描写はたいしたことありませんが、火黒がセックスしています。
――する?
――したいです。いいですか?
――もちろん。俺もしたい。
――嬉しいです。火神くん、大好きです。
紅茶でも飲むか? と聞くのと同じ要領で交わされる会話の後、どちらからともなく唇を寄せ合った。会うたびにキスをするようになったのはいつからだろう。場所が俺の部屋で、あいつが泊まっていけるという日に、その先に進むのが暗黙の了解のようになってからどれくらい経つだろう。といっても、毎回セックスするわけではなく、お互いある程度触れ合った後、抱き合って眠るだけ、みたいな流れになることも多い。誘うのはたいていあいつのほうだ。夕飯のメニューをねだるみたいな調子でストレートに、したいです、とか、抱いてほしいんですが、なんて言ってくるときもあれば、キスのときにもぞもぞ身じろぎしたり、抱き合っているときにじっと見つめてきたりといったサインを出してくることもある。後者のパターンでは俺があいつに意向を確認して、同意を得るかたちになる。今日は何度目かのバードキスの後、黒子比でやけににこにこ上機嫌だったので、ああ、期待してるんだなとわかった。お互いの意志を確かめ合った後、もう一度唇を合わせて、今度は舌を絡ませた。それから首筋に移動して、パジャマのボタンを外して……といつもの手順を踏んでいく。
コミュニケーションの手段にキスやスキンシップやセックスが含まれる関係にあるあいつと俺は、しかし恋人同士というわけではない。あいつは俺にいわゆる恋愛感情を寄せていて、俺もあいつを大切に思っている。あいつの記憶には両者の言動ともに残らないが、言葉にしてきちんと伝え合ったから、少なくとも俺はそのことを把握している。多分あいつにも、俺の心情はある程度伝わっていると思う。以前よりずっと、安心して甘えてきてくれるようになったから。健康状態の確認程度とはいえだいたい毎日連絡を取っているし、毎週のように会って一緒に食事をして、ときどき一緒に出かけて(たいていはバスケか食料品の買い出しだが)……という行動は、ほとんどデートと言っていいだろう。しかし交際はしていない。だからといってセフレというわけでもない。セックスもする友人だという意味で解釈すれば、その単語を使ってもいいのかもしれないが。この関係をなんと呼べばいいのか俺にはわからない。
なぜつき合うという関係にならないのか。一般的と思われる予想に反し、俺たちの場合、性別はさして問題ではなかった。というよりあまり意識に上らなかった。もっと大きな難題があるからだ。あいつが一生悩まされなければならない交通事故の後遺症。体は比較的自由が利くが、重度の記憶障害とさまざまな神経・精神の症状はあいつの日常生活をひどく煩わしいものにしている。不定期にやってくる不調は、重症化すれば入院を余儀なくされる。自力で食事をすることさえ不可能になることもある。あいつは記憶障害こそ重いが、知的水準は保たれており、自分の病状を理解していて、自分が生産活動に従事するのは困難であること、誰かに頼らなくては生きていけないことを知っている。だからあいつは、俺にはっきりした関係を求めない。ラベルを貼っていないだけで、すでに俺たちの間には依存が存在しているのは確かだと思う。しかしあいつも俺もそのことには触れないでいる。あいつは俺とどうなりたいのか言わない。それはあいつの俺に対する思いやりであり、また自分自身の矜持でもあるのだろう。あいつは自分の心身の障害が、俺を縛りつけてしまうことを恐れている。あいつは俺にべったり甘え、それを隠そうとしないが、一方で束縛はしない。
きみにはきみの人生がある。よりよい選択肢があるのなら、検討すべきです。未来にあるだろう幸福の可能性を捨ててまで僕のそばに居てくれなくていいんです。はっきり言われたことはないが、あいつの物静かな瞳からは、いつもそんな思いが聞こえてくるように感じる。その思考をやめさせることは、きっとできない。たとえ誰がどんなに言葉を尽くそうとも、あいつの記憶にそれらを残すことはできないのだから。
俺はあいつとどうなりたいのだろうか。恋人になりたいという思いはない。そう呼ぶにはあまりに複雑で、抱えるものが多すぎる。ただ、そばにいたいと思う。未来を奪われたあいつの孤独を少しでも紛らわせることができればと思う。そのためにどうすればよいのかは、深い霧の中で模索中なのだが。いつか視界が開ける日が来るのだろうか。
胸元まさぐる。鼓動が伝わってくる。生きているのだと感じる。ずっと昔に通り過ぎた高校時代に取り残されたあいつの心は、しかし肉体とともに現在にもある。肌が触れ合い、体温が交わる。呼吸や心臓の音、熱、におい。こうして触れ合って、確かに存在を感じる。ここにいて、触れられる。それだけでどうしようもなくいとおしい。鎖骨に口づけ、舌を這わせると、あいつの肩がぴくんと跳ねるのがわかった。
「びっくりしたか?」
「いえ、平気です。ちょっとこそばゆかっただけで。火神くんに触ってもらうの好きです。僕からも触っていいですか?」
「もちろん」
あいつは首を伸ばして俺の頬に口づけた後、真似するように俺の肩口に顔を埋め、控えめに舌を押しあててきた。俺はあいつの後頭部をやんわり撫でた後、指で頚椎から背骨をたどり、やがて横へそらし体の側面に触れていった。脇腹をなぞっていた指の腹が、骨盤のぼこりとした感触を経て太腿にたどり着く。す、とハーフパンツの隙間から手を差し込む。と。
「やっ……」
突然、あいつの手の平が俺の肩を突き飛ばした。といっても俺の体格とあいつの腕力では体を離すなんてできるはずがなく、結果としてはあいつが腕を突っ張って俺の肩をちょっと押しているだけというような状態だ。あいつは接近を拒むように肘をぴんと張り、いやいやと頭を振っていた。これが本当の意味での拒絶でないことはすぐにわかった。こういう拒否反応が出ることははじめてではない。多分、過去の厭な体験のわずかな記憶がそうさせるのだ。恐慌状態になることはなく、すぐに我に返るのだが、見ていて痛ましいことには変わりない。
「黒子」
呼びかけると、あいつははっと顔を上げた。
「あ……ごめんなさい、火神くん……僕……」
自分の行動にショックを受けたように、あいつが表情を固まらせる。俺は、どうしたんだ、とは聞かなかった。だいたい想像がつくから。そして、あいつがどう答えるかもわかるから。
あいつは自分から誘うとおり、セックスそのものを嫌悪しているわけではないようだった。むしろ好きなほうかもしれない。性欲の発露としてではなく、他者の体温を、存在を感じる手段として。ただ、一種の反射のように、性的な接触に怯えてしまうことがある。いつもそんな反応をするわけではないが、しばしば体を強張らせたり、不安に顔をゆがめることがある。すぐに治まるが、冷静さが戻るとあいつはそれを自覚し、ひどく申し訳なさそうに表情を暗くする。このタイミングで行為を止めると、あいつは余計気にするだろう。心では接触を求めているのだから、なおさら。
「続けていいか?」
あいつが落ち着くのを待って、俺はただそれだけ尋ねた。あいつはほっと息を吐くと、こくりとうなずいた。
「はい、お願いします」
俺の背に腕を回し、緩く撫でてくる。ぎこちない動きだが、愛撫のつもりなのだろう。実際、あいつに触れられると心地よかった。
俺は下着越しにあいつの中心を柔らかく刺激した。ぴくんと脚が動いたが、震えはなかった。と、あいつは俺の後頭部に手を置き、じっと視線を合わせてきた。
「あの、さっきあんなことしちゃったんですけど……その、火神くんが嫌なわけじゃないです。むしろこうして触ってもらえて、すごく嬉しいんです。本当です。あんなことしちゃったのは、その、僕――」
「いいよ。おまえが俺を嫌がったりしないって、わかってるから」
この流れは以前も経験したことがある。過去にどういう出来事があってこういう状態になってしまったのか、あいつが言いにくそうに語り出すのだ。
「火神くん……僕、その……」
やっぱり。俺はすでに何度か本人の口から聞かされているのだが、あいつは俺に話したことを覚えていないので、いままで説明したことがないかもしれないと思ってしまうのだろう。嫌な記憶を何度も引き出させ語らせるのは忍びないし、俺のほうもいたたまれない。だから、さっさと封じてしまうことにした。あいつが望む方向にもっていくためにも。
「火神くん、僕――んんっ!」
開きかけたあいつの口を、自分の唇で塞いでしまう。少しばかり一方的に深く貪ると、あいつは呼吸のタイミングを逸し、俺がときどき与えるわずかな息継ぎの間に従わざるを得なくなる。ぢゅ、と露骨に唾液をすする音を立てながら、唇や舌を味わう。解放したときには、あいつは浅い息で酸素を求めていた。うっすら涙の浮かぶあいつの目尻に親指の腹を触れさせた。
「なあ、俺いまおまえとすげぇしたい気分なんだけど……駄目?」
あいつはしばしぼんやりと俺を見つめた後、次第に焦点が合い、目に光が戻っていった。
「火神くん……はい! 僕もしたいです」
きゅ、とあいつの腕が俺の首に絡んだ。
衣服を脱がせると、あいつの裸の胸に舌を這わせ、手で股間を軽く押した。まだ声らしい声は上がらない。へそのくぼみを舌先で軽くつついてから、下へ下へと移動する。指で刺激していた性器を、今度は口に含もうとしたそのとき。
「あ、あの……それは、し、していただかなくて……いい、です」
あいつがおずおずと断りの言葉を入れてきた。どうしたのだろうか。いままでは好んでいたと思うのだが。
「うん? 遠慮しなくていいぜ?」
「いえ、あの……」
「もしかして嫌い?」
「いえ、す、好き……だと思います」
ごまかしている雰囲気ではなかった。嫌なわけではないようだ。
俺が怪訝に思っていると、あいつはいましがた性器に触れていた俺の右手を取り、
「ええと……こ、こっち……」
体を後方へやや傾け、少し腰を浮かし、後ろのほうへと導いた。なるほど、こっちへの刺激がほしいという意味か。いつもと手順を変えることになるが、何か希望があるのだろうか。
「いいけど……ちょっと待ってな。濡らさないと痛いだろ」
指先が入口間際に寄せられていたが、そのまま差し込むのは傷をつくる原因になりかねないので、一旦手を引っ込め、ナイトテーブルに用意しておいたローションのボトルを手に取った。なるべく水音を立てないようにして準備を進める。
「いいか?」
「お願いします……」
なかから人工の液が漏れ出てシーツに染みをつくるくらい濡らすと、さすがに恥ずかしいらしく、あいつは目を泳がせながらその感触に耐えていた。まずは小指を差し込んでしばらく待つ。経験はあっても、最初は違和感が強いはずだから、まずは異物感に慣らす。それから軽く関節を曲げて内壁をくすぐる。馴染んだのを見計らい、一旦抜いて中指に替える。同じように時間を置いてからなかを軽くまさぐる。
「あ……」
鼻に抜ける声とともに、膝頭がもぞりと動く。指の腹で軽く押したり戻したりすると、あいつは時折吐息とともに気持ちよさげな声を漏らす。
「前よりこっちのが好きか?」
「えっと……」
返答に困ったようにそっぽを向いてしまった。いじわるをするつもりではなかったが、確かに答えにくい質問だったとあとで思った。
「ああ、悪ぃ、からかってるとかじゃねえよ。なんつーか、今後の参考に? おまえがより気持ちいいと思える方法、知っといて損はねえだろ」
フォローの意味合いもあったが、本心でもある。あいつは感覚が普通とはちょっと違っているので、俺にとってはなんでもないと思えることがひどい不快感や苦痛をもたらす可能性がある。それを完全に予測して避けることは難しいだろうが、事前に把握できることがあればしておきたい。そう思っての発言だったのだが、あいつは別のところに注目したようで、ぱっと目を輝かせて、興奮気味に聞いてきた。
「それって、今後も僕とこういうことするのOKということですか?」
これも前々から聞かれることのある質問だ。俺たちの関係はあやふやなものだ。こいつはいつもどこかで、次はないかもしれない、という不安を抱いているのだろう。俺は毎回肯定の返事をしているのだが、あいつは覚えていられないので、質問の繰り返しは仕方がない。あいつを安心させてやれるものを示せそうにもない。だから、今日もあいつの質問にうなずくことしかできない。
「おまえが同意してくれるなら、したいな」
「しっ、します! するに決まってるじゃないですか。火神くんに触ってもらえて、すごく幸せなんですから……。火神くんが嫌でなければ、いくらだってこうしてほしいです」
あいつは自分の体を支えていた腕を俺のほうへ伸ばし、ぎゅっと抱きついてきた。支持を失った体がぐらつく前に、俺はあいつの背に片腕を回し、上体をゆっくりとマットレスの上に倒した。
仰向けに寝たあいつは、膝を山折りにして膝頭を少し閉じている。俺は頭ひとつ分ほど下のほうで横に並んで寝そべると、右手であいつの望む場所を緩く刺激してやった。指の腹で押したり、軽くひっ掻く程度に留め、短い休憩を挟んでは再開するということを繰り返した。弱い分、大分長い間続けている。刺激の強さの加減にはどうしても慎重になる。強くすると、処理しきれなくなった感覚にあいつが苦痛を感じ怯えるかもしれない。ぬるいくらいの刺激をゆるゆる与えるのも焦れったいかもしれないが、いまのところあいつは心地よさげに目を閉じ、快感を味わっているようだった。
「ん……」
リラックスした吐息が漏れる。
「気持ちよさそうだなー」
揶揄ではなく、ただの感想として述べる。純粋に気持ちよさそうな自然な表情は、微笑ましいものがある。
「はい……とても気持ちいいです」
「こっち、好き?」
今度は比較対象を出さずに聞いてみる。あいつは素直にこくんとうなずいた。
「はい、好き……みたいです」
「今日はいくだけにしとくか?」
「いえ、もっと先まで……したいです」
体調によっては抜いておしまいというときもあるが、今日は大丈夫そうなので、本人の希望に沿っていいだろう。ただ、もう少しこうしていたい。ぬるい快楽に浸るあいつの顔がかわいいのでもうちょっと眺めていたいという気持ちがひとつ、そして時間経過で最初の頃の拒絶反応の記憶を追いやってしまいたいという思惑がひとつ。どうせなら、気軽に楽しんでほしいから。
「もう少しこっち触ってていいか」
「はい」
同じようにやわやわと生ぬるい刺激を与えるが、徐々に押す力を強くする。
「……あっ、あっ……ん、ぁ、あぁ……」
控え目な嬌声が聞こえてきた。陰茎にも反応が表れているし、もぞもぞと膝頭を擦り合わせ、もどかしそうな仕種を見せはじめた。そろそろこちらも触れておこうと体を起こし、空いているほうの手を伸ばした。すると、あいつの手が俺の手首を掴み、制止してきた。
「あ、待って……そっち、触らないで……」
「え? 痛い……とか?」
まだ指先がほんの少し触れただけなので痛みが走ったとは思えないが、何か不安なことがあるのかと、俺はすぐに手を引っ込めた。俺が心配げに見つめると、あいつが慌てて首を横に振った。
「いいえ、それはないです。そういうわけではないです。……あ、あの、ですね、そっちでいくと……出しちゃうことになりますから」
そりゃまあ、そうだろうけど……。
「気にしなくていいんだぜ?」
手か口で刺激していかせるのはいつものことなのに、どうしたんだろうか。もっとも、あいつにはその『いつも』がどういう感じなのか、記憶にないのだが。
「いえ、遠慮ではなく……その、いってしまうと、疲れてしまうので。途中でばてちゃったら困ります」
確かに射精すると疲労は避けられないが。
「おまえが体力ないのはわかってるから、無茶させたりしないって」
疲れてへろへろになったあいつの体をいじり倒すほど身勝手ではないし、またその度胸もない。健康とはいえないあいつの体に障りが出るのが一番怖いから。
そのあたりの心配はしなくていいと伝えるが、あいつは首を横に振るばかりだ。
「だから困るんですよ」
「え?」
「火神くん、絶対僕に無理させないでしょう? 僕がへばっちゃったらそこでやめてしまうんじゃないですか?」
「そりゃまあ……そうするのが当然だろ」
実際あいつがばててしまい中断した経験もある。あいつは覚えていないはずだが。
「僕としては火神くんにも満足してほしいので、僕がへばろうが眠ろうが気絶しようが、きみの好きにしてほしいんですけど」
「いやいやいや、それは最悪だろ。どんな駄目男だよ」
動けないおまえに何をしろと。別に紳士ぶっての考えではない。そういう姿を見ると、あいつが重度の不調で全然動けなくなってしまったときの姿が脳裏をよぎり、なんというか、もうそういう気分ではなくなってしまうのだ。端的に言うと、萎える。あの弱りきった姿はかなり堪えた。……駄目だ、思い出すとテンションが下がる。
俺の心境を知ってか知らずか、あいつは話を続けた。
「ええ、火神くんは優しいから、そういうことしないし、できないだろうなって思います。なので、より長くいちゃいちゃするためには、僕の体力を温存させる必要があるわけです」
「それでまだ……その、射精は嫌だってわけか?」
「はい。どうしても疲れてしまうので」
「おまえがそう言うなら、こっちのほう続けるけど……大丈夫か? なんかすげえもどかしそうだったけど」
解放したほうが楽なのではと思ったが、あいつはやっぱり緩く首を振る。
「ん……でも、気持ちいいので……もうちょっとお願いしたいです」
「わかった。それがいいならそうするよ」
と、動きを再開する。会話による中断で一旦静まりかけた様子だったが、二分ほど刺激し続けていると、また悦楽の波が来たようで、本人比で大きめの喘ぎとともに、膝がびくんと跳ねていた。ひょっとして、と思い、できるだけ自然な声音で聞いてみる。
「……おまえさ、もしかしてドライでいける?」
いままで後ろを触って喘がせても、結局最後は性器への刺激で達するような手順にしていたが、いまの様子を観察していると、ドライでのいき方を知っているように思える。だとすると疑問が湧かないでもなかったが、いま聞くのはさすがに不躾にもほどがあるし、ここ十年くらいの記憶がほとんど残っていないこいつに尋ねても困らせるだけだろう。とりあえず、ここへの刺激を強くすることで恐怖感が出ることはなさそうだという事実に安堵しておく。
探るような雰囲気は出さないようにしたつもりだが、やっぱり嫌な質問だっただろうか。指の動きを止めたことで、あいつは物足りなさを覚えたのか、顔を上げて不思議そうにこちらを見ていた。不愉快さを表しているようには見えないが……。
「ドラ……?」
思い切りきょとんとされた。なんかいまにもドラえもん? とか聞き返してきそうな幼い顔で。聞いた俺がすごく悪いことをしたみたいな気分になってくる。もしかして単語が通じなかったのか? 日本語でなんて表現するんだっけ……?
「あ~……空イキって言えばいいのか?」
「……?」
やっぱり通じない。疑問符浮かべまくってるよこいつ。それもあどけない顔して。まあ俗語とか隠語の類だからな、知らないなら知らないでも不思議ではないか。ほかになんか言い方あったっけ? と考えるが、日本語の語彙はあまり充実していないのですぐにギブとなった。それに、あいつにあんまりこういうことを聞くのは、子供に卑猥な単語を教えているような錯覚が生じ、ひとりで勝手にばつの悪い思いに駆られる。
「あー、いい、いい。気にすんな。とりあえず、続けるから」
ぐ、ぐ、と強く内壁を押す。
「う、ん……ん、あっ……」
「いきそう?」
「は、はい……? んあ……ぞ、ぞくぞくします。……あっ……んっ、んんっ……!」
びくびくと内腿が震え、何かに耐えるようにあいつは目をきつく瞑った。オーガズムを得たように見えるが、射精は伴っていない。でも、いった……よな、これ?
「よかったか?」
「はい……とても気持ちよかったです」
あいつは満足げに笑うと、俺に向かってちょっと手招きをした。顔を寄せると、礼をするようにかわいらしい触れるだけのキスをしてきた。上機嫌のまま、あいつは至近距離でくすくすと笑ったかと思うと、今度は少しためらいがちに口を開いた。
「あ、火神くん……その、嫌でなかったら、僕もします」
「え?」
「よかったら、その、口で……」
フェラってことか? できるのか? やらせたことないが……。
「気を遣わなくてもいいんだぞ?」
「いえ、したいので。うまくないと思いますけど……。口腔の動きに障害はないので、その、とんでもない事故を引き起こしたりはしないと思います。信用ないかもしれませんけど……」
上目遣いでそういうこと言わないでくれないか。すごく来るだろうが……腰に。
「頼んでいいのか?」
「もちろんです」
あいつはベッドから降りると、座布団の上にちょこんと座り、ベッドの縁をとんとんと叩き、そこへ座るよう示した。特に寒がっている様子はないが、素っ裸で床というのは心配なので、肩にタオルケットを掛けてやった。
「ほんとにいいのか?」
「当たり前じゃないですか。僕だって火神くんにしたいんです」
それじゃあお言葉に甘えて、とは言わなかったが、まあそんな心持ちで指示通り腰掛けると、服の下をずらした。
「それでは」
多少持ち上がりかけていたそれに別段の感想も揶揄もなく、あいつはそろそろと手に取ると、ためらがちに刺激を与えてきた。俺がさっきまでぬるいことばかりやっていたのを真似ているのだろうか、ものすごく弱い動きだ。他意があってのことではないだろう。おっかなびっくりに近い手つきだから。触ることに嫌悪感を示しているふうではないが、力加減に戸惑っているように見える。もう少し強くと要求してもいいのだろうか。迷っていると、あいつがぱくんと俺のものをくわえた。意外と思い切りがいいな……。だがその先はやっぱり困惑気味だ。口に含んだまま小さく首を傾げた後、ぺろぺろと仔猫みたいに舌先で舐めてきた。あいつにしてもらっていると思うと興奮を覚えるが、一方でその光景をしっかり見てしまうと、中学生にいけないことをさせているみたいで大変気まずい。いや、あいつも俺もいい大人なので何も問題はないのだが、気分的に、ちょっと。なるべく下を見ないように感覚だけを追う。あいつは一生懸命施してくれた。
「あの、大丈夫ですか? 変なとこ当たっちゃってないですか?」
またそんなかわいい顔で見つめてきて。やめてくれ、本当にいたたまれない。
「大丈夫。気持ちいい。ありがとな」
頭を撫でてやると、あいつのほうが気持ちよさそうにちょっぴり喉を逸らした。なんか顎の下撫でたくなるなこれ。
「はい、がんばります。……多分、僕からするのはじめてですよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「すみません。ということは、いつもしていただくばかりだったということですよね?」
「いや、そこは謝るとこじゃねえよ。俺がしたくてしてるんだから」
あいつにしてもらおうという発想が出てこなかったからな。……なんでだろう? 自分がこいつにしたいという気持ちのほうが強かったんだろうか? こいつがあまりに子供に見えて、させるのに抵抗があったのか?
再開する前に、機嫌のよさそうな顔であいつが言う。
「ありがとうございます。でも、僕からもなるべくするようにしますね。余力があればですけど。今後するときがあれば、きみのほうからも求めてくれると嬉しいです。あ、でも、僕そんなにうまくないと思うので、無理にとはいいません。演技なんてしてくれなくていいので、よくなかったらよくなかったって言ってくださいね。その場限りですけど、改善の努力はします」
「いや、そんなこと。十分気持ちいいぜ?」
「本当に?」
「ああ。おまえにしてもらえるってだけで、すっげぇいい。おまえがしてくれるっていうなら、これからも頼むぜ。けど、無理はしなくていいからな?」
「はい。といっても忘れちゃうのでお約束はできませんが。少なくともいまは調子悪くないので大丈夫ですよ。僕からもきみにこういうことができて嬉しいです。火神くんに大事に触れてもらえるの、すごく嬉しいんですけど、こうして僕のほうからもできることがあると、より一層、火神くんとふたりでセックスしてるんだなって気になって、ますます嬉しいんです」
大きな目が輝いている。それはもう、無邪気に。
「おまえ……なんでこの状況とその発言内容で、そんなきらきら純粋な目ができるんだよ……」
性行為中にする表情とは思えない。愛らしいのだが、雰囲気の幼さに罪悪感をつつかれる。俺子供に何させてんだ? みたいな。いや、体は大人だし、精神も子供というほどではないのは知っているのだが……なにゆえこんなに幼く感じるのだろう。
こいつはこういうことできる程度には頭成熟してるから大丈夫、と自分に言い聞かせていると、
「火神くん……? やっぱり嫌ですか……?」
不安にさせてしまったようだ。だからその捨てられた犬猫みたいな目はやめてくれ。
「いや、そんなことねえよ? あ~……なんてーの? おまえがこうしてくれるのが嬉しくて、感激中……みたいな?」
「火神くん……! では、続けますね」
「ん」
下腹の剥き出しの皮膚にあいつの髪の毛が掠るのがこそばゆい。ちょっと撫でてみる。一瞬動きが止まったが、すぐにまたしてくれた。口があまり開かないようで、口の中に含める時間は短く、舌で舐めることが多い。自己申告通りあまりうまくない。というか、動きが少ない。戸惑ってのことではなく、多分これが限界なんだろう。動きが鈍いなりに、ポイントは押さえてくれているが。
「んんっ……黒子……そろそろ」
耐えられないほどではないが、射精感が背を上りはじめたので、あいつの肩をぽんぽんと叩いて離れるよう示す。
「ん……。ええと、どうしましょうか、このあと」
顔を上げたあいつが、ただの疑問といった調子で指示を仰いできた。どうしましょうと言われても……まあ、出したいわけですが。
「手ぇ貸してくれる?」
「はい」
あっさりうなずいて手を差し出してくれたあいつだったが、一瞬止まったかと思うと、
「……いえ、あの……挿れてもらっていいですか?」
若干ためらいはあったが、ストレートに求めてきた。
「え……」
「その……きみがいいなら、してほしいなって……。さっきたくさん触ってもらえたので、このまましてもらって大丈夫だと思います。……駄目ですか?」
いい角度で首を傾げた。わかっててやってるんじゃないかと疑いたくなるくらい。
「まさか。挿れたい」
「はい。お願いします」
今度は俺がマットを叩いて、ベッドに上がるように示す。あいつは緩慢に腰を上げると、素直にベッドの上に移動した。
「寝転がっちゃっていいですか?」
「ああ」
仰向けになったあいつの腰の下にクッションを敷いてやる。こちらの準備のための時間をもらった後、あいつの脚を閉じたまま揃えて持ち上げ、指でなかを確かめた。さっき散々触ったので柔らかい。
「大丈夫そうだな」
「はい」
それでももうちょっと、とローションを足して解してみる。あいつがもどかしげに脚をばたつかせた。
「火神くん……」
「そろそろいい?」
「どうぞ。……ていうか早く来てください。そこぐちゃぐちゃされると、濡れてるみたいで恥ずかしいです」
たいして恥ずかしくもなさそうに言う。あいつらしいといえばらしい。
ゆっくり呼吸するあいつに合わせ、ゆるゆると腰を進める。浅いところで止まり、少しだけ前後に擦る。確か、このくらいが一番気持ちいいはず。
「……っ、ぁん……」
「痛くねえ?」
「ん……気持ちいいです。火神くんは?」
「ああ……いいぜ」
正直物足りないが、こいつは無理させていい体ではないので自制する。仮に健康であったとしても、痛がらせるのはかわいそうなので嫌だが。
「ん……もうちょっと深く」
「おまえ、このへんがいいんじゃねえの?」
「はい、そこ、すごく感じます。でも、火神くん、そこじゃ浅すぎていまいちでしょう? もう少し奥までどうぞ」
心を読まれた気分だ。あっさり提案してくれたものの、ちょっと迷う。
「それだとおまえが苦しくねえか? ほんと、気ぃ遣うことねえんだからな?」
「火神くんにも気持ちよくなってほしいんです。それに……僕も、もっと深いところできみを感じたいなって、思うんです」
相変わらず淡々とした口調だが、少しだけ欲に濡れた響きがある。色気はあまりないのだが、こちらの心を乱す力を持った声だ。
慎重に侵入を深くすると、あいつはシーツを握って皺をつくり、歯を噛み締めた。
「ふっ……あ、あ……」
「大丈夫か? やっぱ苦しいだろ?」
涙がうっすら滲んでいるし、体は緊張している。無理してほしくはないのだが。
「はい、少し……。でも、幸せな気持ちです」
「ちょっとこのまま、慣れるの待つか」
「はい」
動きが止まれば、異物感はあるだろうが苦痛はそれほどでもないようだ。あいつは息を吐いて脱力した。広げた脚が、俺の胴に巻きついてくる。
「火神くん」
「うん?」
「ぎゅってしたいです」
「ああ」
両手を前に差し出し、ハグを求めてくる。俺は上体を倒すと、あいつの体の脇に肩肘をついた。角度が変わり、あいつが小さく声を上げたが、苦しそうな響きではなかったので、そのまま空いているほうの手で脇腹を撫でた。背中がマットから浮かないように気をつけながら。あいつの両腕が俺の背中に回される。
抱き合うのが好きなようで、あいつはふふっと幸せそうに息を漏らした。だが、思うところがあったようで、ちょっと体を離すと、窺うような視線を寄越してきた。
「こうしてもらえるとすごく安心するんですけど……これだと火神くんが大変ですよね。あの……よかったら起こしてもらって、その……座らせてもらえませんか?」
「え、座るって……」
座位をとりたいということだろうか。
「駄目ですか?」
ちょっと困惑した俺に、あいつが不安そうに聞いてくる。可能には可能なのだが……。
「駄目じゃねえけど……それって、俺の膝に乗っかるような格好になるぞ? 姿勢として不安定だし、どうしても体浮いちまうと思うんだが。おまえ、そういうの苦手だろ。大丈夫か?」
「あ……そうですね……」
あいつは浮遊感や落下感を極端に怖がることがある。いまはいつもよりちょっと敏感になっているだろうし、苦手な刺激を与えるのは避けたい。あいつも自分の症状を自覚しているので、すぐにわかってくれた。
「そうか……火神くん、僕の体がなるべくベッドに接するように、調節してくれてたんですね。僕、体力ないし、バランス感覚悪いから……」
「まあな。おまえがそういうの怖がるってわかってるのに、苦手な体勢をとらせるのはどうかと思って」
「ごめんなさい、気を遣わせてしまってますね。すみません、僕、こんな体で……」
途端に顔を曇らせる。きっと気にするだろうと思ってこっそり調節していたのだが、いずれ気づくこともあるだろうとは思っていた。そのときあいつがこんな顔をするだろうとも。
そんな申し訳なさそうな顔しないでくれ。おまえがそういう体になってしまったのは、仕方ないんだから。
「いいんだよ。謝るようなことじゃない。体が悪いのはおまえのせいじゃないんだ」
「はい……でも、悔しいです……」
すっかりしょげてしまった。
普段それほど目立たないが、あいつの身体が完全には自由でないのを改めて感じる。あいつにしても、日常生活でセックスのときの体勢なんて気にしていないだろうから、こういうときに制限があることに気づくのは多少なりとてショックがあるだろう。
うつむいてへこんでいる姿を見ていられなくて、俺はとんとんとあいつの肩を叩いて気を引いた。
「ちょっと位置、換えていいか」
と、自分の上体を起こしてから、あいつの片脚を持ち上げる。何をするのだろうとあいつは不思議そうに俺を見ていたが、まずいことはしないという信頼はあるのだろう、不安な色はない。
「はい。……んん!」
姿勢が変わったことで内部が擦れ、あいつがちょっとだけ大きめの声を上げた。そんなに驚いた様子ではなかったので、よかった。
「体、横向けれるか?……そうそう」
あいつは素直に横向きに寝そべった。俺もまた背後に回り、同じ方向で体を横たえ、片肘をついて上体を支えた。もう一方の手をあいつの腰から腹に掛けて回す。ちょっと後ろへ抱き寄せると、あいつが首と上半身を軽くひねって俺のほうを向いてきた。
「あ……火神くん」
「浅くはなるけど、これなら俺も腕回しやすいし――」
言葉途中で、あいつの唇に触れた。
「キスもしやすいだろ?」
「火神くん……」
あいつも上になった側の腕を俺の体に回し、軽く抱き合って、今度はあいつのほうからもう一度キスをした。
「火神くん……好き。すごく、好きなんです……」
「ん……」
じゃれるように啄み合う。その合間に、あいつは飽きることなく好きだと言ってくれた。
安易に言葉は返せない。
ただ、こうしてできるだけ大切にしたいと感じる。あいつの体をこういうかたちで労わることができるのが嬉しい。俺もまた飽きもせず、あいつの体を撫でては軽い口づけをあちこちに落としていった。