審判を待つような緊張と神妙さで火神が唇を引き結んでいると、黒子はいつもの淡白な調子で答えた。
「まさか。バスケやりすぎて算数と保健体育の基本も忘れちゃったんですか? できてたら今頃は臨月ですよ。最後にしたの、いつだと思ってるんですか」
枯れちゃいそうでした、と付け加え、火神の脇腹を人差し指でつんつんとつつく。
「あ……ああ、そうだよな、うん……」
とりあえず予想外の事態が生じていないことにほっとする。子供ができたら困るということはないし、将来的に黒子との間にもうけたい気持ちだってあるが、それでもショットガンは怖いものである。
黒子と火神が最後に会ったのは、だいたい八か月前、短い休暇中に火神が一時帰国したときだった。もちろんがっつりお互い求め合ったわけだが、仮にそのとき妊娠していたなら、黒子の言うとおり、いまごろ臨月か、場合によってはすでに一児の父母である。さすがにすでに出産済みですということはいくらなんでもないだろう。……と信じたい。
と、そこまで考えて、火神ははっとした。先ほどの自分の発言を顧みて。
「あ、いや別に、おまえを疑ったわけじゃないぞ!? そんなん考えたこともねえ!」
浮気を疑い、デキたのかと聞いたわけではないと弁明する。おもしろいほどあたふたする火神に、黒子はため息をつきながら弱いでこピンをかます。
「フォローしなくてもわかってます。きみが馬鹿だってことくらい、出会ったときから理解しています。でもまあ……信頼ありがとうございます」
と、黒子はちゅっと触れるだけのかわいらしいキスをした。火神は照れつつも、おう、とだけ言って、同じく触れるだけのキスを返した。その後、頬や目の下などに互いに唇を押し付け合ったが、やがて黒子がもぞりと身じろいだ。
「火神くん、中途半端に脱げてるの、なんか気持ち悪いです。特にブラの緩みが」
「ああ、悪い」
黒子が、ホックを外され前側にだらんとぶら下がっているブラジャーを指す。火神は黒子の背に手を回すと、ブラのベルトを指先で掴み、ホックを掛ける。そして無遠慮に乳房を寄せてカップの中に収めてかたちを整え、ストラップがたわまない位置を調整してやる。
きれいなかたちに戻された自分のバストを見下ろしながら、黒子が眉をしかめる。
「ちょっ、なんで着せるんですか。さっき、脱がしたいって言ってたじゃないですか」
「いや……なんかそういう雰囲気じゃなくなったような気がしてな」
言いながら、火神はめくれ上がった黒子のキャミソールを下ろし、ブラウスの前を軽く合わせた。ボタンを留めようとはしていないが、放っておくとそのうち元通りにされそうだ。
「もー、火神くん……僕はその気満々ですよ?」
黒子は半目になると、火神の肩にもたれかかって顔を近づけ、耳元でささやいた。その間に、左手を彼の股間に這わせる。ちょっと圧を加えると、彼から「うわ!?」と素っ頓狂な声が上がった。
「ちょ、おま……」
「あ、よかった。萎えてませんね」
「お、おい……」
黒子は片手で器用にズボンの留め具を外しファスナーを下ろすと、遠慮なく下着の中に手を突っ込んだ。親指の付け根をぐっと押しあてると、まずは柔らかめに握り込んだ。
「んっ!」
「あとで口でもしますので、いまはほどほどにしておきますね」
「お、おう……あんまいじめるなよ?」
「ええ、心得ています。僕ももっと楽しみたいので」
明らかに弱い力で擦ってやる。あえて反応が遅いように。これくらいなら会話をする余裕は十分だ。
「で、どうしたんだ、急にそんなこと言い出して」
そんなこと――火神の子供がほしいという黒子の言葉だ。すでに子供ができたという線は消えたが、結局疑問の答えは与えられていないので、改めてその理由を尋ねてみた。
「ほしくなってしまって」
「え?」
「いえ、僕ももういい年なので、そろそろひとりくらいほしいかなって。火神くんは男性なのでまだまだそんな気になれないかもしれませんが、女性は男性よりリミットが早いんです。売れ残るのはまあいいんですが、そのまま賞味期限切れになるのは嫌です。意識しはじめもしますよ」
「そ、そうか……」
確かに女性ならそろそろ結婚や出産を視野に入れ始める頃か、と火神はなんとなくではあるが納得した。世間一般の標準的な女性の感性からずれていることの多い黒子だが、たまには平均値に歩み寄ろうとすることもあるようだ。
「そんなわけで子づくり、協力してもらえませんか?」
言葉とともに、きゅ、と手を握り込む。強い力ではなかったが、露骨すぎる誘いに、火神はちょっとびくついた。
「それはもちろん歓迎だが……ものには順序ってもんがあるだろ。いますぐはちょっと……」
結婚という目的のために妊娠を手段とする女性は少なからずいるが、黒子の場合、本気で結婚より妊娠の優先順位が高いように感じられ、火神はたじろいだ。やっぱり普通の女じゃないかもしれない……。
「日本よりはるかに婚外子が多い国で育った割には保守的ですね」
「手順が踏めるならそのほうがいいだろ」
「婚前交渉はとっくに済ませちゃったくせに」
黒子は空いているほうの手の人差し指で、火神の下唇をつんと押した。
「元はと言えばおまえが乗っかってきたんだろうが。俺、早まるなっつったよな?」
「でも十分後には火神くんに乗られてました。僕の予想より大幅に早まりました」
「うっ……」
はじめて関係を結んだときのことを持ち出されると弱い。とてもではないが、素敵な思い出とは言えないので。
「火神くんにしてもらえて嬉しかったんですが、さすがに体は痛いだけでした。思えばちょっとばかり必死過ぎたんでしょうね、きみも僕も」
「すみません……」
「まあ僕も下手でしたしね。でも、あれがあったからこそ、お互い切磋琢磨しようという流れになったので、結果オーライでしょう。いまは大満足ですよ?」
失敗談に近い記憶を引き出されへこみ気味の火神を励ますように、黒子は唇の端にキスをした。そして、火神の手を自分の足の間へと導く。続きをしてください、というように。
「今日、ちょっと気合入れて下着選んだんです。まああんまり見ていないと思いますが。……ほら」
と、黒子はすでにボタンを外され開かれていたズボンのウエストの片端を引っ張り、右の腰骨のあたりを示した。薄いピンク色の紐が、リボン結びになっている。
「珍しいな」
「かわいいでしょう?」
「ん」
黒子が火神の手を結び目に誘導する。そこから先は彼自身に任せる。もちろん、指先がリボンの端に伸びる。
「あー、それで、子供がどうたらって話だけど……いますぐはやっぱ無茶だぞ。経済的にはやってけると思うけど、そもそも生活圏違いすぎるだろ俺ら。まあそんなこと言ってたらいつまで経っても現状のままかもしれないけどよ」
現実的な話をしつつも、手は止めない。火神は右の結び目を解いたあと、そのまま後ろのほうへ手を回し、柔らかな感触を楽しんだ。
「家族のかたちっていろいろだと思うんです」
「そうかもしれないが、やっぱり一緒に暮らしたいだろ。まずはおまえと」
「せっかく教員試験受かったんだから、やめるのはもったいないです。お互いの進路、話し合って決めたじゃないですか」
「そうだけどよー……」
黒子は日本で小学校の教諭をしている。本当は保育士希望だったが、就職のことを考えると教員免許のほうがいいだろうということで、小学校及び幼稚園の教諭資格を得た。結局採用枠の関係で小学校に勤めることにし、現在に至っている。一方火神はこちらでプロとして活躍しつつあるところなので、生活拠点がまったく異なる。この逢瀬も、前回から実に半年以上の月日が流れてのことだった。遠距離になることや職業がかすりもしないことは何年も前からわかっていて、話し合いもしお互い納得したわけだが、二十歳そこそこの頃と現在とでは、将来像に対する考え方や重みも違ってくる。これからどうつき合っていくかということについて漠然と再検討したことがないでもなかったが、会える機会が少ないという以外にはたいした不満はないので、現状維持でここまで来ていた。そろそろ本腰入れて考えはじめる時期が来たか、と火神が考えていると、
「それに、結婚にこだわらなくたって、僕はきみとの絆を感じています」
黒子が前向きなのか投げやりなのかわからない意見を述べた。嬉しい言葉ではあるのだが、一抹の寂しさを感じるのはなぜだろう。
「……したくねえの、結婚?」
火神は恐々と尋ねた。黒子は子供がほしいとは言っているが、結婚したいとは一言も述べていないのだ。もしかしてそういう主義なのかと火神は少々不安になった。
「できたらもちろん嬉しいですが、焦ることはないでしょう」
「だったら子供も別に焦らなくていいだろ」
「そっちは焦らなきゃいけません。肉体的な問題も絡みますから。僕はもうそんなに若くないので、できるだけ早く仕込んでほしいんです」
火神を握り込んでいた手をぐっと前方に押し上げ、先端を親指で刺激する。
「うぁ……ちょ、おま、直接的すぎ」
言葉も、行動も。
もしかしてこのまま流される羽目になるんじゃないか――火神は空寒いものを感じ、ベッド横の引き出しを見た。わずかな隙間から濃紺の薄っぺらい箱がのぞいていることにほっとする。無論コンドームだ。黒子がこちらへ来る日程が具体的に決まってから新しく買い足したものなので、劣化の心配はないだろう。
「いや、でも、やっぱり結婚が先のほうが……。未婚だと子供にとってもよくないんじゃないか? 実態はどうあれ、法律的に、その」
日本語での法律用語に詳しくない火神はうまく説明することができずにいたが、黒子は彼が何を言わんとしているのかすぐに察した。
「確かに日本では非嫡出子は相続なんかで不利が生じますけど、きみがのちのち僕と婚姻を結んでくれるなら、そのへんの問題は何とかなると思います。詳しいことは赤司くんに聞いておきます」
なんかいま、すごく聞きたくない固有名詞が出てきた気がする。
唐突に出てきた人名に、火神は思わず手を止めた。
「……なんで赤司?」
あ、なんかいま萎えた――と火神が自覚するのと同時に、
「火神くん?」
当然黒子も気づく。
「ほかの男性の名前を出すのはマナー違反でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
確かに愉快な気持ちではないが、一般的な意味とはちょっと違う、と火神は思った。なんというか、例えるならそう、『ホーム・アローン』を観ていたはずなのに突然ダースベイダーさんがおでましになったんだけど何これ、みたいな気分だ。
「話、切り替えましょうか?」
「いや、気になるから続けてくれ」
「はい。あ、でもその前に――」
と、黒子はベッドに腹這いになると、火神の下着を少し下げた。
「そろそろしますね」
先ほどまで手の中にあったものに眼前にすると、ためらいもなく舌を近づけた。裏側を舐め上げてから両手で支え、尖らせた舌先で先端をつつく。くわえたり離したりの合間に、話の続きをする。
「ええとですね、よくわからないけど法律に詳しいんですよ、彼。法学部じゃないはずですけど。民法得意だそうです。副業で離婚弁護士やって荒稼ぎしてるとかなんとか。頼んでもいないのに慰謝料のふんだくり方とかレクチャーしてくれました。子供もいなければ結婚もしていないのに、失礼な話です」
あ、ちょっと元気になった。目よりもむしろ手の触覚でそれを確認すると、黒子はぱくりとくわえた。
「んっ……ぁ。そうか、法律関連か。しかし、赤司に相談されるのはちょっと、なあ……」
「協力してくれるって言ってましたよ」
顔を上げてしれっと答えてくる黒子を見下ろし、火神は思わず声を荒げた。
「もう相談しちゃったのかよ! あのおっかねえやつに!? 俺あいつ超苦手なんだけど! 正直犬より克服できる気がしねえ!」
うげぇ、と変な声が上がる。そのまままた元気がなくなると困ると思った黒子は、応答するより前に指の圧と舌で刺激を加えた。保てそうだと判断したところで再び口を離し、代わりに手の動きを少し速める。
「そう怖がらなくても、赤司くんは僕たちを応援してくれていますから大丈夫ですよ」
「本当かよ?」
「彼はきみのことを買っていますから。僕がきみとの間に子供五、六人産んだら、ふたりくらい養子にくれないかって割と本気っぽい感じで打診されました。断りましたけど」
「うっわ、それは嫌だ、絶対やりたくねえ」
火神は心底嫌そうな表情と声音でぼやいた。自分の子供があんな方向性に育ってしまったら、泣くに泣けない。というか普通に怖い。命の危険を感じる。比喩でなく。
本気でぞっとした感覚を覚える火神とは対照的に、黒子はのんびりした調子で話す。
「赤司くん、自分が認めた人には意外と積極的なんですよ。前に中学時代の集まりで飲み屋に行ったとき、『ああ、僕が女だったら、敦と真太郎と大輝と涼太の子を最低ひとりずつ産むのに……。テツヤとさつきが男だったらふたりの子も。あ、あと火神の子も』とかなんとか、お酒飲みながらぼやいていましたから。バスケチームでもつくりたいんでしょうか。性別揃えないと無理がありますけど。まあ結構飲んでましたし、酔っ払いの戯言だとは思いますが。でもなんか産めないことを嘆いてめそめそしてたので、あのときの酔った頭では本気だったのかもしれません。微妙に泣き上戸なんですよね、赤司くん。彼は彼で、お酒入るとかわいいんですが。まあ火神くんには及びもしませんけど」
「酔ってたにしても気持ち悪い発言だなおい……。ってか、俺も入ってるのかよ。なんかヤだな……」
「火神くんをおまけ扱いなんてひどいですよね」
「いや、そこはおまけどころかゴミ扱いしてくれたほうがいいと思う。カウントされたくねえ」
できればバスケ以外では関わり合いになりたくない濃ゆい面々が脳裏に浮かび、火神は額を押さえてため息をついた。服装だけ見ればすっかりそういう状況なわけだが、もはやまったく気分が乗ってこない。
そういった心境はすぐに身体へ反映されるもので、黒子が困ったような声音で尋ねてきた。
「あの、お気に障ったら申し訳ないんですけど……火神くん、なんか今日反応悪くないですか? お酒、飲ませすぎてしまいましたか?」
「あ~、どうだろ、ちょっとそうかも……?」
本当は、主におまえの愉快な交友関係のせいだ、と言いたかったが、向こうにやる気があるのにこっちは失せてしまったというのは情けないし、相手に恥をかかせることになりかねないので、その言葉は飲み込んだ。仕方ないのでアルコールに責任を押し付けた。と、黒子が不安そうなまなざしを向けてくる。
「……僕、下手になっちゃいましたか?」
「いや、そんなことは……」
「やっぱり、使わない技術って錆びついてしまうものなんでしょうか。一応、日本でも維持のためのトレーニングはしていたんですけど。あ、もちろん対人練習なんてしていませんよ。お世話になったのはもっぱらナスです。ナスはいいですよナスは。きみとのスカイプセックスでの一番のお供です。根菜類は固すぎますし、ゴーヤはエイリアンみたいでアレですし。その点、ナスはあの弾力が――」
「何を言ってるんだおまえは!?」
「だから、きみのことを考えながらナスを――」
「いい! 言わなくていい! 説明するな! ナスが食いにくくなるだろうが!」
「ナスは料理のバリエーションが豊富でいいですよね。僕、ゆで卵の次にナス料理が得意なんですよ」
「だからやめてくれ! しばらくナス食えねぇ!」
だいたい想像はつくがあまり聞きたくない話が飛び出しそうだったので、これ以上気分が盛り下がる前に止めることにした。火神は黒子の体を反転させ、枕を腰の下に敷いて下半身を浮かせると、ジーンズを下ろした。
「あっ……。あの、火神くん、僕まだ――」
「そろそろ俺の番」
火神はベッドから降りると、ズボンの取り払われた黒子の足を開かせ、その間に頭を埋めた。腰回りにはまだ布が残っているが、片側の紐はすでに解かれているので、もはや下着としての役割を果たしていない。いや、このデザインの意図するところとしては、すでに立派に役割を果たしたのかもしれないが。
「ひゃっ……ぁん!」
陰核に舌を這わせると、黒子から高めの声が上がった。色気らしい色気はなく、単純に驚いたといったトーンだ。指で周囲を擦りつつ、舌で圧を加え刺激すると、黒子はうっとりとした吐息に声を混ぜた。
「あっ……んん……。あ、あの、火神くん」
上がりかけた呼吸の中、きょろきょろと眼球の動きで周囲を見回す。
「なんだ?」
「ここ、壁薄いんでしたっけ?」
「厚くはないが、そこまで響かない。と思う」
「じゃ、ある程度あんあん言っても大丈夫でしょうか?」
「おまえの声量なら問題ないと思う」
「では遠慮なく」
とは言ったものの、深夜のテレビほどの迷惑度もない程度の声しか立たなかったので、まったくの杞憂に終わった。堪えているのではなく、もともとの声が小さいため、喉から漏れる喘ぎなんて少し大きめの呼吸音程度にしか聞こえないのだ。それでも本人比では確かにあんあん言っているほうかと火神は感じた。しばらく舐めたりいじったりしていると、ふいに黒子の内腿がぶるっと小さく震えた。火神の頭に手をやり、やんわりと髪を掴みながら、黒子が絞り出すような声で言う。
「ん、ま、待って、火神くん……いきそう……」
「いいぜ」
「だ、駄目……まだ。だってまだ僕、火神くんいかせてない……」
「あー……それは別に。あとでいいし」
黒子の反応を聞いていて多少テンションは盛り返してきたが、もう少し時間がほしいところだった。
「やっぱり僕のが下手なんでしょうか……」
黒子がしょぼんと呟く。
「んなことないって」
「でも、今日火神くん……」
「えーと、悪い……酒飲むとやっぱ……な」
「そんなに弱かったでしょうか? 僕、今日控えめにしておいたはずなんですけど」
「最近あんま飲んでなかったからな。酔いが醒めたら多分いける」
「じゃあ、醒めたら教えてくださいね?」
「おう」
簡潔に答えると、火神は黒子の十分に潤った場所に指を差し入れ緩く擦りつつ、陰核を舌で刺激した。
「ん……あ……ぁん!」
立てられた黒子の膝がびくんと跳ねる。つま先がシーツを掴み、不規則な皺を描いた。
「よかったか?」
「はい……」
はあ、と熱っぽい息を吐きながら、黒子は全身を弛緩させた。立てていた右膝がぱたんとマットに倒れる。
とても気持ちよかったわけだが、釈然としない気分は続いている。なぜ火神くんは今日、妙に反応が悪いのでしょう? アルコールのせいだけならいいのですが……。
「うーん、あれ持ってくればよかったでしょうか」
天井の模様をぼんやり眺めながら、黒子がぽつりと言った。
「『あれ』?」
「火神くんと子供つくりたいって言ったら、赤司くんが男性用の滋養強壮ドリンクをくれたんです。空港で引っかかると怖いので、持って来るのは諦めたんですが……」
再び、火神が聞きたくない人物の名前が出た。また振り出しに戻りかねないんだが……との予感を覚える火神の胸中を、黒子が察することは多分ないだろう。
黒子の発言に、火神ははたと止まる。
「ん? ちょっと待て。ってことはもしかして、こないだ届いたあやしげなドリンクは赤司が送って来たのか?」
「何か届いたんですか?」
「ああ、中国語っぽい漢字のラベルがついた飲み物で、なんかいかがわしい説明書がついていた。こっちは日本語だったけど」
「飲みました?」
ばっと体を起こし、なぜかわくわくした調子で尋ねる黒子。大きな目には好奇心と期待の光が満ちている。いい加減にしてくれ、と火神はちょっとだけ犬歯を剥いて見せた。特に尖ってはいないのだが。
「だ・れ・が・の・む・か、あんないかにもあやしい液体! っつーかあれいったいなんだったんだよ。気持ち悪いから警察に届けたんだけどよ、どこで手に入れたかすっげーしつこく聞かれた上に、なんか奥のほうの部屋が騒然としてたんだが」
「赤司くんならルートがばれるようなヘマはしないと思います。大丈夫です」
冷静な表情のまま、ぐっと親指を立ててみせる黒子。
「全然大丈夫じゃねえだろ……」
黒子の太腿を抱えつつ、火神は呆れたため息をつかざるを得なかった。やっぱりこいつはずれている、なんでこんなのに惚れちまったんだ。彼女と出会って以来すでに幾度となく感じてきたことを、改めて思う。しかしもっとも呆れるべきは、こんなのに惚れている自分――もっと言えば、そんな自分にすっかり満足してしまっているという事実だろう。子供がほしいなんていうちょっとびっくりな発言もあったが、概ねいつもどおりの黒子だ。そう思うと、呆れ気分も一周して、元のテンションに戻りそうな気がしてきた。むらっ、という効果音はきっとこんなときに使われるに違いないと思いながら、火神は黒子の真っ白な太腿をべろりと舐めた。
つづく