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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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思い出にかわるまで サイドストーリー2-3(赤司)

 西日が眩しい。冷房と照明の調整がなされた部屋の中にいるとあまり季節感がないが、窓辺で夕陽を布越しに受けると、じわじわと肌が熱せられるのがわかる。夏がまた来た。黒子にとっては繰り返される、けれども最初の、十七歳の夏。
 練習はますます厳しくなるだろう。猛暑だとばてやすいからほどほどの暑さで収まってほしい。受験のことはひとまず忘れよう。予選は。大会の日程は。部活のスケジュールは。下級生たちはついてこられそうか。降旗くんがちゃんとやってくれているかな。火神くんは無茶をしていないだろうか……。
 とりとめもなくそう考える一方で、携帯電話を持つ左手をぐっと握り締める。すっかり衰えた握力。バスケから離れて――バスケを失ってどれくらい経つのか。黒子は、何年も前にすべての結果が出た最後のインターハイにこれから挑むような気持ちが胸に燻るのと同時に、いまの自分の居場所はそこにはないということも理解する。まぶたを閉じれば裏側には、誠凛のユニフォームが浮かぶ。真っ先に思い浮かぶ番号は、自分の11ではなく、10。それはそうだろう。自分の姿は直接見えないし、わざわざ番号を確認したりもしないのだから。そして、何人もいる部員たちの中で真っ先に浮かぶのが彼の背番号だというのもまた、黒子にとって自然なことだった。きっと長いこと会っていない彼は、しかし記憶の中に鮮明に浮かび上がる。いまでも、体育館へ行けば高校生の彼がいて、一緒に練習をはじめられるような錯覚がある。すでに彼が近くにいなくて、自分はもはやバスケのできない体だとわかっているのに、それでも。
 目を開けると、半袖の下から伸びる自分の前腕が見えた。手首の太さはそうそう変わるものではないが、肘回りはやはりやせてしまった。上腕の衰えはもっとだろう。元々体格には恵まれていないが、記憶の中の自分は少なくともいまの自分よりは大きかったはずだ。まだ健康で、バスケができて、不自由のない身体だった頃の自分。当たり前のように彼の横に立っていた。記憶力とともに時間の感覚を失った黒子は、もう何年も前に通り過ぎたその姿をそれほど遠くに感じない。だからこそ、記憶にある自分の姿に嫉妬とも憧憬とも未練とも取れる感情が揺さぶられる。まだ彼の隣に立つことのできた自分に。想像の中で過去の自分にいまの自分を重ねる。周囲の仲間が笑いや檄を投げかける。隣に立つ彼がにっと笑う。いまの自分に対してのものではないとわかっているが、それでも、彼らの声や表情が嬉しい。けれども少し切ない。すでに現実ではなくなっていることが理解できるから。
 トゥーランドットの一番有名なメロディラインが流れる。誰も寝てはならぬ、だったか。日進月歩の携帯性能だが、片手に収まる器械が人工音で再現する旋律は相変わらず安っぽい。まったく趣味でないオペラの一曲がメールの着信音に設定されているのは、単に初期設定をいじっていないからだ。なぜこの曲がデフォルトなのだろう? それほど人気だったか? 確かに聞いたことはあったけれど。ああ、そうだ、昔フィギュアスケーターの誰かがこの曲を使ったから、有名になったんだった。
 オレンジ色の光の中、感傷に浸りかけていた黒子は、左手の携帯が奏でる陳腐な演奏にずるずると現実に戻された。ディスプレイを見ると、メールの着信が一件表示されていた。発信者は赤司。開くと、あと五分ほどで到着する、と用件だけが書かれていた。メールボックスを確認すると、一時間半ほど前の時刻に、同じく赤司からのメールがあった。自分が返信した形跡もある。今日の夕方黒子の家を訪ねたいという内容で、黒子は了解の返事を出していた。そうだ、赤司くんが来るんだった。だから携帯を持っていたのか。思い出したというよりは、手元の情報からそれらを推測し、納得した。立ち上がって台所へ行き、お茶請けの準備などをしているうちに、予定通りの来客があった。
「赤司くん、お久しぶりです。……でいいですか?」
 それなりに会う機会の多い相手であることは察しているが、前回会ったのが数日前のことなのか、それとも何週間も前のことなのか、黒子にはさっぱりわからない。自信なさげに付け加えた疑問に、赤司は慣れた様子でうなずいた。
「ああ。久しぶりだ。少し間が空いたね。当日の連絡になってしまったが、よかったか?」
「大丈夫です。これから暗くなるというときに、どこかに出かけたりはしませんから。暑い中来ていただいて、ありがとうございます」
「そうか。じゃあ、話につき合ってくれるか」
「喜んで」
 つき合ってくれているのは赤司のほうだと理解しているが、黒子は素直に厚意を受け取った。自室へ案内すると、用意しておいた麦茶をガラスのコップに注いだ。
「いまは夏休みですか?」
「あと少ししたらはじまる。長期休暇は暇だ。ちょくちょく遊びに来てもいいか?」
「もちろん。嬉しいです」
 どうぞ、とコップとともに袋入りのクッキーを何枚か出す。赤司は水分だけ補給すると、唐突に尋ねた。
「夏は嫌いか」
「いいえ。なぜ?」
 脈絡のなさに黒子は首を傾げつつも、思いつきだけで無意味な質問をするような人物ではないので、自分に何かそう見える要素があったのだろうかと訝る。
「少し、元気がなさそうに見えた」
 赤司の指摘に、黒子は合点がいった。彼がここへ到着する前、自分がどうしていたのかは、まだ思い出せるから。
「夏は、過ごしやすさという点では確かに好きではありませんが、けっして嫌いではありません。体育系の部活に所属していた人間なら、たいていは一番思い出が詰まっている季節でしょう」
「そうだな」
「僕にとってもそうなんです。夏の思い出は多い。でも……」
 黒子が言いよどむと、赤司はすぐにその先を察した。
「高三の記憶は、相変わらず戻らないか」
「はい。残念ながら」
 黒子の言葉に、赤司は何も返さなかった。同情も励ましもない。話題を逸らさせようともしない。意味がないと、いや、必要がないとわかっているから。黒子の病状は安定しており、記憶の消失についてひどい混乱をきたす時期はもう過ぎていた。とはいえ、そのことに対して無感情でいられないことは明白だったが。
 目線の動きだけで室内を見回すと、窓際に大版の本が何冊か散らかっていた。整理整頓には気をつけているはずの黒子にしては珍しい。少し前まで、閲覧していたということだろう。
「アルバムか?」
「あ、はい」
 赤司の問いに、黒子は思い出したように窓のほうを見た。腕を伸ばしてアルバムを引き寄せると、そのうちの一冊を自分の膝の上に置いた。
「高校の卒業アルバムのようだが」
「はい、そうです。誠凛の。普通のアルバムもありますよ。こっちです。雑誌の切り抜きなんかも一緒になっている、というか、切り抜きのほうが量的には多いと思います。この頃のアルバムを見ていると、不思議な気持ちがします」
 黒子は薄いアルバムを一冊赤司に渡すと、自分は卒業アルバムの表紙を開いた。加工でもなんでもない、真新しい校舎の写真が美しい。
「おまえはまだ、誠凛の生徒だからな」
 特に皮肉っぽさもなく赤司が言う。黒子はふっと苦笑した。
「違うのは、わかっているんですけどね。でも、いまでも朝起きるとまず最初に、学校に行こう、部活の朝練に遅れてしまう……ってきっと思っているんでしょうね。高校のときと部屋が様変わりしているので、あ、もう高校生じゃないんだ、ってすぐに気づきますけど」
「おまえの場合、やはり懐かしいという気持ちは起きないものか」
「どうでしょう。一年生のときの思い出なんかは、そう感じるかもしれません。二年生の後半くらいになると……どうでしょうね。自意識から遡るとわずか半年前ということになるんでしょうけど、実際は、そんなに最近だという気もしないんです。それなりの時間が経っているような感覚はするんですけど、その長さは言えない、みたいな。赤司くんがいまの時点から半年前のことを思い出すのとはまた違うと思います。なんて言ったらいいんでしょうね。ちょっと説明しがたいです。過去の記憶に対する時間の感覚がないって、よくよく考えると変な気はするんですが、そこまでおかしいとも思わないんです。僕にとってはこれが普通ということなんでしょうか。慣れもあると思います。……でも、やっぱり卒業した記憶がないのに卒業式の写真に自分の姿を見つけると、おかしな感じがします。覚えてないから、懐かしいとも思えませんし。まあ、人数が多い写真だと、そもそも自分がどこにいるのか探せないんですけど。撮った記憶がないので、どのあたりにいたかとかも思い出せませんし」
 クラス写真を眺めながら黒子が話す。卒業アルバムの写真なのだから、卒業式より前に撮られたということはわかるが、いつごろなのかは覚えていない。服装や背景からすると秋以降のようだが、そのあたりの記憶はほとんど白い霧がかかっていた。
「このあたりは卒業式かな。さすがにテツヤは泣いていないな」
「まあ、そうでしょうね。そういう性格でもないですから。それに、男子はあんまり泣かないでしょう、卒業式で」
「それは偏見というものだよ、テツヤ。性別よりも個人による。高校生にもなれば、中学のときほど周囲へ見栄を張らなくなるし」
「赤司くんは泣いたんですか?」
 黒子が興味深げに聞く。赤司は芝居っぽく首を傾けた。
「さあ? 想像の余地を残すとしよう。それが機知というものだ」
 高校の違う赤司は興味深げに、二、三枚ずつ収められたポケット式のアルバムのページを繰る。途中不自然に空白があったかと思うと、ラストのひとつ前のページに、裏向きで差し込まれた一枚を見つけた。黒子が卒業アルバムのほうに視線を落としているのを確認してから、赤司はその一枚をそっと引き抜き表を確認する。そこにはふたりの生徒がアップで写っていた。おそらく携帯の自家撮り機能を使って撮影したものをパソコンに送りプリントアウトしたものだろう、画面が粗く、発色が悪い。それでも、写真の中のふたりの顔は鮮やかだった。黒子と火神。並んで写っている。火神の嫌そうな表情から、黒子が強引に誘ってカメラに収めたのだろう。火神の不機嫌の原因は、腫れっぽい目元を見ればすぐに推測できた。アップすぎて撮影場所はわからないが、多分どこかでひっそり泣いていたところを黒子に見つかり、記念だとかなんだとか理由をつけられ、撮られたのだろう。対照的に黒子は無表情だが、その双眸は楽しそうでもあり、またどこか潤んでいるようにも見えた。インクの劣化のため、細部までは読み取れない。黒子と火神がふたりで写っている写真はほかにも何枚か確認できたが、撮影者が黒子自身だとわかるのは、伏せられていたその一枚だけだった。
 赤司はひっそりと写真を元に戻すと、顔を上げた。
「卒アルのほうも、見せてもらえるか」
「どうぞ」
 赤司は卒業アルバムを受け取ると、黒子から三年時のクラスを聞き、そのページを開いた。個人写真が並ぶ中央に載せられたクラスの集合写真を見ると、すぐに指をさした。
「これがテツヤだな」
 その速さに少々驚いた様子で、黒子が覗き込んできた。
「あ、僕っぽいですね。さすが赤司くん」
「自分でも集合写真で見失うのか?」
「はい。目印になる人が近くにいればいいんですけど。火神くんあたりが近くにいてくれると便利ですね。目立ちますから。でもコース選択の関係で、クラス分かれちゃったんですよね。彼、国語が苦手とかいう理由で理系でしたから。読解力ないから結局数学や物理でも行き詰ってましたけど」
「火神はどのクラスなんだ?」
「確かこのページだと……ああ、やっぱり。開けた瞬間見つけられました。背高いし、やっぱり目立ちますね」
 ページをめくってすぐ、別のクラスの集合写真の最後列に、長身に赤い頭髪の男子生徒を見つける。無関係の人間が見たとしても、真っ先に注目するであろう存在感だ。
「火神くん……」
 黒子が、写真の中の彼の名を呼ぶ。おそらく無意識に口から出たのだろう。懐かしさだけではない、どこか甘い、けれども寂しげな響きがあった。変わらず無表情な黒子だが、目だけは優しく微笑しているように見えた。取り乱す心配はないと判断し、赤司は尋ねた。
「火神か。覚えてはいるんだろう?」
「はい、もちろん。はじめて会った頃のことも。1on1やって、イライラされて、怒鳴られて……このへんは、素直に懐かしく感じます。ほとんど覚えていないんですけど、火神くん、泣いていたことがあります。多分卒業式の日だと思います。どこで……部室で、だったでしょうか。大分あやふやです。でも、別に不思議ではないですね。火神くん、泣きそうなタイプですから」
 ほとんど空白になった期間の記憶も、断片的にならわずかに残っているらしい。前後はなく、いま見ている写真のような一枚絵として、頭の中に保存されているようだ。先ほど見た自家撮りの写真は、そんな黒子の記憶の一枚と重なるものなのかもしれない。伏せられていた理由はいくつか思いつくが、仮に黒子の意志でそうされていたのだとしても、本人の記憶にはないだろう。
「火神くん……もうどのくらい会っていないんでしょう。僕の現在という感覚には、過去が混ざっていますから、いまだに、すぐそばにいるような気がするんです。ちょっと外に出れば、すぐに会いに行ける、みたいな。だから、長いこと顔を見ていないんだと思いますが、あまり寂しいとは感じないんです。記憶に残ってくれている彼の姿が、とても鮮明だから」
 そう言ってみせる黒子だったが、やはりどこか寂しげな雰囲気を纏っている。写真の火神を撫でる指先の動きは、大切なものに触れているかのようだった。
「会いたいか? 火神に」
 黒子は少し考えた後、ゆるりと首を横に振った。
「わかりません。会えなくても、苦痛には感じませんから。消えてしまった部分もありますが、僕の頭は幸いにも、彼のことを覚えていてくれました。それで十分です。でも……もし会えるなら――」
「会えるなら?」
 言いかけたものの、黒子は困ったようにため息をついた。
「何を話をしたら、いいんでしょうね。あ、でも、僕はあんまり話せることがないですね。事故のことと、後遺症のことくらいしか。事故の後の出来事、全然覚えていませんから、あとはひたすら思い出話しかできません。もしいまの僕のことを知ったら、きっとすごくびっくりすると思います。火神くん、何も知らないでしょうから。……あれ、知らないですよね? もしかして、すでに会ったことありますか、火神くんと僕?」
 首をひねる黒子に、赤司が答える。
「僕が知っている範囲ではそういう話は聞かないが」
「そうですか。赤司くんがそう言うなら、きっとないんでしょうね」
 あっさり納得すると、黒子は写真を見下ろし目を細めた。視線の先にあるのは個人写真だろう。撮影に緊張したのか、青の背景に写る火神の目つきは普段より鋭かった。年は十八歳だろう、表情はともかく、顔立ちは大人として完成されつつあった。
「火神くん、どんなふうになっているんでしょう。きっとバスケは続けていると思いますが。すっかり大人なんでしょうね。思い切った整形でもしていない限り、見てわからないということはないと思いますけどね。中学の頃の人たちだって、いま会っても、あ、あの人だ、ってわかりますから」
 そう言って、黒子は顔を上げて赤司を見た。
「そのようだな。おまえは僕に会っても、いちいち誰なのか確認してこないし」
「そりゃ、赤司くんはいまのところ、家族以外である意味僕が一番安心して会える人ですから」
「なぜ?」
「顔、変わってないじゃないですか」
 黒子の言葉に、赤司は疑問符を浮かべながら、自分の頬に手を触れさせた。
「……そうか?」
 黒子の中の赤司のイメージが主に中学の頃だとすると、さすがに変わっていると思うのだが。それとも高校の頃の顔と比較してなのだろうか。年相応だろうと赤司が思っていると、
「はい、未成年に見えます。赤司くん、雰囲気はともかく、顔のつくりそのものは若いですから。お酒買うとき年齢確認されません?」
 少年のような顔つきで、邪気もなく黒子が言ってくる。赤司は腹を立てることはなかったが、呆れたため息を漏らしながら、
「ひとのことは言えないだろう、テツヤ」
 黒子の頬に手を添え、親指の腹で目の下を擦った。体調はすっかり安定しているのだろう、接触に拒否を示すことはなかった。むしろ他人の体温が心地よいのか、甘えるように目を閉じ、首を傾けて頬を擦りつけてきた。
「僕はまだ高校生ですから、これくらいでもいいんです」
 自虐なのか、本気なのか、あるいは冗談を言えるようになったのか、微妙なラインだ。赤司は気づかれない程度の小さな苦笑を漏らした。そして、こつんと額と額を押し付けて、名を呼ぶ。
「テツヤ」
「はい」
「しようか?」
 何を、とは告げずに尋ねる。黒子は答えない。ただ、手を持ち上げ、頬に触れている赤司の手の甲の上に添えた。
 沈黙は肯定とみなす――
 以前のやりとりを、黒子は覚えていないだろうけれど。

つづく


 

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