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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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思い出にかわるまで SS2-7(赤司)

 自宅の食卓でカタカナとアルファベットと数字の並んだ用紙を眺めながら、緑間は煮豆をつついた。調味料は揃っているはずなのにやっぱり薄味だ。食材からの水分を考慮しなかったせいで味が薄くなったのではなく、出汁を尊重した結果だろう。失敗作ではあるまい。煮物は好みの個人差、家庭間の差が大きいので口に合わないのは仕方ない。ただほかの料理も全体的に味が薄く物足りなさを覚えたので、焼いた白身魚に醤油を垂らそうとしたのだが、向かいに座る赤司に止められた。塩分は控えめに、という年寄りくさい注意とともに。
 おとなしく醤油の容器をテーブルの上のトレイに戻すと、緑間は用紙を汚さないよう床に置いた。
「検査結果は異常なしか。不幸中の幸い……と言っていいものか。炎症反応が出ているが、これだけではなんとも言えないな。軽い風邪や怪我でも上昇し得るから。潜伏期間を考えると、時間をおいてもう一度検査したほうがいいだろう。ところで、おまえも受けたのか?」
 クロコテツヤの表記と数日前の日付が記載された検査結果用紙には、性感染症の陽性を示す記号がひとつもついていない。黒子の懸念は杞憂だったようだ。もっとも、潜伏期間により現時点では反応が現れないだけという可能性もあるので、暫定的な安心でしかないのだが。
 赤司はもう一枚、検査用紙を緑間のほうへ寄越した。今度は赤司自身のものだ。こちらも項目はすべて陰性だった。陽性を示すアスタリスクがあったらそのほうが驚きだが。
「状況からしてシロだとは思ったが、テツヤが気にするといけないから、一応一緒にな。もちろんシロだったよ」
「おまえが泥をかぶるかたちで検査を依頼したということか」
「保健所が便利だった」
「でも病院へも行ったんだろう。保健所は匿名だが検査の種類が少ないからな」
 保健所では利用できない検査は、結局黒子が普段受診している病院で受けた。外部に依頼することも可能だったが、もし何か異常があった場合、主治医と連絡が取りやすいほうがいいと判断してのことだった。とはいえ、主訴で掛かっている症状とはまったく関係のない検査を受けるにあたっては、それなりの理由づけが必要だった。自覚症状があるわけでもないのに黒子単独で性感染症の疑いがあると相談すれば、聡い人間なら暴行のにおいを嗅ぎつけるかもしれない。黒子は健康状態や身体能力、外見を含めてそういった種類の暴力の弱者になりやすいタイプだから。赤司が同時に検査を受けたのは、黒子に安心感を与えるためというのもあるが、もうひとつには、疑惑をごまかすためだろう。男性ふたりでその手の病気の疑いを持っているということは、つまり彼らはそういう関係なのだろうとの推測を受ける。これもまた醜聞になり得るが、暴行事件を連想されるよりはましだということだろう。暴力の被害者として見られるよりは、合意の間柄での不慮の事故とみなされたほうが。実際のところ、ふたりは少なくとも身体的にはそれに類する関係ではあるので(頭の痛いことだと緑間は思っている)、まったくの嘘というわけでもない。検査を受けたときの状況について、赤司は緑間に詳細を話さなかったが、おそらく自分の失態で黒子に危険を及ぼしたかもしれないというような理由をこじつけたのだろうと、緑間は推察した。もちろん勝手な想像でしかないので、口には出さないが。
 緑間はもう一度、陰性が並ぶふたりの検査用紙を見比べた。
「しかし……病気にかかっていないことは素直に喜ばしいが、ますます証拠がないという意味でもあるな」
 仮に感染が見つかったとしてもそれだけでは証拠にはならないが、簡単には他人と性的な接触を持てない黒子が感染していれば、何らかの出来事があったことを示唆することにはなる。それもないとすれば、現在手元にある材料は、黒子のあやふやすぎる話と、赤司が確認したいくつかの症状の悪化だ。後者に関しては、たまたま不調の時期だという説明で片付けることもできる。
「黒子の家族には知らせたのか? 検査のことや、黒子が話している内容について」
「いや。テツヤの同意が得られないのでな。家族が知ればどうしてもテツヤへの態度に変化が出る。テツヤはそれを感じ取ってしまうだろう。それはますます本人を追い詰めることになりかねない。ひとに知られるのを恐れているから。今後のことを考えると家族には知らせたいところだが、いまは時期尚早だろう。医師にはまあ……それらしい理由を言っておいた。少々説教をされてしまったが、まあ方便の代償だと思っておこう」
 やはり赤司は黒子を庇ったらしい。きっとさも真実であるかのようにうまく話したことだろう。が、緑間はそのあたりには追及せず、話を続けた。
「だが、そうは言っても、家族だって何かしら気づいているのではないか? その……もし本当にそういうことがあったとしたら、黒子が体調を崩さないはずがないと思うのだが」
「不調は確かにあったそうだ。といっても夏バテと軽い熱中症だったということだが。そこに暴力を受けたことでのダメージも加わったかもしれない。医者にも掛かったらしいが……普通に受診した場合、性的暴行を疑ったりはしないだろう。障害があるとはいえ、平均程度の背丈はある成人男子だしな。元々――事故でああなってしまって以来――テツヤは虚弱だし、精神的な不調もしばしばある。よほど様子がおかしいか、わかりやすい場所に明確な傷でもない限り、いつもの体調不良だと思われるだろう。テツヤも隠そうとしただろうから、はっきりと苦痛を訴えはしなかったと思う」
「怪我はなかったのか?」
「僕が確認できた時点では、目立った傷はなかった」
「直接確認できたのか」
「お互い気が引けるところはあったが、そう嫌がらず応じてくれた。多少怯えていたが、取り乱すほどではなかった。そういう雰囲気は一切出さないようにしたしな」
「それで、その……特にそれらしい痕跡はなかったと?」
「ああ。すでに治っていたのかもしれないが……」
 珍しく赤司が言いよどむ。緑間は察し、代わりに言葉をつないだ。
「もし暴行を受けたとしても、黒子はあの体だ、ほとんど抵抗はできまい。錯乱状態に陥ったならわからないが……あいつが錯乱するのは、記憶に関することが原因の場合が多い。恐怖やショックを感じた場合はたいてい、硬直してしまって行動が取れなくなる。皮肉だが、結果的に外傷が少なくて済んだのかもしれない。腕力で屈服させるまでもなく身動きできなかったのなら」
「怖かったと、何度も言っていた」
「それはそうだろう。誰だって怖いに違いないが、黒子は精神がそういったことに敏感で潔癖な年齢なのだから、余計に」
 何ひとつ確かなものがない、推測まみれの話とはいえ、内容が内容だけに重苦しい雰囲気に包まれる。緑間は少し前に箸置きに戻した箸を再び手に取る気になれずにいた。
「……やっぱり食べながら話すことではなかったのだよ」
「そうだな、しゃべっていると箸が進まず食事が冷えてしまう」
 言いつつ、赤司は話の合間に食べ物を口に運び、すでに三分の二ほどを片付けている。食事をしているというより、決められたトレーニングでもこなしているかのようだ。実際その要素はあるように思えた。一方緑間は、ほぐしかけた焼き魚がほとんどそのまま残っているし、茶碗の白米も山の部分が削れたくらいだ。
「そういう意味ではないのだよ」
「デリケートだな、真太郎。そんなので将来医師としてやっていけるのか?」
「訓練のつもりか」
「ちゃんと食べろ。医師は結局体力勝負だろう」
 その忠告が合図だったわけではないが、なんとなく会話が中断され、食事再開となった。いまいち味を感じないのは、料理が薄味だからというばかりではないだろう。ありもしない苦味を感じないだけましかもしれない。
 コップと水差しだけを残して食器を片づけると、濡らした台拭きを適当に走らせたテーブルを再び囲む。床に置きっぱなしにしていた検査結果の用紙をまとめて赤司に返しながら、緑間が言う。
「とりあえずいままでにできていることは、健康上の安全の確認くらいか。……これはとどのつまり、何も解決していないのではないか?」
「そうだな」
 懸念材料はひとつ減ったが、それだけでは黒子の現状は明るくならないだろう。黒子はいま、本来なら残らないはずの記憶の影に怯えている。その恐怖を解消する手立ては、現時点では見つかっていない。
「どうするつもりだ」
 赤司は腕組をすると、視線を落とした。口を動かすとともに、思考も働かせているのだろう。
「テツヤに何があったのか――何もなかったという可能性もなくはないが――特定することは難しいだろう。有効な証言がひとつもないのだから。テツヤの行動範囲の狭さから、病院と施設に探りは入れたが、虐待行為と思われるようなものは出てこなかった。シロだから結局なんの手がかりもなかったわけだが、被害の反復性は低いだろうというひとつの安心材料にはなった。嫌な話だが、施設関連だとその手の行為は恒常的になり得るからな。時期や場所についてはある程度絞れるが、それでも範囲が広すぎる。仮に事件ないし出来事が存在するとしたら、手を尽くせばそれを突き止められないこともないだろうが……有用な証拠を得るのは困難だろうし、何より、肝心のテツヤに証言能力がない。本人もあやふやなのはわかっている。自分の発言に説得力がないことも。自分の妄想である可能性すら考えている。だから何もできない。テツヤ自身、騒ぎ立てるのは望まないだろう。できれば知られたくないことだろうから。……かわいそうだったかな、しゃべらせてしまったのは」
 コップの水面を見ていた赤司がすっと目を閉じた。最後の一言は彼らしくなかったが、パフォーマンスでもないだろうと緑間は感じた。
「いつまでもひとりで抱え込むのは無理だろう。黒子はけっして心が弱いわけではないが、器質的な要因による精神の脆弱性は克服できない。ストレスの蓄積で頭に負担を掛けるのはよくないのだよ。心身の衰弱を招き健康を害しかねない」
「そうだな。これ以上こちらから追及しないほうがいいか。新しい話が出てくるのはあまり期待できないだろう。多分、テツヤの頭ではあれが精一杯だ」
「そのあたりを探っても、状況が改善されるわけでもないだろうしな。いま問題なのは、黒子が抱いている恐怖心だろう。記憶に残ってしまったらしいということだが……」
 緑間が痛ましそうに目を細めた。暴力を振るわれるのは誰にとってもショッキングな出来事だし早々忘れられるものではないが、半時間で次々に記憶が抜け落ちる状態の人間が忘れていないというのは、一層重々しさを感じさせる事態だった。
「それもほとんどはあやふやなものだが、部分部分のわずかな時間の記憶を鮮明に、具体的に想起できるようだ。すでに何日も経っているのだろうが、時間経過で風化していない。フラッシュバルブ記憶のようなものか。とはいえ、断片的すぎて手掛かりにはならない。逆に言うと、残っている記憶が少ないからこそ、あの程度の状態で済んでいるとも考えられる。あのテツヤが、家族に隠しておけるくらいには、精神症状を抑え込めているんだからな。もっとも、おそらく相当な負荷が掛かっているはずだから、長く続けるのは難しいだろうが」
「それにしても……本来エピソード記憶を残せないはずの黒子がわずかとはいえ一発で記憶してしまうとは……相当強いショックだったのだろう」
「それだけではなく、おそらくその記憶を意図せず何度も想起しては、強化してしまったんだろう。こうなってはもう、いかにテツヤといえど完全な忘却は期待できまい」
 出来事の起きたひと続きの時間のうち、黒子が覚えているのは部分部分に過ぎず、全体のまとまりを欠いている。しかしそれでも、長期記憶として焼きついてしまった映像は、十七歳以前の思い出と同質の存在として残り続けることになる。おそらく、この先も完全には忘れられないだろう。
「加えて、黒子はなまじほかの新規情報が残りにくい分、いつまでも鮮明に残りかねない……か。くそっ、なんでこんな……」
 珍しく口調を乱す緑間。赤司は腕組みを崩さないまま、虚空の一点を見つめている。
「問題はそれだけじゃない。うつ症状が現れはじめているようだ。今回の件が直接の引き金かはわからない。前回の入院から結構経っているから、そろそろ出現してもおかしくはないしな」
 そうだ、黒子にはその問題もある。たとえ今回受けたショックとは無関係に出現したとしても、複合すればより精神に負担が掛かり、重症化する可能性がある。と、緑間はそこではっと思い出す。
「そうか……。黄瀬が最近調子が悪いらしく、黒子に何かあったのではと案じていたが、アタリだったようだ。ここのところ会っていないはずなのだが」
 緑間の報告に、さしもの赤司も一瞬まばたきを忘れ、次に苦笑した。
「涼太……相変わらず愛が重いな」
「相談されたときは、いい加減気持ちが悪いから黒子離れしろとと切り捨ててしまったが、悪いことをした。詫びと景気づけを兼ね今度ラッキーアイテムを送ってやろう。しかしこの件、黄瀬には絶対に話せないのだよ」
 さらりと話す緑間だが、実際はかなりじめじめと黄瀬の不安に満ちた長電話につき合わされたのだろう、げんなりした表情を隠そうともしない。
「確かに話せないな。ショック死しかねない。涼太は絶対テツヤより先に死ぬと思う。そのほうが本人も幸せだろうが」
 協定として示し合わせはしなかったが、黄瀬にはこの件を絶対に漏らすまいと、それぞれ心のうちで固く誓った。
 ちょっと一息、と形容するには重苦しいため息を落としたあと、緑間はコップを傾け、口内を潤した。
「それで、現在の黒子の症状は?」
「主訴は不眠だ。それから不安感。薬が効きにくくなっているようだ。加えて、多分悪夢を見ている。余計眠れないだろう。少なくとも慣れている人間に対しては、通常の接触で露骨な拒否反応を示すことはないようだが。それから、頭痛や気持ち悪さなど、身体的な症状の訴えもある。食事が摂れないほどではないようだが。発動性もやや低い。感情も鈍磨気味だ。記憶も少し、混濁しつつある。その分、取り乱しにくいわけだが」
 あの夜、本当に現実だったのかさえわからない、けれども本人にとって恐ろしい体験を赤司に告白したとき、黒子は恐怖を訴え泣いたものの、感情を激しく乱すことはなかった。推測される衝撃の大きさからすれば、むしろ静かとさえ言えた。精神活動の低下により黒子が情動を鈍らせることは珍しくないが――
「そのあたりはいつもの症状としてあるものだが、ショックへの防御反応とも取れるな。感情が鈍くなれば、恐怖のもととなっている記憶が蘇っても反応しにくくなるし、精神症状が亢進している間は記憶の働きが鈍くなる。思い出すこと自体、少なくなるだろう。うつ症状は確かに厄介だが、こうすることで精神を防衛していると解釈することもできる。以前からある症状と混ざってしまえば、事件が原因で出現した症状をごまかせるしな」
 暴行の件も絡んでいるかもしれないと、緑間は思った。鑑別はできないだろうけど。
 赤司は腕を解くと、さあこれからどうしようかというように肩をすくめた。
「ストレス障害の症状ととらえられなくもないが、テツヤが元々有している精神症状の出現や重症化と考えることもできる。悪夢が気になるところではあるが……。まあ、想像はいくらでもできるが、僕たちが診断できるようなことでもあるまい。いつものアレだと考えよう。治療方針はどのみち薬物だ。本人も眠れないことに苦痛を感じているようだから、早めに治療に取り掛かったほうがいい。幾分濁すかたちにはなるが、家族と話し、入院を促してみよう」
 赤司の考えに、緑間はこくりとうなずいて賛同を示した。黒子の症状は個人が癒せるようなものではなく、様子見といって放置すればいたずらに苦しませるだけだ。
「感情を含めた精神的な働きが低下している間は記憶もあまり蘇らないだろうが……だとすると、むしろ寛解したあとが問題では?」
 症状の重症化は、必ずしも黒子にとってマイナスに働くわけではない。記憶とともに病識が薄れ、思考が低下した状態では、外界にも自分自身の理性にも煩わされず、ただ心身を休めることに専念できる。思考力をはじめ神経、精神の活動が落ちれば、恐ろしい記憶も再生されにくくなる可能性がある。治療中は夜間深く眠らせるよう、効きの強い薬を投与されるはずだ。根本的な解決にはならないが、日常と引き換えにした平穏の中で休息を得られるだろう。ただ、回復後は記憶も元の状態に戻る。暴行の記憶がどのように処理されるかは未知数だが、忘却されなければ、再び主を苦しめることになる。
「そうだな。退院後にどうするか、だな」
 緑間の指摘に、赤司も同意を示す。
「打開策は?」
「実は、僕も最近あまり寝ていないんだ」
 うっすらとさえ隈のない健康的な顔色で赤司が言う。その言わんとすることを緑間は察した――考えがあるのだろう。
「使えそうか」
「法学部はあまり役に立たないな。当たり前か、創造性のある学問ではないのだから。ノーベル法学賞なんてないしな」
 ちら、と赤司が目配せしてくる。緑間は首を横に振った。
「俺は無理だぞ。学生だ」
「僕もだが」
「お互い役立たずだな」
「まったくだ」
 どちらからともなく、やれやれとため息をついた。
 役に立たないのはすでに承知している。だが、何もできないと信じるほど愚かでもなければ素直でもない。

 黒子の入院が決まったのは、翌週のことだった。

つづく


 

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