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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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彼は僕の性欲を刺激してやまない 1

 赤司くんが服を着てくれません。どうしたらいいのでしょう。
 ……というと彼がまるで変態のようですが、別に変態でもなければ露出狂というわけでもありません。常人にはおよそ理解しがたい変人であることは間違いありませんけれど。彼は至って大真面目であり、着衣を拒否するという行動にもまた、本人の中では筋の通った理屈があるのです。
 小一時間に及ぶ写経の結果、彼は落ち着きを取り戻したといってテーブルの前に僕たちを呼び寄せました。ここでようやく彼は正座を解き、床からソファへと座る場所を移動しました。僕は対面のソファに座り、火神くんは化粧台とセットの丸椅子を僕の横に置き、そこに腰を下ろしました。直接的な刺激を一切用いず、般若心経を書き続けるという高尚な行為によってある程度性欲を散らしたらしい赤司くんは、確かに先刻よりもずっと落ち着いていましたが、やはり身体的刺激には及ばないのでしょう、瞳は相変わらず欲に濡れ陽炎のように揺れて見え、あたかもその部分だけ人体にはあり得ないほどの熱を発しているかのようでした。発散したというより、根性で抑え込んでいるといったほうがいいかもしれません。見上げた理性です。しかし、部活で部員たちに連絡事項を伝えるときのようなすまし顔に性的なぎらつきを帯びた双眸があるのですから、そのコントラストがセクシーを通り越していっそ卑猥です。こんな人と対面で話さなければならないとか、正直たまったものではありません。トイレなりバスルームなり、あるいはもうここのソファでもベッドでもいいので、一発抜いてすっきりしてほしいです。こちらの性欲まで刺激されそうです。それでいて、その異様な雰囲気に萎縮しそうでもあります。結局、逆方向の力が互いに相殺し合うことで、僕と火神くんはいまいち興奮に至らずに済んでいます。自然界のバランスってすごい。何を言っているんでしょうね僕は。自分でもおかしなことを言っている自覚はありますので、どうか突っ込まないでください。
 なお、赤司くんにセックスせよと命じられた僕と火神くんですが、結局せずじまいです。僕はちょっとその気になっていたのですが、火神くんが全力で拒否しやがったせいです。いえ、拒否したのは確かにそうなんですけど、それ以前にできなかったんですね。赤司くんが同じ空間にいるという状況に、火神くんが怯え気味で。赤司くんの前でセックスなどもってのほかだと主張し、事実まるで反応していませんでした。火神くんは僕よりデリケートですので、シチュエーションによっては全然駄目になってしまいます。そういう場合は僕ががんばるのが常なのですが、今日僕は精神的疲労によりすでに二度気絶している身です。体力がいつにも増してぎりぎりです。というか尽きかけています。疲労困憊です。たとえご奉仕いただいたとしても、たつ気がしません。当然、ひとを抱けるだけのエネルギーは残っていません。そんなわけで、結局このラブホの一室にいる三人は、誰ひとり性欲を発散させることなく現在に至っています。何なんでしょうね、このトリオ。
 ちなみにもうひとつ付け加えると、僕も火神くんも引き続きパンイチです。だって赤司くんがパンイチなんですもん……合わせないとそっちのほうが落ち着きません。といっても、もっと現実的な必要性があって半裸というか九割裸を維持している側面もあるわけですが。これは赤司くんが着衣をしない理由と同じです。彼がいまだに下着一枚なのは、今後も気分が落ち着かなくなってきたら写経に走る心積もりでいるからであり、乱れた心で筆ペンを操ると、ついつい握り潰して墨を飛び散らせてしまうだろうということです。現に赤司くんの指や胸には新しい墨の痕がついています。拭ったりシャワーを浴びたりしたところで写経を再開すれば元の木阿弥なので、そのままになってます。そして赤司くんが突然発作的に写経をはじめ墨を飛ばした場合、僕たちにも被害が及ぶ可能性があります。よって僕も火神くんも洗濯の難しい染みを衣類に残さないよう、パンイチなのです。
 このような諸々の事情により、ラブホにて夕刊を敷き詰めたリビングスペースで写経セットの乗ったテーブルを挟んで会話するという、珍景が繰り広げられることになったのです。ここまで説明長かった……!
 さて、肝心の赤司くんからのお話ですが、これはもう、叱責というか断罪というか……弁明の機会も控訴の権利も認められないのはもちろん、そもそも判決すら通さないで行われる処刑なのではないかと、僕と火神くんはガクブルです。赤司くんはテーブル越しの真向かいで、威厳ある支配者のようにどっしりと構えています。生まれたのが現代日本でなければ、彼は人類史上もっとも民衆に愛される良き独裁者になっていたと思います。しかし恐怖に打ち震える中、それでも僕はどうしても赤司くんの下半身、包み隠さずいえば股間に目線が行くのを抑えられませんでした。いえ、これは余裕があってのことではなく、むしろ絶対的な恐怖という耐えがたいストレス下に置かれた人間の精神が防衛的に働いた結果だと思います。つまりは現実逃避です。赤司くんの股間は特にテントを張っている様子がありません。物静かです。ちょっとはうずうずしているのかもしれませんが、布の上からはっきりと見て取れるような反応は出ていませんでした。
 もちろん彼の股間を凝視する僕の視線にいやらしい意味などありません。ただの好奇心と現実逃避です。そのような視線に気づかない赤司くんではないでしょうが、優先順位を大切にする彼は、僕の目などスルーし、また気にもならないというような調子で、小難しい表情と物々しいトーンで口を開きました。
「テツヤ、火神、ひとつ確認しておきたことがある」
 ごく、と僕と火神くんが唾を飲み込みます。今日の出来事について洗いざらいお話するときが来たようです。社会生活が送れないレベルのあがり症の人が無理やりお見合いパーティーに連行されたかのように、背筋をぴんと伸ばし両手を膝の上で握った上で、ぶるぶると全身を震わせます。再び赤司くんの唇が動こうとします。僕は思わずぎゅっと目を瞑りました。
「おまえたちの家には、特殊な芳香剤が置かれているのか?」
 え? なんですかこの質問? ほうこうざい? ほうこうざいってなんでしたっけ?
 ほうこうざいが漢字変換できず、僕はたっぷりと十秒は沈黙に陥ったと思います。ちらりと火神くんに視線をやると、彼は思い当たる節があるのか、わずかに唇を戦慄かせています。血の気が少々引いているように見受けられます。何やら情報を持っているようですが、いいニュースではなさそうです。
「芳香剤って、トイレとか靴箱に置くアレですか? いえ別に……」
 うちにそんなものありましたっけ、と火神くんに目で尋ねると、彼は存外しっかりした声で答えました。
「トイレはライム、玄関はラベンダーだ。特殊ってことはないと思う。普通の市販品だ。メーカーなんだっけな。えすてー?」
 香りの種類まで押さえている火神くんかっこいい。僕はちょっとうっとりしてしまいました。
「よく把握してますね火神くん。っていうか、うち芳香剤なんて置いてありますか?」
「あるよ。おまえが無頓着だから、俺が交換とか補充してんだ」
 そうだったんですか、と火神くんのよいお母さんぶりに僕が感心していると、赤司くんが質問を重ねました。
「シャンプーやボディソープは? アメリカからの輸入ものとか?」
「いや、わざわざ日用品に輸入ものなんて使わねえよ。日本製のがいいし。でもあんまりこだわりはねえな。ドラッグストア行って、そのとき安いやつ買ってくる。詰替え用が安売りされやすい商品に目ぇつけてるかな。ある程度決まってるんだよな、安くなりやすいやつ」
 主婦のお手本のようです火神くん。なんてすばらしい。ああ。男らしいシンプルなエプロンをつけた火神くんにキッチンで襲われたい……。
「つまり量販店で流通している市販品ということか……」
「芳香剤やシャンプーがどうかしたんですか?」
 どうやら赤司くんは、僕たちの家の香りについて思うところがあるようです。そういえば電話越しに、においがどうたらって言っていました。火神くんが口の端をひくつかせながら、恐る恐るといった調子で尋ねます。
「な、なんか気に入らないにおいでもしたのか?」
「気に入らないというか、気になった」
 じ、と赤司くんが火神くんに視線を投げました。欲情がくすぶっているのは相変わらずですが、それだけでなく、先ほどまではなかった別の光が宿った気がします。彼が火神くんを性的な目で見ることはないはずですし、この光はもっとこう……剣呑さを感じるものでした。
「火神は確か目撃していたと思うが……今日の夕刻、降旗がアパートに戻ってきたときのことだ。今日僕は母校の洛山へ赴いていたのだが、予定が代わり早めに東京に戻れることになった。夕方には着きそうだったので、先日の詫びも兼ねて降旗に夕飯をつくろうかと考えた」
「先日の詫び?」
 赤司くんがなにやら本日の状況を話しはじめてくれましたが、僕は断片的にしか情報を得ていないので、いまいち理解できません。とりあえず最初に疑問を感じた単語をオウム返ししました。詫びとはいったい?
「十日ほど前になるか――確か僕がテツヤに相談をした日だ。あの日、僕は降旗のアパートに行った。僕が降旗に電話をしていたら、テツヤが途中で勝手に切っただろう? 彼はそのことで僕を心配している様子だったので、直接会うことにした。彼は心配性だから、きちんと無事を確認させたほうがいいのではないかと思ってな」
「お熱いことで」
 そういえばあの夜、火神くんがそんなことを報告していましたね……。降旗くんが心配するといけないから直接姿を見せに彼の自宅まで行くって、どんだけマメなんですか赤司くん。いえ、それを口実に自分が降旗くんに会いたかった、もといセックスしたかっただけなのかもしれませんが。いずれにせよ、赤司くんが降旗くんに対し時間や労力を割くことを惜しんでいないのはよーく伝わってきました。
「夕飯時だったので一緒に料理をしていたのだが、そのとき、降旗から妙なにおいを感じた。嗅いだことのあるにおいなのですぐにわかった。おまえたちの家のにおいだ。彼は火神と遊んで? いたということだ」
「お、おう……」
 赤司くんの眼球がぎょろりと動き、視線が火神くんの顔を刺します。火神くんはいたたまれないようで、肩を露骨に上げて緊張していました。赤司くんが火神くんによからぬ疑いを持つとは思えませんが、降旗くんが火神くんと一緒にいたことがおもしろくないんだろうな、とすぐに察しました。ていうかまるわかりです。しかし直接指摘するのも怖かったので、
「赤司くん、鼻いいですね」
 すっとぼけた感想を返しました。
「いや、普段からそんなに敏感なわけではないのだが……あの日はどういうわけか、やけに鼻について仕方なかった。どうしてなのか不思議に思い、とりあえず彼の体のにおいをしっかりと嗅いでみた。こう、首や肩などに直接鼻をつけて」
 赤司くんが自分の腕に鼻先をべったりつけてくんくんと嗅いで見せ、接触具合を再現してくれました。
「なんかもう、ちょっとだけ非日常を求めたいがためのプレイにしか聞こえないのですが……」
 僕がぼそっと呟きましたが、赤司くんは構わず続けます。
「もちろん彼自身の体臭のほうが割合としては大きいのだろうが、そのときの僕には、他人の家のにおいが非常に気になった。つまり、おまえたちの家の。彼のにおいを嗅ぐといつもはこう、気分が高揚したり心地よくなると同時に、体の奥に熱帯のジャングルのようなむっとした湿っぽさと熱さが湧き上がる――」
「性欲を刺激されるんですねわかります」
「――のだが、あの日は違った。刺激されるのは確かなのだが、なぜか心地よさがなかった。むしろ反対に、嫌な感じがした。こんなことははじめてだったので、僕はかなり戸惑った」
 と、ここで僕は火神くんの肩を軽くつついて注意を引き、こそっとささやきました。
「(あの、火神くん……いまの話ってもしかして……)」
「(ああ、俺が降旗に相談を受けてたときのことだから……)」
 赤司くんは自分の語りに集中しており、僕たちのよそごとめいた仕草を注意することはありませんでした。
「いつもどおり性欲を刺激されることには変わりなかったが、なんというか、気持ちのよい刺激のされ方ではなかった。適切な例え方ではないかもしれないが、普段彼から受ける刺激がJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集だとするなら、このときはドビュッシーの『海』ような」
 性欲の刺激具合を表現するためにクラシック音楽を用いるとは、実にハイソです。でもまあ、芸術と性欲は密接に関わっていますので、亡き偉人たちも案外あの世で喜んでいるかもしれません。いまでこそ「クラシック」と呼ばれるジャンルですが、それが盛んだった時代においては流行の音楽だったのですから、世俗的な側面もあったことでしょう。
「余計わかりにくいんだが」
「多分、規則性がない感じがして落ち着かなかったという意味ではないかと」
 僕はクラシックに強いわけではないので、バロックや印象派の音楽がどんなものなのかよくわかりませんが、バッハとドビュッシーの曲はいくつか思い浮かべることができましたので、そこから連想されるイメージを火神くんに伝えました。ドビュッシーってなんか不安定になりませんか? 多分赤司くんは、いつもなら降旗くんのにおいを嗅ぐとわかりやすく気持ちよくなるのに、この日は気持ちいいにはいいんだけどどこか不安になった、みたいなことを伝えたいのだと思います。
「気になるあまり、思わず彼の首や肩口に鼻先を埋め嗅ぎ回った」
「へ、変態臭いですね……」
「やはり体臭のほうが比重が大きいのだろう、彼のにおいはたちまち僕の脳髄にしみわたり、いつもの興奮が訪れた。おおいに性欲を刺激された。しかしやはりどこかおかしかった。心地よさの中に、気持ち悪さというか……いや、この単語は語弊があるな、なんと表現したものか……とにかく、違和感が拭えなかった。気持ちを掻き乱されるような不穏な何かを感じていた」
 赤司くんはそのときの感覚の奇妙さを思い出したのか、眉根を寄せ、思い悩むような難しげな表情をしています。
「(火神くん……これって……)」
「(多分ジェラったんだろうな)」
「(ですよねえ。あの日、赤司くんは僕と会っていたわけですから、降旗くんが僕らの家に行ったとしたら、火神くんとふたりということになります。三人ならよくても、ふたりだとこう……メラって来ちゃうのかもしれませんね)」
 赤司くんが正体を掴みかねているらしい不安やら違和感やらは、嫉妬及びそこから来る不愉快な感情でしょう。話を聞く限り、そうとしか思えません。火神くんも同意見のようです。
「彼は相変わらず意味不明にも僕の性欲を激しく刺激した。鼻孔に彼のにおいが充満し肺が満たされていくと、もはや彼とセックスしたいという欲求以外まともに考えられなくなる。まったくもって不可解だ」
「(やっぱ降旗くんから何か強烈なフェロモンが出てるんでしょうか)」
「(赤司も男なんだなあって思えるエピソードだな)」
 あの赤司くんから理性的思考を奪い尽くしてしまう降旗くんの色気っていったい……。確かに今日はなかなか危険なことになっていましたが、普段からそんなものを垂れ流しているとは思えません。やはり何かこう選択性のあるフェロモンを出していて、それが赤司くんに対して強く作用しているのでしょうか。
「しかしそんな状況でさえ、靴の中に入った砂のような違和感があった」
「違和感じゃなくて不快感では?」
 自分の中の感情がわからず困っているらしい赤司くんに助け舟を出してみました。彼は意外と素直にうなずきました。
「そう言われてみればそれが近いかもしれない。不協和音に似た何かが頭の中にくすぶっていた。僕はそのとき彼とセックスしたいと強く望む一方で、そうするべきではないと感じた。なぜなのかはわからない。ただこのままセックスをするのはまずいと思ったんだ。自分の中に確信があるのに、それに対する根拠がわからないなんて非常に不気味だった。しかし、あのときはそれがベストだと判断した。僕にとっても、彼にとっても。論理的根拠などなかったが……」
「(おそらく、嫉妬に狂って降旗くんに乱暴なことしちゃうかも? って不安になったんでしょうね)」
「(だろうな。実は今日もそんな感じだった)」
「(赤司くんにもジェラシーあるんですねぇ……)」
「(無自覚っぽいけどな)」
 自覚がないにもかかわらず自分の中の攻撃性を感知して、それが降旗くんに向かないようにきちんと自制したのはたいしたものです。それだけ降旗くんが大事ということでしょう。
 それにしても赤司くん……自分がやきもちを妬いたことを理解していないんですね。しかし考えてみればそれも致し方ないのかも、と思いました。彼は類まれと言ってもいいほど飛び抜けた傑物であり、圧倒的な勝ち組です。常に人より優れ、またそうあるための努力を惜しんでいないのですから、他人を羨んだり妬んだりする理由もないでしょう。だからいままで嫉妬らしい嫉妬を感じずに成長してしまったのかもしれません。実際には彼の心にも嫉妬という感情は存在するようですが、感じる経験が少なかったゆえ、なんとラベリングしてよいのかわからず困惑しているのだと思われます。自分が嫉妬を感じるはずがないとプライドを守るために否認しているわけではなく、多分本気でわかっていないのでしょう、このニブチンは。
「その日は結局、夕飯を食べずに彼の家を辞した。体調等の理由以外でセックスをせずに帰るのははじめてだった。彼も驚いたようで、その後あれこれと心配したメールがやってきた。こちらの都合を常に配慮した、非常に思慮深いメールだった」
「ご機嫌をうかがいまくってたんでしょうね……」
 といっても怖いからという理由ばかりではないでしょうけれど。きっと不安のほうが大きかったと思います。
 降旗くんはなぜか赤司くんのことがそれはもう大好きなわけですが、お互いの認識がセフレである以上、赤司くんにとっての自分の存在意義はセックスに集約されると思っているでしょう。それなのにセックスしないで赤司くんが帰っちゃったら、極論を言うと「飽きられた?」なんて思ってしまいかねません。現状、降旗くんにとって赤司くんとの関係を保つ手段はセックスなのですから、セックスなしだったらそれはもう不安になるでしょう。
 ああ、自分で想像しておいて降旗くんがものすごく憐れになってきました。ていうか、今日も寸止めで赤司くんが撤退しちゃったようなので、いまも降旗くんはそんな不安に駆られているのでは? 赤司くんに散々煽られ高められ、ほしがっている体のまま。
 ……ちょ、か、かかかか、かわいそう! 降旗くんが不憫すぎる! 今頃ひとりさびしく抜いているのでしょうか。想像しただけで涙を誘われますよこれ……。
 両思いなんだからさっさと自覚してその上でセックスしてくださいと願う僕の思い裏腹に、この世紀の朴念仁は淡々と言葉を紡いでいきます。欲情しているくせになんでそんな冷静な語り口なんですか。
「そんなことがあったので、詫びをしたほうがいいかと思い、今日彼の家を訪れた。事前にメールをしておいたのだが、返信がなかった。しかし今日は特に予定が入っていないと聞いていたので、勝手に上がって夕食の準備をしていた。そこに降旗が帰ってきたんだ。……火神と一緒に」
 赤司くんの視線が火神くんを絡めとります。もうほとんど睨んでいます。ていうか殺気立っています。火神くんが言っていた攻撃色の意味がわかりました。これは怖い。そしてわかりやすい。
「(火神くん、もしかしてきみ、赤司くんにもろに嫉妬されてます?)」
「(……らしい。誤解も甚だしいんだけどよぉ……)」
 火神くんは泣きそうです。そりゃそうですよね、こんな殺意に似た攻撃的な感情を理不尽にぶつけられたら泣きたくもなります。
「今日もやはり、おまえたちの家のにおいが妙に鼻についた。いや、それだけではなく、降旗の家のものではない石鹸の香りがほのかに漂っていた。あとで聞いたところによると、おまえたちのところでシャワーを借りたということだった」
「は、はい」
 わかっていたとはいえ、ぎくりとするのを抑えられませんでした。
「変なにおいでないのは確かなのだが……やはり先日と同じような違和感を感じずにはいられなかった。そう思っていたら、火神から同じにおいがしたのでつい嗅いでしまった。家のにおいのほか、降旗と同じ石鹸の香りがした。まあ、おまえたちの家にいたのだから当然だ。石鹸も同じだろう」
「あちゃー……」
 これ、状況的に誤解が生じていませんか。赤司くん、火神くんと降旗くんの間で何かが起こったと勘違いしちゃってませんか。現に僕に対してはそれほど棘を感じません。ひたすら火神くんに対し、おまえ気に入らないコロスオーラを出しています。
「あのときの恐怖は新たなトラウマになりそうだ……」
 火神くんは赤司くんににおいを指摘されたときのことを思い出したようで、ぶるっと身震いしました。降旗くんもかわいそうですが、火神くんもたいがいかわいそうです。申し訳ないことをしてしまいました。後日存分に僕の体を貪り尽くし、癒されてください。まあ、ここから無事に生還できたらの話なんですけども。
 赤司くんは赤司くんでつい数時間前に感じた不快感――すなわち嫉妬――が蘇ったのか、少しばかり興奮した口ぶりで話を続けます。
「ごくありふれた石鹸の香りだ、悪臭でも刺激臭でもなかった。危険を感じるにおいではまったくない。しかしなぜか全身の毛穴が毛羽立つような感覚を掻き立てられ、僕は非常に落ち着かない気持ちになった。いったい何事かと混乱した。気がつくと、僕はあの日と同じように彼の首に顔を埋めていた。そしてにおいを確かめるだけでなく、彼の肌に下を這わせていた。そんな行動を取るつもりなど毛頭なかったのだが、知らないうちに彼の首筋を舐めていたらしい。こんなことははじめてだった……。そして自分の行動を自覚した瞬間、抗いがたい衝動が体の奥底から湧き上がった」
「せ、性欲……ですか?」
 話題のシモさに反して、赤司くんの口調は講堂で学術論文について静かな情熱を燃え上がらせる学者のようでした。堰が壊れたとばかりに言葉を溢れさせます。
「そうだ。かつてないほど性欲を刺激された。それは洪水の奔流、いや津波とさえ形容してもいいかもしれない、実に強烈な衝動だった。経験したことのない強い性欲を感じ、僕は何かに突き動かされるように彼を抱えると、部屋の中に入っていった。もちろん意識はきちんとあったし、どうしたのとしきりに尋ねる彼の声も聞こえていた。だがほとんどコントロールが効かなかった。なぜ自分がこんな行動を取っているのかわからなまま、はっと我に返ったときには、慣れた生温かくぬめった感触が唇に残っていた。それがまたたまらなく心地よかったが、わずかに頭が冷えたことで、僕は反射的に顔を上げた。いったい何があった? いや、自分は何をしていた? 心臓が早鐘を打ち、腹の奥に冷水が染み渡るような嫌な感じがした。そのときようやく、僕は左手を床というかマットの上についていることを理解した。上体をそろりと起こす。突っ張った腕の横には彼が茶色の髪を散らせて仰向けに倒れていた。その顔は不安に満ち、両の目尻には涙が滲んでいた。頬は急激な日焼けのあとのように紅潮しており、上半身全体が浅い呼吸に合わせて揺れていた。唇はぬらりと光り、口角からは唾液が細い筋を描いていた。その光景を見て、そして自分の唇に残る生々しい他者の体温の感覚を自覚してようやく、僕は自分が彼の唇を荒らすように貪っていたことがわかった。自らの行動とはいえ驚き、思わず上体を引いた。と、見下ろした彼の上半身の着衣が乱れているのが見て取れた。パーカーの開きは左右に割れて床に散っていたが、これは最初から彼がファスナーを閉じていなかったためだ。仰向けになれば体の丸みと重力のために布が引かれて左右に落ちるのは物理的に自然なことだ。が、その下は不自然なことになっていた。温かみのある黄帯白色……すなわち肌の色が大きくのぞいていた。コロケーションの間違った英語がプリントされたTシャツが細かく横長な皺を描いてまくれ上がり、鎖骨のすぐ下のところでくしゃくしゃになってたわんでいた。つまり胸腹部が丸見えになっていた。その左側には、日の当たりにくい胴体に比べると若干日焼けした感のある肌の色が縦長に伸びていた。僕の右腕だった。
『光樹……?』
 僕はなかば呆然としながら、間の抜けた声で彼の名を口にした。僕の手の下で彼の胸が大きく上下しているのをどこか遠く感じた。顔を見やれば、焦点の合わない目がこちらを見返していた。唇が緩慢に動くが音は出ない。しかし何を言わんとしているかは読み取れた。『せいくん』――僕の名を口にしていた。すっと目が閉じられると、左目から涙が一筋、こめかみのほうへ流れていった。僕は信じられない思いで両腕を離すと、体を起き上がらせた。彼の右の太腿を跨ぐようなかたちで膝立ちになっていた。体の下には仰向けでぐったりと転がる彼の姿があった。
『あ、征くん……』
 もぞりと彼の右腕が動いたかと思うと、たくし上げられたTシャツへと伸びた。下ろそうとしているらしいが、力が入らないのか、まともに動かせていなかった。その動きに注視すると、右の乳首が充血し小さく膨らんでいるのが視界に飛び込んできた。それは恐ろしく性欲を駆り立てる光景だった。僕は単純にも彼の姿に性欲を刺激された。いや、彼の姿はいつだって僕の性欲を刺激してやまないのだが、このときは普段の比ではなかった。圧倒的な衝動。抗えない。理屈でなく本能で察した。そう、僕は抗えなかった。込み上げる性欲に。自分を虫にたとえるなど、いたずらに己を卑下する、自己評価能力に欠ける人間の所業だと考えていたが……このときの僕は正しく夜の照明に引き寄せられる羽虫に等しかったと思う。自分の行動の原因を他に求めるのは誠実ではない。しかしあえて言わせてもらおう。僕は彼に引き寄せられたと。改めて彼の顔の横に手をつくと、僕は覆いかぶさるようにしてもう一度彼との距離を縮めていった――」
 ぎゃ――――――っ!? なんか語り出した!? き、気持ち悪っ! 赤司くんの表現力めっちゃ気持ち悪い! 本気で鳥肌立ったんですけど!?
 いろいろアレですが、とにかく『性欲』がすべてを不調和にしている気がします。頼むから性欲から離れてください。
 ……ええと、いま語った場面は、赤司くんが火神くんの前から降旗くんをかっさらい、部屋でふたりきりになったところ……でいいんですよね。ということは、火神くんも見ていないシーンということです。その後のやりとりからすると結局未遂に終わったのかなーという感じだったんですけど……あの、実際のところ、どこまでやっちゃったんでしょうか、このひと。いまの長ったらしい赤司くん語りを補足しつつ要約すると、降旗くんを担いで部屋に移動したあとベッドだか布団だかに押し倒し、べろちゅーをかましながら彼の乳首をいじっていたってことですよね。充血するくらい。それもあまり自覚がないまま思い切りがっついて。おそらく同意も取らずに。性欲性欲言っていますけど、多分半分くらいはジェラシーなんじゃないですかね。降旗くんから漂う僕たちの家の石鹸のにおいに嫉妬を刺激されたのだと思われます。赤司くんてほんと、降旗くんから受ける自分の心身の変化を全部性欲だと解釈してるんですね……。間違ってはいないのかもしれませんが……もう少し視野を広く持ってほしいものです。とはいえ、そもそも恋愛の概念が彼の中にないとしたら、好きとか嫉妬とかも、感情としてとらえられないのでしょうね。なんてめんどくさい。
「彼の唇の粘膜を舌先でくすぐり、彼もまた舌を出して僕のそれをつついてきた。呼吸に混ざる水分が梅雨の空気のように互いの顔にまとわりついた。汗や息ばかりではない、何かこう匂い立つような刺激が鼻の奥をくすぐった。気持ちがよい。どこまでも性欲を刺激される。しかしやはりよどみのようなものを感じる。それでもこのときは彼の体温が与える心地よさに圧倒され、僕は飽きもせず彼の唇に軽く噛み付いた。酩酊状態に似ていたかもしれない。彼が少し苦しそうだったので、僕は貪りたい衝動をなんとか抑え込み、ついばむように互いの唇を交互に食み――」
 僕が思考を展開している間にも赤司くんの語りはとどまるところを知りません。
 あー……ええと、その……。
 ハ、ハーレクイン!? え、これはじまっちゃうんですか!? 赤司征十郎作・ハーレクイン風ノンフィクションセックスレポが!? 駄目ですよ、きみに作家は無理です! 無自覚焦らしプレイしか作風がない能なしでしょうが!
 いやもうほんとやめてください赤司くん、下手なんですから! センスないんですから! 頭はよくても文才なんてバッタの脳みそほどもないんですから!
 っていうかそれ以前に、きみの一種独特の感性は性欲直撃すぎてハーレクインになりませんからね? 何回性欲って言ったら気が済むんですか。宇宙人のきみに地球人のロマンスを語るのは無理ですよ?
 頼むからそれ以上は語らないでください! 省略! 省略を求めます!
 えー……すべてを省略し、赤司先生のお話は大人の都合によりここで打ち切りとさせていただきましょう。それで何もかもが解決です。

 

 

 

 

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