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『黒子のバスケ』の二次創作小説置場。pixivに投稿した作品を保管しています。腐向け。主なCPは火黒、赤降。たまにシモいかもしれません。

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緑間くんの不思議な趣味

赤司と緑間がお送りするズリネタの話。コメディ。中学時代。下品なのでご注意を。CPのつもりはないけど緑赤っぽいかも? 緑間の女性の趣味がおかしなことになっています。






 ほとんどの部員が帰途についたあとの部室で、緑間はむっすりとした面持ちを隠そうともしないまま、長机の片端に置かれたパイプ椅子に腰掛け、いましがたまで自身を巻き込んでいた事態について愚痴を垂れていた。机には部誌が広げられ、クリアファイルからはメニューやスケジュールが箇条書きになったA4用紙が何枚か飛び出ている。
「まったくあいつらは……いつもいつもくだらん話を。助かったのだよ赤司、何気なくあしらってくれて」
「助け舟を出しておかないと、あとでおまえに恨まれそうだったからな」
 ロッカーの前で制服の袖に腕を通しながら赤司が答える。部室にはいま、このふたりだけ。つい数分前まで室内をにぎやかしていた面々は、上との雑務を終え遅れて帰ってきた赤司の命令により速やかに退室した。彼の不在中に起きたにぎやかしというのは、何ということはない、この年代の少年の間でありがちな、ささやかな猥談である。今夜のおかずは何ですか(※要深読み)、的な。いつの間にか発生し好き好きに混ぜこぜになった話題に主犯など存在しないのだろうが、積極的に騒ぐ輩と周辺で静かにしているタイプで分かれる傾向は出てくる。この日、いつもどおり嘆息しつつ淡々と帰り支度をしていた緑間だったが、なぜか黄瀬に話題を振られ青峰に絡まれ黒子から遠目に興味津々なまなざしを向けられ……と居心地の悪い思いをすることになった。その他の部員も普段聞けないような情報を入手する機会かも、とわくわくするばかりで誰も仲裁に入らないあたり、緑間の分は悪かった。沈黙を保てば絡みが長引き、下手に反応すれば周囲を喜ばせ。辟易する状況の中、さっさと帰ってくるのだよ、とここにはいない相手を胸中で読んだ矢先、赤司が戻ってきた。一瞬にして事態を把握したらしい彼は何喰わぬ顔で、最終下校時刻が迫っている、早く引き上げろ、と皆に命じた。そしてやはりついでとばかりに、緑間に残るように告げた。これについては役職のこともあり日常の流れなので、勘繰るものはいなかった。実際、赤司は部室に入って早々緑間に部誌とスケジュール表等の書類を押し付け、やっとひと息つけるとばかりにロッカーから薄いスポーツドリンクを取り出し喉を潤しはじめたのだった。帰途でまで絡まれる事態を免れた緑間は、内心で感謝を呟きつつ赤司に代わって部誌の記入をしている。ぶつぶつと、品性に欠ける仲間たちの言動を思い返してはぼやきつつ。
 と、衣服を整えた赤司が荷物とまとめ、長机のほうえ向かってきた。
「しかし緑間、無茶ぶりをするつもりはないが、おまえもあの手の話題はあしらえるようにしておいたほうがいいぞ。少なくともあと数年は付き纏うネタだろうから。男とはかようにくだらない生き物なのだよ?」
「真似はやめるのだよ」
 視線を部誌に落としたまま眉根を寄せる緑間。
「でもオナニーくらいするだろう?」
 向かいで机の縁に両手を突っ張りながら、赤司がおよそ見た目の印象とは不釣り合いな直截な単語を口から飛び出させ、ちょっぴり意地悪げににやりとする。
「……それはそうだが」
 数秒の逡巡を経て緑間が眉間の皺をそのままにぼそりと答えると、赤司がチチチチとわざとらしく舌を鳴らした。ご丁寧にも、立てた右の人差し指を左右に振るジェスチャーまでつけて。
「まずそこで一瞬詰まるのがいけない。なんでもないことのようにさっと答えなければ。変な淀みは相手の好奇心をいたずらに刺激するものだ」
「その主張は理解できるが……なんで俺があいつらの話につき合わなければならないのだよ。必要な情報の共有ならともかく、オナニーの話に情報価値があるとは思えん」
「人間のコミュニケーションなんて半分以上は無駄な情報だぞ。しかし我々ヒトは集団を成し社会を形成することを生存戦略として選択した種だ、コミュニケーションは俺たちにとって必須であり、情報としての価値のないやりとりもまた、情報伝達や共有以外の意味があり、無駄ではないのだろう。会話の内容よりも、会話することそのものに価値があるといったところか」
 およそローティーンの少年に似つかわしくない単語と言い回しを、読経のごとく滔々と語る赤司。緑間が胡散臭そうに目を細める。
「たとえば?」
「会話をすることは必然的に大なり小なり相手と時間と情報を共有することになり、お互いの親密度を上昇させる効果が期待できる。男女交際にデートが付き物なのもうなずけるだろう?」
 と、赤司は尻を長机に乗り上げさせると、椅子代わりに深く腰掛け、浮いた両足を交互にぶらぶら揺らした。そして三色ボールペンを持つ緑間の左手の甲を覆うようにぴとりと自分の右手をかぶせる。もっとも、手のサイズの違いから、覆いきれてはいないのだが。すり、と赤司が意味ありげに手の平を擦り付ける。緑間が気味悪げに顔をしかめながら左手を振り、赤司の手を退ける。
「行儀が悪いぞ」
「そんな、母親みたいなこと言うなよ」
「悪ぶりたい年頃か?」
「かわいいものじゃないか、これくらい」
 長机から垂れた赤司の両脚はいまだ役立たずなメトロノームを演じている。その振動によって作業を中断させられた緑間は、それ以上咎めることはせず、疲労の混じるため息を見せつけるように吐き出した。
「それにしてもおまえの無駄ボキャブラリーときたら、いったいどこから来てるんだ。大学で非常勤でもしているのか? だとしても学生には不人気だと思うが」
「おまえの頭なら俺の言いたいことくらいわかるのでは?」
「返事はイエスだが、もうちょっと中学生らしく話すのだよ。そんな文化人類学的側面からマスターベーションの講釈を垂れる中学生は気色悪いのだよ」
「その発言はやまびこにしかならないぞ?」
 赤司は、緑間に振り払われて以来暇をしていた右手をゆるりと持ち上げると、人差し指の先を彼の額に押し付け、軽く力を加えた。緑間はやはりうっとうしそうに、小さな虫でも追い払うように手の平を顔の前でぱたぱたと振った。ぞんざいな扱いを受けた赤司は、しかしどこか愉快げな表情を崩さず、いつもとは逆転した視点のまま緑間の顔をじぃっとのぞき込んだ。
「で、おまえの夜のおかずは何なんだ?」
「……おい」
 おまえまでそれか。緑間が不愉快そうに唇をへの字に結ぶ。赤司が先ほどと同じように人差し指を左右に揺らしながら言う。
「いいだろ? 俺とて中学生男子らしくその手のエロ話が大好きなんだ。なのに周囲は俺に妙な印象を抱いているのか、いまいちそういうのを振ってくれないから、ちょっぴり欲求不満なんだ。俺だってエロい話に参加したいのに。その点ではおまえが羨ましいよ、緑間。適度にいじられキャラとしての地位を確立していて」
「どこに羨ましがられる要素があるのかわからないのだよ」
 緑間からの反論は華麗にスルーし赤司が言葉を続ける。
「それで? どんなタイプにお世話になっているんだ? あ、いや、こちらから一方的に問い詰めるのは礼儀に欠けるな。ここは俺から言うべきだろう」
 頼んでもいないのに勝手に夜のお供の告白をしようとする赤司に緑間が制止を掛ける。
「よせ、聞きたくないのだよ」
「なぜ。俺だって抜くべきものはあるんだぞ?」
「強制的にとはいえおまえに教えられてしまったら、俺が断りにくくなるではないか」
「そうだな、おまえ律儀だからな。というわけでまずは俺から」
「おい」
「といっても別におもしろくもなんともないんだな、これが。これに関しては己の平凡さが残念でならない。普通にきれいなお姉さんの写真だから。和服を着ているとポイントが高い。髪は時代劇風の結い方ではなく、適度にモダンな洋髪がいい」
 あっちのお世話方面で好みのタイプを上げる赤司は、なんとはなしに機嫌よさげだ。エロ話に飢えていたためか、あるいは単純に好みの女性を思い浮かべるのが楽しいのか、緑間にはわからないが。
「もしかして……和服カタログ?」
 すっとぼけるわけでもなく、真面目にトンチンカンな単語を出す緑間に、赤司が一瞬吹き出しかけた口を押さえる。
「そんなわけないだろ。ちゃんと肌の露出のある写真だ。全裸は和装の意味がないから論外だが。さらしで胸を潰していたり、片肌脱いだ着物の下から現れる背や二の腕に和彫りがチラ見えしているとなおよしだ」
 赤司が告げた好みの女性の詳細に、緑間は数秒目をぱちくりさせたあと、
「ご、極妻……」
 文字通り、体ごと後ろに引きながら、思い当たる女性像を呟いた。
「なんでヒくんだ。割とメジャーな趣味だろ?」
 極妻いいじゃん、極妻。赤司が軽薄な調子で口を尖らせる。
「ジャンルごとの人気を調査した統計など見たことないから同意も反論もしようがないが、少なくとも中学生にとって一般的な好みとは思えないのだよ」
「年上でアウトローときたら、いかにも中学生好みだと思うが」
「冗談なのか本気なのかまったく判断がつかないのがおまえの欠点なのだよ」
「俺はいつでも真剣だが?」
「また冗談を」
 緑間はやれやれと首を緩く左右に振ると、気を取り直してボールペンを握り直した。ぶらついていた赤司の脚はすでに止まっていたが、代わりに上半身が屈められ、緑間の顔をのぞいてきた。
「で?」
「『で?』とは?」
「また冗談を」
 ついさっき放たれた緑間の言葉をそのまま返しながら、赤司が楽しげにくすくすと笑う。
「からかったり言いふらしたりしないぞ?」
「まったく……」
 思春期男子にありがちなシモネタにつき合ってやらなければ解放されそうにない。そう判断した緑間は、当面仕事を進めることは諦めて、ボールペンの先を引っ込めて部誌の上に置いた。
「聞いたところでそれこそ何のおもしろみもないと思うが、まあいい。おまえの口が軽くないのは信じている。たまにはおまえの中学生日記につき合ってやるのも友人としての甲斐性だろうしな」
「おまえに甲斐性があったとは……」
「やっぱり帰るか」
 書きかけの部誌をそのままに緑間が立ち上がろうとすると、赤司が彼の腕を掴んで引いた。
「待て待て。せっかくいいところまで漕ぎ着けたんだ、ここから本番と行こうじゃないか」
 緑間を席に戻すと、赤司は長机から降り、もう一脚パイプ椅子を対面に用意してそこに腰を下ろした。そして両手で頬杖をつきながら、きらきらとした瞳で向かいの相手に視線を注ぐ。
「で? で?」
「何をそんなに楽しそうにしてるんだおまえは……。俺の趣味なぞ、それこそ思春期にありがちな男子の好みのひとつにすぎないと思うが?」
「具体的には?」
「そうだな、年上が好きだ。一応おまえの趣味ともかぶるか? 極《妻》なら若くとも十六には達していなければなるまい。あの手の世界観で法律が順守されていると考えるのもなんだか奇妙な感じがするが」
「十代の極妻は嫌だなあ」
「それは同感だ。十代は若すぎる。人妻の価値がない」
 当たり前のように緑間の口から出た単語に赤司がぴくりと反応する。
「……おまえもしかして、人妻萌え?」
 中学生が即座に出せる単語じゃないぞ? 言外にそう突っ込む赤司の視線を払うように緑間が首を横に振る。
「別に人妻限定というわけでは……。好みの世代の女性は既婚者が多数派というだけなのだよ」
「え、おまえの言う年上って、そんな上なのか? 平均初婚年齢からすると、二十代は未婚のほうが多いことになると思うが?」
 彼らの年齢では、好ましいと感じる女性はたいてい自分より年上になってしまうものだ。年下に限定すると園服とかランドセルの世界なのだから当然といえば当然である。つまり、年上が好みだというのは無回答に近い。とはいえ、わざわざ年上と答えるということはある程度年齢が離れていることを想定しての回答だととらえるのが妥当だろう。自分たちが十代前半であることを考えると、緑間の言う年上の範囲は二十代のおねえさんかと推測をつけていた赤司だったが、
「二十代の女子に興味などない。若すぎる」
 本人からきっぱりと否定の言葉をもらってしまった。外すような読みではないと思っていたため、赤司は少々驚きながら目を丸くした。
「え……三十代?」
「後半以降だ」
「……まじ?」
「まじだ」
 言葉通り、眼鏡の奥の緑間の目は真剣そのものだ。
「それはまたずいぶん……年上趣味なんだな」
「俺に言わせれば、十代二十代の娘に性的関心を寄せろというほうが無理難題なのだよ。色気が足りない」
「確かにアラフォー世代なら既婚者のほうが多いだろうが……」
 まさかの熟女趣味に、平静な表情の裏側で困惑を隠せない赤司が小さく呟く。
「しかし、その世代だと俺たちの母親くらいの年齢になってしまうのでは?」
 母親と同年代の女性に性的関心を抱くほうが難しいんじゃないか。赤司が遠回しにそう突っ込むと、緑間がむむっと眉間の皺を深めた。
「そうなんだ。小学生のときはまったく気にしていなかったが、こちらの年齢が上昇するにつれ親世代の年齢も上がるということを最近実感するようになった。三者面談の時期はそわそわしてならない」
「おい、まさか……」
「面談に来る保護者の年齢がいい感じでな、ついじろじろ見つめてしまいそうになる。自制するのが大変だ」
 腕組みをしてため息をつく緑間だが、小難しげな表情の中にうっすらと幸せそうな色がうかがえるのは赤司の気のせいだろうか。
「おまえがそんな上級者だったとは……」
「男女問わず、見目のよい子供をもつお母さん方はやはりきれいであることが多い。正直同級生の女子には――無論男子にも――興味を惹かれないのだが、彼女らのお母さんにはおおいに惹かれるものがある。やはり女性は三十後半を超えなければ女性とは呼べない。……あ、無論自分の母親は対象外だからな? 女性血縁者は異性ではない」
 呆気にとられている赤司の前で、緑間が的はずれな念押しをしてくる。すごい世界に触れてしまった……。感嘆にも似た息が肺から気道へと漏れてくるのを赤司は知覚した。
「それにしても赤司、おまえのお母さんはきれいだな」
 こっそりと長い呼気を吐いている最中にふいに声を掛けられ、赤司が一瞬遅れて顔を上げる。
「え? うちの? ま、まあ、美容に掛ける手間と財力があるし……?」
 確かに客観的に見て美形の部類だと認めるが、親しい友人にてらいなく言われると気恥ずかしさがこみ上げてくるし、ここで同調してもマザコンっぽいかという思春期の自意識もあり、赤司は曖昧な謙遜をした。アンチエイジングは金と時間に依拠するところが大きいと。が、緑間はそれらの言葉には反応を示さず、ただ真正面の相手を凝視するばかりだ。
「そして似ている。おまえと並んでいなくてもひと目でそうだとわかる程度にはおまえに似ていた」
 沈黙のまま見つめ合うこと三十秒。圧縮レンズの向こうにある緑間の瞳にいままで感じたことのないきらめきを発見したような気分で、赤司が椅子の上で身じろいだ。背中にじわりと嫌な汗が浮かんでくるのがわかる。
「おい、緑間、まさかおまえ」
「おまえのお母さんが、俺がいままで見た女性の中で一番タイプなのだよ」
 真顔で堂々と思いもよらぬ告白をする緑間に、赤司は心の中で頭を抱えた。
「ちょっ……」
「好みのタイプすぎて、最近はもっぱら彼女のお世話に――」
 ぐっと左の拳を握り締める緑間。
「やめろ緑間! その先は聞きたくない!」
「何を慌てている。別に現実世界では何もないし、何かを望んでいるわけではないのだよ。ただ男子学生のお決まりの妄想の中で――」
「だからやめろと言っている。たとえ想像の世界にすぎなくても、同級生と自分の母親がどうこうなどという話は聞きたくない。両親のセックスだって想像したくないのに!」
 赤司は心中だけでなく現実世界でも頭を抱えると、側頭部に当てた手の平を耳介へとスライドさせ、耳を塞いだ。人間の聴力はその程度で遮断できるものではないと知っているけれど。その間も緑間の萌え語りは続いている。
「――実に好みなのだが、おまえ個人とはともかくおまえのお母さんとは親しいわけでもなんでもないから、写真の類が手元にないのが残念で仕方ない。……まあ、おまえとよく似ているから、その点で助けられているのだが」
 ひとりで勝手に瀕死に陥っている赤司だったが、塞いだ耳の奥がとらえた緑間の言葉にはっと顔を上げた。写真。おまえに似ている。助けられている。……嫌な予感しかしない符号である。
「おい緑間。おまえ、まさかとは思うが……」
 わなわなと震える声が赤司の喉の奥から這い出てくる。
「なんだ?」
「ええとだな――こんなことを確認するのは愚かの極みだと自覚はするが、俺の今日の安眠担保のためだと思って聞いておく――おまえ、俺の写真で抜いてたり……しない、よな?」
 赤司の問いに、緑間は鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことだと言わんばかりにきょとんとする。数秒ぽかんとしたあと、彼は大きくため息をついた。
「まさか。馬鹿を言うな。おまえで抜けるわけがないだろう。男だし、若すぎる」
「そ、そうか……」
「だからおまえの写真を見て、おまえのお母さんを連想することによって――」
「間接的に俺使ってる!? 使ってるよなそれ!?」
「嫌な言い方をするな。おまえには一ミリたりとてムラムラせん。あくまでイメージングの取っ掛かりだ」
「燃やせ! 写真全部燃やせ!」
「さっきからひとりで何を慌てているんだおまえは。だから、俺の好みに合致するのはあくまでおまえのお母さんであって、おまえ自身には何も感じないと言っているだろうが。自意識過剰か?」
 あくまで冷静かつ平然と主張する緑間に、赤司はぞっとしたものを感じながら力ない声でぼやいた。
「俺はおまえのその無神経さが怖い……」
 赤司がぐったりと机に突っ伏していると、向かいで何やらごそごそと物音がする。しかし体を起こす気力が湧かず、彼はぴくりとも動かなかった。が、ふいにとんとんと肩を叩かれ、億劫そうに顔を上げると、携帯を操作する緑間の姿が映った。ディスプレイを見下ろしたまま緑間が言う。
「ときに赤司、おまえ、一年の頃に比べると大分幼さが抜けてきたな。童顔は相変わらずだが、輪郭の丸っぽさが消えてきた」
「まあ二次性徴真っ只中だしな」
「そんなわけで、何枚か写真を撮らせてくれないか」
 と、緑間が赤司に携帯を向ける。画面を確認できないので確信はないが、カメラ機能をオンにしているようだ。
「え?」
「最近の大人っぽいおまえを見ていると、より連想がスムーズにいきそうな気がしてな」
「か、帰る……! 緑間、すまないが今日のところは部誌と施錠を頼んだ」
 赤司は突然立ち上がると、普段の彼からは想像もつかないドタバタとした動作で制服をただし荷物をまとめだした。慌ただしい彼の動きに、緑間がふっと息を吐きながら携帯を机に置いた。
「……なーんちゃって?」
 平坦な中にどこか疑問調を混ぜながら緑間が呟く。
「へ?」
 バッグのストラップを直す手をぴたりと止める赤司に、緑間が呆れたようなため息をつきながら肩をすくめた。
「おまえの忠告通り、この手の話題をあしらいつつおまえとの無益な会話を楽しんでみたのだが?」
 悪びれる様子もなくさらりと告げる。赤司は鞄を斜め掛けしたまま、脱力するようにへなへなとパイプ椅子に座り込んだ。
「緑間……かわいげのない方向に成長してしまったんだな。俺は悲しいぞ」
「おまえの詐欺師みたいな話術にしょっちゅうつき合わされていればさすがに学習もするというものだ。ほら、アホな話はこのあたりにして、さっさと部誌を仕上げるのだよ。帰宅が遅くなるぞ」
「あ、ああ……」
 あとはおまえの仕事だとばかりに緑間が部誌を百八十度回転させ、赤司のほうへ寄越す。とはいえ記入すべき欄はほとんど埋まっており、内容のチェックくらいしかやるべきことは残っていなかった。しかし、諸々の徒労感が押し寄せているいま、文字を読む視線もなかなか定まらず、赤司は右手にボールペンをやんわりと構えたまま、ほとんど眺めるようにして部誌と対面していた。と、そのとき。
 カシャン――と軽いものがぶつかるような音が人気の薄い部室内に響いた。
 はっとして赤司が首を持ち上げると、ドアの数歩手前で緑間が携帯を片手にこちらを向いていた。
「失礼。操作をミスった」
 それだけ言うと、緑間はそそくさと携帯を鞄のポケットに差し込んだ。
「え……緑間?」
「それでは先に失礼する。お疲れ様」
 赤司からの挨拶を待たず、緑間はドアの向こうに消えていった。
 まさか、な……。
 珍しく俺のほうがやり込められただけだ。緑間も成長したものだ。喜ばしいことだ。
 そう自分に言い聞かせながらも、赤司はどこか落ち着かない心地のまま、少し遅れて帰途につくこととなった。

*****

 緑間が部室棟の出入り口をくぐったとき、すでに空には薄闇が張り巡らされていた。明度の悪い視界の中、開かれた状態で固定されていたドアの後ろからさっと人影が現れた。突然の出現ではあるが、部室を出る前に感じた廊下の気配からおおよその想像はついていたため、特に驚きはしなかった。
「おまえたち、まだ帰ってなかったのか」
 複数形なのは、現れた人影がひとつではなかったからだ。彼を待ち受けていたのは、部室でシモネタにはしゃいでいた戦犯たち。
「緑間っち~! 意外とやるじゃないっすか、あの赤司っちを手玉に取るなんて」
 いたずらが成功した子供みたいな無邪気さではしゃぐのは黄瀬。とはいえ、緑間は彼らとは何の示し合わせもしていなければ、彼らを喜ばせるために赤司と居残っていたわけでもないのだが。彼らがぐずぐずと校内に居座っていたのは、彼らが勝手にしたことである。
「おまえら……盗み聞きとは感心しないな」
 緑間の前に出てきたのは黄瀬のほか、青峰と黒子。廊下で部室内の会話を盗み聞きしたあと、緑間の退室を察知して早めに棟の外に出て、ここで待っていたらしい。
「いや、俺らはてっきり、ふたりが部内風紀の取り締まりについて堅苦しい話をはじめるんじゃないかと心配してただけだって。それがまさか……」
「赤司の極妻趣味とおまえの人妻趣味が聞けるとは思わなかったぜ」
「意外なような、イメージ通りのような、複雑な印象です。まあおふたりのことですから、ちょっとの真実を嘘で粉飾しまくったというところなんでしょうけど」
 口々に弁明やら感想やらを述べる三人。黒子の言葉がかわいくないのも含めて、通常運転である。
「わかっていて最後まで盗み聞きしていたのか。馬鹿なことで時間を潰していないで、さっさと帰って体を休めるか勉強するかして、時間を有効に使うべきなのだよ」
 正論を述べる緑間に黄瀬がおもしろくなさそうに口を曲げる。
「ちぇー、優等生」
「ほら、さっさと帰った帰った」
 教師じみた調子でぱんぱんと軽く両手を打ちつけながら帰宅を促す緑間だったが、三人が回れ右をしかけたところでふいにひとりを引き止めた。
「……あ、そうだ。黄瀬、ちょっといいか」
 言いながら、鞄のポケットに左手を突っ込む。引っ張りだされたのは何の変哲もない携帯。
「ん? 何?」
「ひとつ聞きたいのだが……おまえはお母さん似か?」
「え?」
 薄暗がりの中、カメラの起動音が鳴る。
 青峰と黒子はすでに闇の向こうに溶けていた。

 

 

 

 


 

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