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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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思い出にかわるまで SS2-6(赤司)

 平日の夜、赤司は緑間を呼び出した。落ち合う場所に選んだのは、ふたりの住居の真ん中あたりにある街のちっぽけな繁華街の駅。緑間の自宅へ行ってもよかったが、大学からのアクセスを考えるとこちらのほうが楽だと言うので、少々足を運んでもらった。最寄駅でそう久しぶりでもない顔を合わせると、とりあえず場所を変えようと赤司が先に歩きだした。行き先は告げられなかったが、先をゆく男の足取りにあまりに迷いがなく、そして平生より速かったので、緑間はなかば引きずられるような心地でついていった。到着したのは昔からありそうなカラオケボックス。壁の落書きに治安の悪さが窺える。とても赤司が好みそうな場所ではない。禁煙と書かれているが、守られていないのか、はたまた嫌煙が幅を利かせるより前の歴史の重みなのか、建物の中にはヤニ臭さが充満していた。だが赤司はとっとと受付を済ませると、提示された番号の部屋に足早に向かった。ボックス内は空調は効いていたが、やはり煙草臭く、独特の据えたにおいが立ち込めていた。ソファはところどころ破れている。床のカーペットは靴の底で削られ続けたようで、はげたり穴が空いたりしていた。このメンバーで来るにはまったくもって似つかわしくない空間に、緑間は呆れるよりもただ純粋に驚いた。
「おい、なぜカラオケボックスに? おまえの趣味とは思えないが」
 非難めいた口調で問うと、赤司がまあ座れと仕種で促してきた。緑間がとりあえず従うと、赤司は上着を脱いでから向かいのソファに腰を下ろした。
「趣味でないのはそのとおりだが、どこでもいいから個室に入りたくてね。外に会話が漏れず、時間単位が安価で、どこにでもあるというと、カラオケが手頃だった。ここのカメラはダミーだし」
「しかし会話をするには不向きだと思うが……。隣室からの音漏れがかなりうるさいぞ」
 曲がはっきり聞こえるわけではないが、左右や対面のボックスからは低音が震動として伝わってくる。六人掛けと思しきテーブルを挟んで対面しているいまも、普段より大きな声でしゃべることを余儀なくされる。地声のあまり大きくない緑間が若干声を張り上げていることに気づいたのだろう、赤司はちょいちょいと指を動かした。聞こえにくいなら近くへ寄れ、と。
 緑間が猫背になってテーブルに身を乗り出すと、赤司が不必要なくらい顔を近づけ、耳元に唇を寄せてきた。
「漫画喫茶の個室がよかったか? それともホテルのほうが? このへんは割といかがわしい界隈だから、古くて安いラブホテルくらいすぐに探せる。おまえがそのほうがいいなら場所を移すが?」
 くだらないユーモアを披露されたが、つき合う気になれず、緑間は面倒くさそうにしっしっと手を振り上半身を引いた。
「ここで結構。で、話とは?」
 緑間は神妙な面持ちで、前置きなしで用件を尋ねた。相変わらずの態度の赤司だが、娯楽目的で呼び出しを掛けたわけでないことは緑間にもわかった。相談があるから会いたい、できるだけ早い日時で頼む、平日でもいい、僕がそちらへ行くから。そんな内容の連絡を受けたのが前日の、いや、本日の深夜だった。のっぴきならないものを感じ、詳細を聞く暇もなく応じ、十数時間後、大学帰りの服装と荷物のままここまで来たというわけだ。まさかこんなうらびれたカラオケボックスに連れ込まれるとは予想していなかったが、オフレコにしたいという意図があるのなら、理解できないでもなかった。それにしてももうちょっとましな場所があるだろうに、とは思うが。
 赤司はテーブルに肘をついて腕を組み、不似合いにも悪ぶった高校生みたいな姿勢を取って見せたが、彼の声が紡いだ言葉は、そんな見かけの態度がかわいらしく思えるくらい、とんでもない内容だった。
「黒子が暴行を受けただと?」
 あまりに穏やかでない話に、普通の話し声程度では外に漏れることはないとわかっていながら、緑間は思わず声をひそめた。場合によっては犯罪に関わることではないのか。何も近くに犯罪者がいるわけでもないのに、緑間は落ち着かない心地になってきょろきょろと部屋の中を見回した。一方赤司は、そんなとんでもない話を語っておきながら、しれっと肩をすくめるだけだた。
「ただの憶測だ。根拠のない、な」
「おまえが妄言を堂々と吐くとは思えない。黒子が何か言ったのか」
 赤司は左手で頬杖を突くと、すっと目を細めた。
「性感染症の疑いを持っているようだ」
「おまえに?」
「自分に対してだ。僕に感染させるのではないかと案じていた」
 黒子がその発言をしたときの状況について、赤司がもう少し説明を加える。最初の懸念事項が自分のことではなく、自分と性的接触のある人物への心配だというのは、黒子らしいと言えばらしいと思える一方で、事の本質に関わる部分へ触れるのを避けたがっているようにも感じられた。
「……ほかに何か変わった点は?」
「接触に怯える。ただの接触なら問題はなかったが……」
「性的な方面で怯えを見せるのか」
「少し、な。実際どの程度の反応になるのか、はっきりとは確かめていない。ただ、転倒などでバランスを崩したときに生じる感覚への恐怖感……あれがぶり返していたように思う。最近は軽快していたはずなんだが」
 緑間は腕を組むと、赤司から得た情報を整理する。赤司が黒子を乱暴に扱うことはない。無論ふたりがそういった接触をもっている場面を目撃したことなどないので、本人の自己申告でしか知らないのだが(特に詳しい描写を聞かされたこともないし、あえて尋ねたこともない)、信頼はできる。常時ではないが黒子は神経の異常のため感覚過敏を起こすことがあり、苦手な刺激や閾値を越えた刺激にひどい不快と苦痛を感じる。何でもない性処理であっても、加減を間違えれば快感どころか強い苦痛を伴うことになる。黒子がこれまで拒否を示さなかったのは、赤司が相当気を遣って触れていたということだろう。多分ほかの人間ではここまでうまく扱えまい。これまで黒子の処理の介助を赤司が担っていたのも、この理由に拠るところが大きい。日によって異なる黒子の体調に合わせて加減してやる必要があるのだが、そうそうできるものではない。赤司はそのあたりを察するのが得意なようで、おそらく黒子自身より体調を把握している。だから黒子が今回怯えを見せた原因が赤司との接触であるとは考えにくい。壊れもののようないまの黒子を故意に怖がらせるはずがないし、この男に限ってそんなへまもしないだろう。
 病状の悪化というか揺り戻しについては、これまでもあったことだし、その際明確なきっかけを特定できないことがほとんどなので、この件との関係については不明瞭だ。きっかけとして働いた可能性もあるし、たまたま同じ時期に起きただけとも考えられる。
 いかんせん情報がなさすぎる。赤司の推測や勘の信頼性は高いが、だからといってこんなあやふやな状態では、話の前提すらつくれない。
「確かに異常を感じさせるが、それだけでは根拠が薄い。特に原因がなくても、疲労の蓄積等で病状の悪化は起こり得る」
「僕も同意見だ。もう少し情報がほしい」
 赤司もさすがに現状でアクションを取るのは控えるようだ。やれやれと首をすくめた。
「どうするんだ」
「もう一度テツヤと話をしてみる。感染症についても、検査が必要になるかもしれないからな。場合によっては外部に検査を依頼するかもしれない。真太郎、力を借りる可能性がある」
「俺はまだコネなどないが、できることがあれば言ってくれ。力は尽くそう。しかし黒子は、聞かれて素直に話すだろうか? 第一、あいつは記憶ができないんだ、話せることもないのではないか?」
 とはいえ、黒子が感染症の心配をしていたということは、本人が心当たりをもっているということだ。記憶を保持できないはずなのに。まさか赤司に会う数十分前に暴行を受けていたなんてことはないだろう。状況からしてありえないし、そうだとしたら赤司が見逃すはずもない。一番考えやすい――そして、できればそうであってほしい――可能性は、黒子の勘違いだ。幻覚や妄想といった激しい精神症状はないはずだが、何かのはずみでたまたま脳が被害妄想のようなものをつくり出してしまった。それが現実なのか想像の産物なのかわからず怯えている。情報が少なく証拠が何ひとつない現状では、それが一番ありそうに思える。
 どうするんだ、と目線で問えば、赤司はテーブルについていた腕を話し、肘を曲げ体の横にちょっと広げて見せた。
「まあ、とりあえずやってみるさ」
 ボックスにいたのは一時間程度だった。清算を済ませ外に出ると、繁華街とは思えないくらい閑散としていた。終電には十分間に合う時間帯だが、赤司はいつもより早足で、緑間の数メートル先をさっさと歩いている。苛ついているな、と緑間は感じた。駅へ戻る途中、命知らずにも絡んできた男ふたりを容赦なく這い蹲らせて、言葉もなく淡々と、必要以上に踏みつけていた赤司の姿を見るに、相当苛ついているのだとわかった。

*****

 赤司が再び黒子を訪ねたのは、結局緑間に会った週の終わりだった。あまり頻繁に訪問すれば家族が訝るだろう。家族はおそらく状況を把握していない。庇護が必要な身とはいえ、黒子にもプライバシーはある。まして何も決定的な証拠がないのに、推測だけで不安を煽るようなことは言えない。
 とはいえ、変化は起きていた。黒子がここ数日不調だという。食欲が若干減退しているほか、不眠を訴えていると母親に説明された。もしかしたらまた入院になるかもしれないと、彼女は不安に顔を翳らせながら言った。
 ノックをしても返事がなかったので勝手に扉を開けると、黒子はややきつめに角度をつけたベッドの上でぼんやりと座っていた。赤司が入って来たことにも即座には気づかなかった。確かに調子が悪いようだ。話をするには時期が悪いかとも思ったが、遅らせればその分対応が後手に回る可能性がある。反応を見て判断するしかあるまい。
 驚かせないよう床に膝をつき目線を下げてから、ベッドの黒子に声を掛ける。黒子ははっとしたように振り向くと、蚊の鳴くような声で、赤司くん、と言った。
「来てくれてたんですか。すみません、ぼうっとしちゃって」
「いや、こちらこそ、体調の悪いときに来てしまったようだ」
 と、赤司は慎重に黒子の頬に手を触れさせた。特に拒絶はなかった。
「少しやせたか」
「そうでしょうか」
「そう見える。眠れていないな?」
「かもしれません」
 目に見えてやせたわけではないが、体重が落ちているのは間違いないだろう。それ以上にやつれて見えるのは、十分な休息が取れていないことによる憔悴が顔に出ているからだ。うっすらと隈が浮いていて、顔色に生気がない。あまり長時間話をさせて疲れさせるのはよくない。単刀直入に切り出すか。赤司はそっと腰を上げると、なるべく音や振動を立てないようベッドに乗り上げ、黒子と隣り合うようにして縁に座った。肩に腕を回して抱き寄せると、黒子はされるがまま体重を預けてきた。やはり拒むことはなかった。
「テツヤ。覚えていないだろうが、おまえは少し前、僕に、自分が感染症をうつす可能性があることをほのめかした」
 ぴくり、と黒子が小さく身じろぐ。
「……そう、ですか」
「いま、どこか体に異常を感じているのか? 眠れないという以外に」
「いいえ。少しだるいですが、睡眠不足でしょう」
 覇気はないが、口調はしっかりしている。赤司は少し迷ったが、先に進めることにした。
「テツヤ……いまでもその可能性を考えているか?」
「……はい」
「理由を聞いても?」
 黒子はしばらく目線をさまよわせながら、たまに口を開いては、あ、と小さく声をこぼした。しかしその先がなかなか続かない。話す気はあるのだが、いざ言葉にしようとすると出てこないようだ。唇の戦慄く回数が増えるたび、心臓が高鳴っている。赤司は落ち着かせるように髪を梳いてやった。やがて、黒子がどうにか単語を紡いだ。
「あの……僕……」
 黒子の右手が虚空を切る。何かに縋ろうとして、けれども何を掴んでいいのかわからないというように。
「テツヤ」
 赤司はその手を取り、弱い力で、けれどもしっかりと握った。
「ここにいるのは僕だけだ。おまえに危害を加える者はない」
「はい……」
 黒子は赤司の手をきゅっと握り返すと、ぽつりぽつりと話し出した。
 あの、全然はっきり覚えていないんですけど、もしかしたら僕……どこかで、誰かに……その、乱暴されたかもって、なんかそんなふうに思っちゃってて。ええと、男に対して使える言葉なのかわかりませんが、その……レ、レイプ……ってやつかな、って……。すみません、こんなこと。でも、でも、実際のところ、わ、わからないんです。僕、記憶駄目になっちゃってるから、いろんなこと、わからなくて。でも、なんか、ところどころ、覚えてることがあって……。いつなのか、どこなのかは全然わからないんですけど。床か地面に倒れて――倒されて?――その感覚がすごく怖かったのを覚えています。丸くて白い……緩い円錐状の照明の傘が天井から吊るされていたから、多分屋内だと思います。電気はついていなかったかも。天井は、薄い茶色の木目で、長方形のパネルが互い違いに並んでいました。そのあと……どうなったんでしょう。体が浮いて、やっぱりすごく怖かったです。誰かがいました。ひとり……でしょうか。わかりません。そのあたりで何も見えなくなっちゃいました。視界が塞がれたのか、部屋が暗くなったのかはわかりません。覚えていないだけかも。クラクションが何度か遠くに聞こえました。人の声とかは、あんまり。覚えてないです。自分がどんなふうになっていたのか、よくわかりません。あんまり強く押さえられた感じはなかったです。なんか、すくんじゃって、体動かなかったのかも……。あと覚えてるのは、とにかく体が痛かったです。背中とか、関節とか、その……あの……いろいろなところが。体が揺れて、怖くて、動けなくて……。声も多分出ませんでした。何回か、すごく痛かったときがありました。泣いちゃったかも、しれません。そのときは、声出たのかもしれません。それからどうなっちゃったのか全然わからないんですけど、家には帰れたみたいです。どうやって帰ったんでしょうね。知ってる場所だったのかな? 近所だったら怖いです。家戻れて……確か、お風呂に入ったと思います。何があったのかよくわからなくて、多分ぼうっとしてたけど、あの、体から……出てきちゃって……た、多分、あれ、せ、精液だった、かも……。よく見てないけど、触ったら、なんかそんな感じで……。ぬるいお湯で、流して……しみて、い、痛かった、です。そこで、なんか急に怖くなっちゃって……多分何かされてたときより怖くなって……部屋に戻って、寝た……んでしょうか。寝れば忘れるかなって、思ったのかもしれません。でも……起きてもなんか頭に残っちゃってて、お腹痛くて、体もいろいろ、痛くて……あれ、もしかして、何か、へ、変なこと、されちゃったのかなって……思って……。それで、それで……。多分しばらく体が痛くて……ひょっとしてって思ってて、でもやっぱりあんまり記憶がなくてよくわからなくて。痛くなくなったら忘れるかなって思ってたと思うんですけど……い、いまも、痛くはないんですけど、まだ、なんかところどころ覚えてて……。夢にも、見ちゃってる、かも……。お母さんとかには、多分言ってないです。ほんとによくわからないし、い、言えない、です、こんなこと。でも、気づいちゃってるでしょうか。体痛かったけど、大きな怪我とかは、なかったと、思うんですけど……。外出るのも、ちょっと怖くて。全然出れなくはないと思うし、慣れている人なら多分平気だと思うんですけど……赤司くんは大丈夫です。でも、よく知らない人とか、怖いかもしれません。男の人が。外出して、取り乱したとかは、ないと思うんですけど……わからないです。あ、あんまりひとに話したくないんですけど、パニックになって、もし知られちゃったら、嫌だなって……。どうしたらいいんでしょう……。
 黒子の話はひどくとりとめなかった。何かにつけてわからないや多分というフレーズが入る曖昧なものだった。しかしそれも仕方がないと言えた。黒子はほとんど記憶力がないのだから、確かなものなんて残らないのだ。彼自身それを理解しているから、断定的に話すことがない。むしろこのような状態で、自分が見た場面を断片的とはいえ詳細に話せるところがあるというのが驚きに値するだろう。おそらく相当強いショックと恐怖とともに、写真のように場面がくっきりと頭の中に焼きついてしまったのだ。黒子の記憶障害は、長期記憶への移行ができないことが大きな要因なのだが、それは刻み込む力が極端に弱いというだけで、まったく不可能なわけではない。弾力のある物体の表面を指先で押してへこませても、しばらくすると元に戻ってしまうように、弱い力では記憶として成立しない。だが強い力で表面を傷つけ陥没させれば、それは永久に残り得る。黒子を見舞った強い衝撃を伴う出来事は、本来なら記銘を受け付けないはずの場所に傷跡を残した。その傷が記憶になってしまったのだ。のみならず、その後もたびたび想起されることで、より傷口が深くなったのだろう。身体的な痛みがそれを裏付けてしまった可能性もある。そうして、黒子自身も望んでいた忘却が起こらなくなった。刻まれた傷痕が消えなくなってしまった。生活のあらゆる場面で黒子を苦しめている強烈な忘却力が、こんなときは働いてくれない。無慈悲なものだ。
 黒子が力ない声で少しずつ話す間、赤司は時折、そうか、と相槌を打つだけで、質問や追及は行わなかった。ただ語りたいように語らせた。何を聞いたとしても、黒子ははっきりとは答えられないだろうから。
 ところどころ詰まったり、単語の選び方に迷ったりしたものの、黒子は取り乱すことなく淡々としゃべっていた。感情が麻痺しているのか、あるいはあまりに曖昧であるがゆえ、自分自身のことであってもどんな態度を取ればよいのかわからないのか。ただ、赤司の手を握る黒子の手は、話の内容により強く力を込めたり、震えを帯びることがあった。いまは震えていないが、ぎゅっと握り込んでいる。
「そんなことがあったのか」
「あ、あの……でも、本当に何も証拠がないし、僕自身、その、こんなこと言っちゃっておいてなんですけど、か、確信がないんです。いまは特に体に違和感はないですし、なんか頭に残ってる記憶みたいなのも、悪い夢を見て、起きた後もたまたまそれを覚えてて、びっくりしちゃって、それで変に焼きついちゃっただけかもしれないんです。あるいは、ひょっとして、僕の頭がおかしくなっちゃって、そんなような気がしているだけかもしれないんです。だって、僕、頭、あんまりちゃんとしてないから……。だ、だったら大変ですよね……狂言で誰かを冤罪にしちゃうかもしれないってことなんですから。で、でも、あ、あやふやすぎて、全然信憑性ないから、大丈夫ですよね……」
 自分の語った内容が妄想である可能性まで考えているようだ。いや、そうであってくれという願望なのかもしれない。赤司は返事に迷ったが、
「……そうだね」
 とだけ言っておいた。何に対する肯定なのかは示さないまま。
 赤司が何も追及しないこと、黒子の考えを否定したりしないことに多少の安堵を覚えたのか、黒子は強張っていた体を少しだけ弛緩させ、ゆっくりと息を吐いた。一方で、手の震えが再燃している。
「でも、でも……僕……」
 空いている手で赤司の服の肩口を掴み、皺をつくる。その手もやはり、かたかたと小刻みに震えている。必死に訴えるように、黒子は揺れる瞳で赤司を見上げた。赤司は黒子の背を抱くと、耳元で静かに呟いた。黒子が言わんとしている感情を。
「怖いんだな」
「……はい。自分の思い過ごしかなって思うんですけど、でも、どうしても、こっ、こっ……怖く、て……。ほとんどのこと忘れちゃうのに、なんでこのことだけ、こんなに覚えてるのか……それもすごく変な気がして、怖いんです」
「テツヤ……」
「すみません。赤司くんにお話ししても困らせるだけだとわかるんですけど……いまはこうしていてもらえませんか。多分ずっとひとりで悶々としちゃってて、疲れて、怖くて、心細くて……。誰かに知られるの嫌だったけど、ずっと黙ってるのも、多分苦しくなっちゃって……それで、それで……お話しちゃったんだと思い、ます。ご、ごめんなさい、なんか、巻き込むみたいなことしちゃって。でも、ほんとにどうなってるのかわからなくて、どうすればいいんだろうって……ひ、ひとりじゃ全然わからなくて……。きっと、赤司くんなら、なんとかしてくれるって、勝手に頼っちゃったんです。ごめんなさい、こんなこと話してしまって……。ふっ、う、うぅ……」
「テツヤ……。いいんだ。おまえは間違っていない。ここで僕を頼るのは正しい判断だ。テツヤは賢い子だ、どうすべきかわかってるということだから。泣くのは構わない。だが謝る必要はない、おまえは何も間違ったことをしていないんだから。テツヤがこんな状況でさえしっかりしていることを、僕は誇らしく思う」
「あ、かし……くん……」
 恐怖によるものか、緊張の糸が切れたせいか、黒子は赤司の肩にしがみついたまま、小さな嗚咽を漏らしはじめた。赤司は黒子の背を労わるように撫でた。
「こうして触れるのは平気か?」
「はい……」
 相手の腕の中に逃げ込むように、黒子は赤司の肩に額を押し付けますます縮こまった。守ってほしい、というように。甘えとは切り捨てられないだろう。強い恐怖を感じている上、黒子は自分で自分を守る力を失って久しい身なのだから。自身の思考さえ長く持続させられない黒子が他者を頼るのは、必要かつ賢明な選択だ。赤司は黒子の頭に手を添え、自分の頬に寄せた。至近距離で、静かな声を落とす。
「病院、付き添うよ。一緒に検査受けようか。家族には頼みにくいんだろう? ドクターには、僕がうまく説明するから」
「はい……ありがとうございます」
 わずかばかりでも安心したのか、体に入っていた力が少しずつ抜けていく。精神的に疲弊したのだろう、ぐったりと体重を預けて、動かなくなった。いつもならこのまま寝てしまうことが多いのだが、黒子は身動きしないだけで、眠りに落ちる気配がなかった。……眠れないのだろう。精神の興奮がそうさせるのか、あるいは悪夢に怯えているのか。

つづく

 

 

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