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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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天帝の逆鱗? 1

「やりすぎのレクチャー」の続き。前回ラスト部分の火神サイドです。
 

 黒子のせいで降旗が健康的ではない色気を垂れ流す状態になってしまったので、俺は夕方、彼をアパートまで送っていくことにした。喉元過ぎればなんとかということわざがあった気がするが、降旗はまさにそんな様子で、帰途への道すがら俺に対し、心配性だなー、お母さんかよ、なんて軽口を叩いていた。黒子にもたびたび言われるのだが、なぜお母さんなんだ? お父さんじゃないのか? こいつらの感性はよくわからん。
 部屋は一階なので出入りが簡単だ。ここまで来たらついでなので、道路とアパートの敷地を隔てる門をくぐり、部屋の前まで付き添うことにした。と、借りている部屋の三歩ほど手前のところで降旗が立ち止まる。
「あれ? 電気……?」
 呟きのとおり、通路側の小さな窓からは人工の照明が漏れており、薄紫に染まりつつある外界を小さく照らしていた。何やら機械音が上方から聞こえてきたので見上げると、換気扇のファンが高速で回転していた。
「換気扇もついてっぞ。電気代もったいねえ……」
 黒子が節電に熱心というかうるさいので、つい気になってしまう。別に降旗を非難したわけではないのだが、彼は俺のほうに顔を向けると、ぶんぶんと首を横に振った。
「いや、ちゃんと確認したはずなんだけど。俺も結構ケチケチ生きてるし」
 とりあえず鍵を開けようということなのか、降旗は鞄をごそごそ漁っていたが、ふいに手を止め独り言のように呟いた。
「あ、もしかして……」
「どうした?」
 俺の問いは耳に入っていないのか、降旗は何も答えず、再び鞄の中で手を探らせると、携帯を取り出した。片手で素早くボタンを操作する。夕暮れのほのかな暗がりの中、ディスプレイの光が彼の顔をぼうっと照らした。メールをチェックしているようだ。と、急に口をぽっかり開いたかと思うと、今度は真横に引き結び、何やら小難しげに眉根を寄せた。
「うわ、やっべ。気づかなかった。どうしよ、待たせちゃったかな」
「降旗?」
「あ、いや、その、実は――」
 携帯片手に降旗がこちらを振り返ろうとしたとき、がちゃ、と短く乾いた音がした。視線をそちらにやると、降旗の部屋のドアが薄く開いていた。もちろん降旗は解錠すらしていない。内側から開けられたのだ。
 侵入者か!?――にわかに警戒を掻き立てられる俺とは対照的に、降旗は特に焦った様子もなく、のんびりとした動作でドアのほうを向いた。
 五十センチほどの隙間から滑るようにして現れたのは、俺とは質感や色合いが異なる赤い髪。
「光樹……?」
「あ、赤司。やっぱり来てたんだ」
「げぇ、赤司!?」
 降旗の部屋からは出てきたのは、現在彼を悩ませている元凶である赤司だった。
 なんでこいつがこんなところにいるんだよ。黒子のやつ、赤司は今週末京都に行っていると言ってたじゃないか。誤った情報だったのか?
 驚きつつまずは現在の情報を得ようと赤司の姿を観察した。特徴のないデザインのありふれたワイシャツに黒のスラックス(品質はよいのかもしれない)。バックルの目立たないベルト。ネクタイはしておらず、シャツの袖を折り曲げて前腕を露出している。スーツの上着を脱いで適度にくつろげたのだろうが、印象としては社会人というより、衣替え前、五月あたりの高校生のようだ。手先が少し濡れて光っている。換気扇の音や、開けられた扉から漂ってくる出汁や醤油などの入り混じったにおいからすると、夕飯をつくっていたと見受けられる。意外な姿だ。降旗から赤司が料理をするという話を事前に聞いていなかったら絶対にこんな発想はしなかっただろう。
 姿を現したときから赤司は怪訝な表情をしていた。玄関の外に降旗に加えてほかの誰かがいることを察していたのかもしれない。それが俺だとは想像していなかっただろうが。赤司は最初降旗の姿を見とめると、一瞬だけ柔らかい視線を送った。それを目の当たりにしたとき、あ、やっぱこいつ降旗に惚れてんだ、と理屈でなく確信してしまった。赤司は眼球を動かして俺を含め周囲を見回している様子だった。ひと通り観察を終えて再び俺を視界の中央に収めたかと思うと、
「火神……?」
 底冷えのする疑問調で俺の名前を口にした。火神と書いてじゃまものと読ませる勢いだと感じたのは俺の被害妄想だろうか。独特の不可思議な双眸は、降旗に向けていたときとは打って変わって冷たい刃のように鋭く細められている。
 お、怒ってる……!? っていうか懐かしのアレじゃね!? 初対面のときのあのモード……!?
 降旗ほどではないが俺にとってもあの件はいまだトラウマとしてくすぶっているので、俺は戦慄した。あの傷害未遂事件は俺でさえ尾を引くくらいびびったのだから、降旗がいまでも赤司に怯えの限りを尽くしたとしても仕方のないことだと改めて実感した。降旗は直接の被害者ではないが、本人の性格を考慮すると、ダメージは俺より深かっただろう。それなのによくわからない理由でセックスを迫られ、あまつさえうっかり好きになってしまうなんて……。黒子の弁じゃないが、世の中本当に理不尽だ。
 赤司は降旗を見るときは、俺に対する殺意じみた迫力を引っ込めるが、剣呑な雰囲気には敏感な降旗がそれを感知しないはずがない。途端にびくつきはじめてしまった。
「ご、ごめん赤司、メール気づかなくて。このあとは予定入ってないから大丈夫だよ」
 携帯を胸元に押し付けながら、降旗が弱々しい声で赤司に話しかける。赤司は俺と降旗を交互に見比べながら問う。
「また火神のところへ行っていたのか?」
「う、うん……」
「……テツヤがいないようだが」
 先ほどきょろきょろしていたのは、黒子の姿を探してのことだったらしい。眺め渡したあと俺を睨みつけたのは黒子がいなかったから、という理由だろうか。……いや、黒子がいなくて不機嫌になったのではない。黒子の不在がすなわち降旗が俺とふたりでいるという状況を意味したことに不快感を示したのではないか? だとすると、これはあれか、ジェラシーってやつなのか? この超越者にも似た男にそんな人間らしい感情があるとは到底想像ができないが……。
 俺が思考に耽り沈黙に陥っていると、こちらを凝視する赤司の目つきにますます険が募っていった。何かリアクションを返さねばまずい。
「あ、ああ……黒子はうちにいる。ちょいと具合が悪くて休んでんだ」
「テツヤが? 体調不良か」
「いや、そういうわけじゃねえけど……なんつーか、疲れてる感じ? あいつ体力ないし」
 嘘ではないがあやふやすぎる俺の回答に、しかし赤司は深入りしようとはせず、やれやれというようにふっと息をついた。黒子の体力が低いのは昔からなので、ある程度の信憑性を帯びさせることができたようだ。
「テツヤは相変わらずだな。……ところで、それでなぜおまえが降旗の自宅まで来ている? 用事か?」
 ごもっともな質問が来てしまった。素直に答えるのはさすがにやばい。降旗が危険な色香駄々漏れなので、とても薄暗い街をひとりで歩かせられる状態ではありませんでした、とか……言えるわけがない。そうなった原因を追及されるのは目に見えている。芋づる式に答えていくと、黒子も俺もこの危険人物の攻撃対象になってしまう。
「え? あ、あー……その、降旗もちょっと疲れ気味っつーか……」
「光樹まで?」
 と、赤司が再び降旗に視線を移す。かすかな変化だが、一瞬にして声の棘が消え、心配そうな響きになった。不機嫌に近い無表情の中にも、ほんの少し優しげな色がよぎった気がした。錯覚だろうか。しかしすでに怯えが入ってしまった降旗は、赤司に対する恐怖心を煽られているのだろう、ぎくしゃくしながらたどたどしい口調で答えた。
「あの……黒子とちょっと……」
 蚊の鳴くような声でそんな曖昧な答え方をしたら、何かよろしくないことがありましたと言っているようなものだ。が、いまの降旗に感情を押し殺した演技を要請するのは酷な話だ。降旗が赤司を慕っているのは今日の反応からも間違いはないと見ていいだろうが、愛しさを感じる相手であっても、怖いときは怖いのだ。まして降旗は雛鳥のごとく赤司への恐怖を刷り込まれているのだから。なんて厄介な人物に恋をしてしまったんだ。俺は降旗に心底同情した。
「確かに元気がないな。何があった」
「え、えと……あの……」
 震えの見え隠れする弱い声で、意味を成さない言葉をぽつぽつと漏らす。駄目だこれは。完全に萎縮してしまった降旗には、何ひとつ取り繕うことはできないに違いない。そう感じた俺は、彼に代わりとっさに答えた。
「こいつと黒子、高校のときを思い出して、年甲斐もなくはしゃいじまったんだよ。俺ら誠凛の頃、大分馬鹿やってたから。な? 降旗?」
「う、うん……」
 高校の頃の楽しい思い出をにおわせるのは危険と隣り合わせの発言だったが、ここでは功を奏したようで、赤司はそれ以上深く聞くのをやめた。多分、自分の知らない高校時代の降旗の日常を俺や黒子が共有しているのが無意識下でおもしろくないのだ。掘り下げようとしなかったのは、聞けば聞くほど自分の知らない情報が飛び出し不愉快が募ると、なかばオートマティックに脳が判断したからだろう。その場凌ぎに近いが、とりあえず赤司に今日の出来事の詳細を語るのは避けられた。……引き換えに、赤司の俺に対する不快感が増大した様子ではあったが。心配しなくても俺は降旗に性欲を刺激されたりはしねえよ。
「途中で倒れるとかよっぽどないとは思ったが、一応心配だったから送ったんだよ。はははは……」
 降旗の代わりに適当に説明をすると、最後は取って付けたような乾いた笑いで締めた。いまの降旗よりはましだが、俺も単細胞だから演技力は低い。どう考えても不自然だよな……。心の中で、俺は嘘はついていない、俺は嘘はついていない、と自己暗示のように何度も唱える。赤司の人類を超越した視覚なら、嘘発見器のような機能をもっていたとしても不思議ではない。発言者のちょっとした表情筋の引きつりや呼吸の変化、発汗の仕方から言葉の真偽を判定するとか、やってのけそうだ。なので、まるっきり虚偽の発言はしたくない。事実に即しつつ、核心の輪郭をぼかすような。……って俺の頭でそんな器用なことできるわけねえだろ! 交代してくれ黒子! おまえのがこういうのは強いだろ! ついでに赤司に対してもそこそこ強いだろ! 俺こいつ苦手なんだよ。黒子の形容するとおり、まさしく異星人に感じられてとにかく不気味だ。どう接していいのか皆目検討もつかない。降旗がこいつを克服したら、多分俺が一番こいつに対してびびっていることになるだろう。
 俺が降旗の横で大根役者だか人参役者だかにも満たない下手くそな笑みを張り付けている間、赤司は沈黙のままじっとこちらを凝視していたが、やがてすっと右腕をこちらへ――いや、降旗へと伸ばした。
「……光樹、こっちへ」
「え?」
 赤司は降旗を自分のほうへ招き寄せようとしているようだった。突然のことに降旗が目をしばたたかせる。別に赤司に逆らったり言葉を無視したりという意志はないだろうが、事態が掴めないようで、その場で固まったままだ。赤司は一歩前へ踏み出すと、降旗の眼前に手を差し伸べた。
「その位置は……よくない」
「え? え? 何?」
「いいからこちらへ」
「ど、どうしたんだよ?――うわ!?」
 と、そこで赤司が少々強引な手段に出た。降旗の左の二の腕を掴むと、自分のところへ引き寄せたのだ。赤司は降旗を腕と胸で抱き留めると、彼の肩越しに俺を睨みつけながらじりじりと小股で後退した。警戒、いや威嚇の色が浮かんでいる。引きずられたせいで重心を崩した降旗は、不安定な格好で赤司に体重を預けている。やつの腕の中で、不安そうに顔を上げる。
「あ、赤司? どうしたんだ?」
 赤司の突拍子のない行動にわたわたしつつも、降旗はやつの脇にそろそろと手をくぐらせると、ワイシャツの背をきゅっと握った。指先の震えは本能的な恐怖から来ているのだろうが、それでいて自分から接触を増やすというなんとも矛盾した行為だ。無意識の動作なのだろうが、それゆえそこはかとなく慣れた感じがする。自力で重心を取り戻そうとする意志がいまいちうかがえないあたり、甘えてんなー、とこんな状況でさえつい生ぬるい苦笑がこぼれそうになる。赤司の射殺しそうな視線さえなければどこに出しても恥ずかしくない、いや恥ずかしいバカップルだ。
 赤司はふいに俺から視線を外すと、自分から寄り掛かってきた降旗の肩に鼻を埋めた。
「あかし……?」
「なんだ? におう」
 す、す、と息を吸い込む音が聞こえる。赤司のやつ、何を思ったのか降旗の肩口のにおいを嗅ぎはじめた。変質的な印象はない。主婦が洗濯物についた煙なんかのにおいに眉をしかめるときのような、不快そうな様子だ。
「な、なに?」
「光樹、なぜこんなにおいが?」
「え? え?」
 赤司の腕の中で動きを制限される中、降旗は混乱しながら左右を見回したり、自分の肩のあたりのにおいを確かめたりしていた。
「へ、変なにおい、する……?」
 降旗は疑問符を大量に飛ばすばかりだったが、俺は赤司の行動を誘発した原因に思い当たり、肝が冷えた。におい――おそらく石鹸の香りだ。降旗は黒子に入れられたローションの始末をするため、俺の自宅で風呂の入っていった。髪の毛は洗わなかったようだが、体には大なり小なりソープを使っただろう。そんなに香りのきついボディソープではなかったと思うが、風呂に入ってから二、三時間程度しか経過していないから、残り香を纏っていたとしても不思議ではない。……これは大変まずい状況ではないだろうか。降旗が自宅で使っているもの以外の石鹸の香りを漂わせるに至った理由。どうすんだ、とてもじゃないけど健全な言い訳なんて思いつかねえぞ。男三人でスパは変だ。深夜で終電を逃したとかいう事情ならアリだろうが、こんな真昼間にわざわざ行くか? おっさんやじいさんならともかく、俺ら大学生だぞ。なら、黒子と三人で一緒にジムに行ってそのあとそこでシャワーでも浴びてきたことにするか? 駄目だ、俺はともかく、黒子がジム通いは不自然すぎる。行くとしてもあいつならひとりで行くはずだ。女子高生よろしく友だちと仲良く、なんて発想をするタマではない。俺のほうもあいつと一緒なんて願い下げだ。なぜならあいつが俺をジムに誘うときは、決まって下心があるのだから。何度シャワー室で誘惑というか襲撃されたことか。
 混乱を通り越して混迷しかける思考のもと、俺は背中にだらだらと冷や汗を流すことしかできなかった。と、ふいに視界に赤いものが映った。赤司の頭部?
「おい、赤司、何を……」
 降旗を抱えたままの赤司が、首を伸ばして俺のほうへ顔を近づける。その体勢でさえ極力降旗を俺の体に接触させないようにしているのは、意図的なのか、それとも無意識なのか。降旗は赤司が急に移動したことでまたしてもバランスを崩しかけ、ほとんどやつの肩にしがみつくような姿勢になっていた。
 赤司は俺の肩口に鼻先を接近させると、先ほど降旗の肩を嗅いだときと同じように、すんすんと小鼻をひくつかせた。え、俺までにおいを嗅がれている? ま、まさか……俺にあらぬ疑いが!? やめてくれ濡れ衣だ! 俺は少なくとも直接降旗をどうこうはしていない!
 しかし、においを根拠にされると大変危険だ。俺が風呂に入ったのはゆうべのことなのでそんなにシャンプーや石鹸の香りは残っていないと思うが、仮に嗅ぎつけられた場合、いまの降旗と同じにおいを纏っていることになる。つまり、降旗が俺の家で入浴したという疑惑が濃厚になる。やばい。いよいよやばい。赤司の嗅覚が人並みであることを願うしかないが……この男に人並みなんて概念が果たして通用するだろうか。反語!
 こうなったら汗臭さでごまかせないかと、俺はいっそ冷や汗脂汗が一層吹き出てくれることを自分の脳やら発汗組織やらに祈った。赤司は麻薬探知犬よろしく俺の上半身を嗅ぎまわったあと、すっと顔を引くと、
「……なんだ、これは?」
 降旗を腕で支えつつ、その手で鼻と口を覆った。露骨に眉を顰めている。俺の体臭がやばかったのか? 普通だったらぐさっとくる反応だが、いまこのときはそうであってほしいと思った。ボディソープのにおいを完全に無効化するくらいきつくあってくれ俺の体臭! この際加齢臭とかワキガでもいいから! です!
 赤司はまたしても俺と降旗に交互に目線を移している。まばたきを忘れ、カッと目を見開いて。ああ、その目が怖い。トラウマを刺激されてならない。頼むから白目少なめにしてくれ。つぶらな瞳とまでは言わないから。
「赤司? 大丈夫? どうしちゃったんだよ?」
 ようやく両足の裏の全面をしっかりと地面につけることに成功した降旗が、少しだけ顔を後ろに引いて距離を取り、赤司と顔を合わせる。最初は赤司の行動の異様さに驚いて怯えるばかりだったが、今度は心配そうな声音になっている。そりゃ、こんな奇行を眼前で取られたらあらゆる意味で不安にもなるだろう。降旗と視線を交わらせた赤司は、すでに目を平生のそれへと戻していた。いや、いつもより若干閉じ気味に見える。まぶたが重そうだ。
「光樹……」
 どこか陶然とした声で降旗の名を呼ぶと、彼の剥き出しの首筋に鼻を押し付けた。
「わわっ!?」
 素肌に接触した他人の体温に驚いたのだろう、降旗がびくっと肩を揺らしながら素っ頓狂な叫びを上げる。
「ど、どうしたの、征くん……? 何か気になるの?」
 ここで降旗の口から征くん呼びが飛び出した。口調もちょっと甘ったるい。ということは、降旗の意識から俺の存在が締め出されたということか。
「きみこそどうしたんだ。何があった? こんな……」
「せ、征くん……?――うわぁ!?」
 ひときわ大きな降旗の短い悲鳴。何が起こったのかその瞬間はわからなかった。理解できたのは、赤司が降旗の首筋から顔を離したとき。赤司の顔の下半分が当たっていたと思われる部位に、外灯の光が当たり、ぬらりと光沢を見せていた。赤司のやつ、唇を押し付けるだけにとどまらず……舐めたな?
 気づかなければよかったと後悔した瞬間、それまで視界に映っていたふたりの姿が急に動き出した――建物のほうへ。
「お、おい、赤司!?」
「うわ!? せ、征くん!?」
「来い、光樹」
 赤司は降旗の体を肩に担ぎ上げると、ドアを開け、室内へと滑りこんでいった。ばたんとドアが完全に閉まる。俺が数秒呆気にとられている間に、内側から鍵がかけられる音が響く。続いて何やらばたついていることがうかがえる物音と、降旗の、征くんどうしたの、と繰り返す声。しかしそれもじきに向こう側へ消えていき、鼓膜をはっきり震わせるものはなくなった。
 あまりに激しく移り変わった場面に、俺はしばし呆然とした。
 混乱の渦中で、俺は自分が把握できている情報を箇条書きのようにまとめた。
 降旗が部屋の中に入った。というか連れて行かれた。赤司によって。
 赤司は降旗のにおいを気にしていた。そして俺のにおいも。何やら不機嫌そうにしていた。俺に対しては敵意のようなものが見えていた。降旗に対しては……
 いくつか思い当たった可能性に、俺は息を呑んだ。いずれにしても、よい連想は浮かばない。
「ふ、降旗!? 降旗!?」
 遅れに遅れて、俺はドアを叩いた。が、当たり前かもしれないが、何の反応も返ってこなかった。
「ど、どうすんだ……」
 どう控えめに見積もっても、赤司から醸し出されるオーラはマイナスに満ちていた。少なくとも俺に向けられたものに関しては。あの目……どんなに好意的に解釈しても、上機嫌とは思えない。むしろ不愉快さを隠そうともしていなかった。降旗はいま、そんな赤司とふたりきり。しかも彼は俺の家の石鹸の香りを漂わせ、数時間前にきわどいところまで黒子に体をいじられていた。
 ……血の気が引きすぎて、卒倒するところだった。
 実際、一分くらい意識が飛んでいたかもしれない。
 少しだけ我に返ったところで、もう一度ドアを叩こうとして思い留まる。扉一枚隔てた室内は換気扇の音以外静かなものだが、だからといって平穏であるとは限らない。静かなる地獄絵図が展開されている可能性も十分ある。そんなところへ外部から刺激を加えたら、火に油を注ぐ結果になるのではないだろうか。そうしたら余計に降旗の身が危ないかもしれない。
「く、黒子……!」
 もはや俺ひとりの手には到底負えないと判断すると、即座にポケットの携帯に手を伸ばし、アパートで休んでいるであろう黒子に電話を掛ける。眠りこけていないことを祈りながら。

 

 

 

 

 

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