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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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彼は僕の性欲を刺激してやまない 5

 一般的な住宅より広くゆったり設計されているこの手のホテルのバスルームも、成人男子ふたり、それも一方が平均を大幅に上回る背丈の持ち主とあっては、いささか狭苦しさを感じるのも致し方ないといったところでしょうか。ひとりなら余裕で足を伸ばせたであろうバスタブの中、僕は隅っこで体育座りをして縮こまっていました。反対側には火神くんが同じような体勢で僕と向かい合っています。浴室内は生温かい水蒸気で満たされ視界はうっすらと白んでいます。湯船の張られた浴槽には大量の泡が浮いていますが、泡風呂のようなふわふわと軽い泡ではなく、普段の入浴時の洗髪で発生するような水分の多いものです。別に、生活スタイルがところどころ不可抗力的にアメリカナイズされた火神くんがバスタブの中であらゆる入浴行為を行おうとした結果というわけではありません。これは、僕たちふたりが心のダメージを癒すべく互いに睦み合った結果に過ぎません。やはり同種同士というのは安心するのでしょうか、人間の体温にはヒーリング効果があると思います。長らく下着一枚で過ごした僕たちですが、現在、生き物にとってもっとも自然な姿すなわち生まれたままの格好で温かなお湯に浸かっています。入浴時に全裸になるのは当たり前のことですので、僕たちはようやく、パンイチという少々だらしない服装からあるべき姿へと落ち着くことができたのです。そして今日一日の汚れと並々ならぬ疲労を少しでも落とすために、部屋料金に含まれているボディソープやシャンプーを遠慮なく使わせていただきました。タオルや使い捨てのスポンジは利用せず、自分の手だけでなく相手の手も借り、また相手に手を貸すという、親愛を交わし合う行為をしました。動物だって仲間同士で毛づくろいをするのですから、人間がこうして体を洗い合うのもごく自然なことでしょう。ただ、手だけでは表面積が小さく非効率です。よって僕は自らの身体にボディーソープを塗りつけた上で火神くんに抱きつき肌をこすりつけるという、とても能率よく、かつ同時に体温を分かち合うことができる行動を取りました。しかしながら思いやりに長ける火神くんは、滑って危ないからと制止に掛かりました。こういう場合、通常ならバスタブの外でやりましょうと誘うのですが、本日の尋常でない疲労に満ちた体は多少の動きも億劫で、なおかつ体温よりほんの少し高い温かいは、心地のよい牢獄のように僕達を囚えて離しませんでした。ですので結局僕と火神くんがバスルームでできたことといえば、緩慢な動きでお互いの頭髪や身体を洗うことだけです。それだけです。……ここ、ラブホなのに。
「かーがーみーくーん」
 お湯に使ったまま、僕は実に腑抜けた声で向かいにいる火神くんを呼びました。彼もまただるさを隠そうともしない声音で答えてきます。
「なんだ、黒子」
「元気ですか?」
「あんま元気じゃねえな」
「そうですか。僕も同じくです」
 この会話、何度目でしょうか。もう数えるのもうんざりです。多分二桁には乗っていると思われます。僕は水面下の自分の体に視線を落としましたが、ソープで濁っているため目視は困難でした。よって湯船の中に手を泳がせ、目的の場所を触覚で確認しました。自分の体ですので、触れるまでもなくどのような状態なのかはわかりきっているのですが、まあパフォーマンスのようなものです。
「なんか……うんともすんとも言わないんですけど、僕の僕」
「奇遇だな。こっちも見事にリラックスしてっぞ。もうダレダレ」
「どーすんですかこれ……」
「どうにもならねえ。くそぉ、赤司の野郎……無差別絨毯爆撃しやがって。なんだあの気色悪い語りは。どこの三流ポルノ映画のナレーションだよ」
 一時間半に渡り赤司くんの口から休むことなく紡がれた、悪趣味の集大成のようなハーレクイン・ロマンスの破壊力は絶大で、ただ座っていただけだというのに、僕たちふたりの体力気力精力を根こそぎ奪っていきました。しかもノンフィクション、それも友人ふたり(火神くん的には友人ひとり知人ひとりでしょうが)の濡れ場です。エロシーンの出歯亀やルポというのはまったく知らない他人のものだから娯楽性があるのであって、交友関係内の人間のものなんて生々しくて聞いていられたものではありません。親のセックスを目撃するよりはましでしょうけれど、赤司くんの語りテイストはただでさえ耳に入れたくない現場の状況にさらなる殺傷力を付与するものでした。
「僕もう向こう一週間くらい、たつ気がしません」
「俺も無理だぞ。心も体も完全に萎えてる」
「萎え萎えですよもー。どうしてくれるんですか、赤司くんの馬鹿ぁ……」
 火神くんはともかく僕は体力切れにより身体的に萎えることがしばしばあるのですが、そういった場合でも気分が性的な方向に高揚していればセックスへの欲求は生じます。萎え萎えの体でなお飽くことなく求める僕に、火神くんはとっても優しくしてくれます。ちょっぴり申し訳ないなあと思いつつ、そのようなシチュエーションで行うセックスもまた味わい深く楽しいものです。しかしながら、ふたりして心身ともに沈みきっているとなると埒が明きません。この絶大なるダメージを癒すには互いの体温を受け止め合うのがベストだと理解し、またそのような希望も胸に湧いているのですが、まったく気分が乗らないのです。相対的にデリケートな火神くんだけでなく僕までもこの体たらくなのですから、赤司くんの文才のひどさ、推して知るべし、というものです。天に二物も三物も与えられた彼ですが、ハーレクイン・ロマンス向きの才能は持ち合わせていないというか、マイナスでしかありません。
「ああ……息子に先立たれた父の気持ちです」
 僕はさめざめと泣くかのように両手で顔を覆いました。僕よりも長時間赤司くんに付き合わされていた火神くんはそのような感傷も湧かないほど疲弊しきっているのか、焦点の合わない目でぼんやりと遠くを眺めるばかりでした。そうして十五分ほど時間を浪費したところで、唐突に浴室の扉が開け放たれました。一秒以下で全開になる勢いのよさは、僕たちの堕落しきった思考活動をわずかに呼び覚ましました。はっと面を上げると、洗面所を背景に赤司くんが立っていました。何やら深刻そうに眉を歪めていますが、相変わらずトランクス一枚なので迫力は半減です。
「テツヤ、火神、ここを出るぞ」
「ぎゃっ!? て、てめ、いきなり入ってくんな!」
 火神くん、びびらなくても、角度的に股間は見えませんし、濁った湯船がモザイクになっていますよ。赤司くんの眼に物体を透過して対象を捕捉する能力がないとは言い切れませんが。
「赤司くん? テレフォンセ……降旗くんとの電話はもういいんですか?」
 赤司くんは右手を掲げ、携帯のディスプレイをこちらに向けました。おそらく通話表示ではなく通常の待受画面だと思うのですが、湯気が立ち込めているので見て取れません。僕、そんなに視力よくないですし。
「とりあえず一旦切った。しかし何も解決してはいない。むしろ急を要する事態に進展しつつある。従っていますぐこの場を撤退する必要がある。早く上がれ。すでに精算は済ませた」
 赤司くんは珍しく慌てている様子で、かなりの早口でそのように説明しました。僕はバスタブの底から少しだけ腰を浮かせて身を乗り出しました。入浴に最適な身なりすなわち全裸ですので股間が丸見えですが、別に隠すようなものでもないので平然としています。赤司くんもまったく動じないというか、注目する価値などゼロだと言うように、まるで気にしていません。火神くんは赤司くんの闖入に落ち着かないようで、もぞもぞとその場で何度か体勢を変えたあと、なぜか湯船の中で正座しました。
「どうしたんですか? 降旗くんに何か?」
「緊急事態だ」
「だから何があったんですか?」
「性欲を解消できないらしい」
「降旗くんが? きみじゃなくて?」
 ここで顔をあわせて以来赤司くんが微妙にしかし確実に下半身事情でうずうずそわそわしていたのを目の当たりにしてきたので思わずそのように聞き返してしまったのですが、思い返せば降旗くんは赤司くんに散々体をいじられた挙句放置プレイを食らっていたのですから、降旗くんのほうこそ性欲が募っているのはもっともな話です。だからこそ赤司くんは彼とテレフォンセックスをおっぱじめたのでしょう。僕と火神くんは彼らのテレフォンセックス開始早々バスルームに逃げ込みましたので詳細は知り得ませんが、話はじめの赤司くんの優しげな声音からすると、降旗くんが欲情した体の窮状を訴えていたであろうことは想像に難くありません。
「電話で応じていたのだが、ひとりではうまくいけないと泣きつかれた。メンタルが影響しているのか、たたないらしくてな……しかしそれでいて体に熱が燻っていて、発散する術がなく苦しいようだ。僕が行って解決するとは思えないが、放置もできない。行かなくては」
 赤司くんは特撮戦隊物のリーダーのような真摯な口調で手短に説明すると、突然僕の上腕を掴み、引き上げようとしました。
「テツヤ、僕と一緒に来い」
「え、一緒に!?……って、赤司くんと一緒に降旗くんのうちへ行くんですか!? 僕が!?」
 とんでもない要求に驚く僕に赤司くんはこくりと首を立てに振ると、
「そうだ。それから火神、おまえも来い」
 今度は火神くんへと視線を向けました。
「はあ!? 何言ってんだてめえ!?」
 当然ながら火神くんが不服の声を上げます。赤司くんが降旗くんのところへ行くのはおかしくないというか、むしろそうしなければならないと思いますが、僕と火神くんが同行する意義は何なのでしょうか。場を盛り上げるためのギャラリー? やめてください、僕たちの息子を再起不能にする気ですか。
「僕はこれから降旗のところへ行き、自慰を手伝う。場合によってはセックスをするだろう」
 そんな本日のニュースをお伝えしますみたいな機械的に真面目な口調で宣言するようなことですかそれ。
「っていうか、セックスしてあげましょうよ」
 もちろん本来の意味で、ですよ。降旗くんがどれだけほしがっているか、ちゃんと理解しているでしょうね。
 僕が内心突っ込んでいる間にも、赤司くんの言葉は続きます。
「しかし、今日の僕は冷静ではない。抑制が効かない恐れがある。彼はとても繊細で、慣れないことや未知の領域に怯えやすく、すぐに緊張する。普段であれば過度の緊張に陥らせないよう気を遣ってやれるが、今日は難しいかもしれない」
「ええと……降旗くんが怖がるようなことをしてしまうかもしれない、と?」
 そういえば、赤司くんはそれを恐れるがゆえに今日降旗くんを抱いてあげなかったのでした。思いやりは必ずしもよい方向に実るとは限らないようです。
「いいか、僕が無茶をしそうだと判断したら迷わず僕を止めろ。殴ってもいい。とにかく全力で止めろ。そのために火神も呼んでいる。テツヤひとりでは荷が重いだろう」
 なるほど、体格とパワーで勝る火神くんを連れていけば、ストッパーとしての役割を期待できるということですね。僕ひとりでは赤司くんを抑えるのは無理ですから。……って待ってください。それって……。
「俺、おまえ殴るとか嫌なんだけど! 祟られそう!」
「ちょ……それって、きみが降旗くんとセックスするところを見張ってろってことですか!?」
 ギャラリーどころか安全確保のための監視要員!? 嫌です、見たくありません! っていうかきみたち初セックスがそんなんでいいんですか!?
「監視していなければ止められないだろう」
「何言ってんだおまえ!?」
「赤司くん、ちょっとは冷静になってください!」
 降旗くんとの電話前とは別の意味で興奮状態の赤司くんをなんとか鎮静化させようと声を掛ける僕たちですが、赤司くんは構わず僕たちふたりをバスルームから連れ出しました。洗面所にはすでに僕たち三人の鞄が用意されていました。彼は自分の荷物を手に取ると、洗面所の扉を開けました。僕たちが大慌てでタオルで水分を拭い下着をつけたのを確かめると、赤司くんが足を踏み出しました。
「よし、すぐにここを発つ。彼は相当焦れている。いまにも、僕を探してアパートから飛び出しそうな勢いだ」
 よしってなんですか。ちっともよくないです。僕ら全員パンイチですよ?
「待ってください! そんな格好で外出る気ですか!?」
「時間が惜しい、さっさとしろ」
 赤司くんはもう部屋の外に出るき満々です。
「時間が惜しかったらなおさらです。職質で時間取られたらおおいなるタイムロスですよ」
「局部を晒さなければ問題なかろう」
「いや、ありますから! パンイチ駄目! 絶対駄目!」
 僕と赤司くんが不毛な言い合いをしている間に、いつの間にか洗面所から姿を消していた火神くんがベッドから衣類を回収して戻って来ました。すでに自分の服はきっちり身に着けています。久々にまともな格好をした人間を前にしたことで赤司くんは多少頭が冷えたのか、火神くんの手から素直に自分のスーツを受け取りました。インナーもワイシャツも無視していきなりジャケットに袖を通そうとしていたことから、彼がかつてない混乱と焦燥の只中にいることが察せられました。
 チェックアウトを済ませた僕たち三人は、逃げるような慌ただしさでホテルから出ると、足早に繁華街を駆けました。それなりの人ごみがある空間では、走っていると障害物の回避や急な方向転換でバランスを崩したときにロスが生じやすくなりますので、あくまで歩行の動作で移動しました。地下鉄の駅に向かう道すがら、僕は結構必死の足取りで、前を進む赤司くんに尋ねました。
「あの、降旗くん……そんなにやばいんですか?」
「直接見ていないから客観的な判断はできない。しかし本人はかなりの苦しみを訴えている。当人の健康状態も心配だが、それより問題なのは、あのような状態で外に出ようとしていることだ」
「どんな状態なんです?」
「性欲の発露がなく体を持て余している」
「欲情しているということですか」
 まあ、好きな相手と性的接触をしたとあれば、ムラムラするのは当然ですけれど。
「そうだ。あの調子で外出などしたら、おそらく道行く人々の性欲を刺激して回るだろう。危険きわまりない。人々は理性を失い、交通事故を多発させるだろう。首都圏での交通の乱れは流通の停滞をもたらし、産業のいたずらな低下を――」
「いや、世の人全員がきみと同じ感覚で生きているわけじゃないですからね?」
 さすがに誰も彼もが降旗くんのフェロモン的な何かに引き寄せられたりはしないと思います。しかし赤司くん、心配するポイントが安定して狂っていますね。そりゃ、エロ漫画みたいに道行く人に唐突に襲われたりなんて展開になる可能性は低いですが、なんでそこで経済面への影響を懸念するんですか。残念な男ですまったく。いえ、きっと無意識下では降旗くんの身が危ないかも、という不安を持っているとは思います。だからこそこんなにも焦っているのでしょう。本当に、なぜ彼の恋愛脳はここまで鈍いのでしょうか。プラスチック製の玩具の刀以下の切れ味です。
 ため息をつく暇もなく早歩きを続けていると、程なくして地下鉄の入り口が見えました。

*****

「電話口での彼は実に切羽詰まっていた。通話開始早々いきなり大声で何かを訴えるようなことはなく、むしろ相手の事情や動向をうかがうような控えめな口調だった。しかしその声に常ならぬ穏やかでない響きが含まれていることは、第一声からして感じ取ることができた。何かよからぬ事態が起きている――そう確信めいた思いがよぎる一方で、数時間ぶりに僕の内耳を震わせた彼の声は、たとえ周波数のカットされた電話越しであっても、僕に心地よさを与えた。それと同時に、緩やかではあるが、鎮まっていた性欲の火種に細かな火の粉が降るのを感じずにはいられなかった。
『ご、ごめんね、電話なんてしちゃって』
『いや、連絡するのは構わないと言った。気にしなくていい。光樹、どうしたんだ』
『征くん……いま時間あるかな?』
 用件を告げるより先に、彼は遠慮がちに僕の都合を確認した。こういった気遣いができるあたり、必要最低限の冷静さは保っていると推測されたが、平生より上擦ったトーンは僕の心をざわめかせた。姿の見えない彼の身を案じるのが第一の心境であったことは断言できるが、僕の内側にはそれだけでない感情もあった。機会を通じてもたらされる彼の声は、肉声には及ばないものの、僕の性欲を刺激した。
『大丈夫だ。いま話したいことがあるのか』
『話したいっていうか、相談したいっていうか……』
 彼はぼそぼそと聞き取りにくい声でそれだけ言うと、数秒の間を取ってから、再度口を開いた。
『あ、あのね、俺、征くんが帰ったあと、言われたとおりずっと自分の部屋にいるんだけど……ひとりになってから、なんかずっとそわそわしちゃって、意味もなく部屋の中うろうろ歩いたり、ベッドでごろごろしたりして……どうにも落ち着かなかったんだ。なんとなく床に転がったら、マットが頭にあたって、今日征くんとここでセックスしてたなって思って……そしたら段々、そのときのこと思い出して……か、体が……熱いっていうか……むずむずしちゃって……。それで、その……我慢できなくなって、ひとりでしてたんだけど……』
 後半、段々と彼の言葉は途切れがちになり、また苦しげになっていった。正直なところ、僕はこの時点ですでに気色ばんでいたが、平静さを欠いていると思われる彼との電話で、僕まで取り乱したところを晒せば、彼をさらに不安にさせるだろう。僕は努めて冷静を装った。
『何か問題が生じたのか』
『い……いけなくて……。でも体、むずむずしっぱなしでさ……。ううん、むしろどんどん火照ってきて……つ、つらいんだ。ど、どうしよう……俺、ずっとこのままなの……? うえぇぇぇ……』
『光樹、落ち着け。まずは現在の健康状態を知りたい。発熱はないんだな?』
『熱いけど……病気で熱が出てるって感じじゃない』
『苦しい?』
『うん……でも、その、病気とか怪我の痛さ苦しさとは違って……き、き……気持ちいいんだ。ひたすら、ずっと、気持ちいいんだけど……気持ちいいのが終わんなくて……それがなんか、苦しいんだ。オナニーしたら治まるかなって思ってやってみたんだけど、なんか全然終わりにならなくて……かゆいところを掻けないみたいに、もどかしくてたまらないんだ』
 彼の説明は体系だっておらず抽象的であり、またときに無駄に具体的でもあり、全体像を把握しにくいものだった。だが、彼が制御しがたい情欲に悩まされていることは十分すぎるほど伝わってきたし、その原因が夕刻性行為を中断したことだということはすぐに理解できた。あのときの僕の判断は結果的に彼をひどく苦しめることとなってしまったようだ。僕は苦汁を噛み締める思いだったが、罪深いことに、欲情した彼の声の凄艶さにじわじわと性欲を刺激されてならなかった。僕は浅くなりかける呼吸を抑制しながら電話を続けた。
『自慰はいつもどおりやっているか?』
『う、うん……』
『動画は見たか? きみは確か女性向けのAVが好みだったな? パソコンは立ち上がっているか? 僕が使っているブラウザのフォルダに、きみが好きそうな動画をピックアップしたものがある。フォルダ名は《動画B》だ。シチュエーション別に下位フォルダに分けてある。ひとつくらい気に入るのがあると思うが』
『え……そんなことしてくれてたの……? は、恥ずかしい……』
 彼はセックスの中でなかなか性的関心の方向性を明示しないのだが、ポルノフィルムの好みについては聞いていたので、貴重な情報として研究・分析をしていた。よって彼が清潔感のある映像を好むらしいことは理解している。
『恥ずかしがることはあるまい。そのように消費されることを念頭に制作された作品なのだから、正しく利用することは理にかなった行動だ』
『あの……それが、今日はそういうの見たい気分じゃなくて、見てないんだ。その代わり……その……ご、ごめん、ごめんね、征くん、俺……』
 と、彼は再び沈黙に陥った。僕は、問い詰めるような口調にならぬよう気を配りながら、どこか怯えを含んでいるような態度の彼に尋ねた。
『どうしたんだ?』
『俺……どうしても征くんとセックスしたくてたまらなくて……でも征くん帰っちゃったしで……が、我慢できなくて……ごめん、うちに置いてあるきみの服とか、きみが使う寝具とかの、に、におい、嗅ぎながら……してた。いま、きみのカッターシャツ羽織ってるんだ……。洗ってあるからほとんど洗剤のにおいだけど、きみが着てるシャツなんだなあと思うと、なんか気分が盛り上がって』
『光樹……』
『ごっ……ごめんねごめんね、変なことして! あとでちゃんと洗うから! い、嫌だったら、買って返すから! ほんと、ごめんね!』
 彼は半分ほど泣きが入っていると感じられるような湿っぽい声で必死に謝ってきた。彼が勝手に僕の服を着るくらい、僕はまったく気にならないのだが。
『いや、気にしなくていい。きみが必要とするのなら利用して構わない』
『あ、ありがとう……。でも……確かにきみのにおいだなって感じて、きみがいるみたいな気持ちになるんだけど……実際にはいないのが、さ、寂しくて……そう思ったら、ますますきみのこと恋しくなって、体どんどん熱くなって……でも、でも、いけないんだ……ふえぇぇぇぇ、征くん、征くん……』
『落ち着け光樹。現状では音声でしか応じられないが、このままきみの自慰を手伝うのはやぶさかではない。できそうか?』
 僕の提案に、彼は数秒の逡巡のあと、肯定の返事を返した。
『ん……やってみる。征くんの声、聞いていたい……』
『いま、どんな服装をしている?』
『えと……上はきみのカッターシャツを一枚だけ着て、ほかはなし。ボタンは一個も留めずに、前を全部開けてある。下はハーフパンツなんだけど、もうずり降ろしちゃってて、膝のとこに引っ掛かってる』
『体勢は?』
『マットを広げて、そこに寝転がってる。ちょっとだけど、征くんのにおいがして、嬉しい……』
 そう呟いた彼の声はふにゃりと力の抜けていたが、僕の性欲を刺激するには十分すぎるもので、腹の奥を握られるような突然の熱さを感じた。まずは顔などに手指を這わせたあと、指を含んだりリップ音を立てたりすることで、擬似的な口づけを再現した。電話越しに彼のうっとりとした吐息を感じる。しかしそこに呼気の湿っぽさや彼のにおいが伴われないことに物足りなさを覚えた。記憶に鮮明な彼の姿、体温、においなどを呼び起こすことは容易であり実際に意図せず頭の中には彼の姿が浮かんでいたが、それは一層焦燥に似たもどかしさに拍車を掛けた。僕は湧き上がる性欲を自分の手で解消したい衝動を覚えたが、より窮地にある彼からもたらされる情報を聞き逃すわけにはいかず、電話に集中することにした。僕は彼に、首筋や乳首、脇腹などを軽いタッチで触れるよう指示した。
『胸……気持ちいい……』
『乳首はたっているか?』
『うん、ぷくってしてて、触るとコリコリしてる。周りもね……ちょっとだけ浮き上がってる感じがする。……摘んでいい?』
『もう少し指先でいじってからだ』
『えー……。でも確かに征くん、いつも指先でここちまちま触ってくれるね。あれ気持ちいいんだぁ……。自分でできるかな……。……んっ、あっ……ふふっ、自分だとちょっとくすぐったいくらいかな。でも、征くんの声聞きながらだと、気持ちぃ……』
 自分で自分の体に触れても、感覚が同じな上、どのような動きをするのかすべて事前にわかってしまっているため、快感としては大きくはないようだったが、彼はそれでもいくらか気持ちよさげな声を断続的に伝えてきた。僕は彼の声に性欲を刺激されるあまり注意散漫になりかけるが、反対に、彼の声を逃さず聞きたいと、電話を当てた左耳にばかり意識がいくというアンビバレンツな状態に陥っていた。それほどまでに、彼は声ひとつで僕の中のリビドーを狂おしいほどに掻き立てる。続いて性器への愛撫を指示したが、彼はおずおずと拒否というか別案を口にした。
『あの、征くん……俺、どっちかっていうと、え、えと、おしりのほう触りたいんだけど……いいかな?』
 彼は僕とのセックスでは陰茎の反応が鈍いのを気にしてか、最近はやんわりとではあるが後ろへの刺激を求めるような素振りを見せることがあった。自慰では問題なく反応するとのことだったが……電話口であれ僕とセックスすることは、彼に並ならぬ緊張をもたらすということだろうか。だとしたらこうして僕が電話で応じていることは何の解決にもならないのではないかと感じたが、彼が僕を求めて電話をしてきたこともまた確かなので、無意味ではないのかもしれない。どうするべきかと考えあぐねながらも、流れを中断しないよう、僕は言葉を続けた。
『きみがそうしたいのなら構わないが、ひとりでできそうか?』
『実は……もうずっと疼いてて、途中で我慢できなくなって、自分でちょっとだけ、ゆ、指……挿れちゃった。ご、ごめんね、勝手にやっちゃって』
『いや、謝るようなことではない。それより、ちゃんとローションは使ったか?』
『うん、使った。だからいま、すごく濡れてる。指挿れても痛くないよ。ちょっと液、入れすぎちゃったかも……? 指抜いたあと、なかであったまったローションが出てくる感じがして……ちょ、ちょっと恥ずかしい、かも』
『……そっちのほうではちゃんと快感は得られているか?』
『ん……気持ちいい。でも、なんていうか、すごい穏やかっていうか、弱いっていうか……あの……た、足りない感じがする。もっと強く押さえたり、激しく動かしたほうがいいのかなって思うんだけど……怖くてできない』
『そうか。では僕が引き続き指示を出すから、それに従ってやってみろ。いいか、自分の意志ではなく、僕の音声が伝える指示に従って動作を行うんだ。自分がそうしたいからやっている、という感覚はできるだけ捨てるように』
『うん……征くんの言葉、聞いてるね』
 すでに挿入の準備をし実際に指を挿れてみたということだったので、そのまま先に進めることになった。中指を彼自身のなかに沈ませ、軽く引っ掻くよう指示すると、熱っぽい吐息が僕の耳に届いた。
『はっ……んっ、んっ……。せ、征くん、気持ちいい……』
『今度は薬指を縁に添え、輪郭を軽くなぞってみるんだ』
『あんっ、ああっ……やっ、拡がってる……』
『まだ挿れない。しばらくそこを柔らかく押して』
『んぁ……い、挿れたい。征くん、挿れたいよ……』
『もう少し我慢するんだ』
『やぁ……これじゃ物足りない……もっとほしい……』
『あとちょっとだけそこに触って。……そろそろいい。薬指の先をゆっくり沈ませて。焦っては駄目だ。ゆっくり』
『ん……ん……あ、入った』
『しばらくそのまま馴染ませようか』
 ここで少しなかをほぐすための手間を掛けたほうがいいと判断したが、彼は思わぬ申し出をしてきた。
『うん……。あ、で、でも……電話する前にも、じ、自分で大分いじっちゃったから、もう柔らかくなってる、かも……。異物感はあるけど、痛くない。いっぱい濡らしたし。……ね、征くん、動かしたい。駄目……?』
『我慢できないか?』
『ん……あんまりできない。動きがほしい……。征くん、お願い。ね?』
『ひとりでしたとき、ちゃんとほぐしたんだな?』
 目で確認できず彼からの報告に頼るしかないので不安だったが、そこまで大それた無茶をする性格ではないと考え、彼の応答を信じようと思った。
『うん、うん。したよ。征くんのこと思い浮かべながら、いっぱい触った。ローションも、ちょっとずつ、でもいっぱい、入れたから……すごく濡れてる感じがする。小さい音だけど、ぐちゅぐちゅいってるのが聞こえて、ちょっと恥ずかしいかな。でも、きみにここ触ってもらってるときのこと思い出して、嬉しいよ。征くんの指、思い出しちゃう……あんっ』
 と、彼が控えめな嬌声を上げた。ぞわり、と悪寒と快感がないまぜになった感覚が僕の背を這い登り、インパルスにより頭の中がちかちかするかのようだった。
『どうした?』
『えと……いまね、おなかのなかがきゅって締まった』
『そうか。……僕も思い出してしまった、きみのなかが締まる感覚を』
 彼のなかに指を埋めたときに味わう内壁のぬくみや動きを思い起こし、僕は堪えきれず熱く息を吐いた。
『ん……俺そろそろ我慢できない、かも。動かしたい……』
『わかった。爪を立てないように気をつけて、少し指の関節を折り曲げられるか?』
『うん、大丈夫』
『まずは中指の腹で軽く内部を押して……離したら次は薬指だ。……できているか?』
『うん、やってる。これ、きみがやってくれる動きだね。俺、これ好き……。でも、やっぱりきみにやってもらうほうがずっと気持ちいいや。あ、んっ……征くんに触って欲しい……』
 彼は当然とした声で小さな吐息をひっきりなしにこちらに伝えてきた。その合間に何度も僕の名前を呼びながら。彼の声が段々と熱と艶を帯びはじめる。
『ねえ征くん。いつもきみが触ってくれてる、気持ちのいいとこ、どこ? だいたい覚えてるんだけど……自分じゃうまく触れない……』
『光樹、そこはあまり触らないほうがいい』
 彼は前立腺への刺激を求めているようだったが、僕は積極的に指示するのをためらった。というのは、彼は強過ぎる刺激に怯えることがしばしばあったからだ。平静さを欠いたいまの彼にコントロールができるのか不安だった。だが、持続的な快感に蝕まれて久しい彼は、求めることをやめられないようだった。
『や、いや。あそこ、好き……』
『しかし、加減が……』
『征くん……あそこ触りたい。教えて?』
 そう頼んでくる彼の声はひどく甘く、熱に浮かされ蕩けていた。僕はなおも渋ったが、彼はいやいやと駄々をこね、あそこがいいの、触りたい、と繰り返しねだった。根負けしたのは僕のほうだった。
『……見当がついているなら、焦らずそのあたりを探るんだ。中指の関節を曲げて腹部側を押していく。ほかの部分とは感触の違うところがあると思う。……弱めに探るように』
 んっ、んっ……としばらく彼の小さな息漏れが続いたあと、
『ん……あ、あ……わかった、かも? ジン、って感じがした。きみに触ってもらうときの感覚と一緒だぁ……そっかー、ここなんだ……』
 場所をあてたらしい彼が嬉しそうにくすくす笑った。
『光樹、あまり強く触れないように。慎重にな』
『んっ……気持ちいい。でも体勢きついなあ』
『自力でずっと刺激し続けるのは難しいと思う』
『はぁっ……んっ、ここ、好き。気持ちいいよー……』
 彼は愉悦に満ちたうっとりとした声でそう言いながら、その場所から得られる快感をしばし楽しんでいた。喜び溢れる彼の声は心地よくも刺激的で、現実の空間では接していないどころか姿さえ見ていないのに、僕は彼と触れ合っているときと同じくらい、性欲を駆り立てられた。だが、次第に彼の嬌声は湿っぽいものへと変わっていった。
『ふぇぇ……征くん、やっぱりうまく触れないよぉ……。触れてるんだけど、きみがしてくれるみたいには、できない……。さっきからずっと、気持ちいいにはいいんだけど、すごい切ない感じがして……い、いけないっ。お、俺、いけないよっ。ど、どうしたらいいの……?』
 そこは確かに快楽をもたらす箇所ではあるが、ただ物理的な刺激を与えていればオーガズムを得られるわけではない。道具に頼らず自分で触れるのは難しいし、自ら触れることにも慣れていない彼は、僕の心配とは逆に、快感の得方がわからない様子だった。僕は胸の中でだけほっと息を吐いた。下手に強く刺激して怯えきってしまった場合、打つ手がなくなるだろうから。
『そちらでいくのは諦めろ。やはり普通に前のほうを刺激して――』
『む、無理。だって……た、たたなくて』
 なかば予想はできていたが、やはり反応していないとのことだった。だが、自慰のときは問題なかったはずだ。
『ひとりでは普通にたつと言っていなかったか?』
『い、いつもはだいたい大丈夫なんだけど、いまは、なんかわかんないけど、む、無理みたいで……うえぇぇぇ、どうしよう……』
 彼はいよいよ半泣きになって狼狽していた。快感を終了させるには射精をしてしまうのが手っ取り早いのだが、反応しないとあってはどうにもならない。
『……僕との通話を切ったほうがいいか?』
『え、そんな! や、やだよ、征くん、切っちゃやだ……』
『しかし、きみは僕とのセックスを想像するからたたないのでは?』
 僕のセックスアピールは彼にはあまり有効でない。そのことはこの一年で痛いほど理解している。だから、彼が性的空想に耽るには、僕の存在は妨害的にしか働かないのではないかと考えたのだが、彼は嫌だ嫌だとぐずった。
『う……ち、違うよ。征くんとのセックスは、そりゃ緊張しちゃうんだけど、嫌なわけじゃないんだよ。むしろ嬉しい、きみに触ってもらえるんだと思うと。だって俺、ずっとひとりでしてて、どうしてもいけなくて……それで困って、征くんに電話しちゃったんだから……。その、征くんに触ってほしくて。せめて、声だけでも聞けたらなって、思って……』
『光樹……』
『征くんお願い、俺に触って。俺、きみとセックスしたい。いまどこにいるの? 自宅? 俺、いますぐにでもきみに会いたい。征くん、会わないなんて言わないで……』
『しかし……』
『頼むよ、ほんとお願い。ね……俺のほうから会いに行ったら駄目? これ以上はつらくて、切なくて……もう、もう……ふぇぇぇぇぇ……』
 弱々しい泣き声が少しだけ遠ざかったと思うと、なにやら衣擦れのような音が聞こえてきた。
『光樹、待て、何をしている』
『ちょっと後始末して……そしたら服着る。征くんお願い、俺と会って。俺のほうから行くから』
 僕の質問に、彼はとんでもない答えを返してきた。彼のほうから僕に会いに来る? それはつまり、外出するということだ。あの状態で? 想像しただけで僕はさっと血の気の引く思いがした。
『駄目だ、光樹。きみは出歩いてはいけない』
『なんで? どうして? 征くん、俺に会いたくない? セックスするの、嫌?』
 悲しげに彼が問う。そういう意味ではないと、僕は即座に否定した。
『そんなことはない。僕だって会いたいと思っている。可能ならばいますぐにでもきみとセックスしたい』
『じゃあ、じゃあ……しようよ。俺、行くから……!』
 彼は感極まった様子だったが、僕は慌てて止めた。
『待て。落ち着け。……わかった、僕がもう一度きみのところへ行く。だからきみはそのまま部屋にいるんだ。ちゃんと行くから、それまで待っているんだ、いいな?』
 自分の中に得体のしれない不穏な衝動がいまだ影を潜めている気がして、正直なところ僕は気が進まなかった。いや、恐れた。彼のもとへ行くことを。しかし、そうしなければどんなに制止したところで彼は部屋を飛び出しかねないように感じられ、僕は意を決してそのように伝えた。
『うん、うん……来てね。待ってる。……あの、な、なるべく早く来てほしいな。俺、ほんと、結構限界なんだ……早く征くんがほしい』
『ああ。すぐにそちらに向かう』
 約束を交わすと互いに押し黙ったが、名残惜しさと不安から、自発的に通話を切れず十数秒が経過した。元々、彼は自分から先に電話を切ることが少ない。少なからぬ心配を残しながらも、僕のほうから通話をオフにすると、即座に精算のためにフロントへ内線をかけた」
 なんということでしょう。
 この三流ハーレクイン作家、さっきラブホで降旗くんと交わしたテレフォンセックスの詳細をさっそくご丁寧に報告してきやがりました。どんだけ語りたいんですか。自慢ですかそうですかそうなんですね? これじゃ僕と火神くんがバスルームに避難した意味がないじゃないですか。いえ、本来なら聞こえるはずのない降旗くんサイドの音声まで赤司くんの無駄にうまい声真似によって再現されたのですから、現物を鑑賞するよりもさらにたちが悪いかもしれません。実際どっちがましなんでしょうね……テレフォンセックスに励む赤司くんを目のあたりにするのと、終わったあとで彼から事の詳細をハーレクイン風に味付けされて語られるの。
 それにしても降旗くん、なんか異様にエロかったのですが、どういうことなんですか。ベッドではあんな感じなんですか彼? 信じがたいのですが……それだけ赤司くんにがっつり調教されてしまっているということでしょうか。あと、はからずもAVの趣味を知ってしまいました。女性向けが好きなんですね。普通のポルノは肉欲そのものすぎて萎えるのでしょうか。女性用のは逆に清潔感がありすぎますけど。……まさか、赤司くん似のイケメン男優さんを求めてとか? 赤司くんは宇宙人には違いありませんが顔は童顔イケメン枠ですから、一般的な、すなわち男性向けのAVで似ている男優さんを探すのは難しいでしょう。そもそもあまりお顔が映りませんしね。赤司くんは大分お優しいセックスをされているようなので(無自覚の焦らしまくりやお預けはいただけませんが)、その点でも、日本で一般に流通しているものではミスマッチにもほどがあるでしょう。でもまあ、これについては清潔・上品指向らしいということで納得しておきます。深いことは考えたくありません。赤司くんのほうの趣味はそれこそもっと考えたくないというか本気で想像できないのですが、降旗くんの好みを把握した上で、彼のニーズに合致する品をせっせと見つけてはブックマークしてフォルダ分けしておく程度には甲斐性があるということはわかりました。その心遣いはもっと別の大事なところで発揮するべきだと思いますけれど。にしても、パソコン画面を前にポルノを検索し吟味する赤司くんですか……駄目です、レポート用の参考文献を探すために図書館の検索用パソコンを真剣に睨んでいるイメージしか浮かびません。
 ラブホで缶詰ハーレクインの刑にがっつり処されたことで多少は耐性がついたのか、単に短めだったからなんとか持ちこたえられたのか、僕も火神くんも今回は最後まで現実逃避することなく正気を保っていられました。だからといっていいことは何もないのですが。むしろ気絶できたほうが幸せかもしれません。それに、耐えることができるからといって問題がなくなるわけでもありません。大迷惑ですよ、赤司くんのハーレクイン垂れ流し癖は。そして現状で一番の問題は……TPOをわきまえてくださいということです。
「あ、赤司くん……ここ電車の中ですよ!?」
 そうです、このひと、地下鉄の車両の中でテレフォンセックスレポートをかましてくれたんですよ……! 幸い帰宅ラッシュの時刻は過ぎているのでそれほど混雑はしていませんが、一車両貸切というわけでもありません。同乗の見知らぬお客さんたちの視線が痛すぎます。しかもですよ、赤司くん、声真似超うまいんです。ふたりの人間がそれぞれしゃべっているように聞こえます。角度と距離によっては、隣に立っている僕が赤司くんとにゃんにゃんやっていると思われかねません。身体的な接触はしていませんし、電車の揺れに連動してたまに体が動くくらいなので、実際に性行為に準ずることをしているとの解釈は成り立たないでしょうが……それはそれで、音声だけで何をやってるんだこいつら、って話ですよ。新手の公開羞恥プレイ? 純粋に音声のみのエロって迷惑防止条例に違反するのでしょうか……。引っ掛かったとしても大した罪には問われないでしょうけれど。
 なお火神くんは少し離れたところで僕たちに背を向けて他人のふりをしています。薄情者!……とは言えません。むしろこの行動は正解です。というのも、彼は百九十の長身ですから、立っているだけで目立ってしまうのです。そんな彼が僕たちのそばにいたら、より一層注目を集めてしまうと思われます。
「赤司くん! ここ! 地下鉄です! わかってますか!?」
 ひそひそ声ながら鋭く注意する僕に、しかし赤司くんは悪びれるどころか真剣そのものな表情で答えます。
「確かにいま僕は焦燥に駆られている。しかし、さすがに自分がどのような行動を取っているのか把握できないほど錯乱してはいない。よって現在自分が地下鉄に乗っていることは理解している」
「いや、できてないですよ! 全然理解できてないです! なんで公衆の場でハーレクイン全開なんですか!」
 今日の赤司くんは徹頭徹尾冷静さを欠いています。やはり体のうちに燻る性欲が脳の活動レベルを著しく低下させているのでしょうか。結局テレフォンセックスでも自分の体には触れなかったらしいので、このひとの無駄な自制心には拍手を送りたいのを通り越して罵りたくなります。さっさと発散してください、ほんとお願いですから。
 そうこうしているうちに、何度目かになる知り慣れた遠心力が体に掛かり、聞き覚えのある駅名が扉の上の電光表示板に流れました。降旗くんのアパートの最寄り駅です。
「降りるぞ」
 赤司くんの合図で、僕たち三人は降車すると、ずんずんとホームを進み改札を出ました。いよいよ降旗くんの救助に向かいます。救助とはすなわち、赤司くんと降旗くんが性的な行為を行うということです。……あの、火神くん、このままホームに引き返して次の電車に乗りませんか? 降旗くんのことは赤司くんにお任せして帰っちゃいましょう。赤司くんはあんな心配をしていましたが、僕たちがいてもお邪魔虫にしかならないと思うんです。本気で疲れましたし、今日はこのまま帰りましょう、僕たちのアパートに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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