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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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思い出にかわるまで 14

 就寝の準備の前に流れで雪崩れ込んでしまったので、いつもの睡眠薬を飲ませるタイミングがなかったのだが、あいつは珍しく自然に深く眠れているようで、行為の後始末をして部屋着を元通りに着せ直しても、目を覚まさなかった。それだけ疲れ切ったということだろう。
 床に落としたローションのボトルや、とりあえずティッシュの内側に包んでおいた使用済みのコンドームを片付け、ため息をつく。事前にこんなものを寝室に、それもベッドサイドに用意しておいたということは、いずれこうなるとなかば確信的に予想していたということだ。
「あ~……やっちまったぜ……」
 あいつとつい先刻までしていた行為を思い返して、不快感や嫌悪感が湧いてくることはない。あいつの体に障るようなことがあったらと思うと気が気でなく、肉体的な快楽の追求という意味では物足りないのは否めないが、あいつの体に深く触れることができたという充足感がある。
 ではなぜ後悔が押し寄せてくるかというと、あいつに対してああいう行為をして、本当によかったのかという疑念が晴れないからだ。性欲を解消したいがためだけに誘ってきたわけではないと思う。ただお互い、最近の接触の多さから雰囲気に呑まれて流されている面はあったように感じる。俺もあいつも肉体の年齢的に性欲のピークは過ぎている。ただあいつの意識はそういったことに一番多感な時期の年齢のままなので、一種の気の迷いというか、勢いで至ってしまったのではないかと、思わないではない。家族以外で最近一番交流があるのは俺で、しかも健全とは言い切れない接触が増えてきていた中、若気の至りというと言葉が悪いが、少年期の性的志向の勘違い……的なものが潜んでいるのではないかと考えてしまう。それをおかしいと切り捨てるほど頭が固いことはないし、自分自身いい年だし男なので、そのあたりは割り切れる。だがあいつにとって、これはいいことだったのだろうか。
 ベッド横の床に座りマットレスに頬杖をついて、あいつの寝顔を眺める。穏やかで幸せそうで、そして普段以上に幼い。完全に合意の上で事に至ったわけだし実年齢的にも何ら問題はないのだが、少年を相手にしてしまったような気分になってくる。
 それでも、いたたまれなさだけでなく、満足感もあった。俺との接触をあれほど喜んでくれたあいつの素直さやいじらしさを思うと、愛しくてたまらない。セックスはコミュニケーションだと言うが、まさにそのとおりだと実感した。
 あいつの記憶に残らないのが残念だと思う。そして同時に、起きたときに取り乱されたらと想像すると、怖かった。
 どうにも寝付けず朝を迎える。手持無沙汰なあまり、というわけではないが、俺の手はずっとあいつの頭をのろりとした動作で撫でていた。時刻はまだ早く、朝日がようやく顔をのぞかせる外は、まだ夜の闇の残り香があり、薄紫色の空に星影の名残を散らばせている。なんとはなしに立ち上がり、窓辺に移動しカーテンを少しだけ開けると、ガラスからかすかな放射冷却を感じた。
 起きたらどう会話しよう。窓際に座ってぼんやりと考えていると、ベッドの上で影が動くのが視界の端に映った。心拍が上がるのを感じながら視線を移す。
 緩慢に人影が動き出す。ブランケットをかぶったまま、あいつは起き上がってベッドに座った。ずる、とブランケットが落ちると、下から無秩序な寝癖のついた頭が出てきた。
「火神くん……?」
 寝ぼけ眼だが、ここが俺の部屋だということは理解したらしい。座ったままあたりを見回している。俺の姿を探しているのだろう。
「……おう。おはよう。つってもまだ暗いけどな」
 窓辺に座ったまま、カーテンの隙間を広げて見せた。まだ弱々しい陽光がうっすらと差し込む。
「おはようございます」
 と、挨拶をし、ベッドから降りようとしたところであいつが固まる。どうしようかと数秒迷った様子だったが、そのまま床に座り込んで、窺うような視線を俺に投げてきた。
「あの、もしかして……」
「あー……。その……だな」
 うん、そうだよな。いくら後始末して、服も着てるからって、感覚はまだ残ってるよな。
「大丈夫か?」
 俺は立ち上がると、ベッドを背にもたれかかっているあいつのそばに寄った。屈んだ俺の目をじっと見つめるあいつの顔には、期待に似た何かが浮かんでいる。
「僕、火神くんとセックスしました?」
「おう……ま、まあ、その、なんだな。し、した……ました……」
 久しぶりに変な丁寧語が出た。別に丁寧な言葉使いが必要な状況でもないのに。
 どぎまぎする俺に、あいつは一瞬目を見開いたかと思うと、
「ありがとうございます! すごく……すごく嬉しいです!」
 力一杯抱きついてきた。こいつこんなに腕力出せたのか、と感心するくらいの強さで。
「そ、そうか」
 とりあえずショックを受けていなくてよかったとほっとする。だが、これはこれで意外な反応だ。そこまで大喜びすることなのか。いやしかし、このリアクションはこちらとしても嬉しいのは間違いない。素直な人間って、こんなにかわいいんだな……。
「覚えてなくてすみません。でも、嬉しいです。抱いてくれたんですよね?」
「あ、ああ」
「火神くん!」
 ぎゅうぎゅう抱き締めてくるあいつの腕の中で、俺は安堵の息をつきつつ、寝癖だらけの頭を押さえつけた。
「いや……まあ、そう思ってもらえるならよかったよ」
 背を向けて座るようジェスチャーで指示し、テーブルから櫛を手に取り髪を梳かしてやる。他人に髪をいじられるのが心地よいのか、あいつはリラックスしたように体重を預けてきた。
「思い出せないのが残念です……。ふふ……でも、きっとすごく気持ちよかったと思います。気持ちよさそうにしてましたか?」
「え、あ、ああ……多分」
「多分?」
 あいつは途端に不安そうに首を傾げた。
「いや、俺、おまえじゃねえから、おまえがどう感じたかは言いようがねえよ。その、結構喘いでたし、感じてたとは、思うけど……」
 頭が冷えてから報告させられるの、かなり恥ずかしいんだが。
 顔が少々赤くなるのを自覚する俺とは対照的に、あいつは何の恥じらいもなく、思案顔で呟いている。
「んー、気持ちよかった気がするんですけど。思い出せなくてほんと悔しいです。録画しておけばよかったでしょうか。ゆうべ、レコーダーついてましたっけ?」
「ぶっ!」
 またエライ発言が飛び出した。どういう思考回路をしているんだこいつは。いま、体調いいはずだよな? ゆうべのでまた調子が狂ったのか? それもあらぬ方向に。
 別方面の心配をはじめる俺の心など知らないのだろう、あいつはテーブルに置かれたICレコーダーを確認しはじめた。イヤホンをつけてしばらく耳を澄ませていたが、少し経つとあからさまにがっくり肩を落とした。録音されていなかったようだ。俺は逆に安堵した。もはや置かれているのが当たり前になっていたため、レコーダーの存在を完全に失念していたのだ。
 しかしあいつはすぐに気を取り直し、大真面目な顔で提案してきた。
「今度はちゃんとビデオ用意しましょう。とりあえず携帯のムービー機能で代用できるでしょうか」
「お、おまえ……冗談でもそれはきついぜ」
「本気ですよ? ああ、せめてゆうべICレコーダーをオンにしておけばよかった……! なんという失態でしょう。悔しいです。火神くんのえっちな声、知りたいです」
 あいつは握り拳を固めながら悔しがった。
「おまえなあ……」
 なんか、こいつが起きる前にぐちゃぐちゃ考えていた自分が馬鹿みたいだ。いや、馬鹿なんだが。睡眠時間を返してくれと言いたい。
 俺が呆れかえっていると、あいつは体を少し離し、急に神妙そうな目線でこちらを見てきた。
「あの、火神くん……」
「なんだ?」
「僕、ちゃんとできましたか?」
「あ、ああ、うん、まあ……」
 曖昧に返すと、あいつはわかりやすくがっくりと肩を落とした。
「……駄目でしたか」
「いや、そんなことはない! なんつーか、その……か、かわいかった、ぜ……」
 別にフォローでも何でもなく、俺自身の素直な感想だ。
 あんな素直に反応を返して、触れるだけで感激するとか、かわいすぎだろう。正直かなり腰に来た。こいつの身体が万全ではないとわかっていたからブレーキが効いたのだが、十代とか二十歳そこそこの頃だったら、あれは絶対がっつりいっていたと思う。俺も大人になったものだ。
 昨晩のことを思い返すと、そのときよりも強烈な羞恥に見舞われる。あ、思い出すとやばいかも、なんかムラっと……。煩悩を振り払うように首を振った。
 俺がひとりで悶々としている横で、あいつはいまだ不安そうなまなざしを向けている。
「……よくなかったですか?」
 気になるのはそこか。
 まあおまえも男だもんな。かわいいとか言われても嬉しくないか。
「いや……よかった、です……」
「ほんとですか?」
「お、おう」
 詰まった返事が信用できないのか、あいつは小難しげな表情でじっと俺を見つめてくる。
「やっぱり録画しましょう」
 またそこに戻るのか。
「いやいやいや、ちょっと落ち着けって……。おい、何メモってるんだよ」
「いえ、今後のために必要かと」
「いや、必要じゃないだろ」
 何の気もない突っ込みだったが、あいつは唐突にメモを手放すと、しょぼんとうつむいた。
「……やっぱり、もうしてくれませんよね……」
「おい?」
「すみません、舞い上がっちゃってて」
「あ、いや、そういう意味じゃないんだけどよ……」
 もしやブルーモードに突入しつつあるのかと、俺は内心ひやりとした。退院してからそれほど経っていないから、こんな短期間で再発することは既往歴からすると考えにくいのだが、一度でもあいつのあのひどい状態を目の当たりにしたことのある者なら、神経質にもなるというものだ。発症は避けられないにしても、頻度は少なくあってくれと思う。
 まずい発言をしたかとあたふたする俺の前で、あいつは崩れた正座をして向き直った。
「火神くん……後出しみたいで申し訳ないんですけど、僕、火神くんに謝らなきゃいけないことがあります」
 空気が変わった。嫌な予感がする。
 止めることも促すこともできないまま、俺はただあいつの顔を見た。あいつは一度大きく息を吸うと、感情を消した顔で言った。
「僕、セックスははじめてではありません。記憶にはありませんが、経験はあると思います」
 別段驚くことはなかった。事故時の年齢を考えても、十八、十九あたりの消えた記憶の期間に経験していたというのは十分あり得ることだし、ゆうべの反応から、まったくの未経験でないことは勘付いていた。確かに知識は希薄だし無知なところも多かったが、体の使い方は多少心得ている感があった。本人的には無意識だろうし、あくまで多少というレベルだが。
「別に謝ることじゃないと思うが。中身はともかくとして、おまえだって大人の男なんだから、経験があるのは全然おかしくねえよ」
「そうですね……大人の男性らしい行為、だったらよかったんでしょうけど」
「黒子?」
 なんだろう、この含みのある言い方は。心臓の高鳴りが遠く聞こえる。
「自分の中に確証がないので、こういうのは本当は言うべきではないかもしれませんが……」
 あいつは一瞬視線を迷わせたが、すぐにまた俺の目を見た。
「ひょっとしたら僕、過去にレイプされたこと、あるかもしれません」
 この告白に、俺はどう答えればよかったのだろう。
 驚かなかった――ことはないが、それよりも、ああ、そうだったのか、とただ感じた。
「……もしかして、もう知ってました? 僕、以前にこの話をしたことがありますか?」
「いや……」
 知っていたということはない。ただ、あまり考えたくない可能性のひとつとして頭の奥に燻っていたのは事実だ。緑間から聞き及んだ話の中に、引っ掛かるものは感じていたのだ。緑間は具体的なことは何も言わなかったし匂わせるようなこともしなかったから、俺の勝手な妄想だった。もちろんほかの誰かに聞くようなこともなかった。考えすぎの産物だということにして、そのままにしておいた。でも、そうか……そんなことがあったのか。どこかで納得している自分がいることに俺は気づいた。
「可能性くらいは考えていましたか」
「その、なんていうか……」
 答えに窮していると、あいつは困ったような微笑とともに頭を緩く横に振った。
「いいんです。火神くん、僕のためにいろいろ勉強したり、人に話を聞いたりしてくれているんでしょう? 僕の障害のこと、僕が説明できる内容以上に知っている感じがするので。話を聞いていれば、そういうことを耳にしてしまうこともあるんだろうなって思います」
 あいつは正座を正すと、うつむいたまま自分の膝の上でぎゅっと拳を握った。
「すみませんでした。きみとする前に、言うべきでした。具体的な記憶がないのでトラウマなんてほどのものはないんですが、やっぱりちょっと、言いづらくて。きみがそういうことで僕を差別したりするとは思いませんが、きみはすごく僕に気を遣ってくれるので、そんなことがあったなんて知ったら、心配するあまり抱いてもらえないんじゃないかと考えてしまって……すみません、なんだか騙すみたいなことをしてしまいましたね。いっそずっと黙っていたほうがよかったのかもしれませんが、変なかたちできみが知ってしまったら、その……もっと気まずいことになるかもしれないと思って。ああ、でも、こんなのは言い訳にすぎませんね。僕は、自分が黙っているのが嫌だから、言ってしまったんだと思います。のちのち自分は話した記憶が消えるからって、いい気なものです。自分で自分に呆れてしまいます」
 あいつは握っていた手を自分の胸元に当てた。胸の痛みを堪えるように。けれども顔を上げて、視線をまっすぐ俺に向けてくる。瞳がかすかに揺れているように見えたのは、気のせいではないだろう。
「黒子……」
「火神くん、本当に、ごめんなさい。僕はきみに誠実ではありませんでした」
 そう言ってあいつはうなだれた。
 俺は何も言えなかった。ただ、謝らなくていい、謝らないでくれ、と声にならない声で叫んだ。
 だって、一番傷ついているのはおまえのはずだろう。言いづらいのは当たり前じゃないか。沈黙を続けるのが苦しいのもまた、自然なことだろうが。半時間で記憶が消えてしまうおまえが、内容は忘れたにしても、出来事があったということをこうしてはっきり認識できるくらいには、心に傷が残ったんじゃないのか。出来事の存在を、エピソードとしてではなく知識のように定着させてしまうくらい、何度も何度も繰り返し思い出したということじゃないのか。そうやって、本来なら忘れるはずのことを、傷として残してしまったのではないか。なのになんで……おまえは俺を傷つけるかどうかを第一に気にするんだよ。俺のことなんていいんだ。少しでもおまえの傷の痛みを分かち合えるのなら、むしろ傷を負いたいくらいだ。
 言いたいことはいくらでも胸の内側で渦巻いていたが、俺の喉も口もからからに渇いて、動いてはくれなかった。

つづく

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