だと思ったからです。せっかくの機会ですしね」
 いまの黒子の言葉はおそらく即興だ。しかし、的は外していないので一聞での説得力はある。黄瀬は、へえ、そうなんスか、ちゃんと世話してるんスね~、と感心するばかりで、疑おうとはしなかった。と、相槌として何度かうなずいたあと、黄瀬は黒子から外した視線を再び俺のほうへ寄越した。癖のない美形がまじまじと見つめてくる。な、なんだよ。なんか用かよ。凝視されることに居心地の悪さを覚え顔を背けかける俺に、
「ねえねえ、ちょっとこっち向いて? 顔見せて?」
 黄瀬がずいっと鼻先をマズルに近づけてきた。急にやめろよ、びっくりするだろ。いささか不快感を覚えるが、黄瀬に伝わるはずもなく、彼は遠慮のない視線を俺の全身に走らせた。そして感慨深けに唸る。
「うーん……やっぱすげえイケメンっスね。……あ、イケメンでいい? 男の子?」
 あんたに褒められても嫌味にしか聞こえないんだけど、と俺が思っていると、黄瀬が突然首を下げ、俺の脚の間をのぞき込んできた。
「うん、男の子っでいいっスね。タマタマついてる」
 なんか不愉快なんだけど! そりゃ丸出しだけどさ、そんな不躾に見るなよ!
「黄瀬くん、いきなり失礼なことしないでください」
 俺の中身が人間だと知っている黒子は、諌めながら黄瀬のジャージの襟を掴んで顔を上げさせた。しかし黄瀬に黒子の忠告は届かなかったようで、マイペースに語ってくる。
「よかったなー、去勢されてないんだ。でも子供つくる予定ないなら、去勢したほうがいいみたいっスよ? 年取って生殖器の病気になるの防げるし、何より盛り時の性欲はえらいストレスになるみたいで」
「それは僕が決めることではありませんので」
 正体を知らないから仕方ないとはいえ、同学年の男子の去勢を勧めるという冷酷な提案が飛び出す。やめて去勢とかまじ怖い。黒子も俺の人間の姿を思い浮かべてか、少々青ざめてげっそりしている。うん、男として、タマをとられる想像は怖すぎるよな。
 去勢などと言い出した黄瀬だが、よその飼い犬に干渉する気はないようで、すぐにその話題からは離れた。
「この子、なんて種類っスか? なんか狼みたいでかっこいいけど……ハスキー?」
「よくわからないそうです。雑種なので。多分ハスキーの血も入ってるんじゃないでしょうか」
 まさか狼ですとは言えないし、狼犬と答えても条例で引っかかってくる可能性があるので、あくまで『狼に似た犬』で通すことにしている。流通数は少ないが、狼犬ではない狼に似た犬、というのは実在する。
「いいなーいいなー、超イケメン」
 なんだか心底羨ましそうな声。それはこっちの台詞なんだけどな。スポーツセンス抜群の長身イケメンめ。
「きみがそれ言っちゃいますか?」
 呆れる黒子に、黄瀬がむぅっと頬を膨らませてみせた。
「だって俺、まるで示し合わせたかのようにいろんなひとから、動物にたとえるとゴールデンレトリバーだって言われるんスよ。たまに違う意見が出たと思ったらラブラドールだし。しかもまず間違いなく、『頭の悪い』って前置きが付くんスよ? レトリバーはかっこいいってよりかわいいタイプじゃないっスか。なんか暗にかわいいって言われてるみたいでちょっと複雑なんスよ、男としては。まあ、概ね髪の色から来る印象で答えてるんだろうけど。どうせならシェパードとかハスキーって言われたいっス。ゴールデンやラブじゃかわいすぎ」
 このイケメンは、年頃の男子らしいことに、かわいいよりはかっこいいと言われたいようだ。いいじゃん、レトリバーだって十分美形じゃん、と思うのだが、まあ確かに、かわいいというか甘く幼い印象の容姿ではある。しかし黄瀬の顔の方向性とは一致しているのではないだろうか。
「レトリバーが嫌ならビーグルあたりじゃないでしょうか、レモンカラーの」
「えー、やっぱ垂れ耳なんスか。立ち耳がいいっスー。かっこいい。っていうか、どうしても犬のカテゴリ抜け出せない?」
「まあ……きみは犬のイメージが強烈ですから」
「えー? でも俺、黒子っちの口の周り舐めたりしないっスよ?」
「なに当たり前のこと言ってるんですかきみは」
 たわけたことを、とばかりに歪められる黒子の眉間。しかし黄瀬は両の拳を握りしめて力説する。
「だってワンコって、好きな相手の口元容赦なくぺろぺろするじゃないっスか。俺、黒子っちが相手でもさすがにそれはしないっスよ?」
 それは、いくらなんでもそこまで黒子大好きってわけでもないという意味なんだろうか、それとも、仮に自分が犬だったらそういう行動をとっているはずだが生憎自分は犬じゃないからそれはやらないという意味なんだろうか。
「黒子っち、二号やこの子にぺろぺろされてる……?」
 じ、と二号を見つめた黄瀬の視線が、次に俺へと向けられる。なんかいまほのかなジェラシー感じた! 確かに変身中に人間の口元舐めることはあるし、黒子は家族以外の人間では面倒見がよくかわいがってくれているから、嬉しくてつい顔舐めちゃうこともあるけど、そのときの俺はあくまで犬というか狼の気持ちだからな? まったくもって邪な心はないんだぞ?
「……まあ、犬ですから」
「羨ましいっス」
 ストレートに答えやがったよこのイケメン。
 ……いやいやいや、これはつまり、自分もワンコにぺろぺろされたい願望があって、黒子ばっかりいい思いをしているのがずるいって意味だよな? そうだよな? 俺はしたくないから、二号、してやれよ。視線で訴えてみるが、二号は気づかないのか無視しているのか、黒子の膝で丸まって目を閉じたまま動かなかった。
「この子、名前はなんていうんスか?」
「こうきくんと言います。こうき」
「へー、人間みたいな名前っスね。別におかしくないけど」
 名前については、下手に聞きなれない名前をつけてもボロが出かねないし、さりとて犬を苗字呼びは不自然なので、変身中に表に出るときは個人名を用いることになっている。
「こうきくん芸できる?」
 なんだよ、芸って。俺はあんま器用じゃないぞ? 頭の中は人間だから知能系なら強いと思うが。
「そういう教育はされていないと思います。頭はいいですが」
「や、そういう複雑なのじゃなくて、お手とか伏せとか」
「できるとは思いますけど……」
 黄瀬は突然立ち上がったかと思うと俺の横にしゃがみ込んだ。
「お手できる? お手。こういうの……ほら、こんな感じ」
 と、黄瀬は俺に話しかけながら、黒子の左手を掴んでひっくり返し手の平を上に向けさせると、そこに軽く丸めた自分の右手をぽんと置いた。
「ちょ……黄瀬くん。人間がデモでやっても意味ないですよ。腕と前脚じゃ見た目違うでしょうが」
「お手ってこういうの。こうきくん、よく見て。こう、こんな感じ。お手。お手」
 黒子の制止も聞かず、黄瀬は熱心に俺にお手を教えようとした。普通、号令と合わせて犬の前脚を自分の手に置かせるようにして教えるものだと思うのだが……なんで自分が犬の立場になってほかの人間に対してお手をして見せるんだよ。しかし、黒子にお手をする黄瀬の姿は、なんというか非常にしっくり来るものがあるように感じてならない。
 黄瀬のお手を受け続ける黒子が助けを求めるように俺に目配せをする。このままだと埒が明かないと感じ、俺はしぶしぶ黄瀬の要請に応え、前脚をすっと差し出した。ただしお手の相手は黒子である。黄瀬もそのつもりだったようで、俺が黒子の手に前脚を乗せると、よくできたねー、えらいえらいとしきりに褒めてくれた。……うん、ありがとう。お褒めにあずかり光栄です。自分が芸を見せたというよりは黄瀬に芸を見せてもらったような心境だけど。
「ね、触ってもいいっスか?」
 お手に満足したらしい黄瀬は、今度は黒子に対しそう尋ねた。いきなり無遠慮に触ってこないあたりはえらいと思う。まあ、俺はこの通りの外見だから、何のためらいもなく触ってくる人間はまずいないのだが。
「大丈夫だと思いますが……(降旗くん、いいですか?)」
 顔を近づけ黒子が小声で聞いてくる。黄瀬は多少おもしろくないところのある人物ではあるが、あからさまに邪険にしてやろうと思うほどでもない。黒子の目があれば変なことはしてこないだろうし、まあいいか、と俺は黄瀬に胴の側面を擦りつけたあと、背中を向けて座った。さすがに腹を見せる気にはなれない。
「いいって言ってくれてますよ。さ、どうぞ。でも優しく触ってあげてくださいね。臆病な子なので。あとおなかは駄目です。弱いところなので怖いでしょうから」
 黒子から告げられた注意事項にうなずいてから、黄瀬が俺の背中に手を置いた。毛並みに沿って何度か撫でつけられたかと思うと、やわやわと逆方向に手の平が滑らされる。逆立つことでアンダーコートの密な感触がはっきりわかることだろう。
「お~、ふかふか! もふもふ!」
「はい、ふかふかのもふもふです。いまは冬毛なので特に」
 言いながら、黒子も便乗して俺の首周りや顎の下に触れた。おまえさっき触っただろうが。気持ちいからいいけどさ。
「初対面の人間にもふもふされても全然怒らないっスね。おとなしー」
 黄瀬は黒子と一緒にしばらく俺の毛を撫でていたが、ふと疑問に思ったのか、不思議そうに呟いた。
「そういやこの子、さっきから全然声出さないっスね」
「無駄吠えはしないんです。僕もあまり声を聞いたことがありません」
 元々狼は犬のように頻繁に吠えることはないし、またその声も明瞭ではない。犬を模した鳴き方ができないわけではないのだが、どうもはっきりとした吠え声にならず、低い声で唸っているような印象になってしまう。これは体が大きいせいもあるのかもしれないが。
「ワンって言える? ワンって」
 黄瀬が背中側から俺をのぞき込み、そう促してくる。いや、言えねえよ。ワンは無理だ。ガウとかグルルーなら言えるけど、声が厳ついから多分怖いぞ?
「黄瀬くん、いきなりなんですか」
「いや、どんな声なのかなー、と。最近どこもかしこも小型犬ばっかりで、キャンキャン鳴くのはよく聞くんスけど、でっかい犬の声ってあんま聞いた覚えがなくて。やっぱ低音?」
「まあそうですね。甘えているときはキュンキュン高い声を出しますけど」
「な、ワンって言ってみ? ワンって」
「黄瀬くん、無茶ぶりしないであげてください。おとなしい子なんですから」
「ほら、俺がやって見せるから。……ワン! ワン!」
「ちょっと……」
「うーん、これじゃ擬音語すぎるかな?……ばう! わう! わう!」
 なんかワンワン言い出したぞこのイケメン!?
 いったいなんのこっちゃと驚く俺の横で、黄瀬が犬の鳴き声の模倣を繰り返す。そんなところでコピー能力発揮するなよ。
「ほら~、一回くらいワン言ってよ。……わん! あん! ばう! ばうばう!」
 えー、なにこれ……さっきのお手みたいに、俺が応じるまでワンワンバウバウ言い続けるつもりかこのひと。
 背の高いイケメンモデルが地面に座ってワンワンと犬の鳴き声を真似する姿は実にシュールな光景だろう。幸い近くに人通りはないが、遠巻きにこっちを見ているギャラリーはぽつぽついる。やめろ黄瀬、俺らはともかくおまえの評判に関わるぞ? 黒子はすでに諦めているのか、駄目だこりゃとばかりに頭を押さえてうつむいている。
「わん! うー、わぉん! ばう、ばうばうばう!」
 これ、俺が収拾つけないといけないの? なんかヤなんだけど……。
 しかしいつまでもこうしているわけにもいくまい。俺は腹を決めると、慎重に喉の奥を震わせた。
「ウー……」
「うわ!?」
 俺の唸り声に黄瀬が素っ頓狂な声を上げた。別に威嚇したわけじゃないんだが。ただの地声だ。
「ウー……」
 はい、もう一回サービスサービス。
「な、なんかすげえ怖い声!? え……お、怒った!? 怒っちゃった!?」
 黄瀬はうろたえながら黒子に助けを求める。二号ごと黒子の膝に抱きつきながら。
「怒ってません」
「でも……顔すげえ怖いことに」
 二度目の唸り、ちょっと顔に皺を寄せて不快感を示してみたんだが……やはり怖かったようだ。狼でなくても犬の威嚇顔はなかなか迫力があるから、黄瀬が狼狽するのも無理はない。でも、歯茎が見えるほど牙を剥き出しにはしなかったのだから、俺が本気でないことは明らかだ。それを観察する余裕があったかは保証できないが。
「しつこいからやめてほしいって訴えただけです」
「それにしてはすごい顔されたんスけど……」
「まあ確かに、いまの表情はちょっと珍しいですね。よっぽどうざかったんでしょう。吠えるの強要しちゃ駄目です。人間怖がらせるのわかってるから、あんまり吠えたり鳴いたりしないんですよ。この子賢いから。……ねー? こうきくん?」
 黒子が甘ったるい声で俺を呼びながら顔を近づけてくる。俺もまた黒子に鼻先を近づけると、きゅーきゅーと甘えた声を立てる。
「あ、黒子っちにはかわいい声出した!」
「大型犬でも甘え声は高くてかわいいものなんです」
 いい子いい子と撫でてくる黒子の手の動きに絆されて、俺はつい彼の口元にぺろんと舌を這わせた。そして途端に上がるジェラシー混じりの叫び。
「あ! 黒子っち舐めた! いいなあ! いいなあ!」
 包み隠せよ! 露骨に羨ましがるなよ! 黒子、露骨にそっぽ向いちゃったじゃん。変な人につき合わせちゃってごめんなさい降旗くん、って横顔に書いてあるよ。
 舌を仕舞い込み、はいはい悪かったですねと内心ため息をつきながらうつむく俺の顔を、黄瀬がまじまじとのぞき込んでくる。
 ……今度は何の用? 文句なら受け付けないぞ? 俺いま狼だもん、狼として甘えただけだもん――胸中でぼやく俺に、黄瀬が自分の口元を指さしながら神妙な面持ちで言う。
「ねえねえ、俺のこともぺろぺろしない? やだ?」
 あれ? 黄瀬のやつ、こう頼んでくるってことは、単純に自分も犬にぺろぺろされたかったってことなのか? なんだ、ただの愛犬指向か、穿ったこと考えて悪かったよ。ごめんごめん。
 ……いや、あるいは、もしかしたら……?
 いやいや、まさか……な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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