*ご注意*
降旗くんのお誕生日祝いとして書いた話です。
赤降ベースのリバです。なので身体的には降赤の話です。
本編より未来の時間軸で、普通にセックスできるようになっています。
そもそもなぜ彼らが赤×降なのかというと、降旗がネコ全開だからであり、赤司は元々リバ指向です。現状に大きな不満はないけどたまには抱いてほしい赤司と、とことんネコな降旗が戸惑いつつがんばるという、平和な話の予定。主導権は多分ずっと赤司。
しつこくて恐縮ですが リバ なので、苦手な方は絶対にお読みにならないでくださいませ。
セックスしたい。
かつては一方的に告げられ、その求めに対し首を縦に振るだけだった。つまりこの台詞を発するのは片方だけだった。それが両者共有の言葉になってからどれくらい経つだろうか。降旗は快楽の水位が上がりかけた思考回路でぼんやりとそんなことを思った。今日は自分から誘った。「征くん、セックスしたいんだけど、いいかな」だいたいいつもこんな言い回しになる。赤司のようにずばっと一言、セックスしたい、と言えたらかっこいいのだろうが、彼相手にそこまではっきり要求する度胸はないし、自分の性格上向かないのもわかっている。だから必ず相手の意向をうかがう言葉を付ける。とはいえ、それは社交辞令にようなもので、言葉を紡ぐ音声に、相手が肯定の返事を返すことへの期待をまったく隠そうともしていないのは自覚するところである。自分から彼を求めるようになった最初の頃は――セックスの真っ只中で理性も羞恥も吹き飛んでいる場合は別として――かなり遠慮がちかつ弱々しい声音で言っていた。しかも、「セ、セックス、したいん……だけど、だ、駄目? だ、だだ、駄目ならいいよ!? 征くん忙しもんね。ほ、ほんと、無理に都合つけなくて大丈夫だから! へ、変なこと言ってごめんね!」断られたときの予防線をしっかり張った上でないと、怖くて誘えなかった。赤司は降旗の行動パターンを概ね把握しているようで、自虐的な台詞はやめろとか、いちいちそんな気を回すな、といった類のことは特に言わず、ただ一言、ああ、僕もセックスしたい、とだけ返してきた。結局、誘うにせよ誘われるにせよ彼は直接的にセックスしたいとの言葉を放つ。だが、降旗のほうから求めたとき、その返事にはわずかな、しかし確固とした喜色があることにやがて気づいた。俺なんかに誘われて赤司が喜んでるなんて思っちゃっていいのかな、自意識過剰にもほどがあるんじゃないかな……。赤司のかすかな声色の違いを発見してからも、降旗はなおそんなふうに悩むのをやめられなかったが、彼が積極的に自分からの要求を満たしてくれるのが嬉しくて、つい誘ってしまっていた。あるとき、「きみに求められるのは嬉しい」とはっきり告げられた。そのあとにはお決まりの「より一層性欲を刺激される」なんてムードもデリカシーもないささやきが耳元に吹きこまれたが、降旗にとってはむしろ嬉しい言葉だった。あ、誘っても大丈夫なんだ。安心感が生まれたことで、以前ほどガチガチに緊張せず求められるようになった。
「んっ……むっ……」
「んん……っ」
自宅の畳に敷いた客用――実質的に赤司用――の布団一式の上で、降旗は赤司とキスを交わしていた。すでにどっぷりと深く味わっている。特に理由も付けず、ただ泊まりに行きたいとだけ連絡を寄越した赤司は、しかしこの日セックスしたいとは言わなかった。宿泊を希望した時点でそのような期待は当然生じていると考えるのが妥当なのだが、彼は合意を確実に取り付けなければ事に及ばないという、現実主義なのか理想主義なのかわからない信条を持っており、要求を告げないままセックスに雪崩れ込むような真似は基本的にしない。切羽詰まっていると順番が前後することはあるが、多くはない。入浴の時間になってもそれらしいアクションを告げないということは、もし降旗が誘わなければ、赤司は本当に宿泊する心積もりだ。しかし一方で、彼の目に静かな情欲の灯火が宿っていることは火を見るより明らかだった。誘ってほしいんだ。そう読み取ったが早いが、降旗は駆け引きのウィットなどそっちのけで、セックスしたいんだけどいいかな、と言っていた。もはや条件反射だ。そもそも、赤司相手に駆け引きのようなゲームは通用しない。頭脳の差が明白なのがひとつ、そしてもうひとつ、彼はいつだって真剣であり、この関係において冗談はきわめて通じにくいということ。変に焦らして、「今日は寝るだけにしない?」なんて言ったら、そのとおりになるに違いない。一緒に寝るだけでも十分幸せなのだけど、触れ合えるのは降旗としてもやっぱり嬉しいし、それに――彼がしたがっているなら、ぜひ応じたいと感じてしまうのも事実。だって嬉しいのだ、無言であれ彼に求められるのは。
そんなわけで、あとから入浴した降旗はドライヤーの手間も惜しいとばかりに半乾きでぺったりとした髪の毛のまま、持参した経済新聞を読む赤司に顔を寄せバードキスを何度か重ねてからいま一度セックスしたいとはっきり告げたのだった。
今日は赤司のほうが仰向けになり、降旗が彼の頭の横に手をついて体重を支えながら、覆いかぶさるような格好で口を吸い合っていた。といっても、この体勢自体赤司によって導かれたものだ。降旗の二の腕を引きながら、ゆっくりと後ろに倒れていく姿を、しかし降旗は堪能することはできなかった。くちゅくちゅと音を立てながら唾液を交わし合うのに夢中で、自分の重心がすっかり変わっていることにさえ気づかなかったくらいだ。自分の体の影が赤司の上に降りていることを認識すると、畏れ多さだけではない、色のある悪寒が走った。特徴的な双眸がまぶたを半分下ろした状態でこちらを見つめてくる。くい、と腕を引かれる。降旗は再び唇を彼の体に落としていった。彼の唇の端から顎のライン、そして耳朶。顔のパーツを経て、胸鎖乳突筋を辿って鎖骨に移動する。薄い皮下にこりこりとした骨の硬さを感じる。舌の表面をぺたりと付けて骨の上を舐めると、彼がくすぐったさに息を漏らした。
「ふふ……こうしていると、なんだかきみに抱かれているみたいだ」
その声に不機嫌さは感じられなかったが、降旗はぱっと顔を上げ、恐る恐る赤司を見た。お互いずいぶん体は触り合ってきたし、こういった姿勢で体温を交えることも珍しくはないが、そのような感想をもらったのははじめてだ。
「い、嫌だった?」
「いや、新鮮でいい」
赤司の手が降旗の前髪をよけながら額を撫でる。小さな子をなだめるような仕草のように感じられ、降旗はしゅんと肩を下げた。
「下手でごめん……」
「なぜきみはそう自分を卑下する。きみに触れられるのはとても気持ちいい。もっと触ってほしい」
赤司は降旗の手を自分のシャツの裾に忍ばせつつ、自分は彼のハーフパンツのウエストに指を差し入れ、ぐるりと円を描くように腰骨をさすった。膝頭で股間をぐっと押してやると、彼はぶるりと身を震わせた。あ、あ……と呼吸の合間に短い声が響く。きゅっと目を瞑る降旗に赤司が尋ねる。
「どうする? 口でしようか?」
「え……」
「嫌いなわけではないだろう?」
「も、もちろん。好きだよ。で、でも……」
頬を染めながら答えた降旗は、へなへなと膝の力が抜けたのか、赤司の体の上に崩れた。もちろん伸し掛からないよう体重の掛け方に気をつけてはいるが。赤司の胸元に顔を埋めるような格好で隠し、彼の問いかけを胸中で反芻する。彼に口でしてもらう――もちろん好きだ。とても気持ちがいい。だが、あの赤司にそんなことさせてしまったいいのかという疑念はいまだ晴れず、まだ情交の興に乗り切らない段階で尋ねられると、降旗はいつも困惑気味の反応をしてしまう。それが拒絶の表現でないことは相手に理解されているのでそこまで気には病んでいないのだが、自分が戸惑うもうひとつの理由を口にするのは、これがはじめてではないとはいえ顔から火が出そうな思いに駆られる。そして、わかりきっているのだから聞かないでほしいと思う。けれども、かすかな微笑とともに促してくる赤司の声に逆らえるはずもなく。
「でも?」
「せ、せっかくしてもらって、た、たたなかったら、申し訳ないかなって……」
降旗は恥ずかしさを紛らわすために赤司のシャツの裾を手の中でこねた。
そう、彼は長らく自分の反応の悪さに悩まされ、また赤司を悩ませていた。紆余曲折を経て一応解消されたものの、またあの状態が再燃したらと想像すると恐ろしくてならない。だって、もしそうなったら……
「まだそんなことを気にしているのか」
「最近調子いいけど……突発的に不調になる可能性も、なくはないから……その、心配で……」
「抱いてもらえないかも、って?」
「う……」
降旗は一瞬詰まったものの、
「……はい。それがとっても心配です」
素直に認めた。
そう、それが心配なのだ。というのも、無事にがっつりセックスできるようになるまでの最大の障壁が、緊張による性的反応の鈍磨だったのだから。いまはもう、反応が悪いからといって必ずしも感じていないわけではないのだと納得してもらっているが、あの長い道のりは降旗にとって耐え難い焦らしに等しかった。万一、もう一度あんな事態に陥ったらと思うと、それだけで震えが走りそうだ。実際、体にもそれが表れていたようで、赤司がやんわりと頭を撫でてきた。大丈夫だというように。
「ちゃんとするから」
「うん……してね」
降旗は首を伸ばし、キスをねだった。まずはただの接触。ほんの数秒もったいぶってから、どちらからともなく唇を開く。舌を招き入れ、口腔内の粘膜をくすぐってもらったあと、今度はのろのろと自分の舌を突き出す。彼の舌先で側面をなぞられる。導かれるまま、彼の口内に舌を押し入られせた。
*****
ベッドの縁に腰掛けた自分の脚の間に、鮮やかな赤い頭髪が細かく揺れるのを見下ろすのはいまだ慣れない。性器にダイレクトに与えられるぬめりと生温かさは、ときに緩やかな、ときに強烈な快楽をもたらしてくる。水面に小さな水滴と大きな水滴が交互に落ちては別々の波紋を形成し、ぶつかり合っていくかのようだ。
「はっ……う……んんっ」
顎を上げ、唇を引き結んで快感の波をやり過ごす。脳髄を痺れさせる甘やかさに思考がかすみかけるが、自分の体の状況を感じながらほっとする。よかった、ちゃんと反応する。これなら彼も気にせず抱いてくれることだろう。このあと彼が自分の体のなかにまで触れてくることを想像すると、肉体のみによらない快感が脳裏を駆け巡った。抱いてほしい。そう思ったら、じくりと後ろが疼きはじめたような気がした。まだ少しも直接的な行為を施されていないというのに。
「せ、征くん、あの……」
赤い髪の毛に指を差し入れ、緩慢な動きで梳く。見上げてくる独特の色をたたえた双眸にくらりと来る。このきれいな瞳を見つめる自分の目は、さぞ欲に濡れて卑しいのだろう。背徳感が胸をよぎる。しかしそれさえも悦楽の材料にしかならない。物欲しげであると自覚しながら、彼に目線で訴える。視線が絡み合い、沈黙が落ちる。いつもより長い。耐えかねて、降旗は唇を戦慄かせた。抱いてほしい。もう言葉にしてしまいたかった。
が、降旗の気道で気流が声帯を震わせるよりも一瞬早く、赤司の声が沈黙を破った。
「光樹、そろそろきみも試してみないか」
「え?」
濡れた唇を、まるで紅でも引くように指先で拭いながら、赤司が顔を上げた。摩擦により平生より充血した唇の赤がひどく鮮やかで、そして淫靡だった。降旗はとっさに自分の口元を押さえた。よくわからないが、何か変な声が出てしまいそうだった。降旗の身を襲った興奮の渦を知ってか知らいでか、赤司は彼の顔にぐっと自分のそれを接近させると、耳元であやしくささやいた。
「いつも僕がきみを抱いているが、きみも男だ、抱く側に回ることもできるだろう。やってみたくはならないか?」
その問いに、降旗は思わず首をぶんと横に回し、まばたきも忘れて赤司の顔を凝視した。冷静で余裕のある表情の中ほどにあるふたつの目は、情欲のほの暗さが陽炎のように揺れていた。ぞわ、と毛穴がざわめくのを降旗は感じた。戸惑う彼に、赤司が畳み掛ける。
「僕を抱いてみるか?」
「え、え、え……」
「考えたことがないか?」
ないことはない。というか、あり得るとは思っていた。元々ふたりの間には、どちらがいいというような話し合いはなく、さりとて当然にように役が割り振られていたわけでもない。ただ体を触り合うとき、赤司は公平さを求めた。いや、正確には、緊張で固まった降旗に動きを促すために、僕がしたみたいにやってみせて、というような指示を出すのが習慣化した結果、ふたりして互いに同じような触れ方をするようになったといういきさつだ。現在はもっぱら赤司が降旗を抱くかたちになっているが、その逆の触れ合い方も、挿入の手前までであれば経験がある。ただ、どういうわけか降旗の中ではいつしか彼に抱かれたい気持ちが大きくなり、いまでは圧倒的な欲求になってしまっているので、最近は自分が彼を抱く可能性をほとんど考えなくなっていた。だから、いまさらこのような質問をされると当惑してしまう。なんでこんなことを言ってくるのだろう。不満なんてないのに。むしろすごく満たされる思いなのに。これからも抱いてくれたらなと思っているのに。
今回に限ったことではないが、赤司の意図が読めず、降旗は困惑に視線を泳がせながら答えた。
「ええと……お、俺、満足してるよ? 征くんに抱いてもらえて」
「それは嬉しい回答だ」
くすり、と赤司が笑う。降旗もつられて微笑みかける。が、
「しかし、ときには別の満足を味わってみたくはないか?」
続く質問に再び硬直する。
「え……」
「試してみるか?」
「あの……」
「心配はいらない。ちゃんと協力するから」
「で、でも……」
「嫌か? 僕を抱くのは」
その問いに対する答えは明白だった。降旗は弾かれたように口を開く。
「そ、そんなこと! で、でも、え、えと……お、俺、ほんとに満足してるから。征くんに抱いてもらうの好きだから、き、気を遣ってくれなくても大丈夫だよ? ほんとだよ?」
自分が抱く側を担っていないことについて不満はない。むしろ現状は降旗の希望にかなっている。男性である赤司に抱いてもらいたくてたまらないなんて、よくよく考えれば男としてやばいのかも? と思わないではない。赤司もそのあたりに気を回してこのような提案をしているのかもしれない。しかしそのような懸念など些末事だと一笑に付してしまいたくなるくらい、降旗の中で彼に触れられることへの欲求は圧倒的なものだった。こうして間近で会話を交わしているだけで、彼に抱かれることの快感と充足感を知る体がざわめきだす。彼がほしいと内側から訴えている。抱いてほしい。瞳にはありありとその要求が滲んでいたに違いない。しかし赤司はそれに気づかないとばかりに、ふっと笑って流してしまう。意図的な無視を感じ、降旗の胸裏を不安が襲う。と、翳った顔を赤司の両手が包み込む。こつん、と額と額がぶつかる。
「ではもう少し正直に言おうか――僕が、きみに抱いてほしいと思っている」
「せ、征くん……」
上擦る声でただ彼の名を呼ぶ。赤司は額を離して焦点が合う程度の距離を置くと、改めて降旗の目をじっと見つめた。
「抱いてほしい、光樹」
「あ、あの」
赤司は戸惑う降旗の手を取り、自分の頬に触れさせた。顎のあたりまで下げると、唇の間から赤い舌をのぞかせ、手の平をつつくように舐めた。
「駄目か?」
どくん、と降旗の心臓が一際高く鳴った。
確かに自分は赤司に抱かれるのを好む。あの赤司が自分を求めてくれるというだけで、天にも昇る気持ちがする。あの幸福感と言ったらない。
では、自分は彼を抱きたいと思わないのか?――そんなことはない。ただ、彼に全部全部触れてもらいたいという気持ちが大きすぎて、思考に上って来なかっただけだと思う。現に、こうやって誘ってくる彼はひどく魅惑的で、自分はすっかり惑わされている。動揺する心裏腹に、あだっぽい彼の仕草と表情から目が離せず、微動だにできずにいる。口の中がカラカラに渇くが、唾を飲み込むのは自制した。きっとすごく、下品に響いてしまうだろうから。
「そ、そういう言い方は……ずるいよ……」
匂い立つ官能の息吹に目眩さえ覚える。動けない降旗の後頭部に手を添え、赤司がささやく。
「光樹、おいで」
短い言葉を紡ぐ唇の動きひとつさえ凄艶だった。
おいで、と言っておきながら、赤司は自ら降旗を引き寄せた。さあ、抱いてよ。空気に波をつくることなく、赤司が求める。降旗は吸い寄せられるように静かに、そしてねっとりと口づけた。
つづ、く……?