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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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黒子が性同一性障害の話 2

 ――僕は体は男性ですが、心は女性なんです。だからきみと一緒にはいられません。
 なんだよそれ。意味わかんねえよ。前後のつながりがわかんねえ。なんでそれが俺といられない理由になるんだ?
 天地がひっくり返るくらいびっくりする理由とともに別れを告げた黒子が去ってからどれくらい経っただろうか。俺たちが別れ別れになる未来なんて、悪い夢でさえ見たことがなかった。それが突然現実のものとなり、俺は呆然とするしかなかった。
 別々の大学に進学したものの、どちらも都内であったため、交通の利便性と住居費光熱費のコストダウンとかなんとか理由をつけ、ルームシェアと称して一緒に暮らしはじめたのが大学一年の秋。夏休み中に計画を立てていて、できれば休暇中に新生活を開始したかったのだが、準備や契約で時間を食い、新学期にずれ込んだというわけだ。それから約二年、あいつとこの部屋で生活をともにした。事実上の同棲で、近しい人間の中には俺たちがそういう関係であったことを知っているものもいる。あいつは家族にも俺とのことを匂わせていたらしいが、さすがにそう簡単に理解は得られないのだろう、だんだんと実家に帰る回数が減っていった。それでもめげずに、年末や盆が近づくと、キッチンに立つ俺の腕を肘で軽くつつきながら、お母さんに彼氏を紹介したいんですけど、なんて冗談めかして言ってきたものだ。事実冗談でしかないのはわかっていたので、いつか息子さんを俺にくださいって言う心の準備しておかないとな、なんて俺もまた軽口で返していた。するとあいつは、だったら僕も火神くんのお父さんに、息子さんを僕にくださいって言わないといけませんね、と言ってきた。将来のことなんてまったく深く考えない、浅はかな会話だが、そのやりとりが楽しかった。刹那的な悦楽であれ、あいつとの間に確かな絆があることを言葉として感じられる時間だった。
 一緒に暮らそうと誘ったとき、あいつは最初難しい顔をして、共同生活の開始と維持に伴う諸々の問題――不動産賃貸の手続きや登録者名、経費の分担など――についてリストに書き出し、わざわざ表計算ソフトできれいにまとめて俺に提出した。一緒に暮らすって大変なんですよ、と実に冷静な台詞とともに。あまりにきっちりしていたので、緑間あたりの入れ知恵かと思ったくらいだ。その用紙を前に俺は頭を抱えること数日、あまり役に立ちそうにない解決法をいくつかあいつに提示した。もうちょっと頭使わないと駄目ですよ。あいつは呆れたため息をついた。やっぱり駄目かとがっくり肩を落とす俺の頭を、あいつはぎゅっと抱きしめてきた。でも、火神くんがそこまで考えてくれたことが嬉しいです、なんてご褒美の言葉つきで。俺はちょっと感激しかけたが、俺の誠意を試したのかとの疑念がすぐに湧き、むくれて見せた。あいつは俺が憮然とすることまでお見通しだったようで、きみが僕のためにいろいろ考えてくれるって信じてたんです、と焦らすように俺の唇の端にキスを落とした。俺の部屋だったので遠慮することはなく、そのまま敷きっぱなしだった布団の上に雪崩れ込んだことは言うまでもない。
 ――きみのそんなところが大好きです。……いいえ、きみに嫌いなところなんて、僕は探せる気がしません。好きです、火神くん。
 シーツの上に仰向けに転がったあいつは、上から覆いかぶさる俺の首に両腕を引っ掛けた状態で、そんな殺し文句を言った。俺たちの間で、好きという言葉は無数に交わされたが、特にあいつはその単語を口にするのを好んでいた。俺はたいてい言われてからオウム返しみたいにその言葉を紡いだ。
 他人が聞いたら惚気も大概にしろと拳のひとつも飛んできそうなことばかりが思い浮かぶ。喧嘩ももちろんあったが、それを含めても、あいつとの時間の多くは甘く感じられるものだったのだから仕方ない。
 結局同居についてはあいつが主体となって問題をクリアーしていき、家族からの了解も取り付けた。俺はもともと一人暮らしだったので、そのあたりの障害は少なかった。俺たちの同居生活の実態が同棲であることは普段の行動や雰囲気から駄々漏れだったようで、親族からはいい顔をされなかったが、どうにもこうにも手がつけられないレベルだと判断されたのか、諦めという名の不干渉でとりあえずのところ見逃されているというか見守られているというか……な状況だった。
 あいつは今頃実家に帰っているのだろうか。俺と別れて、家族はほっと胸を撫でおろしているだろうか。少し距離ができてしまった家族と、再びうまくやれているだろうか。俺のせいで家族仲が微妙になってしまったのなら、悪いことをした。仲直りできるといいんだが。
 あいつのいなくなった部屋の床の上で倒れるように仰向けになり、ぼんやりと天井を眺めてそんなことを考える。実を言えば、あいつが家族より先に俺に対して性同一性障害を告白しており、その後当然といえば当然のごとく家族との間でややこしい事態が生じていたのだが、このときの俺はそんなことまで回る頭を持っていなかった。ただ己の中の喪失感に呆然自失としていたから。あいつが姿を消したいまでも、この部屋にはまだ、あいつが使っていた持ち物の多くがそのまま置いてあり、シーツや衣類にかすかなにおいも残っている。あいつの姿はどこにもないのに、気配だけが息づいている。それがまた心に荒涼とした風を吹かせる。
 ――大好きでした。
 あいつの最後の言葉が耳から離れない。すでに過去形になっていたことが、俺の胸を刺してやまない。
「なんでだよ……」
 俺だって好きだった。いや、好きだよ。
 まだ新しい記憶の中のあいつに声もなくそう告げるが、当然返事は返ってこない。虚無感に襲われ頭がぼうっとしてくる。目頭や頭蓋の真ん中あたりが熱いのを他人事のように感じた。いい年をしたデカい男が、ふられて泣くとか無様すぎる。片腕で目元を隠したが、眼球は湿るばかりだった。無意味な意地で啼泣を堪えたことで頭痛が誘発された。このまま思考を放棄して眠ってしまいたい。けれども寝つける気がしなかった。勉強には使い物にならない脳みそが、かつてないほど活発になっているのがわかる。けれども整然とは動いてくれず、思考はまったくまとまらない。ぐるぐると同じ考え、同じ疑問が回るばかりだ。
 好き合っているのになんで別れなければならなかったんだ。
 一番納得がいかないのがそこだった。男女であれ同性であれ、カップルが離別する理由はさまざまだろうが、相場はだいたい決まっている。俺たちの場合、原因がそういった標準から掛け離れ過ぎていて、どう消化していいのかまったく見えてこない。そもそも性同一性障害ってなんなんだ。いや、テレビの特集とかで見た知識くらいはあるし、あいつの口からも説明は受けたが、正直よくわからない。感覚としてはさっぱりわからないといってもいい。頭と体の性別が違うってどんな感じなんだ? 例えば俺が明日の朝起きたら突然女の体になっていたとしたら?……いや、これは無意味な想像だ。あれは生まれつきの障害(と呼んでいいのかは知らないが)らしいから、すでに自我が形成され性自認が確立したあとで体の性別が変わるのとは、根本的に違いそうだ。駄目だ、想像がつかない。そういう病気(?)があるのを知識として知ってはいたものの、まさか自分の身近にいるなんて思いもよらなかったから、真面目に考えたことがなかった。それも自分の同性の恋人がそうだったなんて。晴天の霹靂にも程がある。障害があることに関してあいつが悪いわけではないと頭ではわかっているが、なんでこんなことになったんだという思いは正直ある。と同時に、人間が他人事というものに対していかに無関心な生き物であるかを思い知った。俺自身のことなので、ちょっと情けなくなる。
 不思議なことに、あいつが嘘をついているとは疑わなかった。あいつは、真正直さが道徳的価値の真骨頂であると信奉するほど馬鹿でも幼稚でもなかったが、無意味な嘘をつくようなやつではない。別れる理由に性同一性障害を偽証するメリットがどこにある? 仮にあいつが別の理由で俺と別れたがっていたとしても、こんな理由を捏造する意味はないだろう。それらしい嘘なんていくらでもつくれるはずだ。嘘とは事実に近いものを用意してこそ効果がある。できれば真実と混ぜてしまうとよりよい。それに俺たちには、男同士という、社会的に見たら最大級の弱点があるのだから、そこを突く手だってあったのに。
 ……と、そこでふと思う。あいつの心が女だというなら、俺たちって同性愛カップルだったのか? 俺はてっきりそのつもりだったし、あいつに恋愛的な意味で惚れたと認めるにはかなり葛藤したし、それを伝えるのにも相当の勇気を振り絞ったし、その後も右往左往しつつ手探りで交際を続けた結果、事情を知る人間が砂を吐くような甘い関係に至ったわけだが……あいつはどういう心理のもと、俺とつき合っていたんだ? 女性が男性に向けるのと同じ恋愛感情だとあいつは語ったが、あいつの話がすべて真実であるのなら、交際を開始した高校の時点では、あいつは自分の心が女の子だと意識してはいなかったことになる。ならやっぱり、俺と同じような葛藤を経たのか? しかし無意識下で女性であったのなら、本人の自覚がどうあれ、あいつにとっては異性愛に当たるのか?……ややこしくて混乱してきた。
 あいつが自分の性自認が女だと自覚したのは比較的最近ということだったが、それより前から性別への違和感はあったと語っていた――ということは、本人が意識できていなかっただけで、俺に出会ったときのあいつの心はやはり女だったということか。バスケの最高の相棒だと思っていた男は、実は女の子だったのか。なんてことだ。いや、体は完璧に男だけど。
 それに思い当たったとき、俺ははっとした。
 あいつの頭の中身が女だということは……。
 はじめてあいつと性的な接触をもったあの日、あいつの股間に触れて狼狽させたり、強引に抜き合いをさせて泣かせたり、その後何度もそういったことにつき合わせたり……俺は女子に対してそんなことをさせていたということか!? 声も立てられずに涙を流したり、俺に腕を掴まれて怯えていたあいつの姿が脳裏に蘇る。いくら肉体的には男とはいえ、女の精神を持ったあいつからすれば、相当の恐怖だったのではないか。セクハラなんてレベルじゃない。殴ったりはしなかったが……でも、少なくとも最初のあれは暴行未遂に近いものがあったのではないか。
 自分のそんな考えに、サーっと全身から血の気が退くのがわかった。俺はなんてことをしてしまったんだ。あいつを、女の子を、さんざん性的な意味で弄んで怖がらせて傷つけたってことじゃないのか……。
 いや、あいつが心身ともに男だったとしても、あの行動はさすがにまずかったと、いまでは反省している。ひどい若気の至りだった。当時の自分をしばき倒したい。高校生って怖い。わずか三、四年前のことだが、あの頃の自分が怖い。発情期の動物かよ。しかもあのあとも、一応の合意は取り付けていたとはいえ、何度も処理につき合わせた。そしてそれだけでは飽き足らず、セックスにまで及んだ。
 ――わかりました、でも、優しくしてくださいね、はじめてなんです。
 俺の求めに対し、あいつは困惑しつつも承諾の意をはっきりと表した。そのときの照れたような顔や仕種に煽られて、噛み付くようなキスをした。体はほとんどの場所を触り合ったが、唇同士を触れ合わせるのははじめてだった。キスの仕方さえろくにわからなかったのだろう、あいつは口を開くことすらせず、緊張に身を固くしていた。俺が何度かあいつの唇を食むと、理解したようにうっすらと口を開いた。舌を差し込むと途端に体がひるんだ。俺はなだめるようにあいつの背をゆっくり撫でながら、あいつの口内を舌でまさぐった。息継ぎの暇を与える余裕さえなかったので、息苦しさを覚えた俺が顔を離したとき、あいつの白い顔は紅潮していた。多分恥ずかしさもあったのだろうが。
 キスはもちろん、セックスのほうについても案の定あまり優しく、というかうまくできなかった。知識はあれど男とするのははじめてだったので、いきなりうまくいくはずもなかったのだが。とはいえ抱く側だった俺は、あいつに無茶を呑み込んでもらったこともあり、一応の満足を得たが、抱かれるほうのあいつは痛いだけだっただろう。同意は得ていたし、暴力的な行為はもちろんしなかったが、それでもずいぶん痛がらせて泣かせてしまった。なのにあいつは、涙顔のへろへろの体で俺に向かって、すみません下手くそで、本当にはじめてだったので、どうしていいのかわからなかったんです、なんてしょげた様子で謝ってきた。ものすごい罪悪感に襲われて、俺のほうもあたふたと謝った。セックスにつき合わせたことに対してではなく、未熟で痛い思いをさせたことに対してだが。それと同時に、しおらしすぎるあいつの態度がかわいくてたまらなくなって、今度はもっと優しくするから、などとどさくさにまぎれて次回を期待していることを匂わせるようなことを言った。俺は馬鹿だったので、自分の発言がそのような含蓄を帯びていることにそのときは気づかなかったが、あいつはすぐに読み取ったのだろう、恥ずかしそうに顔をうつむけて、消え入りそうな声でぼそっと言った。そうしてください、痛いよりは優しいほうがいいです……。
 意図しない口約束は、そう時間を置かずに現実のものになった。
 あいつは俺からの二度目の誘いに、羞恥を丸出しにしながらも応じた。それ以降も、体調や予定上の不都合がなければ、あいつは断らなかった。もちろん、豊富な運動量を要求するスポーツが生活の中心だったので、頻度はそれほどではなかったが。実際には挿入を伴わない接触で終わることのほうが多かった。オーラルは互いに結構こなした。上達がひしひしと実感できるくらいに。性交についても回数を重ねるうちにお互い行為自体に慣れ、相手の体にも馴染んできて、あいつを痛みで泣かせることもなくなっていった。それでもあいつが性行為で意図的に快感を得る術を覚えるには、それなりの時間が掛かった。いつもやらせてもらってばかりでは悪いので、役割を交代しようかと提案したときもある。あいつは硬直し、相当の混乱を経たあと、しどろもどろになりながら、いつもどおりでいいです、とだけ答えた。そのときはあいつの返答どおりにやって終わったが、結局しばらくしてから俺が好奇心に負けてなかば強引にあいつにタチをやらせた。といってもあいつは困惑しきっており、終始俺がリードするかたちになった。俺に挿れて惑乱しながら喘ぐあいつは、いつもとはまた違った色気とかわいさがあり、たまにはこういうのもいいと思った。その後、回数は少ないものの、あいつの珍しい姿見たさに、たまに役交代をした。こちらに関しては、あいつはいつまで経っても慣れなかった。……まあそうだよな、女の子だったんだもんな。道具を使ってそういう役割をするのが好きな女性もいるだろうが、多分少数派だ。あいつはたとえ身体構造上自然にそれができるとしても、好まなかったということだろう。のちになって交際をはじめ、セックスが当たり前のコミュニケーション手段のひとつになったとき、あいつは少し照れながら告げた。僕は自分が抱くよりも、火神くんに抱いてもらうのが好きなんです、なんか愛されてる感じがして、と。こいつは幾分女性的な性質なんだとそのとき漠然と思った。まさか本当に女性の心を持っているとは知りもせず。
 失敗の多かったあいつとの最初の頃の思い出を回想しているうちに、また疑問が湧いた。
 なんであいつは俺を受け入れたのだろうか?
 当時は、というかつい最近まで、男同士の利害の一致、的な心理が俺たちの間の初期の動機だったと思っていたのだが、いまとなってはその線は薄いと思える。
 ……俺が怖かったのか?
 意識的にせよ無意識下にせよ、拒否したら何かされるのではないかと怯え、仕方なく応じたのか? 俺たちはもともと体格差、筋力差がかなり大きい上、無意識であれあいつにとっては男女の違いがあったとなれば、怖いのは当然だ。
 あるいはチームメイトとして、コンビとして、協調が乱れるのを恐れたのか? だから俺の無茶振りを呑んだのか?
 そう考えたとき、俺はやけにショックを受けた。自分があいつをひどく傷つけていたのかもしれないと感じて。いや、ショックだったのはあいつのほうだろうが。俺の都合にどれだけつき合わせたと思っているんだ。
 俺が馬鹿みたいに求めると、あいつは困惑しつつも文句は言わず脚を開いてくれていたが、無理をさせていたんだろうな。あいつはおとなしいながら自己主張はしっかりするやつだが、基本的に思慮深い。いろいろな要素を鑑みて、俺の要求を断れなかったんだろうな……。
 このあたりまで思考が及ぶと、俺はもはやあいつと別れたことそのものではなく、過去の自分の愚行について鬱々とするようになっていた。そして、こんな経緯があったんじゃふられるのも当然か……と納得しつつあった。思い返せば返すほど、自分のひどさに気が滅入ってくる。俺はあいつになんてことをしてしまったんだ……。
 ――俺、おまえのこと、その、好き、かもしれねえ……。
 あいつに対してはじめて色恋めいた言葉を投げかけたのは、セックスをするようになって半年ほど経ってからのことだった。何か月にもわたって同性と繰り返し性的な接触をもつ、それも俺のほうから好んでもつという事態は、さすがの俺も一時の気の迷いとか若さゆえの過ちとかいう次元の話ではないと思うようになっていた。一回や二回なら好奇心や酔狂で済ませたかもしれないが、もはやそんな言葉で済ませられるような回数ではなかった。俺の頭がいかに馬鹿で単純で鈍くても、これが一種の異常事態であることは認識できた。
 あれ、俺ってもしかして男が好きな人種なのか? いやでも、普通に女の子のエロ動画にお世話になってるし、まかり間違っても男優に興奮なんてしねえし。でも黒子とはセックスしてるよな。あいつどう見ても男だよな。こないだ口でしてやったもんな。おとなしめのよがり方がかわいかった。……うん、俺あいつに興奮覚えるよな……。なんでだ……? え、やっぱりゲイ? それともバイセクシャル? なんか違うような。別に男という生き物それ自体に惹かれるわけじゃないんだよな。……あ、あれか、好きになった相手がたまたま同性だったってだけの話か。物語の展開でよくあるモチーフだよな。……。……。……。ええぇぇぇぇぇ!? ってことは俺、黒子のこと好きなのか!? いや普通に好きだけれども! 大事な相棒だし! けど、けど……そういう意味で好きなのか!? そうなのか!?
 あいつとさんざん性的な行為を交わしておきながら、自分があいつに恋愛感情を抱いている可能性に思い当たったのは遅かった。頭悪すぎだろ俺。その割には、性的衝動を恋愛感情と同視しているだけなんじゃないかという疑念はすぐに湧いてきた。多分否認したかったんだろうな、同性に惚れているという事実を。
 その可能性に気づいてから、俺はかなりの期間悩んだ。自分のセクシャリティやあいつへの感情について、悪い頭で相当考え込んだ。考えすぎで熱が出るかと思ったくらいだ。健康すぎて結局出なかったけど。葛藤しつつ、それでも体のほうは通常運転だったので、あいつとは相変わらずちょくちょくやっていた。なんかこの時点で答えは見えていたと思うのだが……。
 控え目に喘ぐあいつのちょっと苦しそうな顔を見下ろしながら、こいつはどういうつもりで俺としているんだろう、と自分のことを棚に上げて疑問に思ったりもした。あいつはけっして自分からは誘ってこなかったが、俺の誘いには嫌がる素振りを見せず乗ってくる。最中にねだるような真似もしないが、キスは好きなようで、あいつのほうから俺にしてくることも多かった。あいつからするときはたいていバードキスで止まってしまうので、舌を差し込むのは俺の役目だった。一度絡めてしまえば、キスだけは積極的に応えてくれた。この頃にはあいつも体が慣れてきており、後で照れながらおずおずと、気持ちよかったです、と率直な感想をもらえることもあった。はじめて触り合ったときのあいつの拒絶感と淡泊さからは想像できないことだった。性的快感を知らなかっただけで、知ってしまえばこいつも普通の男子高生だったか、と思ったものだった――まあ、違ったわけだが。無論、当時はあいつの頭の中身が女の子かもしれないなんて髪の毛一筋ほども予想していなかったので、気持ちいいからつき合っているという可能性を第一に考えていた。もしかして俺のこと好きなのか、とも思ったが、すぐに、それはさすがに夢想的すぎると感じた。
 でも一度考えが浮かぶとやはり気になって仕方なかったので、思い切って聞いてみることにした。自分の気持ちを言わずにあいつに先に答えさせるのはフェアではないと感じたので、俺のほうから好きだと告げた。かなり緊張した。あいつはそういう感情なしで性欲を処理したいと思っているのかもしれないと、ひねくれたことを考えたりもしていたから。
 好きかもしれない、とあやふやな言葉で告白をしたのは、もう何度目になるかわからないセックスを俺の部屋で終えた後のことだった。といっても互いに手と口で済ませただけで、あとはキスを交わしたり体を触り合っていた。言ってしまえば愛撫というやつで、あいつの太腿の上で手の平を往復させながら言ったのだった。好きだと断定して言えなかったのは、あいつの反応が怖かったのと、俺自身、自分の気持ちを確定できていなかったからだ。それに、照れもあったと思う。行為を終え、いざ告げようとしたら、急に恥ずかしさが込み上げてきて、言葉に詰まってしまった。いっそ英語に頼ろうかと思ったが、いくら俺が帰国子女だとあいつが知っているとはいえ、茶化していると取られかねないのでやめた。それに、絶対語尾にメイビーをつけてしまうだろうと予測がついた。たとえば、I love you....maybe.とか駄目すぎるだろう。だったら言わないほうがいい。まあ、結局日本語でも同じような表現になってしまったわけだが。
 告げた後、緊張のあまりあいつの脚を撫でる手が止まっていた。俺は審判を待つ被告のような気分であいつの反応を待った。あいつは一瞬きょとんとして目をしばたたかせたが、すぐに表情を和らげ、俺の頬に手を触れさせた。
 ――やっと言ってくれましたか。知ってましたよ、きみが僕のこと好きだって。……いえ、確信があったわけじゃないんですが、これだけきみに求められるということは、多分そういうことなんだろうと。体を求められるだけならそうは思わなかったかもしれませんが、火神くんって、その、すごく優しくしてくれるじゃないですか。もちろん痛いときもありますけど、わざとじゃないのはわかります。僕の体、すごく気遣ってくれてますよね。いつも、大丈夫か、痛くないか、ちゃんと気持ちいいか、って心配そうに聞いてくれて。答えるのがちょっと恥ずかしくなるくらい。最初は、僕がバスケできない状態になるときみも困るから確認してくるのかなって穿ったことも考えました。でもそれだけだったら、あんなに必死に心配そうな表情をしたりはしないかなと思うようになりました。あの顔、きみ自身にも見せてあげたいくらいです。きみとのセックスで一番好きなのは、身体的な快感を与えてもらうことよりも、きみにあんな顔で心配されることかもしれません。大事にされているって実感できるので。きみはなかなか言葉にしてくれなかったけど、きみが僕を大事にしてくれているのはちゃんと伝わってきました。僕はそれを嬉しく思いました。きみに大切にしてもらえて嬉しいです。
 いまにして思えば、あのときのあいつの言葉はいかにも女の子の感性だったのだと感じる。
 ――……はい、そうです、僕はきみが好きです、火神くん。でなかったら、セックスなんてしていません。……はい、大分前から自分の気持ちには気づいていました。でもきみからこういうことを仕掛けてきたくせにきみが何も言わないのはずるいと思ったので、待っていたんです、きみから言ってくれるのを。それに、万一僕の自惚れだったら惨めすぎるじゃないですか。立ち直れません。……はい、はい、怒っていませんよ。やっと言ってくれて、ほっとしています。ちゃんと言葉にしてくれてありがとうございます。きみがそういうの得意なほうではないと、わかってますから。でも、いままでさんざん待たせて、僕をやきもきさせたのだから、その償いというか埋め合わせはしてくださいね。ああ、大丈夫です、心配しなくても、別に難しい要求はしません。……とびきり優しくしてくれませんか。いままでで一番。僕、優しいのが好きなんです。きみに優しくされるのが好きなんです。火神くん……駄目ですか……?
 あいつは余裕のあるトーンでそう答えると、俺の首の後ろに右手を回して自分の顔へと近づけた。そして、膝を立ててちょっと脚を開いて見せた。はじめてあいつのほうから誘ってきた。それも、こちらがうっとりするような色香のある表情で。こいつ、こんな顔できたのか……。驚く俺にあいつは畳みかけてきた。柔らかなキスとともに。
 ――火神くん、今日はもうしてくれないんですか? 僕、その……きみに好きだって言ってもらえて嬉しくて、いま結構気分が盛り上がってしまってて……それで、その、もっときみと触れていたくて。あの、ええとですね……い、挿れて、ほしいんです、けど……。
 いまのいままで冷静に語っていたあいつだったが、直接的な誘い文句を口にすることに強い羞恥を感じているのは、途端に詰まりはじめた口調と、真っ赤に染まった頬から見てとれた。色白だからわかりやすい。ここまで露骨に誘われて応えないわけにはいかない。しかしあいつの要求は優しくすることだ。かつてない緊張と興奮、そして思うままがっつきたいという衝動と大切に扱いたいという思いのせめぎ合いの中、俺はどうにか自制しつつあいつをゆっくりと抱いた。できるだけ丁寧に、痛みを与えないように。いままでのおとなしさが嘘のように、あいつは声を上げて鳴いた。行為中にあいつが俺の名を呼んだのも、このときがはじめてだった。いままでのセックスはいったい何だったんだと思うくらい、気持ちがよかった。深くつながり合ってキスをしたとき、俺はようやく、自分は黒子のことが好きなのだと、はっきり認めるに至った。
 ――おまえのこと、すげえ好きだわ。
 行為を終えてから、改めて伝え直した。シーツに沈んだあいつは肩で呼吸しながら掠れた声で、僕もきみのことが好きです、と返してくれた。そしてあいつからまた唇を寄せてきた。
 いわゆる『つき合う』関係になったのはこのときからだった。この日を境に、あいつからもときどき誘いが来るようになった。意外とストレートに、したいんですが、なんて言葉が飛んでくることに驚いた。セックス中のあいつからの接触も増え、割と遠慮なく喘ぐようになった。なんか意外だと漏らしたら、あいつは少しむくれながら、きみが我慢させていたんじゃないですか、とぼやいた。どうやら俺が好きだと言うまでは、あまり反応を返さないように自制していたらしい。
 ――自分はこういうのあんまり好きじゃないと思っていました。本当ですよ? でもきみとするのは好きです。触ってもらえるだけで、すごく気持ちがいいんです。きみの手に触れられるたび、もっといっぱい触ってほしいと思ってしまいます。
 一度打ち解けてしまうとあいつは快楽に結構従順で、どこをどうされると気持ちがいいのか、俺に伝えてくれた。逆に、俺がどうされると気持ちいいのかを尋ねてくることもあった。研究には互いに協力的だったので、その後の満足度は劇的に上がっていった。ぐだぐだとした関係を続けていた最初の半年がもったいなく思えるくらい。
 ………………。
 これ以降は順調にいっていたと思うのだが、なぜこんなことになってしまったのだろうか。やっぱり無理をしてつき合っていたのか。俺を好きだと言ったあいつの言葉が嘘だとは思わない――というか信じたくない――が、半年にもわたってさんざん体をいじくり回した挙句、ようやく告白したというかたちだったので、あいつは絆されたというか、ちょっと感覚が麻痺していたのかもしれない。
 ――僕は、女の子の気持ちできみに抱かれていたんです。
 別れを告げられた日にあいつが言った言葉を思い出す。
 あいつの心が女、いや女の子だということを考えると、交際もしていない、好きでもない男と何度もセックスしていたなんて思いたくなかっただろう。好きだからセックスしていたのではなく、セックスをしていたということは相手のことが好きなんだと、自己暗示のように解釈したのかもしれない。それがいまになって解けたのだとしたら……。
 やっぱり俺が悪いな。
 途中どんなにうまく軌道修正できたと思っても、スタートが誤っていたら結局うまくいかないのだ。
「くっそ……高校のときの俺、超殴りてぇ……」
 いまより少しばかり若かった頃の自分に呪詛を吐きながら、俺はひとりきりの広い部屋で夜を明かした。


 

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