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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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赤司くんとオオカミ降旗 4・裏

4話舞台裏で赤司サイド。いろいろあざとい。降旗の言動が大分幼い感じになっていますので、苦手な方はお気をつけください。幼いというか、イヌです。体は人間、心はイヌ、な降旗がいます。
 

 冬が過ぎ去ろうとしている季節、しかし夜に属する時間はまだ寒く、空気は硬質に冷えている。水中から水面に引き上げられるようにすっと意識が浮上するが、自ら空気中へと顔を出すまでにわずかなよどみがある。睡眠を持続することへの欲求が名残惜しげにまとわりつく。だが彼はそれをいともたやすく振り切ると、まっすぐに空気中へと飛び出した。
 覚醒を自覚して赤司が最初に行ったことは、枕元のデジタル時計に手を這わせることだった。右上の角にライトのスイッチがあり、軽く押すと淡いブルーの光がデジタル表示を浮かび上がらせる。午前四時五十分。深夜から早朝へと切り替わる時間帯。まだ窓の外は暗いが、明け方と表現してよい時刻ではある。目覚ましより一時間ほど早い起床。二度寝するには中途半端な時間だ。布団の中で仰向けになると、彼は目の前に時計をかざし、分の表示が五十三になるまでぼんやりと見つめていた。数字に特にこだわりはないが、なんとなく三分くらいぼうっとしていたいと思った。寝起きの頭は妙な思考と欲求を展開するものである。しかし五十三が素数だと思うと意味もなく落ち着かず、結局キリよく五十五になるのを待った。そうしてから時計を枕元に戻すと、冷たい空気に晒した右腕をそのまま支えとして畳につき、体をひねりながら起こした。下手な二度寝は往々にして本格的な起床後の調子を狂わせやすい。尿意もなく自発的に目が覚めたということは、睡眠リズムから見て自然な覚醒時期だったということだろう。そう判断し、彼は五時少し前という早朝に起き出した。顔を洗って口を濯いで着替えて、それからロードワークに出る。ルーティンが前倒しになるだけだ。しかし、エンジンの掛かりだした頭が日常とは違う情報を思い起こさせる――ゆうべから客人を泊めている。それも、ただの人間ではない人物を。
 誠凛の降旗光樹。
 名前と所属がセットで浮かんできたとき、赤司はそういえばと思いながら隣の布団を振り返った。が、朝日の予兆が空に染み渡りはじめる時刻とはいえ、部屋の中はほとんど暗闇で、内部を確認するのは難しかった。彼は再び目覚まし時計を手に取ると、ライトのスイッチを押しながら、自分の左隣を照らしだした。と、彼はそこで目を見開いた。ほのかな青白い光の中、浮かび上がったのは人間の体。いや、それは別にいい。客を泊めているのだから、人間の体が自分以外に存在するのはおかしくない。……のだが、ゆうべ床についた時点では他人はいなかった。いたのは大きな犬、もとい狼だ。その狼の正体が人間であることは既知なので、隣で横になっている人物がゆうべの狼とイコールであることはすぐに理解したが、問題はその格好である。変身の解けた降旗は、全裸に首輪というとんでもない服装(?)のまま、掛け布団をかぶることなく、赤司が敷いてやったブランケットの上で緩く丸まっていた。彼は赤司のほうに顔を向け、体を横にして胎児にように体を縮こまらせている。見間違えである可能性に期待を託しつつ、寝起きの低血圧を無視して即座に立ち上がると壁際のスイッチを押す。蛍光灯の白い光の中、はっきりと浮かび上がる剥き出しの人体。枕元にはきれいに畳まれたままのスウェット。さして広くない和室の中を数歩戻り、彼は素っ裸で横たわる降旗の前で膝を折り姿勢を低くした。まぶた越しでも唐突な人工の明るさが眩しいのか、眉間にうっすら皺を寄せ、目頭に力を込めている。二の腕に手を触れさせると、ひんやりと冷たい。もちろん、生きている人間としての体温は保たれているのだが、その範囲ではかなり低く感じられる。背や頬も同様に確かめる。どこもかしこも冷えているようだった。変身が解除されてからどのくらいの時間が経過したのかは定かではないが、ついさっきというわけではなさそうだ。赤司は降旗の肩に手を掛けると、軽く揺さぶった。
「降旗くん、起きろ。人間に戻っている。裸のまま寝ていたら具合を悪くする。服を着ろ」
 降旗は何度か顔をしかめたあと、気だるげにのっそりとまぶたを持ち上げた。しかし開ききらず、半眼のまま赤司のほうに視線をくれた。三白眼と相俟ってやぶにらみのような印象だが、焦点が合っていない寝ぼけまなこなのでまるで迫力がない。布団に腕をつっぱり支えとしながら、緩慢な動きで上半身を持ち上げる。
「あ、あかし……?」
「起きたか」
 赤司は枕元の着替えに手を伸ばすと、いまだ夢半分どころか八割方睡眠中といった様子の降旗の前に差し出した。
「降旗くん、服を着るんだ。それから布団をきちんとかぶれ」
 降旗は数秒の間、自分の衣服を見てゆっくりまばたきをしたが、次にあたりを見回すように首をゆるゆると横に振った。足元で少々皺がよって乱れている二つ折りの掛け布団に視線をやってから再び赤司へと戻し、かくんと首を傾げた。
「布団……寝ていいの?」
 相手の言葉を疑っているわけではなく、純粋に疑問ないし確認として尋ねているといった印象だ。
「最初からいいと言っただろう」
「においついちゃうよ?」
「気にしなくていい。それに、いまは人間だろう」
「ふぇ?」
 赤司の指摘に、しかし降旗は不思議そうに頭を傾けるだけだった。その幼い仕草は小さい子供というより、ペットが主人の様子をうかがうときのそれに似ているような気がした。赤司は自分の顎を左手で押さえつつ、ぼそりと独り言として言った。
「……精神が狼のままなのか?」
 降旗は狼の姿をしている間も知能や記憶、思考といった精神活動は人間時と同一であり、発声器官の制限上発話は不可能だが言語能力自体は保っており、他人の言葉を理解したり他の媒介によって意思を伝達するだけでなく、言語を用いた高度な思考活動も可能ということだった。人格も人間と狼で分割されているわけではないようだ。あくまで外見が変わるだけなのだろう。しかし精神面がまったくの不動というわけではなく、肉体のほうにある程度引きずられ、多少動物っぽくなるのかもしれない。そうでなかったらきっとやっていけないだろう。中身が人間で体が四足の獣なんて。いま降旗は変身が解け人間に戻っているが、睡眠中に勝手に解除されたのか、本人はそれに気づいていないようで、狼のつもりでいるらしい。精神面の変化は単純な肉体の変化だけでなく、それに対する自己認識も関与しているとの推測が立つ。すでに人間に戻っていると彼自身に自覚させなければ、彼は寝ぼけている限り、狼として振る舞うだろう。
「降旗くん、目を覚ませ。きみはもう人間だ」
「んー……?」
「降旗くん、しっかりしろ」
「眠い……寝る……おやすみなさい」
 外部刺激による強引な覚醒であったためか、降旗は眠気に負け、上半身を起こした不安定な姿勢のままうとうとしはじめた。崩れかける体を支えてやりながら、赤司は大きくため息をついた。
「わかった、寝てもいい。だがその前にやることがある。体が冷えているから、早く服を着たほうがいい。座れるか」
 赤司は降旗の脇に腕を差し込むと、本人の意志を無視して無理矢理上半身を起こさせた。脱力しきった体は自力で体重を支持できるはずもなく、赤司の肩口に寄りかかってきた。眠りにつくのを邪魔された降旗は、不機嫌というよりはちょっぴり泣きそうな、それでいて甘えた声で呟いた。
「お母さん……まだ眠い……」
 先刻赤司を見て認識していた降旗だが、圧倒的に眠気が勝っているいま、すっかり自宅で寝ている気分らしい。
「こら、寝るな。少しだけ我慢しろ」
「やー。眠いのー」
 ぐずりながら、降旗はいやいやをするように首を横に振りながら、赤司の肩に額を押し付けた。首を動かすのをやめたかと思うと、ずるりと頭が赤司の胸のラインに沿って下がっていく。と、降旗がふいにぴくんと肩を揺らした。
「赤司のにおい……?」
 においを求めてか、降旗は赤司の浴衣の合わせに鼻先を突っ込んで、くんくんとしきりに嗅いだ。首輪の金具が時折かちゃかちゃと小さな金属音を立てる。
「ちょ……何を……」
「ん、赤司のにおいだ……好きぃ……」
 本人の体臭か着ている衣類のにおいかは不明だが、降旗は赤司から発せられる、人間にとってはかすかであろうにおいが気に入ったようで、浴衣の内側に顔ごと突っ込む勢いだ。すでに会話を交わしているように、自意識が狼であっても人間の能力を使うことには支障がないようで、降旗は両手を赤司の浴衣の合わせに掛け、左右に開こうとした。就寝用ということで着付けも帯も緩くしてあるため、寝ぼけた人間の力でも簡単にはだけてしまった。赤司はわずかな時間、ぎょっとして固まっていたが、すぐに自身に平静を呼びかけると、降旗の頭に手の平をあて、軽く力を加えて少しだけ距離をとらせた。
「降旗くん、やめなさい」
 赤司の手の内側でばたついていた降旗だったが、注意したきり黙り込んだ相手の雰囲気から察するものがあったのか、正座になると、
「……ごめんなさい」
 しゅんとしながら謝った。両手も合わせから外れていく。しょげた彼の尻に、あるはずのない尻尾がしょんぼり垂れて巻かれているようなイメージが掠めた。のみならず、ぷるぷる小さく震えている。尻尾だけでなく、頭部に倒れた犬の耳があるような錯覚さえ感じる。上目遣いで必死にごめんなさいと訴えてくる降旗に、赤司は額を押さえながら大きく息を吐いた。脅すような言い方ではなかったはずなのに、ちょっと怯えすぎではないか。が、嘆息より先に、震えている降旗の姿にふと思い出す――そういえば、すっかり体が冷えているんだった。
 赤司は一旦布団の上に置いていた降旗の部屋着を広げた。スウェットのパンツ。そしてフードのない長袖のスウェットシャツ。上の衣服を指先で摘みながら考える。スウェットシャツは構造上合わせがなく、頭からかぶったあと腕を通させなければならないわけだが……。ちらりと降旗をうかがう。叱られた犬のように、というかまさしく叱られた犬として、平均的な体格の体を縮こまらせて布団の上にちょこんと座っている。だが、やはり眠気が強いのか、徐々に船を漕ぎ出している。この生き物にプルオーバータイプの服を着せるのか? 無理だ。それこそ叩き起こす必要がある。これ以上いたずらに体温を奪われないためにはそのほうがいいのかもしれないが、ぐずられた挙句怯えられても厄介だ。赤司は三十秒ほどその場で思考を巡らしたあと、ふいに自分の帯に手をやり、結び目をほどいた。すでに合わせは降旗の手によって思い切り乱されていたため、帯という支えをなくした直線的な和服はすぐに前が開き、室内の冷えた空気を招き入れた。赤司は太く緩い袖から一本ずつ腕を抜いて自分の体から浴衣を落とした。インナーに覆われていない脚や腕が粟立ちかけるが無視する。そして浴衣の合わせを持ってふわりと布を宙に舞わせながら、降旗の肩から背にそれを羽織らせてやった。降旗はびくんと背筋を伸ばしたが、それ以上は動かず、ぎゅっと目を閉じたままその場に正座を保っている。赤司は布越しに降旗の肩をとんとんと叩いて注意を引いた。
「降旗くん、袖を通すんだ」
「うん……? なに?」
「いいから言うことを聞いて」
「は、はい」
 赤司が正面からじぃっと見つめると、降旗は声を上擦らせながらうなずいた。
「腕伸ばして」
「はい」
 素直に従う降旗だが、その行動はというと、キョンシーのように前方にまっすぐと両腕を突き出すというものだった。手の平は相手のほうに向けられており、距離が近いため、赤司の胸にぺたりと押し当てられることになった。間違ってはいない、何も間違ってはいないし、従順に行動していると言えるのだが……。
「こうやって、横に広げようか」
「はーい」
 具体的に命令しないと通じないらしいと判断した赤司は、自ら腕を左右に広げてお手本を見せてやった。降旗はそれに従って腕を横に移動させた。肩が動いたため浴衣がずり落ちる。赤司は改めて浴衣の袖を持つと、右腕から順に通してやった。合わせと帯締めのために膝立ちさせようとしたが、降旗は体に力が入らないようで、ぐらぐらと揺れだし、すぐに赤司のほうに寄りかかろうとする。赤司は早々に着付けを諦めると、座った体勢のまま、適当に帯を結んでやった。降旗は、だぼだぼの袖に包まれた自分の腕を不思議そうに見下ろしている。
「この服あったかい……」
「僕がさっきまで着ていたからな。多少体温が残っているだろう」
「赤司のにおいだぁ……」
 情報取得の第一手段として嗅覚が来るあたり、完全に狼のつもりでいるようだ。降旗は自分の肩や腕をくんくんと嗅いでは、ふにゃりと締りのない笑みを浮かべた。が、突然はっとしたように顔を上げて赤司を見つめた。
「赤司寒くない? 俺、毛皮あるから大丈夫だよ?」
 絶賛寝ぼけ中の降旗だが、赤司が浴衣を自分に譲ってくれたことと、その結果については理解できているらしく、薄着になった彼を案じはじめた。
「いや、いまはきみも……。いや、いい。とにかく大丈夫だから、気にするな」
「あっためる? 俺、赤司あっためる?」
 人語や手指を使用しているものの、道具を使うという発想は出てこないのか、降旗は赤司にぴったりと自分の体を寄せて、温めようとしてきた。座ったまま抱きつく、というより、ほとんどもたれかかるような格好だ。
「いや、いいから……」
 制止を試みる赤司だが、
「寒い? 大丈夫? あっためる?」
 降旗はますます体を密着させ、頬を擦り寄せてくる。実は彼はとっくに起きていて悪ふざけをしているのではないかとの想像が一瞬赤司の頭を掠めたが、そんな度胸のある人物ならそもそもここへ泊まるきっかけとなった変身事件さえ起こらなかったのではないかと推測される。むしろこれは、寝ぼけているからこそできる大胆な行動だろう。寝起きが悪いにもほどがある。赤司は頭を抱えたい思いだったが、降旗の体を支えてやるのに手一杯でそれもままならない。降旗は意識がないわけではないが、自力で体を支えようとする意志が乏しいので、何かと赤司に体重が掛かってくるのだ。赤司は彼の頬をぴたぴたと平手で軽く叩いて自分に注意を向けると、
「降旗くん、命令だ、布団で寝なさい」
 はっきりとした声でそう命じた。
「はーい」
 降旗はやはり素直に返事をする。が、彼は赤司の体から離れたあと、なぜかその横を通過していった。人間の赤ん坊でいう高這いの動きで。
「おい、きみの布団は……」
 赤司が振り返ったときには、降旗はもう、少し前まで赤司が寝ていた布団の上でくてんと横向きに体を倒していた。降旗はここでもシーツや枕に鼻をつけて思い切り息を吸い込んでいた。
「赤司のにおい……ちょっとだけする」
 母親のにおいを衣服に求める乳幼児のように、彼は寝具を嗅いだ。なんだかちょっぴり残念そうなのは、人間の嗅覚ではあまり明確なにおいを感じ取れないからだろうか。その光景を目の当たりにした赤司は、これは変質的な行為ではなく、イヌ科なら当たり前の行動なのだと理解はするが、ひどく落ち着かない気持ちになった。降旗が狼の姿をしていれば、嗅覚を最大限に活用しようとする行動もおかしいとは感じないが、人間の状態だとかなり異質に見える。自分が目で物を確認するのと同等の行為だと言い聞かせるものの、やっぱりそこはかとなく座りが悪い心地がする。赤司は降旗の肩を軽く叩くと、
「降旗くん、もう寝ようか」
 と促しながら、掛け布団を引き上げてやった。降旗は側臥のまま、柔らかな毛布と羽根布団を手でふわふわと押した。そして上目遣いに赤司を見る。
「……ほんとに布団使っていい?」
「いい。ほら、早く潜って。体冷えてるだろう」
「ありがとー」
 にこっと嬉しそうに笑うと、降旗は赤司の腕を掴み、自分のほうへ引き寄せた。そしてまた自分の顔も相手に寄せると、開いた唇の間から舌を突き出し、赤司の頬や口元をぺろぺろと舐めはじめた。
「……っ!?」
 赤司は仰天のあまりその場で硬直した。一瞬思考が吹っ飛んだ。
 彼はいったい何をしている? 自分は何をされている?
 混乱で真っ白になりかけた頭は、そんな単純な疑問さえ即答できずにいた。その間も降旗の動きは止まらず、一心不乱に赤司の顔に舌を這わせた。押し当てられてはすぐに移動していく生温かさには、性的なニュアンスなど一分もないことが感じ取れる。イヌの習性にさほど詳しいわけではない赤司だが、これが狼としての彼なりの礼だか挨拶だかの表し方であることは理解できた。だからといってイヌが顔を舐めるのと同様の受け止め方をできるわけではないが。そもそも犬好きの人間のように犬に顔を舐められることを歓迎するたちでもない。習性である以上、人間の感覚に基づいてその行動の良し悪しをレッテル貼りするのは妥当ではないと理解しないではないのだが。
 聡明でキレのよい彼の頭がこれほどまでに混乱したのははじめてのことだったかもしれない。
「あかしー。俺嬉しい」
 完全に固まる赤司の顔を、降旗は上機嫌に舐め回す。その舌が唇の片端をぬるりと掠めたとき、赤司の背にぞわりとした感覚が這い上った。赤司は反射的に顔を引っ込めると、かつてないほど当惑に上擦った声音で呟いた。
「ふ、降旗くん……」
 名を呼んだだけではっきりと拒絶を表明したわけではないが、赤司が戸惑い、少なくとも降旗のこの行動を歓迎してはいないことは読み取ったのか、降旗は眉を下げてしょぼんとしながら身を引いた。
「……顔舐めるのダメ? 怒った? 怒った?」
 布団の内側ですすっと距離をとり、降旗が少し怯えを含むトーンで尋ねる。赤司は降旗に舐められた唇の端を指先で押さえながら、かろうじて答えた。
「いや……駄目ではないが。習性なら仕方ないし……」
「よかったー」
 降旗は安堵の息とともにそう漏らすと、何を思ったか、掛け布団を跳ねのけた。そして寝返りを打ってころんと仰向けになる。両手は頭の横に置く。無防備そのものといった体勢で、彼はじっと赤司を凝視した。何かを訴えかけるように。いったい何がしたいんだと訝りながら見つめ返す赤司に、降旗の表情が段々と寂しげなものへと変わってく。
「おなかさわってくれないの……?」
 じーっと赤司に視線を固定したまま、降旗がぽつりと言う。そこで赤司はようやく理解した、彼の奇妙な行動の意味を。
 骨格の覆いがなく柔らかい腹部を晒すのは、服従のポーズだ。人間は仰向けに寝るのが当たり前なので、人型でその姿勢をとられてもピンと来なかったが、おそらくは服従の意を表明するために降旗はこのようなポーズをとっているのだろう。服従の承認に腹部に触れる必要があるのか否かは不明だが、降旗の中では多分そういうことになっているのだろう。しかし、昨日あれだけ怯えていた彼が、どんな心変わりをすればいきなりこんな行動をとるようになるというのか。……いや、怯えているからこそ、なのか?
「赤司……おなか」
 なかなか触ってこない赤司に焦れたのか、降旗はかろうじて重なっていた浴衣の合わせを自らの手で開き、うっすらと筋肉の張った腹部を見せた。赤司は数瞬ためらったが、放置すると腹を出しっぱなしにしかねないと考え、ため息をひとつ落としたあと、そろりと腕を伸ばし、降旗の腹に手の平をぴたりと当てた。冷えた手先が冷たかったようで、降旗がひゃっと小さな声を上げた。しかし、十秒もして少し体温が馴染んでくると、ほうっと息を吐き、脱力した表情になった。赤司は控えめに手を左右に動かし、彼の腹をさすってやった。
「んー、きもちいい……。赤司撫でるの上手ー。……もっと!」
 狼とは違い、被毛なしで地肌に触れられるのがくすぐったいのか、時折身をよじってはきゃっきゃっと変な声を立てていたが、嫌そうな様子はない。しばらく撫でていると、降旗の目がとろんとしてくる。
「そろそろ寝ようか」
「はーい」
 赤司は申し訳程度に浴衣の合わせを重ねると、毛布と掛け布団を改めて彼の体に掛けてやった。一分と立たず、安らかな寝息が聞こえはじめた。ここまできてようやくのこと、赤司はほっと一息つくことができた。息を吐きながら脱力すると、ふいに生理的な悪寒に襲われた。降旗を寝かしつけることで頭がいっぱいで寒さのことなど忘れていたが、インナー姿で快適に過ごせるような時期はまだまだ遠い。
「……寒いな」
 ぼそっと呟きながら、赤司は昨晩用意しておいた自分の分の着替えを手に取り、学校のものではない一般メーカーのジャージを身につけた。散らかり気味の降旗の布団や着替え、ゆうべ貸したブランケットを就寝前の状態に戻しておく。整理整頓をしようという積極的な意志ではなく、とりあえず雑用的な行為を行うことで現実感を取り戻そうとするように。冷えた体とは対照的に、降旗に容赦なく舐められた顔はやけに熱く感じられた。皮膚には悪いが、今朝の洗顔は冷水で行うことにしよう。そう考えながら、彼は洗面所に向かった。しかし何度初春の冷たい水道水を顔に叩きつけても、唇の端を侵食するじわじわとした熱が消えなかった。仕方なくそのままランニングに出掛けることにした。運動で体温が上昇するうち、次第に紛れ、わからなくなっていったものの、やはりまだ何かが口の端に残っているような錯覚があった。不思議な生き物と知り合ってしまったものだと、彼は今後の生活を思ってため息をついた。

 数年後、Serge Agacciとのハンドルネームを持つウェブ作家が『My guy, naked with a collar』というタイトルのエッセイを英語で発表し、異例の早さで邦訳され日本でも知られるに至った。ストレートな邦題『僕の彼氏は全裸に首輪』はまたたく間に日本の一部の物好きユーザーたちの関心を惹いたという。そして数ヶ月後、それに呼応するかのように『首輪は趣味じゃありません!』との表題の日本語での匿名エッセイがとある投稿サイトに載せられることになる。しかしこれはまだずっと先のお話。

 

 

 

 

 

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