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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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恋の空回り 1

「彼は僕の性欲を刺激してやまない」の続きです。赤降、火黒。





 嵐のような一夜がようやく過ぎ去ってくれたと思ったら、太陽の明るい日差しの下には廃屋と化した無数の被災家屋が広がり、なぜか陥没した埋立地には濃い瘴気を発する底なしの毒沼が出現していた――もちろん世界有数の大都市たる東京は今日もとりあえず平和に朝を迎えられたわけですが、そのごく一部においてはいままさに凄惨な天災が起きようとしています。人災なら防ぎようがありますが、天災は仕方ありません。人間にとってはたまったものではありませんが、超越的なまでに広く長く高い視点で考えた場合、地球という惑星の体調管理に必要な現象だと言えなくもないかもしれません。サイズや寿命が違いすぎるがゆえに、星にとってはくしゃみ程度のものであっても、我々地球上の生命体にとっては脅威ということでしょう。何を言っているのでしょうか僕は。恐怖のあまり思考回路が火花を散らしまくっています。これから先起こるかもしれない災害について想像するだけで、心身ともに戦慄に震えます。この先に待ち受けるのは間違いなく人災ではありますが、イメージの上では大規模な天災です。僕の頭の中には、火山の噴火と直下型地震と巨大津波と雪崩と台風とハリケーンとサイクロンと竜巻あたりが地理を無視して東京という街に一堂に会する恐るべき未来図ができあがっていました。
 何やら巨大な勘違いを携えて押し掛けてきた赤司くんを否応なく居間に招き入れ、震える手で取り急ぎ麦茶だけを出し、僕は寝室でいまだ惰眠を貪る火神くんを叩き起こし、寝ぼけまなこの彼に着替えを命じました。洗いざらしのジーンズとTシャツに手足を通したところで、僕は彼の手首を掴み、赤司くんの待つ居間へと連行しました。説明する暇など与えられませんでしたが、火神くんは赤司くんの静かながら険しい表情に一瞬にして完全に覚醒し、また事情を把握するに至らないまでも、何かこう恐ろしい誤解が生じた結果がいまの状況であるということを推察した様子でした。なんかこいつ昨日より怒ってねえか? ギギギ、と歯車の錆びきったからくり人形のようなぎこちなさで首を回し、火神くんは目線で僕にそう尋ねました。僕はただこくりとうなずくだけでした。もっとも、そこに込めた意図は単なる肯定だけではなく、さあ覚悟を決めるときが来たようです、との悲壮な言い聞かせも多分に含まれていました。ああ、火神くんごめんなさい。僕の浅はかな行動がこのような悲劇的結末への序曲につながってしまうなんて。せめてきみだけでも逃したかったのですが、そのような隙を赤司くんがつくってくれるはずもありませんし、また不用意な逃走はいま以上のあらぬ誤解を招く元になりかねません。第一逃げきれるわけがありません。社会生活を送る人間として今後も生存していくために取りうる選択肢としてもっとも妥当なのは、言葉と誠意を尽くし赤司くんの誤解を解くことでしょう。一応、聞く耳はもってくれるようですので。木綿の糸のごとき細く脆い望みの綱ですが、いまの僕たちにはこれしかありません。とにかく赤司くんに、降旗くんが赤司くん以外の人間と性交渉などしていないということを納得してもらわねば。降旗くんの名誉のためにもこれは必要なことです。……って、そういえば降旗くんはどうしたのでしょうか。ここへやって来たのは赤司くんひとりで、降旗くんの姿はありませんでした。
 リビングは、まるでこの空間だけ通常の大気組成と異なる成分で構成されているかのごとく、重苦しい空気に満ちています。身じろいでもいないのに、かすかな空気の揺れが肌を刺すように感じられてなりません。赤司くんはローテーブルの一辺の前できっちり正座をし背筋を伸ばしています。僕と火神くんは彼に対面するかたちで並んで位置取り、赤司くん同様正座しています。ソファはあるのですが、座席が足りませんし、対になっていないため、向かい合うことができません。最初赤司くんには上座も兼ねてソファをお譲りしたのですが、僕が火神くんを連れてやってくると、無言のまま床に座ったのです。膝を交えてじっくり話を聞く所存だ、とでも言うかのように。謙虚とも取れるその態度は、しかし僕たちにとっては重圧以外の何物でもありませんでした。視線を合わされるよりは見下されていたほうがまだ気楽というものです。僕はうつむき加減のまま、媚びるような上目遣いで赤司くんに視線を向けました。実に情けない仕草ですが、ここに来てプライドに固執する意味はありません。生存最優先。そして明らかに格上とわかる相手には逆らわないことこそ、生存競争に必要な最低限の知恵でしょう。なので僕のこのようななよっちい仕草は、自然界においてごく普通の、そして生き抜く上で求められる行動なのです。
「あのぅ……降旗くんはどうしたんですか? 自宅ですか?」
「そのはずだ。寝かせてきたからな」
「え……寝てるんですか?」
 赤司くんの答えに僕は思わず顔を上げ目をぱちくりさせました。確か電話では、赤司くんが降旗くんから昨日の出来事について飛び飛びの情報を得たのは一夜明けてから、すなわち今日の朝、降旗くんはすでに起床しているということになると思うのですが。腑に落ちず疑問符を浮かべる僕に、赤司くんが言葉を続けます。
「今朝、散々泣いたと思ったら、意識を失うように眠ってしまった。かなり疲れているようだった」
 濃厚な一夜を過ごしたことも原因のひとつかもしれませんが、どちらかというと主因は精神的ショックじゃないでしょうか。無意識下で恋人のように思っている相手がほかの人間とラブホに滞在していたなんて現実、受け入れたくないですよ。意識を手放したくもなりますよ。
「放置しちゃって大丈夫ですか?」
「昨日つくった夕飯がまるっと残っているから、少なくとも今日一日分の食事には困らないだろう。洗濯機は回してきたし、アパートを出る際の施錠確認も怠らなかった。衣食住の利便や安全性は平常レベルで保たれているはずだ」
 いえ、降旗くんの衣食住について心配したわけではないのですが……。甲斐甲斐しい彼氏っぷりだとは思いますが、相変わらず赤司くんの心遣いは明後日の方向を全力疾走しているようです。
「な、なあ……俺ちょっと、何がどうなってるのか状況が掴めてねえんだけど……すまねえが、馬鹿な俺の脳みそでも理解できるように説明してくれねえ?」
 赤司くんと対面して以来緊張のあまり唇をへの字に引き結んだまま朝の挨拶ひとつ発することのできずにいた火神くんが、ここにきてはじめて言葉を紡ぎました。赤司くんと僕の間で交わされた電話の内容を火神くんは知らないのですから、混乱するのは当然です。火神くんは学力は低いですがコミュ力や社会性といった分野では馬鹿ではありませんから、ある程度現状については察しがついているでしょう。しかし憶測だけで下手に発言しては余計に事態をこじれさせる要因となりかねませんから、ここで情報整理も兼ねて赤司くん側の状況説明を求めるのはよい判断です。さすが火神くん、いざというときは頭がキレます。あるいは、生存に対する野生の勘が彼にこのような判断をさせたのかもしれません。
 赤司くんは眼球の動きだけで火神くんをとらえると、
「僕がここへ来た目的について話せばいいのか」
「あ、ああ……」
 先ほど僕相手に受け答えしていたときよりも気持ち低めの声で言いました。一応電話越しに火神くんの無実は叫んでおいたのですが、信じてはいただけなかったようで。僕が火神くんを庇っていると勘繰っているのでしょうか。
「目的はひとつではないが、まず目下達成したい目的は、おまえたちから話を聞くことだ」
「な、なんの……?」
「降旗がおまえたちとセックスをしたと話していた」
「うぇ!?」
「あの、降旗くんはなんて言ってたんですか……?」
 火神くんの質問に乗っかるかたちで僕も尋ねてみました。赤司くんの手持ちの情報を押さえておくことは、話の流れを冷静にコントロールするのに役立つかもしれませんので。
 それにしても、降旗くんはなぜ赤司くんに、昨日の出来事を話してしまったのでしょうか。電話口での赤司くんの言い方からして、詰問された結果ではなく、自発的にしゃべったようです。
「今朝起きてから、彼は僕に昨日のことを尋ねてきた。彼はなぜか妙に火神、おまえのことを気にしていた」
 ギロリ、と赤司くんが火神くんをねめつけます。びくっと背筋をぴっしり伸ばす火神くん。降旗くんが火神くんのことを気にしたのは、赤司くんが火神くん(と僕)を連れてアパートにやって来たことを不自然に思ったからでしょう。僕について言及があったかどうかは不明ですが、火神くんほどウエイトが置かれていなかったとしたら、それは僕の存在に降旗くんが気づかず、火神くんにだけ目が行ったからであって、けっして降旗くんが火神くんに気があるからではありません。それくらい理解できない赤司くんではないと思うのですが……。もしかして、わかっていてもおもしろくなくてこんな刺々しい態度になっているのでしょうか。赤司くんがこんなにやきもち焼きだったなんてびっくりです。
「僕は彼に昨晩のあらまし、すなわち最初に彼のアパートを出てから戻ってくるまでの間の出来事を掻い摘んで話した」
「僕と火神くんと一緒にラブホテルにいた、と?」
「そうだ」
「ちなみにどんなふうに? まさか昨日きみが僕たちに話したみたいなハーレク……長大な語りを展開したわけじゃないですよね」
「僕たちの会話内容にはたいして触れていない。彼と僕のセックスがどういうものなのかは彼自身よく知っているのだから、わざわざ語る必要もなかろう」
 よかった、劇中劇型のハーレクインはやらかさなかったようです。自分たちのセックスをハーレクイン風に味付けされて聞かされたらたまったものじゃないですからね、しかも当のパートナーから。
「説明は手短に行った」
 赤司くんの説明に『手短』という選択肢があったとは。
「火神をラブホテルに連れていき、そこでリラックスのため(の写経を行うため)に衣服を脱いだこと、また火神が(気を紛らわすべく運動をしたために)体が熱くなったからと勝手に服を脱いだり、やって来たテツヤまでなぜか脱衣したというふうに、会話の内容にはあまり言及せず、もっぱら行動について説明した」
 うわぁぁぁ……予想はしていましたがなんつー説明の仕方しちゃったんですかこのひとは。アホですか? アホですよね!
「ちょっ……おま、なんでそんなこと言うんだよ! まったく重要性ないだろそのへん! 言うならせめて詳しい情報まで提供してやれよ!」
 赤司くんの睨みに射すくめられていた火神くんですが、赤司くんのこの暴挙はいただけなかったのか、声を荒げました。僕も火神くんの意見に賛同します。中途半端が一番いけません。そこまで言ってしまったなら、詳細まで伝え、僕たち三人の間には何もやましい感情がなかったこと――正確には赤司くんが火神くんと僕にはなんら性的意図を抱いていなかったこと――までしっかり伝えてあげなきゃいけませんよ。なに厄介なことしてくれちゃってるんですかこの宇宙人。
 自分の浅慮を棚に上げて僕は胸中で赤司くんの浅はかさを罵りました。もちろん通じるはずもなく、赤司くんは堂々と報告を続けます。
「無論行動だけでなく、目的についても簡潔に説明した。目的なき行動はないからな。ふたりを呼び出した目的は(テツヤと火神が)セックスをするためだが、なぜかなかなかしようとしなかった、しかし最終的には(テツヤと火神が)一緒に風呂に入って性欲を発散させたと、概要だけを伝えておいた。彼はおまえたちの関係を知っているから、おまえたちがセックスをしたと言ってしまったもよかっただろう?」
「なんか肝心要のとこがきれいさっぱり抜け落ちてねえか!? それちゃんと降旗に、俺と黒子がセックスしたっていうふうに伝わってるか!?」
 そうですよ赤司くん、なんでわざわざ大事なとこを省略しちゃうんですかっ! 確かに日本語は主語の省略が頻繁に行われる言語ですが、別に省略しなくてはいけないってわけじゃないですからね? むしろ基本構造的には必要なんですから、ひとに新規情報を伝達するときはなるべく省略しないでおきましょうよ。あと僕と火神くんはラブホでセックスはしていないのですが……赤司くんはしたと思い込んでいたようです。この誤解自体は構わないのですが、そのせいで降旗くんへの伝達内容が『赤司くんと火神くんと僕がセックスを完遂した』ということになってしまったのは由々しき問題です。降旗くんもかわいそうですが、僕たちも大概かわいそうです、宇宙人と3Pしたと思われるなんて……。
 僕たちの反応を見た赤司くんは、はっとしたように目を見開きました。いまさら自分の愚かさに気づいても遅いですよ。
「おまえたちは彼に自分たちがセックスをする間柄だと話してなかったのか? それは悪かった、カミングアウトではなくアウティングになってしまったな」
 さすが赤司くん、着眼点が常人とは違いますね! もうやだこのひと、超めんどくさい……。
「いえ、降旗くんは僕たちの交際関係を知っていますから、そのへんはご心配なく……」
 僕が額を押さえてため息をつく傍らで、火神くんが文字通り頭を抱えていました。
「僕の話を聞いていた彼は、段々と顔を歪ませ、話し終わったときには泣きだしてしまった」
「そりゃおまえ……泣くだろ」
「(しっ! 火神くん、ここからが多分すごく重要なんです)」
 火神くんの突っ込みはもっともなことですが、電話での話からすると、このあとの展開が現状につながるので、ここは下手に相手の行動を刺激せず、情報を出させたほうがいいでしょう。
「なぜ彼が泣いているのかはわからなかったが、とにかくなだめようと背をさすった。彼はしばらく嗚咽を漏らしていたが、やがて顔を上げると、今度はひたすら僕に謝ってきた。謝罪の理由がわからず困惑する僕に、彼はぽつぽつと語った。
『ごっ……ごめんね、征くん。俺、俺があんなことしたから……?』
『どうした光樹、電話のことならいい。きみをつらい状態にさせてしまったのは僕なのだから』
 電話で僕を呼び出した件についてはすでに何度も謝られていたし、僕としては謝罪されるようなことではないととらえていたので、率直にその旨を伝えた。だが彼はふるふると頭を左右に振るばかりだった。
『ごめん……お、俺、セックス、しっ、しちゃっ……。く、黒子、と……火神の、う、うち……う、うわぁぁぁぁぁん! ごめんね、ごめんね征くん! 怒った? 怒ったんだよね? だから黒子たちと……? ふぇっ……うっ……わ――――――んっ!』
 彼はそんなことを繰り返しながら泣くばかりで、詳しい事情がまったくわからなかった。とにかく落ち着かせるべく刺激しないようにしていたら、泣き疲れて眠ってしまったというわけだ」
 もしかして降旗くん、僕とのセックス未遂を赤司くんが昨日の時点ですでに知っていて、そのあてつけないし仕返し的な意味で赤司くんが僕たちとセックスしたとか思っちゃってるんでしょうか。だとしたらとんでもない誤解なのですが……どうするんですかこれ、収拾つくんですか。
 予想以上にこじれまくっている可能性があることに僕は本気で頭痛を覚えました。頭の中で百人のトランペット奏者が好き勝手に演奏しているかのようです。しかし、「詳しい事情がまったくわからなかった」と言っているということは、赤司くんは少なくとも自分のもっている情報が不完全であることを理解しているということです。つまり、降旗くんが泣きながら話した内容を鵜呑みにしているわけではないようです。ということは、少なくとも問答無用に制裁を発動させる気はなく、こちらの言い分を聞いてもらう余地は最初から存在したということに……?
 よ、よかった! 弁論なき判決と制裁が下るわけではないってことですよね。別に何も解決してはいないのですが、一触即発で首をはねられる状況ではなさそうだとわかったことで、少しだけ緊張が解けました。
「それで……降旗くんが話せる状況にないから、もう一方の当事者である僕たちのところに来たということですか」
「そうだ。彼はおまえたちとセックスしたというようなことを言っていたが、テツヤによれば実際にセックスを行ったのはテツヤのほうで、火神は関係ないとのことだが、これだけでは事情を理解しかねる。よって詳しい説明を求める」
「な、なんかえらい誤解が生じてるぞそれ……。俺らはふたりとも、降旗とセックスなんてしてねえよ」
「彼が嘘をついたということか?」
 降旗くんが虚偽を述べたのでは、と遠まわしに言われた赤司くんが不機嫌そうに火神くんを睨みます。誤解を指摘したら指摘したでムカっとくるようです。なんて面倒な……。誤解の根本を頭ごなしに否定するのは危険だと判断した僕は、
「赤司くん、話せば長くなるのですが、よろしいですか? その、できれば途中で中断せず、最後まで説明をさせてほしいのですが」
「ああ。まずは詳細と全体像を把握したい。そのためにはなるべく多くの情報が必要だ。だがいたずらに冗長にならぬよう気をつけろ」
「はい」
 赤司くんに事前に許可をとった上で時系列に沿っての説明を試みました。長々と語ると赤司くんのご機嫌メーターを低下させそうなので、まずはバックグランドは省き、昨日の昼に降旗くんを呼んでこの部屋で遊んでいたこと、そのとき火神くんは外出中だったことを伝えました。僕の簡単な説明に、赤司くんが目をしばたたかせました。
「セックスごっこ? おまえと降旗で?」
 昨日のアレはごっこ遊びとは違いますが、セックスの完遂はしていないことをほのめかすため、そのように表現しておきました。
「はい。お笑い系のAVを見ていたら、興に乗るあまり、つい。高校のとき、結構馬鹿やってたので、懐かしくなって」
「くだらないことをする」
 はあ……と赤司くんは大きなため息をつきました。しかし先ほど火神くんに向けて飛ばしていた殺気めいた視線は向けられません。火神くんと降旗くんが同時に視界に入るだけでジェラる割には、僕たちのごっこ遊びには寛大な姿勢を見せるのが不思議です。これはもしかして……。
「きみも昔はやっていたでしょう」
「いい年をしてやっていることに呆れたんだ」
「楽しいですよ? 今度一緒にやります?」
「機会があれば参加しよう」
 僕の誘いに、赤司くんはあっさり首を縦に振りました。
「うおぉい!?」
「さすが赤司くん、ノリがよくて嬉しいです」
 火神くんの突っ込みの悲鳴は、どういう神経してるんだこいつら、という意味でしょうか、それとも俺を差し置いて3P(ごっこ)はひどくねえか、という嫉妬なのでしょうか。後者だったら嬉しいのですが。火神くんは恋愛に関しては基本的に気性が穏やかなので、僕はたまにちょっぴり物足りません。たまにはジェラシーに燃えて僕を貪ってくれると嬉しいのですが。
「しかし、まだそんな遊びが楽しい年だったとは。おまえも降旗も存外子供だな」
 呆れながらも赤司くんのまなざしには保護者的な愛情が含まれているように感じられました。さっき僕の社交辞令的な誘いに応じたのは、大人の余裕というか、年下の子の遊びにつき合ってやるか的な感覚だったのかもしれません。実際のところ、きみたちのおかしな恋愛模様につき合わされているのは僕たちなんですけど。
「そうですね、男という生き物はいつまで経っても少年の心を忘れないものですから。でも……途中までは遊びだったんですが、残り半分は真面目なことをしていました。あのですね、実は赤司くんからのご依頼いただいた件で、降旗くんに探りを入れたんです」
 後半、僕はトーンを低くし、真面目な話に切り替わることをアピールしました。隣に座る火神くんがびくんと緊張に肩を揺らし、向かいの赤司くんが小さく眉根を寄せました。
「ええと、ですね、実は僕が赤司くんから相談を受けたのと同じ日、降旗くんは火神くんに相談を持ちかけていたのです。内容は……きみとの関係について」
「降旗が? なぜ火神に?」
 ここでも赤司くんは火神くんに半眼を向けます。降旗くんが火神くんを相談相手に選んだというだけでも気に入らないようで、暖色系の色をした瞳なのに嫉妬のグリーンに染まっているように感じられました。
「厳密には僕と火神くんの両方に話をしたかったようなんですが、その日は僕、赤司くんに呼ばれて不在だったので。降旗くん的には、早めに話をしてしまいたかったのでしょう、取り急ぎ、予定の空いている火神くんのほうに相談したようです」
 火神くんの居心地が悪そうだったので、降旗くんが火神くんに最初に相談したのは単に僕の体が空いていなかったからだとフォローを入れておきました。降旗くんが火神くんだけを相談相手として頼ったわけじゃないとアピールするために。しかし、降旗くんが火神くんに相談したという事実、あるいは相談のためにふたりきりで話したという事実が気に食わないのか、赤司くんのまなざしは不機嫌と嫉妬に覆われたままです。これはどうにもならないと判断した僕は、さっさと話を進めることにしました。
「降旗くんの悩みをまとめると、きみとうまくセックスができないから、なんとかしたいという旨です。つまり、きみの相談事と根は一致しています」
 僕の言葉に、赤司くんがはっとしたようにまばたきをし、口元を押さえました。
「降旗……そんなに悩んで?」
 なんだか申し訳なさそうな顔をする赤司くん。大変珍しい表情です。そうですきみが元凶なのですとばかりに僕は大きくうなずいて見せました。
「はい、それはもう悩んでいました。それで、ですね……僕は昨日、あることを確かめたくて降旗くんの体を少々いじらせてもらいました――性的な意味で」
 赤司くんは数秒の間のあと、どこか抑えた感のある低い声で尋ねてきました。
「セックスしたということか」
「広義での性行為に当たることはしました。とはいえ、僕が一方的にやったのであって、降旗くんは――」
「どうだった? 彼はおまえとセックスできたのか?」
 僕が文を終える前に、赤司くんが口早に疑問を挟んできました。まるでそれこそが最大の関心事項であり火急の問題点であるというように、彼はローテーブルに両手をついて身を乗り出し、真剣な顔で僕を見つめてきました。そこには先ほどまで燃え盛っていたジェラシーの炎はありませんでした。
「い、いえ……本人が嫌がったので、途中でやめました。挿入はしていません」
「そうか……。やはり無理なのか……」
 がっくりとうなだれる赤司くん。え? なんですかこの反応? 烈火か絶対零度かは置いておいて、怒りの炎を燃やすなら理解できるのですが……なんで失望したような態度になるんですか?
「あの、赤司くん……?」
「テツヤ、もう少しがんばることはできなかったのか?」
「え?」
「彼はどの程度反応していた? おまえは火神と爛れ切った性関係を持って久しい。僕よりずっと詳しいだろう。そのおまえをもってして、彼はどのくらい感じていた? おまえのセックスアピールに彼はどの程度反応した?」
 立て続けに聞いてくる赤司くんに僕は数秒の間、言葉を失いました。このリアクションは予想外にもほどがあります。なんか、まるで期待しているみたいじゃないですか?
「あ、あの……赤司くん。もしかして、僕に降旗くんとセックスしてほしかったんですか?」
 いやまさかそんな、と思いつつ聞いてみると、
「当人間に合意が成立しているのであれば。同意なしでは犯罪だから、さすがに看過はできない」
 とんでもない回答が返ってきました。なに言ってんですかこのひと!?
「ちょ、ちょちょちょ、待ってください! なんで降旗くんと僕がセックスしていいなんて思うんですか!?」
「……? まずいことでもあるのか?」
 驚愕と混乱にわたわたしながら声を荒げる僕に、赤司くんは僕がなぜそんなに慌てふためいているのか理解不能だというように、きょとんとした顔で聞いてきました。これには火神くんも絶句しています。
「ええぇぇぇぇぇ……」
「もちろん合意なしは駄目だぞ?」
 気になる点はそこですか!?
 わかりきったことではありましたが、やはり彼の価値観は常人にははかり知れないもののようです。赤司くんは僕が降旗くんと性交渉を試み、降旗くんがどのような反応をするかに関心があるようです。自分とのセックスと比較し、問題点を分析するためでしょうか。……ん? だとすると、もしかして昨日の僕の計画と行動って、赤司くんのご期待に沿うものだったということになるんですか? うわ、嫌だ。そんなひどい期待に応えるのは嫌すぎます。自分とのセックスがうまくいかないからって、問題解決のためにパートナーが他人とセックスをすることを手段として考慮するとか、ひどすぎやしませんか。ひょっとして、必要とあらば僕とセックスの練習をさせようとか考えていたんじゃ……? いや、これはさすがに考えすぎだと思いますけど、でも、でも……!
 このひとでなし! と心の中で罵りかけたところで、僕の頭にひとつの可能性がよぎりました。先刻もしやと思ったことともつながることです。
「じゃ、じゃあ赤司くん……これは仮定の話なんですが、あくまで仮に、なんですが――僕では駄目だったので、今度は火神くんに試してもらうというのはどうでしょう? 降旗くんがセックスできるかどうか」
「おい黒子!? 冗談でもやめてくれ! 俺まじで殺される!」
 僕の提示した仮定の話について真っ先に反応したのは火神くんのほうでした。まあそうですよね、降旗くんと一緒にいるだけで殺気を飛ばされるくらいなんですから。一方、赤司くんは少し遅れて視線を上げ、胡散臭げな目で火神くんを見ました。
「……火神に、だと?」
「ええ。火神くんは昨日まったく参加していませんので、火神くん相手の場合の降旗くんの反応は未知数です。試す価値はあるのでは?」
「僕はテツヤに相談した。火神にはしていない」
 やっぱり。火神くんが相手というのはアウトのようです。
「つまり、僕が降旗くんとセックスするのはOKというかむしろ必要に応じて推奨だけど、火神くんが降旗くんとセックスをするのは嫌だと」
「火神は僕にとって部外者だ。おまえほど信頼はできない」
 赤司くんと火神くんは親しくないのでこの言い分はもっともなわけですが、これだけで納得するわけにはいかず、僕は畳み掛けました。
「赤司くん……いまきみが火神くんに対して感じている感情の名前、わかりますか?」
「生理的不快感だ。火神はまず第一に顔が不愉快だ」
 即答する赤司くん。まあ、ストレートに嫉妬だと認めるというか自覚するわけないとは思っていましたが、ひどい回答です。個人的に火神くんが気に食わないということを隠そうともしていません。
「いい年した大人がそういうディスり方すんのはよくねえぞ?」
「火神くん、大人の対応ありがとうございます」
 控えめな声で諌める火神くん。バスケ以外で赤司くんと対立したくないという計算はあるでしょうが、それにしても実に大人です。このようなときにまで僕をめろめろにしに掛かるとは、けしからんひとですね。
 ……失礼しました。まあ火神くんへのときめきで脱線するのはお約束です、様式美です。
 ほとんど言いがかりみたいに無自覚の嫉妬を火神くんに抱いている赤司くんに僕はヒントを出すことにしました。
「赤司くん、きみは別に常に火神くんに不快感を覚えているわけじゃないでしょう? ムカっと来るのは、得てして降旗くん絡みのときでは? なぜそう感じるのかわかりますか。どうぞ考えてみてください、きみの頭脳は思考を得意とするはずです」
 少々挑発的な言い方でしたが、赤司くんは気を悪くするでもなく、大真面目な顔で、
「彼と火神が同一空間に存在する、ないし思考上で同時に扱うことにより、なんらかの化学反応的な変化が生じ、僕の脳内で不快物質を放出させる作用が起こる……?」
 よくわからない説明をしてきました。なんか疑問調なんですが、そんなこと聞かれたって僕には答えようがありませんよ。
「ちょ……意味不明にもほどがあるんですけど。もうちょっとわかりやすく説明してください、きみの頭脳についていけるわけないでしょう」
「単独では無害な物質でも、混合されることによって有害な物質を発生させる化学反応を起こすケースがあるだろう。僕は火神に特段の嫌悪感は抱いていないし、バスケという点を除いては彼に特別の関心もない。また彼は僕に害をなす人間ではない。よって彼は無害である。降旗については、言うまでもなく僕は関心を抱いている。特に性的な刺激について。原因不明のまま僕の心身に多大な影響を及ぼす彼が僕にとって無害と言い切れるか否かは判断しかねるところだが、彼のひととなりに基づいてシンプルに考えれば、彼は少なくとも有害な人間ではない。一般的には人畜無害と言えるだろう。このように、彼らふたりは単独で存在する限りにおいて有害ではないのだが、接近や接触によって何らかの――」
 うわぁ……はじまった。赤司くんの学術的なようでいてその実どのへんに筋が通っているのか理解不能な語りが。
 僕がげんなりしていると、火神くんがちょいちょいと僕の膝を指でつつきました。
「(なあ黒子、赤司の野郎、さっきからなんかごちゃごちゃしゃべってっけど、これって要するに、赤司にとっておまえは安全パイだってことじゃね?)」
 やはり火神くんも気づいていたようです。そうです、僕が少し前からもしかしてと思っていたのはこのことだったのです。
「(そういうことでしょうね。赤司くんは僕のことを、降旗くんを巡って争う可能性のあるオスであるとは考えていないのでしょう。で、火神くんは競合相手になり得る、と)」
「(なんで俺、そんなふうに思われてんだよ……。むしろこの件に関しては黒子よりおとなしくしてるってのに)」
「(外見の印象……でしょうか。火神くん、見た目はワイルドですから。見た目は)」
「(なんだその含みのある言い方は)」
「(僕はきみの中身も外見も好きですよ? しかし、赤司くんてば失礼しちゃいます。僕だってちゃんとしたオスなのに。そりゃ、降旗くんに欲情しないのは確かですけど……ハナっからライバル認定対象外ってされるのもそれはそれで傷つきます、男のプライドってやつが)」
「(俺としては、赤司に目ぇつけられなくて済むならそのくらいのプライドは捨てて構わねえけど……)」
 どういう基準なのかは定かではありませんが、赤司くんは僕をライバルとしてのオスだとは認識していないのだと思われます。だから僕が降旗くんといちゃついても気にならないということでしょう。ちょっとおかしいたとえにはなりますが、彼女が女友達とキャッキャウフフしていても男としての嫉妬心は刺激されない、みたいな。逆に火神くんは赤司くんにとって自分と同一カテゴリのオスとして認識しているため、誤解も甚だしいわけですが、降旗くんをとられるかも、と無意識に感じてしまうのでしょう。赤司くんが火神くんに殺気を飛ばすのは、嫉妬と威嚇なのだと思います。赤司くんにライバル視されないのは平和でありがたいですが、火神くんは認定されていて僕はされていないというのには釈然としないものがあります。僕だってオスなのに。……それともなんですか、火神くんの僕に対するメロメロ度が足りないというのですか? だとしたらメロメロにさせられない僕の責任です。今後さらなる精進をすることを心に誓います。
 ぐっと拳をつくりながら火神くんの顔を見上げようとしたとき、
「おい、テツヤ、聞いているのか。おまえへの質問に答えているんだぞ」
 赤司くんが長広舌を中断して注意をしてきました。いけない、途中からまったく聞いていませんでした。でもまあ、聞いていたにしても意味不明を助長するだけですから、赤司くんの言葉が右から左へ抜けていったことによる損害はないと思われます。
「す、すみません、失礼しました。もういいです、十分です」
「回答に満足はいったか」
「え、ええ……」
 聞けば聞くほどわからなくなりそうなのでもういいです十分です、という意味ですけれど。
 こくこくとかたちだけうなずく僕を赤司くんが正面にとらえてきました。そして何やら意味深な顔つきになると、では、と短く前置きし、
「今度は僕のほうからひとつ質問をしたいのだが」
 ぴんと背筋を伸ばしました。なんでしょう、この改まった感は。何を聞かれるのでしょうか。僕と火神くんは一瞬目線を合わせると、赤司くんの動きを真似してできるだけ姿勢を正しました。
「ど、どうぞ」
 にわかに再燃した緊張感にちょっぴり声を上擦らせながら、僕が促します。わずかな間のあと、赤司くんの唇が動きます。
「僕は降旗に恋をしているのだろうか」
「……へ?」
「……え?」
 え? え? え? いまこのひとなんて言いましたか?
 恋をしているかって? え? 赤司くんが? 降旗くんに?
 い、いえ、そのとおりであることはすでに確信をしているのですが、まさか赤司くんの口から直接こんな言葉が出てくるなんて。どうしちゃったんですかいったい、何があったんですか、きみが恋なんて単語を使うなんて。本来なら正常な思考回路でしょうに、いざ赤司くんが言い出すとものすごい違和感があります。天変地異の前触れのようにさえ感じられてしまいます。それに、いまの話の流れがどうして恋心の自覚につながるのか僕にはさっぱり理解も推測もできないのですが……。どちらかというと、よりよいセフレ関係を求めているような印象さえ受けてしまったのですが。
 いったい赤司くんの脳みそにどんな劇的な化学変化が起きたのでしょうか。
 世紀の謎を目の当たりにしてしまったかのような心境で、僕と火神くんは顔を見合わせました。

 

 

 

 

 


 

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