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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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恋の空回り 3

 金曜の夜に小太郎のアパートに邪魔をさせてもらったあと、季節外れだが三人で鍋を囲んだ。凝らなければ材料費を押さえられるし、準備の手間も少なくて済むからな。玲央は鍋奉行で口うるさいが、その分気は利くしよく働いてくれるし料理の腕前もよいので、お小言に目を瞑りさえすれば、メンバーにひとりいると大変助かる人材だ。肉ばかり食べるな、まだ煮えていない具材に手をつけるなといった母親のような注意の言葉が主に玲央から小太郎に対して次々に飛んでいたが、食卓そのものは至って平和だった。さつきのように化学実験じみた調理を行う者や、真太郎のように強迫神経症的なまでに計量を行う者が存在しない鍋の席は実に平和だ。もちろん豆腐がおからになることもなかったし、増えるワカメで鍋が真っ黒に覆い尽くされることもなかった。玲央が小うるさい以外は実にまったりとしていた。小太郎が、酒も入っていないのに先月恋人と別れた件でぐずぐずしていたが、せいぜい玲央に話を聞いてもらいときどき駄目出しされる程度の平和なものだった。玲央は恋愛関係の話をするのも聞くのもうまいし、本人も好きなようだしな。もっとも、僕にとっては交友関係の情報更新くらいの意味合いしかなかったので、ふたりが箸を休めて言語のために口を動かしている間、僕は摂食のために黙々と口を動かしていた。彼らの会話を聞くだけでも僕にとっては有意義だったのだが、疎外しているように思ったのか玲央が僕も会話に参加させようと話を振ってきた。しかし僕は恋愛に関しては何らおもしろい話題を提供できるような生活は送っておらず、当然玲央の期待に沿えるとも思えなかった。前回玲央と会って話をしたときも恋愛関係の話は持ち上がり、いくつかの質問に答えたことも覚えていたので、僕はとりあえず前と代わり映えのない旨を伝えた。
「じゃあ、征ちゃんは相変わらずフリーなの?」
 玲央は甲斐甲斐しく鍋の世話をしながらそんなふうに返してきた。第三波の具材を投入した直後に小太郎が鍋を漁ろうとし、玲央のデコピンを食らっていた。これ自体はかわいらしいものだが、そのうち打撃技の発展することは目に見えていたので、ほどほどにしろと小太郎のほうに忠告しておいた。
「交際相手がいないという意味ではそうだ」
「なんか含みのある言い回しだなー」
 小太郎が、先ほどまで玲央に泣きつかん勢いだったのはどこへやら、どことなく楽しそうに口の端をつり上げた。僕としては含蓄をもたせたつもりでの発言ではなく、単に玲央の言う『フリー』の意味が曖昧だから、そのような答え方にならざるを得なかっただけなのだが。まさかフリーセックスのフリーという意味ではないとは思ったが、その可能性がないわけではなかったので、一応な。僕の言葉はふたりの関心を惹くものだったのか、小太郎に続いて玲央も興味ありげにこちらを向くと、テーブルに上半身をやや乗り出させるようなかっこうになった。
「もしかして好きなコできたとか?」
「いや。そういう関係の者はいない。ただ不定期に会って性交渉を行っている相手はいる。よって恋愛関係が存在しないという意味ではフリーだが、性的関係の有無について言えばフリーではない。性的に奔放に活動できるほど命知らずではないからな」
 直接的な身体接触を伴う行為には常に感染の危険性をゼロにできないものだが、こと不特定多数との接触はリスクが高い。そのようなリスキーな行動はとっていないから安心しろというつもりでの発言だったのだが、彼らの意識は僕の意図したところには向かなかったらしい。
「……え?」
 ぽかんと開けられた小太郎の口からはえのきの切れ端がのぞいており、玲央にティッシュを押し付けられていた。玲央は、ちゃんと飲み込むまで口を開くなというように小太郎の顔の下半分を手の平で押さえつけたまま、しきりに目をしばたたかせながら僕を凝視した。
「征ちゃん、あの……彼女、じゃなくて?」
「彼女ではない」
「ええと……じゃあ、セ、セ……セフレ……ってやつ?」
 なぜかどもりながら玲央が尋ねた。口にだすのがはばかられるような単語ではないと思うのだが、どういうわけかひどく言いづらそうにしていた。まるでその言葉を口にすることそれ自体が罪悪とでもいうように。
「おそらくそれがもっとも妥当な表現だろう」
「うわーぉ……まじでぇ?」
 絶句した玲央に代わり、ティッシュから逃れた小太郎が芝居がかった調子でそんなことを言いながらこちらに視線を寄越したので、僕は小さくうなずいて肯定の意を示した。ふたりはしばし顔を見合わせたあと、
「えっと征ちゃん……それって、セックスを目的とした友達ってこと? それとも元々友達だったコと何かのきっかけでセックスするようになったってこと?」
 先に質問を繰り出したのは玲央のほうだった。セックスフレンドの語義は曖昧だから、このような確認を行うのは妥当な判断だろう。
「関係性としては前者が近い。ただ友達に当たるかと聞かれると微妙な線だ。けっして仲は悪くないのだが、友人かどうかはわからない。セックスを目的として会っているのは間違いないが」
 言うまでもないことだが、ここでセックスフレンドとして念頭に置いているのは降旗だ。僕は彼以外と性交渉を行っていないからな。すでに何度も述べている通り、僕と彼が性的関係をもつようになったのは、彼が僕の性欲を刺激するからだ。だからセックスを目的とした関係であることは疑いようのない事実であるのだが、友人であるかと言われれば返答に窮するところではある。そもそも友人に性欲を感じるものだろうか。僕は玲央や小太郎に性欲を刺激されることはないし、もちろんテツヤ、おまえにもそれはない。逆に言えば、彼は僕の性欲を刺激する時点で友人には資さないのかもしれない。これは彼の人間性の問題ではなく、性欲への刺激といういまだ謎に包まれた要因によるものだ。けっして彼の人格を問題視しているわけではない。
「えー、征ちゃんそれひどくない?」
「相手の子はそれで納得してんのか? お互い納得してのつき合いなら別にいいと思うけど」
「無論。理性ある判断に基づいた両者の合意の意思によらないセックスはことによっては違法性を帯びる。最初から合意を取り付ける努力については妥協なく怠らなかったし、現在は彼も納得している」
「ねえ、『現在は』ってことは、以前はそのコ納得してなかったって――」
「ちょっと待て赤司。おまえいまなんつった?」
 いささか非難めいて眉根を寄せ口を開きかけた玲央を遮り、小太郎が質問を挟んだ。
「理性ある判断に基づいた両者の合意の意思によらないセックスはことによっては違法性を帯びる。最初から合意を取り付ける努力については妥協なく怠らなかったし、現在は彼も納得――」
 小太郎が聞き返そうとした部分がどのあたりなのか判然としなかったし確認するのも手間に感じたので、とりあえず直前の発言をほぼそのまま繰り返していたのだが、言い終える前に小太郎が言葉尻を奪った。
「『彼』っつったか? いまおまえ、『彼』っつったよな?」
「あ……そういえば」
 玲央がはっとしたように口の前に手をかざした。
「ああ。そう言ったが、何か疑問点が?」
「ありまくるっての。おまえ、男とつき合ってんの?」
 小太郎もまた情報確認のための質問をしてきた。性別には言及していなかったのだが、彼らは僕の言う『セックスフレンド』を女性だと解釈していたようだ。まあ、注釈がなければ多数派の意見や概念が適用されるというのはよくある傾向だから、彼らが僕のセックスの相手を異性だと思い込んでいたとしても、早合点と嘲ることはできないだろう。僕としても、別にミスリーディングを意図して性別に触れなかったわけではない。また、隠そうと思ってのことでもない。単に気にしていなかっただけだ。しかし、小太郎の質問に即座にうなずくのもまた正解ではない。というのも、『男』という部分はそのとおりなのだが、
「つき合ってはいない。セックスしているだけだ」
 降旗といわゆる交際関係にあるわけではないので、『つき合っているのか』の部分まで肯定するのは虚偽になる。よってこのように答えた。
「まじかよ……」
「あらびっくり」
 小太郎は心底驚愕したといった面持ちだったが、玲央は言葉とは裏腹にさして衝撃を受けている様子ではなく、口調も呑気なものだった。
「そうか、驚いたか」
「そりゃいきなりカミングアウトされたら驚くっての」
「征ちゃんがそっちの指向だとは思わなかったわ」
 平生と変わらぬ表情の玲央の横で、小太郎がうへーとかほえーとか意味があるのかないのかわからない声を出しながら、混乱を鎮めるように両手でこめかみを押さえていた。そこまで驚くようなことだろうか。それとも、僕に性的関係を持つ相手が存在すること自体への驚きも含まれているのか。これまで相手はいないという回答で通してきた――事実そのとおりだったのだから仕方ないのだが――から、彼にとっては予想外だったのかもしれない。
 彼はやがて手を頭から下げると、胡座をかいたまま腕組みをし、なにやら難しげに眉間に皺を寄せ、しばらくの間考えこむように黙り込んでしまった。一分ほどすると、なあ、赤司よぉ……と遠慮がちに口を開いたので、先を続けるよう促した。
「いっこ確認していいか?」
「なんだ」
「相手って、少年じゃないよな?」
「同い年だ。よって我が国の法律や条例に引っかかるような関係ではない」
「よかったー」
 小太郎は露骨にほっと息を吐きだした。
「何を心配していたんだおまえは」
「いや、そんな本気で疑ってたわけじゃねえよ?」
 ごまかしなのか取り繕いなのか、あるいは本当に『聞いてみただけ』なのか、小太郎はへらへらとした曖昧な笑みを浮かべた。
「あの、差し支えなかったらでいいんだけど、おつき合いしてる相手ってもしかして昔の同級生……とか? ええと、帝光の頃の仲間とか……」
 今度は玲央が尋ねてきた。なぜ玲央がそんなことを思ったのかは謎だが。中学時代に関わった人間は数多いがそれなりに記憶には残っているが、思い返したところでおよそ性欲を刺激された覚えのある人物はいない。玲央が真っ先に思い浮かべる僕の中学時代の仲間といえばおそらくはキセキの世代と呼ばれた者たちだろうが、生憎彼らにはまったく性欲を刺激されない。というか、そのような発想をもって彼らのことを考えたことすらない。もし玲央の頭の中に僕が彼らとセックスを行っているとの想像が存在するとしたら、他人の内心の自由を侵すことはできないとはいえ、やめてほしいところだ。なんというか……ぞっとする。それは向こうも同様だろうが。
 しかしいまにして思えば、まさに思春期只中の中高のときに降旗と同じ学校でなかったのは幸いだった。もしそうなら、ことによっては同じクラスで一日数時間に渡り常時性欲を刺激され続けるという恐ろしい事態に陥り、もはや学生生活どころではなくなっていただろう。
「違う。大学進学後に関東で知り合った相手だ。……いや、正確には高校のときから知ってはいたが」
 多少周りくどい言い方になったのは、知り合った時期も場所も大学ではあるのだが、同じ大学に所属しているわけではないからだ。高校時代から誠凛の選手として知ってはいたが、部活から離れ降旗を個人として具体的に認識するようになったのはテツヤにも話したとおり大学図書館で顔を合わせる機会ができてからのことだから、実質大学以降に知り合ったという表現でいいだろう。
「洛山で同じ学年だったとか?」
「いや、高校は違う。実は誠凛バスケ部の選手だった者だ」
「誠凛で赤司と同じ学年っつーと、めちゃくちゃ絞られてくるじゃねえか。あそこ少人数だったからな。いまの話だと、そっからマイナス黒子ってことだろ? ということは……」
「隠す気はない。降旗という男子だ。フルネームは降旗光樹」
 僕と彼が性的関係にあることを内密にしておくといった取り決めは存在しないので、彼の名前を出させてもらった。もっとも、伏せておくという約束がないからといって吹聴したりしたこともないが。
 降旗の名に先に反応したのは玲央で、弥勒菩薩像のように片手を頬に軽く当てながら多少自信なさげに呟いた。
「えっと……降旗くんて確かポイントガードの子だっけ? 黒子くんと同じような背格好の。いまはどんな体格かわかんないけど」
「そうだ」
「あー、なんとなくわかるかも。猫みたいな顔したやつだろ」
 小太郎の発言に僕は首を傾げた。小太郎はややもすると断定的な調子で聞いてきたが、僕としては同意しかねるところだった。
「猫……? 彼を見て猫を連想はしたことはないが」
「口元がこう……デフォルメの猫みたいな」
 小太郎が自分の唇を両の親指と人差指で摘みながら無理矢理かたちを変えた。しかし、その口元には降旗の唇を連想させる要素はまったくなく、僕は疑問符を浮かべざるを得なかった。単に小太郎の記憶違いなのか、あるいはひとによって受ける印象や注目する点がことなるということか。唇は古くからセックスシンボルのひとつとされるが、僕にとってもまた彼の唇は性的衝動を駆り立てる具体的な部位であり、やや薄めの唇が言葉を紡ぐとともに動くのを見るにつけ、いや、何も言葉を発せずただそこに存在するだけで、僕の性欲を著しく掻き立てるものだ。もちろん、小太郎が真似しているというそれを見たところで何も感じるところはなかった。当たり前だ、それは小太郎の唇でしかないのだから。
 僕が怪訝な面持ちをしている向かいで、玲央が小太郎を半眼で見つめた。
「あんたそれ多分小金井くんのことよ」
「えー? 記憶違い?」
「まあ同系統の顔立ちではあるけど……」
「レオ姉よく覚えてんなー。そう何度も会ったわけでもねえのに」
「そりゃかわいかったからね。うふふ」
「そういう覚え方かよー」
 どうやら小太郎の記憶の誤りだったようだが、僕はふたりの間で交わされた会話にふと疑問を感じた。
「小金井という選手の顔はなんとなく思い浮かぶか……降旗と似ているか?」
 便宜上呼び捨てにさせてもらっているが、小金井が僕より一学年上であることは理解している。小金井の高校当時の顔と背格好はだいたい覚えているつもりだが、彼が降旗と似た顔であると思ったことはなかったので、小太郎の記憶違いを不思議に感じた。テツヤ、火神、おまえたちから見て小金井と降旗は似ているか?……そうか、似た系統なのか。玲央の言っていたように。
「同じ顔じゃね? 兄弟で出場してるのかと思ったもん」
「目のあたりが似てると思ったけど……征ちゃんはそう思わないの?」
「特には。あえて言うなら髪型が似ていたかもしれない」
「髪型は身体的特徴には当てはまらないような」
「背丈も同じくらいだった」
「ああ、まあそうね。確かそうだった気がするわ。いまはわかんないけど」
 僕と玲央が記憶を頼りに彼らの身体的特徴の照合を行っていると、ひとりでうんうんと唸っていた小太郎が急にふらっと立ち上がり、
「ん~……思い出せるには出せるけど、なんかどっちがどっちかいまいちはっきりしないなー。大会の写真あったっけ。そういうの実家かなー」
 押し入れの戸を開き下段に収納されたキャスター付きの背の低い本棚を漁りだした。高校時代の写真を探しているようだ。玲央が、食事の支度をはじめる前に一応の片付けと掃除をした部屋がまた散らかることに眉をひそめた。
「あるにしても、他校生じゃバストアップのショットなんてまずないでしょ」
「それもそうか」
 やめなさいと言外に告げる玲央の言葉にあっさりとうなずき、小太郎は表に放った何冊かの大判の書籍を本棚の上に載せるように仕舞った。整理整頓のなっていない人間の習性を垣間見た気がした。
「赤司、写真持ってない?」
 席に戻った小太郎が僕にそう尋ねてきた。
「小金井は特に関係のない人物だから無理だが、降旗のほうなら写真がある」
 と、僕は脇に寄せた鞄のストラップを引き、内ポケットに入れた携帯を取り出した。キー操作し目的のフォルダを出していると、玲央が隣に移動し、見せて見せてというように興味深そうにちょっと顔をのぞき込ませてきた。あくまでフリだけで、実際に許可なく他人の携帯を見たりはしないが。
「携帯に写真保存してあるの?」
「ああ。顔ならこれがわかりやすいか」
 ディスプレイに彼の顔写真を表示させて携帯を差し出すと、玲央が小刻みに首を縦に振った。
「あ、そうそう、この子この子」
「レオ姉、俺にも見せて」
 小太郎が手を伸ばし、許可を待たずに携帯の機体ごと掴んでいった。知らない仲ではないから構わないが、玲央相手にやったらどつかれるだろうと思った。それでも懲りず反省もしないのがこのふたりの関係なのだが。
 玲央が、あんたいきなりひったくらないでよ、とわずかに頬を膨らませている横で、小太郎が僕の携帯の画面を見下ろしながら固まっていた。
「……え?」
「どうしたの?」
 虚をつかれたような小太郎の声が意外だったのか、玲央が先ほどまでの表情をあっさりと消して目をしばたたかせた。小太郎は僕と携帯を交互に見ながら動揺に掠れた声を上げた。
「ちょ……赤司、これ……」
「なんだ」
「あの……なんかすげー肌色率高いんだけど」
「え? そうだった?」
 僕と小太郎の間に割り込むようにして玲央が首を伸ばした。と。
「……!? 征ちゃん!?」
 玲央もまた動揺したような声で僕の名を呼んだ。ふたりのリアクションから、携帯画面に何が映っているのか僕は察しがついた。
「ああ、多分次の写真に替わってしまったんだろう。小太郎、矢印キーを押したか?」
「いや、触った覚えは……。うっかり当たったかもしんねえけど」
 確認したいと思い、こちらに携帯を返すよう腕を伸ばすと、小太郎は素直に僕の手に機体を置いた。なぜか指先が少々震えているようだった。
 ディスプレイを見ると、予想通りの写真が表示されていた。故意ではないだろうが、携帯を手にとった際に小太郎の指が送りボタンに触れてしまったのだろう。
「……ああ、やっぱり。この写真か」
 携帯の小さな画面には、降旗の全裸の写真が映っていた。テツヤには一度話したことがあったと思うが、諸事情で降旗に自家撮りして送ってもらったものだ。ファイル名の並びのせいか、彼らに見せた降旗の顔写真の隣に来ていたらしい。ディスプレイには、裸で布団かそれに類似したものの上に脚を斜めに崩した正座のような座り方をし、やや上方に携帯のカメラを掲げる角度で写された彼の姿があった。自分で撮っているというのに、視線は完全に明後日の方向を向いており、ひどく強張った表情と姿勢だった。何をそんなに緊張していたのだろうか。自宅で自家撮影しただけだというのに。
「征ちゃん……これ……」
 玲央がうろたえながら震える指で僕の携帯をさした。意図的ではないにせよこの写真を不用意に他人に見せてしまったことに自分の管理意識の甘さを感じつつ、僕は中止ボタンに触れてファイルを閉じた。
「本人の許可なく晒すことになってしまったな。まあいい。被写体は成人男子で、局部は写っていないから、さほど問題はあるまい」
 彼の全裸の写真は三枚保存されているが、いずれも性器は映っていない。露出の割合で言えばプールの授業時と大差はないから、ポルノに該当するような代物ではないだろう。顔つきや体型がやや幼い雰囲気を醸しているので、国によっては所持が見つかった場合あらぬ冤罪につながる可能性がなくはないが。
「いや、あるだろ、問題大ありだろ。なんだその写真、自家撮り?」
「そうだ。僕の要求に応じ、彼が自分で自分の写真を撮った」
「何のプレイしてんだよ……」
「必要性に基づいての処置だ」
 元々は降旗の顔を確認したいと求めてきた小太郎だったが、すでに容貌については意識の外なのか、僕が彼の全裸の写真を入手するに至った経緯のほうが気になるようだった。僕はその事情といきさつを簡単に説明した。テツヤには以前話したと思うが、彼の写真に性的興奮を覚えるか否かを知るためだ。
「なんか……わかるようなわからんような理由だな。いっそそういうプレイだって言われたほうが納得するような」
 僕の説明は小太郎にとって理解しづらいものだったようで、彼はしきりに首を傾けていた。横で一緒に説明を聞いていた玲央もまた、小太郎ほどではないがいまいち腑に落ちないといった面持ちだった。
「征ちゃんこういうコがタイプなの?」
「その質問は、僕が彼の容姿を好ましいと思っているかという意味か」
「ええ、まあそうだけど……。なんでそんな堅苦しい質問文になっちゃうのかしら」
「正直なところ、わからない。僕は人間の容姿の美醜には疎いんだ」
 降旗の容姿の良し悪しを判断したことはないし、またその基準もない。中肉中背で、大きな特徴のない顔立ちだと思うが、これは客観に近い主観だろう。
「赤司がこの子とねえ……。こういっちゃなんだが、いまいちパッとしないやつだなー。どこにでもいそうというか。やぶにらみの割に、なんかそこはかとなく気が弱そうな雰囲気を醸してるな」
「こういう子のほうが案外モテたりするけどね。いい意味で敷居が低そうだからとっつきやすい印象でしょ」
「でも赤司のカレシ? だぜ? 変な感じしねえ?」
「そうねえ……征ちゃんと並んじゃうとねえ……。まあアリだとは思うけど。征ちゃん本人はそのへん無頓着だし」
 彼らは彼らなりに降旗の容姿について印象があるのか、互いに感想を出し合っていた。僕にはあまりない観点なのでぜひとも参照したいと思ったが、そのとき僕の頭にはあるアイデアが唐突に閃き、彼らの話をゆっくりと聞く姿勢を保てなかった。それほどまでにその考えというのは突然で、ある種の衝動を伴っていた。いい考えが浮かぶとひとにそれを話したくなるときと、自分だけの秘密のようにないしょにしておきたくなるときがあるだろう? 僕のこのときの心境は前者だった。
「……ひとつ有益そうな案を思いついた。小太郎、玲央、おまえたちのおかげだ」
「征ちゃん? どうしたの急に」
「藪から棒になんだよ」
 不思議そうに目をぱちくりさせるふたりを前に、僕はいましがた閃いたばかりのアイデアを語った。
「僕はこれからあらゆる手を尽くし、誠凛の小金井と接触をはかり、性交渉を試みようと思う」
「……は?」
「征ちゃん……?」
 僕の切り出した話はふたりにとって予想外だったようで、彼らは耳を疑うようにぽかんとしていた。やはりこれだけではわかりにくいだろうと思い、僕は説明を続けた。
「僕は降旗本人には激しく性欲を刺激されるが、彼の映った写真を見てもそのような刺激は受けない。この相違について、僕はこれまで自分が彼の容姿に興味をもっていないからだと解釈していたが、おまえたちとの会話から別の可能性を思いついた。すなわち、彼の容姿には惹かれるが、写真ではなく生身である必要があるのではないだろうか。そして僕の人間の容姿に対する嗜好が彼のような外見であるならば、身内と疑うレベルで彼と似ているらしい小金井の顔かたちもまた僕の好むところになると思われる。そして僕が性欲を刺激される理由が『彼のような容姿』にあるのだとしたら、小金井に対しても同様の現象が生じるのではないかと考えられる。これは確認の価値がある仮説だ。僕は常々、彼に抗いがたいほど性欲を刺激される理由を解明したいと思っているから。よってぜひとも小金井と接触し、協力を仰ぎたいと思う」
 僕はこの時点ではまだ降旗との関係の詳細をふたりに話していなかったのでこれだけではいささか説明が不足していると自覚はしていたが、取り急ぎ重要な点は伝えられたと思う。彼らはしばし口をあんぐりと開けていたが、やがて玲央がどこか呆然とした声音で問うてきた。
「協力って……セックスしてくれって言うの? 小金井くんに?」
「そうだ。誠凛は少人数でメンバーの仲がよかったそうだから、降旗かテツヤを起点にすれば、小金井との接触はさほど難しくないだろう」
 幸い僕は降旗とテツヤの双方と関係があるし、一応だが火神とも知り合いではある。誠凛関係者とのつながりはそれなりに維持しているので、そこから小金井の連絡先を突き止めることは十分期待できると考えた。やはり交友関係は広く保っておくものだ。何かにつけて選択肢の幅が広がる。

*****

 なんか僕たちのあずかり知らない遠いところで、まったく無関係の小金井先輩の危機が発生している!?
 とりあえず京都滞在中に起きた出来事の概要を把握しようとおとなしく赤司くんの話を聞いていた僕と火神くんですが、このあたりで気色ばみました。なんですかこの超展開は!? 何をどうしたらそんな発想に行き着くというのですか!? わけがわかりません。赤司くんの頭脳はもはや質的に地球人とは異なるということでしょうか。ひとつわかるのは、この宇宙人が最低だということです。降旗くんに性欲を刺激される理由を追及するために、何の関係もない上にほとんど会ったこともないような小金井先輩に迫ろうだなんて。ていうかなに堂々と二股宣言してるんですかこのひとは。降旗くんをあれだけ虜にしておいて、彼をキープしつつ別の相手にまで手を出す気ですか。このゲス野郎!……と罵りたいところですが、地球の一文化圏における価値観を押し付けるのはエスノセントリズムに陥りかねません。赤司くんの母星では、ポリガミーが一般的だという可能性だってあるのです。条件が揃えば降旗くんと僕がセックスすることを許容・推奨するような思考回路の持ち主ですから、このアイデアについても本人的には筋の通った合理的な考え方なのかもしれません。モノガミーとロマンチック・ラブが恋愛における最上の価値観であるなんて根拠はどこにもないのですから、赤司くんの言い分が最低であると論理的に罵る術はありません。……僕には到底受け入れがたいアイデアですけど。
 赤司くんに浮気やつまみ食い、二股といった悪意的な意思があるとは思いません。彼はどこまでも真面目で、そして自分の中に巣食う不合理――すなわち理解も自覚もできない恋愛感情――に向き合い、それを解明しようと真摯な態度を貫いているのでしょう。しかしこれはちょっと……。ひどい、ひどすぎる。無関係なのに巻き込まれそうな小金井先輩もかわいそうですし、実質彼氏が堂々と浮気しようとしている状況に置かれる降旗くんもかわいそうです。降旗くんと小金井先輩は高校の先輩後輩の関係で普通に仲がよいのですから、こんな意味不明なトライアングルに放り込まれたら、これまでの関係が滅茶苦茶になってしまいかねません。しかも赤司くん、僕だけならまだしも、降旗くんにも小金井先輩の連絡先を聞こうとしているとかもう……。どんだけ残酷なんですか。降旗くんはひどい男に引っかかってしまったものです。火神くんなんてあまりの衝撃に目元を押さえてうつむいちゃってます。降旗くんの不憫を思い、涙を禁じ得ないのでしょう。降旗くんだっていまごろ泣いていることと思われます。
 ……。
 …………。
 ………………。
 ……もしかして赤司くん、今日の朝降旗くんにゆうべの出来事を説明するついでに、小金井先輩の件まで話していないでしょうね!? ただでさえ僕たち相手の浮気(誤解)で多大なダメージを与えたというのに、そんなダブルパンチ食らわしてないでしょうね!? 即断即決のひとなので、その可能性も否めないのが恐ろしいところです。
 脳裏をよぎった不穏な想像に僕が顔を上げると、向かいの赤司くんと目が合いました。彼はお決まりの真面目くさった表情でこちらにまっすぐ視線を投げてきます。
「ときにテツヤ、おまえ、小金井の連絡先は把握しているのか?」
 セ、セーフ!? この質問が僕に来るということは、降旗くんに対してはセーフですか!?
 い、いや、しかし、途中で降旗くんが泣きだして有益な情報を得られなくなったから困って僕に尋ねてきたという可能性も消えていません。デリカシー皆無どころか無自覚に他人の恋心をメッタ刺しにする生物ですから、何をしでかすかわかったものではありません。
「こ、小金井先輩ですか……どうでしたっけ」
 僕は激しく迷いました。小金井先輩の連絡先は、具体的な居住先はわかりませんが、電話番号とメールアドレスなら携帯に登録されています。仮に赤司くんが降旗くんにこの件を何も話していないとすれば、僕がここで赤司くんにアドレス等を教えれば、降旗くんにダメージが行くのをしばらくは避けることができるでしょう。いまの降旗くんにこれ以上追い打ちをかけるような真似はできません。しかし一方で、それは結局先延ばしに過ぎず、その上ここで彼の要求に従うことは小金井先輩を生贄に捧げるようなものです。いったいどうすれば……。
 とりあえず小金井先輩だけでもどこか遠いところに逃すことはできないかと夢想的なことを考えている僕から、赤司くんは視線を外そうとしませんでした。ええと……これは期待されている? 僕の答えを。
 仲間を守るために自己犠牲を払うヒーローは古今東西枚挙に暇がないというものですが、自分がそのような星のもとに生まれたとは信じたくありません。ていうか、どう答えるのが正解なんですかこれ……?

 

 

 

 

 

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